いわゆる更新記録(靖間 誠PC日記兼用)
西暦2004年1月−2月分
西暦2004年1月2日 “謹賀新年”
新年明けましておめでとうございます。
本年も当サイトをよろしくお願いいたします。
という訳で今年は1日早く奈良から戻ったので、いきなりの更新である。
もっとも、PC-9800シリーズ遍歴を少々いじっただけなのだが・・・(苦笑)。
ちなみに今年の奈良は元日は明日香路を回って、岡寺と飛鳥寺、それに亀石・酒船石・亀型石造物を拝観/見学し、今日は東大寺二月堂・大仏殿・興福寺国宝館を拝観した。
流石に30年も通うといい加減ネタ切れ気味だが、それだけに何度通っても飽きない興福寺国宝館の凄さを思い知らされる(苦笑)。
十大弟子立像や八部衆立像といった天平の乾漆仏もさることながら、天燈鬼・龍燈鬼をはじめとする鎌倉仏の数々のあの表現の見事さは驚異的という言葉ですら陳腐に感じられる程で、当時の南都仏師達の技量や人間洞察の凄まじさには只々感嘆するばかりである。
だが、それらの興福寺由来の仏像群ですら、半ば溶け落ちた旧山田寺仏頭の若々しさと神々しさ、それに力強さが併存した白鳳期特有の流麗かつ量感溢れる造形には一歩譲る(無著・世親立像という世界の肖像彫刻史上でも間違いなく十本の指に数えられる大傑作がこの寺には伝わっているが、これらは北円堂の脇侍なので通常は国宝館では見られず、故に今回はこれを除外して語っている)所があって、期間が非常に短く、しかも現存する作例が僅かしかない(私が過去に拝観した範囲で言えば、元日の岡寺の如意輪観音(塑造)、蟹満寺の釈迦如来像(銅造)、薬師寺の薬師三尊像(銅造)、同じく薬師寺東院堂の聖観音像(銅造)、法隆寺の観音菩薩立像(夢違観音:銅造)、当麻寺の弥勒如来像(塑造)それに深大寺の釈迦如来像(銅造)程度でしかない)白鳳仏の凄さを改めて確認した事であった。
実のところ、技術面では稚拙な部分が幾らか見受けられるのだが、その稚拙さを全く意に介させないのが白鳳仏の真に素晴らしいところで、技術とセンスは別物であるという事が良く分かる。
無論、天平仏には天平仏の、鎌倉仏には鎌倉仏の良い所がある訳だが、興福寺の真に凄いのはそれら仏教彫刻がピークを迎えた三時代それぞれの優品を保有していて比較可能であるという、正にその点にこそあるのかも知れない。
西暦2004年1月3日 “実メモリ増量の損得”
小原 丈治氏と仰る方(そういえばお返事のメールでうっかり「はじめまして」等と書いてしまったけど、この方、以前にもメールを下さっていたのだった(汗))から、PC-9800シリーズ遍歴のRvII26の項で440FXチップセットのメモリ上限512MBとあるがIntelのデータシートでは1GB上限と書いてある、とのご指摘を受ける。
・・・・・・全くその通りであります(謝)。
という訳でRvIIのページの当該部分を大慌てで修正。
新年早々早速のポカミス(430HXと混同していた)でアレなのだが、お詫びし訂正させていただく。
また、氏からは
また、いかにChanpion1が1Gのメモリをサポートしていても、Klamathは512M迄しかL2が効きませんのでRvIIにおいてはあまり意味が無いのではないでしょうか?
というご指摘も頂いたのだが、これについては私の見解はちょっと違うので、ここに記しておこう。
L2Cのキャッシュレンジ問題は430VX・TXあたりで顕在化したが、この時は当該チップセット(Pentium系のCPUは一般にチップセットがL2Cを制御する)のキャッシュレンジ上限が64MBという小容量だった為に深刻化した嫌いがあった。
まぁ、Windows 9x系でも64MB以下だと実用上使い物にならず、システムだけで64MB以上占有してしまうという有様だった(あの頭の悪いVCACHEを手動設定で容量制限しても、だ)から、キャッシュされるべきコードがオーバー64MBの領域に置かれる可能性は充分過ぎる程あって、それがパフォーマンス低下に直結していた訳だが、KlamathコアのPentium II搭載マシンにおけるメモリ512MB〜1GB実装(RvII26だと528/544/576/640/768/1024MBが可能)の場合、Windows NT4/2000ならばよっぽど間抜けな事をしない限りシステムメモリで常時256MB以上消費する事はありそうにない(別のマシンの話だが、XPでカーネルを実メモリ上に常時置く設定にしてあっても150MB程度しか使っていない)から、L2Cキャッシュレンジの512MB上限がシステムパフォーマンスに与える影響はかなり少ない(無論ゼロでは無かろうが、一般にプログラムは低位アドレスから順番にロードされる事を考えると、キャッシュレンジ外の領域がキャッシュ対象となるべきコードの格納に利用される可能性はかなり低いのではないかと思う)と見るべきであろう。
もう一つ言えば、メモリは例えL2Cのキャッシュレンジ外で応答速度が遅くても昨今のハードディスク(最新の15,000rpm級でもメモリのアクセススピードには勝てない)よりは余程高速だから、仮想記憶領域との読み書きの頻度を減らす事だけが目的であったとしても、キャッシュレンジ外となる512MB以上の領域にメインメモリを搭載するメリットは充分過ぎる程あるという事になる訳だ。
この辺については複雑な要素が絡み合っているので迂闊な事は書けないのだが、少なくとも私はL2Cレンジ外領域への実メモリ搭載には意味があると考えている事をここに表明しておく。
西暦2004年1月4日 “お籠もり”
本日は一日中家でお籠もり。
なすべき仕事を順次消化していたら自然にそうなった。
ま、寒いし結構忙しいし外出する用事も無かったから、それでOKと言えばOKだ。
そういえばクリスマス前から今日までのアクセス量急増にはちょっと驚いている。
サイトの構成変更でカウンターのあるインデックスページを通過する人数が実態に近くなったのが原因だと思うが、これが原因であったとするなら、これまでのカウンタ計測は信頼性が低かったという事になるな(苦笑)。
無論、年末年始にアクセス量が多少増えるのは毎年の傾向なので、その辺はさっ引いて考える必要があろうと思うが。
そういえば昨日書いたL2Cキャッシュレンジ外のメモリ増設の効能の話だが、そのレンジをフォローできてしかも確実に効能が得られる使途が一つあった事を思い出した。
RAMディスクである。
Windows 9xにRAMDRIVE.SYSと呼ばれるDOS用デバイスドライバ形式のRAMディスクドライバが存在した事をご存じの方も多いと思うが、アレはHIMEM.SYS+EMM386.EXEの仕様上の制約から32MB上限で実用性が低く、結局ほぼ忘却の彼方に旅立ってしまった様な代物で、更にNT系にはそもそもRAMディスクドライバが標準で用意されていなかった事もあって、近年RAMディスクが話題になる事は(HDDの性能差を計測結果から排除する必要性故に必要とされた)GbEのベンチマークテストぐらいしか無かった。
ところが、探せばあるもので、えらー15(大久保 秀昭)氏(氏のサイトはここ)の作られたERAM for WindowsNT/2000/XPというNT系OS各種に対応するRAMディスクドライバが存在する(シェアウェアも含めると他にもいくつかある)事が判った。
仮想記憶の代用にメインメモリによるRAMディスクを使用する(例えばRAM 1GB搭載のRvIIで上位の512MBをRAMディスクに割り当てて、このドライブの全容量を仮想記憶に使用する)というのは非常にナンセンスだと思うが、RvIIをサーバとして運用するに当たってL2Cキャッシュレンジ外の512MB空間にメモリをフル実装し、そこをテンポラリファイル用のRAMディスクとして割り当てる、という考えは悪くないのかも知れない。
まぁ、我が家のRvIIの場合、現状ではRAM 256MB実装なのでこの考えを試してみる事は出来ないのだが(苦笑)。
西暦2004年1月7日 “2型48号”
2型48号竣工。
主な変更点は、“Graphic Acceralator についての逡巡”に“Revolution IV 16MB SDRAM AGP”(実は昨日買った)の項を、“音の源へ”に“Sound BLASTER Live! Value(CT4830)”の項をそれぞれ新規追加した他、色々あって(経緯は本文をご覧頂きたい)“高架線計画”の内容を削減した。
まぁ、人生色々である(苦笑)。
西暦2004年1月8日 “Chanpon3、3枚目”
Chanpon3-PCIを中古で発見し、保護。
同じモノを3枚も買うというのは如何なものかと自分でも思うが、現用中のFW-6400GXR/150/WSの様にサウンドもLANもオンボード搭載していないのにバスマスタ可能なのPCIスロット本数が4本限定という様な古い仕様のマザーボードを搭載したマシン(無論PCIスロット本数そのものが1〜3本しかない98も当然に含まれる)を複数抱えていると、この種の複合カードの利用価値は非常に高くなるので、出物があって予算の都合が付く場合には自動的に購入する事になってしまう(汗)。
只、今回残念だったのはCバス変換金具と専用6ch出力ケーブルが付属していなかった事で、今回のはFW-6400GXR/150/WSに挿してサウンドは殺す予定(この場合はU2W-SCSI(それもリピータによるLVD-SE分離でSE・LVD機器の混在でもLVD側の性能が低下しないという理想的な仕様のもの)とUSB 2.0が1枚のカードで済ませられる事に意義があり、貧弱なCMI8738には全く期待していない)だからこれらが欠品でも良しとしたが、98に使うつもりで(それもアナログサウンド出力を使用するつもりで)これを探していた人がおられてこれを(私より先に)店の棚で見つけておられたとしたら、かなり悔しい思いをしつつ購入を見送られたのではあるまいか(合掌)。
何が悔しいと言って、自分に必要な付属品の欠けた中古品の出物ほど悔しいものは無い。
そんな訳で、これをお読みの諸氏で、もしこれから当該製品を中古屋に売却される方がおられるならば、極力付属品を揃えて売却して頂きたい。
殊にCバス変換金具はAT互換機では完全に無用の長物故に捨ててしまいがちだが、これが必要な人間がまだこの世には存在している事は覚えておいて頂きたい。
