いわゆる更新記録(靖間 誠PC日記兼用)

西暦2008年1月−43月分



西暦2008年1月1日 "謹賀新年"

 あけましておめでとうございます。本年も当サイトを宜しくお願いいたします。

 本年はまず河内長野の観心寺へ。

 高架工事が進む奈良駅から原型を前面以外留めないまでに徹底的な車体改修工事を施工された201系普通(クハ200-91)で柏原へ向かい、ここで近鉄道明寺線の6432系モ6423-ク6523に乗り換え。

 この電車は元々6422系として製造したものを、ワンマン化改造時に6432系と同一仕様に改修して同系に編入したもので、言われなければまず理解できない、いかにも近鉄らしい奇っ怪な規則に従う系列名と車番を持つ車両である。

 まぁ、車両そのものは変哲のない20m級4扉車なのだが、ワンマン運転実施に伴って連結面への転落防止幌が追加されるなど、細部が変更されている様だ。

 道明寺で阿部野橋からやってきた河内長野行き準急に乗り換えて河内長野へ。

 今度は6020系6077F4連に6400系(車番不詳)2連を増結した6連で、6800系「ラビットカー」以来の懐かしい近鉄第一世代高性能通勤車の面影を今に伝える、好ましいデザインの20m級4扉通勤車だ。

 南大阪線の歴史をご存じの方には今更かと思うが、実は今回乗車した柏原−河内長野間のうち柏原−道明寺−古市−富田林間は、実は本来河陽鉄道という私鉄の手によって関西鉄道(現在のJR関西線の前身)の培養線(支線)として建設されたという歴史があり、河南鉄道へ改称後建設された富田林−河内長野間と合わせてこの区間が本来の本線格であった。

 そのため、線形を地図で確認するとその後大阪鉄道(2代目)と更に改称して建設された阿部野橋−道明寺間と古市−橿原神宮前間の現・南大阪線は、支線であるにもかかわらずほぼ直進する形で出発する道明寺・長野線から無理な急カーブで分岐するような構内配置となっており、路線全体もこの道明寺−古市間が不自然にねじった様な奇妙な形状になってしまっている。

 そんないきさつを母に話しながら車窓を眺めていたのだが、高校野球で有名な某教団の本部が置かれている富田林を過ぎたところで単線になり、途端にローカルムードが漂い始める。

 なるほど、河陽鉄道が富田林までで建設を一旦止めたのも無理ないわい、などと思いながら車窓を眺めているとどんどん山間に入ってゆき、南海高野線と合流して終点河内長野へ到着。

 そう言えば昨年秋に亡くなった伯父と小学生時代に20001系「こうや」でこの駅を通ったことがあったな、と周囲を見回して微かな記憶を呼び覚まされる。

 ここからはバスに乗り換えて目的地である観心寺へ。

 何というか、「今に生きている」という印象の強い寺で、肝心の本尊が秘仏扱いでお目にかかれず、現世利益の寺としての密教寺院のあり方というものをまざまざと見せつけられた気分であったが、国宝である本堂や、楠公が三重塔を建てかけて湊川で討ち死にしたために建設が中止したとされる建掛塔など、境内にはみるべきものが幾つもあった。

 帰路は古市まで戻ってから吉野行き急行に乗車。

 車番は失念したが、日立MMC制御器とME37ブレーキ弁を組み合わせた、いかにも電車らしい運転台の直後にかぶりつきになって二上山越えの勾配区間の走りを堪能したことであった。

 思えばこの同じ区間を往時はあのデニ形が走っていたわけで、さぞや勇壮な走りだったのでは無かろうか。

 橿原神宮前でシリーズ21の9820系急行に乗り換え、西大寺で再度シリーズ21(系列名は忘れた)による快速急行に乗り換えて奈良へ戻った。

 何というかぐるっと一回り電車に乗りに行った様な感じだが、こういう年もある。


西暦2008年1月2日 "初詣"

