いわゆる更新記録(靖間 誠PC日記兼用)
西暦2008年9月−12月分
西暦2008年9月5日 "GeForce 5800"
先日来少しずつ仮組作業を進めていた、S2885ANRF搭載のAT4号機用に用意したGeForce 5800を挿してみる。
この期に及んでGF5800か、と言われそうだが、AGP 8x対応でRADEONじゃない奴、となると意外と中古でも物が無くて、コスト面の問題もあってこれに落ち着いた。
ちなみにRADEON系を避けたのは、以前このThunder K8WでRADEON 9800PROを使っていて、BIOSのAGP設定で細かく調整しないと3D描画時にいきなりシステムが落ちる、という恐ろしい症状が出ていたためである。
流石に、というかOpteron 242単発でRAMがPC3200 Reg.ECC 512MB×2という貧弱な構成であることもあって3DMark 05の結果は振るわず、796 3DMarksというステキな事態に陥っているのだが、それでも高解像度時のウィンドウ描画とかを見ていると、これまで仮に挿していたPCIのVoodoo Bansheeよりはずっと速い(苦笑)。
ともあれ、ここまで使ってみた限りでは、このThunder K8Wは負荷をかけても落ちることが無く、無事正常動作しているとして良さそうである。
西暦2008年9月6日 "歯痛"
いきなり奥歯の側面の詰め物がはがれて大変なことに。
しみて痛いやら何やらで、慌ててかかりつけの歯医者へ。
どうも随分前(その歯医者に行くようになる前の話だから恐らく2年以上前だ)に治療した箇所が駄目になっていたらしく、周辺が虫歯になっていたとのことでそこを削って再度埋めるとの先生からのご託宣。
で、「痛かったら手を挙げてくださいね」との定型文と共に麻酔もなしに回転砥石でがりがり切削加工。
麻酔を使われると色々厄介なので、手の皮をつねって痛みをマスキングする伝統的耐久法に及ぶも、手の先端は歯よりも脳から遠いことを文字通り痛感する。
とりあえず、問題の箇所は治療が終わったものの、他に2カ所ばかり怪しい/駄目な歯が発見され、あと2回ばかり通院せねばならぬと通告を受ける。
金欠症のマジやばい昨今、大変だが歯だけはきちんと治しておかないと後々もっと大変なので、素直に通わざるを得ないと悟る。
やれやれ。
西暦2008年9月7日 "近鉄800系"
昨日の治療後、どうにも頭痛がひどくて鬱々としながら仕事の原稿を書いていると、玄関に宅配の人が襲来。
荷主はメディアート どっとこむライフ事務局。
ああ、そういえば8月末にどっとこむライフの近鉄ショップで再発(初回は8/7発売だったらしいが知らずにいた)になってた、「鉄道コレクション 近鉄800系(モ800形・サ700形、2両セット)」を頼んでたっけ、とここで今更のように思い出す。
開封し、まずは検品。
・・・ううむ、どこから見ても800系だ。
800系というのは近鉄奈良線がまだ旧生駒トンネル経由で大型断面の車両が通れなかった時代に造られた、同線初のWNドライブ車で、近鉄全体で見ても初の量産高性能車だった系列だ。
システム的に見ると前年(1954年)に子会社の奈良電鉄(今の近鉄京都線)が2両を製造したデハボ1200形との共通点が多い(MB-3020系モーターとWNドライブ、それにシュリーレン(Schlieren)式台車を共に採用)が、三菱製のABFM制御器を備えていたデハボ1200に対し、生駒越えがあるせいか日立製抑速制動付き超多段電動カム軸制御器のMMC-LTB20Bを採用している点で異なる。