西暦2004年1月9日 “外れロット”
こないだ買ったPX-W8220T(TLA#0201)を分解してみる。
TLAナンバーでお気づきの方もおられるかと思うが、これはいわゆる「外れ」ロットのW8220Tで、搭載チップが「当たりロット」のLC895926 RC8ではなくLC895926 SB3となっており、SafeDisc2系が生焼けになってしまう事で知られている一品である。
それは承知で買ったものなのだが、こうして分解して実際にその型番を確認すると、ちょっと悔しくはある(苦笑)。
で、W4220T(これはロットに関わりなくLC895926 RC8が搭載されている模様)とかR820T(これもロットに関わりなくLC895926 RC8が搭載されているらしいが、ロットによっては焼き速度の制限が存在する)と見比べる内に、ふとこのLC895926 SB3を引っ剥がして、そこに某不人気ドライブ(RAW焼き未サポートでSD2系不可なので中古で時々見かける)から引き剥がしたLC895926 RC8を積んだら幸せになれるのではないか・・・等と殆ど妄想に近い想念が浮かび上がってきた(汗)。
・・・いかんいかん、折角マトモに動くCD-Rドライブなのにナニ考えてるのやら。
人間暇だとろくな事を考えないという見本の様な話であった(苦笑)。
西暦2004年1月10日 “キーボード”
某IRCチャネルで話していて、キーボードの配列が話題になる。
薙澤の人は98配列(PK-KB002・PK-KB011)/カナ打ち/ATOK、HorkWind君は98配列(PK-KB011)/ローマ字/ATOK、そしてM君は5576-A01/ローマ字/ATOKで、私を含め全員がATOKユーザーという事が判明。
98配列使っている2人は元々98使いだから仕方ないのだが、ここで自分を省みてちょっと頭を抱える。
・・・今この部屋で動いてる5台+別室の1台、全部違う配列だ(大汗)。
ちなみに内訳は以下の通り。
PC/AT新1号機:IBM 5576-001(独自配列124キー)
PC/AT新2号機:SMK-8851(Windows標準配列109キー)
PC-9821RvII26/N20:PC-9801-114 PC-PTOSキーボード(N5200互換配列119キー)
PC-9821Ra300/M40:PC-9801RA2付属(PC-9800標準配列106キー)
FM TOWNS II Fresh・E:FMT-KB107(FM TOWNS/FM-R標準配列(テンキー・ALTキー有)124キー)
X68030:X68030付属(X680x0標準配列113キー)
全機種ともローマ字入力、68以外はATOKがIME(68は標準のAsk68k Ver.3)でキー配列の基本はJIS準拠という点では揃っているのだが、困った事に各種制御キーや特殊キー等の配置がバラバラで、98に至っては同一規格なのにわざわざ違う配列のキーボードを接続する、などという阿呆なまねまでやらかしている(汗)。
この辺は何をつなぐにしても結局やる事は変わらないのと、そもそもPC本体の規格の相違故に同配列のキーボードが存在しない/同型を買い揃えるという発想が無い(それ以前にAX配列や5576-001/002の様に買いたくとも同じ配列のキーボードが買えない事もかなり多い(脂汗)。また、PC-98については同型で揃えられない事も無いのだが、並べて使っていて取り違える事故が頻発したのであえて別配列にしたという経緯がある)事にその原因があるのだが、入社試験とかでWordの入力能力テストをさせられる場合などにはMS-IMEで5576-A01(あるいはその拡張版である109/112キー)配列、しかもタッチの良くない安物キーボード(誤解を承知であえて書けば、往年の5576-001/002やPC-9801-114などと比較すれば、今のメーカー製PCの付属キーボードなど殆どゴミみたいなモノである)での入力を要求されるので、その際にはかなり難儀をする羽目になってしまう(爆)。
・・・まぁ、今時例えば5576-001を社内のPC用標準キーボードとしている会社があるとはとても考えられない(笑)ので、この点で異議を唱えようとは思わないのだが(苦笑)。
西暦2004年1月11日 “CPU負荷”
Windows XPでTMIDI Player(Version 3.8.6)を使ってVSC-MP1のソフトシンセを再生すると、スキップとか曲の切り替わりでシステムがリセットされるというトラブルが発生し、かなり悩む。
TMIDI Playerが原因かと思ってkbMedia Playerでやっても(発生確率は減るが)やはりリセットされるので、どうやらVSCとWindows XPの相性、あるいはVSC+Audigy+Windows XPという環境で発生する複合的トラブルではないか、との結論に至った。これは、Windows XPではS-YXG50 Version 3.0がインストール出来ない(というか入れたらシステムが即死する)という前例があってソフトシンセのドライバフックに必要な部分の仕様が変わっていると考えられ、またソフトシンセを備えるAudigyのドライバがXP対応になる時もWindows 2000版のままでは済まなかったらしい(YMF-7x4のドライバも色々トラブルが出る)という話があった事から、恐らくVSCとAudigyの内蔵ソフトシンセが干渉/競合しているのが原因と判断したものである。
で、解決策についてなのだが、考えられる対応策は以下の通りである。
1:Windows XPでAudigyを挿したまま、別のソフトシンセを導入する。
2:Windows XPでAudigyを挿したまま、UM-1/UM-2等を買い足してSC-88VLでMIDIデータを再生するようにする。
3:Windows XPでAudigyを抜いて別のサウンドカード/オーディオカードを挿し、VSCを使用する。
4:Windows XPでAudigyを抜いて別のUSBサウンドユニットを導入し、VSCを使用する。
5:Windows XPでAudigyを挿したまま、素直にAudigy内蔵ソフトシンセを使用する。
6:Windows 2000に戻してAudigy+VSCを使用する。
まず、1:は要するにS-YXG50 Ver.4等を導入するという事だが、S-YXG50 Ver.4はダウンロード販売がいつの間にか始まっていつの間にか終了していた(死)ので、Herculesのサウンドカードを買う(実は同社だけがWindows XP用にバンドル版S-YXG50 Ver.3→Ver.4アップデータを無償提供している)か、YAMAHAのUSBサウンドユニットであるUW-10を買う(この機種にはS-YXG50 Ver.4がバンドルされている)位しか入手手段が無いし、他の市販/フリーのソフトシンセで満足のゆくレベルでGSやXG対応データを再生出来るものは知らないので、その辺に難がある。
次に2:はSC-88/-88VL対応GSデータの再現性が完璧(何しろ実機だものな(苦笑))で、必要な資金も僅か(UM-1をもう1台用意するだけなら足代入れても3千円以下で済む)だが、現在SC-88VLはPC-9821Ra300につないでいるのでケーブルつなぎ換えの問題を解決する必要がある。
3:は最近流行のEnvy24系チップあたりを搭載したカードがターゲットという事になるが、これらにしたからといってVSCがマトモに動作するようになるという保証はなく、またゲームとかでの実用性の点で疑問符が付く(一応データシートとか見ると額面上は色々書いているけどね)という問題があり、更にマトモなカードを買うとなると結構な出費が強要され点に問題がある。
4:は要するに前述のUW-10を買うというプランだが、そもそもこれをするとVSCが必要ではなくなる(もれなくS-YXG50 Ver.4が付いてくる(苦笑))という点と、調達に当たって1.5万位の出費を要し、更にUSB故の遅延の問題も考えねばならない点で難がある。
5:は予算ゼロが魅力だが、Ensoniq AudioPCI以来の特徴的な音色を継承するAudigyは、そうであるが故にGS・XGデータの再生を苦手としており(自前でGS/XG対応音色データを用意できれば解決できるがその手間があまりに大き過ぎる)、セカンドチョイスとしてならともかくメインとするには難が多すぎる。
6:は確実な手だが今更XPから2000に戻すとなると恐ろしく面倒なのと、XP動作環境を一つは確保しておく必要が生じている事から、実施は困難である。
・・・という様な訳で、S-YXG50 Ver.4欲しさにUW-10を買ってしまいそうな現状である(汗)。
UW-10自体はPCIで真っ当なサウンドカードを挿せないPC-9821Ra300に回せるしねぇ・・・(溜息)。
で、この問題を検証中にAT新2号機からSP410Dを徴発して、その間そちらではChanpon3-PCI内蔵のCMI8738をサウンドコントローラとして使う様に設定したのだが、いきなりDVD再生でコマ落ち激増+PCM音声ブツ切れ現象が発生し、CMI8738の動作時のCPU負荷がYMF-7x4と比較して極端に高いという世評が正しかった事を身をもって体験する羽目に陥った(苦笑)。
この辺の挙動はタスクマネージャのCPU使用率である程度知っていたが、ソフトウェアによるDVD再生で精一杯、という程度のCPUを搭載したマシンで試すのは初めてで、よもやまさかここまでひどい結果をもたらすものであるとは思わなかった事であった(苦笑)。
CMI8738搭載カードが市場で一般化したのは、確かPentium 4が出て以降の話だったと記憶する(あるいはPentium IIIが1GHzを越えた辺りであったか?)が、Pentium III 450MHz搭載の440GXマシンでこの有様では、成る程それまで普及しなかった筈である。
要するにこれは作りが単純で雑(だから簡単に6ch化出来た訳だ)なのを、CPUパワーで力任せに隠蔽するという非常に頭の悪い実装だという事なのだと思うが、こんな代物をマザボに搭載する各社の姿勢は如何なものだろうか?
