いわゆる更新記録(靖間 誠PC日記兼用)
西暦2000年6月1日−6月30日分
意を決してApple Extended Keyboard II(M0312J)の新品を神戸の某Mac専門店で購入。
先日たまたま発見して以来狙っていた品だが、あれこれ調べてこれが本気で奇跡的な在庫であると気付いたので、今回の購入計画スケジュール前倒し強行と相成った。
購入時に店員氏に聞いてみると、これはどうも98年のiMac発表直前に出荷されたこのタイプのキーボードの最終生産ロット品であるらしく、値段が高いとか何とか躊躇している状態ではなかった事が判明した。
実際、よくぞ今の今まで在庫していてくれたもの、という話になるのだが、この店は某量販店の支店の一つで、決して値引率が宜しくない(サポート体制の充実している量販店に良くある話だが、その為の人的コストが販売価格に上乗せされる分、どうしても高くならざるを得ない)事に原因があったのかも知れない。
まぁ、多少高くとも此処にしか新品の在庫が残っていないというのでは、今更選択の余地が無い。
もっとも、正直なところを言えば財政的にかなりきついのだが・・・(溜息)。
新快速の車内広告で珍しく仏像の写真を見る。
何処か見覚えのある厳しい表情の、前頭部の化仏を喪った十一面観音。
これは何処かで現物を拝んだ記憶があるけど、一体何処の仏様やったかいな? 等と考えながら広告に接近して内容を確認してみると、それは我が国を代表する写真家の一人である土門拳氏の写真展の宣伝広告で、被写体は奈良県桜井市近隣に所在する聖林寺の十一面観音像(国宝)であった。
この仏像は確か聖林寺で二回、国立奈良博物館の特別展(日本仏教美術名宝展だったか?)で一回の合わせて三回拝観させて頂いた筈で、道理で見覚えがあった訳だ(苦笑)。
余談だが、奈良の古寺に残された仏像数あれど、十一面観音像の優品はひどく少ない。
私は幼少期以来両親に連れられて結構な数の古寺を訪問し、膨大な数の仏像を拝観させて頂いて来たが、その中にあってさえ記憶に残る出来の十一面観音像は僅かで、強いて言えばこの聖林寺、唐招提寺、それに京田辺近郊の観音寺(だったか)の三ヶ寺に伝来するもの位しか思い浮かばない。
因みにこれら三体は流石というか何れも天平仏、それも全て国宝指定で、それぞれが元来大寺院に由来した(唐招提寺は言うに及ばず、聖林寺伝来の十一面観音は明治の廃仏毀釈まで三輪明神の神宮寺であった大御輪寺に伝来したものであったし、観音寺に至っては本来あの興福寺の田辺別院とでも言うべき性格の古刹で、その十一面観音像も恐らく興福寺配下の工房で造立されたと考えられる)だけあって突出した技術と表現力の結晶とでも言うべき作品であった。
大幅に話がずれてしまったが、肝心の車内広告に印刷された写真に現れた十一面観音の捉え方は見事なもので、それだけでも展覧会に足を運びたいという気分にさせてくれる鮮烈な姿であった。
実際の所、印刷物でコレという事はオリジナルプリントならばもっと凄い筈で、そういう意味でもこの展覧会は是非行きたいのだが、果たしてその時間がとれるかどうか・・・(溜息)。
取りあえず会期は十三日まで、という事なので猶予期間はあるのだが。
西暦2000年6月2日
朝にJUSTSYSTEMから宅配便。
期限ぎりぎりに申し込んだJUSTSYSTEM Office 10 Professional(登録ユーザー優待版)が届いたのだ。
出掛けるまで時間に余裕が少しあったので、まずはAT2号機にインストール(爆)。
で、早速試してみたのだが、ATOK13の機能的改善は細かい部分だが私にとって非常に有り難い物ばかりであった。
その他はまぁ、順当な進化だとは思う(苦笑)。
押井守原作のアニメ映画「人狼」のDVD付き前売り券を購入。
昨年には既に完成していて、海外の映画祭で招待上映を繰り返した末に漸く国内上映が決定した曰く付きの作品だ。
国内での上映館は何と僅か三館のみとの由だが、何とかならないものだろうか(溜息)。
私は大阪に通っているのでどうにか観る事が叶うが、東京・大阪・それにもう一都市(名古屋だったか福岡だったか)だけで上映というのは何が何でも論外では無かろうか。
まぁ、「もののけ姫」みたいに性善説的な要素の固まりの如き真っ直ぐな主人公(苦笑)が出て来る話でも無い様なのでアレだが、つくづく押井守関係の映画は上映面で恵まれていないよなぁ、と思う。
西暦2000年6月3日
2型6号竣工。
主な変更点はキーボード尽くしの構成変更等。
う〜ん、時事ネタ(笑)。
Power Macintosh 8500/132にM$のInternet Explorer 5.0をインストール。
M$社についてはあれこれ言いたい事はあるが、こればかりは素直に良く出来たソフトだと思う。
・・・と言うか、Mac版でこれが出来て何故Windows版はああなるのだ??
