いわゆる更新記録(靖間 誠PC日記兼用)
西暦2002年7月−8月分
西暦2002年7月1日 “更新”
2型34号、竣工。
主な追加変更は、1391401 (Model M) / IBM の改変、Quarter L 付属キーボード / SONYの追加、Windows 2000での古典キーボードの使い方の追加など。
西暦2002年7月4日 “実験成功”
意を決して、Windows 2000のinfフォルダにあるkeyboard.infファイルに手を加えてAXキーボードとIBM 5576-002/003キーボードをきちんと使える様にしてみる。
記述には多少悩んだ部分もあったが、件のinfファイルを書き戻してキーボードのプロパティからドライバの更新で選択肢に現れた“AX 日本語キーボード”をインストールしてみると大成功、何事も無かったかの様にAXキーボードドライバがインストールされた(喜)。
ちなみに証拠はこんな感じだ。
取りあえずこれでしばらくあれこれチェックしてみて、上手く行った様なら差分ファイル形式(infファイルそのものはMSの著作物なので配布できないのでこうなる)で公開するかも知れない(謎)。
まぁ、今ここを読んで居られる方の中で、果たしてどの位の方がIBM 5576-001/002/003あるいはAXキーボードをお使いかは判らない(まぁ、一人は確実にカウント出来る(謎)けど、後輩だしなぁ・・・)ので需要があるのかどうか今一つ謎だし、勘の良い方なら自分で何とか出来るレベルの書き換えなのでどうかとも思うのだが、取りあえず欲しい方はメールなり掲示板なりでお知らせ願えると有り難い。
Mate A及びPC-9801FA/FS/FX用ファイルスロット対応5.25インチFDDを中古でゲット。
長らく探していたブツなのでかなり嬉しい。
でも、これ挿すとHDDの内蔵が出来なくなるんだよなぁ・・・。
西暦2002年7月6日 “公開”
前回書いた問題のinfの自己展開修正差分を公開することにした(反応はなかったんだけどね(涙))。
欲しい方はWindows 2000での古典キーボードの使い方からどーぞ。
p.s.当該ファイルへの直リンクはしないよーに。
西暦2002年7月7日 “Binary,Binary”
調子に乗って(苦笑)、kbdibm01.dllは作れないものかとWindows 2000のkbdibm02.dllをバイナリエディタで覗いてみる(爆死)。
・・・これは一旦ダンプを印刷して、拾い出してみないといじれないかなぁ(溜息)。
ま、判っちゃいた事なんだけど(苦笑)。
WorldTankMuseumのElephant重駆逐戦車が同色でダブった。
で、VK4501(P)とかPORSCHE Type 101とかポルシェティーガーとか色々な呼び方をされるアレの第653重駆逐戦車大隊指揮戦車仕様をこさえようと、戦闘室からゴリゴリ削り始める(爆)。
戦闘室とその下の車体の延長部分(本来はエンジンルームがある部分)を削り落とし、真っ平らになった車体上部を整形し、エンジンルーム後部の傾斜部をエポパテで成形してヘンシェルティーガーの砲塔を載せてみると、結構イカす(笑)。
というかこの状態でヘンシェルティーガーと並べて見ると、総統閣下がポルシェ博士に肩入れした理由が何となく判る気がする。
面の傾斜による実質的な装甲の強化とか、エンジンルームの処理とか、明らかにポルシェティーガーの方が新しいというか合理的なデザインになっている事が良く判る。
・・・問題は、やはり勇み足で採用した電動メカニズムだったんだろうなぁ(苦笑)。
それにしたところで、前代未聞の45tオーバー(実際は56t強)の重戦車では、満足のいく性能の変速機が造れない、という判断が先にあった(そうとしか考えられない。事実、Tiger IもIIも、それからその派生車種の全てで変速機がアキレス腱となった)からだろうし・・・。
まぁ、電動システムの方もかなりナニではあった訳だけど(苦笑)。
模型に話を戻すと、試作段階の仕様だとイタレリの1/35キットみたいに砲塔をあれこれいじったり、車体前面の追加装甲を削ったりせねばならないのだけど、第653重駆逐戦車大隊仕様だと車体はほぼElephantのまま(というかElephantに合わせて仕様の統一を図ってあるという方が正しい)で、しかも砲塔の方もヘンシェルティーガーとほぼ共通なので、後は車体後部と上面をどうにかすればそれで済む。
・・・ああ、でもエンジングリルどうしよう?
