いわゆる更新記録(靖間 誠PC日記兼用)

西暦2001年4月1日−4月30日分


西暦2001年4月1日 “PC-BOX168”

 帰宅途中、姫路駅で久々に381系直流特急電車に出会う。

 旧国鉄標準特急色の非貫通型6連で、金光教関係の団体臨時列車であった。

 岡山でも新大阪でも旧特急色の381を見かけなくなって久しかったのだが、近寄ってみると流石に色褪せや剥離の跡が見受けられ、予備車を動員したものと知れた。

 この列車は私の目の前で発車し、山陽本線を神戸方へと東上して行ったが、一体何処まで走ったのだろうか?

 行き先表示が出ていなかったので、ちょっと気になる。

 

 ジャンクでI-O DATAのPC-BOX168というPC-9800シリーズ用Cバス拡張BOX(Cバススロット1本を8本に拡張する)をゲット。

 が、肝心のPC本体に挿すインターフェイスボードが紛失しており、あえなく轟沈(号泣)。

 うまい話には裏がある、の見本の様な結果に終わってしまった。

 何処かにこれ用のインターフェイスボード、落ちていないかなぁ・・・(溜息)。

 

西暦2001年4月2日 “Windows NT Workstation 4.0”

 PC-9821As2にWindows NT Workstation 4.0をインストールしてみる。

 CD-ROMドライブをつないでいないので、一旦AT2号機のCD-ROMドライブでCD-ROMを読み出し、インストールに必要なPC98フォルダをWindows 95上のLAN環境でAs2のドライブにコピーしてからAs2を再起動し、セットアップ開始。

 ・・・恐ろしく鈍い。

 やはりNT系のOSをメモリ32MBやそこらで使おうという方が間違っているのか、などと呟きながら待つ事約半時間以上、ようやっとセットアップが完了。

 が、再起動してシステムを立ち上げようとしたら懐かしの黒画面(そう、ATなら青画面になる部分で98は黒い画面になる)でエラーを出して停止(爆死)。

 メッセージを見ると何やらメモリ回りで異常が発生している様だが、画面の切り替わりあたりで止まった事から、恐らく挿してあるPower Window 964LBが原因だろうと当たりをつけて、これを抜いて再起動。

 今度はちゃんと起動した(喜)。

 ・・・この辺りは流石に何度も引っかかった所だけに、回避策を覚えていた(笑)。

 正しく起動したところで、各種ユーティリティその他をインストールし、NTのServicePack5をインストール。

 再起動したら今度は挿してあるMPU-PC98IIが認識されなくなった。

 ・・・そういえばそんなバグもあった(苦笑)。

 これはPC-9800シリーズでMPU-PC98IIとかを挿していると起こるエラーで、解決策はServicePackで置き換えられるMPU.SYSを最初にインストールされていたバージョンに戻す他に無い。

 何を思ってこんなバグをわざわざ追加したのかは知らないが、もしかしたらNEC純正のPC-9801-118とかの為の修正が、Roland製MPU-401系MIDIボードにはバグの原因になっているのかも知れない。

 まぁ、元に戻せば使える事は分かっているので、今更特に問題視する気はないが、昔、あれこれ試してこの方法に気付くまでに随分悩んだのをふと思い出した。

 我ながら良く気付いたよなぁ、これ(苦笑)。

 私がMicrosoftの提供するServicePackの類を根本的なところで信頼しきれない理由があるとしたら、多分この時の苦い体験のせいなのだけど、その一方でこの苦い体験のお陰でNTについて滅茶苦茶勉強させられたのも事実だから、それが悪かったと一概に言えないのも確かだ。

 勿論、「良い経験であった」などとは口が裂けても言いたくないが(苦笑)。

 

西暦2001年4月3日 “16MB SIMM”

 As2のメモリを交換。

 三星とIBMの4MB SIMM各1枚を抜いて、中古屋で一枚480円で買ったNEC純正の70nsパリあり8MB SIMM2枚を入れた。

 大した容量ではないが、これでAs2のメモリは合計40.6MBとなり、我が家の各マシン中ではメモリが少ない方から数えて6番目、稼働中のマシンに限れば2番目という事になった。

 ちなみに1番少ないのは8+32=40MB搭載のLP-9000(A3ページプリンタ(笑))で、As2と同年輩のこのプリンタでさえこれだけメモリを積んでいるこのご時世に、たった32MBでやそこらでNT Workstation 4.0を動かしていた訳だから、全くひどい話だ(苦笑)。

 で、そのNT Workstation 4.0だが、メモリ増量で見違えるように反応が良くなった(笑)。

 たった8MBといえども、それはほぼユーザーエリアの純増(NTはメモリ32MBの場合約28〜30MB程度をシステムが占有する。従って、この場合8MBの増加は32MB時のユーザーエリアの3倍増から5倍増)を意味するから、速くなるのは当然だが、仮想記憶によるメモリ内容のスワップが如何にシステムに負担になっているかが良く判る、非常に劇的な変化であって、かつてAs2でNT Workstation 3.51を使っていた頃に、通販/宅配専門ショップだった頃のエレクパで初めて16MBのSIMM(当時は確か3万位していた)を買って増設した時も、こんな感じでNTの動作速度が激変したのをふと思い出した。

 ・・・いかんね、このマシンをいじるとつい昔話になってしまう(苦笑)。

 

西暦2001年4月4日 “エルベの魔弾≠ベルリン1945 ラスト・ブリッツ”

 梅本弘の新刊、“ベルリン1945 ラスト・ブリッツ”(学研)を購入。

 どうも何処かで読んだ様な気がするなぁ、と思いながら買って、帰りの電車で読んでみたら何の事は無い、以前いわゆる一つの書評で紹介したエルベの魔弾のリライトだった(苦笑)。

 だが、読み進めてみると、何処か変だ。根本的に何かが足りない。

 で、家に帰ってすぐに“エルベの魔弾”を引っ張り出して比べてみたら、かなりあれこれいじってある事が分かった。

 編集者/出版社側の意向なのか、それとも著者の意向なのかは判らないが、精緻を極めた戦車の描写が(それこそ大戦末期のドイツ戦車の如く)かなり簡略化され、“エルベの魔弾”ではかなり重要な意味を持たされていた筈の日本人SS義勇兵である“エスパーニャ軍曹”と彼に関わる部分、そしてそれに関連する、冒頭の主人公の母親に関する描写がごっそり削除されてしまったのだ(泣)。

 個人的には、“エルベの魔弾”のIV号戦車の車体にV号パンター戦車F型の為に用意された小型装甲砲塔“パンツァー・シュマール・トゥルム”を搭載した試作車について語られる下りや、その砲塔を破壊された車体から降ろして、砲塔無しで放置されていた半完成品のパンターF型車体に搭載するシーン、それから一旦その戦車から離れた主人公が、破壊されたその戦車から、夜間暗視装置搭載のパンターD型(どうしてもD型でなければならない必然がそこにはある!)に乗り換えた乗員たちと出会う場面の描写など、随所に散りばめられた“熱い”描写に胸躍らせ、戦争に存在する現実と理想の乖離の象徴とでも言うべき“SS軍曹”がらみの部分では何とも言い難い複雑な気分を抱いただけに、これらの記述をばっさり削ってしまった“ベルリン1945 ラスト・ブリッツ”にはどうにも納得の行かない気分になった。