本当はOutlook Express 5.0も入れたい所だが、残念ながら対応OSがMac OS 8.1以降なので今の所インストール出来ない(泣)。
まぁ、現状ではとてもMacからInternetに接続する気にはなれない(Mac OS(7.6.1)のTCP/IPをPPPとEtherNetで排他使用という仕様は、昨今の情勢下ではある意味信じ難い仕様だ)ので、無理をしてOutlook Express 5.0をインストールする必要は皆目無いのだが、それでも非対応と言われるのは何処か悔しい部分がある(苦笑)。
もっとも、ウチのMacについてはOSのアップデートの前にハードの拡充(最低でもRAMの増量(せめて128MBは欲しい)とCPUカードの高速版への換装は必須だ)を実施せねばそもそも新OSがまともに動かないという話もあるが(苦笑)。
PC/AT互換機については暫く投資を控えるのが賢明、という現状を考慮すると、そろそろそこら辺について手配するべきかも知れない。
西暦2000年6月4日
今日は一日家でおとなしくしていた(笑)。
まぁ、こういう日もある。
西暦2000年6月5日
某古書店で遂に鶴田謙二の「The Spirit Of Wonder 1」(講談社モーニングKCDX)を入手。
あれは確か1988年の始め、まだ昭和という年号が生きていた頃に些細な逡巡のせいで買い損ねて以来、実に12年目の大願成就(喜)!!である。
その間、同じシリーズの「チャイナさん」編が「The Spirit Of Wonder」としてOVAとCDドラマ(あの庵野秀明の手になる類い希なる怪作!)化された際には本書の再版と単行本未刊行の「チャイナさん」の続刊に淡い期待を抱きつつそれぞれLDとCDを買い、「まんがジャパンダ」という雑誌に彼の新作が掲載されていると聞いては同誌休刊まで付き合って買い、挙げ句の果てに読者ハガキを出して同誌特製鶴田謙二イラストテレカ(同誌の表紙絵が使用された)をゲット(休刊後忘れた頃になって届いた(苦笑))したりもした。
何にせよ12年は長かった。
一体何が原因で講談社が本書の増刷を渋っていたのかは知らないが、これほど罪作りな判断も無かった事だろう。
何しろ、98年に限定6,000部刊行の限定ボックス「Foget Me Not」に納められた3冊の単行本の1冊、「Spirit Of Wonder」として増補改訂版が出るまでの約10年間、特に後半の時期にはその希少性(実際発行部数は極端に少なかった)故に本書には本来の価格の100倍以上(!!)という近年稀に見るひどいプレミア価格が設定されていたらしいのだ(爆死)。
まぁ、この値段は付けた奴も付けた奴なら買う奴も買う奴だという話があるが、その位入手難だったのは事実だ。
本来限定6,000部(私はどうにか入手した(実はまだシュリンクが未開封のまま)が、一体どんな根拠でこの数は決められたのだろうか?)だった筈の「Spirit Of Wonder」や他の2冊が結局装幀を変えてバラ売りされる事になったのもこの辺の事情をふまえれば当然の話で、実の所講談社がこの作品を皆目正しく理解あるいは評価出来ていなかった事が見て取れる。
取りあえずこの時に「Spirit Of Wonder」を入手した事で一つの願望の充足は達成されていたと言えるのだが、その原点に当たる本書の入手は(ある意味どうしようもない自己満足の表出である事については自覚があるが)やはり避けて通る事の出来ない道であって、それを実現した今私は言葉に表現し難い無上の達成感の中にいる。
これで一つの輪が閉じた。
恐らくそう表現しても良いものと思う。
さて、ここ10年来探索してきた書籍の中で大物として残されたのは「阪和電気鉄道史」(竹田辰男/鉄道史資料保存会)だが、これについてはその大半が公共施設(大学や公共図書館など)に納入されたという話なので古書店にブツが出回る可能性は極めて低い。
一応鉄道史資料保存会の会員再登録の時に探索図書として挙げておいたのだが、あそこは再版は余程の事がないとしないしなぁ・・・(溜息)。
可能性があるとすれば改訂版位のものか。
帰宅後、PCを起動して受信メールを確認。
そういえば忙しくて返信出来ていないモノがあるなぁ(溜息)。
そういう訳なんで暫く待ってやって下さいませ(謝)>関係各位あ、それから“師匠”はツラいので勘弁して下さい(苦笑)>高知の人
後輩のLilitia嬢から質問のお便り。
何かと思えば大学時代に彼女の依頼で組んだAT互換機の仕様に関する質問だった。
何でもHDDに異常発生しているので新HDDを買いたいが今のマザボの型番が判らないので教えて欲しい、との由。
で、取り急ぎ返事を書いた(HDDの破損はデータ回収が時間との戦いになるので、返事も急がざるを得ない)が、書かれていた症状をよくよく考えてみるとHDDじゃなくてCPUのオーバークロックが原因ではないか?との結論に達した。
因みに、彼女のマシンの主なスペックは以下の通り。
CPU:Celeron 300AMHz / Intel
M/B:GA-6BXE / Giga-Byte
RAM:128MB PC/100 SDRAM DIMM
GA:Millenium G200 16MB AGP / Matrox
Sound:SoundBLASTER PCI 128 / Creative
HDD:8.4GB Ultra ATA/33
とまぁ、どことなく組んだ時代が見えて来る様な(笑)こんな感じのマシンだったのだが、Celeron 300AMHzという事でオーバークロック動作させていたのが問題といえば問題の仕様ではある。
というかThunderbolt使った後だったら絶対やらない様な仕様だな、これは(苦笑)。
西暦2000年6月6日
帰宅途中、鷹取の操車場で両端を紺色に塗られたキハ120と、何故か中途半端な編成を組んだJR東日本のE231系(近郊型)が留置されているのを目撃。
いずれも甲種回送だと思うが、何しろE231は東日本の車なので初めて見た(笑)。
というかこういう機会でもなければ近畿圏では見られない車輌ではある。
もっとも、乗りたいという気分には皆目ならなかったが(苦笑)。
何にせよ、4扉で殆どロングシートだけの車を“近郊型”と銘打つ事が許されるというのは、その運行線区が地獄に等しい場所である事の証明ではあるな。
例えば近畿圏であんな無様な車を新快速に走らせたら、間違いなく乗客は逃げ出す(苦笑)。
何故なら並行私鉄があって、凄いところになると2階建てクロスシート車を特別料金無しの特急として走らせている位だからだ。
その観点で言えばまぁ、JR東日本の殆ど無策のツケ払いに近い近郊電車へのロングシート車投入は、独占の産物とも言えよう。
無論、JRの無策の前にそれを監督する政府の無理解や都市政策上の無策があればこそ、あそこまで酷くなった訳だけど(苦笑)。
ここはひとまず、座って電車通勤・通学が容易な近畿圏に在住する幸福を感謝しておこう。
西暦2000年6月7日
今日は岡山へ。
事故発生以来約3ヶ月にして、ようやっと左腕の亀裂が完治したとの診察を受ける。
長かった。
診察後、先日の件もあったので大学に足を運ぶ。
後輩達と久々にあったが、うむ、若いってのは良いねぇ(苦笑)。
暫し歓談(何故か川上稔の都市シリーズの話題で盛り上がったりした)後、お目当てのLilitia嬢が現れたので相談。
そこで、こんな事もあろうかと(笑)AT2号から外して持参していたPentium III 600MHz(SL3JT)を彼女に売却。
まぁ、こんな所か(謎)。
で、その後再び後輩のM君らと話していたが、今年の新一年生の一人(そういえば名前を聞き忘れていた)がPCを組むというので、M君を含む3人で商大近くのパソコン工房に足を運び品定め。
とりあえずこんな所だろうという事で選んだパーツと、M君が件の彼氏に売り付けたパーツは以下の通り。
CPU:Pentium II 450MHz / Intel(流用)
M/B:Gateway向け440BX+ES1373搭載Slot 1対応ATXマザーボード / Intel(流用)
RAM:PC/100 CL=2 128MB SDRAM DIMM(流用)
GA:WinFast3D GeForce 256 DDR / Leadtek
HDD:DTLA-307030 / IBM
DVD:SD-M1212 / TOSHIBA
FDD:FD-235HG / TEAC
Keyboard:SMK-8851 / SMK
Mouse:IntelliMouse / MicroSoft
CRT:19inch Trinitron CRT / HP
CRT Cable:V30 / NANAO
Case:ATX Mini Tower / Gateway
こんな所だが、CPUといい、GAといい、マザボといい、何やらアンバランスな感じがするなぁ。
まぁ、流用部品が中核に来る以上、止むを得ない事なのだが。
とりあえずHDDは店にあった中でこれ、というモノを選んだのだが、いやぁ最近のATA-HDDって本当に凄いね(笑)。
でも、どれだけHDDが速くともインターフェイスがFW82371EB内蔵のUltra ATA/33なので、ある程度までは威力を目の当たりにする事が出来るだろうけれども、そのままではその潜在能力を完全には生かせないってのは問題だよなぁ、やはり(苦笑)。
この買い物の最中、店で薙澤君に遭遇。
どうやら仕事でお買い物だったらしい。ご苦労様です。
で、話をしていてPenIII600売ったのでPenIII700でも買おうかと思っている、と話したら「だっせぇ〜」と言われてしまった(泣)。
・・・誰だよ、人にあんなマザボ売り付けたのは?
