いわゆる更新記録(靖間 誠PC日記兼用)
西暦2007年7月−12月分
西暦2007年7月6日 "拙速"
Thunder 2500・HEslの実物を眺めていてそれぞれのページで色々嘘を書いていたことに気付いたので大慌てで修正。
やはり拙速はいかん。
ちなみに、両ボードのチップセットを構成する各チップの型番についてだが、両方ともノースとCIOB20のヒートシンクが外せなくて一応公式発表の型番でお茶を濁している。
実を言うと、ジャンクの2500で一度無理矢理CIOB20のヒートシンクを剥がしてみたのだが、強固に接着されていてチップパッケージごと剥がれるという恐ろしい事になったので、生きている方では怖くて剥がせなくなった(汗)。
稼働中に外れると困るものなのできっちり固定されているのは正しいことだが、こういう場合には困る訳である(苦笑)。
西暦2007年7月12日 "Opteron 254≒275"
PV3でちゃんとキャプチャしようとした所、CPUパワーが足りない旨エラー表示され3分しかキャプチャ出来なかったので、やむなくOpteron 254を2基中古にて購入。
ピークパワーが足りないならシングルコアでも高クロック品を導入すれば何とかなるだろう、という思惑である。
が、交換しても同じ結果になり、しばし呆然。
冷静になってあれこれ検討し、これはどうもCPU負荷じゃなくてHDDの転送レートが足りてないのでは?と思い至り、HDDのデフラグやら何やらを実施して再度テスト。
・・・あっさり最後までキャプチャできたよ(死)。
まぁ、どのみちセカンドマシンに新しいCPUを入れるつもりであったし、セカンドマシンはある程度以上のクロックのシングルコアOpteronでなければならなかった(OSがWindows 2000 Professionalなので2コアまでしか認識されない)ので、無駄にはならないのだが、何とも釈然としない結末であった。
ちなみに254の体感性能だが、総体としては275並み、但し並列度の高い仕事では明らかに275に劣り、高負荷のシングルタスクでは圧倒的な性能を見せつける、という高クロックのシングルコア特有の挙動を示している。
マルチコア化が叫ばれるようになる前のアプリケーションでは確実に254の方が有利だと思うが、こうしてみると254と同じクロックでデュアルコアの290やその上の295だと相当に快適になることが予想できる。
問題は、290や295はSocketF版Opteronの市販が始まって久しい現時点でさえ、中古でも2基で10万オーバーコースだということだが(汗)。
西暦2007年7月13日 "500GB"
HDDの空き容量や速度などの問題を勘案し、メインマシンのデータ用HDD3台を順次Barracuda 7200.10の320GBモデルから500GBモデルに交換することとして、まず1台購入。
このドライブ2台で従来の320GB級3台を置き換えられる計算であるが、他に入れていたNL35.1の250GB品(ある意味レアなモデルではある)をサブマシンに転用する都合上、最終的に3台とも入れ替えを行う予定である。
実はBarracuda 7200.10は320GBモデルが160GBプラッタ2枚、500GBモデルは167GBプラッタ3枚の構成で、微妙に上位の方がピーク速度が出る仕様らしいのだが、体感上はパーティションサイズが大きくなる以外のメリットはまるで見当たらない(苦笑)。
ちなみに、抜いた320GBものは一番新しい1台(ファームウェアが3.AAEのもの)をサブマシンのBarracuda 7200.8(250GBモデル)と入れ替え、残る2台(いずれもファームウェアが3.AAC)は売却の予定である。
予定通り事が進めばメインが500GB(フォーマット後容量467GB)*3、サブが320GB(フォーマット後容量298GB)*2+250GB(フォーマット後容量217GB)で総容量2TBオーバーということになるが、30分で20GB近くを使ってしまうPV3の独自規格DV Codecによる動画ファイルを考えると、正直これでもいつまで持つか心配である。
無論、MPEG2やH264などでエンコードすればそれなりの容量になるのだろうが、その処理時間やその間の消費電力などを考えると、そちらも頭の痛い話ではある。
そういえば320GB品は最初の1台を去年の6月4日に買っているから、これは都合1年1ヵ月保った事になる。
先代の7200.8は1台が約半年であっさり死亡していたことから考えれば充分優秀なドライブであるということになる(まぁ、まだ死んでいないし、これからも恐らく1年位は使用する予定である)が、SCSIドライブだと例えばMAS3367が途中一度短い休止期間があったが実使用で既に3年以上平気で稼働していることを考えると、値段も天と地程違うにせよ、やはりエンタープライズ向けとコンシューマー向けの間には暗くて深い溝があるのだと思う。
まぁ、それが判っているからこそ、SATAなHDDとして最初に購入したBarracuda 7200.7以降、メインマシンのデータHDDに関しては壊れる前に1年前後で新品交換、という方針を採っているのだが・・・。
西暦2007年7月16日 "約2.4TB"
HDDの換装がようやく一段落。
結局、色々考えてサブマシンは320GB*3構成として、面倒だが250GBのNL 35.1から320GBのBarracuda 7200.10へ内容の転送を実施することとした。
これでメインマシンが合計約1.5TB、サブマシンが約0.9TBのHDD容量ということになり、システムはいずれも10,000rpm以上のUltra 320 SCSIドライブ、データは全てSATA II対応で垂直磁気記録方式を採用するBarracuda 7200.10で統一されることとなる。
