いわゆる更新記録(靖間 誠PC日記兼用)
西暦2007年1月−3月分
西暦2007年1月1日 “謹賀新年”
新年あけましておめでとうございます。
最近すっかり更新ペースが落ちておりますが、本年もよろしくお願いいたします。
本年最初の訪問先は、真言宗室生寺派摩尼山仏隆寺。
確か20年ほど前、私が中学生の頃に一度訪れた記憶がある寺だ。
あの頃には珍しく、タクシーで訪れたので当時の記憶がほとんど残っていない上、室生寺の五重塔が破損した台風の時にこちらも背後の木々が倒れて寺内社が倒壊するなどしたせいで境内が整理されていて、何というか非常に新鮮な印象の参詣と相成った。
その後、長谷寺と石上神宮を回ってホテルに帰還。
最初、CONTAX T2について色々文句を言っていた父だが、長谷寺(ここで先代のオートボーイに残っていたフィルムが尽きた)で一度ファインダーを覗くと態度は一変、非常に気に入ったようだ(苦笑)。
まぁ、あの機種はAFなど、世間では色々文句を言われている様だが、あれほど簡潔に、そしてあれほど見事に自動化と最小限のダイヤル類によるマニュアル操作を両立させたコンパクトカメラは他になく、シンプルな操作系を何より好む我が父に受けたのはまぁ、当然だろう。
・・・しかし、気に入ったはいいが、その直後からバシバシ撮りまくるというのはどうか(苦笑)。
西暦2007年1月2日 “雨”
本日は雨のため、昼近くまでホテルでゆっくりしてから、雨が止んだのを見計らって近所の国立奈良博物館へ。
春日大社の若宮おん祭に関する特別展であったが、何と言うか今ひとつ感動の薄い展示内容であった。
むしろ、常設の仏教美術展の方が濃密な内容で、そちらに圧倒されたと言うべきか。
しかし、博物館での展示は前にも書いたがまるで剥製か標本か、といった感じで興趣も何もなく、仏像は寺に収まっているのが一番自然なのだとつくづく思ったことであった。
奈良博を出て、興福寺の境内で久々に三重塔を間近で眺めた後、市内で買い物をしてホテルへ帰還。
西暦2007年1月3日 “東大寺”
本日は例年通り東大寺を参詣。
南大門→二月堂→大仏殿というルートだが、足を痛めている母にはやや厳しかった模様。
午後、ホテルをチェックアウトして姫路の実家へ戻り、夕食後姫路のバスターミナルへ。
今回は無事バスに乗車できた(苦笑)。
西暦2007年1月4日 “東京着”
早朝に無事渋谷へ到着。
このバスは目が覚めると旧玉電のルートに沿って走っている、というパターンなので、いつも色々考えてしまう。
渋谷からは、荷物が多く乗り換えが面倒なので、半蔵門線を使って自室へ帰還。
そういえば渋谷駅前で東急デハ5001を切り詰めたなれの果てを見たが、そのあまりの無惨さに涙したことであった。
東急だけでなく、日本の鉄道車両技術発達史上、特に重要な車両の一つであるというのに、何故完全な姿での保存をしなかったのだろうか。
今回の決定を行った関係者の無神経というか無理解(もしかしたら、何か事情があったのかもしれないが)が残念でならない。
西暦2007年1月7日 “火を噴く板”
先日中古で購入し、試験運用を行っていたDK8ESがいきなり火を噴く。
それも、ご自慢のデジタルVRMから(汗)。
・・・もうRIO WORKS / Iwillのマザボは買わん(怒)。
西暦2007年1月13日 “新年会”
本日は川崎でS-FAN OBの新年会。
色々忙しくてぎりぎりのタイミングでの参加となったが、皆さんお元気そうで何より。
西暦2007年1月14日 “機種変更”
3年ばかり使用してきた携帯電話が、遂にアンテナ折損・バックライト死亡・バッテリー寿命による充電不能など危険領域に突入し始めたので、止むなく機種変更を実施。
これまで使用してきたのは三洋電機のA5405SAであったが、今回はSony EricssonのW44S(オリーブ)を選んでみた。
そう、ワンセグ・デジタルラジオ・FMラジオ・着うたフル・PCサイト/PCドキュメントビューアー・317万画素手振れ補正&AF付きデジカメ・FeliCa対応、と現在の携帯で実装可能な機能の大半(無いのは防水系とBluetooth対応くらいか)が満載された現時点でのauのハイエンド端末である。
