蒸気機関車の興亡


ジャンル:ノンフィクション

著者:齋藤 晃

出版社:NTT出版

形態:四六判 ハードカバー

ISBNコード:ISBN4−87188−416−3

初版発行:1996/01/31


 従来、蒸気機関車の技術発達史は日本の国鉄のそれを主軸に、それを補う様に外国のそれが語られる、というのが定番だった。

 例えば、時速200Km/h以上という未曾有の記録を残したL.N.E.R.(ロンドン北東鉄道)のA4形”マラード”や、DR(ドイツ帝国鉄道)の05形といった、目立った記録を残した機関車についてはある程度の事が知られていた訳だが、何故そういう機関車が必要とされ、どの様な技術的蓄積がそれを可能としたのか?といった部分になると途端にお手上げ、というのがこれまでの我が国の蒸気機関車研究の実態だった。

 無論、個々の国の鉄道に関して深い研究を行う人々が無かった訳ではない。

 だが、それを世界史的なグローバルな視点でとらえ、且つ我が国の蒸気機関車(まぁ、他の車種についても似た様な物だが)に関わる技術が同時代における世界各国のそれとの間にどの様な位置的関係にあったのか、といったシステマティックな論点で語る書籍はこれまで殆ど皆無だった。

 何故か?

 決まっている。そんな事をすれば、日本の鉄道がどれだけ立ち遅れ、どんな風にお茶を濁していたかが明るみに出てしまうからだ(笑)。

 それは、これまで日本型蒸気機関車のあり方を礼賛してきた人々(中には自画自賛もあった様だが)にとっては自己否定と直結する結論を導出する手法であり、実際、その視点に立って書かれた本書を読めば、独自技術とされてきた日本の蒸気機関車技術が所詮は物まねでしかなかった事がはっきり理解出来る事だろう。

 そう考えれば、本書が鉄道書籍とは縁の無かったNTT出版から発行された事の意味も見えてくる筈だ。

 これまでの国鉄系鉄道ライター陣と無縁の場所であったからこそ、本書は刊行され得た、そう思って良い。悲しい事だがそれが現実だ。

 実際、本書は日本の鉄道が小なりと言えども当時最高の技術水準にあった、とする国鉄無謬論とでも言うべき論調に冷や水をかける様な刺激的且つ興味深い内容を含んでいる。

 それは国鉄型蒸気機関車信奉者にとっては耐え難い内容であるかも知れない。

 何しろ、国鉄最大の旅客用蒸気機関車であるC62のボイラーを「16Eと比べるとまだ一回り小さいスマートな存在でしかない」などと簡単に切って捨ててしまうのだから。

 だが、それでもそれこそ蒙が開ける様な記述が本書中に多数含まれている事は否定出来まい。

 例え、否定的な意見に彩られているとしても、事実は事実なのだから。

 だからこそ、ここで間違ってはいけない。

 何故なら、筆者は蒸気機関車を愛するが故に深く研究をし、各国の鉄道を実見した末にその結論に至ったのだから。

 一種の国鉄至上主義とでも言うべき論調は未だ我が国の各種鉄道雑誌にも尾を引いている嫌いがある(国鉄OBの著者が多い以上、それは止むを得まい)が、それに含まれる誤りを正さずに徒に神格化したとして、果たして何が得られようか?

 今、ここでそういった迷信めいた論調を払拭しておかなければ、今後二度とこういったチャンスは訪れまい。

 その意味で、本書と、本書の姉妹編である「蒸気機関車の挑戦」(NTT出版)は蒸気機関車に関心のある人間全ての必読書である。

 無論、著者の齋藤氏も神ではないので誤りもあるだろう。

 だが、だからといってその内容にきちんとした裏付けも取らずに揚げ足を取る様な感情的な批判を浴びせるのは如何な物か。

 そこで必要なのは事実を元にした論理的且つ客観的な検証作業であって、主観的な牽強付会ではない筈だ。


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