いわゆる更新記録(靖間 誠PC日記兼用)
西暦2000年12月1日−12月31日分
西暦2000年12月1日 “メモリの効能”
月も変わったという事で、今月から上の様にヘッドラインを付ける事にした。
色々悩みに悩んだあげく、もうこれで駄目だった時にはS1837UANG ThnuderboltのAT2号機への復帰も辞さないという覚悟(爆)でPIIIDME用にPC133 CL=3 256MB DIMMを2枚購入。
搭載チップはマザボのBIOS ROMチップやSUPER I/OチップでおなじみのWinbond製16MB品で、お値段は税込みで合計約3万だった。
最近メモリの値段が急落していた(一時は256MBでも1万2千円台に突入しているのを見た程だった)が、どうやらそろそろ下げ止まりの様だから、今が年内最後の買い頃かも知れない。
帰宅後、早速AT2号機のメモリを交換してみる。
問題のWindows 2000のデフラグでは、このマザボになって初めて完全ノントラブルで作業が完了した(喜)。
そもそも、当たり前の作業が当たり前に行われる、という事に感激せねばならない段階で終わっている様な気もしないでもないが、何はともあれ非常に目出度い。
まぁ、この一事をもって相性問題が完全に解決したとは言えないのだけど、少なくともこれまで何をどうしようが解決しなかった最大の問題がクリアされた事は朗報である。
この関係で、AT2号機を追い出されたPC125 CL=2の128MB DIMM2枚はAT3号に転用と相成った。
とりあえずこれでメモリ量は2号が512MB、3号でも384MBという事になったから、両マシン共に当分は深刻なメモリ不足に悩まされずに済む事だろう。
いや、無論出来る事ならば2号には同じWinbondの256MB DIMMをもう1組入れて1GB構成にしたいところではある。
相性問題さえクリア出来るならば、MRH-S付きのIntel 840がP6系Unbuffered SDRAM対応チップセット中最強に近い事は事実なので、これはこれで究めたいと思うのだ。
只、その前にまずは耐久動作試験をして相性を確認する必要があるなぁ(苦笑)。
押井守の「犬の気持ちは、わからない 熱海バセット通信」と五代ゆうの「ヴァルキリー・プロファイル【上】」を購入。
例によって著者名で条件反射買い(苦笑)。
前者は多分、説明不要だろう。
タイトルが何よりも雄弁に、全てを物語っている(爆笑)。
後者は、本当に著者名だけで買った(現状、単行本と文庫はコンプリート)としか言い様が無い(笑)。
読んでみたら、意外と面白くて、ちっとだけゲームをしてみたくなった。
無論、この手の大作RPGって奴をプレイする時間なんて何処にもないのだけど(苦笑)。
西暦2000年12月2日 “安全化宣言”
AT2号機のMRH-Sメモリ相性問題だが、BIOS設定を最もタイトな設定に切り替えて、思い付く限りの過負荷をかけた状態(MP3ファイルの再生とMPEGファイルの再生を実施しつつ、MACエミュレータのBasilisk IIをメモリ136MBで起動)で、Windows 2000上でデフラグをかけてみても全く問題なく作業が完了した事から、とりあえず安全化宣言を出しても良かろう、という結論に達した。
これだけ無茶苦茶な状態で落ちない、というのはこれまでのメモリでは絶対あり得なかった事だから、まず大丈夫だろう。
・・・これで安心してもう2枚同じメモリを買う事が出来る。
まぁ、2枚だとOK、4枚になるとNGって場合もありうるので、ちょっとした博打になる事は変わりないのだが、2枚だけ挿しても動くかどうか判らないメモリを4枚一気に買うのと、少なくとも2枚なら動く事が確定しているメモリを更に2枚買ってみるのとでは、リスクの大きさが全然違う(苦笑)。
問題は、2日もあれば値段がかなり上がっている可能性がある事なんだが・・・(溜息)。
西暦2000年12月3日 “Gigaへの道、そして初回限定”
結局メモリはもう2枚一昨日買ったのと同じものを探して買った。
前回買った店には無かったのだが、ポン橋中を探し回ったら、その店の姉妹店で、しかも前回より安値(爆)で売っていたので速攻ゲットした。
これによって、AT2号機のメインメモリは1GBに到達した。
実は一瞬、その予算+αでPentium III 1.0BMHzのSECC2版あるいはSPECTRA 8800を買ってしまう、という危険な虹色の幻想も見えたりしたのだが、さしあたりの緊急性(この機会を逃すと、同一品の入手が不可能になる危険性がある)から、メモリ購入を最優先とした。
まぁ、入手難という点ではSECC2版のPentium III 1.0BGHz(FSB 133MHz)というのも、かなりなものなのだが・・・(苦笑)。
メモリ購入後、少々ポン橋をうろつく。
実は、この時は余った金でそろそろCD-R/RWドライブでも買おうか、とか考えていたのだが、某中古ゲームショップの店頭でとあるゲームの音楽CD付き初回限定版パッケージ(それも、元の販売価格の倍(!!)の値段だ)を発見した瞬間にそんな想念はシュバルツシルト半径を越え、事象の地平線の彼方に飛び去ってしまっていた(苦笑)。
こう書くと何の事かピンときた人もいるだろう。
そう、Keyの“KANON”を買ってしまったのだ(核爆)。
・・・余は満足じゃ。
まぁ、お陰で財布は北極海に叩き落とされた様な感じだけど(涙)。
帰宅後、早速メモリを挿してみる。
・・・何やら起動にかかる時間が延びた。
やはり1GBにもなると仮想記憶用スワップファイルも肥大(最低1.5GB推奨)するのが影響している様だ。
という事は、余裕を見て2GB位はスワップファイルに割り当てねばならないという事だよなぁ(溜息)。
これまでの実績から、ある程度は覚悟していたけど、流石に2GBは辛い。
こんな事もあろうかと、HDD上のファイルをバックアップする為に230MBの3.5inch MOを20枚ばかり買っておいたけど、それはそれで大変なんだよなぁ(嘆息)。
やはりもう18GB位はHDD容量が必要か。
MOへのファイルバックアップ作業と平行して、“anemoscope”と“Ornithopter”をEsoteric P-2からDATに落とす。
ここで、P-2からD-2を介して出力された音は、感無量の一言に尽きる。
我ながら阿呆かとも思った高価な買い物だったが、出だしの一音で全て許せる気がした(笑)。
まぁ、そういうものなのだろう。
受信メールをチェックしていたら、岡大S-FANの先輩であるPzi氏からメールが届いていた。
この3月末の引っ越し時にお会いして以来だから約8ヶ月ぶりという事になるが、どうやら2年ぶりにInternet接続環境を手にされたらしい(おめでとう御座います)。
この方については一度PC-9821As2/U8Wに書いた事があるので、もしかしたらご記憶の方もおられるかも知れない。
そう、殆どWin95ゲーム(実は東鳩(爆死))の為だけにPC-H98 model U105を買おうとした、ある意味物凄く間違った、だけどある意味尊敬に値する勇敢な人だ(苦笑)。
文面を読む限り、ちょっと弱気かな(苦笑)? とも思ったが、何はともあれお元気な様で何よりだ(笑)。
西暦2000年12月4日 “不可逆圧縮音楽の憂鬱”
Winbond製チップ搭載DIMMで4本あるPIIIDMEのDIMMソケットを埋め尽くして1GBに到達した訳だが、今回MOへのバックアップを一通り(取りあえず230MBのディスク10枚分、約2.1GB)行ってみて、一つ判った事がある。
何の事かと言うと、メモリ1GB環境では217MB(フォーマット時の230MBディスクの容量)程度のコピーは充分ディスクキャッシュに格納出来てしまう物でしかない、という事だ。
無論、それは理屈上ある程度予想していた事だし、アプリケーションを起動していない状況でコピーだけしていたのならばシステムが動的にキャッシュ割り当て容量を拡大してしまうのも当然といえば当然の事なのだが、キャッシュにコピー完了後、MOドライブのアクセスランプが灯ったまま、瞬きさえせずにライトバックキャッシュ動作をする有様を目の当たりにすると、何というかこれまでに抱いた事の無い感慨がわき起こってくる(笑)。
・・・MOドライブって死ぬ程遅い。
そうなのだ、普通のコピーならばある程度読んでからMOが書く、という動作の反復となるので、HDDがメモリにコピーするのにかかる時間と、そのメモリ上のデータをMOドライブが書く時間を直接的に比較する機会は余りない(それに小容量ならばMOドライブ自身のキャッシュに格納されてしまう)のだが、こうして全部いっぺんに読み切ってから書き込む、という動作モードになってしまうと、てきめんにMOドライブの遅さが際だつ結果となる。
問題は、MOドライブが実は最も高速化の困難なデバイスの一つ(最近登場したオリンパス製ドライブでやっと6,000rpmになった)だという事で、しかも悪い事には230MBドライブで一般的な非オーバーライトタイプの製品だと、初期化(記録ビットを0に揃える)→記録→ベリファイと同じ部分を3回アクセスして初めて書き込みが実現するので、通常の磁気メディア(HDDとか)に比べて最低でも1.5倍の所要時間となってしまう。
つまり、只でさえ回転数が上がらないのに、更に同一回転数でも1.5倍の時間をかけて書き込むというのだから、どうあがいても高速化は望めないのだ。
今回の一件では、その事実を改めて思い知らさせられた。
フルにキャッシングされてアクセスランプが点きっぱなしだったという事は、私の使っているMOドライブはその全力を投じて書き込みを行っていたという事で、少なくともこのドライブを用いる限りはこれ以上の高速化は望めない、という事である。
さて、どうしたものか。
昨日DATに落とした“anemoscope”を通学途中の車中で聴く。
128kbpsのMP3ファイルって全然駄目やったのね。
実はこのアルバムは某所より流れてきたアヤしいMP3ファイルで聴いて知っていた(だからこそ、特典CD欲しさに初回限定を大枚はたいて買った)のだけれども、今回DAT Walkman(WMD-DT1)から聞こえて来たのは、そのMP3ファイルとは全然違う音だったのだ(爆死)。
微細な背後の音、鋭く筋の通ったドラム、そしてどこまでも澄み渡る硬質な高音域。
MP3で聴いたときには微塵も感じられなかったそれらの音が、そこにあるのが当然、といったごく自然な有様で存在する事を知った時の快感は筆舌に尽くし難い。
・・・誰だよ、MP3で充分だなんて言った奴は(苦笑)。
西暦2000年12月5日 “IEの脆弱さ”
筑波さくらの“目隠しの国 3”を購入。
・・・ううむ、こっぱずかしいけど、エエ話やなぁ(溜息)。
AT2号機からToshiba Fast Ethernet PCI LAN Cardを抜き取る。
オンボードの82559とこれの21142が同時に同じハブに接続されていると、Windowsの起動が妙に遅くなる事に気付いたので、外す事にしたのだ。
オンボードLANが10Base-T止まりなので、高速化にどうしても100Base-TX対応カードが欲しいPower Macintosh 8500/132の事を思うとどうにも理不尽な感覚だが、これも致し方あるまい。
AT2号機でメモリ交換後初めてエラーが発生。
IExplorer.exeがハングしたのだ。
・・・フォルダウィンドウを沢山開いてあれこれファイル操作した位で落ちるか? 普通。
何より、信頼性が要求される筈のユーザーインターフェイス部分で、それも信頼性が上がっている筈のWindows 2000のそれで、こういう現象が起こるというのはどういう事だろう。
それともまさか例によって例の如きリソース不足って類のエラーか? これ??