大体、あのクソ高いS1837UANG買っていなかったら今頃私だってAthlonを買っていたぞ(怒)。
何やら理不尽な気分で彼らと別れ、まずは神戸へ。
ハーバーサーカスの祖父地図でPentium IIIのSECC2版を探すも、833MHzと750MHz位しかSECC2版のブツが無いという衝撃の事実に、少々驚く。
驚いていても仕方がないので、やむを得ず予算オーバー覚悟で750MHz版を買い求める。まぁ、当初の想定よりは安くなってはいたのだが・・・(溜息)。
今日、岡山で話題に上っていた川上稔の「機甲都市 伯林」が、大阪で予定より3日早く出ていたのに驚きつつ購入。
帰途、貪る様に読んだが、うむ、相変わらずだ(笑)。
帰宅後、買って来たPentium III 750MHzをマシンに取り付け。
CoppermineコアのPentium IIIについてはTYANは私の持つロットのThunderboltについてはサポート外と宣言しているのだが、以前薙澤君から借りた550MHz版(FG-PGA版+変換下駄)を挿して動かした時には問題無く動作していた。
それ故今回750MHz版の購入に踏み切ったのだが、期待通り正常に起動し、無事Windows2000が立ち上がった(喜)。
とりあえず普通にこうしてエディタとかを使っている分には感じないのだが、重いアプリケーションを動かしてみると高速版の威力をひしひしと感じる。
まぁ、そうでなければ買った甲斐が無いのだが(苦笑)。
西暦2000年6月8日
昨日買ったPentium IIIの動作チェック。
とりあえず手持ちのアプリケーションには目立った不具合は発生していない。
・・・おお、EX68(X68000エミュレータ)でまともにソフトが動作している(喜)。
600MHzの時にはどうもFM音源周りの負荷が大き過ぎたのか(44.1KHzでサンプリングしていたしなぁ)不調なソフトが多かったのだが、流石に+150MHzは大きい様だ。
と言うか、いやぁ、やはりこのクラスになると速いね、本当に(苦笑)。
同様にとてつもなく重い某98エミュレータもWindows 2000上ですいすいとは行かないが、今までとは比べものにならない位軽く動作している事が見て取れる。
また、DVDの再生も楽になった(喜)。
無論、アプリ側の不具合や問題は単にCPUを高速タイプに変えただけでは解決しないけれども、それでもストレスが大幅に軽減されるのは確かだ。
西暦2000年6月9日
岡山在住の薙沢の人にMillenium IIとImagine 128 Series II(共にPCIで4MB版)を送る。
因みにMillenium IIの方はPower Macintosh用にファームウェアを書き換えてある。
まぁ、98で使うらしいからその方が良いと思ってそのまま送ったけど、本当に今時98で使うのだろうか?
八房龍之助の“宵闇眩燈草紙 弐”をゲット。
奇妙なまでのアンバランス感と、にもかかわらず揺るぎない安定感の入り交じった独特の作風がナイス。ナイスっつうかグッド(笑)。
何より、非常にゆったりとした、今時の世相では考えられない様な緩やかな時間の経過感覚が素晴らしく宜しい。
やっている話の内容自体は某多重人格探偵よりグロい事さえあるというのに、妙に柔らかに話が進むのは、恐らくこの時間感覚と、そんな話であっても笑いの要素を決して忘れない作者のバランス感覚が為せる技なのだろう。
特に地下迷宮ものである“地階の王国”はウケた(笑)。
・・・そうだよなぁ、確かにこりゃ旧図書館か狂王の迷宮かって感じではある。というか、これが確信犯でないとしたら、とんでもない天然か天才かって話にはなるわな(苦笑)。
そんな訳で今回も満足度は高い。
西暦2000年6月10日
Apple Extended Keyboard / II + USB2ADBをAT互換機上のWindowsで使用するにあたって一つ問題がある事が判明。
何故かは知らないがPRINT SCREENキーが利かない。
つまり、これだけしか繋いでいないとスクリーンショットが得られない(笑)。
とりあえずは通常のPS/2端子にもキーボードを繋いで誤魔化しているが、まぁ、何事にも完璧は無いという事か(苦笑)。
Molice君お勧めのX68000エミュレータ、WinX68K(けんじょ氏作)を使ってみる。
・・・ううむ、現段階ではちょっと問題有りかなぁ。何というか、部分的には(特に音関係)EX68よりも良いのだけど、どうにもスプライト周りの処理が今一つな気がする。
というか、もしかしたら動作環境の問題(Windows2000上のDirectX7環境だからなぁ)があるのかも知れないが、ARSYSの“スタークルーザー”をプレイしたらオープニングで現れる自機のスプライトが妙な表示になったりした。
まぁ、スプライト回りに関しては、EX68にも未だ派手な大穴(ストライダー飛竜をプレイしてみて判ったが、何故か斜めの坂を上る時に限って坂を表示しているスプライトが消える(笑))がある訳で、そもそも実機でも一番金のかかったチップだったりした位だから、その機能の全てをエミュレータに完全実装するのは非常に大変ではあろうと思うのだが(苦笑)。
ここで又一つ問題が発生。
キーボードを複数繋いだマシンでWinX68Kを起動するとキーボードが正しく認識されないらしく、エミュレータ上でキー操作が出来ない(泣)。
まぁ、その時だけUSB2ADBをコネクタから抜いてPS/2キーボードだけにしてしまえばOKという気もするが、何とかならないかなぁ、これ?