まぁ、客の大半が搭載チップなど気にせずに、只単純に「サウンド機能あり」という惹句だけ見て買うからこういう事になっているのだと思うが・・・。
その点では、nForce2のサウスブリッジに非常に高性能なサウンドコントローラ(正直、PCI接続のサウンドチップ形態で別売りして欲しい位の出来である)を内蔵したnVIDIAの方針は立派で、他はともかくこの点については賞賛に値すると思う。
聞けば同社には旧AUREALスタッフが多く在籍している(同社が2000年4月5日に連邦破産法第11条(Chapter 11)の適用を申請した辺りで移籍した模様)由で、それ故にMCP-T(nForce2のサウス)内蔵サウンドは他のAC'97 codecチップ依存タイプやCMI8738搭載カード等とは比較にならない性能を実現している。
まぁ、オンボードは所詮オンボード(死)なんだが、SPDIFで出して使う分にはそれでも構わないと言えば構わない訳で、それなら性能が良いに越した事は無い。
只単に音を鳴らすだけでCPU負荷が他より遙かに高いなど、もってのほかであると思うのだがどうだろう?
西暦2004年1月12日 “遅延時間設定”
昨日のWindows XP上でVSCをTmidiその他で鳴らすとかなりの確率でシステムがリセットされる問題だが、MIDIプレイヤー側の遅延時間設定を大きく設定すれば一応即死は避けられる事が判明。
要するにソフトシンセの応答速度が遅すぎて、応答する前に次のデータが飛んで破綻していたらしい(合掌)。
ま、鳴れば文句は無いとは言うものの、やはりソフトシンセはエミュレーションなるが故に応答速度が遅いのだという事を思い知った。
ソフトシンセで再生できればハードウェアは要らない、という論調もあるようだが、こういった場合の挙動や音質(廉価版のSC-88VLでさえVSC-MP1を寄せ付けない)の相違を考えると、やはりハードウェアDTM音源は他に代え難い価値のあるものなのだと思う。
というか、CPUの負荷の問題を考えたらソフトシンセが正直お勧め出来かねるソリューションだというのも確かな話で、資金的に余裕があるならばSC-8820/8850やMU1000/2000等のDTM音源の実機を揃えた方が幸せになれるのは疑いない。
・・・問題はその財源の確保の方なのだが(苦笑)。
余談になるが、昨日書いたnVIDIAのMCP-Tはどうやらサウンド部(APU:Audio Processing Unit)だけ抜き出したPCIバス対応のチップとして外販するつもりがあるらしい。
サウンドカードのチップが実質的にEMU10k1/2系・Envy24系・CMI8738系しか残っていない昨今の情勢では歓迎すべき事態だが、果たして製品が出るのかどうか多少不安が残る。
無論、実際に出るならば素晴らしい選択肢が増える事になるから大歓迎なのだが、サウンドカード界隈は色々政治的駆け引きがややこしい(独占を企むCreativeがその意志を変えない限り、厄介事は無くならないだろう)ので、むしろそっちが原因で「出せなく」される危惧が有る訳で・・・(苦笑)。
西暦2004年1月13日 “kxProject”
ふと思い立ってAudigyのドライバをkxProject版(Ver.5.10.0.3534f:最新βの5.10.0.3536はSMP/HyperThreading対応マシンでの互換性に問題があるので入れられない)に変えてみる。
・・・ぐげ、VSC(恐らくこれに限らずソフトシンセ全般)がインストールしてあるとインストールに失敗して固まるのか(汗)。
で、止む無く一旦VSCをアンインストールして、Creative謹製のAudigy用ドライバ/ユーティリティ類一式もアンインストールしてからインストールを再度実行してみたところ、無事インストールプロセスが最後まで進むようになった。
そこで、再起動後安心してVSCを再インストールし、再々起動。
ところが、起動後確認してみると、正しくインストールされた筈のVSCが正常動作しない事が判明した(汗)。
あれこれ調べた限りでは、例によって例の如くソフトシンセのドライバフックに失敗している模様で、こうなると関連レジストリエントリをことごとく抹消するか、さもなくばOSその物から再インストールするしかなく、その辺の手間を考えるとかなり憂鬱である。
ちなみに体験版のS-YXG50 Ver.4は漸くWDMドライバ化された(その代わり同時発音数は最大128音に制限されている)お陰か問題なくインストール出来ている事から、恐らくVSCはDirect Xをアップデートしただけで正常にインストール出来なくなっていた(つまりWindows 2000をインストールした直後に入れなければならなかった)Ver.3時代のS-YXG50に近い処理を行っているのではないかと思う。
この辺から推測する限り、kxProject版の内蔵ソフトシンセ、本当に普通のソフトシンセと大差ないコーディングをされている可能性が高いなぁ・・・(溜息)。
この際面倒だから実機のSC-88VLで鳴らす様にするのが吉か・・・(溜息)。
調達コスト面でお手軽なソフトシンセだが、こういうトラブルシューティングの無闇な面倒さあるいは挙動のデリケートさを考えると、事態解決に要する拘束時間等も含めたトータルコストでは、実機を素直につなぐ方が結局安くつく様な気がする。
・・・それともAudigyが悪いのか(苦笑)?
西暦2004年1月16日 “一つの時代の終焉”
後輩のM君の好意でWindows Server 2003のCD-ROMの内容を管見する機会を得る。
・・・とうとうSystem32フォルダからIBM 5576-002/003及びAXキーボード用バイナリファイルが姿を消したか・・・・・・(溜息)。
Windows 2000で公式サポート対象から外されたにも関わらずWindows 2000用としてアップデートの上でSystem32フォルダにこっそりインストールされ、Windows XPになってもやはりSystem32フォルダにインストールされ続けてきたこれらのキーボード用ドライバファイル群だが、Windows 2000登場から3年以上を経て遂に終焉の時を迎える事となった。
恐らく、2000やXPのドライババイナリをインストールすれば動作するのではないかと思う(キーボード関係のドライバ仕様はACPI対応となった2000以降は同じに揃えられているらしく、XPでも2000用に書いたinfファイルがそのまま使えた)が、流石にそこまですると悪足掻きにしか見えない(苦笑)。
出来れば自前でこのOSをインストールして5576AX.infが使えるのか否か確認したい所ではあるが、果たしていつになる事やら・・・。
ちなみに、#9のRevolutionIVが未だサポートされ続けているのも確認出来たが、これはまぁ、より古いi740だってサポートされてる位だから不思議でも何でもないのかも知れない(苦笑)。
西暦2004年1月17日 “ノイズ”
MTV3000Wで録画したTV番組の音声に「プチ、プチッ」という嫌なノイズが乗っているのに気付く。
・・・根治した筈なのに、何故発生する(汗)?
