いわゆる更新記録(靖間 誠PC日記兼用)

西暦2003年4月−7月分


西暦2003年4月3日 “更新、つーか緊急訂正”

 2型40号、緊急竣工。

 スキャナで昔の写真を取り込んでいて、台車から見た下津井電鉄の車輛に致命的ミスが発見されたので大慌てで訂正した。

 具体的には、クハ22〜24の台車がナニワ工機製ではなく住友金属製だった、というもので、何故こんな思い違いをしていたかは定かではないが、間違いを放置する訳には行かないので明記しておく。

 なお、その他はSCSI雑感にSCSIカード・ボードを幾つか追加した程度である。

 

西暦2003年4月6日 “マブラヴ”

 マブラヴ、漸くアンリミテッドシナリオを冥夜でクリア。

 そのあまりに悲痛なラストに思わず貰い泣き(涙)。

 実はエクストラの冥夜エンディングでも泣いていたのだが、ここまで来ると最早パブロフの犬とか何とか言う以前の問題の様な気がする。

 エロゲーでここまで泣いたのはEVE BurstError(当然PC-98版)かYU-NO以来か。

 話としては良くあるタイプの筈なのだが、陳腐とか何とかいう言葉を使う事を許さないこの凄みは何なのだろうか。

 笹本祐一の傑作「妖精作戦」の最終巻、「ラスト・レター」を読み終わったあの時の、言葉にし難い喪失感をふと思い出した事であった。

 

西暦2003年4月10日 “マブラヴは続く”

 黙々とマブラヴをプレイ。

 取りあえずアンリミテッドは一通りクリアした。

 冥夜エンドが泣けるのはある意味予想の範囲内(エクストラである程度類推出来る)だったが、まさか彩峰エンドがあんなにも泣ける話だとは思わなかった(涙)。

 つーか、アンリミテッドのエンドの出来だけで言ったらあの5人中ベストじゃなかろーか。

 

 MonsterTVが突然認識されなくなってドツボにはまる。

 ドライバを強制的にインストールしようとしたら青画面に「IRQ less or equal」とか何とかメッセージが出て物理メモリダンプをした後にリセット、という前回もハマったパターンで、色々試した(それこそACPIを諦めてAPMに切り替えるところまでやった)がどうにもならず悶々としていた所、ふとした弾みで青画面が出てメモリダンプされる前にリセットしてみると、PnPでMonsterTVが正しく認識され、同じドライバが正常にインストールされる事に気付いた。

 私はOS内部の挙動に詳しくないので一体何がどうなってそういう事になるのかさっぱり判らないのだが、対症療法としてこういうやり方がある、という事で。

 ま、これは恐らくメモリダンプだと必ず失敗する構成/設定まで保存されるのが、ダンプ前リセットだと新規に構成され直すのが原因ではないかと推測しているのだが、もしそうだとするとMonsterTVのハード側のPnP回りに原因があるという事になるな(苦笑)。

 

西暦2003年4月15日 “三度マブラヴ”

 やっとの思いでマブラヴの全エンディングをPC-9821Ra300/M40上でクリア。

 イベントも多分9割以上はこなした筈だが、先はまだ長そうである(苦笑)。

 取りあえず、アンリミテッドは全エンディングで泣いて(最早パブロフの犬か木城ゆきと氏の言う“笠地蔵”状態である)、エクストラは最後にクリアしたのがよりにもよってまりもバッドエンドであったため、一気に感動やら何やらが吹き飛んでしまった(爆死)。

 確かにこれはHAN-LAY先輩の仰る通りジオング状態で出たゲーム(笑)なので評価が難しい部分があるのだが、個人的な感想としてはこれだけ泣かしてもらえれば充分である。

 

 ジャンクでINTERGRAPHのINTENSE 3D 2200Sという昔のフルサイズPCIグラフィックカードをゲット。

 巨大なIBM製RAMDACが格好良かった(笑)のと、この頃のOpenGL対応カードがどんな物か知りたかったので購入した。

 ま、DirectDraw・Direct3D非対応(但しWindows 2000用ドライバが3Dlabsのサイトにあり、セカンダリグラフィックカードとして利用できる)なので今時の物ではないのだが、流石にRAMDAC外付けだけに画質は良好であった。

 

西暦2003年4月18日 “MonsterTV→MTV800HX”

 MonsterTVの不確定性Plug and play(別名をシュレディンガーのPnP(爆死)とも言う)のあまりのスバらしさに疲れ果てて、CanopusのMTV800HXを中古で購入。

 MonsterTVについては、マザボBIOSの書き換え、設定調整、カードエッジコネクタの接点清掃、PCIスロットの入れ替え、電源の電圧キャリブレート(分解して5Vや3.3Vが正しく出るようにした)、そして神に祈る、等出来る事は全て試したが、遂にどの条件であれば確実にPnPでデバイスが正しく認識されるのかが判明せず、これ以上このカードに関わるのは時間の無駄でしかないと判断するに至った。

 正しく動けば非常に綺麗に画の出るカードなのだが、正しく動く条件が見いだせない(本当に気まぐれにしかPnPでデバイスが認識されない)とあってはどうにもならない。

 で、ここは素直に定評あるCanopusのMTVシリーズで行こう、と決めたのだが、予算やら将来性やら性能やら色々勘案した末に、最下位機種のMTV800HXが中古で出物があったので購入した。