ちなみに、この現象はマザボが先代のS1837の頃から時々発生していた現象なので、恐らくSUPER PIIIDME固有のメモリ関係のトラブルとは無関係の筈だ。
IEがどんどん便利になるのは誠に結構なのだが、こんな風に純粋にプログラムとしてのコード品質の点で常に問題があるというのは何とかならない物だろーか、等とふと思う。
MP3の音は悪いとか何とか言っておいてアレなんだけど、以前CDとかからため込んでRに焼いておいたアニソンのMP3ファイルを久々に聴いてみる。
うむ、やはり音は悪い(笑)。
だけど、元のCDが倉庫の中で出せないなら、これでも無いよりはずっとマシなんだよな(苦笑)。
その辺のトレードオフの問題はなかなか難しい。
恐らく、そこに人としての生き方みたいな部分とも関わってくるからだと思うけど、さしあたって悪い物は悪い、という事さえ忘れなければ、どうでも良い様な気もする(苦笑)。
西暦2000年12月6日 “KANON on Power Macintosh(爆)”
延々とHDD内の各パーティションの掃除と整理を実施。
1.6GB(結局削った)の仮想記憶用スワップファイルの為に、MOへ待避という形で押し出されたデータの分だけ空き容量が増えたのだが、それ以外にも思わぬ所にテンポラリファイルが残っていたり、全然役に立たないワトソン先生が書き出してくれたメモリダンプデータが恐ろしく巨大(爆死)だったり、と予想外に沢山あった無駄データが一掃出来たので、かなり余裕が出来た(喜)。
ちなみに、この過程でドライブの中がかなり乱雑になったので、HDDの全パーティションに対しデフラグを実施したが、かなり大幅かつ高速なデータ転送が実施されたにもかかわらず、当然の様に作業は一発で完了した。
・・・デフラグ出来ただけで喜ぶ、ってのはやはりナニだよなぁ(自嘲)。
某IRCで話していて、Yuiさんという方からここの所在を教えて貰う。
・・・そうか、Mac上でWin版の“AIR”や“KANON”とかがプレイ出来てしまうのか(核爆)。
あ、でも動かすには余裕を見たらOS 9.04とG3以上のMPUが要るなぁ・・・(溜息)。
そもそもウチのマシンの場合、メモリとHDD容量も足りないし(苦笑)。
取りあえず21世紀になってから、この辺は改善しよう(笑)。
西暦2000年12月7日 “王立空軍”
“リングテイル 3”と“レディ・スクウォッター”を購入。
前者は清く正しくファンタジーのフォーミュラにのっとった一品。
こういう作品が何気に出て来るから電撃は侮れない。
後者はいわゆる一つのスペオペ。
何となくこーいう作品が増えた今日この頃だが、一瞬それで良いのだろうか? 等と思ってみたりもする(笑)。
1型54号と2型12号への更新作業を実施。
差し当たって、PIIIDME&ASC-39160の記述について、メモリ交換後の運用実績に基づく追加訂正を実施。
ついでに、古い原稿の手直しだが“井原鉄道IRT355の印象”を新規追加。
取りあえず、季節ネタの“今回のお言葉”なので明日アップロードの予定。
あれやこれや調べ物をしていて、何故かRAF(Royal Air Fourth:イギリス空軍)のサイトに行き当たる。
・・・第二次大戦機スクリーンセーバー(6.9MB)なんてステキな物をタダで配っているのかよ。
面白いので、速攻でDL。
・・・これは凄い(驚)。
RAFがあの頃の軍用機の代表機種をフライアブルで維持しているという話は知っていたけど、まさかそれの“今の”空撮写真(素晴らしく美しい)だけでスクリーンセーバーを構成しているとは思わなかった。
スピットファイアにハリケーン、それにランカスター。
無論、それらこそが、第二次世界大戦期にかの国を独逸第三帝国の魔の手から救った守護天使だった訳なんだけど、流石に腐りやすいモスキートとストリングバグは出ていない(笑)。
それにしても、こんなモノをこさえてタダで配る所までやらないといけないなんて、RAFも大変なんだなぁ(苦笑)。
西暦2000年12月8日 “Fireball-SG”
1型54号と2型12号竣工。
主な変更点は昨日書いた通り。
何しろ“今回のお言葉”の日付が重要(笑)だったので、どちらもちまちました訂正etc.がメインだが、まぁ止むを得まい。
これで“運命のあの日”から干支がフルセット一回りした訳だが、果たして何か少しでも進歩した物なのだろうか?
ふとそんな事を思った。
「こうすれば大東亜戦争に勝てた」なんて類の、書いた奴は脳味噌に蛆が湧いているんじゃないのか? と思いたくなる様な馬鹿丸出しのタイトルの本が出回っている昨今の情勢を見ている限り、悲観的にならざるを得ないのだが・・・。
模型店に立ち寄り、店頭にモデルカステンのMa.k最新作“Fireball-SG”が並んでいるのを発見する。
・・・パッケージが物凄くかっちょええ。
肝心のブツがかっちょええ(個人的には“Snake-Eye”よりストライク)のは当然としても、パッケージがここまでイカすと物凄く物欲そそるなぁ(苦笑)。
で、はっと気付くと“これ、ひとつちょーでー”と店員氏に言ってしまっていた(爆死)。
・・・ううむ(汗)。
今、財政状態余り良くない筈(月末には“人狼”DVDが控えている)なのだけどなぁ(苦笑)。
でも、まぁ、エエか(笑)。
DDS-2ドライブが壊れた。
いや、正しくは送られて来た時点で壊れていた事が漸く確認された、と言うべきか(苦笑)。
さてどうしたものか・・・。
西暦2000年12月9日 “時代の匂い”
平野耕太の“ヘルシング 3”とあさりよしとおの“まんがサイエンスVII”を購入。
2冊とも、ある意味非常に“濃い”シリーズ(ベクトルは違うが業の深さはどっこいどっこいって感じだな)の待望の最新作である(苦笑)。
前者は、とうとうあの“大隊指揮官”(どっかの馬鹿編集部が生原稿を紛失したせいで単行本化出来なくなってしまったという、あの“ANGEL DUST”以来だ)が出て来てしまった(笑)。
何と言うか、個人的にはもうそれだけでOK。
彼の台詞の一言一言が心に沁みる(爆死)。
相変わらずテンションがブチ切れた状態のまま突っ走っている作品だけど、いや本当に凄い。
後者は、前巻刊行から随分間が空いたけど、他に代え難い充実感というか密度感のある良い仕事ぶりは健在であった。
相変わらずギャグがブラックなのが何より(笑)。
それにしても、こんなコアな学習まんが(いや、それでも宇宙モノをやっていた頃程のテンションは無くなっているのだけど)をリアルタイムで読む事の出来る今の子供がつくづく羨ましい。でも、幾ら何でも“レンズマン”ネタなんかやっても子供にゃ判らないと思うぞ(苦笑)。
・・・もしかしたら、これは“5年の科学”を購読している子供達ではなくて、その両親にこそウケているのかも知れない(笑)。
その後、ちょっと時間があったので本屋の店内をうろついていたら、“新・大日本帝国の興亡 ”といういわゆるシミュレーション小説とか仮想戦記とか言われるジャンルに属するシリーズものが目に留まった。
先日これを後輩のHorkWind君が自分のサイトで紹介していたのを覚えていたので、これを試しに読んでみる事にする。
・・・何じゃこりゃぁ(激怒)。
私もこの10年来仮想戦記と呼ばれるジャンルの作品を山程読んで来た(最近でこそ、手を出す作家を限定しているけど、90年頃はそれこそ出る端から読んでいた)人間だが、ここまで酷い作品に出会ったのは久しぶりだった(苦笑)。
人の趣味をどうこう言うつもりはないのだけど、いやはや何とも悪趣味な。
コレはもう、設定がどうのとか世界観がどうのとか言う以前に、プロとしてやっちゃいけない事をやっている段階で失格だ。
恐らく当人にとっては一種の読者サービスのつもりなのであろう、“お遊び”が派手にスベって単なる内輪受けにしか見えない段階で終わっている。
ついでに言えば、1巻の冒頭の段階で読者を引きずり込むだけの文章力が皆目無い(説得力の無い、薄っぺらな描写が山盛りだ(冷笑))というのも論外で、ふと10年前に余りの酷さに思わず焚書してしまった(苦笑)某直木賞作家の“帝国大戦”の冒頭とかを思い出したりした(笑)。
思えばこのジャンルでは、本当に成功と言える作品を世に問うた作家は本当に僅か(知る限りでは、コンスタントに良い作品を書く若手としては佐藤大輔と横山信義の2人位しか思い浮かばない。百歩譲っても林譲治を加えた3人だろう。ベテラン作家でも谷甲州と川又千秋の2人位のものか)で、後の有象無象は只ひたすらに物事の表層をなぞるだけのゴミを量産してきた。
無論、そのカオスの渦の中からでも、光る作品を書く新人作家が何人か登場したけど、大概はそれきりで別ジャンル(SFとかファンタジーとか)に転身して成功したりしているから、要するにジャンルとしては最悪の混沌に支配された市場だと言っても良い。
ちなみに、昔自分で仮想戦記もどきを書いてみた時に判ったのだけど、このジャンルは非常に話が書き易い。
極論すれば、軍艦とその戦闘行動についてある程度知識があればそれだけで海戦ものの1本や2本は簡単にこさえる事が出来る(笑)。
何しろ、紋切り型の人物描写を並べたら、後は大砲の撃ち合いだけで安易に話が出来てしまうのだから(苦笑)。
だからこそ、霧島何とか(笑)とかいった中身のない天かす頭のゴミ作家でも未だに新刊が乱発出来る(但し、書けば良いというものでは無いのは言うまでもない。加えて、アレだけ量産してなおも中身に進歩が無いとあっては最早救いが無い)訳なのだけど、逆に言えばこのジャンルで人から一歩抜け出るには余程の見識と構成力、文章力、知識、そして何より研ぎ澄まされた歴史的なセンスが必要になる。
というか、本当はそれが出来ない人間は絶対手を出しちゃいけないジャンルだ。
にもかかわらず、粗製濫造のクソ仮想戦記が今尚商業ベースで成立し続けているのは、間髪入れずに刊行する事で、読者の思考し内容を検討してみる余裕を奪って麻痺させ続けられているからに過ぎない。