およそ放置しておける問題ではないので、各種PCIカードの挿すスロットを換えて検証してみる。
・・・・・・32bit PCIスロットにMTV3000Wを挿すという前提で可能な構成全てを検証し、電源交換(前のSP401-RAに戻してみた)まで行ったがそれでも解決せず、最後に禁じ手としていた64bit PCIスロット(1本はSYM 21040-33が使っているので、空きは1本しかない)への搭載を実施した所、何故かこの場合に限りプチノイズが発生しなくなった(大汗)。
このパターンを避けたかったのは、高速動作しノイズをばらまいているSCSIカードの直近にデリケートなアナログチューナーを置きたくなかった為だが、何とも皮肉な事にはこの場合にのみノイズが発生しない、という結果が出てしまった。
これについては、32bitPCIバス上のMTV内蔵PCIバスブリッジと、バス変換機能を持つAMD-768を間に挟んで64bit PCIバス上に置かれた高速SCSIコントローラとの間で録画時に行われる高速データ転送の最中に(バス変換ロジック通過故に)何らかのタイミングのずれ/遅延が発生しているか、さもなくばAMD-768に高負荷をかけた事によるノイズの類か、それらのいずれかが原因で生じているのではないかと推測しているが、関連するロジックの全てを熟知している訳ではない私には断定する事は出来ない。
元々MTVはバスブリッジ配下にデバイスが置かれており、またSYM 21040-33もPCIバスブリッジ内蔵チップを搭載しているので、間にAMD-768を介するとなるとデータ送受信にあたって3回もブリッジを経由せねばならないという事になり、例えどんなに高速で転送しようとも各ブリッジ通過ごとに遅延が発生するから、これらの累積が原因でノイズが発生したとしても何ら不思議はない。
ちなみに、私と同様にDual AthlonマザーボードでMTV3000Wを使っている後輩のM君はこの様なノイズを経験していない由なのだが、彼のマシンと我が家のAT新1号機とを比較するとチップセットが違い(あちらはAMD-760MPでPCIバスが全て33MHz駆動なので途中にブリッジは入らない)、またハードディスクのインターフェイスも違う(彼はATAのHDDを使用している)のだが、それ以外はノイズの関わる相違は殆ど考えられない(むしろ彼のマシンの方がノイズ面で不利な要素を抱えている様にも思える)から、恐らくこの2つのファクターが問題の核心であるのだと思う。
とりあえず今回は予想外の選択肢が正解であった(と推測されるが、今後ノイズが絶対発生しないという保証は無い)訳だが、全く難儀な話である(苦笑)。
・・・MTVのシールド、徹底しておいた方が良いかなぁ・・・
西暦2004年1月18日 “岸和田的コンパイラ”
唐突的にX68030で泥縄式のC言語プログラミングを始める。
XC Ver.2.1 NEW KITのマニュアル一式(美品。いかに読んでなかったかが判る(死))にX68000 Develop.、それにOh!Xのバックナンバーのサンプルプログラムとかを眺めつつEmacsでソースを書き、GCCでコンパイルしてみる。
・・・これなら昔思っていたよりは多少楽かも知れない。
というか、XC2.1を買ってから11年近く経って初めて、Cのポインタがいかなるモノかの概略を理解した気がする(大汗)。
これは要するに、変数のデータコード格納領域のアドレスを表象するものなのだ、という話は前から読んでいたはずなのだが、悲しいかなこの年になるまでまともに理解できていなかった(涙)。
という訳で明日は構造体を理解しなくてはならない。
願わくは、明日もスムーズにCの理解が進みますように(ヲ)。
ちなみに今回のコンパイル関連作業はEmacsでソース書いてGCCでコンパイル、という手順なのだが、ナニも考えずにem ??.c → gcc ??.cとしたら一発で??.x(.xは68の実行形式ファイルの拡張子。リロケータブルだと.rになる)が生成できる環境になっていたのには我ながら驚いた。
この辺のX68030の環境は10年来殆ど変わっていない筈で、つまり今から10年程前にGCCからHAS(アセンブラ)からHLK(リンカ)にいたるまで環境変数から実際のファイル配置から何から何まで徹底的に設定してあったという事なのだが、前記の通り私はこれまでロクにCでプログラムを書いていない訳で、正直一体何の為にここまで仕込んであったのか? という疑問が我ながら湧いてくる。
・・・よもやまさか、(野沢那智の声で)「こぉぉんなこともあろうかとぉぉぉっ!!」という訳でもあるまいが(滝汗)。
西暦2004年1月20日 “萎え字幕”
両親と“ラスト・サムライ”を鑑賞。
何というか考証方面で突っ込み所満載(苦笑)の作品なのだが、個々の部分ごとに見ると仕事のクオリティが非常に高く、また話の出来もそれなり以上に良く出来ていたので、結構楽しめた。
正直、こう言っては失礼かもしれないが、ハリウッド映画でこれ程までの合戦シーンが観られようとは思わなかった。
ちなみにこの映画、ご存じの方もおられようが長期ロケを我が家の近所の書写山円教寺で行っており、その為私には見覚えのある光景がぞろぞろ出てきた(苦笑)。
実を言うと、アメリカ側のキャメラマンが円教寺の中核を成す大講堂・食堂(じきどう)・常行堂の三つの堂宇が軒を接するあの空間をどう切り取るのか、観に行く前からかなり興味津々だったのだが、流石に巧い切り方をしていて感心させられた。
その他のシーンも、明治初期の日本を相当詳しく研究して撮られており、部分部分のクオリティの高さは本当に特筆に値する。
問題は、部分は記録写真や資料で調べられても、システムとして、あるいは全体としてそれが組み上がった時にどうなるかまでは調べきれない事で、そういう意味では違和感が残る部分が多々あった。
只、それにしてもこれまでハリウッドで撮られた日本を題材とする映画と比べれば格段に出来が良く、殊に産業革命以降の西欧諸国で発達した軍事システムと、戦国時代の末期に一つの絶頂を迎えてそのまま結晶化してしまった日本の侍による軍事システムの激突となる最後のクライマックスシーンは、そこに投じられた物量の圧倒的な多さ(人数もさることながら、あれだけの数のバヨネット付き歩兵銃を揃える(しかもその他に稼働状態の火縄銃まで多数出てくる)となるとプロップ製作であっても大変である)と考証の正確さ(日本映画を含めても、あれだけきっちりと官軍兵士の軍装を再現した例は稀では無かろうか?)で非常に楽しめた。
なお、福本清三氏演ずる“Silent SAMURAI”は俺的大ヒット(笑)。
余談だがこの映画で刀鍛冶を演じておられたのは明珍火箸で有名な明珍氏(私は気付かなかったがご本人と面識のある母の証言による)らしく、氏が姫路藩主・酒井家に代々仕えた甲冑師一門の末裔である事を考えると何というか複雑な感慨を覚えた事であった(苦笑)。
・・・後、これだけは書いておかねばなるまいが、戸田奈津子の字幕は誤訳だらけで非常に不愉快であった。
作品が面白く且つ楽しめただけに、あの様なアメリカ側スタッフ以下の理解度としか思えない頓珍漢で粗雑な訳(「吉野の国」って何だよ? ええ??)の字幕は、いっそ無い方がマシ(割とやさしい英語だったので尚更だ)、と言いたくなる。
洋画配給会社各社には、彼女以外のもうちょっとマシな翻訳者を採用する事を強く強く望みたい。
・・・でないと今後映画館に行って観てやんないぞ。
西暦2004年1月21日 “ノイズ遮蔽”
MTV3000Wのノイズ対策として、電源ケーブルへのフェライトコア取り付けと基板全部のアルミホイルによるシールドを実施。
後者については絶縁対策としてアルミホイル自体を梱包用透明薄膜テープで完全に覆った上での作業となって結構面倒くさかったのだが、果たして効果は絶大で、音声に含まれていたヒスノイズが文字通り激減した(喜)。
MTV3000W自体はかなりノイズ対策に配慮した設計の製品だと思うが、流石に基板全部をシールドで箱形に覆う(当然ながらカードエッジ部分は避けて箱形に組んである)所までは対策されておらず、この辺は購入者側で何とかするしかないのだが、今回は最小限の投資と手間で最大限の効果が得られたので、大変に満足である。
実を言うとこれでも音声ノイズは完全には取れていないのだが、よくよく調べてみると何の事はない、それは放送される信号自身に含まれているノイズで、いかなMTV3000Wでもそこまではどうにもならない(苦笑)。
グラフィックカードとUltra 160 SCSI+Ultra Wide SCSIカードに近接したスロットにMTVを挿してもこうしてシールドを徹底すれば何とかなった事から推測するに、他の場合でもシールドによるノイズ対策の徹底で問題回避が期待できる場合が結構ありそうである。
問題が一つあるとすれば、それは放熱に不安が残る事位のものであろうか(苦笑)。
前に勤めてた会社(敢えて社名は書かない)で取り扱っていた/取り扱うはずだった製品の発売元が倒産したとのニュースを見る。
・・・史上稀に見る、非常に喜ばしい倒産だ(ヲ)。
私が9月に会社に見切りを付けて(本当はそれ以外にも色々理由があったのだが、此処ではあえて書かない)辞めた段階で既にもう駄目だったのだから、むしろそれから4ヶ月も潰れずに残っていた方が不思議なのだが、それでも、これで漸くあの下らない詐欺同然の“事業”とやらに引っかかる人間が出なくなる訳だから、それはそれで本当に喜ばしい(苦笑)。
もっとも、世間にはびこる詐欺師どもはそれに懲りる事無く次々に新しい“事業”を考案し実行してゆく筈だから、世の詐欺被害者が減るという事はないのだろうが・・・。
西暦2004年1月22日 “現役PC”
このサイトの大家さんであるMoliceの人に紹介されたせいか、カウンター急上昇中(ヲ)。
一応念の為に書いておくと、これは「業務用途で現役」な古PCネタで某IRCチャネルがぼうぼうに燃え上がった(午前3時過ぎなのに(苦笑))際に、私が知る範囲の話(「姫路の駅前地下駐輪場の空調管理用にX68000が使われていた」「岡山大学工学部では特殊な機械を接続するためPC-8001が現役」「奈良ホテルではN5200が以下略」)を書いたらそれがもーの人のネタになった(苦笑)というものだ。
ちなみに最初のは高校時代、件の駐輪場が開設された際に初めて利用したかそれとも2回目だったかに、同級生のCh君(元気だろうか・・・)とたまたま目撃して呆然としたもので、技術の人が壁のアクセスパネルを開いた中に、グレーのX68000初代だったかACEだったかが同色の純正モニタ(恐らくCZ-600Dか601D)と共に鎮座していて、あのビジュアルシェルの水色のデスクトップ画面を映し出していた(一応もーの人には空調管理と言ったけど、ひょっとしたら照明とかかも知れない)のが今も強烈に印象に残っている。
