いわゆる更新記録(靖間 誠PC日記兼用)

西暦2008年5月−8月分



西暦2008年5月5日 "1.3倍"

 サブマシンを諸事情でOpteronマシンからNetBurstなXeonマシンに置き換えて約1ヶ月、電気代が1.3倍に跳ね上がることが発覚。

 ジークXeon!とは言ってみたものの、やはりNetBurstは地球にも懐にも全く優しくないのだと痛感。

 アレを開発した当時、一体Intelの開発陣は何を考えていたのかと問い詰めてやりたい気分で一杯である。

 というか、あんなモノを世間にさんざんばらまいておいて、どの面下げてCoreアーキテクチャの優秀性を謳えるというのだろうか、あの会社は。


西暦2008年5月13日 "SP3"

 四川省の地震報道を見て少々絶句。

 不謹慎かも知れないが、オリンピック前にこういう大規模な天災が起きるというのは、共産党政権の行いが天道に悖る、ということなのではあるまいか。

 チベットの件といい、これといい、あの国の発展の歪さを見せつけられるような感じである。


 メインマシンのWindows XPにServicePack3を適用。

 特に問題はなさそうで、従来発生していたマザーボードのリソース関係の不具合も解決された。

 まぁ、ここでトラブルが出ても困るのだが(苦笑)。


西暦2008年5月23日 "財政危機"

 今後約2,3ヶ月にわたる財政危機が確定。


西暦2008年5月24日 "figma"

 某魔砲少女のfigmaが出ていたので購入。

 財政難だがなのはさん故に。

 表情の違う顔が付いているという話で、物議を醸した例の表情を期待したが、さすがにそれはなかった(苦笑)。

 交換可能な前髪が落ちやすい、という問題はあるが、それ以外は概ね良くできていて、山陽新幹線の英語アナウンスの中の人の声がする杖も2パターンに組み替えられるなど、満足度は高い。

 問題点というか弱点を挙げるとすれば、それは「何故9歳じゃなくて19歳なのか?」という一点だけだろう(死)。


西暦2008年5月30日 "FWD-2000VWWA"

 FREEWAYのアルミケースの名作、FWD-2000VWWA(フロントがViPブランド仕様のタイプ)を中古というかジャンク扱いで超格安ゲット。

 何やらほろ汚い安物電源がついてきたが、そんなものは帰宅後速攻で捨て、ケース本体を全分解の上で徹底清掃。

 ややヤニっぽくて閉口したが、清掃を繰り返すと結構きれいになった。

 このケース、本当に各部の工作が良くてしかもレイアウトや構成が絶妙で、拡張ATXのボードが入るアルミケースでは、今なお最高傑作の一つなのではないかと思ったことであった。

 というかこのケース、今同じ仕様で再生産しても充分売れるのではないだろうか?

 当時は割と高めのケースだという印象があったが、このケースの爪の垢を煎じて飲んだ方が良いような自称「ハイエンド」ケースが世間にはゴロゴロしている今の目で見ると、その値段が妥当なものであったことが良く判る。

 早速メイン機のケース(色々ガタがきていた)を置き換えたことであった。


 本日をもって2年半勤めた某社を完全に退社。

 自分の健康問題もあったにせよ、「俺の能力と知識は欲しい」でも「給料は出したくない」なんて、将来に何の期待も展望も持てない/持ちようがない会社には、最早義理はない。

 知識や知恵というのはタダでは出てこない、それを得るには膨大な費用と時間がかかるのだ、ということが理解できない人間には何を言っても無駄というものである。

 まぁ、そうでなくとも、商品の品質というものを何と考えているのか? と思うようなひどい経営判断(詳細は秘す)を何度も見せられて、正直精神的に耐えられなくなっていた、というのもあるのだが。

 あれじゃゲ−ミングデバイスやろうが何やろうが、先行き長くない気がするけど、どうなんだろうかねぇ?