まぁ、SONYという部分にそこはかとない不安が漂うが、メモリスティックを挿してSonicStage上でATRAC3plusにエンコードした音楽ファイルをクレードル経由でUSBを用いて転送(このあたりのプロセスはまんまiPodだが)すればポータブルオーディオ機器の代わりに出来る、という大きなメリットもあったので、これで良しとした。
ご自慢の2軸関節(これは、もう少しコンパクトに出来なかったのだろうか?)による「モバイルシアタースタイル」も意外に、と言うと失礼かもしれないが便利で、結構実用的にTV放送を観られるのであるが、私にとってはそれよりもむしろメモリスティック(今回は1GB品を購入)によるポータブルオーディオとしての使用の際に、操作性はナニだが音が悪くなかった(しかもフル充電だと丸1日ぶっ通しで再生できる)ことが、一番うれしい誤算であった。
西暦2007年1月15日 “SCSIとSASの共存”
夜中にふと思い立って、手元のストック品のLSI Logic 53C1000搭載カード(PGB129B。富士通/Siemensブランドのロープロファイル品)を、LSI 3041E-RをPCI Expressスロットに挿したままのメインマシンに挿して正常起動するかどうかチェック。
忙しい時の現実逃避であることは自覚しているが、SASだけでは不便であるし、またマザボのBIOSをいつまでも古いままに放置もできないので、高速SCSIカードとの共存の可否を確認しておかねばならないのは確かである。
で、色々スロットを変えたりBIOS設定を変更してみたりしたところ、、マザボのBIOSが最新のV1.04aでも、使わないPCIスロットのBIOSスキャンを殺しておけば共存可能であることが判明した。
ちなみに同様の設定変更等を行ってもASC-29320やASC-39320では何をどういじってもエラーが解消しなかったので、これは朗報である。
そんな訳で、おもむろに同系で上位の53C1020/1030を搭載するカードの調達を算段し始めたことであった。
西暦2007年1月16日 “SCSIとSASの共存2”
昨日のLSI Logic 53C1000搭載カードでの実験結果を受けて、中古でLSI Logic純正のLSI 21320(DELL向けOEM品でCh.Aの内部68ピンコネクタが省略されている)を購入。
Thunder K8WE上で何も考えずにLSI 3041E-Rと2枚挿しにしていると、POST画面で拡張BIOS領域が不足している旨のエラーダイアログが表示されたが、BIOS設定で21320を挿しているスロットと、他の空きスロット全てのBIOSスキャンを無効にし、オンボードSCSIを有効にして、ROM領域の確保方法をいくつか試してみたところ、何故かこのケースに限って共存が上手くゆくことが判明(喜)。
何というか、不可解かつ理不尽な気がするが、恐らくBIOSの内部モジュール組み込み/切り離しの順番が変わって空きメモリブロックの領域が連続して確保できるようになるとか、多分そんな感じの話であると推測される。
まぁ何にせよ、この際とにかく動くのが正義なので、これで良しとしておこう。
そんなわけで久々に富士通MASをシステムHDDとすることにしてOSの新規インストールを行ったが、やはりと言うか何と言うか、システムHDDだけは高回転数のドライブが望ましいことを改めて痛感させられたことであった。
SCSIカードとは別件で、ジャンク扱いのRADEON 9600(256MBモデル)を\1,000で購入。
何しろ値段が値段なので、最悪会社の写真撮影用サンプル扱いでもいいか、などと思いつつ買ったのだが、会社のマシンで動作チェックしてみたところ、あっさり正常動作した(笑)。
RADEON 9600の256MBものは動作クロックが低くて(コア/メモリ:400/200MHz)、世間では地雷扱いされている由だが、それでも64bitアクセスで128MBのGeForce FX5200などよりはマシだろう。
ATiの安物の通弊として、ファンがいかにも耐久性無さ気なのが気になるが、しばらくはこれをzx10のHDAMDに挿して使うこととした。
西暦2007年1月19日 “さよなら、プレクスター”