西暦2002年7月12日 “キングゲイナー”
M君やHAN-LAY先輩と会う。
で、「キングゲイナー」なる富野監督の新作の第一話を3人で鑑賞。
・・・富野監督はどうやらスポンサーの制約が無ければロボットのデザインには拘らないらしい(笑)。
つーか、表題にもなっているオーバーマン“キングゲイナー”のデザインは何というか変だ。
だが、肝心の物語はスゲー面白い。
富野監督は主人公をロボットに乗せる話を描かせたら多分世界一の技量を持つ人だと常々思っていたのだけど、いや、この人は本当に上手い。
最近演出が本当に駄目なアニメを続けて3作辛抱して観ていたので余計にそう思ってしまうのかも知れないけど、切れが良く、無駄が無く、テンポの完璧な演出というものがどんな物かをこうして見せられると、最近の若手(そうでないのもいるけど)アニメ演出家の多くの能力不足が深刻な事を思い知らされる。
問題は主役メカが致命的に格好悪く見えている事だけど、これも放映前は恐らく誰もが「これはあかん」と思っていた筈(苦笑)のボトムズのスコープドッグや、「変だ」と言われていたが話数を重ねる程にこれは実は格好が良いのではないだろうか?と思わせるに至った∀という前例があるので予断は許せまい。
あ、ウチではもう一つ問題があった。そもそもWOW WOWなんで放映が開始されても観たくても観られない(苦笑)。
その後、AVALONのDVDを観たり、あれやこれやと怪しげなゲームや映画などについて話したりして別れ、帰宅したのだが、その間、M君のマシンでIBM 5576-001を用いて例のinfファイル修正の動作チェックを行ってみたら、何やら異常が出ている事が判明した(汗)。
取りあえず、これは早急に対処せねばなるまい。
西暦2002年7月13日 “Trouble Shooting”
昨日発覚した例のinfのトラブルの原因究明。
面倒なので元のと新しいのとを共にプリントアウトし、並べて読み出しチェック。
ついでにバイナリエディタでキーボード定義のdllをプリントアウトしたけど、やっぱりこれは難物だねぇ(苦笑)。
それはともかく、問題点が2カ所で発見されたので急いで修正してUpload。
そんな訳で2002/07/13/15:00以前にダウンロードされた方は申し訳ないが 再ダウンロードしていただきたい。
なお、もしかしたらそれでも問題解決しないかも知れないが、その場合は一旦別のキーボードの定義に切り替えて再起動し、その上で再度インストールしてみていただきたい。
西暦2002年7月14日 “バグ取り”
キーボードを繋ぎ換えて動作チェックしてみたら、動作が何かおかしい。
で、念の為にレジストリエディタを起動してキーボード関連のレジストリをチェックしたらエントリの一部に異常が出ている事が判明。
またも大慌てでinfの定義を読み返したら、ミスが2カ所にあった事が発覚(爆死)。
・・・これはちょっと弁解のしようがない。
そんな訳で2002/07/14/13:30以前にDLされた方は本当に申し訳ないがここから再度(あるいは再々度)ダウンロードして頂きたい(謝)。
恐らくこれで基本的な部分の修正は完了したと思うが、何か問題が発生した場合は遠慮なく掲示板に書き込むなりメールを出すなりしていただきたい。
というか、現在までの所一切反応が無いので少々不安になっている(苦笑)。
・・・カウンターの回る速度はこれまでに無い位のペースで上昇しているのだけどねぇ(溜息)。
西暦2002年7月15日 “恐怖のα版”
Windows 2000版のkeyboard.infのメンテがどうにか落ち着いた様なので、無謀にもWindows XPに手を出す(爆死)。
そもそも、kbdibm02.dllとkbdax2.dllが存在するのかどうか未確認(汗)なのでその段階でかなりアレなんだが、取りあえずα版という事で(苦笑)。
これに関しては現段階では自前で確認しようが無いので、動いたという方は是非ご報告願いたい。
まぁ、アカの他人を当てにしても仕方がない事はだんだん学習しつつあったりするのだが(自嘲)。
西暦2002年7月16日 “白詰草話”