つまり、いわゆる“読み捨て”の対象として仮想戦記というジャンルをカテゴライズする事で、そうして読者に話をトレースするだけで精一杯の状態に追い込む事で、全体のレベルが低い事を粉飾しているに過ぎないのだ。
基本的にそこにはクオリティ向上の為の努力は存在しない。
締め切りを守りさえすればそれが正義なのだ。
更に言ってみれば、出版社は読者の側の目が肥える事を基本的には望んでおらず、順次供給されるゴミ作品を喜んで買ってくれる従順な馬鹿のままであり続けて欲しい、という事なのだ(爆)。
佐藤大輔らのあの伝説的ゲームによって提示され、一時はあらゆる可能性が存在した筈の仮想戦記というジャンルが、ある意味急激に衰退した理由は、正にここにある。
それが大量消費社会というものだ、といわれてしまうと反論の余地もないが、文字通り悪貨が良貨を駆逐し、一つのジャンルを枯死させてしまうというのでは、元も子も無いのではあるまいか。
まぁ、そうなったらそうなったで、出版社もそういうゴミ作家も、さっさと次の流行ものに流れるだけの話なのだろうが(嘲笑)。
何やら色々書いたが、私個人の感想としては、この三木原 慧一という作家は仮想戦記作家としては失格だ、と思う。
戦場での物語を安易に構成しすぎるし、戦争物を描くには趣味が悪すぎる。
寧ろこの人は別ジャンルで打って出た方が大成するのでは無かろうか。
延々読んでみて、そんな事を思った。
西暦2000年12月10日 “縁”
一昨日めでたく消滅してしまった(DDS-2にバックアップしたが読めなくて復元出来なくなってしまった)、AT2号機のWindows 98環境を再構築。
この過程でメモリを1GB積んだら、EMM386.EXEが妙な挙動を示してWindowsが起動しなくなる事が判明(爆死)。
つまり、Config.sysのWindows 98起動用にDEVICE=Himem.sysは書いても良いが、DEVICE=EMM386.EXEは不可という事だ。
要はこれだけメモリ積んだマシンでWindows 9xなんか使っちゃ駄目だ、という事なんだろうけれども、128MBのマシンだとDOS窓上でEMM386の恩恵が受けられて、1GBのマシンだとDOS環境に降りないとそれが出来ない、というのは何となく理不尽な感じではある(苦笑)。
もっとも、実際問題としてDOSに降りる時は、殆どの場合EMM386を切って使う(つまり、今やBIOS書き替え位でしかDOS環境は必要ないという事だ)から、別にこれでも構わないのだが。
ちなみに、この問題と、ASC-39160のドライバインストール手順(Windows 9xでは、1チャネル分ドライバインストールする度に再起動しないと、つまり面倒くさがって同時に両チャネル分ドライバインストールしようとすると、必ず1チャネル分リソース割り当てに失敗する事が判明した。恐らくこれはAIC-7896/97/99の3コントローラ共通の症状だろう)でつまずいた以外は特に問題なく作業が完了した。
まぁ、今更Win98で何をするかと考えると、ここまで熱心に作業する必要も無いのだけど、さしあたってきっちりセットアップしておく事は悪くないだろう。
某ショップのページを閲覧していたら、TYANがS2257 Thunder 2400(SUPER PIIIDMEと同様にIntel 840 + MRH-S搭載のマザーボード)で動作可能として公表したDIMMの詳細リストが出て来た。
基本的にこれで動くメモリはSUPER PIIIDMEでも動く筈なので読んでみたら、果たして私がこないだ買った4枚のDIMMに搭載されていたWinbondのW981208H-75というチップが掲載されていた。
あの時私がこれらのDIMMを買う気になったのは全くの偶然で、こういった事前情報は一切無かった(強いて言えば、純粋に安いだけの銘柄は避けた)のだが、これは余程の幸運だった様だ(苦笑)。
ふと、昔とある先輩が仰っていた“パソコンは縁だ”という言葉を思い出した。
・・・だとすると私とこのSUPER PIIIDMEの間には深い縁があったという事になるな(爆死)。
西暦2000年12月11日 “最近欲しいモノ”
とあるサイトでSUPER MICROの新作、SUPER 370DE6の紹介記事を読む。
ServerWorks(そういえばこの会社、今は富士通の100%子会社らしい。その割にはCOMPAQやNECのServer等への採用例が多いのだが)のServerSet III HE-SLチップセット搭載によるDual Socket 370構成で、スロットがAGP+64bit PCI*6、おまけにLANとSCSI(AIC-7899)がオンボードの、重量級マザーボードかぁ(溜息)。
でもこれ、高価なRegisteredタイプのDIMMが必須(メモリコントローラのSDRAMのドライバ部分が、電気的にそういう設計になっているらしい)なんだよなぁ・・・。
その紹介文によると、以前同系のチップセット(ServerSet III HE)を搭載するTYANのS1867 Thunder 2500で問題になった、“GeForce系チップ搭載AGP対応グラフィックカードを挿すと起動さえ不可”という問題は、何をどう工夫したのか、“パフォーマンスに難あり、但し一応動く”という所まで改善されたらしい(苦笑)。
いや、本当に凄いね、SUPER MICRO(笑)。
でも、もし今このボードが欲しいか? と尋ねられたとしたら多分私は、「良いと思うけど欲しくない」と答えるだろう。
何故かって?
決まっている。このボードが本当に満足に性能を発揮できるレベルでマシンを組むとしたら、物凄くお金がかかる事を知ってしまったからだ(苦笑)。
あるいは、たかがIntel 840搭載マザボにメモリを1GB積んだ位で何を偉そうに、と言われるかも知れない。
だが、今使っているAT2号機でこの秋以降に得た知見を総合するだけでも、このSUPER370DE6を使いこなすのが大変であろう事はありありと見て取れる。
いや、勿論SUPER PIIIDMEを飼い慣らすまでの私だって、まさか自分がこんな事を口走ったりする様になるとは思っても見なかったのだけど(苦笑)、敢えて言うなら、それはつまりマシンの性能というものに基本的に要求されるバランスが、チップセットの“格”に見合った、あるいはオンボード搭載されたデバイスの“格”に見合ったパーツのチョイスを事実上強制してしまう、という事なのだ。
というか、本当にこのマザボの性能を必要としない人間は、基本的に触れるべきではないと思う。
「好奇心は猫を殺す」って言葉が何処かにあったけど、下手に好奇心だけでこんなボードに触れてしまうと、多分後々大変な不幸を背負う事になるだろう。
世の中には、かつてのDEC製ハイエンドマシンとかにうっかりハマってしまって、カタログ掲載オプションフル実装とかに奔走する方がおられるけど、あれと同じ意味で、この種の“一線を超えてしまった”プロダクトに手を出すには、それなりの覚悟が要求される。
判りやすく言えば、例えばこのボードだと、オンボードのSCSIは「リムーバブルメディアのドライブ接続用だ」とか言い切って、メインのHDDは馬鹿高いSCSI RAIDカードにRAID 5構成で接続する、という位の資本投下が必要になる事を承知していなければならない(あるいはそれが要求される使用目的でなければならない)、という事で、間違っても格安のUltra ATA 100対応RAIDカードを挿してRAID 0で爆速☆ミなんてお手軽な使い方をしてはいけない(爆笑)。
そもそも、そんな真似する位ならこんなボードを買ったりせずに、Athlon用マザボを買って1.2GHzの石を載せて使った方がきっと幸せになれるし、遙かに経済的でもある訳だ(笑)。
どうにか使いこなしに成功した今だから言える事だけど、そういう意味ではIntel 840はいかにも中途半端な仕様だな、と思う。
無論、メモリ周りに問題を抱えているとは言え、基本スペックで見たら現行の一般向けP6系チップセットの大半を未だに凌駕し続けている(ICHが82801AAだからUltra ATA/66にしか対応していない、というのはSCSI信者には本当に些末事で、この際議論にもならない(笑))訳だけど、八方美人的にWSにもServerにもイケます、というふれこみで設計された分、何処か性能のチューニングの踏み込みに甘い所がある様な気がするのだ(苦笑)。
まぁ、例によって例の如く単なる気のせい、という可能性も大いにあるのだけど(笑)。
ここまで書いてきて、ここ暫くあったらいいなぁ、と思っていたモノの事を思い出した(笑)。
欲しいモノに限って手に入らない/そもそも商品化されていない、というのは良くある話だけど、最近ふとした事から“どうして64bit PCI対応の高速グラフィックカードがないのだろうか?”と思う様になった。
理由はまぁ、言うまでもないだろう(苦笑)。
そう、64bit PCIは沢山あるのにAGPスロットが無いマザーボードが最近増えているからだ。
元来、AGPは64bit PCIバスのバスプロトコルにDIMEなどのAGP固有機能を付加したプロトコルを採用している(それ故、AGPを“知らない”筈のWindows NT等の古いOSからでも、AGP上のグラフィックコントローラは“66MHz 64bit PCI to PCIブリッジを介して接続された66MHz 32bit PCI接続のグラフィックコントローラ”として認識され、基本的に(ドライバさえあれば)PCIデバイスとして何の不自由もなく利用出来る)のだから、x2 AGP over 66MHz 64bit PCIを実現するバスブリッジチップを作るのは、それ程難しくないのでは無かろうか?