メインマシンに入れていたPX-712SAが死亡(泣)。
712SA、716A、755Aと立て続けにピックアップ周りでトラブルを出したので、もうプレクの記録型DVDドライブは怖くて普通には買えません。
つーか、あの会社、いい加減レーザーピックアップの供給元変えた方が身のためだと思うがどうか。
後、中国製になってからトラブルの話がやたらと増えた気がするので、それも止めた方が賢明なんじゃないだろうか。
そんな訳で、メインマシンは光学ドライブが2台無いと結構不便なので、代わりにDVR-A11-Jを中古(付属品ほぼ無し)で購入。
だが、よくよく考えたらメインのS2895にはパラレルATAインターフェイスが1chしかなくて、しかもその1chはSuper Disk(LS-120)ともう1台のDVR-A11-Jで埋まっていた(ナチュラルにその事を忘れていた)ので、色々考えて使えなくなったPX-712SAからATAPI-SATA変換基板を引っぱがしてA11に装着してみる。
・・・正常認識された(喜)。
ここで調子に乗って秘蔵のDVR-303S(ファームはVer.1.78に更新済み)を引っ張り出し、LSI21320のA.chの外部コネクタ経由で接続し、初めて書き込んでみる。
・・・おお、書き込み速度は激烈に遅い(何か2倍速が出ていない(汗))けど、高速にマウントされる綺麗な焼き上がりだなぁ。
何しろこれは替えが利かないので、おいそれとは使えないが、ここぞ、というところでは役立ちそうな感じである。
でも、もう1,2台欲しい感じだなぁ、これ。
西暦2007年1月20日 “偶然の一致”
昨日プレクスターの件を書いたが、IRCの某チャンネルで後輩のM君と話していたら、丁度今日、シナノケンシが光学ドライブ事業の縮小を決め、希望退職者を募ることとした、というニュースがあったことを知らされる。
偶然とは恐ろしいものだが、ここしばらくのプレクスターを取り巻く状況はどんどん悪化していたから、この報道自体には何ら不思議はない。
だが、「グローバル化を進める一方で、国内生産にこだわってきたが、企業の存続と成長に力点を置かざるを得ない」という社長の発言はどうだろう。
PX-7xx型番の同社製ドライブの大半が「Made in China」だったことは否定の余地のない事実で、「国内生産にこだわって」いた形跡はカケラも見当たらなかったのだが。
まぁ、それでもクオリティが維持できていれば問題にならなかったのだが、PX-712A以降の自社オリジナル設計ドライブであれだけトラブルが頻発すれば弁解の余地もない。
3世代の同系製品で、それも恐らくは同根のトラブルが購入から半年以内に(大して使っていないにもかかわらず)発生、というのは論外である。
そもそも、極端な個体差が同一ロット内で確認される、という段階で品質管理に致命的な問題があるか、それとも個体差の原因となる部品の設計・製造に何らかの欠陥があると考えるべきで、それを放置した時点でプレクスターブランドの失墜は既定の未来となっていたと見るべきだろう。
何にせよ、これは「起きるべくして起きた事態」である、というのが私の感想である。
西暦2007年1月22日 “インフルエンザ”
土・日と体調が加速度的に悪化してどうもおかしいと思っていたら、インフルエンザA型に感染していたことが発覚。
かかりつけの内科の先生曰く、「(試薬の試験紙を示して)コントロールラインより先にA型のラインがくっきり出ているから、これは強烈だねぇ」と。
・・・昨晩体温が39℃になった段階で疑うべきだったんだろうが、その時にはもうマトモに起き上がることさえ出来ず、手遅れという始末であった。
というか、昼前に体温が少し下がってようやく動けるようになった段階でも、まだ体温が38℃オーバー(これを書いてる午後11時現在でさえ、37℃以上ある)で、自室から200mと離れていない内科まで出向くのが困難だったわけだが。
西暦2007年1月23日 “インフルエンザ2”
本日もインフルエンザでダウン。
とにかく喉が痛いのと鼻水が滝のように流れ出るのには参った。
事実上外出禁止に近い状態(うっかり出社すると社内その他に全開でウィルスをばらまくことになる)なので、病院で処方された薬を飲んでおとなしく部屋で寝ていたのだが、とにかく無闇やたらと喉が渇く。