 本日は石上神宮へ初詣へ。

 ここ数年来、ずっと石上神宮への参詣が続いている(それ以前は春日大社へ参詣していた)が、これは単純にいわゆる人大杉状態の春日大社を避けて、割とゆったりとした石上神宮を選んでいるだけの話であったりする。

 まぁ、ここには内山永久寺鎮守の旧拝殿というとびっきりのお宝(ちなみに国宝)があって、毎年のようにそれを見に行っている、という一面もあるのだが。

 そんな訳で今年も石上に参詣した訳だが、今年は家族3人全員がそれぞれカメラを持つという異常事態(父:CONTAX T2、母:ミノルタαSweet IIL、私:ニコンF4(年末にMB-23を買ってF4E相当に換装済み)。ちなみにいずれも昨年亡くなった伯父の遺品である)となったため、初詣に行ったのか撮影会に行ったのか良く判らない状況と相成った(合掌)。

 石上での初詣後は薬師寺へ。

 今年は修理だか何だかで薬師三尊の光背が外されているとのことで、滅多に見られない姿だというので拝観したが、何というか寂しいお姿ではあった。

 薬師寺は毎年訪れる度に境内の整備が進んで、私が初めて訪れた頃のあの閑散とした佇まいからは想像も付かないような隆盛ぶりである。

 思えば、あの頃はまだ金堂も西塔も無くて、西塔跡の礎石で遊んだものであった。

 その頃から変わっていないのは東院堂周辺くらいのものだと思うが、あの簡素な堂内に立つ聖観音の端正な姿には、いつものことながら感嘆を禁じ得ない。

 実を言えば、薬師寺の諸仏諸尊像中で私が一番好きなのはこの聖観音なのだが、よくよく考えてみると、東院堂ではあのお坊さん方(思えばこれも私が最初に拝観した頃は高田好胤師が直々に声を張り上げておられたのを思い出す)の講釈が無くて静寂が保たれていることも、この像の魅力増加につながっているのではないかという気がする。

 無論、学問の宗派であり檀家を持たない法相宗が今に生きてゆくには、写経を含め何らかの形で世にコミットしてゆく必要があることは理解するし、それが今の境内整備の原動力であることもまた確かなのだが、騒がしすぎるのもまたどうかとは思う。


西暦2008年1月3日 "帰途"

 楽しかった正月休みも本日でおしまいである。

 昼に国立博物館で若宮おん祭りがどうのという展覧会を観覧。

 その後一旦実家へ帰宅後、母が使用中のPC/AT新2号機の動作をチェック後、新快速で大阪へ。

 バスが取れなかったためと言ってしまえばそれまでだが、非常にあわただしいスケジュールである。

 ちなみに今回の帰省では光学ドライブをGSA-4082BからDVR-112LFへ換装し、キーボードをSMK-8851からRalForce 108Uへ、グラフィックカードもGeForce 6600搭載は変わらないものの、VRAM実装量128MBのものから256MBのものに変更している。

 前回秋の帰省時に動作不安定対策として大改装を実施していたから、それ以降の挙動の安定が気になっていたのだが、母によればそれは問題ないとのことで、安堵した。

 何しろ現状では年に2回しか手が入れられないマシンなので、フェイルセーフ性や動作の安定をそれなりに重視した構成としているのだが、気がつくと部品の吟味のしすぎでえらいコストがかかっている(汗)。

 まぁ、電話で母に何かを指示してトラブルシューティングさせられないことは過去に嫌と言うほど思い知っているので、これ以外の選択肢はないのだが(苦笑)。


西暦2008年1月4日 "到着"

 無事東京へ到着。

 その足で一旦帰宅後出社し、再度帰宅後、Fate/Zero 第4巻を読了。

 ・・・いや面白い作品であった。


西暦2008年1月7日 "2個1"

 昨年末に某オークションで落札していたSEGA TERADRIVE用キーボード(HTR-2106:ジャンク品扱い)と、実家に置いていた基板死亡の同型品(今回の帰省で回収)を2個1して多少なりともまともな状態のHTR-2106とする作業を実施。