 ま、いざとなれば1200HX相当には出来る(ドーターカードを購入できれば、の話だが)ので、その点は予算の乏しい私にとっては本当に有り難い仕様だ。

 ちなみに、買って帰ってマシンに挿したら、全く何の問題もなくするするとデバイスが認識され、ドライバやユーティリティのインストールもあっさりと完了まで行き、それが当然であるにもかかわらず、何故か安堵の涙を流した事であった(爆)。

 なお、画質は流石はCanopus製品、とだけ申し上げておこう。

 

 MTV800HXと一緒に買ってきたNero Express+Nero Visionをマシンにインストール。

 確か対応表には書かれていなかった筈なのだが、難物のCDU948Sがライターとして認識されてちょっと嬉しくなった。

 DiscJuggler4(そういえばアップデートで4.1になった(笑))でも対応表にはなかったが動作しているので、この辺の起源の古いライティングソフトは一通りチェックしてみる必要があるかも知れない。

 まぁ、NeroとDJ4があれば後はCloneCDかRecordNow(双方とも非対応確認済み)位しか必要そうなライティングソフトが残っていない(そういや、インスタントCD+DVDなんてのもあったな)のも確かなのだが(苦笑)。

 

西暦2003年4月25日 “事実無根”

 いつもの様にダイアルアップで接続して、例によってこのサイトのアクセス解析を眺めて、絶句する。

 ・・・何だよ、この異様なアクセス数は(大汗)。

 詳細を確認するとリンク元の大半が森瀬君のRetroPC.NETで、気になって彼のサイトを見てみると、「・PC-98はお腹いっぱい これは友人Yのことですな。」の一文に当方へのリンクが(爆)。

 要は、98廢人養成所・九八廢人塾の「試験に出ない98廢人用語解説」なるコンテンツを話題にしているのだが、ここで一つ断言しておきたい。

 私は断じて「PC-98はお腹いっぱい」ではない。

 何となれば、私にはこの定義中にあるような、SV・FC・RC・OP等のPC型番でない98を狩猟する趣味は無いからだ(断言)。

 そもそも、私は「PC-98は飽きた」とはまだ言えない(何しろ、未だにPC-9821Rv20/N20にはご縁が無いし、PC-9821RvII26/N20も極めたとは言い難い。また、Xv13/W16やRvII26に漢メモリも挿した事が無い)ので、彼のサイトからお越しの諸氏には特にこの点をご注意願いたい。

 まぁ、「しか…ない」・「鉄」・「ハイエナ」・「廃エンド」・「廃エン道」・「廢スペック」・「廢ペース」・「部屋が大漁エレクトロ状態」・「魔窟」・「横に長い奴」と色々心当たりはあった(死)のだが、取りあえず「PC-98はお腹いっぱい」だけは該当しない事を明言しておく。

 

 98で思い出したが、WaveStarの2枚目とRSA-98IIIをゲット。

 前者は取りあえずRa300用に必要だったものだが、後者は完全にネタというか1枚\100という処分価格があまりに不憫でつい買ってしまった。

 おまけに帰宅後開封してみたら後者は未開封の新古品で、いよいよ侘びしさが募る一品であった。

 ま、シリアルポート2chのボードじゃなぁ・・・(苦笑)。

 

西暦2003年5月3日 “更新”

 2型41号、竣工。

 今回は何と言っても“台車から見た下津井電鉄の車輛”と“下津井電鉄の電車についての略解”の写真追加・文章の追補訂正がメインである。

 

西暦2003年5月8日 “DVD MULTI”

 薙澤君からI-O DATAのDVR-iUH2(日立LGデータストレージ(HL-DT-ST)のGMA-4020BというDVD Multiドライブを内蔵したiCONNECT/USB2.0対応外付けドライブ)やIEEE1394+USB2.0複合インターフェイスカードなどを譲受。

 で、バックアップメディアとしてのDVD-RAMのあまりの便利さに涙する。

 というか、230MBのMOやCD-Rだけでここまで辛抱してきた事そのものに無理があったというべきかも知れない。

 何しろ、1回のバックアップに要するメディア枚数や所要時間のコストは、どう考えてもこのドライブのイニシャルコストを上回る所まで来ていたのだから。

 最近冷却の徹底した筐体ばかり触っていたので筐体が頼りなく感じる(苦笑)が、これは良いドライブだというのが現状での感想である。

 

西暦2003年5月22日 “生存報告”

 地獄の様な歯肉炎その他で日記更新を怠ってましたが、一応生きてます。

 前回(5月8日)の日記アップ以降、半年来の懸案だったMolice君の原稿料支払いが漸く実現(お陰でMTVが800HXから3000Wにクラスチェンジできた(爆))し、やはり長年の懸案だったAT互換機のHDDデータの全バックアップもDVD-Rのお陰で実現出来た(ちなみに4.7GBのDVD-Rを5枚びっちり使い切った。なお、心配していたDVR-iUH2の冷却問題だが、この間の挙動を見る限りは懸念する程では無かった様だ)のだが、その一方でMolice君から送られてきた例の本を眺めていて自分の書いた所に色々ミスがある(冷汗)のに気付いたり、ここの下津井電鉄関係の記述に幾つか問題点があるのに気付いたり、とここ暫く心中穏やかならざるものがある(大汗)。