西暦2000年6月11日
気になっていたAT2号機の450W電源内蔵ファン(ミネベア社製)を外して手持ちの山洋電機製同サイズ品に交換。
これは本来は捨てられていたPC-9801FAの電源に入っていたファンだからもう8年も前の製品だが、流石にPC-9801全盛期のマシンに入っていた部品だけあって、物凄く良い部品だった。
少なくとも、この時点で既に静音化が意識されていて、3ピン接続による回転数制御が導入されていたという事実は再評価すべきだろう。
あのマシンは性能の方は全くもって合掌モノだったが、こういう目に見えない/わかりにくい部分のクオリティに関しては最高水準にあった(苦笑)訳で、事実この頃までの98は非常に壊れにくい機械だという印象があった。
今でも時折この頃の98が業務用で稼働している姿を目撃する事があるが、それ位耐久性の高い良い部品が奢られていた、という事なのだろう。
逆に言えば、今時の“普通”の市販PCには、あの頃の98並の耐久性は期待出来まい(苦笑)。
話を電源に戻すが、ファンの交換終了後にマシンを起動してみて初めて、私は自分の見込み違いに気付いた。
そう、あの無惨な風切り音はファン自体の固有の騒音ではなく、複雑に入り組んだ電源筐体内部のヒートシンクやコンデンサ(いや、正しくはキャパシタと言うべきなんだろうな、やはり)、或いはコイルの類の間を空気が通り抜ける際に発生したものであって、つまる所構造的なものであるから根本的に解決するには電源そのものを買い換える他は無かったのだ(号泣)。
・・・まぁ、それでも多少は騒音は低くなったから、前のファンがそれ自体うるさいモノではあった様なのだが。
西暦2000年6月12日
神戸の大丸で13日まで開催の「土門拳 日本の彫刻」を観る。
展示内容は、飛鳥から鎌倉までの日本の彫刻(それは同時期の仏教彫刻、という言葉とほぼ同義だ)を被写体とした写真パネルの展示であった。
実を言うと、私は幼少の頃より仏像鑑賞が趣味の親に連れられて奈良の寺院を結構回っているので、今回の展示で被写体とされた仏像の大半は1回は現物を拝んだ事があったのだが、正直言ってこんなにも印象が異なって見えるものであるとは思ってもみなかった。
それは、土門拳という我が国の写真史に名を残す希代のフォトグラファーが切り取った、鋭く、余りに鋭く対象物の内面をえぐり取る写像であり、私達が大和の、或いは山城の古寺を訪れた際に目にする諸仏諸神諸天諸衆の像とは同じでありながら異なる、そう、まるで経典に記された仏がその本質的な同一性を維持しつつも多様な姿を採って人々を導くが如くに、土門拳という個性のみが彫拓し得た、そして同時に彼の内面が如実に反映された固有の姿なのだ。
もし仮に、今この場に被写体となった諸仏を集め、一堂に会して眺めてみたとしても、彼の写真が表現した、あの凛として研ぎ澄まされた空間を再現する事は恐らく叶わないだろう。
それは只、彼がその愛機のファインダー越しに切り取ってフィルム上の永遠とした刹那の写像の上にのみ、存在するのだ。
いや何とも素晴らしい展覧会であった。
ハーバーサーカスの祖父地図でRIOWORKSのPDVIAを見掛ける。
むぅ、「Slot1 CPUでお使い下さい。アダプタは辛いです・・・」だと?
別にDualだからといって所謂スロケットが×という訳ではない(実際ウチのThunderboltにIwillの分+Pentium III 550E MHzを挿してみた時には何の問題も出なかった)から、多分設計上の問題なのだろう。
やはりスロケットは難しいよなぁ(溜息)。
西暦2000年6月13日
東岡山に赴いて、3月の事故のお陰で残ってしまっていた自動車教習(路上教習)の残り2回を受講。
約3ヶ月ぶりの運転だ。
帰りに115系リニューアル車に乗車する。
クハ115-1111という非常に憶え易い(笑)番号の車だった。
標準の硬くておまけに狭い固定式クロスシートをいつも乗っている新快速用の223系2000/3000番台と共通の転換クロスシート(補助席は省略)に交換し、内装外装共に今のJR西日本スタンダード仕様に改装した車だ。
・・・確かにオリジナルに比べたら天と地程も快適性に差があるのだが、如何せん台車が旧式でオールコイルバネのDT-21/TR-62系台車のままなので、乗り心地で実は一番大事な揺動特性が改善されず、トータルでみたら駄目駄目だった(泣)。
所詮は旧型車か(溜息)。
無論、国鉄引継車でもハイグレード仕様で建造された117系(岡山ではサンライナーとして使われていたな、そういえば)とその派生型である115系3500番台(岡オカその他で115系一般車の中間に挿入)などは例えインダイレクトマウント式であるとはいえ、高価だったエアサス台車(DT-32/TR-69系。本来は特急/急行電車用として開発)を履いていて、これらに当たれば非常に幸せ且つ快適な旅行を楽しめるのだが、近郊型の大多数を占めていた113/115系一般型というのはどうにも根本的に駄目駄目で、今回の更新でもああ、構体の柱が通っているせいで窓を移設出来なかったのだろうなぁ(溜息)、とか何でこんな所に機器BOX設置しているんだ?この車、とか思わさせられる様な部分が多々あった。
実際今回のこの工事を担当しているJR西日本の各工場の苦労の程は察するに余りある。
昭和40年代前半の段階で新車を全部エアサスにしてしまった京阪等は流石に極端だと思うが、それでも大手私鉄の大半が新造車にエアサス台車を履かせるのが当たり前になっていた昭和50年代に入って尚、保守ラインを変えたくないという労働者側の主張や、車輌建造コストは極力抑えるべしという大蔵省の意向に沿って、(103系を含め)この様な旧式台車を履いた接客サービスも糞も無い様な車を無批判に量産していた、当時の国鉄当局の乗客に対する無神経ぶりというのは正直言って驚嘆に値するものがある。
鉄道に関心を持たれる方の中には今でもご記憶の方もあられるかと思うが、かつて福塩/小野田/宇部の各線向けに設計された105系という電車が発表された時(1981年)に、せっかくの新造車であるのに冷房装置が搭載されていない事で批判の矢面に立った事があった。
