いわゆる更新記録(靖間 誠PC日記兼用)

西暦2001年6月1日−6月29日分


西暦2001年6月1日 “らいぶののろい”

 Windows 2000 ServicePack2の公開が開始されたので、DLを始める。

 トータルで100MB強という、非常に大きな修正プログラムで、どうせ半月〜1ヶ月の内に何処かの雑誌に収録されるであろう事は分かっているのだけど、早い内に入れたい(というか最近AT2号機のWindows 2000が少々おかしくなっているので、修正で直るものなら早い内に直したい)ので、時間がかかる事を承知でDLする事にした。

 

 AT2号機に入れたLive!だが、早速2つ目の問題が発生した(苦笑)。

 一体何がどうなっているのかはよく判らないのだが、ともかくドライバ/Live! Wareの何れであるに関わらず、「一旦どちらかをインストールしてしまうと、その後どちらもインストールできなくなってしまう」という謎な状態になってしまっている事が判明したのだ(爆死)。

 Sound BLASTER Live!、恐るべし。

 

西暦2001年6月2日 “Windows 2000不調”

 昨日も書いたけど、どうも最近AT2号機のWindows 2000が不調だ。

 流石に青画面を吐いて停止、という類のエラーは出ないが、起動時に無闇に時間がかかったり、Explorerの挙動が何処かおかしかったり、と結構厄介な問題が多発している。

 まさか、ハードウェアの問題とは思いたくないのだが、このままではそちらの可能性を検討せねばならなくなりそうだ。

 さて、どうするのが良いかなぁ。

 

西暦2001年6月3日 “Windows 2000再インストール”

 AT2号機のWindows 2000の問題解決を図ろうとして色々試している内に、同環境のレジストリを破壊してしまう(爆死)。

 極力石橋を叩いて渡る、慎重な方針で作業をしていたのだが、どうやら石橋を叩き過ぎて壊してしまったらしい(涙)。

 仕方が無いので、別フォルダにWindows 2000を新規インストールし、各種アプリケーション等を再度インストールして環境をどうにか復旧。

 ここへ来て恐るべき時間のロスである(涙)。

 

西暦2001年6月4日 “悪の行商”

 行商に出向いて、#9のRevolution 3D WRAM 8MB AGPとMINTONのAudio Cyclone SP402Dを売却。

 これらが余剰を来していて、かつ資金難であるが故の決断だが、何というかちょっと辛い気分になった。

 ・・・みんな貧乏が悪い(涙)。

 

西暦2001年6月5日 “100*10”

 祖父地図で手持ちのPentium III 750MHz(SECC2)、Millenium 4MB、AV511(CMI8738/PCI)、Ultra 100等を売却し、その代金と昨日得た金と合わせて、別の某ショップでSECC2版Pentium III 1GHz(System Bus 100MHz)を1つ購入。

 SECC2版のPentium IIIの生産打ち切りの報道があって焦っていたのだが、どうにか間に合った。

 無論本当はもう一つ欲しいのだが、何しろ1つ目を買うだけでもこれであるから、先は長い(溜息)。

 

 帰宅後、早速AT2号機に取り付けて起動。

 流石にコアスピード33%アップの効果は絶大で、レスポンスがかなり良くなった(喜)。

 1GHzは伊達ではないという事か(苦笑)。

 そこで、先だってと同様にN-Benchで測定してみたところ、Totalで2348と出た。

 Duron800MHzな基準機より悪いのは無惨(これでその原因がSPECTRA 5400P.E.の3D描画性能不足にある事が確定した(涙))だが、それでも約2割程度は性能が上がっているから、これはこれで良しとしておこう。

 

 先日来頭を悩ませてきたSound BLASTER Live!のドライバだが、延々虱潰しの消去法(爆)でチェックした結果、3号機の特打問題と同様、SY-XG50が諸悪の根元であった事が漸く判明した。

 要するに、SY-XG50の仮想デバイスドライバの実装に何らかの不具合が存在していて、それがLive!のドライバetc.と干渉していたという事であるらしい。

 まぁ、この手のマルチメディア拡張の実装にやたらと問題が多いWindows 2000(オーディオ/サウンドカードメーカーの中にはこの辺の実装の問題を指摘してWindows 2000用WDMドライバの開発を棚上げしている会社が結構あるらしい)であるから、NTで上手く動いていても、2000になった途端に問題多発というのは良くある話ではある。

 つまり、散々書いておいてアレなのだが、想定外となるソフトウェアシンセSY-XG50をアンインストールした状態ではCreativeが提供しているLive!用Windows 2000対応ドライバ/ユーティリティはちゃんと問題なく動作しているという事で、Live!にはとんだ濡れ衣を着せてしまっていた訳だ(苦笑)。

 そんな訳で上記の件について、お詫びし訂正させていただきます(謝)。

 

西暦2001年6月6日 “LANカード”

 中古屋でノーチェック品を漁っていたら、チップ上にMacOSのシールの貼られた100Base-TXなPCI LANカードを見つけたので後先考えずにゲット(爆)。

 ちなみにお値段は700円少々。

 Mac用の100BASE-TX対応カードは何故か無闇に高いので、新品ではなかなか買い辛いのだが、中古でも出物を見る機会が少なくて、その意味ではこれは貴重な収穫(笑)という事になる。

 まぁ、ノーチェックという事で、色々リスクはつきまとうのだけど、先だってのLive!の時にも書いた通り、この程度の出費ならば失敗しても我慢できる範囲内だから、試してみる価値は充分にある。

 ちなみに、チップ上のシールを剥がして確認してみたところ、RTL8139というコントローラが実装されていた。

 これはAT互換機用では安物扱いされる事が多いチップなのだけど、それがMacで動くとなると話は全然違ってくる(苦笑)。

 只、一つ問題があるとすれば、手持ちのPower Macintosh 8500/132には既にLANカード(それも高価なIntel(旧DEC) 21143搭載)が挿してあって、今更もう一枚LANカードを挿す必要も、その為の空きスロットも無いことだろうか(苦笑)。