 ミスや問題点については訂正一覧表を出すなり順次直すなりするしかないのだが、何しろここ1週間程歯痛その他で寝込んだりしている様な有様なので、漸進的に処理する他はない(合掌)。

 ミスといえば、今日書店でプレスアイゼンバーンの「電車の時代」とかいうムック本が出ていて、初見の下津井電鉄の写真が結構出ていたので思わず見入ってしまったのだが、下津井のページだけでなくあちこち(例えば淡路交通のページ)のキャプションにかなりの誤記/事実誤認があるのに気付いて少し憂鬱になった。

 総じて、写真のクオリティが高いだけに、これは本当に惜しいと思う。

 ・・・ナンボナンでも、モハがNK-91を履いていて、しかもワンマン化改造/側扉・側窓配置変更後のモハ103-クハ24や窓枠の白塗りを止めた後のモハ102-サハ2-クハ22の走行写真が1971年に撮影出来た筈はないのですが(苦笑)。

 まぁ、この後者のカラー写真のお陰で、サハ2だけは1973年以降も暫く窓枠の白塗りが維持されていたらしい事(検査周期の関係だろうか?)が判ったのと、モハ102が新製時に履いていて、その後モハ103に回された台車(他の車輛の台車から推測するに、多分住友金属製じゃないかと思うが詳細は不詳)の構造が不鮮明ながらも判明したのは、私にとっては収穫ではあったのだが、やはり皆さんあの会社の電車については台車に注目しておられた方は少なかった様で、今ほど感光材料の性能・品質も良くなかった路線短縮前のものはどの写真も知りたい車輛(特に茶屋町寄り先頭車として編成されるのが原則であった為にどうしても逆光になり易かったモハ)に限って台車回りが不鮮明(泣)で、店頭で溜息をついた事であった。

 本当に、路線短縮前の下津井の各車が履く台車がクリアに写った写真って無いものなのかねぇ・・・・・・(溜息)。

 

西暦2003年5月28日 “誕生日”

 今日は誕生日。

 遂に&H20歳になってしまいました。

 ま、別に何のイベントがあるという訳でも無く、だからといってどうという事もないのだが(苦笑)。

 

 あ、そういえば訂正を一つ。

 ↑の5月22日分に書いたプレスアイゼンバーンのムックだが、「電車の風景」というのが正しい書名でありました。

 お詫びし訂正させていただきます(謝)。

 

西暦2003年6月6日 “試運転”

 姫路駅でクモハ207-2010を先頭とするピカピカの207系2000番台(今年度の増備車だろう)4+4+3=11連による試運転列車を目撃。

 何やらモハ207の床下からケーブルを引き出して車内に引き込んであった(途中はガムテープで固定してあった)ので、恐らく何らかのデータ取りが目的と考えられるが、一体何の試験だったのだろうか?

 ちなみにこの2000番台2次車は台車と車体にヨーダンパ取り付け準備工事が施工済み(パンタは相変わらずの下枠交差型だった)で、建造段階から高速運転を目論んでいる事が判る。

 まぁ、今年の増備車は東海道・山陽緩行に残存する201・205系の追放(何処に転用するのだろうか?)と、これによる快速・普通電車の高速化が目的で、やはり足手まといになっている快速用で今や立ち腐れ同然の113系(モハのトップナンバーユニットが更新工事や5000番台化改造工事を施工されて走っている)も223系増備車(基本的に2000番台ベースだろうが、ひょっとしたら125系に採用したシングルアームパンタになるかも知れず、そうなると番台区分も変更の可能性がある)で一気に置き換えてしまうという話なので、恐らくこれは207系がその量産先行車の段階から予定していた120km/h運転による定期運用が遂に実現(なお、去年のルミナリエで221系と混用で臨時の新快速に充当された時には120km/hを出したらしい)するという事の前兆なのだろう。

 そうなると気になるのは既存の0・1000・2000番台車だが、設計段階から準備は行われているので、221系同様に工場入場の機会を捉えて施工する事になるのではないだろうか。

 ま、快速・普通が速くなるのは本当に素晴らしい事(複々線の西明石以東はともかく、複線の以西は先行する快速が逃げ切れなくて新快速が信号待ちを強いられる機会がかなりあるので、これが無くなるだけでも福音であるし、何より先発の快速が後発の新快速に追い越されなくなったら(完全には無理だろうが、最高速度120km/hになって加速度が良くなると、そういうダイヤ編成が可能である)、先発で空いている快速を見送って混雑する新快速を待つ、長距離客には迷惑以外何物でもない短距離客が減る事が期待出来よう)だし、あの忌まわしい程に乗り心地が悪く足も遅い113系が快速から追放されるのも大いに結構な事なのだが、車齢が若いという理由でやはり乗り心地の劣悪な115系1000番台(最近はリニューアル工事とやらで快適な223系2000番台相当の転換クロスシートに座席を交換した車輛が増えたが、それでもDT-21/TR-62系台車の乗り心地の悪さは隠しきれないし、姫路鉄道部のキハ40系が急ピッチで窓枠更新を施工しているのに、こちらの更新車は途中から元の窓のまま出場する様になってしまった)その他が充当され続けている岡オカにもう少しマシな車輛を入れる気はないものなのだろうか?

 岡山といえば今年度から15年を経過して陳腐化が目立ちつつあった瀬戸大橋線の快速マリンライナー用213系が223系5000番台及びJR四国のダブルデッカー展望車を含む同系車で置き換えられる事が決定しているが、捻出される213系は何処へ回るのだろうか?