先日のCPU換装の件も含め、つくづくメインもサブも贅沢な仕様になったものだが、正直な所を言えば今の世間の一般的なPCの仕様の相場がどのあたりなのか不案内なので、これらがどの程度の位置づけになるのかさっぱり判らない。
まぁ、実用上不便がなければそれで良いとは思うが、今回の一連の実験の過程で少なくともPV3でキャプチャ→エンコードを「実用的」にこなせるマシンがおよそ一般的でないことだけは良く判った(苦笑)。
西暦2007年7月19日 "熱暴走"
このところ暑くなってきたせいかサブマシンが頻繁に熱暴走し、対策に悩まされる。
設置場所が風通しの宜しくない机下、しかもCPUクーラーが筐体側の制約から薄型銅製ヒートシンクに純正クーラーのファンを取り付けたもの、という悪条件が重なっている上、先日CPUが高発熱のOpteron 254に交換したのが響いているらしく、部屋の冷房をかけずに筐体を閉じて運用すると確実に落ちる、という状況になっている。
解決策は幾つか思いついているがいずれも決め手に欠ける状況で、とりあえず筐体のサイドパネルを外してお茶を濁している。
今夏が猛暑になるのかどうか知らないが、ならないで欲しい今日この頃である。
西暦2007年7月22日 "越えられない壁"
メインマシンのCPUがOpteron 275 Dualの状態でPV3による1920*1080i解像度でのキャプチャを行ってみる。
が、HDDを10,000rpm級SCSIドライブのストライプセットにしようが15,000rpm級SCSIドライブの単発にしようが、何をどうしても1分前後までにCPUパワーが足りない旨のエラーメッセージが表示されて停まり、しばらく呆然とする。
つまり、前回Opteron 254 Dualで成功していたことと考え合わせると、「CPUパワーが足りない」というのは、HDD側の速度以上にCPUコア単体の処理能力上限の方が重要な問題であったということになる。
言い換えれば、ウチの環境では2.2GHz級のK8コアでは不十分で、2.8GHz級のK8コアでようやく及第点、ということである。
まぁ、2.4GHzものや2.6GHzものは試していないので断言できないが、いずれにせよ1920*1080iモードでは2.2GHz級ではアウトということで、現時点ではメインマシンのCPUをOpteron 254に換える他にこの問題の解決策はなさそう(今更Core2Duoなどの新型デスクトップマシン用CPUとマザボを購入するというのは何か馬鹿馬鹿しいし、Opteron 285や290などを購入する予算もとても出てこない)である。
そういえば話は変わるが、本日インデックスページのカウンターが100,000を突破していた。
途中からの設置であるし、またその設置位置の関係上どの位正確にカウントされているのか判らない上、私自身のアクセスもカウントされているので非常に怪しい10万HITだが、宜しければ今後ともお付き合い願いたい。
西暦2007年7月26日 "ダウン"
熱を出してダウン。
最近どうも調子がおかしい、と思っていたら本当にまずい状態になっていた様だ。
西暦2007年7月30日 "小田実という人"
ニュースで作家の小田実氏の訃報に接する。
氏の著作を1冊も読んだことが無く、特に面識があった訳でもないのだが、間接的にせよご縁のあった方なので、ここに記しておく。
実はこの方、我が家の人間にとっては毎年必ずお会いする(というと妙な表現なのだが)方のお一人であった。
何のことかと言えば、我が家同様、氏も毎年年末年始に奈良ホテルを定宿としておられ、食堂の予約席の関係上、間近でお姿を拝見する機会が多かったからだ。
父の弁によれば氏は1970年中盤位からあのホテルに来られるようになった由(ウチの両親は新婚旅行が最初だったそうなので1969年2月以来)だが、私の記憶する限り、かなり昔から何故か難しい顔をして静かにワインを飲んでおられたお姿を拝見していた覚えがあるので、毎年正月にあのホテルを訪れていた常連客の中では結構な古株のお一人であった筈である。
私があのホテルに泊まるようになったのが確か1974年の正月(但し1973年の正月には泊まらなかったものの、あのホテルを訪れている)だから、早くも33年が過ぎたわけだが、気がついてみると古参の常連客は小田氏のご一行と我が家、それにもう一組(こちらは某大学教授ご夫妻で、何と戦前からの常連さんであるそうだ)、といつの間にか3組にまで減っていた。
まぁ、バブル期に少々騒々しくなったのを嫌って他に泊まり先を変えた方もおられたらしい(とは馴染みのマネージャー氏の弁)のだが、やはり高齢で出歩くのが難しくなられた、とか今回の小田氏の様にご夫妻のいずれかが亡くなられた、とかいうパターンが大半の様で、長年の常連のご夫妻の奥さんだけが寂しく食事をされているのを見かけたと思ったら、翌年以降2度と来られなくなった、というのも何度かあった。
何ともわびしい話だが、いつかは、そう、恐らくはここ10年から20年ほどの未来には我が家にもその日が訪れる筈で、そう考えるとそうなるまでに何度あそこを訪れることが出来るのだろうか、と少々憂鬱な気分になる。
無病息災、無事これ名馬というが、かくして毎年あの場所で元気なお姿にお目にかかっていた小田氏とも、今年の大晦日からは二度とお目にかかることが出来なくなってしまった。
何やらとりとめのない文章になってしまったが、今はこの記憶をもって氏のご冥福を祈りたい。
西暦2007年8月3日 "通告"
会社で上司から、今後遅刻ある場合はバイトに格下げとなる旨、通告を受ける。
