X1G model 10(CZ-820CB) / SHARP
高校生の頃に、最初の愛機であるMULTI 16が突然お亡くなりになってしまったので泣く泣く買った機体。
確か、実家の近所の店で特価\9980で処分されていたのをゲットした筈だ。
まぁ、馬鹿安だった訳だが、X68000EXPERTが出ようかという頃にデータレコーダ標準搭載(FDD無し)じゃそれも当然か。
ちなみにこれ、一般向けでは国産最後のデータレコーダ搭載PCだった様だ。
X1のデータレコーダーというのはこの種のPC用データレコーダとして非常に秀逸な設計で、高速(2700ボー)で、頭出しやオートイジェクトが可能(だからこそ、後継的位置付けのX680x0はオートイジェクトのFDDを搭載していたのだ)だったり、そもそもデータリードエラーが滅多になかったりした。
分解してみると判るのだが、これは非常に簡潔なハードウェアで、電磁メカとする事で極限まで単純化されている事が一目で分かるという凄い代物だったりする。
ある意味、PC用データレコーダの記念碑的存在と言っても良いかも知れない。その位良く出来たデータレコーダだった。
ご記憶の方も多い事と思うが、何しろあのザナドゥがテープ版で発売されていた位なのだ。
まぁ、ユーザーテープ作成に約半時間、ゲームの起動からデータリード終了までに約1時間(位だったと思うが最早記憶があやふやだ)、と常人の忍耐力の限界に挑むかの様な凄い仕様であったのだが、それでも確かにザナドゥはプレイ出来たのだ。
但し、この機体の場合、拡張スロットは2つ用意されていたがそこに挿すべきFDDインターフェイスボードとそれにつながるドライブは購入時点で事実上入手困難になってしまっており、そこから先の展開が全くもって不可能(泣)だった。
そんな訳で全く改造・拡張の手はつけなかった(笑)のだが、幸か不幸かOh!mz/Oh!XのS-OSという非常に「遊べる」環境があった事で結構長く楽しめた。
元々MULTI 16のCP/M-86上でASM-86(アセンブラ)をいじって遊んでいた私にとって、テープベースでインタプリタからコンパイラ、果ては逆アセンブラまで揃った言語系に始まり、どう考えても貧弱なテキストベースの環境でマルチウィンドゥエディタまで実現した、このS-OSの投稿プログラム群は非常に衝撃的だった。
で、雑誌掲載された16進数によるダンプリストを延々と打ち込んでセーブし、「J3000」(アドレス&H3000番地にジャンプし実行)とかやって遊んだのだが、今にして思うに、アレはこの最初の「J3000」を打ってリターンキーを押す瞬間が一番わくわくした様な気がする。
次に起こるべき事に対する期待と興奮、起こってはならない事に対する恐怖、それにこれから起こる事が実は期待はずれではないのかという疑念、そういった感情の混濁の渦が入り乱れるあの一瞬があったからこそ、今でもこうしてPCを趣味の対象にしていられる、そんな気がする。
その意味でこのマシンとそれを取り巻く環境こそが、私の第二の出発点だった。
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