 岡オカとしては新製配置以来手塩に掛けた車だけに手放したく無かろうが、ラッシュ時に不向きな2ドア車故に、老朽化した115系との置換は難しそうである。

 或いは、115系の3500番台を含むTc-M-M'-Tcの4連を213系のクロを抜いて組み替えたMc-T-Mc-T-Tcによる5連で置き換える(213と115は読替で一応併結可能だが、限定運用が吉だろう)というのならば船坂峠/瀬野八対策を含めイケそうな気もするが・・・(笑)。

 

西暦2003年6月9日 “作業”

 PC-9821Ra300上で黙々と文章打ち。

 中身が込み入っている上に古い話なので確認と裏付け作業が地獄の様だ。

 IEであれこれページを開いて同時にグラフィックツールで画像とかをチェックしたりすると、今時メモリ128MBじゃ激しく辛い事を痛感させられる。

 つーか、コレじゃ仕事にならない(爆死)。

 ・・・何とかして64MBか128MBのパリティ付きFPMDRAM/ECC-EDODRAM搭載JEDEC SIMMを2枚単位で調達せねばならないのだけどなぁ・・・(溜息)。

 

西暦2003年6月10日 “作業2”

 原稿の関係でRa300をバラしてカードを差し替え、色々検証。

 その過程で、昨日のパフォ−マンス不足はCeleronが原因じゃなかろうかと思い付く。

 考えてみると、Xv13でもRAM128MBでWindows 2000を動かしていたが、あれ程の性能不足は感じなかった訳で、実は我々が思っている以上に3DNOW!が効いていた(466MHzのCeleronにはMMXしかマルチメディア系拡張命令セットが実装されていない)のではなかろうか?

 ・・・取りあえず、予算が確保出来次第Celeron 733MHz辺り(SSEをサポートしている)を検証用に買ってみるとしよう。

 

西暦2003年6月12日 “Celeronの限界、Voodoo Bansheeの限界”

 予定通り(?)、Celeron 733MHzを購入し、Ra300にPL-iP3/T(Rev.2.0)を介して搭載。

 で、念の為にWindows 2000を再インストールした上でその動作を検証する。

 ・・・クロック周波数が1.5倍強になったのに体感速度がまるで上がらないというのは、如何なものか。

 前にXv13/W16にSocket7搭載98の最終兵器であるメルコのHK6-MS600P-NV4(K6-IIIE+ 550MHzを600MHzにクロックアップした稀少品)を搭載した時も、それまで使っていたI-O DATAのPK-K6HX400(K6-III 400MHz)との性能差が判然としなかった(SuperπとかHD BENCH等のCPU性能を重点的に測定するベンチでは優位な差が出たが、体感速度が皆目上がらなくて結局意味無しとして放り出した(その売却代金はAthlon MP購入資金になった)という経験があったので、今回もそうなのだろうか、と思ったりしたのだが、マブラヴのムービー再生をしてみたら、FSBクロックアップ状態(66.667MHz→74.2MHz)で動かしたCeleron 466MHzの時より駒落ちが激しくなった(汗)。

 ・・・もしかして、GA-VDB16/PCI(Voodoo Banshee搭載)がボトルネックなのか?

 このムービーは結構バスに負荷をかける様なので、FSB向上がストレートに効いていた可能性もあるが、画面書き換えスピードとHDDのアクセス状況から判断するに、グラフィックカードの性能不足の可能性が否定出来ない、というか非常に疑わしい。

 思えばXv13/W16の時に動作クロックが1.5倍強になったのにWindowsの体感速度がまるで上がらない、という段階でグラフィックカード(そういえばこの時もVoodoo Banshee搭載のWGP-FX16Nを挿していた)を疑ってみるべきであった。

 まぁ、98でマトモに使えるグラフィックカードでGA-VDB16/PCIより速い物が無い、という段階でその辺の考察を無意識に避けていた節があるのだが、幸い今は様々な方の努力のお陰でWindows NT系限定ながら今時のグラフィックカードの利用が可能となっているので、今後予算が出来次第(こればっかだなぁ・・・)RADEON 9000搭載カードでも買って検証してみるとしよう。

 無論、CeleronのL2C 128KBというスペック(P6系はL1Cが計16KBしかないので、L2Cの容量がストレートにパフォーマンスに影響する)も問題だとは思うが。

 

西暦2003年6月15日 “Ticket to Ride IVの真価”

 先日来書いているRa300のグラフィックカード問題だが、IRCで-- Video Chips--の薙澤君からRevolution IVを使ってみてはどうか、との助言を得たのでRvII26に挿していたNumber Nine Visual TechnologのRevolution IV-FP for MacをRa300のGA-VDB16/PCIと交換してみる(当然ながらドライバはSGIのDirectDraw対応版(Version "SGI - Win2000 - 1.0.0")でディスプレイ出力切り替えにはPowerX氏のDISPFLIPを併用している)。

 このRevolution IV-FP for Macは、以前Ra300に挿して動かしてみた際にその高画質ぶりには感嘆させられたものの、ベンチマークプログラムを動かすとまるで良い結果が得られなかった為にその時は利用を諦めていた物で、当然薙澤君にもその事を言ったのだが、彼の言葉にはどうも裏がありそうだったので(笑)、色々考えた末に再度調べてみる事にした(苦笑)。