ま、何らかのペナルティがあるのはここしばらくの状況からすると致し方ないのだが、気に入らないならストレートに首を切れば済むのに、何でそういう煮え切らないことをするのかなぁ、とは思う。
それとも、会社側からの解雇だと規定上、通告後一月分の給与を支払わねばならないが、アルバイトにしておけばそういうこと無しにいつでも都合の良いときに首を切れるからだろうか。夏期休暇も9月に取る予定だったから、そうなるとその分も払わなくて済む訳であるし(嘲笑)。
もしそうだとすれば、相応の対策は考えておくべきかも知れない。
無論、そうならないように努力するのが先決ではあるが。
西暦2007年8月18日 "げーむすいっち"
先日入手したいわゆるGameSwitchという奴をRD-S300のHDMI端子とLCDのDVI端子の間につないでみる。
・・・おお、確かに画が出ている(笑)。
なんというか非常に怪しい感じのテクノロジーだが、LCD側が対応しない1920x1080i以外の各解像度は確かに出力される(まぁ、720pだと知らない解像度だ、と怒られるけど)。
これなら今後戦っていけるかも知れない。
西暦2007年8月21日 "生存"
どうやら最悪の事態だけは回避できた模様。桑原桑原。
西暦2007年9月2日 "マウス"
ロジクールのVX RevolutionとMX Revolutionを中古で買い揃え、使い比べてみる。
・・・何というか、VXのサイズでMXの電動ホイールロック機構を内蔵したのが欲しい感じだ。
MXはフットプリントが大きすぎるというのもあるが、余計な挙動をする部分が多いのと、充電池内蔵でこいつが死んだ後の手当が難しそうなのがネックになる気がする。
西暦2007年9月4日 "伯父"
母からのメールで大阪のS伯父がこの1日に亡くなったことを知らされる。
S伯父は母の一番上の姉の旦那さんだった方で、2年ほど前に伯母を亡くしてからめっきり老け込んで、最近は介護施設で寝たきりの生活だったのだという。
実はこの方、幼い私に鉄道趣味を仕込んだ張本人(何しろ2歳の子供に絵本ではなく「毎日グラフ増刊日本の私鉄1969/3/31」を与え、5〜8歳位の時には順次「世界の鉄道'69〜'76」を与え、当時私が吹田市の竹見台にあった彼の家を訪れる度に「パーラーカーの特別室に乗車したことを示す特急「富士」だったか何かの切符」だの「自分が撮影した大阪市電廃止時の保存車パレードのスライド」だのを見せてくれ、果ては私を高野山(南海20000系「こうや」に乗るのだけが目的)や鳥羽(近鉄30000系に乗るのだけが目的)、あるいは京都(京阪3000系と阪急6300系に乗るのだけが目的)と連れ回してくれていたのだから弁解の余地はない。私がブルトレブームや「いい旅チャレンジ2万キロ」の乗り潰しブームの時にそっちを向かず、ひたすら地方私鉄や関西大手私鉄、あるいは古典車両研究の道にのめり込んだのは、思えばこれらが原因であった)で、ここ数年の話で言えばNIKON F4とCANON 7を私に託した人だと言えば思い出される方もおられるかも知れない。
伯母との間に子供ができなかったせいもあって、ひたすらに趣味に生きたような方だったが、享年87歳というのは天寿を全うしたと言うべきなのだろうか。
今は只、冥福を祈る他ない。伯父の魂の安らかならんことを。
西暦2007年9月12日 "阪堺紀行"
例によって時季外れに夏期休暇を取ったので、帰省。
で、これまた例によってバスの都合で早朝の大阪で降車となったため、時間つぶしをかねて恵美須町まで阪堺電気軌道に乗りに行く。
まずは工事で北口のビルが解体されて工事が進められているせいか、妙に殺伐とした感じのJR大阪駅環状線内回りホームで223系0番台関空・紀州路快速に乗車して新今宮へ。
話には聞いていたが、いつものSUICAで乗れて、ちと感動。
朝ラッシュ時であってさえ、通勤路線にこれほどの電車が平然と入り込んでくる関西の輸送事情というものについて色々考えさせられるものがあったが、この、純然たる通勤路線である大阪環状線と同じホームで奈良・和歌山方面への直通電車に乗車できる便利さを知っていると、関東の鉄道は本当に不親切な乗り換えを強いている(特に都営浅草線からの乗り換え客に1番線から2番線への移動に無意味な長距離歩行を強要する東京メトロ銀座線浅草駅の構造、アレは本当に何とかならないのだろうか?)のだと思う。
新今宮から一駅分歩いて恵美須町へ。
木造二階建ての操車室がホームの端に建っている、どこか懐かしい風景が残っていることに安堵する。
本当はGE系油圧カム軸制御器の国内最後の現役機種である、東芝PB2油圧カム軸制御器を搭載するモ351形に乗車したかったのだが、巡り合わせが悪かったのか何本待っても来るのは新しいモ601・701形ばかりで、諦めてやってきたモ501形に乗車。
とはいえ、こちらも今となっては希少になってしまった、汽車製造製のエコノミカルトラックと呼ばれる1自由度系空気ばね台車を装着する、電動カム軸制御器搭載のカルダン駆動車である。
扉が閉まって静かに加速をはじめ、コンクリートと鉄骨を組み合わせた古風な架線柱の間を通り抜けてJRとの乗換駅である南霞町、築堤を上って天王寺支線や平野線との乗り換え・分岐駅であった今池町、今船、松田町、北天下茶屋、それに聖天坂と住宅密集地の中を、専用軌道上を空気ばね台車の心地よい揺れと共に軽快に走って天神ノ森へ。ここを出てすぐ高野線をアンダークロスし、やがて併用軌道へ。
道の片方に寄せられ、直接吊架された架線が連なる、何とも古風な併用軌道に入る。