また、車体も上段Hゴム支持の側窓が並ぶ、ナニワ工機独自開発の準張殻構造車体を備えたデハボ1200とは全く異なっていて、シュリーレン社からの技術導入によるスイス国鉄の軽量客車(Leichtstahlwagen:時期的に第2世代モデルがプロトタイプらしい)由来の準張殻構造になっており、窓ガラスの上部2カ所につまみが付いているのが特徴のシュリーレン式フレームレスサッシが採用されるなど、全般にスイスの車両の影響が極端に強い設計(でも前面は国鉄EH10の影響を受けたとされる、窓の上部が一段落ちくぼんだ造形の湘南形2枚窓構成で、屋根上にはモニター屋根を乗せて三菱製のファンデリアで強制換気(ちなみに以後の近鉄電車はファンデリアを採用しなかったので、本系列が近鉄唯一の採用例である)するなど、スイスにないデザインや機構も組み込まれていた)になっていた。この電車、1980年代後半には生駒線や田原本線といった支線区運用に回され、92年(ちょうど私が純然たる受験浪人だった最後の年で、奈良にすら行けなかった)に最後まで残ったトップナンバー編成が除籍されて系列消滅となった(廃車後全て解体された)のだが、私が小学生くらいの頃にはまだ京都・橿原線系統の急行にガンガン走っていて、大和西大寺駅の5番線ホーム(当時は車止めが難波寄りに設置された頭端式で、橿原線の各停専用だった)に進入してくる、あの特徴的な前頭部の印象は今もよく覚えている。主として橿原線沿線の寺院を訪れることが多かった当時、毎年正月恒例の奈良旅行ではおなじみの車だったのである。
以後の奈良線通勤車群とは異なる片開き2扉構成、それも細身でこれと姉妹車の820系だけマルーン一色のボディの窓下にステンレスの飾り帯を回したその姿は非常に印象的で、あの精悍な18200系特急車と共に今でも私の好きな近鉄電車の一つである。
もっともこの電車、その最大の特徴であるシュリーレン式フレームレスサッシの「つまみ」が模型では再現が大変に難しくて、しかもKD-20台車を筆頭に他に転用が難しい部品だらけ(まぁ、KD-20は設計時期の近いデハボ1200のKD-10と同系なので一応共用可だが、そもそもデハボ1200も色々難しい形式である)なので、これまでNゲージでの模型化は半ば諦められていた系列だったりする。
それゆえ、初回を逃したことと、再発があることを知った時に朝10時の受付開始を待ちかまえて発注していたものであったのだが、発注しどうにか入金したところで満足してしまい、今の今まで荷物が発送されたことにさえ気づかないという有様であった。
で、話は戻るが問題の製品の出来である。
窓は完璧。これまで色々シュリーレン式フレームレスサッシ装着車の模型を見てきたが、初めての満足の行く表現である。
車体と台車からするとこれはプロトタイプが1次車で、台車がブレーキシリンダーを側枠の軸箱上部に外付けしたKD-20、かつ尾灯が丸形の1灯タイプなので台車を当初装着していたKD-12からKD-20へ変更した1960年前後の頃の仕様と思われ、昨年出た大阪線2250系特急車と並べるのにちょうど良い時代設定になっている。
ちなみに2250系と並べると、細身で小柄な、それでいて新世代の機器を満載した800系の特徴がよく理解できる。
まー、何というかつくづくツボにはまった車種選択で最高だが、毎回書いているような気がするが、床下機器がどうも違う(この時代の近鉄電車で一番印象的な、電動車の抵抗器箱の数と位置をはじめ、全体的に機器箱の位置や形状が違う)ことと、パンタグラフ(縦型碍子の通常品だと全く締まらないので、何とか横型碍子のPT-42(純正は三菱電機S-754)でいいから手に入らんものかと思う)だけはもう少し何とかしたい今日この頃である。
西暦2008年9月27日 "2型68号"
2型68号、竣工。
MegaRAID SAS 8344ELP、ASC-29320A およびLSI20320E の新規作成、鉄道関係の微修正、マザボ関係などの写真差し替えなど。
見つけたポカミスの修正を結構ちまちまとやっている。
写真が抜けたままのページがいくつかあるが、それはきっと仕様である。
そのうち補完されることがあるかも知れないが、それがいつなのかは定かではない(合掌)。
西暦2008年10月6日 "1スロットの縛り"
AT新1号機のグラフィックカードを玄人志向のRADEON HD4850ものに換装。