あの頃の少し前までの国鉄では、「○○線電化開業用」等と名目を付けて冷房付きの新造車を建造しても皆首都圏に配備してしまい、そこで新車を入れて押し出された少し前の車が近畿圏の××線に転属して、その××線で押し出された更に少し前の車が広島とか名古屋あたりの△△線に投入され、そこで余剰となった旧式化したオンボロ車が漸く件の○○線に投入される、などという地方在住者を舐めているとしか言えないふざけた中央集権的トコロテンシステム(核爆)が採用されていたので、直接的に新製した(地方の実状に合わせた設計の)専用車がローカル線に投入されるという事は非常に画期的だった。
そんな訳でどうやらあの国鉄も流石に改心したらしい、とその点は高く評価されたのだけど、それだけに折角の新車について冷房装置の搭載はおろかその準備工事もせずに済ませてしまった事は、当然に批判の対象となった。
で、そうなると当然担当者が釈明する訳だけど、その言葉が誠にもって素晴らしいものだった。
要約すれば、曰く、田舎で走らせる車なので特に冷房装置の必要性が認められなかった、と(爆笑)。
つまり、田舎者のお客様には高価な冷房装置など贅沢だ、というのが空調の良くきいた丸の内の本社にふんぞり返っていた、当時の国鉄首脳陣の本音だった訳だ。
念の為に言えば同じ頃、地方のバス会社は何処も狂った様な勢いで自社の保有するバスの冷房化に邁進していた。
それをしなかった会社は一つもなかった、そう言っても良い位の凄い勢いで冷房化は進んでいた。
その様な状況下でこんな寝言を言っていたのだから、その他の車輌についてもマトモである事を期待する方が間違っていた訳だ(笑)。
・・・いやぁ、つくづく国鉄って潰れて良かったよねぇ(笑)。
あれは毀誉褒貶の著しかった、当時の中曽根政権の採った政策中でも最大の功績ではないだろうか(笑)。
西暦2000年6月14日
今日は外出をしなかった。
家でひたすら惰眠を貪っていた。
それを身体が求めて止まなかったのだ。
西暦2000年6月15日
今日は岡山で自動車教習の卒業検定。
試験終了後、あれやこれやと注意は受けたが、どうにかクリア(喜)。
検定終了後、大学へ。
後輩達と少々ヨタ話をしてから、M君の部屋へ。
彼には先日5インチベイ*10のフルタワー筐体を勧めたのだが、どうもこれの配線が良く解らないので、見て欲しいとの由。
因みに彼のマシンの現時点における仕様は以下の通り。
M/B:S1854-V / TYAN
CPU:Pentium III 450MHz (SL3CC) / Intel
RAM:PC133 CL=3 128MB SDRAM
GA:SPECTRA 5400 Premium Edition / Canopus + SPECTRA Video Port 600 / Canopus
Sound:Sound BLASTER Live! / Creative
SCSI-IF:AHA-2940UW / Adaptec
HDD:Fireball EX 10.2 / Quantum
DVD-ROM:SD-M1202 / TOSHIBA
CD-R:PX-R820 / Plextor
・・・今更言うのもナニだが、何処かで見たよーな部品ばっか(苦笑)。
きっと悪い先輩がいたに違いない(笑)。
何やらHDDが弱い気がするが、これもその内強化されるのだろう。
・・・それにしても、最早原型がGatewayのG6シリーズだったなんて判らない様な仕様だよなぁ(苦笑)。
ちなみに肝心のトラブルは、実はM君がマザボのマニュアル(英文)をちゃんと読んでいなかった事が原因と判明(苦笑)。
そんなに難しい英文でもないので、ちゃんと読む様に、と教育的指導(笑)。
そういえば、この後でウチのS1837のマニュアルを読み返してみたら、面白いと言うか何と言うか、TYANのスタンスをものの見事に表す一文に目が留まった。
“Since TYAN boards are manufactured with performance in mind , you should use add-in components that match.”
要するに、「ウチのマザボはパフォーマンス重視で作ってあるので挿すパーツもこれに見合ったモノにしてちょーだい」という事だが、このフレーズはなかなか言えないよなぁ(苦笑)。
正直なところ、私のマシンも全てについて「見合った」パーツを入れられているとは言い難いものなぁ・・・(溜息)。
道のりはまだ遠い(爆死)。
西暦2000年6月16日
MOドライブ用の内蔵5インチベイマウンタ金具を加工。
今使っているオリンパスのMOS-321は3.5インチハーフハイトという、只でさえ筐体に納めるに際して一番困るサイズなのだが、更に加えてこのドライブの場合、ネジ穴の位置が尽く通常と異なるという非常に困った仕様で、そのままでは世間一般に市販されているマウンタでは固定出来ない(泣)。
それ故、その固定にはあれこれマウンタ側の加工が必要で、今回はピンバイスによる穿孔加工を行って、このドライブ専用のネジ穴を設ける事にした。
・・・いやぁ、ピンバイスで金属板に穴を開けるのって実は大変な作業だったのね(涙)。
モーターツールかボール盤が欲しいところではある。
作業の途中で、父が隣の部屋で観ていたTV放映中の「紅の豚」をついつい観てしまう(苦笑)。
この映画を最初に観たのは確か8年前、あれはそう、浪人で大阪中津の某予備校の寮にいた頃の事だった。
辛い時期に観た映画だけに、あの映画には何とも言い難い気分が付いて回るのだが、父と一緒に観ている内に、登場人物の台詞や演出のアウトラインをほぼ思い出せた(苦笑)。
あの頃は特に意識していなかったが、今見返してみると実は非常に芸の細かい映画だったのだな、という事を痛感する。
あんなにもお涙ちょうだいのロマンに満ちたシーンがあるのに、あんなにも乾いたクールさが感じられるというのは、これはもう、見事という他はない演出の為せる技なのだろう。
あの映画の陰の主役であるサボイアS.21試作戦闘飛行艇も、それ単体を見る分には決して格好の良い飛行機ではないのだが、あの「豚」氏が乗り込んで手動でスターターを回した途端に格好良く見えてしまう(笑)のだから、大したものだと思う。
それにしても、後にも先にもこの映画以上に沢山の飛行艇の出てくる映画はないよなぁ(溜息)。
何より、これはもう趣味(にしてもひどく特殊なジャンルなんだが)以外の何物でもありえない、多種多様な第一次大戦期までの飛行艇群で出来た一筋の雲。
アレは言ってみればロクでもないマニア万歳的なシーンなのに、あんなにも詩情豊かに、且つ幻想的に見える(しかも何故か涙が止まらない)のは何故だろうか?