で、次のはS-FANの後輩から聞いた話で、工学部では計測関係の機材のソフトがブラックボックス化していて他のPCに移植出来ない為に止む無くゾンビ同然の古PCが現役に留まっている由で、何でも学部棟には故障した80やら88やら98やらが廊下に山のように積んであって、そこから部品取り(特にFDDとか電源とか)をして貴重な可動機を維持している、との事であった。
この件に関してはM君(理学部在籍)からも色々似たような話を聞いている(しかもこっちは現在進行形)し、大学の財政状況を考えたらそう簡単には改まらない筈で、恐らく今も変わってはいない事だろう。
まぁ、経済学部では私の卒業直前に一気にPC-9801(見た限りではRX・RA・DA・FA・T(!)が含まれていた)を淘汰していたから、PCでも普通に使う分は割と簡単に入れ替えられるという事なのだと思うけど、工学部や理学部の場合、例えPC本体の予算は出ても恐ろしく高価(桁が1つか2つ、下手をしたら3つ違う事さえある)な計測器の予算はそう簡単には出ない様だからねぇ・・・(合掌)。
それから最後の奈良ホテルのN5200だが、これは今年の正月に実際にこの目で稼働を確認したから間違いない(笑)。
PTOS系特有の配列のキーボード、それもPC-9801-114とは違う正規のN5200用が予約端末のモニタ前に置かれていたから、少なくとも2004年1月頭の段階では、本体の機種は判らないがN5200シリーズがあのホテルで稼働中だったのは確かである。
西暦2004年1月23日 “組み替え”
AT新2号機のマザーボードを旧CompaqのProLiant ML330のもの(スペアパーツナンバー:176615-001)に交換し、これに伴い他の各パーツも構成変更を実施。
これは先日薙澤の人から譲り受けていたもので、一見普通のATXフォームファクタのマザーボードに見えるのだが、実は 専用のServer Feature BoardというフルサイズのPCIカード(VGAコントローラとしてATI Rage XL、LANコントローラとしてIntel 82559、SCSIコントローラとしてLSI Logic 53c895、それにNEC製のサーバマネージメント用コントローラ(188209-003)をそれぞれ搭載)と、やはり専用のCPU/筐体ファン(あるいはそれらと電気的に完全な互換性のあるファン)を使用しないと電源投入して起動しようとしても、「ケースファンに異常がある」や「CPUファンに異常がある」、あるいは「PCIスロットにServer Feature Boardが挿さっていない」などと(英語で)警告して勝手にリブート/電源断するので使えない、というメーカー製PCの鑑(笑)の様な非常に厳重な仕様となっている。
実は最初、Server Feature BoardとCPUクーラーはマザボ本体と一緒に貰ったが筐体ファンは貰っておらず、その為似た様な仕様のセンサ付きファンをつないでみたのだが、結局何挿しても途中でエラーが出て落ちたりするので、止む無く薙澤の人にお願いして純正筐体ファンを送っていただいたものである(多謝)。
このマザーボードはサーバ用らしくAGPスロットは持たないが64bit PCIスロットは2本実装されているという構成で、チップセットにServer WorksのServer Set III-LEが採用されているのだが、何故か1CPU(FC-PGA)仕様となっており、この点は少々残念である。
なお、CPUは先日前もって調達しておいたPentium III 600EBMHzに変更(FC-PGAなので既存のSlot 1版Pentium IIIは使えない)しており、FW-6400GX/150/WSに挿していたPentium III 450MHzと比べてCPUコアクロック数・FSB周波数共に1.3333倍となっており、流石にこれだけ違うと体感性能も随分違い、グラフィック性能が低下しているにも関わらず全体としてのパフォーマンスは向上している事が判る。
まぁ、そうは言っても所詮600MHz駆動は600MHz駆動でしかないのだが、貰い物で文句を言っていたら罰が当たるというものである(苦笑)。
さて、余ったFW-6400GX/150/WS、どうするかなぁ・・・。
西暦2004年1月24日 “続・組み替え”
昨日に続きAT新2号機の改修。
電源を予備のSP-401RAに交換し、CD-R/RWドライブとしてPX-W8220Tを、FDDとして玄人志向の“FDD”(これが商品名である。ちなみに正体はミツミのD353(フィリピン製)である)をそれぞれ搭載。
これで一応このマシン1台で最低限必要な作業が全てこなせる様になったが、今後少なくともグラフィックとHDDはどうにかせねばなるまい(苦笑)。
妥当な線としてはGeForce FX5600のPCI版+Barracuda 36ES2といった所ではないかと思うが、その辺の強化がいつ頃どの様な形で実現するのかは定かではない。
本音を言えば、空いている64bit 66MHz PCIスロットにASC-29160かASC-39160あたりが欲しい所だが、この辺は中古でも結構高いからねぇ・・・(溜息)。
この辺に加えてCPUとメモリを強化するとかなりのコストがかかってしまうので、そうするといっそnForce2 Ultra 400あたり(出来ればサウスにMCP-Tを搭載するモデル)を積んだマザボ + CPU + RAM + グラフィックカードを導入した方が最終的には安く高性能に出来るのではないか? という話になってしまう。
この辺の損益分岐の判断は単純に収支決算だけでは済まない部分もあるので一概に言えないが、愛機の強化が割に合わない場合には、思い切って新調した方が色々幸せになれるのかも知れない。
そのプランに問題があるとすれば、それはこの辺の中枢パーツは一気に揃えて新調しないと意味が無く、しかもそのイニシャルコストが無視できない程大きい事位のものだろうか(苦笑)。
ちゃんとしたnForce2搭載マザーボード + Athlon XP系CPU + PC2700/3200 DDR SDRAM(それも512MB以上が望ましい) + 1.5V AGP 8x対応グラフィックカードを揃えると、それだけで最低でも5万位〜6万はかかる事を覚悟しなくてはならない。
無論、それが出せないからこそ、今の様な胡散臭い仕様のマシンが組み上がってしまっている訳なのだが・・・(苦笑)。
西暦2004年1月26日 “健康診断”
先日受けた健康診断の血液検査報告が返ってきたので受け取りに出向く。
・・・とりあえず各項目とも許容範囲内の正常値で、異常無しとの事だった(安堵)。
西暦2004年1月27日 “続々・組み替え”
結局AT新2号機のマザーボードは色々考えた末にFW-6400GXR/150/WSに戻した。
一番の理由は、PCIが実質4本しか使えないと思っていたこのマザーボードでもRTL8139系のチップを搭載したLANカードならバスマスタ不可(らしい)のPCIスロット#1・2に挿して問題なく動作するのではないか?と某IRCチャネルで薙澤の人に指摘された(多謝)為で、慌ててRealTekのサイトでこの系列の代表モデルであるRTL8139C・DのデータシートをDLして読んだら、確かにProvides PCI bus master data transfers and PCI memory space or I/O space mapped data transfers of RTL8139C・D(L)'s operational registersの記述が存在した。
そこで、実際に手持ちのRTL8139D搭載カード(Laneed LD-10/100S)をPCIスロット#2に挿して起動してみたらあっさり認識され、正常にドライバが組み込まれ、そしてファイル共有も正しく出来るようになった(喜)。
そんな訳で、この板を使用する上で最大のネックとなっていた部分が解消されたので、めでたく現役復帰と相成ったものである。
正直、このマシンの為に割高なPCIグラフィックカードを新規購入するのは勿体ない(PC-9821の為だったら不思議とそんな風には感じないのだが(苦笑))と感じていたし、RevolutionIVやIOI-A100U2W(SE/LVD排他動作のみなので、手持ちカードを有効活用するという考えの下ではPCIスロット5本使用可能でないと使えない)を引き出しに突っ込んで腐らせるのも勿体なかったから、多分これで正解なのだろう。
ちなみにML330のマザーボードの方は、これはこれで64bit 66MHz PCI2本搭載というだけでも充分存在価値があるので、いずれRvIIの代わりの常時稼働サーバ(2本の64bit PCIにそれぞれGbEと高速大容量ストレージ用インターフェイスを挿し、Server Feature Boardの100base TXポートとルータをつなぐ)にでも使用する事を考えている。
まぁ、今の所はそれどころではないので、鬼が笑うような話なのだが(苦笑)。
西暦2004年1月28日 “213系”
書店で今月号の鉄道雑誌各誌をぱらぱらめくっていたら、マリンライナーから撤退した213系のパノラマグリーン車を含む編成が吹田工場に回送されたとの記事があった。
何でもサハ213への運転台取り付け改造とクロ212の廃車解体の為の回送との由だが、あのサハに一体どんな運転台を取り付けるのだろうか?
115系の編成短縮に伴う改造工事では今後の寿命が長くない事も勘案されてそれはもうひどい運転台取り付けが実施されているが、ステンレス製で経年が浅く今後も長期使用が見込まれる213系の場合、そういう訳にはゆくまい。
無論オリジナルと同一設計の運転台ブロック取り付けがいろいろな意味でベスト(取り扱いを変更せずに済むし、メンテナンス上も予備部品削減が可能であるなどメリットが多い)だが、建造から15年以上経過してその間の技術の進歩が劇的であった事を考えると、一番形状的に近くしかも低コストで製作可能な125系と類似の仕様での運転台ブロック製作→取り付けとなるのではなかろうか?
それはともかく、経年40年での廃車解体が基本となりつつある今のJR西日本で、車齢が20年に満たないクロ212が廃車解体されてしまうというのはいかがなものだろうか?