Thunder K8WEを現状の拡張カード構成で使い続ける限り、やはりグラフィックカードが2スロット占有する状況というのは厳しいということで。
冷却面から考えると背面吸気タイプの2スロット占有タイプの方が有利なのは百も承知であるが、唯一の32bit PCIスロットがこれで潰されるのはやはり厳しいし、MegaRAIDの隣のスロットはIOP333の放熱のために空けておきたいということで。
まぁ、システムHDDをとっととSASものに切り替え、SCSIスキャナを今時のUSBスキャナに置き換えた上でSCSIカードを外せば問題解決だ、という話もあるのだが、それにはグラカ以上に先立つものが必要な訳で。
ちなみに、従来PV3の帯域占有の問題からPCI-Xの2本一組の方のスロットにSCSIカードとSound BLASTER X-Fiを挿し、独立したPCI-XスロットにPV3を挿す、というSCSIカードの性能を犠牲にした構成で使っていた(でないとPV3で音声が切れたり駒落ちしたりする)のだが、今回PV3を32bit PCIスロットに移し、SCSIカードを空いたスロットに移動したら覿面にWindowsの挙動のキレが改善された。
HDD1台だけ(Cheetah15.3なのでどんなに頑張っても80MB/sは出ない。但し、最内周でも50MB/s程度は出る。2000年9月に購入した、世界初の15,000rpm級HDDであるCheetahX15がピークでも40MB/sが精一杯だったことを考えると、進歩したものである)なら帯域的にも余裕があるから問題ないだろう、と思っていたのだが、PCIバスの帯域幅が1/4(つまり1066MB/s→266MB/s)になって動作クロックが33MHzになることの影響(コマンドオーバーヘッド増大?)は案外大きいようだ。
ところで、何でPV3は当初計画されていたPCIの66MHz動作対応プランを放棄したのだろうか。
恩恵を受けられる機種が少ないのは確かだが、66MHz動作に対応していれば拡張カードのスロット組み合わせの自由度は随分違うし、何より現状ではどう頑張っても無理な1080p対応も帯域的に可能だったと思うのだが・・・。
なお、X1950PRO以来本当にお久しぶりのRADEON系グラフィックカードとなったHD4850だが、冷却が不十分なのかグラフィックチップのコア温度が70℃近くになっていて心臓によろしくなかったこと(結局とある方法で冷却ファンの回転数制御の設定を変更し、デフォルトの静音性重視から冷却能力重視にして60℃を切るようにした)を除けば至って快調である。
西暦2008年10月28日 "超Z80"
会社の同僚のcisc氏に以前教えて貰った、東芝TLCS-900ファミリーのデータシートを何となく眺めてみる。
東芝TLCS-900ファミリーは組み込み用途で使用される16/32bit CPUで、最上位の900/H1シリーズだと32bit長の汎用レジスタ20本(4本×4バンク+4本)と32bit長のプログラムカウンタ、それに16bit長のステータスレジスタそれぞれ1本を備えるのだが、汎用バンクレジスタの名前がXWA・XBC・XDE・XHL(これらは、下位の16bitをWA・BC・DE・HLとして使用可能な上、さらにそれらを2分割して8bitのW・A・B・C・D・E・H・Lとしても使用できる)、汎用レジスタの名前がXIX・XIY・XIZ・XSP(こちらも下位16bitをIX・IY・IZ・SPとして使用でき、8bit単位でのアクセスも可能である)となっており、ほとんど何も考えずにZ80のレジスタを16/32bit拡張してしまっている(汎用バンクレジスタ4本4セットはいずれもアキュムレータとして使用可能で、命令には直交性がある)という、結構とんでもない代物である。