 結果、無事動作する1台が確保できたが、それでも外装などは完全とはできず、ちと凹む。

 まぁ、今時美品のこのキーボードを廉価に入手する手段があるとはとても思えないから、これはこれで正常動作する1台が確保できたことを素直に喜んでおくべきなのだろう。


西暦2008年1月10日 "AD1852"

 久々にメインマシンにDIGI 96/8PSTを挿してそのアナログ出力を楽しむ。

 今だとS/N比などの額面上のスペックでこれを上回るサウンドカードはX-Fi系をはじめ幾つも存在するが、何というかそれだけでは済まないものがこのカードのD/A変換にはあるように思う。

 で、気になってAnarog DevicesのサイトでAD1852のデータシートを落として読んでみたところ、果たしてAD1852はマルチビットΣΔ変換を行っている旨の記載があった(というか、ウチのDIGI96/8PSTのページでもずいぶん前にその旨記載していたのを奇麗さっぱり忘れていた)。

 ΣΔ変換とは何ぞや? と仰る方にはググるなり専門書を読むなりしていただきたいが、ここではとりあえずオーディオ業界におけるD/A・A/D変換に一大画期をなし、消費電力の低減とコストダウンに大きく貢献した1ビットDAC/ADCの基礎をなす技術だと理解して貰えばそれで構わない。

 1ビットDACというのは要するに電車のチョッパ制御と一緒で、スイッチング素子をサンプリング周波数×ビット数以上の高周波数で駆動してオンオフさせて必要な波形なり電圧なりを生成するデバイスで、それはそれで様々なメリットがあるのだが、何しろスイッチが1つなので16bitなら16本、24bitなら24本のスイッチを一度にオンオフする(まぁ、それはそれでスイッチの同期精度の問題があったりするのだが)マルチビットDACと比較すると、静寂から一瞬でフォルテシモに達するような出音が硬くびしっと決まりにくく、どうしてもふわっと立ち上がるような感じになりやすかった(ただしこれは1990年代初頭のPULSEやMASH、それにDAC7などでの話なので、最近のオーディオ用1ビット DACがどんな音なのかは正確には知らない)。

 その点、このAD1852を搭載するDIGI96/8PSTの出音は往年のPCM1700(バーブラウン製マルチビットDAC。筆者が昔毎日のように使用していたSONY TCD-D3に搭載され、同機の高音質を支えていたが、その一方で大消費電流の原因ともなっていた)の様な良い意味での硬質さを備えており、元々マルチビットDACで育った筆者には好ましく感じられていたのだが、1ビット DACを複数束ねて使用するマルチビットΣΔ変換を行うのであればそれも納得である。

 まぁ、チップサイズを見ると2ch出力対応の、しかもCODECとしての機能を備えない純然たるDACチップなのに同程度のスペックで8ch出力に対応するCS4382の3〜4倍程度の大きさがあるので、消費電力も含めてハイエンドオーディオ機器の類以外には使いにくい仕様の石ではあるのだが。

 それはそれとして、DIGI96/8PSTのSPDIF INにX-FiのSPDIF OUTをつないでDIGI96/8PSTのRME DIGI Settingsで入力ステータスを表示させてみたところ、意外とクロックが安定しないことが発覚した(汗)。

 D-30が特に拒絶することがなかったせいで気付かなかったのだが、この点は接続ケーブルなどについて要検討かも知れない。

 思いもしなかったような店で、しかも思いもよらなかったような廉価でOpteron 285をゲットしたので、AT新1号機の空きソケットに装着。

 これでようやく2本目のPCI-Express x16スロットが使える。

 が、思いもよらない不具合が発生。

 Quadが認識された途端、X-Fiの出音が滅茶苦茶になった(汗)。

 大慌てでCreativeのサイトから最新版ドライバをDLしインストールしたところ、正常に鳴るようになった(安堵)。

 まぁ、Creativeらしいといえばらしい、ひどい話だが最新版で直っているので良しとしておこう。


西暦2008年1月12日 "Physical Processing"