速度はやや落ちたが、この独特の風情は他には代え難いものがある。ここはできれば、いかにもアメリカ風のインタ・アーバンの面影を色濃く残していた木造のモ101形(せめて1両は保存しておいて欲しかった電車である)が走る風景を見てみたかった場所だ。
東玉出、塚西、東粉浜、と阪堺電軌と南海鉄道の競合・合併という歴史を物語る駅名を眺めて線内最大のジャンクションである住吉へ。
斜めとはいえ、日本では最早希少となった複線の路面電車線同士の平面交差と、それを取り巻く複雑怪奇な分岐は未だ健在で、少し安心する。
ここからは架線が上町線からのシンプルカテナリに代わり、住吉鳥居前を過ぎたところで再び専用軌道に入る。輸送量が多い区間だけにこのあたりの軌道整備状態は良く、電車は軽快に走ってゆく。
細井川、安立町、と走って車庫(大和川検車区)のある我孫子道へ。
古風なモ151形がまだ健在なのを見てほっとする。思えば、この時代の電車も随分減った。
車庫の分岐を過ぎ、堤防への急坂を一気に上って独特の鋳造橋脚が並ぶ大和川橋梁を渡る。
大和川、高須神社(そういえばここは「じんじゃ」ではなく何故か「じんしゃ」と発音する)、と専用軌道を走って綾ノ町で再び路上へ。とはいえ、広々とした道路の中央をグリーンベルトで区切った、いわゆるセンター・リザベーションと呼ばれる軌道形態なので前後を自動車に遮られることは無く、信号での停車を除けば専用軌道と大差ない速度で電車は走ってゆく。
神明町、妙国寺前、花田口、大小路と堺市内を走って宿院へ。
ここは南海と大阪毎日新聞が共同で開設していた、大浜海水浴場への足であった大浜支線の分岐駅だったところだが、その面影は全く残されていない。
寺地町、御陵前、と走って三度専用軌道に入り、東湊、石津、船尾、と快調に飛ばして南海本線をオーバークロスし、終点の浜寺駅前へ。
浜寺公園の目の前、というロケーションにある駅だが、いつ見ても妙に雑然とした駅舎で、ワンマン運転の路面電車ゆえ、駅舎が事実上乗務員の詰所でしかない、という事情もあるのだろうが、正直もう少し何とかならないのかと思う。
そんなことを考えながら電車を降り、南海本線の浜寺公園へ。
辰野金吾設計の名作として知られる駅舎を拝みに行くためだが、前に来たときと比べ、何やら周囲が雑然としている。
見るとこの駅の前後について高架化工事を実施する由で、となるとこの駅舎も解体されることになるのだろうか?
そんなこともあって、見納めとなる可能性もあるので駅舎各部をじっくり観察。
高級住宅地として開発された浜寺という地に相応しい瀟洒な造形は、奈良ホテルや東京駅、日銀大阪支店、百三十銀行八幡支店、あるいは外壁だけ残された第一銀行神戸支店、といった私が実見できた辰野の他の作品と比べると繊細さが目立ち、同一人物の設計か?と思わずにはいられないのだが、あるいはこれは1905年以来、彼の相方であった片岡安の個性が表出した結果であったのかも知れない。
再び浜寺駅前へ移動し、やってきたモ501形に乗車。
元来た道を戻って恵美須町へ。
恵美須町から日本橋界隈をうろついて、その荒廃ぶりに愕然とする。
・・・話には聞いていたが、これほどとは。
ニノミヤの倒産など、要因には事欠かない状況であったが、それにしてもこれはひどい。
そんなことを思いつつ、ドライバCD欠品で格安のSound BLASTER Audigy 2 ZS PlatinumとAthlon 64 X2 4200+を中古で購入。
御堂筋線を難波から梅田まで乗車し、新快速で姫路へ向かう。
神姫バスでICカード対応が行われ、かつ市バス路線の移管で路線体系が大きく変更されていて、呆然とする。
実家の両親は伯父の後始末で大変そうだったが、相変わらずであった。
西暦2007年9月13日 "Tomcat K8E"
あらかじめ実家に送付しておいたTYANのS2865G2NR Tomcat K8EとZippy-600GEを昨日買ったサウンドカードやCPUと共にAT新2号機に組み込み。
これで随分使いやすくなるはずである。
ちなみに、私はあまり好きではないSound BLASTER Audigy 2 ZS Platinumのフロントベイだが、母にはヘッドフォン端子とボリュームが前面に来ることで大変に好評であった(苦笑)。
・・・ま、喜んで貰えたのだから良しとしておこう。
西暦2007年9月14日 "奈良"
両親と奈良へ向かい、奈良国立博物館で開催中の「美麗 院政期の絵画」を観覧。
大阪市交の駅構内に貼られていたポスターで開催を知って行ったのだが、「信貴山縁起絵巻」、「平家納経」、「孔雀明王像」、「寝覚物語絵巻」ととにかく膨大な数の国宝・重文の洪水(苦笑)で、これは大当たりだった。
個人的には、内山永久寺の「真言八祖行状図」と「両部大経感得図」の実物を一度に見られたのが何よりの収穫であった。
西暦2007年9月16日 "岡山"
本日は両親と共に岡山へ。
久々に大原美術館を訪れたが、現代美術系新収蔵品のレベル低下のひどさにしばし唖然とする。
展示そのものも含め、昔を知っている人間にとってはあれはかなり辛い。
その後、岡山模型を訪れ、久々に店主の赤木さんにお会いする。お元気そうで何より。
で、何故か液晶ディスプレイの方式の良否について熱弁をふるう羽目に陥る(汗)。
本日の収穫は「津山線・吉備線百年史」(2004年刊行の自費出版本)。
西暦2007年9月18日 "帰還"
東京へ無事帰還。例によって、ほぼその足での出社と相成った。
昼休みに、Opteron 285を1基購入。予算があれば2基買うところだが、何しろ緊縮財政下なので致し方ない。
西暦2007年9月29日 "新宇宙秩序"
久々にNewSpaceOrderのサイトを覗いて、萌えキャラがトップに鎮座しているのを見て唖然とする。
・・・NSOってこんなノリだったっけ?