何やら無闇やたらと“白詰草話”をプレイ。
殆ど勢いだけでグラフィック95% シーン93%って所まであっという間に完了した(苦笑)。
ゲームシステムそのものの出来の素晴らしさ(いわゆるアドベンチャーゲームの歴史の中では、これは本当に久々の革新だと断言できる)もさることながら、3人の幼いExtra達が無闇に愛らしいので、ダメージが非常に大きい(爆死)。
何より重要なのは、それ以外の登場人物の大半が基本的に(精神的に、という意味で)“大人”である事で、それ故非常に自然に物語を進行させる事に成功している点は大いに評価に値しよう。
私がいわゆるアドベンチャーゲームでここまでのめり込んだのは、あの懐かしいPC-98時代の“YU-NO”や“EVE BurstError”、あるいは“痕”とか以来だから、おおかた5,6年ぶりという事になる。
思えばあの頃はハードの制約が存在するが故にシステムやグラフィック、あるいはサウンドに凝る事が困難であったが、寧ろそうであったが故にシナリオを本当に練り込んだ作品が少なからず存在した。
いや、そうでなければあのすさまじい18禁ゲームのインフレ状態の中では生き残るのが困難であった、と言った方が正しいかも知れない。
先に挙げた3作はその中でも末期の代表例という事になろうかと思う(事実これらは続編だのリメイクの話に今だ事欠かない)が、今回の“白詰草話”はそれら3作と比肩しうるクオリティの物語構築を実現した、巧妙かつ繊細だが実はシンプルな構造のシナリオと、斬新極まる複雑なシステム(長く細いAVGの歴史でもここまで画期的なシステムというのは“YU-NO”以来だろう。いや、“ポートピア連続殺人事件”以来といっても良いかも知れない)の幸せな結婚であり、恐らくこれを凌駕する程の革新にお目にかかる事は当分あり得まい。ちなみに、グラフィックも(好みによる好き嫌いはあろうが)怪物的と言って良いレベルのクオリティであり、音楽もなかなか高レベルであった。
実はこのゲーム、余程優秀なプログラマが携わったのか、それとも開発環境に相当金を投じたのか、あるいはその両方なのか、ビジネスアプリケーションでも面倒でやりたがらない、マルチプロセッサマシンを念頭に置いたスレッド分散を前提とするコーディングがなされているものらしく、稼働中のCPU負荷率が負荷に応じてリニアに変動しており、おまけに各種マルチメディア拡張命令セット群に対応しているらしく、今の我がメインマシンでは一番重い設定で動かしてもCPU負荷率が最大で55%というレベルに収まってしまっている。
この手のゲームでは意味もなく100%近い負荷率を示し続けるものも少なくない事を思うとこれは全く驚異的な話であって、デザインやコーディングを担当したプログラマ達の優秀さを物語っている。
取りあえずこのゲームは良い(18禁)AVGをプレイしたい方には激しくお勧めしておく。
M君から例のinfによって5576-001が問題なく使えたという報告が届く。
・・・どうやら修正は有効に機能している様で何よりだ。
西暦2002年7月17日 “SCSIカード”
AHA-2940UWをXv13に挿して使おうとしたら、システムが起動しない(汗)。
で、調べた結果どうもBIOS ROMの内容が壊れているかAT用BIOSが書かれている(思い返してみると、確か書き換えた様な記憶があった)様だ、という事でメインマシンに挿してチェックしてみると、SCSIコントローラは生きているがBIOSが起動しない(大汗)。
そこでDOSでBIOS書き換えをしてみると、何をどうしてもFlash4ユーティリティ(2940U/UW用BIOS書き換えユーティリティ)の終了時ステータスコードに8が返ってきて、FLASH ROMが正しく読めないか書けないかの何れかであるらしい。
原因は不明だが、何しろ色々実験を繰り返した板なので心当たりが多過ぎる(爆)。
最終的には今積んであるFLASH ROMを外してW29EE011-15を挿し、Macに転用すればそれはそれで済む事だが、そうなったらそうなったで98のSCSIボードが必要になる(まぁ、当分は使わない予定なのだが、仮称AT4号に使い回せないのは困る)訳で、厄介な話ではある。