 そんな訳で、もしも“ベルリン1945 ラスト・ブリッツ”を読んで“面白い”と思われた方がおられたならば、是非とも“エルベの魔弾”を探して読まれる事を、特に強くお勧めしておく。

 ・・・やっぱこれは改悪だよなぁ(溜息)。

 

西暦2001年4月5日 “3年前の亡霊”

 散髪に飾磨へ向かう。

 行きは阪神8000系直通特急、帰りは3000系普通鋼車による各停だった。

 

 散髪屋で、何故か店のマスターの持つPC(PC98-NXの初代モデルの一つである、Value StarのVS23D)のセッティングをいじる羽目に陥る(謎)。

 実はこのシリーズは、私が3年程前にデオデオでNEC派遣の販売促進スタッフのバイトをしていた頃に散々売りまくった機種の一つで、当時としてはかなり先進的な設計コンセプト(CPU:Pentium II 233MHz ChipSet:440LX Graphic:RIVA128 キーボード/マウスはUSB接続のみ)のマシンだった。

 まぁ、今見たら大した事はないし、非常に不幸な事には440BX発表直前のマシンだから、FSBも66MHzのままで、言ってみればちょっと前のCeleronマシン並のスペックだった訳だけど、流石に作り自体は昨今の安物よりは余程マシで、メモリやHD容量、それからCPUさえ強化すれば今でも充分使えるマシンなのだが、問題は正にそのメモリとHD容量にこそあった。

 「うん、買ったときのままだよ」

 マスターは笑いながらそう宣うた。

 ・・・って事は今時メモリ32MBでHDは3.2GB、おまけにWindowsは95って事ですかい(爆死)。

 ある程度は覚悟していたけど、まさかこれ程とは。

 モニターが何故かPanasonicの15インチTFTカラー液晶モニターになっていたり、10Base-TのLANカードが入ったりしていたので多少はいじってあるのかと期待していたのだが、甘かった(苦笑)。

 聞けば、モニターは知人から安く入手したリース切れの品で、LANの方はケーブルテレビのInternet接続サービス用との由で、両方ともマトモに設定されていなかった(爆死)。

 そこで、仕方が無いのでまず画面のプロパティを開いて“モニタ”を正しく設定しようとしたのだが、ここでいきなり行き詰まってしまった。

 ・・・Windowsが古すぎて、この液晶モニタのドライバが入っていねぇ(爆)。

 そう、このマシン出荷時の段階では、15インチTFTカラー液晶モニタなんて結構なものはまだ一般化しておらず、このモニタも登場していなかったから、ドライバがある方が寧ろどうかしている(苦笑)。

 何故画面の真ん中に小さくデスクトップが表示されるのかと思ったら、1024*768表示が正しく出来ず、800*600で動いていたのか(苦笑)。

 仕方が無いのでドライバリストを眺めて、それらしい機種のドライバを恐怖のアミバモード(笑)で突っ込んでみる。

 すると3つ目位でようやく正しい解像度、正しい垂直同期周波数にて表示された(笑)。

 LANの方は何気にインストールが完了したけど、ちょっと悲しくなった。

 こういうロクでもない裏技ばかり経験値が上がるというのも何だかなぁ・・・(苦笑)。

 で、幾ら何でもこのままでは無惨なので、せめてメモリだけは増設するように勧告しておく。

 まぁ、流石に遅くてもPentiumIIだけあって、As2のメモリ32MB環境下でのWindows 95よりは余程快適に使えるのだけど、それでもそれは比べる相手が悪いだけの話であって、最近の一般的な感覚で言えば恐ろしく反応が鈍い(溜息)。

 本当はCPUの方も同時に強化する事を勧告すべきなのだろうけど、まずはメモリが無い事には始まらないので、そちらを優先とした。

 ・・・つくづく、初心者の怖さを思い知らされた一件であった。

 

西暦2001年4月6日 “コンピュータと文房具の微妙な関係”

 必要に迫られて、電卓を一台購入。

 この関係で、新大阪の文房具店を何軒か回った(ビジネス街だけあってこの手の店は何軒かある)のだけど、途中で面白いものを見つけた。

 何と、このご時世にPC-98バスマウスポート対応のマウス/トラックボールだけが異様に(笑)揃っている店があったのだ。

 今頃何故? と思って見てみたら、OEMでコクヨのブランドで売られているが、モノ自体は昔良く見た各社の製品であった。

 つまり、これはかつてPC-98が日本のオフィスにおける「文房具」の一種として認知されていて、マウスやトラックボールはその消耗品だったという事の傍証か(苦笑)。

 秒進分歩で変わり行く昨今、こういう製品をPCショップの店頭で新品として購入するのはかなり困難になってしまっているが、成程、文房具という事ならこういう形で売られていてもおかしくない訳で、ちょっと虚をつかれた気分だ。

 ・・・98用にトラックボールを一つ買っておくべきかなぁ。

 

西暦2001年4月7日 “忘却”

 本日は休日。

 本当は先日の腎結石の件で病院に行く筈だったのだが、気が抜けていたのか、行く事そのものを忘却し尽くしてしまっていた(爆)。

 人間、痛くなくなったらこんなものか(苦笑)。

 

 1月分の更新日記の欠落部分の穴埋め作業を行う。

 テキストそれ自体は言う程多くはないのだが、何しろここのコンテンツはタグから何からひたすらエディタで直接入力して記述しているので、結構手が疲れる。

 で、リンクのチェックやら何やらをしていたら、結局1月分さえ打ち込みきれずに終わってしまった。

 まだ2月分もあるというのに・・・(溜息)。

 

西暦2001年4月8日 “容量計算”

  ハーバーサーカスの祖父地図でWGP-FX16Nと4MBパリ無しというふれこみの72pinSIMM 1枚を購入。

 前者は現在PC-9821Xv13/W16に挿して使用中のカードと同一モデルだが、件の現行カードが色々怪しげな改造品である為、前からスペアを探していたもので、手頃な価格で中古の出物があったので買ってみた。

 後者は些か持って回った言い方をしているが、要するに「4MB 1枚100円」のコーナーで売られていたSIMMの中にどう見ても8MBパリあり品にしか見えない品があったので買ったものだ。

 ちなみにこれはCompaqロゴの入ったMade in USAの品で、8MBパリありと推定した根拠は、4M bitチップが片面9枚、両面で計18枚実装されていて、しかもその内表裏の中央に配された1枚ずつが別メーカー製、というパリティ/ECC付きのSIMM特有の構成であった為で、まさか1M bitのチップ18枚で2MBのパリありなんてたわけた仕様のSIMMを作るとは考え難いから、これは8MBパリありで正解という事になる。