良く読むとサイドストーリー(-link of life-)を別途FLASH形式で公開している由で、早速視聴。
・・・予想の斜め上を行く面白さで、思わず全10話、最後まで見ちゃったよ(大汗)。
大変に結構なお話でございました。
西暦2007年10月6日 "DIGI96/8PST"
中古屋の出物でDIGI96/8PSTをゲット。
しかも、3.3Vスロットで動作する最後期モデル(喜)であった。
だが、気付いてみるとこれを挿せる空きスロットのあるマシンが無いことが発覚。
半ば脊髄反射で買った様な板だが、何とか使える状態にしたい今日この頃である。
西暦2007年10月7日 "地獄巡り"
本日は後輩のM君と秋葉原巡りであります。
M君はデジカメ購入を検討しているとの由で、それにお付き合いした格好で、コンパクトデジカメなんか買わずに一眼デジカメを買え、と色々実例を見せて吹き込む。
で、彼が次第にその気になったところで、うっかり某中古屋へ足を踏み入れたところで話が一変してしまった。
そこで展示されていた中古という触れ込みのBlu-Rayハードディスクレコーダ(Panasonic BR-100)を見たM君が悩みはじめ、あっという間にそれを買ってしまったからだ。
・・・君、デジカメ買いに来てその予算でBlu-Rayハードディスクレコーダ買ってどうするよ(滝汗)。
絵に描いたような衝動買いっぷりにしばらく見惚れてしまったことであった。
しかし、春にDVDハードディスクレコーダを同じくらいの価格帯で買った私としては、色々大変に複雑な心境となったことであった。
・・・いいなぁ。
西暦2007年10月13日 "4U"
朝から日比谷公園へ出向き、鉄道コレクションの近鉄2250系と阪急1010系をそれぞれ2セット購入。
去年の反省から1時間早く出て正解であった。
その後、秋葉原で格安出物にて4Uラックマウント筐体をゲット。
エラく造りの良いE-ATX対応のモデルで、後でt-winのRMC4L2と判明した。
ちなみに購入価格は\1,980だったのだが、通常の売価はどうも5万ほどする代物であったらしい(大汗)。
道理で造りが無闇に良かったはずである。
お持ち帰りで地獄を見たが、その甲斐のあるお買い物であった。
帰宅後、買った鉄道コレクションの各車を取り出して眺めてみる。
・・・ああ、やはり2250は良い形だ。
床下機器の配置など色々突っ込み所はあるが、大事なところは悉く外さず押さえた設計だったので、これはもう高評価せざるを得ないだろう。
1010も、あの複雑かつ微妙な車体断面が忠実に再現されていて、いたく感動したことであった。
西暦2007年10月14日 "1010"
本日も日比谷公園へ出向き、阪急1010を2セット買い求める。
近鉄2250はWeb通販で必要数がとりあえず充足できたので財政上の事情もあってパス。
まぁ、3扉化とか考えると揃えた数では足りないのだが、1次車を改造して2・3次車にするのは実は何気に大変(KD-15台車とか前面窓とか、結構違う)なので、とりあえず竣工直後の6連や4連が組めれば良いか、という判断である。
まぁ、この時期だとモ2227形やサ2600を組み込めればそれがベストなのだが、何分それらはあの無闇に軸距の長い日車D22を履いていて模型化が結構難しい(おまけに車体にはシルヘッダーを中心にリベットが残っている)ので、いつか出来れば、というレベルでのお話になる。
ちなみに今回のモ2250+サ3020セットだが、住友金属工業FS-11を装着する1次車の非冷房時代の姿を再現している。
にもかかわらず、モ2250の前照灯と各車の屋根板は別パーツで交換可能となっており、これはもう、サ3020の屋根両端にKM-7冷房装置のエバポレータを搭載してモ2250の前照灯を風洞兼用タイプに交換して後期特急車仕様にしろ、と言っているようなものである(苦笑)。
で、改造の可否を巡って手持ちの資料をあれこれ捜してみたのだが、サ3020の屋根上エバポレータユニットや、床下の圧縮機系統の正確な構造を示した資料や写真がさっぱり見当たらない(汗)。
かろうじで同時期設計のモ6421の側面図は出てきたが、こいつは制御器が日立MMCで三菱ABF17を搭載していたモ2250とは違うので、実はそっち方面の調査に当たっては全然参考にならず役に立たなかったりする。
まぁ、いずれその内出てくるのではないかと思うが、それまでは改造はお預けである。
正直、大阪線特急車の床下機器で最も印象的な抵抗器箱の位置と寸法が全然違うのだけは何とかしたいのだが・・・。
西暦2007年10月20日 "3連コンボ"
歯医者・耳鼻科・内科の診療費支払い3連コンボで大ダメージ。
財政難の折故、これは大変に痛い。
西暦2007年11月3日 "First Alert"
DVDハードディスクレコーダに「残り空き容量がねぇぞゴラァ」と怒られる。