・・・こないだM君に会った時に彼から2940UWを買っておくべきであったか。
流石に今、新規でChanpon3を買う金は出ないからなぁ・・・(溜息)。
西暦2002年7月18日 “SCSIカードの復旧”
昨日壊したAHA-2940UWを“使える”様にする為にICソケットを購入。
何をするかと言えば、一旦S1668(128KBのFLASH ROMをBIOS ROMにしている)を起動してそのBIOS ROMを電源を入れたままで抜き、そこに空の128KB FLASH ROM(昔のマザボから回収したW29EE011-15)を挿して、バイナリエディタで64KB分の空データを足した(つまり見かけ上の容量は128KB)AHA-2940UW用BIOSファイル(128KBでないとエラーが出て止まる)をAWDFLASHで書き込み、AHA-2940UWのROM用空きパターン(16pin *2 DIP)に買ったソケットを挿し、更にそこに書き込み済みROMを挿す(長いな・・・)為で、抜き差し出来る様にしておかないと後々困る(謎)という事でこの仕儀と相成った。
で、ついでにS1668のBIOSも書き換えようと思ってTYANのftpサイトを直に探してみたら、BIOSページで公開されているAward BIOS版だけではなく、AMI BIOS版も用意されている事が判明した。
当然両方とも落とした訳だけど、何で片方を事実上非公開の扱いにしていたのだろうか?
さて、ソケットをAHA-2940UWに半田付けし、ROMにデータを書いて(ROMチップは3つ持っているのでAwardとAMIと2940UWのROMの3つを同時に書く事が出来る)、AMIのBIOS+AHA-2940UW(改造ROM搭載)で起動してみる。
果たしてAMIの見慣れた起動画面が何事もなかったかの如く表示され、CMOSのデータが壊れているのでF1キーを押してBIOSセットアップをする様に促された。
ここで初めて知ったのだけど、S1668のAMI BIOSのBIOSセットアップってあの有名なGUI版(メニューがウィンドウで階層表示され、マウスも使える前代未聞のBIOSセットアッププログラム!)だったのだねぇ(苦笑)。
一体何を考えてあんなモノを用意したのか知らないけど、一見の価値はある(笑)。
で、一通り設定して再起動したら今度は正しくイニシャライズが進み、AHA-2940UWのBIOS画面が正しく出た。
・・・実験成功(喜)。
取りあえず、これで1枚はSCSIカードをBIOS ROM付きとして使える様になった。
予算が無い折りなので、非常に有り難い話ではある。
Mac用ファームウェアを書き込んだROMを直付けしていたAHA-2940Uを2940UWにならってROMをソケット取り付けに改修し、S1668上でPC/AT互換機用BIOS(最新のVer.2.20)を128KB化して書き込んだROMを取り付け。
やはりこちらも無事SCSI BIOSが認識された(喜)。
手間はかかったが、ともあれこれでAHA-2940U/UW各1枚が共にPC/AT互換機・PC-9821・Power Macintoshの3アーキテクチャで動作可能となった。
InitioのINIC-950搭載SCSIカードなら同じ事をカードをマシンに挿したままでBIOS/ファームウェア書き換えだけで実現可能だが、残念ながらAHA-2940U/UW程の安定度は得られない(性能は良いが機器の動作互換性の保証等でやや弱い)から、使い回せるなら2940系の方が便利なのだ。
やはり、自由度は高いに越した事は無い。
気になったので、S1668でマウスを繋いでBIOSセットアップを起動してみる。
・・・あ、マウスが機能しない(爆)。
もしかしたらUSB→PS/2変換経由でWheel Mouse Opticalを繋いだせいかもしれないが、一応書き留めておく。
仮に、ハナからマウス非対応だとしたら、これは物凄く不便かつ無意味なインターフェイスだと思うがどうだろう?