 

西暦2001年6月7日 “青画面”

 昨日買ったLANカードをAT2号機の空きスロットに挿してみる。

 が、起動時のPnPで認識されなかったので、仕方なくコントロールパネル上から認識させてみようとしたところ、いきなり青画面が出た(爆死)。

 メッセージによればACPI関係でエラーが出た由。

 つまり、このカードに搭載されたRTL8139はACPI非対応という事で、要するに今のAT2・3号に挿して使う事は出来ない訳だ。

 そうなると、このカードは完全にお蔵入りという事になってしまうのだが、さてどうしたものか。

 

 CPUを交換したので、あれこれベンチマークテストを実施してみる。

 ・・・SUPER πの値が予想以上に延びない。

 メモリアクセス性能最優先なこの種のベンチで良い結果を得るには、やはりFSBの向上以外に無い、という事らしい。

 無論、他のベンチマークテストの結果をみる限りでは、クロック向上が結果に素直に反映されている様だが・・・。

 やはりFSB 133MHz版のPentium III 1GHzも買わねばならないという事か(溜息)。

 

西暦2001年6月8日 “LANカード再び”

 薙沢君からメールが届く。

 用件は昨日書いたRTL8139搭載カードについてで、PnPで認識されないならそりゃ壊れているのじゃないか、との由。

 一瞬そうかも、と思いかけたのだが、冷静に考えてみるとあのカードはMac(Power Macintosh 8500/132)のPCI A1スロット(この頃のMacではPCIスロットは3本が標準的だったが、ブリッジ経由で3+3とした9500/9600が存在したので、A〜Cの3本しかない8500でも便宜上A1〜C1と表記する)に挿して、マニュアルの指示通りにドライバをインストールしたら問題なく動作した訳で、PnP云々はともかく、それ以外はマトモに機能している筈なのだ。

 そこで、AGPスロット(GA-VDB16/AGP)とISAスロット(POST CARD C200)しかカードを挿していない(笑)、AT3号機のPCIスロットに件のカードを挿して動作チェックしてみる事にする。

 これも、オンボードでSCSIにLAN、それにサウンドが搭載されているので、IRQのINT再割り当て管理機構の動作という点では色々制限のあるマシンなのだけど、それでも64Bit PCIブリッジが搭載されている関係でIRQ関係の挙動がかなり特殊なSUPER PIIIDMEに比べたら、遙かに素直な設計ではある(苦笑)。

 で、マシンを組み直して電源を投入し、Windows 2000を起動したらあっさりRTL8139がPnPで検出され、ドライバも問題なくインストールされてしまったばかりか、ACPIの実装が正常でなければマズい事になる筈のオートシャットダウンもいつも通りあっという間に完了してしまった(汗)。

 つまり、このカードは全く問題無しだ。

 このカードはマニュアル上でINT A固定デバイスである事が明記されているのだけど、SUPER PIIIDMEのPCIスロット1でエラーが出たのは、あるいはこれが原因であったのかも知れない。

 何しろ、あのスロットはAGPとLAN(Intel82559)がIRQシェアリングする様になっているものなぁ・・・(溜息)。

 あるいは、AT2号機の今の構成でもカードを挿す順番を入れ替えたら問題なく動作するのかも知れないけど、それをすると厄介なLive!のドライバの再インストールとか面倒だしなぁ(苦笑)。

 どのみち、これはAT2号機に挿して使うカードじゃないし、ここはカードそのものは正常であった事を確認出来た事で良しとしておこう(笑)。

 

西暦2001年6月9日 “放熱対策”

 久々にPC-9821Xv13/W16を出してきてモニタに接続、起動してみる。

 で、Windows 2000にService Pack 2を適用。

 流石に100MB強をもう一回DLする気にはなれなかったので、高速セットアップを選択。

 どうせ、再度インストールする頃には雑誌付録等で出回っている事だろう(苦笑)。

 無事にインストール完了後(Microsoftの嘘吐き。10MBと言っておきながら結局20MB落としたじゃんか・・・)、再起動して色々動作チェックしてみる。

 ・・・取りあえず問題無し。

 まぁ、問題が出ても困るのだけど(苦笑)。

 

 その後Xv13を解体して、懸案となっていたオンボード搭載のS82557チップ(LANコントローラ。古いプロセスで製造されているので消費電力が大きく、高発熱で異常動作する事がある、曰く付きの石)への薄型ヒートシンク張り付けを実施。

 気は心という程度の代物だが、それでも付けないよりは余程マシだろう(苦笑)。

 オンボードデバイスは拡張スロットを消費しないので有り難いけど、こういう問題が出る場合には厄介だ。

 

西暦2001年6月10日 “16年の歳月”

 八房龍之助の“宵闇眩燈草子 参”と士郎正宗の“アップルシード 1”(文庫版)その他を購入。

 前者は本当に久々の新刊だが、趣味的に色々ナイス(笑)。

 ネタバレになるので詳細に踏み込むのは避けるが、西川魯介といい、この人といい、“例のアレ”(ドイツではない(笑))が共通言語として通用する世代が台頭してきたなぁ、という気分になる。

 先駆者たる朝松健を第一世代とすれば何世代目になるのかは知らないけど、ごくあっさりと何気に使うあたりは、時代の流れというものを痛感する。

 