ここしばらく安易にほいほいと新番組をTSで予約録画していたのが悪かったらしい。
で、反省し皆目見ていない作品から順に録画データを削除。
300GBといっても多寡が知れているのだとつくづく思ったことであった。
西暦2007年11月18日 "ファンレス"
とある事情でGeForce7300をテスト。
ファンレスでVRAM 128MB実装のモデルだが、2Dだけなら意外と描画が速くて驚く。
まぁ、3Dは比較するのもかわいそうな感じだが、普通に動画再生とオフィスユースとかWebブラウジングとかだけを念頭に置いて使用するならば、このクラスで充分実用になるのではなかろうか。
ファンレスなのでしっかりエアフローに配慮してやらないと、文字通りあっという間にコア温度73℃とかいう事になってしまうので要注意ではあるが。
西暦2007年11月22日 "Barracuda 7200.11"
使用開始から1年以上が経過し、ここ半年ほどの24時間フル稼働でそろそろ疲弊が目立ち始めた、サブマシン搭載のBarracuda 7200.10(320GBモデル)の代替用としてBarracuda 7200.11(500GBモデル)を1台購入。
内蔵キャッシュが16MBから32MBに倍増されたのが最大の改良点で、それ以外のスペックには大差が見当たらなかったのだが、同容量の7200.10と比較して結構な割高価格設定であった。
で、帰宅後早速サブマシンに接続して既存の320GBドライブからデータ転送を実施。
…無闇に転送が速い(汗)。
ファイル管理領域をキャッシングするのが効率よくできているのか何か知らないが、7200.10と比較して露骨なほどに転送開始までが速い様に思う。
挙動から判断する限り、メモリ増量とあわせて内蔵コントローラの処理能力の大幅引き上げを行ってコマンド処理能力が向上した可能性が強いが、とにかく読み書きの切れが良い。
これなら、多少のコスト増に目をつぶってでもこちらを買う価値があると言えそうだ。
西暦2007年11月23日 "山道"
大学時代サークル同期のAmir君とPzi先輩にお付き合いして小田原へ。
箱根湯本まで小田急で赴き、ここから鎌倉古道を歩いて芦ノ湯まで縦走。
まさか、そんなひどい道だと思っていなかったので、三脚など重装備で行ったのだが、倒木ありで道路以前の凄まじい状態の道とは言えないような道が初っ端から続き、一瞬心が折れそうになる。
幸いそのようなひどい道は前半だけで済んだが、普段の運動不足を痛感させられた一瞬であった。
ちなみに、名目としては紅葉観賞が主題であったはずなのだが、そのような結構なものはほとんど見られず、疲労回復に入った温泉の快適さと、事後箱根湯本方面へ戻るためのバスを待つ間の異様な寒さ、それに超満員の箱根登山鉄道車内が印象に残った一件であった。
休日の箱根など好んで行く場所ではないのだ、と痛感させられたことであった。
西暦2007年12月2日 "回避策"
先日買ったDIGI96/8PSTをZX10改めAT5号機で使用するに当たって、グラフィックカードの冷却不良が問題となったため、対策に一計を案じる。
話としては単純で、サウンドカードのENVY24HT-HG8PCI(玄人志向)をPCI-Express x16スロットの隣の32bit 33MHz PCIスロットから、DCT-FUTA1(大陸志向)を併用して2本目のPCI-Express x16スロットへ移設したのだが、筐体の側に色々制約があって結構面倒な作業になった。
結果は大成功、ENVY24HT-HG8PCIは無事動作し、DIGI96/8PSTへ送り込んだ同カードのSPDIF出力も無事DIGI96/8PSTで受信を確認した。
正直、ここまで贅沢な使い方をするのもどうかと思うが、やはり「これはいいものだ」ということで一つ。
西暦2007年12月7日 "ML115"
会社で、上司が買ったHP ML115のセットアップを依頼されて実施。
メモリ512MB、HDD 80GB、CD-ROM、Athlon64 3500+搭載の最小構成単位のモデルで送料込み約\18,000であった由だが、実物を見ると本当にこれで儲けが出ているのか疑いたくなる位にはひどくマトモな造り(ちなみにマザボはSCSIコネクタなどでおなじみのFOXCONN製で、VRM周りに実装されたケミコンも富士通の低ESRタイプ固体コンデンサだった。また、電源はDELTA製の370W品である)で、これは確かにお買い得な一品である。
Web上でググってみるとRAMを2GB以上実装した場合にPCI-Express 16xスロットにグラフィックカードを挿していると、特にVista使用時に不具合が出る場合がある由だが、それはグラカを選べば回避可能で、他にPCI-Express 8xと2本の3.3V 32bit 33MHz PCIスロットがあることを考えると、これは大変に拡張性が高く使い勝手の良いマシンであると思う。