 で、そそくさとドライバインストールを終えて再起動し、問題のマブラヴを起動してみて、私は唖然とする羽目に陥った。

 ・・・HD BENCHをはじめとする幾つかのベンチマークテストプログラムではGA-VDB16/PCIに著しく劣る成績しか出さなかった筈のRevolution IVなのに、このゲームではGA-VDB16/PCIとは比べ物にならない位スムーズに(と言ってもまだコマ落ちが見られるが)描画が行われている(絶句)。

 また、念の為に白詰草話やWindの描画を見てみると、控えめに言ってもこちらの方が速い。

 元々、Revolution IVは、いやその搭載グラフィックチップであるTicket to Ride IVは、非常に高性能チップであると喧伝されていたにも関わらず、Number Nineが自前で用意したドライバの出来が酷かった(前作Revolution 3Dやその前身のImagine 128シリーズもドライバの出来が酷かった(付属ユーティリティのHawkEyeはそれ程悪くは無かったのだが・・・)が、これも大概だった)事と、比較対象がより低価格ながら3D描画に関しては比較にならない位高機能且つ高性能だったVoodoo BansheeやRIVA TNTだった為に真っ当な評価を得られなかった(もっとも、その状況でも画質だけは絶賛されていたが)、という曰く付きのチップであった訳だが、今回の一件は、フル128bit処理で高性能なDisplay List Processor(CPUから受け取った描画命令をオフスクリーンメモリに一旦キャッシュしておいて、ある量が貯まる度に一括描画させるという機能を持った内蔵プロセッサで、CPUの負荷を軽減する効果と、高解像度多色表示画面での描画速度の高速化に対する効果がある。なお、Revolution IVシリーズが16MBあるいは32MBという当時の相場の倍のRAMを実装していたのは、コアへのDLP搭載に一因がある)や430MFlopsもの浮動小数点演算能力を備えた3D演算ユニットといった、このチップが秘めている実力(の一端)を測るのには一般的なベンチマークは全く不適当であった事をまざまざと見せ付けられる結果となった。

 正直、ベンチ結果と実使用時の体感性能がここまでかけ離れた物となるとは思っても見なかったのだが、これ程画質が良く、低発熱(Voodoo Bansheeと比べると信じ難い程に低発熱である)で、しかも実使用時の性能が高いのであればなるほどグラフィックカードの性能にはうるさい筈の薙澤君が今なおセカンダリグラフィックカードとしてこのシリーズ(彼はAT互換機版のPCI版とこのFP for Macを所有している)を愛用し続けている訳である(苦笑)。

 そういえば最近、旧Number NineでImagine 128シリーズやTicket to Rideシリーズを開発していたスタッフが再起を期して会社(Silicon Spectrum, Inc. )を興し、旧Number Nineからその辺のチップの知的財産権等を譲授したというニュースがあって、その会社のサイトでImagine128PC S2やT2RPC(Ticket to Ride)、あるいはT2R4PC(Ticket to Ride IV)といった懐かしい名前と並んで、T2R5PC(Ticket to Ride V?)という未見のチップ名が挙げられていて一部で話題になった。

 まぁ、そのままじゃとてもお話にならないだろうから、相当な新技術(特にDirect X系)の研究開発が必要となろうが、こうしてT2R4の真価を垣間見た今となっては確かにその先にあるものを見たい気にはなる(笑)。

 無論、それで勝負するには#9時代の様ないいかげんなドライバサポートではやる前から結果が見えているので、その辺の問題をきっちり解決しておく必要はあろうが。

 何せ、今回使っているSGI版ドライバでさえ、MicrosoftがWindows 2000に同梱したInBoxドライバをベースにかつて#9が提供していたWindows 9x用ドライバのファイルに手を入れた各種追加ファイルを付加したものであるに過ぎず、T2R4チップの真価がこれでフルに発揮出来ているとは思えない(事実Windows 9x版ドライバで提供されていた機能の幾つかはオミットされている)訳だしねぇ・・・(苦笑)。

 

 あ、そういえば訂正が一つ。

 6月12日分に「P6系はL1Cが計16KBしかない」と書いたが、それはオリジナルのP6(Pentium Pro)だけで、以後は16KB + 16KB = 32KBであった事にアップ後気付いた。

 Pentium IIでL2Cがコアクロックの半分のクロックになった対策で増量したのを忘れていた(謝)。

 ま、どちらにせよ最小限の容量でしかないのだが・・・(苦笑)。

 

西暦2003年6月17日 “Level 2 Cache”

 ふと思い付いて、RvII26のPentium II 300MHzとGA-VDB16/PCIをRa300に挿してマブラヴを動かしてみる。

 動作クロック周波数では劣るがL2Cを512KB(もっともコアクロックの半分の150MHz駆動だが、KlamathコアなのでL2Cもインターリーブアクセスで速度を稼いである)搭載するこのCPUで動かすとどうなるのか正しく確認していなかったのを思い出してやってみたのだが、驚くべき結果が出てしまった。

 ・・・何でクロック数じゃ倍以上のCeleron 733MHzよりスムーズに動画再生するんだ?