 後者は、未完のまま、かれこれ6年以上放置されている(泣)、士郎正宗の代表作の文庫化だ。

 というか、表紙と扉、それにあとがきを除くと、まるっきり1985年に刊行された青心社版の縮刷なんですけど、コレ・・・(汗)。

 その辺の諸事情は作者によるあとがきに詳しいのだけど、確かに経時変化の問題は深刻かも知れない。

 その昔(1992年だったか)、原画集発売記念という事で天神橋筋の某書店で開催された、彼の原画展に展示されていた生のカラー原稿を見た時にも、ああ、時間が経過すると随分痛むものなのだなぁ、と思った覚えがあるのだけど、あれからでさえ10年近く経つのだから、その間の劣化の進行はいかばかりなものだろう。

 ・・・考えたら中学生の時に出会った作品なんだよなぁ、コレって(苦笑)。

 改めて読み直して、表現として古くなった部分が色々あったけど、本質的には全然古くなっていないのを再確認した。

 うん、やっぱり面白いや(笑)。

 取りあえず最大の問題は、5巻以降の続きが当分出そうにない事なんだよなぁ・・・(溜息)。

 

西暦2001年6月11日 “金属工作”

 色々考えた末、冷却対策として、AT2号機のHDD取り付け方法を変更する事にする。

 具体的には、筐体底板に穴を開けて、そこにHDDを縦置きでネジ止め固定(固定本数は2本)する事にした。

 こうする事で、SCSIケーブルが短縮出来、ついでに空気の流れの問題も改善出来るとの目処が立ったが故の決断だけど、本音を言えば、こんな面倒な工作に手をつける位なら、いっそ新しい筐体を買いたい所ではある(苦笑)。

 こないだショップで見かけた、オウルテックだかどこだかのアルミ製フルタワーケースなど、余程良く“ツボを押さえた”設計で、金さえ有れば速攻で「これくらはい」と言っていた所なんだけどなぁ・・・(溜息)。

 それはともかく、ピンバイスを取り出し、マシンを完全に解体して位置決めをしてから穿孔作業を開始。

 ・・・むう、電動ドリルが欲しい(汗)。

 指に出来た豆を一つ潰し、結構な時間をかけて4つの穴を開ける事に成功。

 当初の計画通りに組み直して、起動してみる。

 無論、これで機能的に何が特に変わるという訳ではないが、筐体内の配線の見通しが良くなるのは、冷却やその他の問題を考えると非常に望ましい事ではある。

 

西暦2001年6月12日 “三度、LANカード”

 中古屋のノーチェック返品不可コーナーで3comのFAST ETHERLINK XL PCI(3C905B-TX)とAllied TelesisのCentreCOM LA100-PCI-T V3を入手。

 双方ともPCI 2.2対応の100BASE-TX対応カードで、共にドライバディスク(3comはCD-ROM、アライドテレシスの方はAT版と9821版の2枚のFD)やマニュアル付きであった。

 ・・・何でこれらがジャンク扱いなんだ?

 まぁ、安く手にはいる訳だから文句はないけど、謎だ(苦笑)。

 

 帰宅後、件の2枚を早速チェック。

 両方とも、無事動作した。

 格安、しかも両方とも造りは極上という事でつい買ってしまったけど、先の事を考えても一枚あれば事足りるのだよなぁ・・・(苦笑)。

 

西暦2001年6月13日 “売却”

 金に困って、本を売り払う。

 ほぼ予想通りの買い取り金額になったのが、ちょっと悲しい(苦笑)。

 こんなもの予測出来る様になる程売った、って事だものなぁ・・・(溜息)。

 

西暦2001年6月14日 “地獄巡り”

 SY電鉄勤務のY先輩と会う。

 先日来、氏からPCについて色々相談を受けていて、今日はそのコンサルティング(笑)の日なのだ。

 で、質問されていたPC-98についてあれこれ講釈を垂れ、彼の持参したMobiusのデスクトップをいじり(笑)、然るべき後に神戸のPCショップを幾つか案内する。

 ちと急ぎ足だったので促成栽培モードにならざるを得なかったのだが、その間懇々と、そして延々と(爆)、Dual CPUとSCSIの有り難い効能と、それからついでにTYAN & SUPER MICRO製品の素晴らしさについて説いたのは言うまでもない(笑)。

 さぁ、Y氏は一体どんなマシンを組まれるのだろうか。

 先が楽しみだ(笑)。

 ・・・って初心者に何を吹き込んでいるのやら>私

 まぁ、それでも「PCが欲しいのだけど」という何も知らない初心者をよりにもよってゼロワンショップに連れて行って、NeXTを買わせようとした、某氏よりは余程マシだとは思うが・・・(苦笑)。

 

西暦2001年6月15日 “Domain Validation”

 唐突に、AT2号機のCD-ROMドライブが不調になり、悩む。

 ここ暫く使う機会が無かったので、一体いつ頃から調子がおかしかったのか判らないのだが、ともかく動作が非常に妙で、FATは検索出来ているのに、ファイルの内容を参照したら固まる、とか、突っ込んであるBookshelf Basic 2.0を起動しようとしたら毎回違うエラーを吐いて止まったり、と挙動不審も良いところなのだ。

 この種のトラブルはSCSIケーブルの方に問題がある事が大半なので、ASC-39160のCh.Aに繋いである50ピンフラットケーブル(7コネクタ)を外して接続状況をチェックしたり、ターミネータの接触不良を疑って着脱してみたりしてから再起動。

 ・・・前よりひどくなったぞ。

 実はこのCh.Aにはカード自体に68ピンコネクタと50ピンコネクタの両方が付いていて、接続機器の制限から両方とも使っているので、ハナから怪しい訳だが、これはちょっとひどいかも知れない(苦笑)。

 ともかく、これでケーブル異常説がかなり有力になったので、再度50ピンケーブルを外して、問題の有りそうなところを厳重チェック。

 ・・・げ、コネクタが一つもげかかってやんの(爆死)。

 仕方が無いので、ケーブルの端の使っていない無事な同型コネクタ(ここでは仮に#7とする。ターミネータを単体で繋いでいた)を一つ分解して、もげかけの駄目コネクタ(#5)と交換して組み付け、#6〜#7の間を切断してケーブル短縮を実施。