西暦2002年7月22日 “Xv13の復活”
AT新1号機のあまりの発熱の大きさと消費電力の大きさ、それから騒音の大きさに音を上げて、休眠状態だったPC-9821Xv13W16とのハイ・ロー・ミックスに切り替える事にする。
過去の実績から、インターネットブラウジングやここのコンテンツ作成程度ならXv13でもそこそこ快適に出来るだろう、という読みをしてみた訳なのだが、実を言えば、そこそこ以上に高速なHDDが18GB *2となったので、1基を98に回してもまぁ何とかなる様になった、という事の方が大きいかも知れない。
例えそこそこの(あるいは悲惨ではない程度の)速度のCPUでも、メモリがそこそこ以上積んであってHDDが充分に速ければ、こちらの想像以上に快適にWindowsが使えてしまう、というのは色々試した末に得た経験則なのだけど、この場合Cheetah X15(初代)があればMMX Pentium 200MHzでメモリ128MBというある意味この世の終わりの様な仕様(本音を言えばK6-III 400MHz以上が欲しいが)のマシンでも何とかなってしまう、という訳だ(苦笑)。
但しこのマシンはそこそこ以上に手が掛かっているので、必ずしもこの世の終わり仕様って訳じゃないのだけど、それにしてもAT新1号機と並べて比較すると、約5年間の技術の進歩の凄まじさを思わずにはいられない(苦笑)。
何しろCPUクロックが実クロックでさえ、8倍だものなぁ・・・(溜息)。
西暦2002年7月23日 “パーティションの迷宮”
CheetahX15を組み込んだXv13でパーティションを切ってWindows 2000を入れようとするも、何故か毎回インストール可能なパーティションが見つからないというエラーメッセージが出て停止し、悩む。
そこで、あれこれ再フォーマットとかしてみるも、エラーは解消されない(汗)。
で、一体何が原因か判らなくなったので、しばらく放置して検証してみることにする。
何しろここ2年程本腰を入れて運用しなかったマシンなので、HDDの扱いとか綺麗に忘れてしまっているのだ(苦笑)。
・・・待てよ、そういえばHDDに関しては上限32GB以外に何か制限がなかったっけ?