あのクロ212は、私が乗車した中でも有数の快適な電車(末期に乗ったので多少くたびれてはいたけど、座り心地が良くしかも近車のデザインらしく洗練されたアコモデーションの構成や、以後JR西日本が建造する電車のデザインフォーマットを確立したそのエクステリアデザインの妙など、見所満載の素晴らしい電車、というのが私の感想である。ちなみに私にとっての快適な電車ベスト3は今の所南海20001系「こうや」・近鉄26000系「さくらライナー」・そしてこのクロ212(次点で京阪8000系と100系新幹線電車あたりが入る)となる)であるだけに、いかに長年の酷使で痛んでいるとは言え、これ程の車輛を何の工夫も無しに廃車解体してしまうのはあまりに惜しいと思う。
数が5輛しかないというのが転用改造を阻んでいる気もする(え? そんなに少なかったのか、と今更驚いたりしているのだが、予備を入れてもたった6編成(「ゆめじ」の3輛を組み込んだ編成を含む)+αしかないのに相当な高密度運転をしているように見えたという事は、つまりそれだけ酷使されていた訳である)が、中間車化改造してどこかの特急に組み込むとか、客車化して「サロンカーなにわ」の代替とするとか、探せば適切な使い道があるのではないかと思うのだが・・・・・。
西暦2004年1月30日 “Fate”
金も無いのにTYPE-MOONの商業第一作、“Fate/stay night”を購入(合掌)。
資金は貰い物のHDD(DCASやDDRS)やサウンドカード(Audigy)等の余剰機材/余剰ではないが捻出しても何とかなる機材を色々売却して確保したが、当分は悪影響が残りそうである(汗)。
なお、ゲーム本編についてはまだプレイし始めたばかりなので何とも言えないが、なかなか良さ気ではある。
余剰機材捻出の余波か、それとも悪意ある何者かの差し金か、AT新2号機とPC-9821Ra300で相次いでトラブル発生(泣)。
それでちょうど良い機会なので、Ra300に入れていたBarracuda 36ES2をAT新2号機に、AT新2号機に入れていたDNESをRa300に、相互の入れ替えを実施。
これでAT新2号機はそれなり以上(少なくともマザーボードメーカーの保証/当初想定範囲以上。感じとしては1999〜2000年頃の相応に金を突っ込んだマシン並といった所か)の性能発揮が可能となったが、その代償としてRa300は大幅な性能低下となってしまった(涙)。
ここ数ヶ月の間、Ra300は実質的に使用してなかった(一応DOSマシンとしての機能を重視して構成してあったので、RvII26との棲み分けは出来ていたのだが)から、実用上の被害は殆ど無いのだけど、いずれは何とかしたいところである。
余談だが、今回の組み替えでAT新2号機はかなりの低騒音マシン(空冷ファンは電源内蔵の2基(それも片方は殆ど回った事が無く、もう一方も低速回転する)とCPUの1基のみ)となった。
おかげで、AT新1号機にせよ、RvII26にせよ、我が家の他の現役各マシン(X68030もファンが小口径なので何気にうるさい)は非常にうるさいのだ、と今更の様に認識させられた(苦笑)。
まぁ、これまで常に静粛性以外の何かを重視してきた以上、致し方ない話なのだが・・・。
西暦2004年2月1日 “コンプリート”
Fateを速攻でコンプリート。気付くと何と32時間近くやっていた(大汗)。
だが、感想についてはくどくど書かない。
これは、非常に良いゲームである。
私には、この一言で充分だ。
西暦2004年2月3日 “10年”
会社の研修で10年ぶりに京都をゆっくり歩く。
実を言えばこの間にも何度か(京津線廃止の少し前に全廃寸前の阪急2800系(嵐山線)撮影とセットで訪問等)訪れてはいたのだが、宿泊有りで夜遅くまで歩く、というのは思えば久しく無かった事だった。
13年前に約1年間東山五条にあった某予備校の寮で暮らし、しかも自転車でそれこそ隅々まで走り回った(何しろ北は修学院から南は伏見まで、西は北野白梅町から東は山科まで走っている)街だけに、これだけ時が経つと色々変わっていて(当時は土盛りだった近鉄京都線の東寺以南の高架が完成していたり、影も形も無かったJR京都駅ビルが出現していたり、結構変わっている)ちょっと驚いたが、迷う事無く目的地に辿り着けた程度には変わっていなかった(笑)。
まぁ、間違っても東寺の位置が変わる訳は無いのだが、13年経ってもそこかしこの道を克明に覚えていたあたり、余程走り回っていたという事か(汗)。
西暦2004年2月4日 “市電の残り香”
夕食や買い物の為、市バス207系統に祇園まで乗車。
九条近鉄前から乗車し、九条車庫、九条河原町、東福寺、泉涌寺道、今熊野、東山七条、馬町、五条坂、清水道、そして東山安井と本当に懐かしい界隈を走って祇園で下車したのだが、九条車庫の事務所建物や九条河原町−東福寺間の鉄橋に残された鉄塔(街灯支持に使われている)など、今に生きる市電時代の遺構の姿に少なからぬ感慨を覚えた事であった。
そういえば、この207系統は循環かつ均一運賃という事で200番台の系統番号が与えられている様だが、完全に市電時代の路線をトレースしており、番号はインフレナンバーだが歴史のある系統である事が判る。
というか、200番台は循環系統故に市電のそれを継承しているものが殆どで、204系統などは高野あたりで一部外れるものの残りの大部分の区間は市電の路線をトレースしているから、総体としては市電の面影を辿るには便利な系統群という事になる(苦笑)。
私自身は京都市電にはその末期(確か昭和52年だったか)に梅小路蒸気機関車館へ行くのに京都駅前から七条大宮までの僅かな区間を往復した(確か1800形だった記憶がある)程度でしかないので市電そのものについては偉そうな事は書けないのだが、今の市バス200番台各系統に相当する循環系統を幾重にも重ねたグリッド構造の路線網(いやまぁ、都市構造自体がグリッドなんだけどね(苦笑))で乗り換え制度も完備していた市電の便利さというのは、今の私達が想像する以上だったのでは無かろうか。
無論、現在の市バス路線網の方が充実している訳なのだけど、どうこう言ってもバスは乗降が不便(ノンステップバスが乗降しやすいというのは嘘だ)だし、路線網が目で見て判らない(線路や架線が無いからねぇ)為に路線網や停留所の把握が難しい(実際今回市バスに乗ってもどこをどう走ってどこで停まるのか今ひとつピンと来ず、頭の中でかつての市電の路線網と重ね合わせてようやっとイメージ出来たという有様であった)という問題があって、地元市民はともかく外来者には使いにくい乗り物であると思う。
こうなってくるとつくづく拙速な市電の全廃が悔やまれる。
市電全廃から早四半世紀が過ぎたが、あのけったいなチンチンバスや青電(市電600形)を模したとおぼしきダミーのトロリーポール付きCNGバス(ご丁寧にも乗降扉をベージュ一色としたこだわりの塗装がナイス)など、交通局当局は市電に未練たっぷりのご様子で、最近LRT敷設が検討されているとのニュースが流れたりもしているから、ひょっとするとその内遠くない将来に京都の町並みを再び市内電車が走る日が来るのかも知れない。
わずか10kmの小断面地下鉄(東西線)建設でさえ3600億円も工費がかかった(1mあたり360万円(大汗)。ちなみに計画当初は総工費1800億円という見積もりだった)のではいかに土建屋の言いなりの市当局でも地下鉄熱が瞬時に冷めようというもの(それどころかこの件では総工費が当初の2倍に膨れ上がった事について市長や交通局長が市議会に喚問されるなど大変な事になった)だが、客観的に見て京都という街が路面電車の運行に好適であるのも間違いのない事実であり、30年以上前の市当局の近視眼的誤判断(それと結局は(自称)革新政党等の勢力拡大のダシにされてしまった市電廃止反対運動に象徴される、市内交通に関する京都市民の不見識)が本当に悔やまれてならない。
ま、これは今更言っても始まらない話ではあるのだが・・・(苦笑)。
西暦2004年2月5日 “運賃制度の陥穽”
2泊3日の研修も昼で無事終了。
京都から新快速で三ノ宮まで行き、会社に行って諸手続を済ませ、再度新快速に乗車して姫路まで戻ったのだが、ここで一つ興味深い事実に気付いた。
3日前の往路の様に姫路−京都間通しで乗車券を購入すると\2,210かかるものが、姫路−三ノ宮と三ノ宮−姫路で完全に分ける(つまり車内で精算するのではなく、一旦三ノ宮で改札外に出て再度入り直す)と、大都市特定区間運賃制度の抱える初乗り運賃その他に関する制度上の矛盾によってそれぞれ\950と\1,050で合計\2,000となり、同じ区間であるにもかかわらず何と\210もの運賃格差が発生するのだ。
こういう現象がこの線区で発生するという話は以前大学時代に鉄研会誌“FIELD TAPPER”(ちなみにこの誌名は直流直卷電動機搭載の電車で高速運転時に不可欠な“弱め界磁”の事だったのだが、当時の現役鉄研会員でその意味を正しく理解していたのは1人か2人しかいないという本当に無惨な有様であった(合掌))に後輩の太鼓叩けよう君が寄稿してくれた原稿に記してあったのを読んで知っていたのだが、よもやまさかこんなに差があるとは思わなかった事であった(苦笑)。
もっとも、この方法だと一旦改札外に出て次の区間の切符を買うという手順が要るから通常の場合に比べてひどく面倒で、途中で三ノ宮に下車する用事が無ければおよそ普通は使う気になれない手段ではある(苦笑)。
そういえば、この帰宅途中に201系の体質改善工事施工車を見かけた。
国鉄が70年代末から80年代前半にかけて建造した車輛は総じて前面デザインと側面デザインのバランスが悪く、中でも特にこの201系はアンバランスさが目立つ構成だったのだが、この改善工事で103系N40工事施工車と同様の側窓に交換された結果、初めて前面に見合った側面デザインとなり、同時にその前面デザインが設計から四半世紀を経てもなお古びていなかった(今回の工事で多少リファインされたが、基本構成は全く変更されていない)事が改めて確認出来た。
というか、これなら205系やJR東日本の209系よりずっと新しく見えるのでは無かろうか(苦笑)。
JR西日本の体質改善工事の計画を実施するチームには余程デザインセンスに恵まれた方がおられる様で、103系や113・115系の更新工事でもその力量が遺憾なく発揮されているのだが、特に今回の201系はこれまでの一連の工事の集大成とでも言うべき非常に素晴らしいリファインが施されており、これなら阪急や京阪といった平行私鉄各社線が擁する高レベルな車輛群と比べても決して見劣りしない事だろう。
つくづく、201系の元設計はその斬新な前面デザインや折角の新しい足回りをスポイルするひどいものだったのだ、と思い知らされる一件であった。
今後JR西日本は老朽車の淘汰と速度向上を目論んで207系や223系2000番台の集中投入を予定しているが、そうなった際に、足の遅い201系はどの様な扱いを受ける様になるのであろうか?