 いささか信じがたいのだが、Revolution IV-FP for Macにグラフィックカードを換えても同様の結果が出たので、これはもうCPUの本質的な性能差と判断せざるを得まい。

 或いはマブラヴのプログラムそのものがCPUのL2C容量に依存するコーディングであった可能性も大いに考えられるが、それにしてもこれは一考を要する結果である。

 そういえば、GA-VDB16/PCIがCeleron 733MHzでは満足な結果が出なかった件だが、気になってサーチエンジンで色々調べてみたら、CoppermineコアのPentium III/Celeron+GA-VDB16/PCIでは色々問題があるとの記述をあちこちで発見した。

 何でも旧3dfx自身が認識していた問題なのだそうで、要するにこの組み合わせは避けるのが吉という事らしい。

 実際、Pentium II 300MHzとの組み合わせではGA-VDB16/PCIはRevolution IV-FP for Macと同等程度の性能を発揮しており、この問題が相性に起因するものである事は明らかであろう。

 なお、試しにRvII26にHDDを移してマブラヴの動作をチェックしてみたところ、我が家の98での最速の組み合わせはこのマシン(CPUはPentium II 300MHz Dual)にGA-VDB16/PCIを挿した場合となった。

 まぁ、このマシンはCPUがDual構成なのもさることながら実装メモリ容量がRa300の倍の256MBで、しかもインターリーブによる高速アクセスをサポートしているので、これも大きく影響している様だ。

 つくづくRvII26のCPUチェックが恨めしい。

 

西暦2003年6月19日 “Pentium III 800EBMHz”

 後輩のM君から貰った(大感謝)Pentium III 800EBMHzをRa300に挿してみる。

 ・・・・・・Celeron 733MHzより格段に動作が軽い(汗)。

“EB”のクロック表記が示す通り、これはFSB 133MHz品で、倍率6倍だからFSB 66MHzのRa300では本来の定格値の半分のクロックで400MHz駆動となるのだが、それでも、L2Cの容量差やレイテンシの差(薙澤君によればCoppermine-128KタイプのCeleronは意図的にL2Cのレイテンシがかなり高く設定してあり、ローレイテンシのPentium IIIとは全く応答速度が違う由である)とかが効いて、同じCPUコアを倍近いクロック周波数で駆動するCeleronを凌駕する体感速度となってしまっている訳だ(苦笑)。

 もっとも、単純にクロック周波数勝負となる(というかL2Cが128KBで事足りる)アプリケーションでは流石にCeleron 733MHzの方が有利な様で、そうでなくとも今一つキレが良くない状況は時折見られるので、最初から判っていた事ではあるが、もう少し高倍率のPentium IIIを搭載した方が良いとの結論を得た。

 そうそう、今回の結論というか教訓はもう一つ大事なのがあった。

 Coppermine-128KタイプのCeleronは本当に見かけ倒しのクソCPUだから買っちゃならねぇ(断言)。

 FSBが100MHzになった800MHz版〜1.1GHz版は良いのじゃないの? という意見もあろうが、FSBがアップしてもL2C回りが一緒なら基本的に同じ事であるので、あえてこう断言しておく。

 

西暦2003年6月19日 “Pentium III 800MHz”

 色々考えた末、Celeron 733MHzと貰い物のPentium III 800EBMHzを売り飛ばして(M君、スマン)FC-PGA版のPentium III 800MHzを購入。

 本当は850MHzの方が良いのだろうが、コストパフォーマンスを勘案して廉価な800MHzとした。

 流石に、同じCPUで倍率6倍が8倍になると格段に高速で、大幅に動作のキレが良くなった(喜)。

 この伝で行くとL2C 512KBのPentium III-Sは更に素晴らしい筈なのだが・・・。

 

西暦2003年6月23日 “CDの音質、あるいはTDK国産CD-R讃歌”

 とある事情で、手持ちのTDK CD-R74A(8倍速対応で千曲川工場製の、いわゆる青タフもの)にNAV KATZEのインディーズ時代のコンプリートアルバム“NAV KATZE”をPX-R820Tiで1倍速書き込み。

 これは確か東山五条の某予備校の寮にいた1991年(もう12年も前の話だ)に十字屋か何処かで買ったCDで、特徴的な紙製のジャケットに記されたSwitch 45 R.P.Mのレーベル名も懐かしい一品( そもそもこのレーベルのCDを新品で買った、という段階で終わっているという話もあるが(苦笑))だ。

 バブル崩壊前夜のあの時期、ホコ天だのに由来する未曾有のバンドブーム(結局アレは何だったのだろうか?)とやらの影響もあってレコード屋(これも死語だな)にはおよそ商業ベースで採算が取れるとは思えない様な、異様な程に多種多様なミュージシャンのCDが溢れかえっていた(私にはどれも同じにしか聞こえないエイベックス系ミュージシャンは当時影も形もなかった記憶がある)のだが、その時期でさえ、私が好むミュージシャンのアルバムとなると途端に入手が困難で、このNAV KATZEも京都中の店を探し回って買った覚えがある。

 その辺の昔話はともかくこのCD、どうも音質が今一つで、買った当時から気になっていた(ま、インディーズ扱いだから仕方ないか、とも思っていたが、それにしても抜けの良くない音であった)のだが、今回CD-Rに焼いてみて、やはりプレスが良くなかった事が判明した(爆)。

 何となれば、書き直したディスクの音質が、感動的に(と言って良いレベルで)向上していたのだ。

 ま、焼いたドライブがアレでメディアがコレなら大概良くなるという話もある(苦笑)が、だからといって全部吸い出して書き直してみる、という訳にも行かないのが辛い。

 今回使ったのと同じかそれ以上のクオリティのTDK国産メディアが幾らでもコンスタントに手に入るならばそうしても構わないのだが、最早その入手が絶望的とあっては手持ちのストックを使い切ってしまうという訳にも行くまい。