 元来かなり長めのケーブルで、不安定要素があったのでこうしてみたのだが、この作業を終えて再度電源を入れたら、今度はSCSI BIOS起動時のDomain Validation(Ultra 160 SCSIカードで追加された新機能で、SCSIバス上に接続されている機器を自動検出して各機器に最適な転送速度を自動設定する)時にUltra Wide接続されている筈の68ピン側ST-34501W “Cheetah 4LP”(4.3GB)の転送速度が正しく検出されず、長時間かけて「ASYNC」つまり非同期の最低速度転送モードに設定されるという謎の現象が発生する様になった。

 一難去ってまた一難だ(溜息)。

 で、仕方が無いのでこちらもHDDの組み付け位置(メインのST-318451LW “Cheetah X15”(18GB)と平行に並べてある) を入れ替え、ケーブル長を短くしてみると、これで漸くCh.Aの全機器が正常に動作する様になった(喜)。

 それ自体は誠に目出度い事なのだが、冷静になって考えてみると、これはつまりこれまでひどい状態で使っていたという事になる(大汗)。

 「知らぬが仏」という言葉が脳裏を過ぎった一瞬であった(苦笑)。

 

西暦2001年6月16日 “限界実装”

 思うところがあって、AT2号機の空きスロットにに手持ちのLANカード2枚を挿して、全スロットフル実装状態にしてみる。

 これは先日買ったCentreCOM LA100-PCI-T V3が3.3/5V両用タイプのPCIカードだから出来る話(SUPER PIIIDMEの64bit PCIスロットは3.3V専用なので5Vカードは挿せない)なのだが、取りあえずカードを挿してWindows 2000を起動しても全く問題なくPnPで2枚のカードが自動認識され、先だってのMac対応カードを挿した時の様な奇怪な挙動は発生しなかった(苦笑)。

 この辺を見ていると、成る程名の通ったメーカーの製品は良く出来ている事が痛感される(苦笑)。

 ちなみに、全スロットにカードを挿した状態でIRQがどうなっているのかを確認した所、AGP/オンボードLANと共有される32bit PCIスロット#1以外はIRQのシェアリングが一切発生しない事が確認された。

 もっとも、Windows 2000のIRQ表記は、本来15個しかない筈の割り込みなのに、平気で18とか25とかに番号を割り振るという、謎な仕様ではあるのだが・・・(苦笑)。

 

西暦2001年6月17日 “Overlay”

 昨日のLANに続いて、今度は秘蔵のRevolution IV-FP for MacをAT2号の64bit PCIスロット#2に挿して、Windows 2000上でのプライマリモニタに設定してみる。

 ・・・げ、WinDVDでオーバーレイ表示が出来ないでやんの(泣)。

 ここで、いつぞやのDOS/V Magazineでこの問題が指摘されていたのを思い出す。

 そうか、アレはこの事を言っていたのか・・・(溜息)。

 #9オリジナルのImagine/Revolution系グラフィックチップ搭載カード(特にPCI版)は、幸運な事にMicrosoft社内の開発スタッフに愛用者あるいは信奉者がいた(そうとしか考えられない。さもなくば、わざわざRevolution系とImagine系で違うドライバを新規に書き起こしたり、#9自身でさえ出来なかった、汎用のマルチモニタ動作を保証する機能実装は実現しなかった筈だ)お陰で、Windows2000用セカンダリグラフィックカードとして今尚生き長らえている訳だけど、その非常に良く出来たMS製ドライバ唯一の欠点が、このオーバーレイ機能の未実装なのだ。

 まぁ、消滅したメーカーの製品だけに、こうしてGDIレベルでマトモに動くドライバが提供されているだけでも感謝すべきなのだろうけど、本当に出来の良いドライバだけに、その未実装機能の存在は何というか画竜点睛を欠くというか、物凄く惜しい気がする。

 本音を言えば、かつての純正HawkEyeドライバで実現されていた画質調整機能も欲しい所なのだけどね(笑)。

 

 いい加減、DVD再生支援機能のちゃんと付いたカードを導入すべきなのかなぁ・・・(溜息)。

 でも、だからと言ってSPECTRA F11 PE32とかは欲しくない、というのが何とも・・・(苦笑)。

 

西暦2001年6月18日 “煙突掃除”

 ハーバーサーカスの祖父地図でASUSのP2B-Sを中古で購入。

 Slot 1シングル・ATXフォーム・440BXチップセットという特に珍しくもない仕様のボードで、強いて言えばAHA-2940U2W相当のSCSIオンボードなのが目立つ程度だ。

 これはいずれ母親に譲渡する事が決まっているAT3号機に入れる為に調達したもので、店頭には同クラス・同価格帯でP3B-FやBX Masterなどもあったが、接続機器が一応フルSCSI(但しHDDは変換アダプタ経由の似非SCSI(苦笑))なので、SCSIオンボードの方が望ましい(ついでに言えば使わないATAの追加コントローラなど無い方が良い)という事でこれに決めた。

 まぁ、AHA-2940U2W系、つまりAIC-7890+AIC-3860は不思議とご縁がなかったので、この機会に使ってみたいという気分があったのは否定できないのだが(苦笑)。

 で、買ってみて気付いたのだが、このボードは何やら付属ケーブルが無闇に多くて、おまけにLVDの68ピンケーブル(アクティブターミネータ付き)は未開封の新品のままだった(爆)。

 ・・・何やらこれだけで元が取れた様な気分だ(苦笑)。

 