 

 帰宅後、As2を分解して4MBのSIMMを抜き、買ってきたSIMMを挿して組み直して起動。

 ・・・予想通り44.6MBと表示された。

 つまり8MBパリありで正解だった訳だ。

 

 次に、調子に乗ってAs2のマザボ上のオシレータを抜き(68.000MHz品。最初の譲渡前に抜き差し自在に加工済みで、随分長い間クロックアップ動作させていた事をここでやっと思い出した(苦笑))、手元にあった69.551MHz品に交換してみる。

 実を言えば80.000MHz品も手元にあるが、流石にDX2を80MHz駆動させる気にはなれない(苦笑)。

 ・・・起動には成功するが何故かメモリ量がオンボードの5.6MB分しか認識されない(謎)。

 色々検証してみたところ、どうやらメモリ拡張ボード上に挿されたSIMMのメモリが殆ど70ns品であった為に、クロックアップに追従しきれなかった事が原因と推定された。

 考えてみたら、このマシンでFSB 40MHz駆動とかしていた頃は、SIMMは高速な60ns品で揃えていた。

 通常使用では全く意味の無かった10nsの差が、実はかなり効いていた訳だ。

 この辺から推測するに、70nsメモリによる追従の限界は34MHzと35MHzの間にあるという事らしい(苦笑)。

 無論、個体差はあるだろうが。

 ともあれ、これでAs2のメモリはかつて使っていた頃の搭載上限記録である44.6MBに到達した。

 ここのところ、4MBとか8MBとかいった小刻みな増設が続いた訳だけど、NT4.0の挙動を見る分には、その程度の増量であってさえ劇的と言って良いパフォーマンス改善効果が現れた。

 やはりNT系OSは搭載できる物理上限一杯までメモリを増設して使うのが吉という事か・・・(溜息)。

 

 買ってきたWGP-FX16NをXv13に取り付け。

 先代の“怪しい”WGP-FX16Nを外して入れ替えただけだから、当然ドライバも何も変わらないのだが、改造による画質の変化が比較できたのは収穫であった。

 結論から言うと、通常の結線でGA-VDB16/PCI用Win2000ドライバで動かす分には、改造の有無による有意な差は現れない。

 だが、98本体への引き込み用の短いケーブルを用いずに、WGP-FX16NのRGB出力を直接CRTへ入力する場合には、推測通りの差が現れた。

 ・・・余程凶悪なフィルタが入っているのかなぁ>98本体のRGB信号切り替え機構

 

西暦2001年4月9日 “Keyboard,Keyboard!”

 中古でApple Extended Keyboard(初代)を購入。

 極初期ロット品、それも日焼けが殆どゼロという、奇跡の様なコンディションに惹かれてつい買ってしまった(爆死)。

 帰宅後、裏を見たら角が削れていたりしたが、このキーボードの命であるキースイッチ自体のコンディションは極上で、やはり買って正解であった。

 ちなみに、分解清掃していて気付いたのだが、このApple Extended Keyboardはロットによってケース内部の基板固定方法やキートップのパンタグラフ機構の支持位置等が微妙に違っている。

 固定方法については設計時の不手際の手直しなのだが、実はパンタグラフ機構の方はそうではなく、明らかに極初期ロット品の方が異様に懇切丁寧な設計であった事が判明した(苦笑)。

 恐らく、このキーボードをロット違いで3枚も買い、しかも分解して比較する物好きがいなかった為に、言及されなかったものと思うが、これはつまり3台の間での部品の共食いは、一部については不可という事である。

 まぁ、これ位しっかり作られたキーボードであれば、3台が3台とも同時に使用不能になる事はまず無い(そしてその時のためだけに新品で1台、Apple Extended Keyboard IIが確保してある)と思うが・・・。

 

西暦2001年4月10日 “消音”

 PC-9821Xv13/W16に入れてある450W電源の動作音があまりに騒々しいので、あれこれ手を入れてみる。

 まずは、構造的な風切り音の低減の為に電源BOXの外装ケースを外す。

 正直誉められた手ではないが、絶縁等のチェックはきっちり行ったし、強度的にも特に深刻な問題はなさそうだからこれで良し、という事にしたのだが、結果は「前よりはそれなりに良くなったが全体としてはやはり激しくうるさい」。

 そこで、今度は電源内蔵の冷却ファンを交換。

 ミネベア製の高速回転型から中古の山洋製(捨てられていたPC-9801FXの電源からもぎ取ってきたもの)に換えてみた。

 冷却効率は落ちたけど、ケースを外したから、まぁ当分は大丈夫だろう。

 で、今度の結果は「うるさいが、辛抱出来ない程ひどくは無くなった」。

 無論、本当は辛抱したくないが、これなら前よりは良いか、という事で今回はここまでとした。

 ・・・何か良い手はないものかなぁ(溜息)。

 

西暦2001年4月11日 “破壊の手順”

 AT3号機のWindows 2000を壊す。

 どうやら、Revolution 3D → Voodoo Banshee → Revolution 3D → Voodoo Bansheeの順でカード交換と再起動を交互に繰り返すと、必ずWindows 2000のシステムファイルがクラッシュしてしまい、起動不可状態に陥るようだ(爆)。

 お陰でシステムから何から何まで全部再インストールして環境再構築する羽目に陥ってしまった(涙)。

 ある意味自業自得だが、何か納得のいかない話ではある。

 

西暦2001年4月12日 “The Last CPU”

 散々悩んだ末に、MelcoのHK6-MS600P-NV4(限定品)を購入。

 Mobile K6-III+ 550MHzを公認で600MHzオーバークロック動作する(爆)、曰く付きの一品だ。

 帰宅後、さっそくPC-9821Xv13/W16に搭載。

 色々ややこしい設定に悩んだり、CPU交換前に入れておかねばならないユーティリティのインストールの為だけに一旦CPUをPentium 133MHzに戻したり、あれこれ試行錯誤を繰り返してどうにかWindows 2000で使える様にした。

 で、肝心の性能だが、やはり動作クロック200MHz上乗せの効果は絶大で、かなり動作が軽くなった(喜)。

 Windows 2000で3Dゲームを動かすにはちと辛いが、少なくともOfficeアプリケーションの類を走らせるには充分なパフォーマンスが得られているから、このマシン本来の性能からすれば満足のいく性能向上ぶりではある。

 問題は、その購入コストがPentium III 1GHz版以上という今の感覚では信じがたい価格設定になっている事だけど、これはまぁ、下駄の開発コストやら何やらを考えれば致し方ないところか。

 ともあれ、これで漸くこのXv13のCPU換装に終止符を打てる。

 何しろ、今後これ以上速いSocket7用CPUが出るとは到底考えられないものなぁ(涙)。

 さぁ、次はメモリ増設とHDDの換装、それから電源の交換だ(爆死)。

 