オプションでPCI-Express 8xスロットにHP純正SASカードを挿せば15,000rpm級高速HDDも実装可能で、後は電源を600Wクラスの大容量品に交換すれば、結構長く遊べるのでは無かろうか。
強いて言えばリアの空冷ファンが多少うるさい感じだが、ウチで現在稼働中の2台のPCの轟音ぶりを思えばこの程度なら静粛と言って良いレベルだ(爆)。
・・・書いてるウチに何だか欲しくなってきたが、その予算があればメインマシンのCPUを増やすか、グラフィックカードを換装するか、それともサブのHDDを換装(Barracuda 7200.11の500GBモデル1台分+αで完成PCが買えるというのだから凄い話ではある)すべきなのだろう。
いずれにせよ財政難の昨今ではどうにも出来ない話である(合掌)。
西暦2007年12月10日 "SA0100"
中古屋で東プレSA0100を発見。財政難の折だがなかなか出物の無い一品なので、悩んだ末に購入。
冷静に考えてみると、自分用に買った初めてのUSBキーボードである。
東プレのいわゆるRealForce系静電容量スイッチキーボードはこれまでに仕事で触ったことがあったので、これ自体には特に感慨らしい感慨はないが、現行キーボードの極北の一つがこれである、というお寒い事実(これ自体、悪くはないがそんなに飛び抜けて良いものかというと正直疑問である)には色々考えさせられることがある。
いや、現在のもう一方の極がCherryスイッチで、あれがさも極上品のごとく語られている、という現状に比べればずっとマシだとは思うが・・・。
それとも、これは今も毎日初代Apple Extended KeyboardをiMateでADB-USB変換して使っている(この文章もこれで打っている)オールドキーボード愛好者の繰り言なのだろうか。
なお、肝心のブツのコンディションは極上の新品同様で、前ユーザーがいかに丁寧に扱っていたかが知れるような状態であった。これで\5,980というのは正にお買い得であったと言うべきであろう(苦笑)。
西暦2007年12月13日 "時の流れに身を任せ"
会社で参加する某イベントのため、レトロな感じのパーツをかき集めてPCを組むことになる。
1台はSLI・デュアルCPUコアと字面だけ並べると新しい感じだが、実態はVoodoo2のSLI+Pentium III 450MHzのDual、という詐欺のような構成の一品、1台はXeon 1.7GHz DualなRIMMマシン、最後の1台はPentium Pro 200MHz DualにImagine 128 Series 2、AHA-2940UW、それにSound BLASTER AWE32という訳のわからない1品、という組み合わせで、いずれもウチの在庫部品から組んで出すことになった。
・・・しかし、本当にこんなんでいいのか(汗)。
西暦2007年12月14日 "来訪者"
ここから先は、少々不愉快な話が続くことをまずお詫びしておく。
本来ならばこのような場所で書くべきではない類の話なのかも知れないが、一つの記録を残しておく意味で、ここに書き記しておく。
事の発端は昨日の項に記した3台のPCである。
重いしかさばるので、上司のU氏と同僚のF氏が会社のワゴン車でイベント会場まで運んでくださるという事になった。
で、約束の時間に両氏が私の住まうマンションの前に現れ、セットアップ途上の1台を残して順次搬出作業が進んでいった。
この際、セットアップ作業との絡みもあって搬出すべき機材については玄関口まで私が運んで、そこから両氏が車まで運ぶという手はずになったのだが、最後に残った1台のセットアップがなかなか進まず、寒い外で待たせるのも悪い、ということで(私としては嫌々)両氏を室内に招き入れた。
で、婉曲的な表現ながら、入り口付近でここから先は入らないで欲しい旨を告げ、私は残る1台のセットアップにかかる作業に戻ったのだが、ここでU氏が入って欲しくない領域まで入り込み、室内の触って欲しくない物品を物色し始めた(激怒)。
この人、以前会社の機材で検証できない試作品の検証のために、その検証を行いうる機材を保有する、とある知人の部屋へ私が赴いた際に、私が難色を示したにもかかわらず強引に同行し、そこでやはり勝手にその部屋の物品を物色し始めた前科があったので警戒していたのだが、今回もセットアップ作業で手が離せない隙にやられてしまった。
そんな事言ったって、別にものを取られた訳じゃないから良いじゃないか、という意見があるかも知れない。
だが、決して好意的に迎え入れられたわけではない状態で入り込んだ部屋で、部屋の主の意向などお構いなしに他人の部屋を勝手に物色し始める無遠慮・不作法(それはいってみればRPGのプレーヤーキャラクターが他人の部屋のタンスの引き出しを勝手に引っ張り出してのぞき込むような行為だ)が、一般的な社会常識に照らして、果たして良いことであろうか?