幸い、最近は伊右衛門の2リットルボトルを箱買い(結果的にこれが一番安くつく)して常備しているので飲み物には不自由していないが、こんなにハイペースで飲むのは夏の一番暑い時期以来か。
西暦2007年1月27日 “インフルエンザ3”
ようやく体調が改善。
25日から無理をして出社したが、無理しない方が正解だったかも知れない。
結局今日は丸一日寝て過ごした。
西暦2007年1月29日 “下痢”
尾籠な話で申し訳ないが、何ぞ食物が当たったのか、凄まじい下痢に襲われた。
あるいはインフルエンザで極端に体力を落としていたことも一因かも知れないが、とにかく臓物が裏返って出てしまいそうな勢いで胃や腸の内容物が下り続けた事であった。
正直、便座に座り続けること連続で2時間以上、トータルでは4時間近く、その間断続的に出るので怖くて便座から離れられない、というのは全くの悪夢であった。
結局全部出尽くして漸く落ち着いたが、その後も何か口にする度に腹が不調を訴える有様で、出社どころの騒ぎではなかった。桑原桑原。
・・・でも確か、今夜Vista発売イベントがあったんだよなぁ・・・。
西暦2007年1月30日 “Vista”
世間ではWindows Vistaが発売されたらしい。
最近、仕事で製品のVistaのロゴ取得のためにVistaを使っているので、今更、あるいはようやく出たのか、という感があるのだが、ともかくこれで漸く各種デバイスに対応するドライバ類の提供が本格化するのはありがたい。
まぁ、ウチのメインマシンの場合はPhase 24FW用デバイスドライバが提供されるまでは入れられない(現状、このマシンには他にサウンドデバイスがない)ので、とりあえずそれ待ち、という感じなのだが、一応性能面ではインストール可能な状態にはしてある。
むしろ問題は、32bit版にするか64bit版にするか、ということなのだが・・・。
西暦2007年1月31日 “書き込み速度”
メインマシンに2台入れているDVR-A11-Jの書き込み速度に大きな差があることが発覚。
そこで理由を調べてみたところ、どうやらATAPI接続の方はスレーブでぶら下がっているLS-120ドライブが足を引っ張っているらしいことが判明。
最近はATAが1系統しかない板が増えているが、こういう事になるので正直結構不便である。
LS-120ドライブを手持ちのUSB接続外付けモデルに換えてしまう、というのも1つの手だが、USBにするのは色々抵抗がある(CPU負荷とか馬鹿にならない)ので、ここはやはりA11を2台ともSATAに変換するのがベストな気がする。
問題は、A11でちゃんと動くATA-SATA変換基板が入手可能かどうかということなのだが・・・。
西暦2007年2月4日 “入れ替え”
諸事情で、zx10の中身をAT4号機のものと入れ替え。
これは常時稼働のファイルサーバ状態のマシンだが、使用状況を勘案すると、CPUパワーその他が過剰で消費電力も過大であると判断した。
まぁ、入れ替え後はちとCPUパワーとメモリ量が不足気味な気がする(何しろPentium III 800EBMHz Dual + RAM 768MBだ)が、マザボ(S2567U3AN Thunder HE-SL / TYAN)が元々サーバ用のチップセット(ServerSet III HEsl / ServerWorks)を積んでいる板なので、ディスクアクセス関連の性能については不満はない(そのために64bit 66MHz PCI接続のGbEやSATAカードを挿してもいる)。
問題はグラフィックカード(Fire GL4 / ATi)のシロッコファンが激烈にうるさいことと、2系統あるDVI-Iコネクタが正規のドライバを入れた状態でも液晶ディスプレイ(VL-202VH / 富士通)を認識してくれないことだが、構造上どうにも出来ない前者はともかく後者については、CRT(CV721X / TOTOKU)の方が見えているので、とりあえずこれで良しとしている。
無論、デュアルディスプレイの広さに慣れてしまった昨今、シングルディスプレイはいざ使うとなると非常に不便なのだが・・・(苦笑)。