 で、帰宅後早速3号機を分解して交換作業を実施。

 これまで入れていた、破格に高級(苦笑)なS1837UANG Thunderboltを取り外して並べてみると、P2B-Sが物凄く安っぽく見える(笑)。

 まぁ、元の値段差を考えたらある意味当然かと思うけど、こうして比べると、P2B-Sの基板配線レイアウトは物凄く醜い。

 何というか、力でごり押しの「動けば文句無いだろ?」的な設計思想が丸見えな感じで、悄々だ。

 ThunderboltやPIIIDME、或いはTrinity 371などのアメリカメーカー製基板には、間違いなくある種の美意識の発露が感じられ、まるで一幅の書画を鑑賞する様な気分にさせられる部分さえあるのだが、この差はやはり製造メーカー所在地の文化の差なのだろうか?。

 手持ちで言えば、Power Macintosh 8500のロジックボード(Nitro)にも相応の美しさがある訳だし(笑)。

 思えば、Giga ByteもMicro Starも、台湾メーカーの製品については、その性能の善し悪しはともかく、PCBが美しいと思った事は一度も無かったものなぁ・・・(溜息)。

 無論、基板に求められる要素はそれだけではないのだが、美しい飛行機が空力的に優れている事が多い(あの“駄っ作機”ウェルキンとかは別だけど(笑))のと同様に、美しい基板にはそれ相応の力があるというのも一つの真理であって、果たして見た枚数に依る累積的な経験が良い基板を「美しく」見せているのか、それとも良い基板が本当に美しいのかは定かではないが、ともかく、見て美しい基板が優秀な性能を発揮する事が多いのは確かだ。

 そういう意味では今回のP2B-Sは(世間の評判に依れば)性能は出るかも知れないが、その優秀さが美しさに皆目反映されていないタイプの板だ。

 まぁ、私の場合、世間で喧伝されている「ASUS製品の優秀さ」など、あのステキに地雷だった(苦笑)初期ロットのP3B-Fのお陰でハナから信用していない(笑)から、自然同社製品に対する評価は厳しくなるのだが、その分を客観的なデータで補正しても、このボードに対する評価はあまり高くなりそうにない(苦笑)。

 つうか、こりゃ中古で安く手に入るというのでもない限りは買うべきじゃないな(爆)。

 

 再組み立て完了後、AT3号に電源を投入。

 問題なくAWORD BIOSの初期画面が表示され、起動シーケンスが問題なく進行していったのだが、何か様子がおかしい。

 というか、何か焦げ臭い。

 ・・・良く見ると背部の電源から白煙がもうもうと上がっているよ(爆死)。

 大慌てで電源を切り、筐体を開いて内部をチェックしてみると、今回の作業で一旦外して付け直したFDDの電源ケーブルが焼け焦げて、いや、その被覆がほぼ完全に溶け落ちていた。

 ・・・凄ェヤバい(大汗)。

 どうやらこのケーブルとFDDの電源コネクタを繋ぐ時に、コネクタの5Vか12VがGNDに接触する様に折れ曲がってしまっていたものらしく、それが原因で過電流による溶断の一歩手前まで行ってしまっていた訳だ。

 FDDの側のコネクタをチェックすると、GNDピンの一本が半田が溶けて基板から外れてしまっていたから、相当な高温に晒されていたのだろう。

 つまり、いわゆる一つの「煙突」をやっちゃった訳だが、幸いな事にはFDDのコネクタを修復し、ケーブルの溶けた部分(FDD用電源ケーブルのみ、つまり電源ケーブルの中でも細い部分だけが過電流に耐えられずに溶けた様だ)を切り落として、別のコネクタで(今度は慎重に)FDDと繋ぐように組み替えて起動すると、問題なくマシンは立ち上がった(喜)。

 ・・・いや、危ないところだった(安堵)。

 

 気を取り直し、部屋の換気を良くしてから、Windows 2000を起動してみるが、上手く起動しない。

 まさかまた何かハードウェアに問題が出たのかと思ったが、どうもそうでもない様だ。

 そこで、色々原因を探っていく内に、漸く原因に行き着いた。

 ・・・このマザボ、シングルプロセッサ専用だった(爆)。

 最近ATはDualなマザボしか触っていなかったので忘れていたのだが、NT系OSはMPSなマシンとSPSなマシンではHALが違うので、マザボを入れ替えると、そのままではほぼ確実に起動しなくなるのだ。

 仕方が無いのでWindows 2000の新規インストールを開始したが、今日はここで時間切れ(爆)。

 続きは明日と相成った。

 

西暦2001年6月19日 “IRQシェアリング”

 昨日の続きでAT3号機にWindows 2000をインストール。

 だが、何処で何を間違えたのか、PCIデバイスがことごとくIRQ 9を共有しようとしたり、プリンタドライバがインストールできなかったり、と謎な挙動が多発して悩む。

 この内、IRQシェアリングはここに原因に関しての説明があったので、まぁこれなら良いか、という事になったのだが、プリンタの問題は結局解決出来ず、やむを得ずWindowsの再インストールを実施(泣)。

 ちなみに、今回のWindows 2000のインストールに当たっては、こんな事もあろうかと予め作成しておいたService Pack 2適用済みのBootable CD-ROM(手持ちのWindows 2000はアカデミックパックのアップグレード版なので元々CD-ROMから起動できる)を初めて使ったのだが、鬱陶しい再起動の回数が減るし、SP2そのものの展開・インストール作業も省略されるので、これはなかなか便利であった。

 再インストール後、前回失敗したプリンタドライバのインストールを実施。

 ・・・特に問題も発生せずに完了。

 状況証拠から察するに、前回の失敗はVB等のdllインストールでいわゆるdll hell状態になっていたのが原因の様だ。

 ちなみに、IRQはやはりPCIデバイス全てがIRQ 9を共有する様になった(不明なデバイスの時にはIRQ 10だったXwave 6000もドライバをインストールしたら結局IRQ 9になった)が、特に問題は発生していない。