なまじ更新201系のデザインが素晴らしく、また乗り心地も良い(インダイレクトマウントとは言え、エアサス装備のDT-46系シュリーレン台車を履いており、高速域での安定性は205系のDT-50系台車より良く感じられる)電車だけに、非常に気になる話である。
西暦2004年2月7日 “2型49号”
2型49号、竣工。
時節柄意味深な「今回のお言葉」だが、特に深い意味は無い(苦笑)。
主な更新点は“Hammer Touch Operation”の各キーボード解説記事の他、
AV-511 / Audio Excel
Sound BLASTER Live! Value(CT4830) / Creative
S1837UANG Thunderbolt / TYAN
CHANGE-AGP2PCI / 玄人志向
Millenium G200/SG / Matrox
Revolution IV 16MB SDRAM AGP / Number Nine Visual Technology
RADEON 8500LE / ATi Technologies
GA-R8500/AGP / I-O DATA
X680x0の記憶
等を追補訂正していた事をuploadのログで確認した(汗)。
細々した修正が多いが、その点はご容赦願いたい。
西暦2004年2月8日 “休み”
一日中家で引きこもり健康法(ヲ)。
出かける金も無ければ体力も無いとあれば、他に選択肢は無い(合掌)。
まぁ、一週間で貯め込んだmpeg録画データ(遂にS-VHSデッキは録画の補助手段となってしまった)のDVD-Rへの書き出しとか、HDDの内容整理とか、やらねばならない事が色々あったから出る暇が無かったのは事実だけど、あまり健康的でないのも確かだな(苦笑)。
そういえばAT新2号機でHDD容量が増えたのを良いことに、これまでCD-ROMドライブに入れっ放しにしていた百科事典CD-ROMをディスクイメージ化してみた(当然マウントにはDAEMON TOOLSを使用している)のだが、そうしたらCD-ROMの検出プロセスが省略出来る分だけマシン/OSの起動が速くなり、しかもディスクアクセス時に発生していた嫌な風切音が一切出なくなったので静粛度もかなり向上し、ついでに事典の各項目のアクセススピードも目に見えて向上した(喜)。
これだと不要となったCD-ROMドライブを外せる(まぁ、今回のCD-ROMドライブはATAPIモデルなのでウチでは他のマシンに転用しにくいのだが)訳で、そちらの方のメリットも含めて良いことずくめの変更であった(笑)。
唯一の問題はHDD容量がディスクイメージに消費される事だが、まぁ500MB程度なので今なら笑って済ませられるレベルの話だろう。
もっとも、例えば映画のDVDを吸い出して7GB消費というのでは流石に困る気がするが・・・(苦笑)。
西暦2004年2月11日 “2型50号”
2型50号、緊急竣工。
Windows 2003で5576AX.inf(及びXPに収録されたkbdibm02.dllあるいはkbdax2.dll)を使用すれば5576-002/003・AXキーボードが使用可能である事が確認出来たので、関連ページ・アーカイブを追補修正。
前回更新からの間隔が短か過ぎる気もするが、善は急げという事で。
西暦2004年2月12日 “キーボード”
Windows 2003での動作確認でAXキーボードと5576-002を久々に使ってみたのだが、やはりあの頃のお金をかけて“きちんと”造られたキーボードは違うのだ、と痛感。
常用中の5576-001やPC-9801RA2付属キーボードなどもそうなのだが、1980年代末〜1990年代初頭までの国産オリジナルアーキテクチャPCが最後の光芒を放っていた時代の国産PC用キーボードは、どれもフレームの剛性が高くタッチも秀逸で、打っていて疲れを感じさせない(勿論、例外もあるけどね(苦笑))。
実際、この日記にしてからが、もしミツミなシートスイッチ+ラバードームの5576-B01とかで打てと言われたなら多分こんなペースでは打てていない事だろうと思う。
問題があるとすれば、それはどれもこれも今の標準配列ではない(死)事で、お陰で私はいわゆる正統派のブラインドタッチが出来ない(漢字変換のキーバインドが機種によって異なり、更にASCII配列とJIS配列が混在するので記号も時々確認しないと間違える(汗))という宿命を抱える羽目に陥ってしまっている。
まぁ、それでもある程度は(少なくともアルファベットの部分は大概のキーボードで共通だからそこは)キートップを見なくても打てるけどねぇ・・・(苦笑)。
西暦2004年2月14日 “UNIX互換OS for PC-9800 Series”
ふと思い立って、98にUNIX互換OS(何か微妙な呼び名だね)をインストールしようとあちこち調べてみる。
流石に今時懐かしのPC-UX/V(ヲ)という訳にも行かないので、オープンソース系で探してみた所、とりあえず以下の3つが出てきた。
FreeBSD(98)
NetBSD/98
Plamo Linux 3.x
調べた範囲ではどれもInitioチップなSCSIコントローラが動作未確認/非対応らしく、構想当初のRvII26やRa300で動かす計画は敢え無く轟沈(涙)。
これに対しPC-9821As2はXfree98でPower Window 964LBがサポートされているし、その他のLANやSCSIもサウンドもそれなりにサポートされているから、やはりこういう場合は古い機種の方が有利(流石にPC-H98はサポートされていない)な様だ(苦笑)。
そんな訳でとりあえずAs2にFreeBSD(98) 4.9R-Rev01をインストールMOから入れようかと考えているが、果たしてどうなるのかは定かではない(爆)。
そういえばここで書いた5576AX.infの件だが、K.Tanaka氏のQwerters Clinicで紹介して頂いた(有り難うございます)。
そのお陰か何やらカウンター急増中(苦笑)だが、果たして5576-002/003・AXキーボードをWindows 2003 Server等で利用される方がそんなにおられるものなのだろうか? 等と野暮な事をふと考えてしまったりしている(笑)。
ちなみに現在配布中の5576AX.LZHだが、何しろ応急処置的に急いで書いたものでWindows 2003関係の記述がちょっと雑なので近い内にinstall.txt(差分本体は当分変えなくても大丈夫だろう。ちなみに生成される5576AX.inf自体は1年前から一切変更していないので、既に2000かXPでこれを生成された方は特に落とし直さなくても大丈夫である。要は、XPか2000のkbdibm02.dllあるいはkbdax2.dllをドライバインストール時に5576AX.infで放り込んでやればそれでOKという事である)を追補訂正の予定である。
本音を言えば、いい加減kbdibm01.dll(仮称)をでっち上げたいのだけどねぇ・・・(溜息)。
西暦2004年2月15日 “惨劇”
休みの日という事で部屋の機器レイアウトや配線を見直す作業を実施。
結局大物を移動するなど全面的なレイアウト変更となり、最終的に作業は夜半までかかった。
で、その作業がほぼ完了し、漸くマシンが起動してInternetに接続可能になった段階で、自分のサイトが閲覧出来ず、更にRetropc.NETサーバ上のIRCチャネルに接続出来ない事に気付いた。
慌ててRetropc.NETを見てみたら、Retropc.NETサーバの置かれていたマシンの電源が炎上するという大惨事が発生していたとのお知らせが(大汗)。
・・・という事はウチのファイルも全滅やん。
何でも昨年末から公開していたアリスソフトアーカイブズのせいでアクセスが集中したのが原因らしいのだが、1ヶ月も高負荷が続いたのに何の対策も取らずサイト管理者に連絡もしなかったというのも問題なら、高負荷でHDDが破損するならともかく電源が発火するというのも問題では無かろうか?