西暦2007年2月11日 “母からの知らせ”
実家の母から、PCが故障したとの電話を受ける。
症状を聞く限り、どうも電源かメモリの問題っぽい。
流石に中を分解しての組み直しや、POST画面でのBIOS設定を電話口での指示だけでさせるのは無理があるため、本体を丸ごとこちらに送るよう指示。
実は先日、TYANのS2865G2NR Tomcat K8Eを自分で使うつもりで確保したばかりであったのだが、まるでそれを察知したかのようなお電話であった(汗)。
とりあえず、トラブル予防ということで、マザボとDVDドライブ(GSA-4082B→DVR-A11)は入れ替えることとしよう。
・・・それにしても、何でこんなに贅沢なマシンになったのやら(苦笑)。
西暦2007年2月12日 “飯炊き”
実家から送ってもらった電気釜で、初めて飯炊き。
PCの稼働中でブレーカー落ちがちと怖かったが、幸いそのような事にはならずに済んだ。
これまで2年以上、よくも外食やホカ弁だけで済ませて来たものだが、これまで家で飯を炊くような精神的余裕がなかったのも確かである。
まぁ、だからと言って今、精神的に余裕があるわけでは全くないのだが・・・(苦笑)。
西暦2007年2月13日 “Thunder 2500”
中古屋で付属品ほとんど無しのS1867DLU3AN Thunder 2500が無保証無確認の格安で転がっていたので保護。
・・・まぁ、史上希に見る難物なので、その扱いも致し方ないか。
とりあえず、帰宅後色々挿して試したところ、最初はいい加減に組んだのが悪かったのか起動しなかったが、その後色々いじって生存を確認。
最初は脳内で某コミックの王大人が「惨堕亜弐千伍百、死亡確認!!」とやけに力強く宣告するシーンが繰り返し再生(滝汗)になっていたのだが、気を取り直し然るべき部品を集めて組み直すと、POST画面が正しく表示された。
ちなみに、同系のS2567U3AN Thunder HE-SLの場合、Quadro 4 980XGLを挿すと何故かオンボードSCSIやストレージ系拡張カードのディスクBIOSを全部無視するという恐ろしい現象が発生していたのだが、幸いというかこちらのBIOSではそういう事は無いらしく、Quadro 4 980XGLでもオンボードのLSI Logic製53C1010-33のBIOSメッセージが表示され、デバイススキャンが開始された。
これは正直今時のハードではないし、AGP周りが最悪の出来なので実用性には正直疑問符が付く(ついでに、MADPを用いてメモりソケットを8本に拡張しつつAGPも使えるようにするという欲張りな仕様が祟ってか、インターリーブアクセスの割にはメモリアクセスもHE-SLより遅い)が、液漏れで破裂した粗悪ケミコンを自力交換させられた、凶状持ちのSUPER PIIIDMEよりは確実にハードウェアとしての出来も格も上だし、ウチの使用状況では、PenIIIのSlot1仕様の1.0BGHz版が2つ手に入るならば、という但し書きは付くがQuadro4がマトモに使えそう(それでも、Windows 2000が起動されるまでは信用できない)な分、Thunder HE-SLよりも幸せになれるかも知れない。
無論、Titan Pro ATXやThunderbolt、それにThunder HE-SLなどと同様、他の追随を許さない素晴らしい仕上がりのハードと常にユーザーの予想の斜め上を行く挙動を示すステキな出来のBIOSの極端なアンバランス故に溢れ出す愛が止まらない(ヲ)、TYAN製デュアルCPU対応マザーボードのコレクション(爆)という意味合いの方が強くはあるのだが(苦笑)。
とりあえず、後はThunder K7XとThunder i7525あたりが欲しいが、本当は銭さえあればソケットF系の大本命、S2915WA2NRF Thunder n6650Wが新品で欲しいところではある。
・・・まぁ、例によってそんな銭はどこをどうひっくり返しても湧いて出てきそうにはないのだが(汗)。
何はともあれ買ったThunder 2500が正常動作して良かった、ということで一つ。
西暦2007年2月14日 “It's not Thunder 2500, but zx10!”