そういうブリッジさえあれば、今のAGP用グラフィックチップを転用して簡単に64bit PCI対応グラフィックカードが作れる筈だし、そういうカードがあったら確実にセカンドカードとしての需要も望める筈なんだけどなぁ・・・。
なお、何故x2止まりでx4じゃないかというと、x4になると64bit PCIでも追いつかなくなるからだ(笑)。
こうしてみると、如何にAGPが桁外れに高速なポートかが良く判る(苦笑)。
夜半になって、某IRCチャネルに接続してみたら、いきなりMoliceの人からガンパレード・マーチを勧められた(笑)。
で、しばらく話していたら、彼が本気で熊本へ行く事を画策しているらしい事が判明(核爆)。
・・・マジかよ(汗)。
まぁ、完全にのめり込んで暴走状態になった時の彼がどの位手段を選ばないか(そうして選んだ手段の為にどの位目的を選ばなくなるか(笑))は、あの93年〜94年にかけての1年で充分承知しているのだけど、いやぁ、ここまでヒドいのは久々だねぇ(苦笑)。
勿論、彼がここまでハマっているという事は、趣味の傾向がかなり似通っている私も危ない、という事なんだろうと思うが・・・(冷汗)。
西暦2000年12月12日 “121212”
今日は平成12年12月12日、という事からあちこちで記念入場券とかが売り出されていたらしい。
“らしい”、というのは私が昼に出た時には、売り切れてしまったものなのか、そんなモノは影も形も無かったからだ(苦笑)。
そういえば、私が記念乗車券の類を買わなくなって久しい。
この前買ったの何時だったっけ? とか思って記憶を検索してみても、大方15年前の夏に路線短縮前の熊本電鉄藤崎宮前駅で買い求めた同社の創業何周年記念だかの記念乗車券が一番新しい様な気がする(爆)。
というか、あの頃(中学生だ)を境に、あまり大がかりな旅行をしなくなった事に一番の原因がありそうなのだけど、その一方でこの時期以降面白い記念乗車券を見かけなくなってしまった事にも原因がある様に思う。
実際、欲しい記念乗車券なんて思い付かないものなぁ・・・(溜息)。
父の書いた原稿を元に、年賀状の印刷用データ編集作業を行う。
いや、だからこんな回りくどい表現をしちゃ駄目なんですよ、おとーさん(苦笑)。
・・・ってな調子で延々と打ち込みと推敲、それからダメ出しを反復する。
この過程でテスト印刷してみて、LP-9000の絶不調が判明(泣)。
この春の引っ越し以降マトモに印刷してみなかったので気付かなかったのだけど、どうもこれ、トナーユニットの感光ドラムか何かに異常が発生している様で印刷結果に妙な縞模様が出る(涙)。
中身の方も空っぽいし、そろそろトナーを交換すべきなのかなぁ(溜息)。
西暦2000年12月13日 “リストラ男の47人パーティによる強襲作戦(笑)”
今日は赤穂浪士討ち入りの日らしい。
色々考えた末に、AT2号のメモリを半減し、512MBにした。
マザーボードの(というよりはチップセットの)制約から、今の手持ちメモリでは1GBか512MBしか選択出来ないのだけど、メモリ容量が1GBのままだと1.6GBもの大きさのスワップファイルに(全部で18GBしかない)貴重なHDD容量が持って行かれてしまうのでどうにも使いにくい、という事で半減を決定した。
なお、余ったDIMM2枚はAT3号に回して、こちらの既存DIMM3枚(諸般の事情で売却予定(苦笑))を押し出したから、これで取りあえず2台ともメモリ512MBという事になった。
この状態が果たして何時まで続くのかは判らないけど、多分今世紀中はこのままだろう(爆笑)。
西暦2000年12月14日 “シミュレーション”
谷甲州の“覇者の戦塵”シリーズ最新刊、“謀略熱河戦線”を購入。
・・・異様に厚いと思ったら、オリジナルのカドカワノベルズ版2冊を1冊にまとめていたのか(苦笑)。
毎回つくづく思うことだけど、世に仮想戦記数あれど、ここまで徹底して工業技術の発達や兵器運用に対して考察を加えつつ話を進めている話というのは、恐らく他に類を見ないのではないだろうか。
それは、同じ著者の手になる大傑作である“航空宇宙軍史”シリーズとも共通する視点、あるいは語り口であって、それ故に安心して読める、という事情もあるのだけれども、それでもここまで続けてなお、ろくに戦艦を出してこないというのは、どう考えても只事ではない(笑)。
これ位やったら、普通なら2,3回は出していてもおかしくないのだけどなぁ(苦笑)。
その楽しい楽しい(冷笑)戦艦による艦隊戦を殆どやっていないにも関わらず、このシリーズには形容のし難い充実感と緊迫感が満ち満ちていて、およそ退屈させられるという事が無い。
20巻を費やして昭和18年までしか進まず、しかもその間これ程ひたすらに地味な話を繰り広げてきたというのに、それでもここまで面白く読めてしまうというのは、やはり著者の並々ならぬ力量のなせる技なのだろう。
いやはや全く凄い作品だ。
本物のシミュレーション小説がここにある。
まぁもっとも、お手軽に超戦艦(嘲笑)がボコボコ何隻も造れてしまう様な安易で根拠の希薄な世界観を持った、そうしてそこで薄っぺらい“if”や“思考実験”とやらを振りかざして下らない政治ごっこを繰り広げるゴミ仮想戦記を有り難がっている連中には、この作品の持つ重要性や凄みは理解出来ないのかも知れないけど(苦笑)。
予算が出たので(笑)、LP-9000の交換用トナーを買いにポン橋へ。
意外とブツが見当たらなくて、しばらく探し回る(苦笑)。
まぁ、6年も前の機種用、それも個人向けでは滅多に買い換えの発生しないA3サイズだから、致し方ない面もあるのだけど。
何にせよ、入手出来たからOKなのだが、ちょっと疲れた(苦笑)。
帰りに難波の“わんだーらんど”であさりよしとおの問題作(笑)、“HAL はいぱあ あかでみっく らぼ 1”と貞本義行の“新世紀エヴァンゲリオン 6”、それから押井守の“Avalon 灰色の貴婦人”を購入。
いずれも本当は明日発売の筈なのだけど、明日はどのみち書籍流通上の断層の向こう側(爆笑)である岡山に行く予定なので、今日出ていてくれた事は非常に有り難い(笑)。
“HAL”はCOMICガム掲載の諸作中でも平野耕太の“大同人物語”(そういえば中断してから随分になるな、コレ)と並ぶ最大級の問題作なのだけど、いや、よくぞ単行本化してくれた(爆笑)。
こないだ買った“まんがサイエンス”を始めて以降、あさりよしとおの作品にはこういう科学まんがのフォーミュラに則った作品が増えた(“がんまサイエンス”とか(爆笑))のだけど、その本家たる“まんがサイエンス”以外はそのことごとくがパロディ、あるいはたちの悪いブラックジョークの固まりみたいな作品になっているのは、やはり本家に対する遠慮みたいなものが働く部分があるのだろうか。
・・・それにしてもこれはキツい(笑)。
連載時にも「うわぁ、これマズいやん」とか思う事が何度かあったのだけど、こうして一冊の単行本になってみると、その感想でさえまだ甘かった事を痛感せざるを得ない(苦笑)。
これは間違いなくブラックジョークの類をこよなく愛するSF者必携の一冊だと思うけど、それ以外の、特に生真面目な人は読まない方がエエかも知れない(苦笑)。
“エヴァ”は次第にTV版からの逸脱と方向性の相違が明瞭になってきた。
個人的には正当派な少年ものの方法論を採るこちらの方が好ましいと思うのだけど、こうしてそういった方法論を採ったアナザーストーリーが提示された事でむしろ、あのTV版の持つ凄みが際立って来た様な気がする。
“Avalon”は“獣たちの夜”に続く押井守の小説第3作(ちなみに第1作は“パトレイバー”の“TOKYO WAR”)だ。
・・・やはり一芸に秀でた人の余技は凄い。
というか、これって凡百のSF作家の作品よりも余程凄くないか(笑)?