しかもこのCPU、ご丁寧にもLD HL,(XIX)などアセンブリ言語のニーモニックの書式までZ80のそれと揃えており(もっとも流石にバイナリレベルではZ80のままだと新設命令が収まらないため、全面的にコード割り当ての見直しが行われており、バイナリ互換性はない。ただし、命令コードは1〜4バイト長のコードが混在しており、Z80の影響が非常に色濃い)、また、ユーザーモードの概念が存在せず(データシートではスーパバイザモードがない、と書いてあるが話は逆で、常時スーパバイザモードで動作し、メモリ保護が一切行われない)、さらには近代的な32bitCPUでは一般的に禁止されているか、さもなくば推奨されないメモリの奇数番地からのワード・ロングワードデータ配置ができるなど、今のCPU開発トレンドに真っ向から背を向ける、非常に興味深い構成となっている。
東芝が一体どんな意図でこのCPUを開発したのかは知らないが、レジスタを素直に拡張し、しかも命令の直交性を高めZ80に欠けていた乗除算命令(ただし、16bit×16bitで32bitの結果を出す場合、10クロック以上かかる。今のx86系CPUではSSEで1クロック2命令同時実行とかが出来るようになっている)や積和演算命令などを追加したあたり、何というか技術者の道楽に近いものを感じる。
ちなみにこの系統のCPU、過去には京セラが出していたPHSデータ通信端末「DS-110」などにも採用された実績があったらしい(これは元になったIBMのChipCardがZ80系の8bit CPU搭載だったことも影響している様だ)が、相対アドレッシング命令が無いに等しい(ごく僅かな命令しか対応していない上、制約が大きい。ちなみに前述のDS-110では基本プログラムが絶対番地でアクセスする実装になっていて、リロケータブル化に大変な苦労があったらしい。このあたりもZ80の血脈を感じさせる部分である)ため、Cコンパイラの移植が難しいらしくGCCの移植実績も聞かない(挑戦者は何人かいらっしゃったようだが成功なさった方はおられるのだろうか?)ので、東芝自身が提供しているCコンパイラを使うか、さもなくばアセンブラでごりごりコーディングするしかない様だ。
まぁ、命令コード一覧を見れば、Z80のコードをアセンブリ言語で書いたことがあれば適当に書いても何とかなってしまうような、凄い代物なので保守性を無視できるのであれば、アセンブリ言語で書くのが簡単なのではないか、とも思う(というか、ROMサイズの都合で1バイトを削ることが時に求められる組み込み向けのCPUの場合、アセンブリ言語で書きやすいことは無視できない要素ではある。実際、命令コード長可変でしかもバス幅の異なるメモリの混在を許容する(もっとも、流石にバス幅の異なるメモリを連続配置している場合の境界をまたぐ形でのメモリアクセスは禁止されている)設計となっており、やはりそういう使い方を重視していることが見て取れる)。
このCPUファミリが今、一体どんな分野で使用されているのかは知らないが、Z80に慣れたプログラマには非常に親和性の高い実装であり、最上位の機種では80MHz駆動品(!)まで存在するので、一定の支持は得られているようだ。
・・・ところでこれ、今どこで使われているのだろうか? ちょっと気になったことであった。
西暦2008年11月21日 "ケツ拭く紙にもなりゃしねぇ"
「ヒャッハー! ん?なんだこいつ、ウォンなんか持ってやがるぜ。今じゃケツ拭く紙にもなりゃしねぇってのによ!」という某所で出ていたバッドジョークが全然洒落にならない、韓国の為替市況を見て少々絶句。
ジンバブエみたいに元々外貨獲得手段が限られていたところへもって、独裁者が小学生でも悪影響が予想できそうな企業国有化政策を推進し、結果として自国経済が全滅している国はともかく(いや、あれもあれで本当に大概だが)、仮にも輸出を生業とする工業国でこの状況、それも政府が金融危機ではないと強硬に言い張り続けるというのは幾ら何でも異常である。
かの国の人々が経済学の新境地を独自に開拓するのはまぁ、彼らの自由というものだが、客観的に見れば対ドルの為替レートが1ドル900ウォン台だったものがわずか1年でいきなり1ドル1500ウォン突破というのは、日本を含めた周辺諸国の通貨の為替レートと比較して突出(普通は相応に連動する)した、金融危機の名に値する暴落ぶりと言わざるを得まい。