 ASUSTekのPhysX P1 128MB(OEM品)が格安で処分されていたので、深く考えずに何となく購入。

 が、帰宅後AT新1号機に組み込んでドライバをインストールするも、対応ソフトの大半が欧米のFPSゲームで、自分がプレイするようなものが何もないことが発覚(死)。

 所詮、世の中などそんなものである(合掌)。


西暦2008年1月28日 "DVR-215LF"

 ここしばらくの酷使のせいか、時々微妙な挙動を示すようになっていたDVR-A11の代替用として、PIONEER DVR-215LFを購入。

 バッファローブランドのパッケージに入った、SATA接続のモデルである。

 DVD-Rの書き込み速度が最大20倍速に達することが売り文句の機体だが、6倍速以上で焼く気のない私には、その辺は割とどうでも良いことではある。

 むしろ、実用上は書き込み速度の向上よりも読みのスピードアップでベリファイが短時間で終わるようになったことのメリットの方が格段に大きいのではないかと思う。

 フロントパネルデザインが特徴的であったDVR-A11と比較して味も素っ気もないフロントパネルだが、内部のトレイは黒色で成形されており、押さえるべき点をきちんと押さえたドライブであるとの印象を抱いた。

 何より、SATAで直につながるのがこんなに楽だとは思わなかった、というのが正直な感想である。


西暦2008年2月2日 "SC-55K"

 某オークションでPC-9800シリーズ用のMIDIインターフェイスボードであるS-MPU-IINのおまけで、付属品一切無しのジャンク扱いとしてSC-55Kをゲット。

 何故か手元にSC-55mkII用の純正ACアダプタ等があったのでそれにつなぎ、X-FiのフロントベイのMIDI OUT端子につなぎ、シリアル接続にしているSC-88Proと音を比較してみる。

 ・・・曲で対応を指定されている楽器で鳴らすのがベストであることを今更のように理解した。

 要するに、MIDI音源というのはどこまで行っても固有の楽器なのであり、それぞれがそれぞれ固有の「音」を備えていて代わりが効かないものなのだ。

 そう思うと、昨年末に遂に有名無実化したPSE法が最悪の文化破壊をもたらすものであったことが良く判る。

 同法の施行から有名無実化までの間に、オーディオ機器やゲーム関連も含めて、どれだけの貴重な機材が喪われたかを思うと、正直経産省の関係者を並べて銃殺刑にしたい心境であるが、何にせよ正常に動作したのは幸いであった。

 が、その一方でQuad構成にした弊害か、シリアル-MIDI変換ケーブル経由でのMIDI機器動作が特定条件で正常に機能しなくなっていることが発覚(汗)。

 色々試してみたが結局上手くゆかず、これはどうもUSB-MIDI変換機器を購入しない限り解決は望めないようだ。


西暦2008年2月9日 "VDSL"

 ここ数日インターネット回線がつながらず、室内でVDSLモデム周りの配線を交換したりあれこれ試していたのだが、結局らちがあかず、朝一番でUSENのサポートにTELして調査を依頼。

 昼過ぎになって建物の中継器だか何だかに不具合が発見されたため、至急スタッフを派遣し修理を行う旨の連絡を受け、夕方には無事使用可能となったことを確認。

 何がどうなってこのようなことが起きたのかは知らないが、不通期間を通じ、自分がいかにネットに依存した生活をしていたかを思い知らされたことであった。


西暦2008年2月10日 "バックアップ"

 せっかくの連休だというのに、部屋でひたすらHDDのデータをバックアップ。

 全部バックアップしていたら片面1層もので400枚から焼かねばならなくなってしまうので、それなりに選んで取っているが、それでもいつ終わるか知れないというのが辛い。

 こうしてみると2層で50GB、1層でも25GBに達するBDが欲しいところ(実のところ容量あたりのメディアの価格を計算してみると、BD-Rは既に2層DVD-±Rのレンジに突入している)であるが、何分ドライブが高いので当分は手が出せそうにない。