慌てて記憶の奥底をひっくり返して、PC-9800シリーズの場合、Windows NT/2000のインストーラでは8GBまでの範囲に収まるパーティションでなければ起動ドライブ(つまりWINNTフォルダを格納するドライブ)に出来ないという厄介な制限があった事を漸く思い出した。
・・・たしかこれ、9GBのHDD(DDRS-39130)の時にもドツボにはまったんだったっけ(苦笑)。
早速ディスクの先頭から8180MBまでで1つパーティションを切ってWindows 2000を再度インストール。
今度は無事インストールが開始されたけど、何かディスクアクセスが妙に遅い。
そこでインストール完了後、HDBENCH 3.30でディスク性能を見てみる。
ホストアダプタがUltra Wide SCSIのAHA-2940UWなので性能が出ないであろう事はある程度覚悟していたけど、それにしてもRead/Write共に17〜18MB/sというのはちょっときつい。
恐らくAHA-2940UWのBIOS設定が低速なFireball ST 2.1Sに合わせたままになっているのだと思うが、実は例のROM改造の影響で98用BIOSセットアップディスクが使えなくなってしまっているので、何ともし難いのだ(苦笑)。
・・・やはり何でも良いから98でブート可能なU2W SCSIのカードを調達する必要があるなぁ(溜息)。
まぁ、当面は今のままでも深刻な問題はないし、これまでに比べたら格段に速いのだけど(苦笑)。
西暦2002年7月28日 “更新”
2型35号、竣工。
主な変更点は、各記事の細かなミスのメンテナンスや、時期に関する記述の追加など。
それから、鉄道関係で1つ記事を削除。
まぁ、これならもう要らないだろうという判断である。
まだ直しが不十分な部分が多々あるが、それはまた次の機会にという事にしておこう。
“戦闘妖精・雪風”の解説本が出ていたので購入。
どうやら8月25日発売のOVA第1巻に合わせての副読本という事らしいが、例の“被書空間”が収録されていたのは目出度い(笑)。
それから、実を言うと今回のOVA版について、私は情報公開開始以来ずっと、山下いくと氏デザインによる“スーパーシルフ”にどうしても違和感を感じて納得出来ずにいたのだけど、この本に掲載されていたFRX-99“レイフ”のデザインを見て漸く得心がいった。
成る程、このデザインが得られるのならば、そしてこのデザインがあるのであれば、山下いくと氏に“スーパーシルフ”のデザインを託したのも理解できるし、そのバランスにおいてスーパーシルフはあああらねばならなかったのだろうと思う。
まぁ、岡部いさく氏の解説ではないが、“汎用航空機型決戦兵器”なテイスト満載なので、その点横山宏氏のカバーイラスト(余談だが、氏の描いた雪風はあの1枚だけではない)に慣れた/思い入れのある向きには特に辛い部分もあるけど、あの凄まじく突き抜けたFRX-99を見る事が出来るならば、全て許せるのではあるまいか(笑)?
正直言って、“ジャム”(一瞬UIMSδか?と思った(苦笑))以上に衝撃的なデザインだものなぁ・・・。
西暦2002年8月10日 “更新”
2型36号、何気に竣工。
音の源へに2項目追加。
・・・たったの2項目の筈なんだが、無闇に打つ量が多くて作業は難航した。
お読みになる際はその点を想っていただければ幸いである(笑)。
また、その他にも色々いじった筈なのだが、何しろ忙しくて時間もたったので綺麗に忘れてしまった(爆)。
只、自分の昔書いた文章のひどさに絶望的な気分になって、幾つか書き直した事だけは覚えているので、修正点は多分その辺だろう。
ちなみに、マシン環境でいつの間にかAudigyとかDNES-309170(それも3基も!)とかが増えているが、それは多分気のせいだ(苦笑)。
まったく、日中暑くてやってられない。なんとかならんものだろーか。
そういえば大事な事を忘れていた。
関係者の皆さん、遅ればせながら暑中お見舞い申し上げます。
特に、気温が地獄っぽそうな高知のT.G.君とか、北九州の葉隠氏とかいかがお過ごしでしょーか?