30年のスパンで見ると、ソウルオリンピック以降、97年の通貨危機以前は1ドル700ウォンから900ウォンの範囲をうろうろしていたのだから、そこから見るとこの30年で韓国の通貨の価値は実に半分に減少したことになる。
前回の通貨危機の際はアジア開発銀行経由の日本からの融資(ちなみにまだ返済されていないらしい)と、IMFの国内体質改善強要を伴う融資で立て直したらしいが、それから10年、再度IMFのお世話になるのが余程嫌なのかトラウマになるほどひどい目にあったのか、あの国の政府はIMFの融資は必要ない、とひたすら繰り返している。
先に麻生「ローゼン」太郎首相がIMFへの10兆円拠出を表明したが、これは恐らく「韓国の財政が破綻した後」を見越しての予防線を張る施策の筈で、自民党政権の政策全般に好意的でない私が見てもウルトラCに属する妙手で唸らざるを得ない。
為替市場が滅茶苦茶な現在、円に換金したりして下手に動かすと為替市場を壊滅させかねず(少なくとも、この意味がわからない人は今回の施策の是非を論じるべきではない)遊ばせておくほかない膨大なドル資産(10兆円というのは今の円ドル相場での数字であることには注意する必要がある。どうも今の日本のマスコミはこの点を作為的に無視して報道したがるようだが)を有効活用できる点と、貸した金がほぼ確実に戻ってくることが保証されている(少なくとも返す気が皆目ないあの国に2国間融資をするよりは確実だ)という点で日本には全く損はないからだ。
図式としては、日本側が「沢山お金をIMFに託したから、財政がやばくて資金援助をして欲しい国はIMFから借りてね」と言っているのに対し、 韓国側は(内心で日本が2国間融資に応じてくれることを当てにしつつ)IMFからの融資を拒み、あちこちの国との通貨スワップ交渉等で見かけ上動かせるドルを増やして場当たり的にウォンを買い支えることで、とりあえず問題を先送りしこの危機をやり過ごそうとしている(それが全然上手くいっていないことは、9月以降コンスタントにレートが悪化し続けているという事実が雄弁に証明している。市場はそんな小手先のごまかしに騙されてくれるほど甘くはない)、ということなのだと思うが、あそこまで強く「(返す当てがなければ絶対に貸して貰えない)IMFからの融資が必要ない」と断言するのであれば、あの国には身勝手なダブルスタンダードに日和らず、是非とも「よって(相手の都合も考えずに踏み倒せる)2国間融資も不要である」と宣言して貰いたいものである。
西暦2008年11月25日 "一段落"
会社でここしばらくかかり切りだった、某メディアミックス作品(そういえばこの作品の原作者のことを教えてもらったのは、大学時代のサークルのHAN-LAY先輩だったっけ)のDS版ゲームのシナリオ仕事が一段落。
何気にシナリオ初仕事である。
作品タイトルは明かせないが、担当部分のキーワードは「列車砲」だったりする。
萌え要素が売りの筈の作品で延々と「よし、奴らに戦争を教育してやる」的な要素を盛り込んだシナリオを書くというのはいかがなものか、と会社の後輩でその作品のファンらしい「衝撃の樫ベルト」(仮名)君に散々言われたのだが、社長含め「列車砲」と聞くと真っ先に今は亡きジェラルド「ガン・ジーニアス」ブル博士の多連装薬室砲や、先の大戦で猛威を振るった28cm K5(E)のようなスーパーガンのことが脳裏に浮かぶような大砲主義者だらけの社内でそんなことを言っても通らないのである。
一応、後で何の作品か気づいた人のために覚え書きとして書いておくと、その大枠はクライアント側からの提示に従っている。よって、全体に趣味に走っていることは認めるに吝かではないが、列車砲を持ち出したのは向こうの方なので念のため。
・・・しかし、あの作品であんなシナリオで本当にいいのだろうか(汗)?
