PC-3200S

 8bitマシン全盛の時代…いやもしかしたら今でもか…こんなトリビアがありました。「シャープには『PCシリーズ』のパソコンがある」…。

 今でこそPCというのはパソコンの略語ですけど、一昔前はIBM PCを指してMacは含まないものでしたし、8bitの時代の日本ではズバリNECのパソコンを意味していました。それはもう立派なブランドでしたし、追随する他のパソコンメーカーもあえてPC型番は使わなかったことからも絶対的存在が伺えます。
 そういう状況で、わざわざPC型番のパソコンを発売するというのは考えられることではなかったですから、トリビアとか豆知識として語られるようになったのです。

 その時に必ずと言っていいほど引き合いに出されたのがここで紹介するPC-3200SとPC-3100Sだったのです。

 システム全景。この写真に見えている機材のうち、FDDだけがオプションであとは標準構成に含まれます。つまり、CRTモニタが外付けなんですけど、本体に付いているのである意味オールインワンと変わらないというわけなんですね。
 キーボード付の本体。当時の典型的なスタイルですね。

 キーボードのフルキー部分のアップ。いわゆるJIS配列になっていて、普通のシフトキーなんかがありません。当時でも日立のベーシックマスターレベル1〜レベル2〜Jr.がこんな配列でしたけど、あんまり使いやすくはないんですよね…。

 背面。拡張スロットは5つあります。ひとつだけ入っているボードはFDD I/F(CE-340M)です。プリンタ端子・カセット・モニタ端子が標準ポートとして下に並んでいます。

 ところで…これは本体の電源コード接続部分なんですが、いわゆる三極用になってはいますけど、現在よく見る形ではなくて、円柱状の端子になっているんですね…昔の規格か、はたまた規格がなかった時代の物か…。
 こちらは付属の専用グリーンCRTモニタ。下位モデルのPC-3100Sではグリーンではなく白黒モニタが付属していて、表示可能文字数が少なかったりします。
 チルトスタンドも標準装備で、この下の部分を本体の下に潜り込ませて、コンパクトに設置しようというデザインなのでしょう。
 背面のアップ。付属品なので型番とかは書いてないのですが、実は輸出版では別売りだったようで、CE-320Cという型番の製品が存在します。もっともこれ以外接続できないようなものなので、別売りにする意味があったのかどうか…。

 接続はなぜかネジで固定する方式の端子になってますね。昔のテレビアンテナ線のような…。コンポジットではなく映像と複合同期信号がセパレートになっている方式のようです。

 最後期のパンフを確認してみるとCE-321Cというカラーモニタを接続可能とか書いてますね。カラー表示のためには特に増設は必要ないっぽいので、一度試してみましょうかね。

 スペックはこんな感じです。1981年頃の製品なんで、だいたいこんなところでしょうかね。

ROM 32KB
RAM 32KB
(最大 112KB)
演算桁数 整数:-32767〜32767
実数:仮数部12桁、指数部-99〜+99
(10進演算方式)
消費電力 27W
外形寸法 幅450×奥行350×高さ100mm

 といいますか、一部パンフでは「CPU 2基搭載」と書いてあるのですが何が使われているのかさっぱりわかりません。これがあることでキー入力が単独で高速にできると謳ってますので、片方はキーなどを受け持つサブCPUを指すのだと思うのですが…。まぁこのあたりはスペック至上主義というかスーパーカーブームを経験した子供たちが少し大きくなった連中が多数を占める「マニア層」ゆえの着目点というか、オフコンとして見ればどうでもいいことなんですけどね…。

 なお、電卓などではサフィックスの"S"は機能強化版を意味するのですが、SなしのPC-3100/3200というものの存在がどうしても確認できません。あるような気がするんですが…。


「PCシリーズ」とは

 実はシャープはパソコン以前に大型電卓をPC型番にて発売しています。たまたまパンフを持っている2機種を紹介しましょう(さすがに本体は持ってないけれど)。

PC-3600 PC-7300

 どちらも古式蒼然とした電卓そのものというスタイルですが、左のPC-3600では「パーソナルコンピュータ」という文言が踊りますし、右のPC-7300は商品名としてパーソナルコンピュータを名乗った製品です。言った者勝ちという見方もありましょうが、PC-3600ではすでにプログラム機能だけでなく外部のI/O機能やマークカードリーダー接続による機能アップも可能にされているということのようですので、案外伊達じゃなかったということなのかもしれません。

 そしてさらにさかのぼると、シャープのPC型番のルーツはプログラマブル電卓PC-1001に行き着きます。この時のPCはProgrammable Calculatorの頭文字というわけですね。

 PC-3600のパンフは1975年12月、PC-7300のは1979年1月制作なので、NECのPC-8001よりも前の製品。別にNECの製品にあやかったというわけでもなく、それぞれが勝手につけてただけ…というつまらないオチが真相というわけです。


「パソコンが売れない…」

 シャープの中ではパソコン等の情報機器を開発・販売するのは産業機器事業本部ということになっていました。電卓や後に発売するワープロもこちらの製品ですね。NHK「電子立国 日本の自叙伝」によれば電卓事業を始める前、そもそもは「コンピュータを作りたい」との思いで情報産業に参入しようとしたのですが、NECや日立や富士通など並み居る電算機メーカーに対抗するのは無理な話と、より小さい電卓にフォーカスすることを決めたということでした。ですがそれが発展してくるに従って、プログラム電卓を経てパソコン・オフコンの領域へ版図を広げたということなのでしょう。

 そういった状況で、部品事業部が自分たちの回路設計技術と部品調達力を背景に(利益確保が第一目的とは言え)コンピュータを作ったというのは心中穏やかではなかったかもしれません。それでも平静を保てたのは、キットとして売ったからというよりは、MZ-40Kが本当にオモチャだったことからMZ-80Kだって大差はないだろうという慢心と、それを裏付けるような低いスペックだったからではないかと予想します。