西暦2001年4月13日 “10年という時間”

 小野不由美の「黄昏の岸 暁の天」を購入。

 ・・・そうか、前巻から5年も経っていたのか(溜息)。

 このシリーズの第一作は、確か京都は河原町通にあった今は無き駸々堂コミックランド店(それも、移転前の古くて狭い店の方だ)の新刊平積のコーナーで買った記憶があるから、今年でちょうど10周年という訳か(苦笑)。

 あの頃はまさかこのシリーズがここまで売れるなど夢想だにしなかったから、本当に何気なく/機械的に買った(そういう事が出来るくらい経済状態も良かった。バブル恐るべしである)筈なのだけど、後になってこうして振り返ってみると、よくぞ買っていたものだと思う(苦笑)。

 ちなみに、あの頃はファンタジーブームの真っ最中で、茅田砂胡のプロデビュー作である“王女グリンダ”や朝松健の代表作“魔術戦士”といった作品群を、あの喪われた大陸(笑)が何かに取り憑かれた様な勢いで出していた。

 その勢いの中にあって、この十二国記(そもそも当初はこのシリーズ名さえ存在しなかったのだ)が本当にひっそりとした形で世に現れた事は割と良く覚えている。

 というか、そもそもあの頃は講談社X文庫ホワイトハートも西洋系ファンタジー狂いの真っ最中(笑)だったのだが、それだけに東洋的なこの第一作のスタイルは異質で、しかも新鮮にうつったし、内容が面白かったから、全くもって良い作品だ、と思った覚えがある。

 要するに、“栴檀は双葉より芳し”という事だな(笑)。

 

西暦2001年4月14日 “盲点”

 PC-9821Xv13/W16の電源を、以前AT3号の筐体から外して保管していたATX250W品に交換してみる。

 以前試した時は、CPU下駄が怪しげな代物であったせいか恐ろしく不安定だったのだが、きちんとしたメーカー製(それも本来の200W電源での動作を保証する)のCPUアクセラレータに載せ換えたのだから動く筈ではないか? と思っての挑戦である。

 結論は大正解。何事もなかった様に快調に動作していて、しかも音も静かだ(喜)。

 250Wでは足りないのだ、と思いこんでいたせいで450W電源の静音化に励んでいたのだが、これはとんだ盲点であった。

 いやはや先入観とは恐ろしいものだ。

 

西暦2001年4月15日 “ジョイパッド”

 金に困ってXv13から外したPK-K6HX400/98を売却。

 で、その金でPlayStation 2用純正アナログジョイパッド(SCPH-10010)と中古のApple Extended Keyboard IIを購入。

 ジョイパッドはPSJ-M1UとかいうUSB-PS/PS2規格ジョイパッドインターフェイスコンバータにつないでAT2号機につなぐ為のもので、手持ちのPlayStation用純正アナログジョイパッド(SCPH-1150 いわゆる“デュアルショック”登場直前に短期間だけ生産された“シングルショック(笑)”もの)では全く認識さえされなかった(涙)為に、やむなく購入した。

 キーボードは今更説明も要しまい(苦笑)。

 ちなみに名目は故障時の予備だ(笑)。

 正直なところ、拡張IIはあまり好きじゃないので、本当に初代の拡張が3台全部故障しでもしない限り、使う気にはなれないのだが・・・。

 ・・・いっそNTSC-RGBコンバータにしかなっていないMacの電源スイッチ代わりにつなぐのが吉か(爆)。

 

西暦2001年4月16日 “Discount”

 ジャンクでPCIのUSBカードを一枚購入。

 AT2号機に挿して、ADB-USBコンバータ経由でApple Extended Keyboardを(PS/2端子に106キーボードをつないだままで)繋ぎっぱなしにするのが目的だ。

 これはどういう事かと言うと、2号機のマザボ(SUPER PIIIDME)のBIOSがタコで、オンボードのUSB端子にキーボードデバイスがぶら下がってる状態でPS/2にキーボードを挿したまま起動すると、色々不具合が発生する為で、BIOSさえ修正されれば解決が付く問題なのだけど、何しろこのマザボは札付きの問題児(苦笑)でロクにBIOSが更新されない為、こういう対症療法的な回避策を講じるより他に解決策は存在しない。

 

 で、このUSBカード(ちなみにチップは昔486の頃にPC/AT互換機用チップセットで名を馳せたOPTi製)を買って支払いを済ませた後、再びジャンクコーナーを覗いたら、何と98用SCSIボード(IF-2769 / ICM)と同じくLANボード(LGY-98-T / Melco)がそれぞれ200円と100円という捨て値で売られていたのでこれらも速攻でゲット(笑)。

 2769はここのコンテンツの内容拡充のネタ用(爆)で、LANの方はその内要る事もあるかも知れない(笑)、という事で(謎笑)。

 こういう買い物ばかりするせいで、こないだ買った「外れ」の8スロットCバス拡張ボックスのスロットは、使わない/使う当てもないCバスカードで埋め尽くされつつある(爆死)。

 まぁ、空きスロットがあれば埋めたくなるのは人情というものであるのだが・・・(謎)。

 

 帰宅後、USBカードをAT2号に挿して、ADB-USB変換アダプタ経由でApple Extended Keyboardを接続。

 DOSでは使えず、Print Screenキーも使えないなど、色々細かい制約はあるが、このタッチの良さには代えられない(笑)。

 何より、そういう時の為だけに、これまで使ってきたALPSの106キーボードをPS/2端子に挿したままにしてある訳だし(苦笑)。

 取りあえず、当分はこの状態で使用を続ける予定である。

 

西暦2001年4月17日 “Level 3 Cache”

 Xv13にK6-III導入以来外していたI-O DATA製の512KB PB-SRAMモジュール(COASt 2.0準拠)を挿してみる。

 ここと相互リンクして頂いているZさんのXv協定の方で、その辺に関する解説があったので試してみたのだが、結果はあまり芳しいものではなかった。

 確かに、ベンチマーク等を見ていると3%〜5%程度高速化する場合があるのだが、Windows 2000で青画面が出る確率が格段に跳ね上がってしまうのだ。

 解説にあったNV4下駄の位相設定をあれこれ試し、冷却の方にかなり気を遣ってもこれなので、少なくともウチのマシンではリスクを考慮する限りにおいて、これは止めた方が賢明だ、と結論した。

 幾ら速くなっても落ちるのじゃぁねぇ・・・(溜息)。

 それとも、本体に付属していた256KBものならば動くのだろうか?