西暦2008年11月27日 "再始動"
財政危機がいよいよ深刻化する昨今である。
このまま行って無事越年できるのだろうか、という危惧が強いのだが、それでも仕事は続く。このご時世、忙しい仕事があるだけマシというものか。
そんな訳で某DS版ゲームに続いて某ゲームのシナリオ仕事に着手。
ちなみに、前回納品したDS版のシナリオは特に問題がなかった(後は原作者チェックを待つのみ)とのことで少々安堵。
西暦2008年11月30日 "一つの時代の終わり"
あちこちで報道されていると思うが、本日で0系新幹線電車の定期営業運転が終了。
初号車の就役開始が1964年だから一つの系列で44年も現役を続けたことになる。
ただし、ご存じの方はご存じの通り、毎日過酷な運用を強いられる新幹線電車の車両としての寿命はどんなに長くとも30年持たず(特に「ひかり」や「のぞみ」などの速達列車に充当されていた車両ほど走行キロが延びるので早く寿命が尽きる。0系でも速達「ひかり」中心で運用されたH・N・NH編成の場合、事故車で8年、そうでないもので最短11年で廃車というケースがあった。100系以降ではJR東海保有車が世代交代とスピードアップがワンセットになっていて急速淘汰される傾向にあるため、各系列の後期生産車が11年以内に廃車というケースが後を絶たない。ちなみにJR西日本でも500系は旧W6編成中間車で10年以内での廃車となっている)、実質的には最も長命なものでも20年前後でリタイヤとなるのが普通なので、今日まで走ってきたグループというのは浜松工場の自動解体施設で初期車の解体が始まってから製造されたものばかりということになるのだが、それはそれで結構とんでもない話ではある。
厳しい言い方をすれば、早ければ1972年の岡山開業、遅くとも1975年の博多開業までには一度モデルチェンジをしておかねばならなかった(その時点で既にシステム面での陳腐化が見られた。それは同時期に試作された951・961系のシステム構成を見れば明らかだろう)ものなのだが、運悪くというか何というか、あのマル生運動を引き金として始まった労組と国鉄経営陣の極端な関係悪化により、新型車の導入が困難になった(「新型車を導入すれば我々の労働が増加するから反対」という全く訳のわからない屁理屈を当時の労組は主張し、経営陣はそれを呑まざるを得ない状況にあった。国鉄がほとんど別物で本来は新形式を与えるべきEF64 1000番台や115系1000番台といった車両を在来形式・系列の区分番台としたのも、この問題を回避するためであった)結果、その後もずるずると分割民営化の一歩手前まで増備を繰り返さざるを得なくなったという、言ってみれば国鉄経営の負の遺産という側面もあるのだが、それはそれとして今日のこの日まで特に致命的な事故を起こすこともなく走り続けてきた功績は計り知れないものがある。
個人的には、中学時代の家族旅行で乗車した「ひかり」や隣の中学校の連中に15・16形(グリーン車)が割り当てられて「何で同じ運賃であいつらだけ楽ができるんだ!」と怒り狂った中学の修学旅行列車(そういえば広島で眼下に留置中のEF59形を見たっけ)、それに何より1990年度に毎日のように予備校への通学に乗車したR編成「こだま」(35形最後の生き残りであった35-145・147に乗車してビュフェの椅子に座ったのも懐かしい。ちなみにこの時点でこれらは製造後少なくとも19年を超過していた)や一度だけ乗車の機会があったN編成「ひかり」(22次車で16両フル編成3本を一度に新造した、博多開業後では稀少な「ひかり」用編成。1000番台車だけで組成。ちなみに36形食堂車の狭窓車はこのグループの36 1001〜1003しか存在しない)の記憶が今も鮮烈なのだが、正直なところを言えば100系並の座席を取り付けた「ウェストひかり」用改造車を別にすれば、これはあまり快適な電車だったという感想はない。
更新前の転換式クロスシートも、以後のリクライニングシートも、共に一長一短で、特に後者はリクライニングするに従ってシートピッチが狭くなるという切腹ものの仕様で、ゆえに帰宅時には極力避けて時間が遅れても岡山転回の100系G編成が充当される100番台の「ひかり」を選ぶようにしていた(以前も書いた気がするが、100系はX・G・Vの各編成共に車体剛性が高くて台車の揺動特性も素晴らしい、本当に乗り心地の良い電車で、力行時のタップ切り替え衝動以外は完璧に近い滑るような乗り心地であった。特に諸事情で一度だけ乗った1階建ての方のグリーン車は今でも絶品であったと思う)程なのだが、今日まで走ってきたグループは「ウェストひかり」と同様に座席の再交換を実施したものだったのだろうか?