 その状況が、一時はパソコン市場の50%を超えるシェアをたたき出したばかりでなく、MZ-80Bの発売も相まって大きく変化してしまいます。ビジネスのBと言われるが本当はビッグのBだった…というのは本質的でなくて、スペックがPC-3200Sを超えてなお12万円も安い…となれば、「部品事業部は我々のビジネスを阻害するつもりか?」と怒るのもわからなくはありません。「MZがあるから我々のパソコンが売れないんだ」と恨み節を言う人もいたかもしれません。

 ですが、残念ながら、怒りも恨みも的外れなものでした。

 実際、PC-3200Sはパソコンとしての知名度はほぼゼロでした。なぜなら一般の雑誌への広告掲載や新製品情報告知などほとんど全くと言っていいくらいなかったからです。一般への露出が高まったのはMZ事業統合後と思われ、その頃からMZ-80Bとのセットの広告などが現れるようになりました。おそらくMZですでに存在した雑誌などへのチャンネルを維持するついでに、現行製品を宣伝してしまおうということになったのでしょう。
 どんな人でも、売っていることを知らない物を指名して買うことはできません。少なくとも売る側か買う側のどちらかがその存在を知らなければ、薦めることも取り寄せることもできません。そのいずれもできない状態のPCシリーズで、どうやってMZより売ることができるというのでしょうか?

 それともうひとつ。MZ-80BがPC-3200Sより優れているといっても、マニアから見れば、カラーはないしグラフィックが横640ドットない時点で「すごいけどこれはまずい」と思ってしまうようなものでした。そんなものより劣っていて、例えばPC-8801(初代)より売れるとかヒットするとかあり得ません。例えMZがこの世になくても売れることはなかったでしょう。もちろんこれはオフコンとして売っていた商品ですからパソコンと比較するものでもないのですが、MZ-80Bを見て怒るってのは一般のパソコンと比べてしまったからで、PC-8801に勝てない時点でなにをか言わんや…。

 そしてその後、小さいながらもそれなりに存在したPC-3200Sユーザーに向けて、あるいは新たなユーザー獲得のため、MZ-3500MZ-6500といったマシンが後継機として開発されるようになりました。この時にはもう名を捨て実を取るかのようにPC型番からMZ型番に乗り換えるというしたたかというかズルい戦略でちゃっかりMZシリーズの仲間入りを果たしています。
 ただPC型番を捨てたわけではなくて、ポケコンの他PC-6800等PC/AT互換機の型番として引き続きメビウス登場後も含めて使用しています。4桁型番もかなり長く続けたので、「PC-8900」なるマシン登場時には「98と混同させる魂胆か?」等と言われたりもしましたが…。


強力なBASIC

 あまりdisってばかりでもかわいそうなので、いいところも紹介しましょう。PC-3200Sはオフコンとして顧客に販売するというスタイルから、パッケージソフトとセットで納入することが多かったと思われます。ただ普通のパソコンと違いサードパーティーが勝手にソフトを作ってくれるということは考えにくいので、自社でいろいろなニーズを検討して作成することになります。

 このパッケージソフトを制作する際、特に速度的に問題なければBASICでプログラムできる方が楽に決まっています。そして、そういった事務処理ソフトを作る際に便利な命令をいろいろと用意したのがPC-3200SのBASICなのです。ビジネスソフト実行専用機と考えれば、特殊命令もライブラリとして用意された物…という見方もできましょうか。

 というわけで、発売直前と思われるパンフレットに掲載されていたサンプルプログラムを題材に、このBASICの特徴を語っていきましょうか。
 まず、一番上と一番下の行に見える左端の">"記号は、プロンプトになります。このまま計算式を入力すると答えが出てくる(通常のBASICのようにPRINT文とかいらない)などポケコンとよく似ていますが、コマンドを入力しても消えないなど、微妙に違うところもあります。
 それと基本的にラインエディタになっていて、4方向のカーソル移動キーがあったりしますがこの写真の状態からいきなりプログラムを編集することはできません(EDITコマンドで編集する行を呼び出す)。
 RUNコマンドで実行するとこのような画面になります。表が罫線で描かれていますが、これは120行のTABLE命令によるものです。
 また画面への表示はPRINT命令ではなくDISP命令を使用します。PRINTはプリンタへ出力する命令になっています。
 "ヒンメイ"の下にカーソルがありますが、これが180行のKEYIN命令によるものです。ここでは12文字までの文字列をキー入力させようとしています。では12文字を超えて入力しようとするとどうなるのかというと、"ERROR 31"を表示して停止します。
 そこからテンキー横のCLキーを押すと入力前の状態に戻ります。そうやって画面が変な入力で崩れてしまわないようにしているんですね。もっとも、今風ならエラーで止めずに入力を無視するようにするところだと思いますが…。
 ヒンメイを入力すると次はタンカです(190行)。ここは数値を入れるのですが、CURSOR文で指定した座標から右詰めで入力されるようになっています。
 タンカの入力が確定すると、自動的にカンマ入り表示に変換されます。
 次のインスウも入力は右詰めで行われますが(200行)、今度は指定した桁数に足らなければ頭にゼロが補われます。
 220行では210行で計算した結果を表示するのですが、書式付表示(DISP USING文)になっていて、その書式も別の行にあるIMAGE命令で指定するようになっています。
 というのを4回繰り返して終了します。

 この他にも引数つきサブルーチン呼び出しとかローカル変数とか、かなり強力な仕様になっています。どうもヒューレット・パッカードのシステムで使用されているBASICとよく似ているということらしいのですが…。

所蔵品一覧に戻る