西暦2000年12月15日 “岡山行、そしてバックアップの重要性”
トラブルが発生したDDS-2の交換その他の為に岡山へ向かう。
行きに乗ったのは115系一般型4連と3500番台のユニットが組み込まれた4連が併結された山陽線経由岡山行8連で、当然3500番台に乗車(笑)。
例によって1時間半の各駅停車の旅の後、岡山で115系更新車3連による瀬戸大橋線児島行に乗り換え、薙沢君の住む大元へ。
迎えにやって来た彼は、相変わらずの様子だった。
で、彼の部屋へ赴いてしばしの間、交渉や商談(笑)、それにあれこれ怪しい話をしながら作業その他にいそしむ(謎笑)。
引っ越し後初めて彼の部屋に行った訳だが、いや、電子の要塞だね、コレは(笑)。
・・・それにしてもGDM-F500&GDM-F400によるマルチモニタ環境、しかもオーディオ機器(何しろYAMAHAのセパレートアンプにTEACのVRDS-25、それにCDM-1だものなぁ)も充実、というのだから全く大したものだ。
ちなみに、彼の部屋で聴いた“anemoscope”はロートロの家の機器(P-2+D-2はともかく、LUXMANのL-550は20年、TANNOY“チャーヴェニング”に至っては25年選手だ)で聴くのとは全く別の音(笑)で、やはりこういうテクノ系の音楽を聴くにはそれ相応の機器が要るのだ、と痛感した。
如何にデュアルコンセントリックの名機と言えども、寄る年波と相性の悪いソースには勝てない(苦笑)。
この間に、先日来の交渉でDEC 21142搭載LANカード&Imagine 128 Series IIと交換で受け取る事になっていたAT/Macintosh両用の100BASE-TX対応LANカードを受け取る。
これは21142の後継モデルであるDEC 21143を搭載したカードであるのだけど、DECの解体→LSI部門のIntel売却後の製品なので、当然にIntel 21143と刻印されていた。
・・・何というか、連邦軍に接収されて使用されていたザクに出会ったガトー少佐の様な気分だなぁ(笑)。
いや、もちろん性能は変わらない訳だし、貴重なMac対応の100BASE-TXカードである事には変わりがないのだけど、DEC系LANコントローラに慣れ親しんできた(まぁ、その割に最近はIntel製しか使っていないけど)私にとっては何か納得の行かない部分ではある(苦笑)。
彼の車に乗せて貰って大学に向かい、そこで後輩のM君に持ってきてもらう様に依頼しておいたAT1号機のImagine 128 Series IIを受け取って代わりにMillenium(WRAM 2+6=8MB)を渡し、Imagineの方は約束通り薙沢君に引き渡す。
・・・どうもウチにはImagine系は長居してくれない(苦笑)。
その後、しばらく後輩達とダベりつつ、M君とO.Y.君に128MB DIMMを合わせて3枚売却し、ついでにM君に頼んでAT1号機からDC-390Fを外してもらう(ご苦労様)。
AT3号機から外す時まで気付かずにいたのだけど、この3枚のDIMMの内1枚は、MICRO WORKSのSPEED MASTER IIだった。
まぁ、今更どうという事のない話ではあるし、そもそもこの後輩2人はそういう事にはあまり興味が無い/関心が無いタイプなので、定格で安定動作しさえすれば、どれ(ちなみに残り2枚は日立チップ搭載のPC125 CL=2動作品)を渡しても同じ事なのだけど(笑)、そうか私はそんなモノを使っていたのか、などと妙な感動を覚えた事であった(苦笑)。
まぁ何はともあれ、これでようやく人狼のDVDが買える(爆)。
夕方になって後輩達と分かれ、岡山から山陽線経由の姫路行き115系3連に乗車。
かなり混んでいたが、どうにか座れたので、発車後すぐに寝入ってしまう(爆)。
・・・いかんね、最近どうも電車に乗るとすぐ寝る癖がついてしまっている(苦笑)。
その後、気が付くと既に列車は英賀保を通過した所で、すぐに姫路に着いてしまった。
帰宅後、早速DDS-2をAT2号機に取り付け。
実は今回のドライブは形状が以前のモデル(3.5インチベイ用)と異なる(今回は厚みは同じだが5インチベイ用)のだが、起動時のSCSIバスの認識によれば、前と同型のC1533Aである事が判った。
無論、5インチベイに入れる私にとっては今回の方が遙かに望ましいのだから、これでOKなのだけど(笑)。
Windows 2000で無事認識された事を確認後、前回書き込みだけ成功していたと考えられるDDSテープを入れて、ロストしたDドライブのWindows 98環境を復元してみる。
この結果、巻き戻し、読み出し共に正常動作し、半ば諦めていた“AIR”のセーブデータを含め、完全に復元された(喜)。
いやはや、取るべきはテープストリーマによるデータバックアップという事で、定期的なバックアップ作成の必要性を痛感させられた。
・・・そろそろDDS-2のテープメディアをまとめ買い(全データを保存するにはざっと14GB、つまりDDS-1の90mテープが1巻あたり2GB取れるとして、7巻は必要になる。無論、DDS-2だと120mテープが使えるのでそれよりは少ない巻数で済むだろうが)しておくべきか。
西暦2000年12月16日 “印刷速度”
旭屋本店で“関西の鉄道 No.40 近畿日本鉄道特集 Part IX 名古屋・養老・特種狭軌線”ととれいん工房の“鉄道未成線を歩く vol.1 京阪・南海篇”を購入。
前者はいつも通りの一品(笑)で、貴重な写真や資料もさることながら、目の付け所の鋭い連載、“関西の鉄道 閑話休題(12) ナンバー書体を鑑賞する(中編)”がナイス。
・・・普通は号車番号表記の書体なんかあまり気にしないものなぁ(苦笑)。
後者は同人誌らしいのだけど、非常に良く調べられていて、完成度も高かったので速攻Get。
大体の所はこれまで“鉄道史料”や“鉄道ピクトリアル”でお目にかかった事のある内容だったのだけど、それでもここまでまとまった形での記述されたものを見るのは初めてで、その存在価値は非常に高いと思う。
別の本屋で篠崎砂美の“シークエンス・パラディウム【光の聖女 騎士の王】”を何となく購入。
元々がシミュレーションゲームである為かキャラが無闇に多くて、しかも時間経過が良く判らないので、かなり混乱しながら読んだが、話自体はそれなりの出来であった。
帰宅後、両親の出す年賀状を印刷。
トナー交換後のLP-9000は絶好調で、140枚近い印刷要求もあっという間に、しかも給紙ミスを一切出さずにクリアしてしまった(驚)。
今回はLP-9000がマトモに印刷する様になったお陰で楽をさせて貰えたけど、もしあのまま直らなければ、低速なPM-750Cを使って馬鹿みたいな時間をかけて刷らなければならなくなっていた訳で、いやはや危ない所であった(笑)。
だが、世間の人々の多くはこの手のインクジェットプリンタで年賀状印刷をやっている訳で、そう考えると年末商戦のプリンタ新モデルが必ず前年度モデルからの飛躍的高速化を謳い文句にして来た事の意味が痛い程良く判る。
昔バイトでこの手のプリンタを売っていた時には、LP-9000しか持っていなかったので、その辺はあまり気にならなかったのだけどねぇ・・・(笑)。
やはり、使ってみないと判らない事は沢山ある、という事だな(苦笑)。
プリンタの印刷速度の話を母としていたら、「次買う時はカラーレーザーの時代かしらねぇ」という様な話になった。
買う買わないは別にして、こういう時の母の先を見通すセンスは大したものだとつくづく思う。
思えば、1970年代初頭には海外との商取引におけるFAXの必要性を強硬に主張していた様な人ではあったのだ(笑)。
実のところPCについては殆ど門外漢に近くて、メカにもそれ程強くはない筈なのだが・・・(苦笑)。
西暦2000年12月17日 “雨”
先日AT1号機から外して貰ってきたDC-390Fと、AT3号機から外したAV511をAT2号機に取り付ける。
前者は、今後外付けでSCSI機器を拡張せねばならなくなる可能性がある事に対する布石で、後者はAT2号機で44.1KHzダイレクトSPDIF出力可能とする為(AV511のSPDIF出力はEsoteric D-2は受け付けてくれないが、DATは受け付けてくれる)の移設で、これまではAT2号機が不安定だった為に拡張スロットへの複数カード接続は避けていたのだが、メモリ交換で劇的に安定度が向上したので試す気になった。
まぁ、どちらも今の所特に使わないモノだから、挿しても挿さなくても同じ事なのだけど、取りあえずは縁起物という事で(笑)。
Xwave6000のドライバ(WDM版5.12.01.2234)が更新されていたのでDLしてインストールしてみる。
取りあえず、使う分には全く問題ないのだが、何故かシャットダウンすると必ず途中で固まって電源が落ちなくなるという、私にとっては致命的な問題が発生している事に気付く。
・・・それやったら使えんやん、これ(泣)。
前バージョン(5.12.01.2228)の時は無効になっていたコントロールパネル内の“ヤマハ DS-XG設定”にある“省電力”タブの設定項目が5.12.01.2234ドライバでは有効になっていた事から考えると、恐らくACPIに関わる部分の仕様変更が原因のトラブルと思われるが、そうなるとこのバージョンのドライバは、この問題の対応策が見つからない限りウチでは確実にアウトだ。
無論、最初に5.12.01.2228を入れて以来特に致命的なトラブルは発生していないから、それはそれでOKなのだけど(苦笑)、何といってもドライバ更新でのエンバグ発生は嫌だよなぁ・・・(溜息)。
PC-9821Xv13/W16のSCSIケーブルの取り回しを変えてみる。
短いLVD 68ピンケーブル(本来はThunderboltの付属品)を入れていたせいでどうにも取り回しが悪かったのを、ASC-39160付属の長いLVDケーブルに交換し、ついでにその余った端のコネクタに、これまでは変換アダプタ+50ピンフラットケーブルでAHA-3940UWDのB Channelに接続していたCD-ROMドライブを繋ぐようにしたのだけど、何故かあの呪わしい“ディスクを入れて下さい”の表示が出るばかりで、皆目起動しなくなってしまった(泣)。
こいつは基本的に非常にデリケートなマシンなのだけど、さてどうしたものか。
西暦2000年12月18日 “本日休業”
今日は1ヶ月ぶりの1日休み。
そんな訳で昼過ぎまで爆睡(笑)。
昨日の続きで98のケーブル接続をあれこれ試してみる。
最終的には、当初の接続パターン以外ではどうしても起動してくれない、という結論に達した(溜息)。
どうやら伊達や体裁であの接続方法を採っていた訳では無い様だ(苦笑)>以前の私
何とか起動する様になったPC-98上のWindows 2000で、WGP-FX16N(メルコ製)にI-O DATA製GA-VDB16/PCI用Windows 2000用ドライバ(Ver.1.40)を試しにインストールしてみる(爆)。
本当はこういう事はしちゃダメなのは判っているのだけど、何しろメルコという会社のグラフィックカード用ドライバ開発力は最低に近い(昔、Canopusのドライバをパクっているのがバレて訴えられた事さえあった)ので、3dfx社があんな事になったからには今後WGP-FX16N用Windows 2000対応ドライバがマトモに提供される可能性は殆ど無く、それでも一応リファレンスドライバが使えるAT互換機はともかく、それが出来ないPC-98で使っているユーザーとしては、まともなWindows 2000環境を得るにはこういったイレギュラーな手段に訴える他ないのだ(爆)。