 つくづく、Windows 2000のこの辺の挙動は謎が多いよなぁ・・・(溜息)。

 

西暦2001年6月20日 “BIOS更新”

 薙沢の人から荷物が届く。

 ブツは何本かの50ピンSCSIフラットケーブルとPC-9821Xa??用のPCMCIAアダプタセット、彼に貸してくれるよう頼んでいたXGA-2(ISA版)、それに彼に貸し出していたNEO ACCELERATOR SYSTEMとPW928IILB。

 前2つは彼から貰った訳だけど、今時PCMCIAなアダプタを貰ってもなぁ・・・(苦笑)。

 まぁ、このアダプタは付けようと思えばそれこそAs2にでも付く(前に98パワーアップ本でそういう記事があった)らしいのだけど、ウチのXv13は5インチベイが埋まっているので、取り付けより前に5インチベイ内のデバイスの玉突きが結構厄介なんだよなぁ・・・。

 

 AT2号機に挿しているASC-39160のBIOSが知らない間にVer.2.75から3.10にバージョンアップしていたのでDLして書き換え。

 ・・・おお、随分変わっている。

 恐らく、Adaptec製SCSIカードを複数挿したマシンで起動ドライブを(挿したPCIスロットに関係なく)任意に選択可能とする事を主眼とした改変(これまでは最初の一枚しか認識されない事がままあった)なのだと思うが、今回のバージョンからSCSIカードを挿してあるPCIスロットの番号が自動検出され、それとSCSIバスのチャネル番号(2chカードの場合)とIDの3つの要素で起動ドライブが指定される様になった。

 言うまでもなくこれは、(同仕様のBIOSを搭載するAdaptec製SCSIカード/チップのみを利用する場合には)非常に有り難い改善となるのだと思うが、現状では余り影響の無い改善ではある。

 

西暦2001年6月21日 “なれど追福の供物は”

 帰宅後、末期癌で自宅療養中の伯母が亡くなったとの報を受ける。

 ここには書かなかった(とても書く気にはなれなかった)が、実は昨日、そろそろ危なそうだから生きている内に最後のお別れを、という事で見舞ったばかりだった。

 末期の肝臓癌である事が判ってから3年、良く生きたと言うべきか、何と言うべきか。

 何はともあれ彼女の冥福を切に祈る。

 

 Xv13に貰ったPCMCIAアダプタを取り付け。

 色々苦労して、どうにか5インチベイの2段目に収める事に成功する。

 専用ケーブルはこれでギリギリという長さでCバス最上段のインターフェイスボードに届いたが、肝心の本体(3.5インチベイサイズ)を固定する為のマウンタがネジ穴の位置の違いでなかなか上手く固定できず、苦労する。

 ちなみに、ここを追い出されたHDDは、結局Cバススロットフレームの上に、横方向に無理矢理押し込んで誤魔化した(爆)。

 

西暦2001年6月22日 “通夜”

 佐藤大輔の待望の最新作、“皇国の守護者 6”をゲット。

 速攻で貪る様に読む(爆)。

 ・・・相変わらず、凄い。

 ここまで凄惨な戦闘を描いたファンタジー小説(皆、そろそろ忘れかけていないか(笑)?)というのも類を見ないだろう。

 続きは冬という事だけど、どうなる事やら(苦笑)。

 ・・・ところで、RSBCの新装版2巻(迫撃の鉄十字)は今月中に出るのだろうか?

 本当は先月には出ている筈だったのだけどなぁ・・・(苦笑)。

 

 伯母の通夜に出向く。

 忙しくて明日の葬儀には出られないから、これが本当に今生の別れだ。

 一昨日最後に会った時、これ以上無い程衰弱し果てた無惨な姿を見ていただけに、死化粧されて棺桶の中で眠る姿の意外な美しさに驚く。

 しかし、例え如何に美しくとも、これは最早「かつて伯母であった物」でしかないのだ。

 何とも言えない複雑な感情が心を掻きむしる一瞬であった。

 

西暦2001年6月23日 “葬儀のその後で”

 今日は伯母の葬儀の日だ。

 が、私はスケジュールの関係で学校へ。

 世の中こんな物なのだろうか、等と思いつつ大阪へ向かった。

 

 学校から姫路へ戻ると、今日はその足で山陽電鉄に乗って亀山へ。

 で、この駅の近くにある某歯科(何故か岡大の先生が持ち回りで診察している)で虫歯の治療。

 「痛かったら左手を挙げてください(その時は部分麻酔をしますから)」と言われて治療開始。

 散水しつつ高速回転する砥石で患部周辺を削り、次に圧搾空気を吹き付けて削った部位を乾燥させ、喰い付きを良くするプライマーを塗布してから再び圧搾空気を吹き付け乾燥させ、心材になる樹脂をそこに詰めて(恐らくは光学的な反応で)硬化させ、最後に本来の歯と色合いを揃えた樹脂を塗りつけて硬化させてから回転砥石で削って治療完了という、いたってオーソドックスな作業だったのだが、今回治療対象となった左上の糸切り歯とその隣の歯は、共にC2で状態が良くなかった為に削られる量が半端ではなく、正に「振動が脳に直接響き渡る」素晴らしい痛みとの戦いとなった(爆死)。

 無論、麻酔を行えばここまで痛くはなかったのだろうが、麻酔を行うとどうしても感覚が鈍る上に治りが遅いのと、麻酔注射そのものがエラく痛いので、結局最後まで空いている手のひらをもう一方の手でつねって耐えるという、伝統的耐久法(笑)を貫徹する事にした。

 ちなみに、今回面白かったのは、歯と手のひらでは痛覚の伝達速度にタイムラグが存在するのが如実に体感出来た事であった(苦笑)。

 歯科の治療台の上には英雄はいないというけど、全く同感だ(笑)。

 