西暦2008年2月14日 "Audigy2"

 諸事情でAT5号機からAudigy2を抜いてENVY24HT-HG8PCIに交換。

 どのみち何を挿していてもSPDIF経由でD-30から音を出すのだから大して変わりはない、という話もあるが、微妙に釈然としない一瞬である。

 一つ困ることがあるとすれば、Audigy2だとドライバレベルで実装されていたDTS-ESおよびDolby Digital EXのデコーダが使えなくなったことであるが、さてどうしたものか。

 ちなみに抜いたAudigy2は勤務先の某氏に売却と相成った。


西暦2008年2月17日 "DVR-212BK"

 先日新品で買ったDVR-215LFの一世代前に当たるDVR-212の黒モデル(中古)が付属品一切無しながら\2,000というステキ価格で売られていたので速攻ゲット。

 当然黒い筐体でしかも2層焼きの出来る光学ドライブの入っていないAT5号機用である。

 これはAT新1号機のトラブルに備えた予備という意味合いが強いが、これでAT五号機でのバックアップ作業もかなり楽になるだろう。

 問題は、いまだに2層DVD±Rメディアの値段が法外に高いことだが・・・。


西暦2008年3月10日 "知られざる雷"

 中古屋でS2663なるTYAN製マザーボードが箱無しI/Oシールド付きで格安販売されていたのでゲット。

 6本のDIMMソケットと2つのSocket 604、それにAGP Proスロット1本と3本の64bit PCIスロットを備え、オンボードでIntelのGbEとTIのIEEE1394a、それにLSI LogicのU320 SCSIコントローラを実装する、拡張ATXフォームファクタの大きな板である。

 店で見たときには気付かなかったのだが、この板、よくよく見ると何かおかしい。

 実は、最初は以前持っていたS2665 Thunder i7505と勘違いしていたのだが、あの板はDIMMソケットが4本しかないし、レイアウトも妙に密度感が高い。そもそもTYANのサイトにはこの型番のマザーボードについての記載が一切無い。

 おまけに、フロントパネル用ピンヘッダが誤挿入防止用スカート付きで囲われていてピンアサインが基板上にシルク印刷されていない・・・そう、実はこの板は、TYANがHewlett-Packardのxw8000というワークステーション専用品としてOEM供給したものだったのである。

 帰宅後、手持ちのメモリ(PC3200 Reg.ECC 512MB×2。書き忘れていたがUnbufferedメモリ専用であったThunder i7505とは異なり、こちらはRegisteredメモリ必須である)やらCPU(ソケット603のXeon 2.4GHz×2)やらグラカ(SPECTRA X20)やらをかき集めて仮組みし、アミバモード(死)でフロントパネル用ピンヘッダをテストし、電源とリセットボタンのピンを探り当てる。

 一応書いておくと、13-14がPower、15-16がResetであった。

 LEDとスピーカーは特に必要を感じなかったので調べていないが、電源をつないで13-14をショートさせると通電し、メモリソケット#1・2に挿した状態(チップセット寄りの#5・6に挿した状態では起動しなかった)で無事POSTをパスして起動した。


西暦2008年3月15日 "2型67号"

 2型67号、思い出したように竣工。

 X-Fi系を中心とするサウンドカード各種や53c1030搭載ものを主体とするSCSIカード、それにS2663のページなど、この約9ヶ月間の間に結構な数のページが増えていたのだが、「今回のお言葉」が思いつかなくて放置プレイになっていた(爆)。

 ・・・というのは冗談だが、それはそれとしても忙しくてこの辺を書き直すどころでなかったのは確かで、当社比最長の更新間隔となってしまったことをお詫びしておく。

 ちなみに、ここ2日ばかりはその前日までの会社での、原稿締め切りに関する企画担当者からの連絡不徹底(死)に起因する、地獄の27時間労働(核爆)の反動で熱を出して寝込んでいて、立ち上がって便所に行くこともままならないような有様であった(合掌)。