 本当に、せめてあの頃並みのメディアが欲しいのだけどねぇ・・・・・・(溜息)。

 

 三ノ宮駅で空席だらけの“はまかぜ”に絶句する。

 ・・・カニのシーズンが終わればこんなものか(苦笑)。

 それにしても、181系特急形気動車の効率の悪さは何とかならないものだろうか。

 恐らくは来るべきガスタービン動車の実用化の暁に機関換装を実施してガスタービン動車化する事を想定していたと思しきこの系列は、先頭車に恐ろしく巨大な機関室があって客席スペースが全長の2/3程度しかない(それ故この系列の先頭車には原則的に便所が無い)という困った仕様(先頭車を背中合わせにした2連だと1.5輛分のキャパシティしか確保できないだけでなく、便所も使えない)と、確かに安いが重くてしかも高速を出さないとさっぱり冷えない中間車屋根上の自然冷却ラジエータ、そして重く大きくそれでいて扱い辛いDML31HS系500馬力中速機関、と問題だらけで、昭和40年代ならともかく今となっては欠陥商品と言われても文句の言えないようなひどい設計の車輛である。

 昭和10年代前半に設計されたDMH17の系譜に連なる旧国鉄系中速ディーゼル機関は、国鉄無煙化に大きく貢献した一方でその後の技術発展を阻害したという功罪相半ばするものなのだが、今の目で見ると昭和30年代中盤に開発されたキハ80系はともかく昭和40年代のこの系列が、何故軽量コンパクトな高速機関ではなく中速機関のままで大排気量・多シリンダー化の道を選んだのか不思議でならない。

 高速機関の国産が不可能であったのならばそれも納得が行くのだが、三菱ZF-707(だったか?)系等の船舶用高速軽量高出力機関が国産で以前から存在していた事を考えると、この選択は技術的には犯罪行為であったと言っても良いのでは無かろうか?

 DMH17系の多用による性能統一・標準化という方針はそれはそれで理解出来ない事もないが、そういうルールの枠外にあった特急車ならば、先行試作車たるキハ90・91系急行形気動車の段階で、互換性を度外視した高性能化を追求するアプローチも必要であった様に思う。

 そんな訳で、小学生の頃にこの“はまかぜ”で新大阪から姫路まで乗車した際に、異常振動で乗り心地が悪いのを体験した、というプライベートな理由もあって、私はこのキハ181系にはあまり好意的な印象を持っていない事を明言しておく。

 まぁ、だからどうだと言われると困るが、取りあえず覚え書きという事で。

 

西暦2003年6月30日 “任務解除、あるいは総員退艦”

 ここ暫く色々あって日記更新サボってました(謝)。

 ま、人生の岐路に立っていたので仕方ないと言えば仕方ないのだが、ともあれ3年がかりのプロジェクトが失敗に終わった(涙)ので、「任務解除」あるいは「総員退艦、以後自由に行動して宜しい」という状態になってしまった(合掌)。

 そんな訳で明日から本格的にバイト探しである。

 

西暦2003年7月7日 “更新と就職活動”

 2型42号竣工。

 主な追加変更点は、Power Window 968 / CanopusINTENSE 3D 2200S / INTERGRAPHIFC-NN / MelcoRADEON 8500LE / ATi Technologies、そしてGV-AP64D-H RADEON 8500 Deluxe / GIGA-BYTEの追加、X680x0の記憶及びPC-9801-92 / NECPC-9801-100 / NECGA-1024A・1280A / I-O DATAGA-R8500/AGP / I-O DATA、そして下津井電鉄の電車についての略解の加筆訂正、といった所である。

 量的には大した事がないのだが、取りあえず書き溜めていたものを順次アップしていたらこんな感じになった。

 

 時期遅れの就職活動に勤しむ。

 ・・・取りあえず、就職先が決定した。

 

西暦2003年7月11日 “1391401 (Model M)”

 会社で使ってるマシンに秘蔵(笑)の1391401 (Model M)を持っていって接続。

 純正の長いケーブルのお陰で延長ケーブル無しで繋ぐ事が出来た。

 もっとも、101ドライバじゃ使い辛いので例のAXキーボード用ドライバinfを引っ張り出してきて、そのマシンのWindows XP Professional(SP1らしい)にインストール。

 Windows 2000とは出てくるダイアログとかが少々違うが、取りあえず問題なくインストール出来て、しかも期待通りの動作が得られた(喜)。

 Windows 2000の方もSP4になったので、そのうち5576ax.infも作り直しておこうかと思うが、今月中はちょっと難しいかも知れない。

 

西暦2003年7月20日 “18年の歳月”

 3連休の2日目という事で両親と共にドライブで久々に加悦と天橋立へ。

 1985年3月中旬に、加悦鉄道が廃止を控えた時期に訪れて以来だからもう18年も経ってしまった事になる。

 18年前とほぼ同様に播但連絡→国道9号→府道175号→府道176号というルートで走ったのだが、由良川沿いの府道175号があの北丹鉄道の廃線跡であった事に今更気付いたり、途中の北近畿タンゴ鉄道をアンダークロスする時に丁度新大阪発のタンゴエクスプローラー(つくづく凄いネーミングだ)3+3=6連が走り抜けるのを見たり、あるいは途中の喫茶店に懐かしい阪急京都線2800系2861が足回り付きながら半ば朽ちかけた状態(!)で置かれているのを見て涙したり、となかなかに密度の濃いドライブぶりであった。