 夜になって伯母の家へ足を運ぶ。

 葬儀には出られなかったが、私が幼い頃からかわいがってくれた人なので、せめて今日の内に参っておきたかったのだ。

 参列した母によれば、その葬儀に当たっては色々あったそうだが、仏壇の前に置かれた骨壺を見ると、大柄な伯母がこんな物に収まるようになってしまったのか、とかなり無惨な気分に陥る。

 それは恐らくは誰しもが通る道であり、いずれ私もそうなるのだろうと思うと、そうなるまでに果たして何が出来るのだろうか? と自問自答してしまう。

 無論その答えは死んで初めて明らかになるのだが。

 

西暦2001年6月24日 “疲弊”

 前日までの疲労が一気に噴出して、家族3人ともダウン。

 まぁ、ここまで3年、本当に大変だった。

 どちらかと言えば、肉体的な物より精神的な疲労の方が大きかった様な気もするが、ともかくこれで一区切り付いた。

 

 思うところがあって、AT2号機のマザーボードをSUPER PIIIDMEからS1837UANG Thunderboltに交換してみる。

 オンボードUSBの挙動を見る限りは明らかにThunderboltの方が良く出来ている(というかPIIIDMEのこの辺の造りは問題外)のだが、PIIIDMEの時のWindows 2000をそのまま引き継いで使おうとすると、何度目かの再起動時に青画面になって、ACPI関連のBIOSに問題がある旨表示されるようになってしまったので、断念。

 ThunderboltをAT3号機で使っていた時にはACPI関連でトラブルが出た事は無かったので、何らかの相性問題が発生したものと思われるが、その詳細は不明である。

 これで、取りあえずDualなマザボ同士ならばHALが共通なのでチップセットが違っていてもそのまま移行出来る可能性が高い事は判明したが、移行に当たっては各種デバイスのACPI機能実装状況について注意する必要があるかも知れない。

 

 マザボをPIIIDMEに戻してから、どうもWindows 2000の挙動がおかしくなった。

 しばらく使っていると、唐突にマウスカーソルが固まって反応しなくなるのだ。

 で、PS/2端子を疑ってUSBハブのマウスポートに繋ぎ換えてチェックしてみたが、やはり同じ問題が発生する。

 延々何時間か追求するも遂に原因が判明しなかったので、今日はここで打ち止めとした。

 ・・・それにしても一体何が原因なのだろう?

 

西暦2001年6月25日 “ドライバ”

 京福福井支社でまた正面衝突事故があった事を朝刊で知る。

 それも、今度は99年に新造したばかりの最新型と、その次に新しい阪神からの譲受車による事故だ。

 どうも普通列車側の未熟な運転士による信号無視を伴う見切り発車に原因がある様なのだが、そもそも京福福井はATS(自動列車停止装置)未設置との報を目にして絶句する。

 確かにATSは高価(大手私鉄でさえ、これの導入以後は例え増結用でも無闇に両運転台車を建造しなくなったし、事実上の固定編成中に組み込まれた運転台付き車輌から運転台を撤去する例が続出した)だけど、全線単線、それも延長が60kmにもなるほどの規模(つまり交換設備を備えた駅がそれなりの数存在する)の私鉄で未設置とは考えもしなかった事であった。

 まぁ、考えてみるとBrill21E単台車を履く(当然床下に空きスペースが殆ど無いのでATSに必要な機器が実装しにくい)古い電気機関車を簡単に車籍復活してしまう様な会社なのだから、ある意味これも当然かという気はするが、21世紀にもなってそんな危険きわまりない状態を(それもあの大事故の後で)放置していたというのは凄い話ではある。

 無論、それが出来なかった程経営状態が悪かった(ここ10年、鉄道事業では毎年10万人規模で乗客数が減少し続けていて、関連事業を含めて赤字決算が続いている)事には同情の余地はあるし、事実そうであればこそ同社は沿線自治体に対して越前本線及び永平寺線の廃止か、さもなくば第三セクター化による存続の二者択一を迫っていた(それに対して自治体側は雀の涙ほどの補助金拠出で誤魔化そうとしていた。考えてみると、自治体側のこの無責任な態度にも事故発生の遠因はある。何しろ思い切った設備投資が出来ない)訳だが、それにしても信号無視はひどすぎる。

 最悪の場合、同線にはこのまま全廃の可能性もあり得る訳だが、前回の事故の時と同様、マスコミがひどく無責任且つ鉄道について不勉強な報道を行って、事実上同線を廃止へ追い込むように煽るかの如き姿勢をとっている事が少し気にかかる。

 何しろ、そこには無責任な批判はあっても、何の建設的方策の提示もないのだから。

 モータリゼーション以降、路線短縮(難工事であったと伝えられる大野−勝山間を初めとして、最盛期の総延長の4割近くを廃止している)と徹底した合理化(240人→90人と全盛期の1/3近くにまで職員数が絞り込まれた)を進めつつもここまで存続し続けたという事は、あの線にはバス(当然京福自身バス路線網を持っていた。但し、最近は経営難で分社化が進められている)で代替しきれない輸送事情が存在している筈なのだが・・・。

 

 昨日のAT2号機の異常の原因が判明。

 どうも、Sound BLASTER Live!のWindows 2000用ドライバを再インストール(PnPで見つけられても、ファイルが展開されていないのでCreative製ドライバはそのままでは再インストールできない)する際に、うっかり日本語版Live! Ware 3.0ではなく英語版のドライバを入れた(しかも日本語のファイルは残したままで)のが原因であった様で、正規の日本語版Live! Ware 3.0をインストーラを用いてインストールしたらトラブルは発生しなくなった。

 ・・・またLive!かよ。

 ある意味自業自得だけど、ハードの状態変更時にPnPで自動再インストール出来ない様な得手勝手なドライバ配布形態というのも大問題だと思うぞ>Creative

 