特に後者は、定格での連続運転にすら耐えられない様な安物電源(ま、世の中には多いのだけどね、こーいう見かけのスペックだけ立派な電源は)を使っていたとしか解せないから、Retropc.NETサーバをホスティングしている某社のサーバマシン管理運用体制にはかなり疑問符が付く。
ま、金出してるのは森瀬の人なので私が言う事じゃないけど、ちょっと問題じゃないかなぁ、この会社は。
ちなみに、私自身がこの件を知って最初に思った事が「一日早ければ “バレンタインの惨劇” と呼んでやれたのになぁ」だった(誰だ、“血のバレンタイン”なんて言ってるのは)というのは秘密だ(爆)。
そんな訳で、こんなこともあろうかと密かに確保しておいたDIONの領域へ本体を移転。
容量もまだ余裕があるので当分はここで公開するが、正直何時どうなるか判らないので、ブックマークやリンクは是非トップページの方にお願いしたい。
というか、その為だけにnewebの領域は残してあるので。
西暦2004年2月18日 “風邪”
ここ数日、風邪引いてかなりダウン中。
なのに電車に乗って出勤するので薬を飲んでいるけど全然直らない(涙)。
ま、定職に就くというのはこういう事なのだろう(合掌)。
実はRvII26がらみで以前書いた事へのご指摘のメールを小原 丈治氏から頂いた(詳しくは氏のサイト第18駆逐隊のここをどーぞ)ので色々書かねばならないのだが、だるくてWindows NT系のメモリマネージメント関係の資料を漁る元気が出ない(死)。
でも、とりあえず一つは書いておかねばならない。
「SMPで使ってナンボのRvII26で、それもメモリ512MB以上積んでわざわざWindows 98使います? というか、私は“Windows NT4/2000ならば”って書いてたと思う訳なんですが(汗)」
そもそもWindows 95を発売時に買わず(忘れた頃になって思い出した様に某ショップのワゴンセールで買った)、Windows NT Workstation 3.51発売を待ってまずそちらを買った(アカデミックパック等という結構なモノは無かったので\36,000(税別)を泣く泣く支払った)位にはNT党(実はNT3.1の日電版PC-9800用FD版パッケージもまだ持っている)な私にとっては、Windows 9xは基本的に「MS-DOS 7.x(これは本当に良く出来ている)しか要らない」訳で、完璧に考慮外だったという・・・(死)。
西暦2004年2月22日 “98”
土日の休みで風邪も大体治ったので、久々に現役復帰すべくPC-9821As2/U8WとPC-H98 model U105-300を押入から引っ張り出す。
この内As2はL2Cフル実装、メモリフル実装、CPUをAMD-X5-133ADZに換装、グラフィックアクセラレータとして4MB版のPowerWindow964LBを搭載、ファイルスロットには5.25インチFDD内蔵、MIDIインターフェイスとしてS-MPU/PCを搭載、そしてSCSIインターフェイスとしてSC-98IIIPを使用しこれにRSA-98IIISBを追加、とこの時期の98で出来るほぼ全てを詰め込んだ機体だが、それでも幾つか妥協はあって内蔵HDDスロットとSCSIスロットは空けたままとなっていたり、そもそも本体がAnじゃなくAs2だったりしている(合掌)。
まぁ最後のはともかく、HDD/SCSIスロットについてはそもそもこの辺に引き回されているSCSIバスの信号線の精度というか信頼性に難があって正直あまり使いたくないのが理由の一つ(低速なSCSI-1時代に設計されただけに、色々甘いところがある。もっとも、それでも例えばこのSCSIスロット用のSMIT転送対応SCSIボードがあったりしたら恐らく速攻で買っていたと思う(苦笑))なのだが、あるいはその内玄人志向の二種盛り合わせ(思えばこれが最後のMate A用拡張ボードなんだよなぁ・・・)をSCSIスロットに挿してしまったるするかも知れない(苦笑)。
さて、このマシンを今頃引っ張り出したのは先日来書いている通りFreeBSDをインストールしてみる為だが、ではもう一台のH98には何をインストールするのか?
答:OS/2 Ver.2.11+Windows 3.1
そう、NT3.51を入れているH98だからこそ入れる意味のあるOSといえばこれしかない上に、幸か不幸かOS/2 Ver.2.11も手元に何故かある訳で、そうなるとこのマシンにこのOSを入れないのは最早罪である(本当にそうなのか?)。
という訳で各種拡張ボードのOS/2への対応状況を調べてみたのだが、いやはや、まさかサードパーティ製品が事実上全滅とは(汗)。
CanopusのOS/2嫌いは昔からだから驚かないけど、I-Oもメルコもまるでサポートしなかったとはねぇ・・。
ちなみに私の知る限り唯一の例外は今は無きICMで、ここのSCSIボードは最後のIF-2769までOS/2対応ドライバが提供されていた。
まぁ、OS/2の普及度を考えれば致し方ない話かも知れないけど、ここはやはりNEC純正ボードを探してみるべきかなぁ(溜息)。
西暦2004年2月25日 “ジャンクパーツ”
とあるジャンク屋で色々購入。
その内訳は、
ゲームポート98(ATB-98) / コンピュータテクニカ
FD1148T / NEC *2
LFD-52 / Logitech
LD-SW05N / Laneed
60ns 32MB Fast Page Mode DRAM SIMM *2
といったところで、98関係のコレクション(苦笑)、交換/補充部品、探索物がメインである。
まず、ゲームポート98はATARIジョイパッド/PC/AT互換機のサウンドブラスター互換のD-SUB15ピンジョイスティックポートの信号をキーボードエミュレーションしたりI/Oポート経由で入力したりするためのボードで、ここ数年お目にかかる機会が無かったので何となく購入。
次にFD1148Tは恐らく後期のMate A(Anとか)あたりの/U2モデルに搭載されていたと思しき代物(ジャンパが1台目と2台目の設定になっていて、ロットが同一であった)で、OS/2インストール関連で使用不能に陥っている事が発覚(NT3.51はインストールにFDを使わないで済ませられるオプションがあって、これを使ってインストールしたので気付かなかった)した、PC-H98 model U150-300内蔵FDD(FD1138C)2基の交換用として調達した。
LFD-52は既に持っているLFD-51の2ドライブ内蔵バージョンで、98用5インチ外付けFDDの本命(実は純正よりコンパクトで扱いやすく、何より内蔵ドライブがTEACのFD-155GFでAs2のファイルスロットに挿してあるID-5FSと同じなので保守上有利である)として探していたものなので当然の如く速攻ゲット(笑)。
LD-SW05Nは10Base T/100Base TX対応の5ポートスイッチングハブで、これは現役復帰したPC-98 2台の為にハブが欲しかったのと、安くてしかもコレガ製品でなかった(爆死)ので手を出してみた。
で、最後のSIMMはTOWNS II Fresh・EにSIMMを供出したLP-9000に再度32MB SIMMが欲しくて購入。
よくもこれだけジャンクばかり買ったものだが、帰宅後チェックしたところ大当たりで、全て正常動作した(喜)。
ジャンクは当たり外れがきついので本当に難しいのだが、今回は価格的にも恐ろしく安価で、しかも幸運な結果となった。
毎回こうだと良いが、何故か不思議と高いジャンクに限って失敗するのが悲しい限りである(合掌)。
西暦2004年2月26日 “DATの終焉”
昨年末に書いていたSONYとTASCAMの業務用DATが尽く昨年中に生産完了と知って恐慌を来す。
これまではDTC-57ESのメカデッキが正常動作しなくなっても「いずれ業務用デッキを買えばいいや」などと嘯けたのだが、それさえも許されなくなった訳である。
私の手元には数百巻のDATライブラリが未だ存在しているのだが、これらの内かなりのものが過去の戦訓として15mm径の小径ヘッドを持つTCD-D3/D7では綺麗に読み出せない事が判明しており、30mm径の標準ヘッドを持つデッキによる読み出しを必要としている。
そもそもDTC-57ESはそれ故に温存されてきた機種であり、その57ESが正しく機能しないとあっては件のDAT群を正しく再生する手段は最早私には無い。
さて、どうしたものか・・・(溜息)。
PC-H98 model U105-300のWindows NT Workstation 3.51に、MO群から発掘したService Pack 5(既にMSのサイトでは提供されていない)を適用し、Internet Explorer 4.01 for Windows 3.1をインストール。
NT 3.51はWindows 3.1と同じく懐かしのプログラムマネージャによるGUIを実装されていた為、Windows 9x / NT4.0と同じIEをインストールする事が出来ず、それ故に16bitコードで書かれたWindows 3.1版をインストールする仕様になっていた。
“なっていた”と書いたのはやはりこれも既にMSのサイトで提供されなくなっている為だが、そもそもWindows 95初代どころかWindows 95 OSR 2.x系よりも後になってリリースされた(IE 4.0x系でも最後に公開された)このIE4やIE5のWin16版の存在を当時からご存じの方は多分それ程多くないのではなかろうか。
実用上激烈に不便なWin 3.1/Win NT 3.51(特にNT 3.51)をわざわざWindows 95/NT 4.0登場後も(それもIEをインストールするほどヘビーに)使い続けたというのは恐らく今の私の様にH98等の95あるいはNT 4.0に非対応のハードウェアを使用しておられた方位のものだと思うが、そんな方が果たして95/NT 4.0が動くマシンを別途用意しない等という事があったものだろうか?
まぁ、人それぞれだから一概に断言してしまう訳には行かないのだが・・・(苦笑)。
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