 で、肝心のSL広場に辿り着いたのだが、完全に遊園地化してしまった構内に只々絶句したことであった。

 話に聞いていた通り、木造車は素晴らしく良く手入れがなされていて(流石に明治村の11・12・14程ではないが、ここの置かれた状況から考えると充分評価に値する)なかなか見応えがあったのだが、金属製の各車は腐食が進行してかなり無惨な状態になっている物が多く、少々気になった。

 殊に、片隅に置かれたC57とC58の状態は危機的といって良いレベルで、片隅にまるで押し込まれた様な展示状態を含め、保存管理について充分な手当を要するのではないだろうか。

 まぁ、DB201が動態に復元され、キハ101が作業庫内に入れられていた事から考えるに、恐らく残る各車についても順次補修の手が入るものと期待したいのだが、C57とC58はちょっと手に余るようにも見える。

 また、キハ10の様に車内を改造して園内施設の一部として利用されている車輛については、「保存」という観点からすると少々先行きに不安が残る。

 というか、キハ11はJR東海と茨城交通が保存しているが、キハ10については確かここの1輛が現存最後の筈で、出来れば原型に復元の上できちんと保存して欲しいと思う。

 何より幌枠の下部が腐食してちぎれ落ちてしまっている姿は見るに忍びないし、キハ51の内装をあれだけ気合いを入れて復元出来たのならば、それも不可能ではないと思うのだが・・・。

 

 そういえば、このSL広場の片隅に、およそ無縁の筈の代物が転がっていてちょっと驚かされた。

 赤錆びて、随分痛んだ1輛分の電車用台車がそれである。

 明らかにボールドウィンタイプのビルドアップ・イコライザー台車、それも我が国の私鉄で多用された日本車輌製造D16クラスの中型電車用タイプのものが主電動機やATS車上子まで装着された状態で放置されていたのだ。

 近寄ってしげしげと観察してみると、修理を担当した会社(大阪の会社らしいが錆びていて詳しいところまでは判読出来なかった)の貼った銘板が主電動機に残されており、これは三菱MB-146である事が判る。

 1067mm軌間でMB-146を装架したイコライザー台車を履いた電車、それもATSが取り付けられる程長生きした恐らく関西私鉄の車となると答えは一つである。

 そう、ここ加悦でも1202が喫茶店の一部として利用されている南海電鉄モハ1201形がそれである。

 つまり、この台車は汽車製造K-16という事になるが、加悦が一体何を目的にこの台車を1セット余計に買ったのかはさっぱり判らない。

 ま、私としては今時実物を拝むのが著しく困難になったボールドウィン系イコライザー台車をみっちり観察する機会が得られたので非常に満足度が高かったのだが、他の人々はこれに対して一体どのような感想を抱いているのか、少々気になるところではある(苦笑)。

 

 このSL広場に関しては、保存の努力そのものは絶賛に値すると思うが、構内に植えられた樹木や、車体に直接取り付けられた車輛解説など、写真撮影の意欲を著しく減衰させる要素が一杯で、その点については再検討を切望したい。

 というか、コレだったらリピーターはまず期待出来ないと思うのだが、どうだろう?

 18年前のあの気持ちの良い加悦駅構内を覚えている身としては少々辛い再訪であった。

 

 少々放心気味になりながら、天橋立へ。

 が、道路のあまりの渋滞に家族揃って絶句。

 理由が判らず暫く悩んだ末に、母が唐突に呟く。

 曰く、「今日は夏休み最初の日曜だ」と。

 ・・・この世にそんなものがあったなんてきれいに忘れ去っていたよ(爆死)。

 そう、家族3人共にそういう世間の習慣とは無縁の生活を送っていた為に、夏休みというのはカレンダー上の落書き以上の何物でも無くなってしまっていたのだ。

 で、あまりの渋滞ぶりに恐れをなして戦略撤退と相成った。

 ・・・たまにはそういう事もあるさ(苦笑)。

 

西暦2003年7月21日 “発掘作業”

 倉庫の中をひっくり返して手持ち機材やCD・VCのサルベージ作業を実施。

 大昔、北九州大時代に録画していたBBC1993年制作のユカイツウカイドキュメンタリー、“FAME(邦題:ヒーローたちの20世紀) 第5〜8回”の入ったテープを遂に発見(喜)。

 一番見たい第3・4回(ナチナチ大作戦な回)の入ったテープが見当たらなかったのは残念だが、あの辛辣なクライブ・ジェイムズのコメントが聴けるだけでもかなり幸せである(笑)。

 というか、これ観ると帆布張り複葉のポンコツ雷撃機にマイクロ波レーダーやミサイルをぶら下げたイギリス人の思考回路がどんなものなのかがカケラだけでも判る(苦笑)。

 ・・・・・・これ、DVDで出ないかなぁ(真剣)。

 

 その他後輩のM君から是非聴きたいと希望のあったNav Katzeのミニアルバム“OUT”等のCDや、“SUPER VIDEO NOISE CUTTER”と銘打たれた怪しい機械(SVC-7)等を回収。

 ・・・これで色々楽しめる(謎)。


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