ちなみに、先日岡山へ行った時に薙沢君に聞いた話では、I-Oの新作であるGA-S2K32/PCIは“IEのスクロールが遅いので駄目”で、しかも“画質が悪い”のだそうで、とりあえず今の所“98で使うには万死が最速”という事になるらしい(苦笑)。
さて、問題のI-O製Voodoo Banshee用Windows 2000対応ドライバだが、今の所特にPCIベンダのサブコードチェックとかはしていないらしく、あっさりウチのWGP-FX16Nで動作してしまった。
しかも、MELCO提供のNT4用ドライバを入れていた時よりも明らかに画質が良くなった、というおまけまで付いていた(爆死)。
画質がドライバ次第であるというのは、SPECTRA 2500や3200で経験していた事だけど、まさかこんなに差があるものとは考えなかった(苦笑)。
ちなみに、この状態で3D Mark2000(Ver.1.1)を実行してみた所、トータルで950という結果が出た。
AT2号機の3200程度というのと比べると、いかにも低速に見えるけど、グラフィックがPCI接続、しかもFSB 66MHzのSocket 7マシンである事を考えれば、これは善戦と言って良いのではないかと思う。
西暦2000年12月19日 “更新”
1型55号と2型13号、同時竣工。
SCSIの項に番外としてUltra ATA/100対応カード2枚を追加。
それから各マザボの解説の項で、搭載BIOSの種類についての記述を追加した。
主立った追加変更はこの程度だが、それ以外にも多少は修正その他が入っている(真剣に探さない様に(笑))。
西暦2000年12月20日 “特典の呪い”
待望の“人狼”DVDをゲット。
ゲットしたのは良いのだけど、お陰で財布の中は空っぽだ(爆死)。
本当は祖父地図で買えばここまでひどい事にはならない(何しろこないだ3万少々のトナーを買ったので、ポイントはかなり溜まっているし、そもそもあそこは割引がある)のだけど、本来予約特典の筈の“週刊少年ひとおおかみ”ブックレットが貰えるという理由から、定価売り(まぁ、1割相当の割引券はくれるけれども、今の財政状況を好転してくれる訳ではない(泣))の梅田のディスクピアで買ったので、無惨な事になってしまったという・・・(涙)。
くぅ、また特典につられちまったよ>俺
でも、そんな気分は件のブツを読んだら何処かに霧散してしまった(笑)。
いやぁ、もう、ジバクちゃん最高(爆)。
某人狼もの同人誌に作者の西尾氏が寄稿した原稿の分と合わせて、これでコンプリートだ(謎)。
帰宅後、早速DVDを観る。
夏にテアトル梅田で2度観た作品だから、今更新鮮さは無い筈なのだけど、こうしていざ自宅のPC上で観るとやはり新鮮に感じてしまう(苦笑)。
・・・というか、冒頭から伏線だらけやったんか、この作品(驚)。
劇場じゃ背景や風景、あるいは電車に気を取られて(笑)、電車の乗客とか通行人とかにまで注意が行き届いていなかったのだけど、ああ、こんな所でこの人出ていたのか、って感じで(笑)。
・・・そうか、こんなにも密度の濃い作品だったのだなぁ(溜息)。
何はともあれ、今年度公開のアニメ作品では必見の1作である(断言)。
余談だが、付録の絵コンテ集を読んでいて、デパート屋上から伏が見下ろす風景の中で走っているのが見える都電7500形が、実はコンテ段階では7000形だったり、冒頭のスチル風止め画のシーンで登場する満員の都電4100形(4200形か?)がこちらもコンテでは正体不明の2軸単車だったりとか、鉄道ファン的には無視出来ない変更が幾つかあった事が判明した。
一体何が原因で変更されたのだろうか?
・・・ちょっと気になる(笑)。
西暦2000年12月21日 “BIOS書き換え”
DC-390Fの新版BIOS(Ver.3.23)が知らない間(12/19)に公開されていたのでDLして書き替え。
別に今のバージョン(Ver.3.20)のままでも、これまで特に問題は発生していないから放置しておいても構わない様な気がするが、Tekramのサイトにあったバグフィックスに関する説明を読んでみると、結構色々修正されている様なので、ここは気付いた時に書き替えておくのが吉だろう。
・・・それにしても、いい加減Windows上でBIOS書き替え出来る様にならないものだろうか(苦笑)?
SPECTRA 5400P.E.のVGA BIOSがWindows 2000上で書き換えられるという事は、フラッシュROMに書かれたBIOSなら大概は同様に書き換え可能だと思うのだけどなぁ・・・。
西暦2000年12月22日 “日々平穏”
先日薙沢君に勧められた「神語」なるゲームをプレイしてみる。
・・・ちょっとツボにはまったかも知れない(苦笑)。
お話自身はトンデモ系なんだけど、妙に綺麗に笑いのツボを押さえているのがエエ感じだ(笑)。
・・・ああ、それよりも何よりも、かなり電波な感じの小百合先輩が実は直球ストライクでナイス(爆死)。
ううむ、予想外にハマりそうでマズい(苦笑)。
“アニメ店長”のいるあのチェーン店(笑)で、“いちょうの舞う頃2”のサントラCDを購入。
使っていないポイントが結構あってそれを消化する為だったのだが、無論前から買う気のあったCDではある(苦笑)。
Typesが残したゲーム3作(“いちょうの舞う頃”、“セブン”、それに“いちょうの舞う頃2”)のサントラは、どれもここ数年の間にプレイした幾つかの18禁ゲームのサントラ中でもダントツに出来が良い部類に入るものばかりであった(まぁ、ボーカル曲については色々異論や不満があるのだけど、BGMに関してはKeyのサウンドチーム以上の仕事だと思う)という印象があるのだけど、こうして改めてアレンジバージョンを含めて聴き直してみると、やはりというか何というか、これはやっぱり物凄く上手い。
そんな訳で私的には(ライナーノートの出来が悪い事を除けば)非常に満足度の高いアルバムであった。
作曲を担当した西野尚利氏の再起を期待したい。
西暦2000年12月23日 “Uni-N”
Mac Power別冊のMacパワーアップ本(正式名称は忘れた(笑)。確かMacintosh改造道増補版2001だったか)のアップデート版(笑)が出ていたので、何気に読んでみる。
・・・そうか、ibook以降は全機種でチップセットのノースブリッジが共通なのか。>Mac
このUni-N(恐らくUniversal North Bridge(汎用ノースブリッジ)の略称だろう)は、今となってはやや旧式化した感のあるx2 AGPの他に、珍しい事には66MHz 32bitのPCIバスインターフェイス(iMacとかだと33MHz 32bit PCIバスになっている事から、恐らく33MHz/66MHz切り替え仕様なのだろう)を内蔵している。
今、AT互換機用チップセットメーカー各社がノース・サウスブリッジ間を結ぶPCIバスのデータ転送能力の不足問題を解決する為に、より高速なハブ・アーキテクチャの導入に踏み切りつつある事を考えると、それに1年程度先行してこの問題をある程度解決していた形になる、Appleのこの判断は慧眼と言う他無い。
只、ご存じの方もおられようが、66MHzのPCIバスは通常の33MHz版PCIバスと比較してスロット本数の制限が厳しい(確かスロットとしては2本、オンボードデバイスを入れてもあと1本(無論Host to 64bit PCIバスブリッジは除いての数だ)程度しか実装出来ない)為、PCIスロットを3本搭載するPower Mac G4とかだとそのままではバスが構成できない。
つまり、この問題を解決するにはバス上に必ずPCI to PCIバスブリッジの挿入が必要という事で、実際G4 MacではDEC(現Intel)21154という、66MHz 64bit PCIバスまでサポートする304ボールBGAパッケージの高価なバスブリッジチップを入れて、Uni-Nの66MHz 32bit PCIバスをプロトコル変換して33MHz 64bit PCIバスに変える事で、この拡張問題を解決している。
66MHz 32bitと33MHz 64bitとでは転送レート上限はいずれも266MB/sとなり、理屈上この辺に関してボトルネックが発生しないし、33MHz駆動に変換される事でスロット本数も確保出来るから、何というか非常に上手い設計ではあるのだが、逆に言えばこの設計を踏襲する限り(つまりUni-Nを利用し続ける限り)、Macの64bit PCIバスでは66MHz駆動は不可能という事でもある。
つまり、例えばAdaptecのASC-39160のMac版であるPower Domain 39160は製品としては確かに存在するが、これらの搭載チップであるAIC-7899Gが66MHz 64bit PCIバスを要求する事を考えると、現状ではその真価が発揮される事はあり得ない訳だ(苦笑)。
これで、AdaptecがPower Domain 29160Nは多数出荷しても、Power Domain 39160をあまり出したがらない理由がようやく納得出来た(笑)。
Uni-Nが66MHz 32bit PCIバスインターフェイスを搭載し、敢えて66MHz 64bit PCIバスインターフェイスとしなかったのは、恐らくUni-Nのパッケージのピン(ボール)数の制約にその最大の原因があると思われるが、こうしてみるとIntelが800番台のチップセットに採用したハブアーキテクチャ、特に840のそれのデザインが、その辺の諸問題をいかに巧妙に解決していたかが痛感される。
InterGraph ZX-10のマニュアルのお陰で判明した(笑)ServerSet IIIのブロックダイアグラムや、同じIntel製で840以前に64bit PCIを実装した450NXのブロックダイアグラムと比べると、840がそれらと比較してどれ程シンプルで、ボード上で結線する必要のある端子数が少なく、それでいて前2者程特化されていないとは言え充分高性能を発揮しうる様にデザインされていたかは一目瞭然なのだけど、それにしても運の無いチップセットではあった(苦笑)。
こうやって毎日ASC-39160+Cheetah X15を繋いで使っていると、このチップセットが備える、独立した66MHz 64bit PCIバスの有り難みというか凄さがひしひし伝わってくる(無論、本当はRAIDカードを入れるか、それともこのカードにディスクアレイを繋いで使いたい所ではある)のだけどねぇ(溜息)。
・・・やはり、現段階では充足すべき条件が厳しすぎるか(苦笑)。
無論、今後Serial ATA 1500以上のハードディスクインターフェイス規格が普及する段になったら、この位の転送レートのバスが必要になるのは火を見るより明らかなのだけど。
でも、そうなったらそうなったで、66MHz 64bit PCIなんて扱い辛い規格じゃなしに、きっとまた新しい高速バス規格が普及する事になるのだろうなぁ・・・(溜息)。
西川魯介の“SF/フェチ・スナッチャー”をGet。
・・・そうか、この人のデビュー作ってこれ(“すべて機械じかけ”)だったのか。
奥付にある、初出一覧を確認してみたら、93年冬の、あの小倉時代の淡い記憶の中にあったそれと見事に時期が一致した。
うん、俺やっぱりこれ読んだ事あるわ(笑)。
どうも何処かで見た事のある絵柄だと思っていたら、こういう事か(苦笑)。
むっちりむうにい&笹本祐一の“小娘オーバードライブ”を購入。
以前S-FANの後輩のH嬢が欲しがっていて、私の手元に偶然あった“ファンデラ”のバックナンバー2冊を貸してあげたりした(結局不足分は国立国会図書館にコピーを申請して入手したらしい)作品だが、殆どの人間が忘れた頃になって何故か単行本化が実現した(苦笑)。
まぁ、原作もアレだったし、今更読むモノじゃない気はするのだけど(苦笑)。
西暦2000年12月24日 “S.F.”