昨日の続き。
S1867をAT4号の筐体に組み込んで、CPU:Pen III 450MHz Dual、RAM:PC100 Reg.ECC DIMM 128MB *2 = 256MB、電源:SP-401RAという構成にして一通り動かせる状態にしてから色々チェック。
ここで昨日の内容に誤りがあった事に気づいたので訂正しておく。
このボード、何かやけにあっさりグラカを認識しておかしいなぁ、と思っていたら何のことはない、BIOSがThunder 2500用のTYAN謹製版ではなくVer.1.08.01、そう、SGI zx10用の現状最終版BIOSが書き込まれていたのであった。
つまり、Quadro4 900XGL(980ではなく900。これも訂正しておく)で普通に動いたのは、TYANがBIOS修正で対応した訳ではなく、Intergraph→SGI側の努力の成果であったということである。
西暦2007年2月17日 “Dual×Dual”
色々考えた末、Opteron 248を2基とSASのHDDとインターフェイスを売却し、Opteron 275を2基購入。
結果的にほぼ等価交換ということになったが、ともあれこれでメインマシンを最近はやりのQuadコアマシンにするか、あるいは2基を2台に割り振って、Opteron 248デュアル相当のCPUを1基搭載するマシンを2台にするか、の選択が可能になった。
ちなみにThunder K8WEに275を2基とも搭載した場合の体感速度だが、正直言って248を2基搭載していた時と通常はあまり変わった気がしない。
理由については色々考えられるが、この感じだとWindows VISTA導入までは275を1基搭載にして、もう1基をHDAMDに挿して使うのが経済的な気がする。
無論、275がもう1基あればこちらはそのまま使用するのだが(苦笑)。
西暦2007年2月20日 “罠”
HDAMDにOpteron 275を挿して動かしてみたところ、BIOSがこのCPUを知らないという警告が出ることが発覚。
Iwillが販売していた同型機のDK8NではOpteron 275への対応を明記したBIOSがRev.1.11として公開されているが、RIOWORKSのサイトではRev.1.10で止まっていた(怒)。
恐らくDK8N用を書き込んでも問題ないとは思うが、RIOWORKSのこの辺のサポートの悪さは何とかならないものだろうか。
西暦2007年2月21日 “RIMM”
色々あって、Thunder i860+専用電源を搭載するHewlett Packard x4000が復活。
Xeon 1.7GHz x1搭載でグラフィックはQuadro 4 900XGL 128MB、RAMは1GB実装、HDDはオンボードSCSIで18GB+SATA2RAID-PCIXでSATA 250GB+320GBというなかなかにアンバランスな仕様で、DVR-A11を内蔵しようとしたらフロントマスクとベゼルが干渉してトレイが出ない(死)事が発覚し、内蔵を断念せざるを得なかった(合掌)。
何しろCPUがプアなので少々悲しいが、これはそのうち強化の予定である。
もっとも、そうは言ってもRIMM搭載機種の一つの到達点であるマシンだけにそれはそれで実用になるのも確かで、当面はこれをサブマシンとすることになりそうである。
西暦2007年2月22日 “勇気と信念の命ずるところ、心のトリガーを引け!”
という訳で「童」のドリームキャスト対応シューティングゲームである「トリガーハート エグゼリカ 初回限定版」を購入。
実は私にとって初めて買う新品DC用ソフトである(爆)。
今時、DCでゲームを出すその漢気に心打たれて購入したが、いざ始めてみると、ゲーム本編以外の部分が微妙というか何というか(汗)。
ゲーム本編の出来は大変に満足のいくものであっただけに少々残念だが、これは発売されたことが奇跡なので、何も言うまい。
西暦2007年2月24日 “2.2GHz”
色々動かしてみて、Xeon 1.7GHzはどうにもならないと判断したため、Xeon 2.2GHz x2を購入。
Hyper Threading機能搭載のソケット603用だが、Windows 2000使用のため、論理・物理共に2CPしか認識せず、HT機能は無効化して使用することとした。
とりあえず、挙動が現金なくらい露骨に変わって快適になったが、流石にこの石のためだけにOSをXPにアップグレードする気にはなれないなぁ・・・。
西暦2007年3月6日 “暴走”
今頃、何故か「魔法少女リリカルなのは」にハマる。
何故かは判らない。
が、ハマってしまったものは仕方ないのである(合掌)。
とりあえず、 バルディッシュが“Yes,sir!”と言う度に「違うだろ、そこは“Yes,ma'am”だろ!」と説教したくなる今日この頃(ヲ)であるが、それはそれとして、直球ストライクである。