他人との間に垣根を作らずまた意識させず、いつの間にか難色を示していた他者に対して自分の意思に沿った行動を同意させる、というU氏の能力や資質は、企業において製品企画を担当する上では重要なものであると思う。
だが、他者のごく私的な空間に入り込んだ際に、その資質や能力のままに無神経かつ無思慮に、そして恐らくは無自覚にその「場」を、言い換えれば「他者の聖域」を踏みにじり物色しかき回す無神経・不作法ぶりだけは到底許せるものではないし、加えてそこで見聞きした事物について無思慮な発言が行われるとなれば、それはもう当方に対して懇切丁寧で否定の余地のない宣戦布告が行われたも同然である。
あるいは当人は悪気がないのかも知れないが、その種の行動は、悪気がないからこそ非常に悪質かつ大変に不愉快なものなのであり、今の会社に私を拾ってくれた恩義のある上司でなければその瞬間にでも部屋から叩きだし、搬出したPCも取り戻した上で全てご破算にしていたところであった。
いや、正直に言おう。その行為がなされた瞬間、私は彼に対してほぼ殺意に近い感情を抱いていた。
その直後に彼は謝罪したが、その行動は「私が怒っていることを認識した」から受動的に「とりあえず謝罪してその場を取り繕った」というに過ぎず、その態度や反応を見る限り、そこには私が怒っていることの理由に対する洞察も本質的な理解も認識もなく(内心では「何故自分が怒られているのだろう?」と不思議に思っているレベル)、また今後とも理解することもないだろう。
要するに、そういう方面の認識力や想像力が根本的に欠落した人物なのだ。この人は。
さしあたり、「仏の顔も三度」という言葉があるので、彼のこの種の行いに対し二度までは受忍することとしているが、果たして今後三度目があったとして、我慢できる自信は今の私にはない。
・・・もっとも、今後氏には何があろうと金輪際私の住う部屋の敷居を跨がせるつもりはないので、その種の状態に陥る可能性は低いと思うが(嘲笑)。
なんにせよ、大変に後味の悪い、不愉快な出来事であった。
西暦2007年12月16日 "ミスの露見"
ここ数日のPCパーツ在庫総ざらえの一環で、在庫SCSIカードをチェックしている最中に、INI-A101U2W(NEC向けOEM品)を眺めていて、内蔵コネクタの裏側半田面の#15・16ピンがブリッジされている事に今更気付く(汗)。
大慌てで資料をひっくり返し、この2ピンがGNDとDIFFSENSで、要するにコントローラをシングルエンドモード動作固定に設定するものであった事を確認。
基板の内部配線がどうなっているか定かではないので断言できないが、この配線ではたとえ外部接続ではLVD動作したとしても、内部接続をするとSE動作しかしない可能性が高い。
そんな訳でN8103-65 / NEC (INI-A101U2W / Initio)を急遽修正した。
西暦2007年12月29日 "帰省"
朝、東京発の700系「のぞみ」に乗車して新大阪へ。
できれば昨年の予想に反してまだ4往復が残っている500系「のぞみ」に乗車したかったが、時間が折り合わず700系に乗車。
この際座って帰れたのだから贅沢は言うべきではないだろう。
今年は曇りで富士山は見えなかったが関ヶ原に雪はなく、気付くと米原を過ぎていた、という有様であった。
新大阪で下車してこれが初乗車となる321系で大阪へ。
内装と乗り心地から評価する限りは、207系の方が良かった様に思う。
E231・E233系などもそうだが、最近の標準化された通勤電車はどうしてどれもこれもこんなに硬い座席にしているのだろうか?
その昔の大阪市交30系もそうだったが、旅客車で座席について人間工学云々を謳い文句にしている車両はどれもこんな感じで、結局「人間工学」というのは人間をモノとして扱うことの謂いでしかないのではないか。
そんなことを思いつつ環状線内回りホームに向かい、やってきた223系0番台紀州路快速・関空快速で新今宮へ。
西九条では着々と工事が進む阪神の高架線を間近に眺め、なるほど昔の西九条商店街が建設に反対したのも無理はないわい、などと思う。
JRを乗り越えるせいもあるのだが、この高架橋、非常に背が高く、街が分断される印象が確かに強い。
新今宮からは例によって徒歩で日本橋界隈を散策。
ニノミヤの倒産後、加速度的に荒廃が進む日本橋の惨状に唖然とする。
で、結局手ぶらで日本橋を後にし、地下鉄で向かった梅田のソフマップでAudigy2 Digital AudioとDVR-112LFが格安であったので購入。
前者は自分のサブマシン用、後者は実家マシン用である。
梅田というかJR大阪からは223系2000番台新快速で姫路へ。
大阪の向かいのホームに入線していた183系「北近畿」の先頭車がクハ481形200番台の数少ない生き残りを改造したクロハ183形で、その懐かしい姿に、新快速到着までのしばしの間見惚れる。
姫路到着後、山陽電鉄で飾磨へ。
たまたま阪神9300系の直通特急に当たったので、当然中間車に乗車。
そういえば先頭車の連結器が阪神伝統のヴァンドーン密着連結器から柴田式密着連結器に交換されており、ここでも西大阪線経由での近鉄との相互直通乗り入れ運転開始が間近に迫っていることを思い知らされた。
飾磨で昔なじみの床屋で散髪の後、漸く実家へ到着。
両親には特に変わりなく、安堵したことであった。
西暦2007年12月31日 "年の瀬"
本年最後の日。
例によって例の如く中国縦貫道→近畿道→阪神高速→第二阪奈経由で奈良へ。
例年になく早い出立で、まだ充分明るい内にホテルへ到着。
例年通りの部屋に落ち着いたが、内装の配置がまた変更されており、狭さを解消するためか文机が無くなったのを不便に感じた。
昔ならば、ここで除夜の鐘をつきに東大寺などへ出かけるところであるが、ここ数日のタイトなスケジュールも手伝ってそんな元気もなく、あえなく爆睡。
気がつくと「行く年来る年」が終わっている始末であった。
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