ルイス=マクマスター=ビジョルドの“バラヤー内乱”を購入。
連作長編シリーズの最新刊で、しかも今までの所全くハズレの無い作家の作品(というか、少なくとも日本で紹介されたこの作者の作品は全部同じ世界の話なんだけど)という事で非常な期待と共に購入したのだけど、果たして大当たり、あまりの面白さに一気に読み切ってしまう程の出来であった(喜)。
昨今、ハヤカワ文庫SFの新刊が殆ど期待出来ない(ここ10年程で面白かった作品を思い起こしてみると、その殆どが創元文庫で刊行されたものだ)だけに、海外SFの新刊でこうして買う段階から期待できる作品というのは非常に稀になってしまっている。
・・・ハヤカワのSF系翻訳者の大半を入れ替えてしまう(考えてみたら、日本におけるサイバーパンクの隆盛に重要な役割を果たした、あの黒丸尚氏が亡くなってからこっち、ハヤカワ文庫SFで面白い新刊に出会っていないぞ)か、創元がSFものの刊行に今以上に力を入れてくれるかしない限り、この状況は変わらないのだろうなぁ、多分(溜息)。
西暦2000年12月25日 “記念日”
そういえば今日はドズル・ザビ閣下の戦没記念日であったな(爆死)。
Canopusからメールが届いていた。
何かと思って読んでみると、12/23にSPECTRAシリーズ用新ドライバ(いわゆるnVIDIA Detonator3ドライバをベースにしたもので、実はα版(爆))が公開された由。
良く知られている様に、この会社はいつもチップメーカーから渡されたリファレンスドライバに手を入れるだけ入れてチューニングしているのだけど、どうも今回はそれが冬休みに間に合わなかった様だ(苦笑)。
で、それでは期待しているユーザーに申し訳ないので、一応制限付きながら動作するものを、開発陣が冬休みに入る前にどうにか組み上げて、ちょっと危ないクリスマスプレゼントとした、といった所か(微笑)。
でも、このあたりの誠実な姿勢こそが、カノプー信者を量産する原因の一つなのだろう。
その心意気を買って、件のドライバを一式DL。
結構時間がかかったが、どうにかDLに成功した。
で、早速インストールしたのだが、流石にいつもの様にインストーラで一発楽々インストールという訳には行かなくて、あれやこれやとドキュメントを読んで確認しながら手動でドライバインストールを行い、その後でユーティリティのインストールを実行するという、面倒な手続きを踏む羽目に陥った。
こうしてみると、ここの正規版ドライバのインストーラって実は凄く作業の楽なモノだったのだなぁ、という事を痛感する(苦笑)。
かくしてインストールを完了し、再起動してからベンチを取ってみたが、幾ら新ドライバとは言え旧式のnv4系チップではその効果は希薄で、強いて言えば画質設定とかに僅かな差異が見出せた程度に留まった。
マニュアルによればDirectX8への対応とかが行われているそうなのだけど、何しろDirectX8に対応したアプリケーションが手元にないからその効能を確認する術がない。
まぁ、普通に使う分には全く問題がないのだが・・・。
西暦2000年12月26日 “発掘”
散髪に行く。
流石に一月近く放置すると、ひどい事になった(苦笑)。
帰りに、父のアトリエ兼倉庫へ行き、あの3月末の混乱の中、とにかくここへ突っ込まれたままになっていた荷物の発掘作業を実施。
結構手間取ったが、必要なのにこれまで見つからなかった幾たりかのMO、CD-ROM、それに音楽CDを発掘、回収する事に成功した。
無論、お目当てのモノ全部回収成功、という訳には行かなかったのだが、差し当たって聴きたかった坂本龍一の“未来派野郎”、P-MODELの“Perspective”、早瀬優香子の“POLYESTER”、ZABADAKの“遠い音楽”、それにHALOの“HALO”が回収出来たので良しとしよう。
帰宅後、“神語”を延々プレイする。
結構しっかり造り込まれたシナリオで、思わずのめり込んでしまった(苦笑)。
成る程、薙沢君が誉めていた筈だ。
只このゲーム、そのシナリオの完成度と裏腹に結構プログラムにバグが多くて驚いた(笑)。
何だよ、その“計算式に予期せぬエラーが発生しました”ってのは(汗)。
他にも表示可能になった筈のCGが表示されなかったり、あるいはキャラの服装や背景が狂っていたり、と細かいものから大きなものまで実に多彩な誤動作が発生して、話の展開の都合上、だれそうな局面でも全然飽きずに済んだ(大嘘)。
Windows 2000上でプレイしていたせいか、ゲームの進行に致命的なエラーは出なかったから良いようなものの、次回作では改善して欲しい部分ではある(苦笑)。
西暦2000年12月27日 “没頭”
“神語”をどうにか全員クリア。
こんなに真剣にゲームをやり込んだのは久々だ。
やはり良く出来たシナリオの勝利、という事になろうか。
個人的には小百合先輩と神楽ちゃんがナイス(爆)。
只、ネタバレになる可能性が高いので詳細は省くけど、最後のエピソードの落ちはどちらも納得行かないなぁ・・・。
ああ、そういえば俺、“AIR”と“KANON、それからTypesの3作品(“いちょうの舞う頃2”はせんでエエという話だが)をまだクリアしていないのだった。
さて、どれから手を付けたものやら。
早瀬優香子の“POLYESTER”を久々に聴く。
ポリエステルの分子式をあしらった、何やらけったいなジャケットに負けない位“妙”なノリに満ち溢れた、早瀬優香子中期の怪作(ちなみにプロデューサーはShi-Shonen(当時)の戸田誠司)だが、こうしてざわついた世紀末の冬に聴くにはこの位浮世離れした妙なアルバムの方が面白い(笑)。
確か化粧品メーカーのコマーシャルタイアップシングルとして発表された“椿姫の夏”(作曲は細野晴臣!)はともかく、“ロールシャッハ・ロールシャッハ”とか“ポリエステルと夜”とか(このあたりは演奏も含めて末期Shi-Shonenとの共通点が非常に多い)を聴いていると、一体この人はどの位真剣にこのアルバムを作っていたのかなぁ、とか思ってしまう。
多分、天然というのもあるのだろうけど、それにしてもあまりにアンニュイな(他のアルバムと比べればそれは明らかだ)当人のボーカルとか、冒頭から怪しさ炸裂(ささやき声によるポリエステルの連呼はやっぱ変だ)で洒落にならない位バキバキにテクノな戸田誠司のアレンジとかからすると、やはり真剣に遊んでいたのだろうなぁ、多分(苦笑)。本人が失踪してしまったせいか、他の彼女の作品同様に絶版になって久しいけど、機会があれば是非聴いてみて欲しいアルバムではある。
・・・まぁ、ゲルニカの“改造への躍動”とかの対局に位置する、そして同じ位強烈に変なアルバムなんだけどね(苦笑)。
あ、しまった、この文章“オ・ン・ガ・ク”の新規追加に使えば良かった(苦笑)。
しばらく前に録画しておいた“プロジェクトX”の新幹線の分を観る。
なかなかに感動的なお話だったけど、主役としての3人の技術者を強調するあまり、十河−島コンビの動きの説明が欠落している上に、一部事実誤認を誘う様な表現があったのがちょっと気になった。
実際にその開発に関わったスタッフの生存者を引っ張り出してきて貴重な証言を得たことや、ストーリーの展開が非常に感動的に構成されているのは結構だけど、空気バネ台車がまるで新幹線で開発され、初採用されたかの様な語り口(言うまでもなく、我が国で初めて空気バネ台車を実用化し、揺れ枕のエアサス化が一番有効である事や、ボルスタアンカ(=ヨーダンパ)の取り付け高さに関する重要な理論を解明したのは、汽車会社(当時 1972年に川崎重工に吸収合併)の高田隆雄氏を筆頭とする技術陣であり、それを実際に受け入れて最初に運行したのは国鉄ではなく京阪電鉄であったし、そもそも国鉄自身0系新幹線電車の前に151系特急電車をはじめとする在来線新性能電車シリーズ等でエアサス台車の実績を積んでいた)や、戦時中の航空機に関する基本的な理解の欠如や説明不足など、リサーチ面や構成面では色々不満が残る出来であった。
まぁ、その辺をきっちりフォローしたらあの時間枠に収まりきらない事は明らかだから、あれはある意味仕方ないのだろうと思うけど、それにしてももう少しやりようは無かったものなのだろうか・・・(溜息)。
西暦2000年12月28日 “キーボード”
色々考えた末に、年末恒例の確定申告向けデータ入力作業に備えてAT2号機のキーボードをIBM 5576-001(RICHO向けOEM版)に戻す。
クリック音はうるさいが、やはりこのキータッチには代え難い。
いやぁ、ESCキーがメインキー側の“1”の左にあるというのはやはり落ちつくなぁ(苦笑)。
実を言うとキー配列だけならかなり理想に近い製品(ぷらっとほーむ特製品のFKB-101E)はあるのだけど、何しろ通販でないと買えない(東京まで出向く余裕はない)代物なので、どうしても躊躇してしまう。