4月からは新作続編がスタートとのことであるが、独立UHF局系なので現状のウチの部屋では視聴出来ないのが結構つらいかも知れない。
西暦2007年3月17日 “蘇るPC-9801伝説永久保存版 第2弾”
例によって森瀬君のつてで昨年秋から密かにお手伝いしていたASCIIの98本IIこと“蘇るPC-9801伝説永久保存版 第2弾”の見本誌が届く。
ナニをどうお手伝いしたかは秘密(禁則事項です(ヲ))だが、本業多忙と病気が重なって満足とは言い難い仕事となってしまったのが少々心残りではある。
なお、この本は3/26発売予定で、24・25日には秋葉原と日本橋でイベントも開催されるそうなので、興味のある方はご覧頂きたい。
p.s.この本では違う名前を使っているが、正体探しなど野暮なことはしないように。
西暦2007年3月22日 “2型65号”
2型65号、今更の様に竣工。
本当は昨年のクリスマスに更新予定だったのだが、Windows VISTA発売前の本業超絶多忙やら何やらでずるずる遅れてこのような仕儀と相成った。
主な修正点はもはや忘却の彼方だが、とりあえず下津井電鉄関連の項目に少々手を入れたのと、PC/AT互換マザーボード関連でDK8ESとHDAMDを追加したのは確かである(汗)。
西暦2007年3月24日 “Phase24FWの蹉跌とSoundBLASTER X-Fi Xtreme Gamerの勃興”
メインマシンにつないで愛用中のPhase24FWの最新ドライバ(Windows VISTA(x86/x64)にも対応した)が公開されていたので、インストールしてみる。
・・・何故インストール途中でインストーラがエラーを出して転ける(汗)。
一応、ドライバ本体は正常に組み込まれるのだが、コンパネのミキサ設定が使えないので、ASIOのレイテンシ設定とかが出来なくて実用に耐えない(死)。
で、困って旧バージョンに戻そうとしたが、今度は旧バージョンのインストーラが既存ドライバの除去で固まってしまい、インストールが出来ない(涙)。
これではとても使えないので困って夜の秋葉を巡回していたところ、某99の中古コーナーでSoundBLASTER X-Fi Xtream Gamerを見かけたので、ついカッとなって購入(爆)。
が、帰宅後このカードのブラケット面には同軸SPDIFコネクタが用意されていないことを知り、途方に暮れる。
幸いなことに、基板面にSPDIF I/Oモジュールに接続するためのピンヘッダが備わっていたので、あれこれ調べて手持ちのMPACTカード(核爆)用ブラケット経由でD-30に接続することに成功した。
肝心の音質だが、ビットアキュレートモードでASIO出力の場合、私が触ってきた歴代Creative製品で初めて、及第点の音が出てきた。
とりあえずASIOの音がマトモになってくれたのは幸いであるが、デフォルトだとやっぱりいつも通りの籠もりまくりなCreativeクオリティなのはどうか(滝汗)。
なお、SPDIF I/Oのピンヘッダの配置(推定)は以下の通り。
1:+5V
2:No Connect
3:Ground
4:Ground
5:SPDIF In
6:Ground
7:Ground
8:Ground
9:SPDIF Out
10:No Connect
つまり、SPIDF Outを使用したければ9番と7番か8番を引き出せばそれで済む訳だが、左右を間違えて1番を引き出すと、このカードか接続先の機器が焼損する危険があるので特に注意されたい。
念のために書いておくと、この+5Vは光出力のレーザー発振用で、同軸だけ使う場合には一切接続する必要はない。
一応、この表に従って作業する際は自己責任ということでヨロシク。
西暦2007年3月30日 “CSAP-1680U2W”
T-ZONEでCenturyのCSAP-1680U2Wがジャンク扱い返品不可で処分価格にて販売されていたので購入。
InitioのINIC-1060Pを搭載するUltra 2 Wide SCSIカード、と書けばその理由は容易に推測していただけよう(苦笑)。
ちなみにこのカード、開封して現物を見て初めて気づいたのだが、ウチで長らく名称不明としてきたINIC-1060P搭載カードと全く同一設計であった。
なので取り急ぎSCSI-68-PCIとして来た項目を修正した。
西暦2007年3月31日 “地獄巡り”
某社に就職して茅ヶ崎にやってきた後輩のU君に、同じく後輩のM君と共に会う。
元気そうで何より。
その後、秋葉の各所を巡って3人それぞれ色々買い物。
U君は富士通のVL-201VH(20インチIPS液晶ディスプレイ)を、M君はスピーカースタンドを、そして私はDigitalCowboy(大陸志向)のPCI Express to PCI変換アダプタであるDCT-FUTA1(通称“フタ”)をそれぞれ購入した。
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