 まぁ、これで晴れて他人事になったわけだが(苦笑)。


西暦2008年6月17日 "H8DAE"

 SUPER MICROが本当にひっそりと発売していた Opteron対応サーバ用マザーボードであるH8DAEが廉価に入手できたので、手持ちのパーツを組み合わせてサブマシンを再構築。

 本当にプレーンなデザインの板で、オンボードのSATAさえ用意されていないという今時あり得ない構成なのだが、逆に今見るとそれが新鮮である。

 AGPもPCI Expressも搭載されていない(何かメンテナンス用らしき変な拡張スロットは1本あるが)のでサブマシンにしかできないが、Pentium III 1GHzデュアルのThunder HE-Slよりはずっと快適なので、当分はこの構成で使用する予定である。


西暦2008年6月27日 "VPC"

 諸事情でメイン機のWindows XPにVirtual PCをインストールして、そこに構築したWindows 98/2000環境でいくつかのゲームをプレイ。

 古くてWindows XPはおろか2000さえサポートしないような古いゲームが動作可能な環境を構築するためだが、ここでWindows 98の方が2000よりも高負荷であることが判明した。

 恐らくメモリマネージャやソフトウェアそのものの設計がタコだからではないかと思うが、真相や如何に?


西暦2008年6月27日 "Xeon≒暖房説"

 最近の気温上昇もあって、メインマシン稼働中の室温が急上昇して悩む。

 ・・・やはりNetBurst系のXeonは莫迦みたいに熱を吐くのでかなりいやーんな感じである。

 前にも書いたけど、Intelは本当にこんなので今後も天下とり続けるつもりだったんだろうか?

 今のCore系はかなり良くなっているけど、Xeonでは恐怖のFB-DIMM必須なので、やっぱり無駄に高発熱な体質そのものには変わりはないのである。


西暦2008年6月30日 "整理整頓"

 部屋を片付けていて、身に覚えのない未開封のAHA-2940UW(日本語リテール版)とかAHA-1030P(未開封)とかPC-9821X-B03(Millenium)とか次々に出土して色々困惑する。

 探すとまずない様なモノなのだが、これらに関する4W1H(Whoは私以外あり得ないので)を思い出せず、かなり悩んだことであった。

 まぁ、本当に今更なアイテムばかりなのだけど。


西暦2008年7月12日 "S2895A2NRF"

 通算4枚目となる、S2895A2NRF Thunder K8WEをゲット。

 やはり、メインマシンはOpteronn搭載機が良い、ということを改めて痛感した。

 ちなみにCPUその他はサブマシンから召し上げ、新規に買わざるを得ないグラフィックカードはコストの問題からAOpenブランドのGeForce9600GSO 384MBをチョイスした(これに伴いサブマシンにS2663をCPUとグラフィックカードごと転用した)が、意外と悪くない。

 まぁ、冷却用クーラーが2スロット占有タイプであるため、SCSI・SATA・PV3・X-Fiの4枚のインターフェースカードを併存させるには、サウンドカードを大陸志向のPCI-PCIe変換で使わない2本目のPCIe 16xスロットに逃がす、という非常にアクロバティックな回避策を講じる必要があったりするのだが、今回は妥協して、とりあえずSATAはオンボードのものを使用することにしてみた。

 もっとも、この感じだと早晩SATAカードを挿せるようにすることになりそうであるが・・・。


西暦2008年7月23日 "SATA"

 どうもマシンの挙動の切れが微妙に悪いので、オンボードのSATAを無効化し、PCI-Xスロットに玄人志向のSiI3124搭載PCI-X板を挿してそちらにSATA HDDやDVDドライブを接続。

 それだけで目に見えてマシンの挙動がよくなる。

 原因は恐らくチップセット内蔵のSATAコントローラが互換性その他の都合でATAに近い割り込み処理等の挙動を示しているせいではないかと思うが、さすがにここまで露骨だとは思わなかったことであった。


西暦2008年7月28日 "劇場版"

 その筋で「なのは」劇場版公開の情報が流れ、驚愕する。

 ・・・4期をせずに「The MOVIE 1st」ですか(汗)。

 ハナから「1st」と銘打つあたり、2期の劇場版も殺る気、もといやる気満々といった感じだが、流れていた設定デザイン画像を見て、このデザインは微妙だなぁ、などと思ったことであった。

 ・・・figmaの可動ライン確保は楽そうだけど(ヲ)。


西暦2008年7月31日 "Opteron 854"

 諸事情でメインマシンのCPUをOpteron 854×2へ換装。

 そう、254ではなく854である。

 常々上位の8プロセッサ構成対応モデルである8xx系であれば2xx系を完全に代用可能なのではないか?と思っていたのだが、ふとしたきっかけで廉価に854が入手できたのを奇貨として挑戦してみることにした。

