AX386N(MZ-8676A)

 シャープはご存知の通りAX協議会メンバーだったわけですが、OADGが発足した当時AX協議会がOADGを対抗勢力とは見なさなかったために、他のメーカーと共に二股をかけることになりました。妙な縄張り意識を振り回さなかったAX協議会の英断は評価されていいと思うのですが、同時にAX規格という枠組みが崩壊するきっかけにもなったわけで、関係者の心境やいかにという感じもしますが…。
 それはともかく、この時シャープがOADGの枠組みで作ったのがPC-6700/6800であり、AXの枠組みで作ったのがこのAX386Nです。名前がなんとなくAX286Nに似ていますが、位置づけとしてもAX286Nの後継機であり、シャープのAXノートPCとしては唯一の386機ということになります。PC-6700/6800とAX386Nは基本設計が同じであり、特にPC-6741JとVGA・キーボード・型番を除いて同一仕様となっています。

 このAX386Nも個人向けに売れた数がかなり少ないのか、中古でもオークションでもまず見かけることはなく、何年も粘った結果ようやくヤフオクでゲットすることができました(そもそもこの時代のシャープのノートPCが出てこないんだけど)。
 ようやくゲットしたものの、届いた直後は動いていたAX386Nがすぐ動かなくなってしまいました。分解までしてみたのですけどやっぱりわからず、ダメ元でシャープのサービスに持っていったらなんと受け付けてくれました。それなりにお金がかかりましたしバッテリ関係がダメらしく封印されてしまいましたが、どうにか安定して動くようにしてもらえました。まぁ、品物についてあまりゼイタクは言ってられませんのでね。

 AXというのは日本語表示をハードでやっているというところが、DOS/Vとの大きな違いになっていますよね。当時主流だったEGAを拡張したJEGAというビデオアダプタを採用していたのですが、海外の事情に明るいユーザーからは登場当時すでに「時代遅れ」だと指摘され、新しい規格VGAに準拠すべきという声もあったのです。実際その予想は正しく、DOS/V登場時にはもうEGAのことを知らない人がたくさんいたような状態でした。
 AXを作るのにわざわざ古い規格のものを使うのはナンセンスですし、OADGはライバルではないとは言ったもののそのままでは先細りであるということで、新たにVGAから拡張した規格を作りました。それがAX-VGA/HとAX-VGA/Sです。
 AX-VGA/HはJEGAと同様、ハード的に日本語表示を拡張したものです。日本語モードでは、漢字VRAMにシフトJISコードを書き込むことで日本語フォントが現れます。ハード規格ですので専用のビデオアダプタが必要になります。
 AX-VGA/SはDOS/Vの特徴である「海外製PCでいきなり日本語が使用できる」ところに倣ったもので、ハード的になんら拡張が施されていなくても日本語表示が可能になっています。これは80386の「ページフォルト」機能を使ったもので、286以下のCPUを採用したマシンでは使用できません。ページフォルトとは、本当はそこにメモリも何もないんですけど、アクセスすると割り込みがかかって専用の処理ルーチンに飛んで別の処理ができるようになる機能を指しており、AX-VGA/Sの場合はVRAMとして定義されている領域に漢字コードが書き込まれたとすると、別の処理ルーチンに飛ばされ、仮想VRAMに保管されたうえで文字に対応する漢字フォントを取り出してグラフィック画面に展開して、元のプログラムに戻ります。DOS/VではDOSのサービスルーチンを使わないと日本語表示ができないのですが、AX-VGA/SでならDOS/Vを知らない海外のソフトでも日本語を使用できる可能性が広がるわけです。
 AX-VGA発表時、オフィシャルなコメントではAX-VGA/Hはデスクトップ向け、AX-VGA/SはノートPC向けなどと説明されていました。これはスペースの制約が大きいノートPCでは付加ハードを内蔵できる余裕がないからというのが理由だったのですが、このAX386NではAX-VGA/Hが採用されており、厳密に使い分けなければならないほどのものではなかったようです。
 さらに、唯一の情報誌である季刊AXにてAX-VGAのユーザーサイドからの解説記事を書くはずだったCFCの西川氏が、特にAX-VGA/Sについて批判的なコメントを寄せたためにAX協議会としては出鼻を挫かれたような格好になってしまいました(実際、かなり怒っていたらしいです)。実は上記のページフォルト機能はメモリ管理ドライバであるEMM386が握っているものであり、つまりは日本語表示機能とEMM386が合体せざるを得ないことを意味します。さらには当時性能の良いメモリドライバとしてQEMM386という製品が定番化しており、これを使いたければ日本語表示をあきらめないといけないという変な制約が課せられてしまうという問題が予想されたわけです。そしてその予想は見事に当たっていました。
 この問題は後に起こった「MS-DOS5.0a/V問題」でも指摘されました。MS-DOS5.0a/VとはマイクロソフトがAX規格の幕引きを図るために企画したもので、AXモードとDOS/Vモードが切り替えることができたのですが、JVGA386というドライバがEMM386と$DISP.SYSの機能を兼ねるのでやはり別のドライバを使用することができなくなるわけです。この時はパソコン通信などで大変な騒ぎとなり、結局マイクロソフトはMS-DOS5.0a/Vの発売を見送ってしまいました。
 このMS-DOS5.0a/Vの評価版らしいJVGA386.SYSを入手することができたので手元の486マシンで試してみたのですが、IBM純正のDOS/Vと比べてもかなり遅く、もしかしたら製品レベルではもっと改善されているのかもしれないのですけど、これを386で動かすのはちょっとしんどいのではないか?という印象を持ちました。もしかしたらシャープは、PC-6741JでAX-VGA/Sを試し、その結果からAX-VGA/Hの採用に切り替えたのかもしれませんね。
 
 薄型だったAX286Nの商品名である「フリートップパーソナルコンピュータ」がここに残っているのですけど、これはもう普通のノートPCですよねぇ。
 キーボードです。標準的なAXのノートPC用配列です。配列以外はPC-6800と同様にトラックボールなども備えています。
 本体右側面。フロッピーとPCカードスロットがあります。PCカードスロットの上にはテンキーのコネクタ。
 当時まだPCカードはPCMCIA規格の2.0が発表される前後の状況で、そもそもどれだけの検証がなされてあったのかは不明です。個人的にはモデムとか各種I/Fがそんな数ミリ厚のカードに入るなんて半信半疑で、「調子いいこと言ってるけど製品が出なくて自然消滅しちゃうんじゃないかしら」とか思ってました。本物の製品を目にしたのは94年になってからなのですが、その時「うわ、本当にできたんだ」とびっくりした記憶があります。
 こちらは左側面。標準的なI/Fコネクタが並んでいます。左からディスプレイ、パラレル/増設フロッピー、シリアル。その右にDIPスイッチがあって、動作速度やパラレル/増設フロッピーの切り替えなどが設定できます。
 そして背面。ACアダプタと拡張バッテリ、拡張バスのコネクタが並びます。

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