 曾根崎の旭屋本店で鉄道史料101号と関西の鉄道最新号(南海特集)を購入。

 ここ暫く金が無くて買えずにいた鉄道ファンとジャーナルのバックナンバーを買いに行った筈なのだが、結局これらを優先した。

 まぁ、あの店にあったバックナンバー(殊にファン)の状態が悪くて買う気になれなかったというのもある(苦笑)が、この場合はまとまった金がある時でないと買えない本を優先するのが正解だろう。

 

 散々マウスを抜いたり挿したりしたのが悪かったのか、マザボ(PIIIDME)のPS/2マウス端子のヒューズが飛んだ様だ(爆死)。

 そこで以前買っておいたTCD-UHB0403 / TeleComDeviceを引っ張り出してきて、これのPS/2マウス端子にIntelliMouse Trackballを接続。

 前回問題になったシリアルポートを殺して、どうにか使える様になったが、何やらぬるぬるした反応だ(爆)。

 ・・・いい加減マザボかマウスを入れ替えるべきなのかなぁ・・・(溜息)。

 

西暦2001年6月26日 “再インストール”

 ここ3日程悩まされて来たAT2号機のマウスポートだが、マザボを再度Thunderboltに換えてみたり色々試してみた結果、SUPER PIIIDMEのマウスポートが悪いのではなく、インストールされているWindows 2000のレジストリか何かが壊れているのが原因と判明。

 危惧していた様なマザボ破損でなかったのは不幸中の幸いだが、お陰でWindows 2000及び各種アプリケーションをほぼ全て再インストールする仕儀と相成った(爆死)。

 これにはここ暫く色々妙な挙動が出ていたから、再インストール自体は止むを得ないと思うが、原因究明の手間を含めて、非常に面倒な作業であった事に変わりない。

 強いて言えば、先日も書いた通りWindows 2000のCD-ROMをCD-Rに焼ける様になったお陰で、Service Packの事前適用が出来る様になったのはここ暫くで最大の作業環境改善なのだが、それにしても各種カードのドライバ、DirectX8、それにWindows Media Playerのインストール等で何度も再起動を強いられる訳で(苦笑)。

 ・・・いっそドライバもDX8もWindows 2000のディスクに予めインストール/適用しておけたら便利なのだけどなぁ(溜息)。

 

 各種アプリの再インストール完了後、各部の設定の最適化を実施。

 これをするとしないとでは、パフォーマンスというか使い勝手に大幅に差が出るので、手を抜く訳には行かない。

 ・・・ああ、マウスがちゃんと動くって何とステキなんでしょ(爆死)。

 

西暦2001年6月27日 “雑誌”

 3ヶ月ぶりに“鉄道ファン”の今月号を購入。

 “鉄道ジャーナル”共々、財政難故に買い控えしていたのだが、いい加減買わないとマズい事になりそうだったので、どうにか予算を捻出して購入した。

 ・・・まぁ、金が無いという以前に、そもそも金を出してまでして読む気にさせる内容が無くなりつつあるのも事実なのだけどね(苦笑)>鉄道ファン

 その点、“鉄道ピクトリアル”の特集号とか“鉄道史料”とかは結構高いけど、その分読み所一杯で充実感がある(笑)。

 正直、今の“鉄道ファン”は「リアルタイムである必然性」に乏しい記事が多くなった。

 今、この時代に記録に残すべきは何なのか、という問題について編集部内部できちんとコンセンサスが得られていないのではないか? という疑念が湧く位にはぎこちない、バラけた紙面編成であるように感じられる。

 そもそも、一体対象年齢をどの辺に設定しているのかが全く見えない(全年齢対応というのは編集部の傲慢という物だ)というのが深刻で、少なくとも同業他誌はその辺のポジショニングに成功している(例えば今のRM・RJ・RPの3誌は名前を聞いただけである程度読者層が予想出来る。無論例外はあるだろうけれども、そうでなければ趣味誌はやっていけない(苦笑))様に見えるだけに、一体どちらへ向かおうとしているのかがサッパリ見えない現在の“鉄道ファン”は、見ていて不安に駆られる。

 本来、アレは「大人の趣味人の為の抑制の利いた、しかし美麗な絵本」であるというのが私の理解だったのだけど、最近の抑制も糞もない、まるでJR九州の水戸岡デザインによるレタリング過剰のリニューアル/新造車の様な(苦笑)、「デザインのためのデザイン」と批判されても致し方ない様な「単にグラフィカルなだけで本当に必要な事が伝わりにくい」昨今の同誌の紙面構成を見ていると、「買うのを止めちゃおうかな、いや、マジで」とか思ってしまう。

 私の知る、かつての同誌は、技術的な制約もあったのだろうけど、本当に厳選された情報(あるいは写真)だけを掲載する、非常に高踏的な雑誌であった様に思う。

 実際20〜25年ほど前のバックナンバーを取り出して読んでみると、当時の同誌が敢えて「情報を切り捨てて」その上で「本当に大事な情報には最大限の労力を割いて紹介していた」事実がひしひしと伝わってくる。

 本当に伝えるべき情報と、特に伝える必要のない情報の峻別。

 もしも“鉄道ファン”が生き残る為になすべき事があるとすれば、まずはこの辺から考え直すべきなのではないだろうか?

 

 岩本隆雄の最新作、「ミドリノツキ(上)」を購入。

 相変わらずの岩本節で一安心(笑)。

 何というか、一見ほのぼの路線でありながら、かなり突拍子もない設定が飛び出すのがこの人の持ち味なのだと思うが、それが今回も炸裂している(笑)。

 まぁ、この先の展開は例によって大体予想がつくのだけど、それでも感動させられてしまうところにこの人の凄さがある。

 ・・・ああ、早いところ下巻が読みたいぞ(笑)。


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