 もっとも、それは試そうにも後輩のM君にXP55-T2P4を渡す際に電圧降下下駄と一緒に渡してしまったので、今更どうにもならないのだが(苦笑)。

 

西暦2001年4月18日 “PC-9801R”

 ジャンクでPC-9801R用キーボードを購入。

 外装は恐ろしく汚かったが、スイッチが存外しっかりした状態だったので買う気になった。

 一見、DA以降用と形状はほぼ同一なのだが、スイッチそのもののタッチというか出来が微妙にこちらの方が上なのだ(苦笑)。

 これ以上同じ格好のキーボードを増やしてどうする、と言われそうだが、先の事を考えるとこればかりは譲れない。

 

西暦2001年4月19日 “高速化の罠?”

 Xv13で問題が一つ発覚。

 原因が先日交換したK6-III+にあるのか否かは分からないが、愛用のPC-9801RA2付属キーボードをWindows 2000で利用している際に、CAPS LOCKキーを何度か反復して押すとキーが反応しなくなる事が判明した。

 実は最初はキーボードそのものの故障を疑った(何しろ10年以上前の品だ)のだが、昨日購入した予備のPC-9801R?用キーボード(こんなつもりで買った訳ではなかったのだが、思わぬ形で役に立つ事になった。全くもって人生一寸先は闇である)に繋ぎかえても同じ現象が発生したのと、PC-9801-114キーボードでは一切この種のトラブルが発生しなかった事から、恐らくキーボード搭載マイコン/マザーボード搭載のキーボードコントローラの動作に何らかの不備があって、CAPS LOCKの複数回反復入力でキーボードマイコン−コントローラ間の通信が途絶するか、それともキーボードマイコンが暴走状態に陥っているものと思われる。

 あるいは、これが現時点で確認できる範囲ではWindows 2000でのみ発生している事を考慮すると、キーボードドライバの仕様に何らかの不備がある可能性も否定できないが、いずれにせよ、今の所はこれらのいずれとも断言は出来ない。

 まぁ、PC/AT互換機のキーボードと異なり、98のキーボードは暴走しても一旦コネクタを抜いて再度挿し直せば再認識される(キーボードケーブルを抜き差しした位で硬直する程柔な設計ではない)から、CAPS LOCKキーの打鍵に気を付けて、後はコネクタの抜き差しで対処すれば致命的な問題にはならないのだが・・・。

 

西暦2001年4月20日 “辿り着くべき処”

 中古屋でNEO ACCELERATOR SYSTEMという名の謎のグラフィックカードを購入。

 これは、グラフィックチップはS3のVision964、RAMDACはTexas InstrumentsのTVP3025-135PCE、メモリは三星電子の70ns VRAMがオンボードで2MB、ドーターボードで2MBという構成のPCIカードで、基板上には何故かSNK(そう、昔は新日本企画と言ったあの会社だ)のロゴが大きく印刷されている。

 部品の製造時期から推測する限りでは95年初頭の製品で、製造番号(裏に“9”と印刷されたシールが貼られていた)から考えて、少なくとも10枚程度は生産されたと思われるが、一体SNKが何の為にこのカードを用いたのかは今の所定かではない。

 

 ところで、このカードのスペックを見て何処かで見た様な気はしないだろうか?

 そう、バス規格の相違を除けば、あのA-mate用ローカルバス(ML-Bus)対応グラフィックボードの最高傑作、CanopusのPower Window 964LBと全く同じ仕様なのだ。

 実はこのカードは、生産をCanopusが担当していて、言ってみればPower Window 964PCIとでも呼ぶべきデザイン(事実、このカードに搭載されている2MB増設メモリモジュールはPower Window 964LBのそれと同一仕様である)の、非常に完成度の高い製品なのだ。

 良く知られている様に、CanopusのPower WindowシリーズではVision 964はML-Bus対応のPower Window 964LB只一機種に採用されたのみで、本来は同チップを搭載して出荷されるべきであったCバス版やPCIバス版はいずれもその後継モデルであるVison 968を搭載したPower Window 968シリーズとして発表されている。

 つまり、これはそのPower Window 964LBとPower Window 968シリーズの間のミッシングリンクを埋める、Canopus製グラフィックボード/カードの発達史を考える上で無視出来ない製品であるという事になる。

 まぁ、何でまたこんなとんでもない製品が今頃中古で出て来たのかは謎なのだが、如何にもあの頃のCanopusらしい、緻密で美しい基板を見ていると、何やら嬉しくなって、そういう些細な事はどうでも良くなってしまう(笑)。

 

 ちなみに、私がこのカードを買った理由は言うまでもない。

 カード本体よりもその上に載せられた、増設メモリモジュールが欲しかったせいだ(苦笑)。

 ともあれ、これで漸くAs2のPower Window 964LBは4MBフル実装に出来る事になった(涙)。

 薙沢君からあのボードを譲り受けたのが、確か96年の前半の事だから、実に5年目の念願達成という事になる。

 最早、感無量と言う他無い。

 いやはや良い買い物であった。

 

 帰宅後、早速NEO ACCELERATOR SYSTEMから2MB増設メモリモジュールを外し、Power Window 964LBに挿す。

 モジュールの上面に大きく印刷された“SNK”のロゴが何やら怪しげだが、結構良い感じだ(笑)。

 で、ボードを挿し直してAs2のWindows NT4を起動。

 ・・・おお、高解像度多色モードが使える(喜)。

 他の機種でならば今更珍しくも何ともない事なのだろうが、長年A-mateをさわってきた私の様な人間にとっては本当に感慨深い、どちらかと言えば感涙にむせびたくなる様な、非常に感動的な一瞬だった。

 何しろ、欲しくて夢にまで出て来たものなぁ(苦笑)>増設メモリモジュール

 

西暦2001年4月21日 “醜悪なる模倣”

 As2のNT4で高解像度多色表示を満喫する(笑)。

 RAMDACの性能の関係で垂直同期が最大75Hzに制限されてしまうから、多少辛い場合もある様だが、17インチの現行モニタで使う分には充分すぎる画質だ。

 964LBのTVP3025-135PCEは、薙沢君の弁によればIBMのRGB52x系よりは扱い易いのではないか、との事だが、それはそれとしても94年後半という、市場にロクに17インチモニタも出回っていなかった頃にこれだけの画が出るボードを出していたCanopusの技術力はやはり大したものだ。

 日本ならCanopus、米国ならNumber Nine、というのが私の知る範囲での一般向けPC/AT互換機用グラフィックカードの画質二大横綱なのだが、そのCanopusもViRGE系チップを搭載していた頃は本当に低迷していたし、コンスタントに良い画の出るカードを出していたNumber NineもSavage4を搭載するSR9を最後に消滅してしまったのだから、クオリティの維持は本当に難しい。

 「実質的な性能と画質は二の次、カタログスペックと値段最優先」という声はそんなに大きいのかなぁ・・・(溜息)。

 まぁ、一つには、「そこそこのモニタでそこそこ以上の画が得られる」画造りに徹するMatroxの製品の存在も大きく影響している気がするが。

 何しろMilleniumを挿しておけば、ろくなコーティングも調整もされていない安物モニタでも我慢出来るものなぁ・・・(苦笑)。

 