 ・・・結果は大成功。

 むろん、マザーボードのBIOSが対応している必要はあろうが、POST画面で854搭載であることが正しく認識され、問題なくOSが起動した。

 最近、2xx系のOpteronが中古でも割と入手難なので、保証はしないし出来ないが、2xx系の代替手段として覚えておくと何かの役に立つことがあるかも知れない。


西暦2008年8月3日 "赤塚不二夫"

 赤塚不二夫氏が逝去されたことをニュースで知る。

 ここ数年闘病生活を続けておられるという話が伝わっていたので、とうとう来るべきものがきたのか、という感が強い。

 天才バカボン、おそ松くん、それにレッツラゴン。

 人生にこれほどまでに大きな衝撃を与えるギャグマンガを描けるマンガ家というのは、恐らく今後二度と現れることはないだろう。

 何はともあれ、赤塚不二夫氏のご冥福を謹んでお祈り申し上げる次第である。


西暦2008年8月10日 "The Last Guy"

 会社で"The Last Guy"なるPlay Station3用ゲームソフトが話題となる。

 ゲーム自体の基本は、いわゆるスネークゲームなのだが、CELLのパワーを無駄にフル活用してえらいリアルな描写となっている。しかもその舞台というのが台東区浅草から墨田区本所にかけての一帯、となっていて地元ゲー(実は会社事務所もその範囲に含まれている)ということで話題となったのだが、実は本当に話題となったのは、これを開発した(ということになっている)「ヒンダスタン・エレクトロニクス」なるゲームデベロッパーへのインタビュームービーであったりする。

 内容について書くのは野暮だと思うので詳細は省略するが、こういうものを出せるあたり、どうこう言ってもやっぱりソニーは大した会社なのだな、と思う。


西暦2008年8月14日 "S2885ANRF"

 先日ジャンクで入手したS2885ANRF "Thunder K8W"(Rev.Ex以降不可のRev.A品)のもげかけていた10V 1000μFケミコンを代品で交換し、修理。

 その後、中古で買ってきたOpteron 242(Rev.CG)を搭載し、余剰資材であるPC2100 Reg.ECC DIMMや懐かしのGA-VDB16/PCI、それにNMB製のIntergraph zx10純正電源(メインのコネクタがSSI-EPS12Vと共通の24ピンだが、8ピンコネクタが無い)を組み合わせて起動テスト。

 ・・・1プロセッサのみだが無事起動を確認。

 適当なUltra 320 SCSIカードの余りがないのでUltra 160 SCSIカードを使用することになるが、これで無駄に電力喰らいのXeonを搭載しているサブマシンの中身を入れ替えられそうである。


西暦2008年8月15日 "SCPH-10000"

 近所のゴミ捨て場でPlay Station2の初代機であるSCPH-10000を専用8MBメモリカード付きで発見。

 コンディションがそれほど悪くなかったので即回収。

 このクラスのゲーム機ですらこのように廃棄されるご時世となったのか、と少々嘆息。

 背面ファンなど結構埃が溜まっていたが、初代機は例の封印シールがないので分解してエアダスターで清掃し、再組み立てして通電してみると、無事動作した。

 先日PS3を買った後輩のM君に貰ったSCPH-30000と比較すると、割り切りが足りないというか何気に贅沢な設計(内蔵HDDベイの代わりにPCMCIAカードスロットがあったりする。そういえばオプションのBBユニットも確かこのモデルだけは要専用品だったはずだ)で、通電するとえらい勢いで高温の排気が背面ファンから出てくる。

 こいつに搭載されたEmotionEngine(EE)とGraphicSynthesizer(GS)の2つのチップは、今のモデルだとEE+GSと称する1チップに集約されている(つまり、製造プロセスのシュリンクでダイサイズが劇的に縮小されている)のだが、チップの製造プロセスとダイサイズで初代機がかなり無理をしていたことがこんな形で現れているのである。

 最初、前面のメモリカードスロット1の接触が悪くメモリカードが認識されなかったりした(DVD VIDEO再生ができなくて気づいた)が、どうやら接点酸化が原因らしく、何度かカードを出し入れすると正常認識されるようになり、DVD再生も問題なく行われた。

 このメモリカードの8MBという容量を見ると、高価だった当時のFLASHメモリの状況が偲ばれるが、ここにDVD再生ソフトやシステムアップデートの内容を書き込むというのは、正直どんなものだろうかと思ったことであった。


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