 教訓。原稿の締め切りは正確かつ確実に企画担当者に伝えさせよう。でないとこっちが帳尻合わせでひどい目に遭う。

 ・・・というか私、こんな無茶に見合うだけの給料、貰ってないんだけどなぁ・・・(溜息)。企画の連中みたいに手当も出てないし。

 無理の反動で体調崩して休んだりした分だけ勤務評定下がること考えたら、何か馬鹿馬鹿しい気分ですらある。


西暦2008年3月22日 "ジークXeon!"

 S2663をサブマシンに組み込み。

 Xeon 2.8GHz(FSB 533MHz)を2基搭載し、高発熱だが安定性と高速応答性能の双方でPentium III 1GHz Dual + Thunder HE-Slを大きく上回ることを確認した。

 まぁ、さすがに基本アーキテクチャの世代が異なるOpteron系には及ぶべくもないのだが、AGP周りやUSB 2.0インターフェイスの安定性の高さは特筆できる。

 後、一つ褒めて良いのはDIMMソケットが6本あることで、Thunder HE-Slもそうだったが、256MBのDIMMでも1.5GBまで積めるので、手持ちの余剰品を転用する場合には大変にありがたい仕様である。

 これで電気代が大きく増えなければ良いのだが、果たしてそう上手く行くのかどうか・・・。


西暦2008年3月27日 "1TB×2"

 PC内の温度上昇で色々問題が起きていたことから、対策としてメインマシンのHDDのうち、500GBで残っていた2台を1TB 1台で置換。

 当然ながら例によってSeagateのBarracuda 7200.11である。

 これによりデータ系は1TB×2構成となり、従来500GB×4としていたのと比較して発熱が著しく低減された。

 正直に言えばこれでも容量的には充分ではないので、もう1台1TBのドライブを増やすか、それともオーバー1TB級(1.5TB?)HDDが出たところで換装、ということになろうかと思うが、コストでは前者が勝り、発熱では後者が有利となろう。

 まぁ、当分先の話と思うが。


西暦2008年4月15日 "閉店セール"

 USER'S SIDEが本日で閉店ということで昼休みに行ってみた所、店員氏の甘言に乗せられてPCケースを購入。

 ブツはENERMAXのCS-721-B。拡張ATXのマザーボードの入るタイプで、お値段は\2,380だから確かに格安だが、一体どこに使うというのか(汗)。


 さらに某中古屋でZIPPYの600W-SATA IIをこれまた格安ゲット。

 何というかもう1台マシンを組めそうな勢いである(汗)。

 ・・・というような話を深夜、IRCでM君としていた所、彼の弟君用マシンを新規に組むという話で、是非欲しい、とのことで現状のメインマシンのメモリ・CPU・マザーボードと共に譲渡が決定。

 かくして我が家ではろくに使わない内に行く先が決まってしまったことであった。


西暦2008年4月20日 "S2915"

 売却が決定したS2895の後継として、S2915とOpteron 2220、それに2GB×2のPC2-5300 Reg.ECC DIMMを購入。

 実のところこれまでのCPU・メモリ構成からすると半減なのだが、CPUの実クロックが2.8GHz(ソケット940系だと290相当)になっているので、負荷をかけない状態での体感速度は明らかに高い。

 SCSI BIOS関係と拡張スロット構成の相違から、動くようになるまでに大変な苦労を強いられたが、これなら戦えそうである。


西暦2008年4月22日 "クビ"

 上司から5月で正社員としてクビ、以後はバイトとして再雇用、との通告を受ける。

 向こうは何やら耳ざわりの良い、持って回った言葉を使っていた様な気もするが、端的に言えばそういう話になる。

 「蜚鳥盡 良弓藏 狡兔死 走狗烹」という古典的表現をふと思い出したことであった。


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