 ちなみに、CanopusとNumber Nineの良い画の製品には一つ共通点がある。

 それは、「基本に忠実且つ妥協も隙もないアナログ回路を設計してある」事だ。

 両社の製品を見ると明らかなのだが、それは本当に大変な事で、部品点数は多くなるわ回路設計の検証に恐ろしく手間取るわ、と一見法外なあの値段も致し方あるまい。

 その事は、例えばSPECTRAシリーズのSSHモジュール(どれでも可)をカード本体から外して、裏返しにして信号配線パターンを見れば良く判る。

 あのメーカーが持つインピーダンス整合/信号遅延時間のコントロールによる高画質化ノウハウの神髄が、そこにはある。

 近頃SSHの紛い物をSUMAとかいうメーカーが出している(ご丁寧にSSH同様D-SUB 15pinモデルと5BNCモデルが用意されている)が、これは店頭で現物を見て絶句する位、ひどい信号配線をしているのが目に付いた。

 やはり、というか買って試した薙沢君の弁によればひどい画だったそうだが、そりゃそうだろう。

 インピーダンスや信号線の不等長による遅延時間のコントロールを行わず、何も考えずにサブ基板にRGB信号を出し、そこに搭載された安手のフィルタ(ノイズを避ける目的で別基板に信号を出しておいて、そこにわざわざノイズ源を実装するとはどういう了見だろうか?)を経由して、しかも何の芸も工夫も無い線でコネクタに繋いでいるだけなのだから、良くなろう筈がない。

 まぁ、それでも、本当の安物(クズともいう)よりはマシな画が出る可能性がある(苦笑)のだけど、そんなカードを「画質がよい」と称して売る店があり、またそれに惹かれて買う客もいるというのだから、何をかいわんやである。

 ああいう製品を出して恥じる所の無いSUMAも大概だが、それを喜んで買って行く客というのもどうだろう?

 そういえば、以前iMacのパクリ騒動で有名になったSOTECのe-oneは、韓国製だったが、今回のSUMA社もやはり韓国の会社なのだという。

 それにしても、恥という言葉にあれほど敏感で、それこそ自分に向けられた恥辱には恨をもって反応するのが通り相場の韓国人が、こと商売となるとあんなにも恥知らずな、他国の会社の製品の上辺だけを真似た製品を粗製濫造するのはどうした事だろう?

 どうせ真似するなら、かつての日本の会社がそうした様に、その本質にこそ学ぶべきであろうに。

 

西暦2001年4月22日 “尺”

 某中古屋で格安のEdge 3DのDRAM 2MB版を一瞬買いそうになる(笑)。

 今をときめくnVIDIA社が最初に出したグラフィックチップでありながら、その動作のあまりの特殊さ故に、同社サイトでも抹殺されてしまっているSTG2000(nV1)を搭載した、曰く付きの怪作だ。

 ちなみにどの辺が怪作かというと、PCIバス対応のグラフィックカード(3D機能あり)でありながら、サウンド機能(当然PCIバス接続。時期から考えれば非常に先進的だ)とSEGA Saturn用ジョイスティックインターフェイスを2ch一緒に搭載するという、「これ一枚あればゲームはOK」な仕様になっている所とか、ポリゴンの定義が今のDirect Xのそれと全然違う(その原因の一つは、Direct 3D規格制定前の製品である事にある。詳しい仕様は昔調べてみた事があるけど、スゲー変だった)とかいった辺りで、その辺の仕様的な問題が原因で、このチップを積んだカード(世間的にはこのEdge 3Dを出したDiamond MMともう1社の、合わせて2社の製品が知られている)は事実上Windows 95/98専用(面倒見が比較的良い部類に入るMicrosoftでさえ、流石にWindows 2000用標準ドライバを作成するのを諦めてしまった)、それもDirect Xの3D機能の実装が不十分って事になってしまっている。

 何でまた今頃そんなモノが欲しくなったかと言えば、要は付属の専用ゲームソフト(CD-ROMで供給)である「パンツァー・ドラグーン」のBGM(作曲はNHKの“国宝への旅”のBGMで知られる東祥高が担当)が聴きたくなったからだ(笑)。

 何しろあれのサントラ、NEC AVENUEが発売元だったせいで、同社消滅後は絶版だものなぁ・・・(溜息)。

 

 野尻抱介の“ふわふわの泉”を購入。

 ・・・何やら、複数巻に渡る長編SFのダイジェストを読まさせられた様な気分(苦笑)。

 なまじアイディアが面白いだけにこれは惜しい気がする。

 

 サイト更新の為の準備作業を実施。

 ここ暫く、少しずつコンテンツ更新は進めているのだが、一区切り付けるとなるとやはりそれなりの仕込みと、1型と2型の間の仕様相違を修正する必要がある。

 実は最大の問題は、その1型と2型の相違のチェックが滅茶苦茶に手間取る事だったりする(苦笑)。

 

西暦2001年4月23日 “更新”

 1型60号及び2型18号、竣工。

 主な変更点は、“Graphic Acceralatorについての逡巡”への“NEO ACCELERATOR SYSTEM”の追加と、“Keyboard尽くし”の“Hammer Touch Operation”への改題、それからその下の各コンテンツの各種追加修正、及び“PC-9801-114”の追加など。

 その他にも#9のグラフィックカード関係など幾つか修正した記憶があるのだが、正確な所は忘れてしまった(苦笑)。

 “今回のお言葉”は1型が秘蔵の一冊(苦笑)、山口泉の大作“旅する人びとの国”(筑摩書房:絶版)、2型はマルカム・ブラドベリの怪作、“超哲学者マンソンジュ氏”(平凡社:品切)より。

 前者は、山口泉の作品に共通する、何処か世界というものに対して悲壮な危機感を抱いた登場人物の発言。

 後者はかなり分かりにくい言葉だと思うけど、「不在の哲学者」の語った、ディスコンストラクションっていう哲学の一潮流に関わる話の一部だという事で。

 

 深夜、薙沢君とIRCで話す。

 ・・・今更、牛の会社のマシンの筐体だけ要らないかと言われてもなぁ(苦笑)。

 ATXの箱だったら後輩に幾らでも需要がありそうだが(笑)。

 

西暦2001年4月24日 “疲労”

 最近無闇に疲労が溜まっている。

 まぁ、忙しいのだから当然といえば当然の話であるが。

 

西暦2001年4月25日 “時の経過”

 PC Successなる雑誌の第64号を購入。

 この雑誌はまぁ、いわゆる初心者向け雑誌なのだが、この号は付録のCD-ROMが特別なので速攻でGet。

 何かと言えば、日本車輌製造がその創業百周年に際して、大阪の鉄道史資料保存会の協力の下で100周年記念書籍(図面集及び写真集)を刊行した時についでの様に出した、「鉄道車輛100年 〜日本車輌製造の歩みから〜」が付録として付いて来るのだ(爆)。

 発売当時、結構なお値段(確か5千円以上した)に躊躇して買い損ねていたCD-ROMが雑誌の、それもよりによってパソコン初心者用の入門雑誌のおまけとして付いてくる事には何やら非常に複雑な気分になるが、まぁそれはそれとしても非常に廉価に提供された事は誠に喜ばしい。

 

 帰宅後、早速見てみる。

 ・・・流石にCD-ROMの容量じゃ、この程度が限界か(溜息)。

 何というか、これは件の図面集&写真集の見本かカタログって感じの内容だ(笑)。

 折角の写真/図面共に解像度は低いし、色数も少ないし・・・(溜息)。

 まぁ、それでも結構面白い内容のチョイスがしてある(取り上げる車輌の形式選択が、異様に偏っている(笑))から、これはこれで結構面白いのだけど。

 ところで、こんな濃ゆいコンテンツの固まりみたいなCD-ROMをPC初心者向け雑誌の付録に付けてしまう事について、PC Success編集部は何の疑問も抱かなかったのだろうか?