ま、姫路も今年は地獄なんですけどねぇ(苦笑)。
Windows 2000のServicePack3が公開された。
それは大変結構なのだが、何だ、あのネットワークインストール(フルサイズ)で128MBというのは(愕)。
おまけに、PC Watchの紹介記事じゃ約10MBと書かれていた高速インストールもウチじゃ32MB以上あったし(爆死)。
つまりPC-9821用と合わせるとフルで256MBオーバーって事で、ウチの回線環境じゃ誰かにDLしてCD-Rに焼いて貰うか、それとも雑誌収録されるのを待つ他無いという事だよなぁ・・・(溜息)。
西暦2002年8月21日 “更新の拾遺”
忙しくて書き忘れていたのだが、ここしばらくの間に音の源への未完ページの全補完と、一部ページのミスの修正というか訂正を実施している。
実を言えばまだ記事を書く事の出来るサウンドカードが何枚か(AW744SにXwave Audio Elite、それからDigital-XG YMF754など。考えてみるとYMF-7x4ものばかりだ)有る事は有るのだけど、最近無闇に忙しくてページを記述する暇が捻出出来ないのと、既出分と同じチップの物が殆どで面白くないのとで当分はこれで打ち止めとしておこう。
今回の追加分についてはいっそ2型37号にしても良い様な気もするけどねぇ・・・(苦笑)。
久々に本屋に出かけて、鉄道ファン10月号を買って来る。
表紙をめくって最初のページである“車両コレクション”をまず見る。
今月は参宮急行電鉄デ2200と国鉄153系急行電車。
デ2200の方は割と有名な、鹿島雅美氏(近畿車輛であの“ビスタ・カー”をはじめとする近鉄電車の設計に携わった方で、有名な鉄道ファン。保育社のカラーブックス「近鉄」を書いた方、と言えばご存じの方も多かろう)の撮影された旧塗装2扉時代のカラー写真(従って厳密には近鉄モ2200系となってから、という事である)の撮影された貴重なカラー写真で、153系の方も汽車製造の試作ステンレス車であるサロ95(晩年格下げされ、東海道・山陽線快速の113系に連結されていたのを良く見かけた)が入っているし準急表示はあるけどトレインマークはないから多分星晃氏(臨時車両設計事務所で153系電車や82系気動車などを筆頭とする数々の名車の設計を担当しておられた偉い人。設立当初から鉄道友の会に関わっておられる事でも判る通り、この方も有名な鉄道ファン)あたりの撮られた竣工直後の写真だろう、と思って裏を見たら大正解(笑)、両方とも当たりだった。
ま、この辺は20年以上この雑誌を購読していれば確実に一度は見かけている筈なので、当たったからと言って威張っても仕方の無い話ではあるが(苦笑)。
で、例によって裏の解説を読んでいたら又ミスを発見。
何だか小姑みたいで凄く嫌なのだけど、小さな事だがこれも誤植で済ませるにはアレなので、ここに記しておく。
まず、デ2200の主電動機はMB-21BFじゃなくてMB-211BFだ。
これについては単純な誤植である事を切に願う。
それから、この電動機を記録的な大出力、と書いているけど、実は文中にある新京阪鉄道デイ100(東洋TDK-527A及びTDK-537A)に阪和電鉄モヨ100(しか書かれていないけれども、3扉のモタ300も同じく200馬力のTDK-529Aを装架していた。というか、基本的に阪和は旅客車についてはこのモーターしか使わなかった)、そして南海鉄道301(日立HS-262ARなど。モハ2001/クハ2801になったのは昭和11年の大改番後の話で、第一陣の建造時点では電第9号形301〜310及び電附第12号形911〜920という南海伝統の非常に変わった形式番号を与えられていて、そもそもモハやクハという記号さえ付いていなかった)の全てが200馬力モーター搭載で、それどころか南海の場合は架線電圧が600Vだったから実力はそれ以上(絶縁材の耐熱性能の不足や冷却能力等の制約から、架線電圧1500Vの場合の定格端子電圧750V時に得られる理論上の定格出力である250馬力は出せないだろうが、同世代の200馬力級電車用電動機の中では群を抜く強力な磁気回路を備えていた事が判る)であったという事実があって、更にこのすぐ後には端子電圧750V時に170kW 230馬力を叩き出す芝浦SE-146(大阪市電気局100〜600)やSE-151(阪神急行電鉄920:但しこちらは神宝線の1500V昇圧まで端子電圧600Vで用いられたので、実質的には180馬力級の扱いであった。ちなみにこの920が1980年代に入る頃まで生き長らえたのは、扱い易い17m級の中型車であった事に加えて、その昇圧後の走行性能が高性能車に殆ど見劣りしなかった事による部分が大きい)が登場するので、これは特に大出力という訳ではない。