見る度に考えるのだが、どうも今一ピンと来る答えが出ない(苦笑)。
戦争の無惨さを、それも戦闘の直接的な描写によらずして伝えるという点で言えば、あの幻のシーンは私の知る限り最良の一つに数える事が出来る(まぁ、世間には「火垂るの墓」という全編を通してそれだけで話が出来ている物凄い作品(苦笑)もあるので、最良とは言えない)のだが、それだけでは上手く説明出来ない気がするのだ。
西暦2000年6月17日
薙澤の人から荷物が届く。
中身はヒューレットパッカード社のC1533Aなる型番のSCSI対応DDS-2ドライブと、UltraATA/UltraWideSCSI変換アダプタ。
先日彼に送ったブツ+αと交換だったのだが、箱を開けてDDS2ドライブを取り出す際に、ブツを振ると妙な音が(大汗)。
暫く振っていたらプラ製のパーツが一つ落ちて来た(爆死)。
をゐ(怒)。
取りあえず一頻り宅配業者の割れ物の扱いのあまりのぞんざいさを罵ってから、意を決してドライブのケーシングを外して中を見てみる。
外れたパーツの形状と、中の機構部分とを念入りに比較。
作業に没頭する事約1分、どうやらここらしい、というかあからさまにパーツの欠落した部分を発見。
慎重に検討してから部品をはめ込んでみる。
・・・全く問題無く収まった。
どうやらここで、それでもってこの向きで正解だったらしい(安堵)。
で、再度組み直したドライブを今までDDS-1ドライブを入れていたベイに組み付け、マシンを起動してチェックしてみる。
・・・一応SCSIコントローラには正常に受け答えをして、DDSテープ(念の為、空の90分物)を入れても問題無くスロットに吸い込まれ、巻き戻しとヘッダ領域の読み出しシーケンスが開始された。
どうやら本当に正常動作している様だ。
だが、このままでは信用が出来ないのでテストとしてデータの詰まったフォルダを一つWindows2000標準のバックアップツールでバックアップしてみる。
いやぁ、流石はDDS-2だ。
何しろデータの書込速度がDDS-1に比べて滅茶苦茶速い(涙)。
760MB程のデータ群が約20分で書き込まれた。
DDS-1の時は2GB書くのに本当に90分以上かかっていた(ベリファイその他を考えると3倍位かかっていた)のだから、2倍速というのは嘘ではない。
手元にこのドライブのスペックに関する情報がないので、今の所DDS-2規格でサポートされているという圧縮機構がどの位効くものなのか判らないのがアレだが、取りあえずは“使える”ドライブと言って良さそうだ。
まぁ、薙澤君の以前の弁によれば、今時のサーバ屋さんはこんなDDSなんて悠長な物は使わずに通常使用と同容量のHDD(ATA規格)を用意しておいて、それとデータをミラーリングする事の方がずっと多いという話ではあるのだけど、WSを横目に育った我々の世代の人間には、テープストリーマに対するある種の憧れみたいな感情があるのは否定出来ない(苦笑)。
無論、私が長く常用したWindowsNTの場合、標準搭載のバックアップツールではテープストリーマかフロッピーディスクかの何れかしかメディア選択が出来なかったので、どうしてもこういった機器が欲しかった、というのもあるのだが。
取りあえずはこのドライブが問題無く動作し続ける事を祈念しておこう。
西暦2000年6月18日
昨日AT2号機から外したDDS-1ドライブをAT3号に取り付け。
こんなマシンにまでDDS積んでどうするのだ?という疑念もあるが、やはり空きベイは埋めるモノという事で(笑)。
西暦2000年6月19日
「鉄道ピクトリアル」の増刊号(LRV特集)と「関西の鉄道」(阪急神宝線特集)をゲット。
鉄ピクの特集は毎回読むところが多くて好き(笑)なのだが、今回は特に読み応えがあった。
中でも路面電車用制御器とブレーキの記事は非常に勉強になった。
・・・そうか、岡山電軌でも多用されているKR-8(本来は三菱電機製。他に日本車輌製造(NKR-8)や日立製作所(DRBC-447)などのコピー品が存在)って実は英国English Electric社のDBI-(LB)K?シリーズの真似だったのね(笑)。
まぁ、岡山電軌で見ていたらこれらは順送りで文字通りごちゃ混ぜにして使われている様だから、相互に電気的な仕様に互換性があるのは知っていたのだけど、どれがどれをパクったのかまでは知らなかった(苦笑)。
多分DBI-(LB)K?シリーズもウェスティングハウスかジェネラルエレクトリックのどちらかのダイレクトコントローラの模倣なのだと思うけど、真似るとか何とか言う以前に、直接制御器って誰が作っても同じ様な仕様になるしなぁ・・・(苦笑)。
本気でけったいな新設計をやっていたのってドイツのAEGあたり位のものじゃなかったろうか?