 どう考えてもこれは好事家スペシャル(爆笑)なのだけどなぁ・・・。

 

西暦2001年4月26日 “ADB Trackball”

 KENSINGTON製ADB対応トラックボールの“Orbit”をジャンク品で税込み600円少々にてGet。

 Mac用なのに2ボタン構成で、専用ドライバによって機能をあれこれ割り当てるタイプの製品だ。

 まず、KENSINGTONのサイトに行って最新版のMouseWorks 5.60をDLしてインストールし、2ボタン目を押すとIE等でスクロールが出来る様に設定してみる。

 ・・・どうも挙動がおかしい。

 非力な、しかもメモリ実装量の少ないマシンで実行しているせいか妙に反応が鈍い。

 もしかしたらMacOS 9.1である事に理由があるのかも知れないが、これは不便なので標準設定に戻す。

 さしあたりMacでブラウジングする機会は少ないから、これで良しとしておこう。

 肝心のトラックボールそのものの使用感は非常に良好で、IntelliMouse Trackballよりも良い感じであった。

 でも、やはりKENSINGTONだったらTurbo Mouse系のトラックボールが欲しいなぁ・・・(爆)。

 

西暦2001年4月27日 “AMD-X5”

 薙沢君から486用電圧降下/クロック倍率設定下駄が届く。

 で、早速これにAMD-X5-133ADZを載せ、As2のCPUボードに搭載してみる。

 それなりに速くはなったがやはり遅い(苦笑)。

 ちなみにNT4でのベンチ(HDBENCH 3.30)の結果は以下の通り。

 

   ★ ★ ★ HDBENCH Ver 3.30 (C)EP82改/かず ★ ★ ★

  M/B Name PC-9821As2/U8W

  Processor Am5x86/WT/4x 136MHz [AuthenticAMD family 4 model E step 4]

  VideoCard CANOPUS Power Window 964LB

  Resolution 1152x864 (32Bit color)

  Memory   45,500 KByte

  OS     Windows NT 4.0 (Build: 1381) Service Pack 5

  Date    2001/04/27 21:43

  MIDORI ELEC. SCSI-2 I/F MDC-926Rs

   QUANTUM FIREBALL ST2.1S 0F0C

  ALL Integer  Float MemoryR MemoryW MemoryRW DirectDraw

  1276  3171  1779   1429   2547   1225      0

  Rectangle  Text Ellipse BitBlt  Read  Write  Copy Drive

     2366  1713  639    1  1303  1030   750 B:\100MB

 

 まぁ、惨々たる有様だが、486マシンの実力は所詮こんなものだ。

 余談になるが、AMD-X5のL1CはDataが8K、Instructionが8Kの合計16Kで、このマシンのL2Cは256Kである。

 ついでに現行のAT互換機2号のWindows 2000環境でベンチを取ると以下の様になる。

 

   ★ ★ ★ HDBENCH Ver 3.30 (C)EP82改/かず ★ ★ ★

  M/B Name SUPER PIIIDME / SUPER MICRO

  Processor  Pentium III 745.21MHz[GenuineIntel family 6 model 8 step 1]

  Cache    L1_Data:[16K] L1_Instruction:[16K] L2:[256K]

  VideoCard  Canopus SPECTRA 5400 Premium Edition

  Resolution  1152x864 (32Bit color)

  Memory   1047,976 KByte

  OS      Windows 2000 5.0 (Build: 2195) Service Pack 1

  Date    2001/03/10 14:32

  Initio Ultra SCSI Host Adapter

   DELTIS MOS321     3.60

   HP   C1533A     A612

   PLEXTOR CD-ROM PX-32TS 1.01

   PIONEER DVD-ROM DVD-303 1.06

  Adaptec SCSI Card 39160 - Ultra160 SCSI

   SEAGATE ST34501W    0018

  Adaptec SCSI Card 39160 - Ultra160 SCSI

   SEAGATE ST318451LW   0003

  ALL Integer  Float MemoryR MemoryW MemoryRW DirectDraw

 22788 33975  33848  10185   11002   18213     74

  Rectangle  Text Ellipse BitBlt  Read  Write  Copy Drive

    22149 22963 5980  239  39233 39459  7327 C:\100MB

 

 御覧の通り、OSが違うので厳密な比較にはならないのだが、1996年頃のメインマシンと2001年の現行メインマシンの間には各部(BitBltとDirectDrawは除いて考えるのが吉だろう(笑))でバラツキはあるものの、だいたい約10〜30倍程度の性能差が生じている。

 順繰りに各パーツを入れ替えてゆく分にはなかなか気付きにくいのだが、こうして並べて比較してみると、この5年の間にハードウェアは我々が思っている以上に強化されていたという事であって、色々考えさせられるものがある。

 

西暦2001年4月28日 “MemTest-86”

 ふと思い立ってメモリチェック用ソフトであるMemTest-86 Ver.2.5をDLし、展開・起動FDへの書き込みを実施して、AT2号機で実行。

 Test 1は問題なくパスしたが、Test 2のコンベンショナルメモリ部のチェックで4,000箇所以上のエラーが報告されて轟沈(涙)。

 どうも、一見マトモそうだが何処かに問題があるらしい(溜息)。

 

 そこで、AT2号機を分解してチェック。

 色々試したりする内に、これはどうもチップセットのMCH(840チップセットはハブアーキテクチャなので、一般のチップセットで言うところのNorth Bridgeをこう呼ぶ。正式にはMemory Controller Hub)とその左右に実装されたMRH-S(正式名称はMemory Repeater Hub for SDRAM。本来840はPentium 4用の850と同様の2ch Rambusメモリインターフェイスを持つので、PC/100 SDRAMを利用するには、このバスプロトコル変換用リピータハブが必要になる)の排熱が上手く行っていない様だ、との結論に至る。