無論、同時期の関東私鉄を基準にすれば記録的大出力という事になろうけれども、この時期の関西大手私鉄にあっては一線級ではあるものの、決して珍しい物ではなかったのである。
寧ろこの電車を評価する場合には、青山峠越えを含む厳しい線形を前提条件とするにもかかわらず、当時の経験則から言えば230〜250馬力級にしてもおかしくない(何故か重い魚腹台枠を好んだ新京阪/阪和の技術陣なら多分そうしただろう。だが、それも1つの解決策である)主電動機の性能を、車体側の厳密な理論計算に基づく軽量化(この時期にして既に軽量化に取り組んでいた点は絶賛に値する。その点に関しては車体の重量差がほぼストレートに比較できるT/Tc車の値で下の153系と比較していただければ、昭和5年の段階で軽量化にどれだけの努力が払われていたかがお分かり頂けようかと思う)で200馬力級に抑えたその合理的な設計方針をこそ誉めるべきであって、大馬力モーターを積んだ事そのものは、この時期既に誉める程の事ではなかった筈なのである。
要するに、戦艦大和を紹介する際に、無闇にでかくて重い事よりも寧ろ、そのスペックで長さと排水量をあれだけに抑えた事の方が重要、というのと似た話で、ちょっと突っ込んで調べたら判る筈の事なのだが・・・。
というか、そうやって突っ込んで調べる気にさせる解説文を書く事を、この車両ファイルには望みたい。
何度か書いた様な気がするが、この車両カードは初心者を主たる対象にしている筈で、そうであるならば彼らの興味を引き、なおかつ正しい知識を提供する事こそが重要であるからだ。
この手の解説文は長さに制限があるから何でも盛り込む訳には行かないけれども、少なくとも今回の場合は、せめて上の事実に触れておいて欲しかったし、参宮急行電鉄のフルネームと、それが大阪電気軌道の子会社であった事位は明記しておくべきではなかったろうかと思う。
それから、153系で折角ステンレスのサロ95(後のサロ153-900→サロ110-900)を連結した編成の写真を採用しておきながら、それについて一切触れていないのはどうだろうか?
知っている人間だけ相手にするなら特に説明を要しまいが、そうでない人間を対象とするならば少しは触れておくべきであろうと思うのだが・・・。
そういう設計や構造、あるいは機能に関わる事柄を理解した事と、歴史に関わる単語を知った事が、私の鉄道趣味の出発点にあった事を思うと、初心者に対するこの辺の啓蒙運動はもう少し真剣に行うべきではなかろうか。
この件はこれ位にして、他の記事から。
“大手私鉄の形式・車号の付け方”だが、ここ数ヶ月のファン誌で初めて「新京阪鉄道」という表記を見た(苦笑)。
編集者はこれを見てここ数ヶ月の他の記事の新京阪の表記について何も思う所はなかったのだろうか?
なお、内容はおおむねOK、というかかなりよく調べられていると思うが、憶測というか推測というか、形式付与の理由付けに関しては、少々感心しない部分があって、他にも新京阪の部分でP-6に“デイ”に“フイ”という形式称号を冠しておきながら、10/50形の方の“デロ”・“フロ”を書かないという不備があった。
“加悦鉄道ものがたり”は4回で完結となったが、何というか車歴の記述が簡潔に過ぎてやや食い足りない。
初見の写真が多く、内容も初耳の話が多くて楽しみにしていたので、少々残念である。
これ以上書き出すと本当に長くなる(爆)ので、取りあえず今回はこの辺で終わっておくが、実は最近ファン誌を買い続ける事に少々疑問を抱きつつある。
何というのか、ここ10年ほどで誌面の作りがひどく雑になった気がするのだ。定評有る写真製版の技術は流石の一言だが、明らかに誌面レイアウトの技術やセンスがそれに釣り合っていない。
連載記事等(読む所が多くなったのは大歓迎だが)の文字部分で、レイアウトの関係で無闇に読みにくいのが気にかかってならない。
これではハナから読んでもらえなくなってしまうと思うのだがどうだろう?
この辺、本当に何とかならないものかなぁ・・・(溜息)。
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