西暦2000年6月20日
「最終兵器彼女 1」をタイトルのインパクトの強さに騙されて(爆)購入(苦笑)。
・・・騙された。
凄ぇハードな話やん、これ(笑)。
まぁ面白いからOK。
西暦2000年6月21日
「鉄道ファン」と「鉄道ジャーナル」の今月号、それに「フルメタルパニック」の最新刊を購入。
・・・そうか、近頃の神様は銃よりエビやマイクがお好みか(笑)。
私には笑えるネタ満載だったけど、今時の若い衆はこれでエエのか(苦笑)?>フルメタ
深夜、IRCで薙澤の人と話す。
そうか、RIVA TNT2でもWindows2000でならばPC-9821シリーズでも動作する可能性があるのか。
一番問題になる98本体側のCRT出力切り換えも、切り換えソフト(NT用:フリーソフト)を作っている人がいるし・・・。
Xv13を取り返したら試してみよう(笑)。
西暦2000年6月22日
Number NineのImagine 128(初代)を中古で入手。
状態良好、しかも元箱付きなのでポイントが高い(喜)。
以前その店で見掛けていたモノで、昨日薙澤の人にその話をしたら買ってきてくれと頼まれたので買った(お値段は税抜きで\5,000)のだが、元々は10万円前後(驚)という信じ難い様な物凄いプライスタグを付けて売られていた当時のハイエンドカードだ。
以前AT3号機で使っていたImagine 128 Series IIはこれの改良廉価版であるが、こうして初代の現物を目の前に置いてみると、法外に見えたプライスタグが非常に妥当か、さもなくば実はバーゲン価格であった事がひしひしと伝わってくる。
カード本体のサイズ、仕上げ、配線のレイアウト、それにパッケージ。
どの点を取っても初代の方が良いのだ。
やはり廉価版は廉価版、という事か。
三雲岳斗の「M.G.H. 楽園の鏡像」を購入。
なかなか面白かったが、どうも引っかかる。
最近ストレートに面白かったと言える作品が無くて困っているのだが、これも微妙な所で難がある様に感じた。
帰宅途中、姫路駅で新快速を降りたら、何があったのか知らないがジュラルミンの盾を持ったごつい機動隊員がズラリと並んでいた。
ふと振り向いたら、およそ素行も頭も良く無さそうな連中(苦笑)がホームに群をなしていた。
・・・そうか、今日から姫路は「ゆかた祭り」か。
駅前にも機動隊のバスが並んでいたから、多分あの手の連中の犯罪抑止が目的なのだろう。
・・・それにしても群れないと何も出来ないってのもアレだよなぁ(苦笑)。
この小雨の中、蒸し暑いだろうに機動隊もご苦労様な事だと思う。
西暦2000年6月23日
午前中にImagine 128その他を発送。
見るべき物は見た。
・・・やはり古くともハイエンドの製品には、価格に見合った「格」とでも言うべきものが備わっている事を痛感する。
うん、安物は買っちゃいかん(笑)。
夜11時に帰宅すると、岡山のM君から何度も電話があった旨、母に伝えられる。
どうやら彼に任せた(笑)Lilitia嬢のマシンの改装で、不測のトラブルが発生しているらしい。
で、取り急ぎ彼が出張している、Lilitia嬢宅にTel。
当然ながら最初はLilitia嬢が出たが直ぐに現場担当者(爆)のM君に交代(笑)。
電話越しにモニター見ずにマシンの状況を全部把握して、あれやこれやと指示を出すというのも何だかなぁ(苦笑)。
殆ど潜水艦の艦長みたいだぞ、これ(笑)。
M君の話を聞き、あれこれ指示を出してみた結果、どうやらCドライブのIO.SYSが破損しているらしい事が判明。
聞く限り、他にもあれこれファイルが物理的損傷を被っていそうだ。
こんな事もあろうかと前に彼女のマシンをいじった時に、断りも無しにβ版のWindows 2000(これは無事起動する)を入れて置いて良かった(笑)。
アレ入れていなかったらHDの内容のサルベージも難しい(DOSではロングファイルネーム物のファイルのサルベージが非常に困難だ)ものなぁ(苦笑)。
・・・それにしても、つくづくHDDの破損/クラッシュが多い(汗)よなぁ。>Lilitia嬢のマシン
一応新HDD(DTLA-307045 / IBM:何と45GBの7,200rpm級ATA/66+ドライブ))上に新規にインストールしたWindows 98はまともに動いている様なので、要バックアップの個人的なデータさえ拾っておけば、古いWD28400は捨てても構わない様なモノではあるのだが・・・。
取りあえず、新HDDに関しては高回転型という事で冷却の重要性は説いておいた。
今度こそはオーバーヒートでクラッシュさせない事を祈っておこう(合掌)。
西暦2000年6月24日
AT3号のメンテナンスを実施。
50ピンSCSIケーブルの終端につながっているCD-ROMドライブのターミネータが有効になっていなかった事が発覚(大汗)。
良くこれでまともに動いていたものだ(苦笑)。
対策として内蔵用(パッシブ)ターミネータを挿入。
ついでに68ピンのケーブルの方も、HDD内蔵ターミネータを切ってアクティブの外付けターミネータを取り付けた。
この作業中、AT3号に入れてあるグラフィックカードのRevolution 3Dを取り出して、暫し眺める。
グラフィックカード狂いの薙澤君をして「理想に限りなく近い」と言わしめた素晴らしく平明な画質のグラフィックカードだが、こうしていざ取り出して眺めてみると、昨日彼に送ったImagine 128(初代)の直系の後継カードである事が良く判る。
あの高価なカードからすれば、このカードなどは非常に廉価な製品であった訳だが、実はそのコスト差の大半はImagine 128チップそのものが喰っていて、それどころかRAMDACについてはRevolution 3Dに積んである方が格上(IBM 526)だったりする。
今の目で見るとかなり大きく見える、Revolution 3DのTicket to Rideチップが小さく見えるというのだから、それよりかなり大きい初代Imagine 128チップとは一体何だったのだ、と言う話にはなるな(苦笑)。
西暦2000年6月25日
岩本隆雄の「星虫」がソノラマ文庫から再発されたので速攻ゲット。
・・・そうか、ついこの前の事の様に思っていたが、新潮社文庫ファンタジーノベル文庫から出てからもう10年も経っていたのか・・・(驚)。
本当に良質なジュブナイル小説だけに、長いこと店晒しにされていた(新潮社がバブル期に酔っぱらって始めた(苦笑)、同社のファンタジーノベル文庫が早期撤退となった時点で絶版)のを残念に思っていた作品だが、よもや10年も放置されるとはなぁ・・・(溜息)。
まぁ、新潮社の芸風からすればかなり「外れた」作品なので、ソノラマ文庫への移籍は妥当な所だろうし、その一方で非常に良く出来た作品なので(加筆訂正による2000年版として)再発されるのは誠に喜ばしい事だ。
実際、そう思っているのは私だけで無い様で、書店を何軒か回ってみたが新刊平積みの内、「星虫」の部分はどの店も山が低くなって(店によっては全く無くなって)いた。
まぁ、最近のソノラマのこの手の作品の通例に漏れず、この作品も鈴木雅久(「エリアル」や「帝都探偵物語」などのイラストで知られる)がカバーイラスト/挿し絵を担当しており、買った人間の大半はその魅力的なカバーイラストに騙されただけだ(笑)、という話もあるが(苦笑)。
ちなみにこの作品、初版上梓時は新潮社らしからぬ事に(笑)、「銀河英雄伝説」のコミック化を担当した道原かつみがイラストを担当していて、そっちはそっちで非常に魅力的だったのだが、うむ、こっちのヒロインもエエのう(爆死)。
AT2号機の内部を一部改装。
Ultra Wide SCSIの外付けコネクタ(IW-Q500(筐体)の背面にあった謎の開口部に取り付ける為のバックパネル付き)を入手したのでやる気になったのだが、事のついでにHDDのマウント方法も改善する事にした。
まぁ夏だしね(笑)。
冷却を考慮してあれやこれやと移設・組み替えを実施。チェックは後回しという事で今日はここまで。
西暦2000年6月26日
昨日いじったAT2号機の起動テスト。
・・・何じゃ、このNo ROM BASICつぅのは(死)。
オリジナルのPC/ATってROM-BASIC持っていたかなぁ?