諸事情で1.5TB版のBarracuda 7200.11を1台購入。
1TB版と500GB版のBarracuda 7200.11各1台のリプレース用である。
先日1TB版の導入を始めたばかり、という気もするが、台数が減らせるメリットはやはり大きい。
西暦2008年12月3日 "NTSC"
道ばたでI-O DATAのUSBビデオキャプチャユニットを拾う(爆)。
地上波アナログ放送の終焉を控え、今後はこういうことが多くなるのだろうか、などと感傷に浸る。
ちなみに、ブツはGV-MVP/RZで、ご丁寧にもドライバCDも付いていた(苦笑)。
性能的にはPV3やDVDレコーダーを使っている現状では意味があまりないのだが、PlayStation2のヴィデオ出力は意外と綺麗に録れるっぽいので、そっち方面では使える気がする。
まぁ、I-Oのキャプチャーソフトは見た目がダサい上に使い勝手があまりよろしくないので正直好きではないのだが。
西暦2008年12月19日 "二段落"
某メディアミックス作品のPS2版ゲームのシナリオ仕事が一段落。
途中色々アクシデントがあったが、どうにか乗り越えられたのではないかと思う。
後はチェックを待つばかりだが、果たしてどうなるのやら・・・。
西暦2008年12月24日 "2型69号"
2型69号、おもむろに竣工。
主な変更点はAGP・PCI Express対応グラフィックカード関連記事の追加(RH4850E-512HW/HD・GeForce 8800 GT 512MB DDR3 XXX (PV-T88P-YDD4) ・ELSA GLADIAC FX 930・ELSA GLADIAC 743 GT AGPなど)。
最近はグラカにあまり興味が湧かなくて、しかもメイン機ではスロット構成上2スロット専有タイプは割と鬼門なので、予算の多寡に関わりなく面白味に欠けるチョイスになってしまいがちなのだが、一応。
ちなみに、GeForce FX 5800がらみで各種サイトの記事や文献などを当たってみたが、このチップを含むGeForce FX系のアーキテクチャが今ひとつ正確に掴めないでいる。
某Web百科事典の記述もどうも嘘か誤った推測が混じってるっぽく見えるし、そのほかのサイトの記述もそれぞれてんでバラバラなことを書いているか、さもなくばスルーしている(苦笑)。
結局の所それまでの16/32bit精度の固定的なシェーダーを8並列(8パイプライン構成)で実装するというデザインではなく、128bit精度のSIMD演算器を1基実装し、これを16bit*8で使用するか、32bit*4で使用するか、という話なのだと思う(32bit精度が必要な状況での性能が半減していたこともこれを裏付けていると思う)が、後継のFX 5900・5950では演算器の内部構成を見直して演算器の数を増やしたりせずに倍速化を実現したと主張(少なくともトランジスタ数やチップ面積、動作周波数、それに製造プロセスを勘案すると物理的には倍速化を実現できるような数字の裏付けは存在しない)していたりしていて、しかもその核心についてはぼかしているので、訳がわからなくなっている。
同一精度のSIMD演算器1セットのままで、しかも動作クロックを大きく変えずに倍速化を実現するためには、1処理の所要クロック数を半減、つまり内部処理のアルゴリズムを大きく変えて、しかもそれに関わるレジスタやメモリのアクセススピードを大きく引き上げないと無理な話(そのためか、FX 5900・5950ではメモリ帯域を大きく引き上げる措置が講じられている)の筈なのだが、この辺の話はチップ設計のノウハウに密接に結びつく部分であるためか、まともに公開されていないようだ。
このGeForce FX 5800、ビジネスとしてみると失敗なのだが、今見ると技術的には非常に興味深い要素が多くて、その後のGeForce 6・7系以降の技術的展開を予言する要素に充ち満ちている。
これは今もWindows Vista向けnVIDIA純正ドライバの提供が中止されるなど散々な状況・境遇であるが、発売開始当時爆音・大消費電力を揶揄されたこの系統のカードよりも余程大消費電力、かつ爆音ファンを搭載するグラフィックカードが当たり前に販売されている昨今を思うに、社会的に受容可能な各種条件というものについて色々考えさせられる板ではある。
ところで、RADEON HD 4850の最新ドライバ(Catalyst 8.12)で実装されたAvivo Video ConverterによるGPUの演算機能を利用したGPGPU(ATI Stream)によるトランスコード機能についてなのだが、これ、確かに爆速なのだがどうにも使い道がない。
なぜなら、PV3で録った独自Codecによる動画データ(ただし、そのままでは読めないためそれなりの手段を講ずる必要があるが)を解像度そのままでH.264のハイプロファイルで高速変換できればかなり幸せになれる気がするのだが、現状では選択できるどのフォーマットもそういう目的に使えないためである。
まぁ、プレス向けに提供されているβ版ではHD解像度用のフォーマットが選択可能となっているそうなので、変換品質の問題を含め、この辺は来るべきCatalyst 9.1以降で正しく実装されることを期待しておくとしよう。
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