 そこで、MCHのヒートシンクにファンを取り付け、その風が左右のMRH-Sのヒートシンクに流れる様にしてみる。

 思えば、SUPER PIIIDMEが発売された去年の春には、チップセットに空冷ファンを搭載した製品など殆ど皆無だった。

 それどころか、僅かとは言えヒートシンクの無い製品すら残っていたから、MCHのみならずMRH-SやP64H(64Bit 66MHz PCIバスブリッジ)にまでヒートシンクを取り付けたこのPIIIDMEは異様にさえ見えた。

 それが、今市場を見渡してみると、AMD-760搭載製品を中心に、空冷ファン付きチップセットのマザーボードが多数存在していて、それが当然という事になっている。

 その辺りを考えてみると、人々の認識というものの曖昧さを思わずにはいられない(苦笑)。

 

 それはともかく、以前SUPER PIIIDMEの情報を求めて検索しまくっていた頃に、「暑くなるにつれて不調が目立った」といった記述があったのだが、もしかするとそれはMCH周辺の冷却不足が原因だったのかも知れないな、と思った。

 レイアウト上、なかなか冷やしにくい場所にあるものなぁ>MCH & MRH-S

 

西暦2001年4月29日 “冷却”

 まとまった時間が出来たので、MemTest-86に再挑戦。

 今度はTest 1〜11を所要時間約4時間にてエラー皆無で完走(喜)。

 果たしてMCHの冷却は効果絶大であった。

 これで少なくとも、正しく動作するメモリを選び、AUX補助出力ケーブルのある大出力のATX電源を接続し、そしてきちんと冷却する限りにおいては、このSUPER PIIIDMEが実績ある440BX/GXもののマザボに見劣りしない信頼性のある製品である事が確認出来た。

 無論、それらの前提条件が無闇に厳しい事には自覚はあるが(苦笑)。

 何にせよ、自分の使っている道具の信頼性に疑問があるというのはやはり精神衛生上宜しくない訳で、その意味では今回の実験は誠に意義深いものであった。

 まぁ、そう何度もやりたいテストじゃないが(苦笑)。

 そんな訳で、840+MRH-Sなマザボ(SUPER MICRO SUPER PIIIDME/DM3 、TYAN S2257 Thunder 2400、それからACER(富士通) M25Bなど)をお使いの方(一体何人おられる事やら)には、チップセットの強制空冷を特に強くお勧めしておく。

 

西暦2001年4月30日 “ドライバ”

 中古屋でI-O DATAのVoodoo Banshee搭載AGP対応グラフィックカードである、GA-VDB16/AGPが安値で売られていたのでゲット。

 これは今98に挿している、MelcoのWGP-FX16Nと同時期の製品で、PCI版は今尚PC-98正規対応カード中では最強であり続けている(泣)せいで、中古で見た事がないのだが、別にそういう事もないAGP版は、出る事は少ないが出たら割と安値である事が多く、今回のもそんな感じだった(苦笑)。

 帰宅後、早速AT3号機のRevolution 3D WRAM 8MB AGPと交換。

 起動画面=VGAモード時のフォーカスがあまり宜しくない事に少し失望する。

 こうしてみるとRevolution 3Dの画質が良かった事が良く判る(苦笑)。

 で、そのままWindows 2000を起動。

 何やらもやがかかった様な画が出てきた(泣)。

 まぁ、PnPで自動認識されてインストールされるドライバはMS製のBanshee用汎用ドライバなので、これで画質を云々する訳には行かないのだが、Revo 3Dの様な高画質カードの画に慣れていると、これはかなり辛い。

 こんな筈ではない、と思いながらI-Oのサイトで最新版ドライバをDLし、インストールしてから再起動。

 ・・・全然違う画が出てきた(笑)。

 昔、CanopusのSPECTRA 3200を使っていた頃、最初はぼけていた画が、ドライバの更新毎にどんどんフォーカスの合った画に化けていった事があったが、これはその最初の状態から最終形態まで一足飛びに進んだ様な感じの画質向上ぶりだった。

 ついでに言えば、描画性能も跳ね上がっていて、標準ドライバでは501にしかならなかった3D Mark 2000 Ver.1.1のスコアが、ドライバをGA-VDB16用Windows 2000ドライバVer.1.40に交換したら一気に856になった(笑)。

 I-O DATAという会社のグラフィックカード/ボードは伝統的にドライバで性能を稼ぐ傾向があるのだが、これもその例に漏れないという事らしい。

 このGA-VDB16シリーズは、Banshee搭載カード中では最高値のプライスタグが付いていた製品なのだけど、これ程までのドライバによる豹変ぶりを見せられると、流石にその値段も致し方無い気がしてくるなぁ(苦笑)。

 

 Xv協定のAT互換機掲示板の書き込みで、SUPER PIIIDMEの一部がリコール対象になっていた事を知らされる。

 で、慌ててSUPER MICROのサイトをのぞいてみると、確かにトップページの端っこにリコール回収の期限が5月15日である旨の掲示がなされていた(汗)。

 そこで、詳細説明を読んでみると、「動作中に突如としてリセットがかかるという現象が発生する」ボードが回収対象の由であった。

 ・・・冷静に考えてみると、あのマザーボードを入れてからのAT2号機では、メモリエラーに起因するWindowsの保護エラー等はやたらと拝んだけど、有無を言わさぬリセットはメモリ交換前も交換後も、殆ど絶無だった。

 寧ろ、突如リセットがかかるのはThunderboltを入れたAT3号機の方で、そっちの方が原因不明で気味が悪い位なのだ。

 そんな訳で、別に交換せんでもエエだろう、と結論。

 下手に交換という事になって、64MB RIMM*2付きのP3DREとか渡されても困るしなぁ(苦笑)。

 

 GA-VDB16/AGPを入手して、Voodoo Banshee搭載カードのアナログ回りがどういう風な接続になっているかが、何となく見えてきたので、予備に回しているWGP-FX16Nの一枚目(改造品。そういえば、とある先輩に「このカードは要りませんか?」というメールを出したのだがお返事がない。どうしたのだろう?)のフィルタ回りに手を入れてみる。

 Fil 1〜3を全て撤去してRGB信号を直接流す加工は以前からしていたのだが、これに加えて三端子のダイオードを5つ(RGBVHの各信号対応)とも撤去し、RGBの接続には、インピーダンス整合のために繋がれている3つの75Ω抵抗の端子からFil 1〜3のRGBコネクタ側接点まで 一気に短絡する銅製ワイヤ(多分0.8mm径)で直結する構成にしてみる。

 その結果、ダイオード撤去で多少ぎらつく様になったが、これまで見た事が無い位シャープで鮮烈な発色の画になり、殊に細いフォントの表示品位が格段に向上した。

 ぎらつきを見て流石にこれはちょっとまずいかな? とも思ったのだが、このカードは98に挿すので本体側に引き込まれた所で信号が鈍るから、取りあえずはこんな所で良かろう、と判断。

 果たして、98に組み込むと結構おとなしい画になった(笑)。


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