気を取り直してチェックしてみると、システム起動に必要なMBR(Master Boot Recorder)が書かれているSCSI Channel AのID #0のドライブ(Seagate社のST34501W “Cheetah 4LP”)が動作していなかった。
どうも電力が正しく供給されていないらしい、という事で一旦電源を切り、念の為に電源BOXからコンセントに伸びるケーブルを抜いてから、電源BOXから伸びる5/12Vケーブル群と各SCSIケーブルをチェック。
念には念を入れて、それらのコネクタを尽く抜き差しして確認してから電源ケーブルをつなぎ、電源On。
・・・おお、今度は動いた(喜)。
某IRCチャネルで古い98の事が話題になる。
・・・そうだよなぁ、売れたGA-1024Aは憶えていても、先行したGA-1024Wを憶えている人ってのはかなり古い人に限られるよなぁ(苦笑)。
いや、そもそもそれ以前にGA-1024A/1280A自体既に化石デバイスだ(笑)。
PC-9821AnにK6-III 450MHz + メルコN4下駄 + I-OのPK-686P125の下駄部分で480MHz駆動(核爆)に成功した人がいる、なんて話もしたけど、こーいう旧式機で必死に強化を繰り返す人の話ってのは何故かこう、強く胸を打つものがあるのだよなぁ(苦笑)。
FSB 66MHzのCeleronをFSB向上でオーバークロックってのは何というか、単純に物凄く厚かましいって印象があるのだが、マザボ交換の利かないマシン(例えばPC-98系とかFM-TOWNSとか)でそれ以上性能向上の手段が無くなって、文字通り最後の手段として藁にも縋る様な気分でのオーバークロックって奴だけは、何というか頑張れよ、って言いたくなる訳で。
例え外道外法でも愛が勝るからかなぁ(笑)。
西暦2000年6月27日
先日入手した、RIOWORKS PDVIAのパンフレット(英文)を読んでみる。
・・・何気に予想外の事が書いてあるなぁ(笑)。
そうか、Apollo Pro 133AってFastPageやEDOのDRAMが使えるのか(笑)。
でも、一体誰が使うのだ? そんなモノ??
取りあえずこのチップセットのこーいう八方美人な仕様こそが、PC/100 SDRAMに特化してメモリアクセスのレイテンシなどで限界ぎりぎりのチューンを施された440BXに基本性能で勝てない原因なのだろう(溜息)。
無論、Virtual Channel SDRAMのPC133 CL=2物を使った場合に限っては勝てそうだけど、VC-SDRAMってRIMM程でないにせよ、結構値段がするからなぁ・・・。
PC-98の強化について予備調査(謎)。
取りあえず、PL/PRO IIとNeo370は一組キープしておくべきか(謎笑)。
それにしても、98の中古価格下がっているなぁ・・・(溜息)。
西暦2000年6月28日
元町の高架下を彷徨う(笑)。
震災前と変わらず、怪しい店で一杯だ(苦笑)。
その内の1軒で中古CDを2枚ゲット。
1枚は坂田明の“MOOKO”で、もう一枚はあの早瀬優香子の「薔薇のしっぽ」。
“MOOKO”の方はNEC AVENUEのCDで、曲のタイトルの“ニッチモ サッチモ”でウケたので購入。
早瀬優香子の方は昔北九州時代に買った“Polyester”が良かった(というか凄く“妙”なアルバムだった)ので購入。
双方共に廃盤ってのは何とかならない物か・・・(溜息)。
西暦2000年6月29日
待望の「レッドサン ブラッククロス パナマ侵攻2」、「聖刻群龍伝」、それに「ケロロ軍曹 2」を購入。
RSBCは相変わらず凄いテンションで話が進んでいるなぁ・・・。
そうか、「ケロロ軍曹」のアシスタントにはあの「ゲノム」の古賀氏が入っていたのか。成る程。
ハーバーサーカスの祖父地図で16MBの5V EDO DIMMを1枚購入。
DIMMの誤挿入防止ノッチを見て3.3Vと5Vを区別する方法を思い出す(爆)。
これでお腹を空かせている(笑)Power Macintosh 8500/132のメモリがやっと56MBになった。
この期に及んで尚64MB以下というのも情けない話だが、実際問題として、内蔵のヴィデオキャプチャ機能をPlay Stationの画面をRGBモニタに映し出す為だけにしか、使っていないものなぁ。>PM8500/132
薙澤の人からViking II 9.1GBが届く。
試しに動かしてみると、凄まじい高周波の怪音(汗)をたてて回り始めた。
・・・何時死ぬか判らない様な感じだな、これは(苦笑)。
因みに、物理フォーマット後にベリファイをかけてみたら真ん中あたりの2%程が死んでいた(汗)。
取りあえずその部分は回避してフォーマットしたけど、心臓に宜しくない話だ・・・(溜息)。
西暦2000年6月30日
スニーカー文庫の最新刊、「アースリバース」と「エスカフローネ 劇場版」を購入。
うん、エスカの劇場版、観に行く気が無くなった(笑)。
多分、音楽と作画は凄いのだろうと思うけど、脚本がこの話に沿っているのだとしたら(恐らくそう大きくは逸脱しないだろう)、全然駄目じゃん(苦笑)。
そもそも元になったTV版自体、そういう傾向あったしなぁ・・・(溜息)。
雪印の食中毒事件がどんどんひどい方向に話が進んでいる。
朝、学校に行く前に朝刊を読んで母と冗談で話していた「患者1200人オーバー説」があまり冗談に思えなくなってきた。
昔、高校で保健教師をしていた母が言うには、「あの会社はあの頃から全然体質が変わっていない」との由。
何の事か? と聞いたら、雪印という会社は「定時制高校で夕方に学生に飲ませる牛乳を、真っ昼間から何の保冷対策も採らずに持ち込んで路上に放っておく様な事を平気でして、夕方直前に持ってくるよう何度要請してもまともに改善しようとしなかった」のだそうだ。
で、どうしたの?と尋ねたら、「当然そのままでは衛生管理上危険なので、その翌年から市内の殆どの高校で雪印に代えて森永を採用した」との事だった(苦笑)。
かくて愚かしくも不幸な歴史は繰り返され、愚者は歴史に何も学ぼうとしなかった事が証明されてしまった。
このままだと倒産するところまで行くぞ>雪印
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