Web上じゃキータッチは確認出来ないものなぁ・・・(溜息)。
まぁ、とりあえず騒音の問題は、起動後必要な時にだけALPS DOS/V-KB Model KB001をPS/2 to USB変換アダプタ経由で接続して使えば、一応クリア可能と判明したから、当分はこれでOKだろう。
それにしても、USBキーボードとPS/2キーボードを同時に挿したままで起動したらUSBキーボードが認識されないってのはどうにかならないものだろうか。>SUPER PIIIDMEのBIOS
Paint Shop Pro 5Jを起動して、あれこれ実験してみる。
ううむ、やはりフォトレタッチな作業にはメモリ512MBでも足りないか(苦笑)。
無論256MBの時に比べれば圧倒的に快適になった(何よりスワップの頻度が劇的に減った)けど、それでも調子に乗ってサイズを大きくしたり色を増やしたりしたら、一発でスワップが始まった(泣)。
・・・ファイルサイズ210MBとかじゃ仕方ないか(苦笑)。
この辺は予想通りと言えば予想通りなのだけど、こうしてみるとメモリ1GBというのも大した分量に思えなくなってくるから不思議だ。
やはりAT2号機にHDDを追加してメモリ1GBに戻すのが正解かなぁ。
でも、そうなってくるとAT3号機に新しくメモリを買わなければならなくなる訳で、確実に512MB1枚もの(爆)とか、Registered PC/100 SDRAM 256MBとかが欲しくなるのだよなぁ(爆死)。
つくづく、業の深い話ではある(苦笑)。
西暦2000年12月29日 “日米格差”
オンエアされた“Gセイバー”を観る。
確かにメカの格好は(Gガンダムとかよりは余程)ガンダムっぽいし、スペース・コロニーも出てくるけど、何かが致命的に違う。
しばらく考えて判ったのは、「モビルスーツの動かし方とその見せ方」が全然違うのだ、という事だった。
必要なところでだけロケットモーターを点火する芝居が欲しいのに、ずっとスラスターが青白い光を灯したままだったり、MS戦のシーンで欲しい“タメ”の芝居がなかったりして、妙にスムーズな動きをしたりするのでは、かえって不自然に感じられてしまう。
もう一つ言えば、宇宙空間での戦闘なのに、無重力を感じさせる、あるいは質量を感じさせる演出が極端に少なかったのも気になった。
何というか、冒頭の海底のシーンも、中盤の宇宙空間のシーンも、それから終わりの方の地上戦闘のシーンも、どれも同じ調子で演出されていてメリハリに欠ける感じだったのだ。
それは恐らく、今のCGでは空気や水の揺らぎを自然に表現するのが困難である為ではないかと思うが、アレならきっちりした張リボテ作って撮った方が、殆どのシーンで良い画が取れたのではないだろうか?
本当にCGにメリットがあると感じられたのって、コロニー内のシーン位のものだよなぁ・・・(溜息)。
勿論、MSの動くシーンだけは(演出はともかく)、流石に良く出来ていたとは思うけど。
それらが大変な技術と労力によって成立したのであろう事は理解しているし、あの演出も“スタートレック”をはじめとする、米国特撮の歴史を振り返ってみればごく自然な成り行きであったのだろうけど、アニメに限らず時代劇や歌舞伎を含めて“タメ”を含むメリハリのついた演出になじんだ日本の視聴者には、恐らくこれでは受け入れられまい。
そういう意味では、昨今のPSとかのゲームに収録されているCGムービーがかなり良く出来ている事を、改めて思い知らさせられた一品であった(苦笑)。
ついでに言うと、生身の人間の演技がアレで、しかもお話がいかにもハリウッド的なペラペラの安っぽい作りであったのも辛かった。
仮にもガンダムの系譜に連なる最新作が、それも20周年記念を銘打つ作品がこんな安っぽい話じゃ、悲しくて泣けてくる(号泣)。
ちなみに個人的には、土師孝也(“不帰の迷宮”のゲームマスター!)による主人公の元上官(思考がかなりあっちの世界にイッちゃった人)の声の演技がサイコーに格好良くてイカしていた(笑)のがせめてもの救いであった(苦笑)。
何年か前の正月にホテルで観たBSのガリバー旅行記(海外のTV局が製作したもの)で、主人公のガリバーの声を演じていたのを聴いた時にも思った事なのだけど、あっちの世界に片足踏み込んだ感じの(それでも当人は自分が正常だと確信している類の)渋い男を演じさせたら土師孝也って最高だ。
いや、マジで(笑)。
夜半、散歩していたら長年愛用の腕時計(OMEGA Constellation)のベルトが突然外れて驚く。
慌てて押さえて見てみたらベルトのバネ棒が1本折れていた。
で、更に良く良く見てみたら棒の表面に緑青が派手に噴いていた(爆)。
・・・流石にこうなっては折れる事もあるわなぁ(苦笑)。
取りあえず、大事な時計が妙な場所に落ちたりしなくて済んだ事で良しとしておこう。
これは、本来のオーナーである大叔父から父が譲り受け、それから私が貰ったというそれなりに時代がかった代物(ものの本によれば、おおよそ33年前の製品らしい)なので、それはそれで結構愛着があるのだ。
西暦2000年12月30日 “耐久性”
時計屋に行って、昨日壊れた腕時計のバネ棒交換を依頼する。
先に電話で問い合わせた時には、メーカーがメーカーなので修理にはメーカー送りにせねばならないかも知れない、とか言われていたのだが、結局その場で即時修理で済ませられた(喜)。
ちなみに上下のバネ棒2本交換で工賃込み\630で、予想外に安く済ませる事が出来た。
ついでに、仮にこれをオーバーホールに出すとしたら幾ら位掛かるのだろうか? と店員氏に問うた所、このクラスの自動巻なら2万5千円〜3万円といったところです、との返答を得る。
本当は最低でも4年か5年に一度はオーバーホールすべき所を1回飛ばしているだけに、そろそろしてやらないとまずいのだけど、流石に高く付くなぁ・・・(溜息)。
まぁ、これは機械式腕時計の宿命なのだけど(苦笑)。
久々に倉庫から新城十馬の“蓬莱学園”もの小説を引っ張り出してきて読んでみる。
・・・やはり面白い。
いやぁ、この人、抜群に頭が良い(笑)。
“蓬莱学園の魔獣!(上・下)”など、下手な“本格”ファンタジー小説読むのが馬鹿馬鹿しくなる位濃密で、しかも見事なビジュアルイメージの横溢する傑作だと常々思ってきたのだけど、こうして続けて彼の手になるシリーズ諸作を読み通してみると、どれも凄く良く出来ている事を思い知らされる(笑)。
何というか、博識、とか博覧強記といった言葉の具体例を見せ付けられる様な引用の多彩さとマニアックさ故に、そのバタ臭さを嫌う向きもある様だけど、こいつはどうせネットゲームとしての“蓬莱学園”のノベライズなんだろ? という先入観を持ってこの作品を敬遠している方にこそ、是非読んで欲しい逸品である。
というかぐだぐだ言わずに読め(爆)。
勿論蓬莱の設定を知っていた方がより楽しめるとは思う(苦笑)けど、特に知らなくても面白く読める作品ではある。
実際、私も最初に出会った時には蓬莱の事は全然知らなかったけど、それでもその事はこれらの作品を読む上で特に気にならなかった。
少なくとも、某TRPGな集団の内輪受けなリプレイを安直に小説らしくまとめなおした様な代物とは比べものにならない位、ごくごくマトモな小説ではある(苦笑)。
・・・ところで、“蓬莱学園の革命!”2巻以降はどーなったのでありましょうか?>富士見書房様
母の依頼で、年末恒例となってしまった(泣)家の青色申告用振替伝票のデータ入力作業に没頭する。
お陰で悪夢の様な大量のデータ打ち込みと、地獄の様に厄介なチェック作業がタッグを組んで襲いかかる、恐怖の世紀末となってしまった(爆死)。
・・・あの〜おかーさん、こんなミミズがのたくったよーなキタネー字で伝票書かれたら読めないんですけど・・・(大汗)。
それから表計算ソフトで複数シートに各月データを分けて入れたなら、ちゃんと串刺し処理で集計してください。
お願いだから、各月の値を電卓で合計してから別シートに直接数値入力するなんて野蛮なまねしないでちょうだい(号泣)。
とうとう、この激動の20世紀も残すところ後1日となってしまった。
明日からは夢の21世紀という訳だ(笑)。
去りゆく20世紀については色々な感慨や感想があるのだけど、それらについては今は敢えて語らないでおこう。
それらについては明日以降、それらが過去のものとなってから時折懐かしく思い出せればそれで良い。
だから、今は只、こう言ってこの世紀の終わりを締めくくりたい。
ああ、結局透明なチューブの中を走る鉄道は、21世紀の始まりに間に合わなかった。それだけが無念じゃ。
それでは良いお年を。
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