いわゆる更新記録(靖間 誠PC日記兼用)
西暦2000年5月1日−5月31日分
西暦2000年5月1日
祖父地図で80mm径ファン用ガードを購入。
動作時の派手な騒音に悩むAT互換機2号機の電源ファンの排気口の騒音低減が目的で買ったのだが、残念ながら手間の割には効果は今一つであった(泣)。
これで騒音源は電源内蔵のミネベア製80mm径高速ファンと確定した。
この作業のあおりで2号機のFDD読み書きに異常が発生。
というか、セクタ0を読んでくれない(涙)。
健全な3号機と部品の相互交換を重ね、試行錯誤の末にどうもFDDケーブルの断線が原因らしいと判明したが、その時迄には実に3時間近くを費やしていた(号泣)。
当然、FDDケーブルは配線の整理を実施つつ在庫の健全品と即刻交換。どうにか旧態に復した。
高価なマザボの損傷でなかったのは、全くもって幸いであった。
西暦2000年5月2日
今日は姫路→岡山→新大阪→姫路と電車での移動を繰り返した。
私は基本的に鉄道好きだが、流石に1日にこれだけ乗るともういい加減厭になってくる。
西暦2000年5月3日
飾磨にある行きつけの散髪屋へ。
山陽電鉄5000系4連による阪神三宮行き特急であったが、姫路駅でふと隣を見ると隣の5000系6連に組み込まれた5500形(5511)の側窓の形状が未見のタイプである事に気付いた。
恐らく少しでも窓を大きくしようという努力と工夫の成果であると思われるが、通常の3000/5000系用3連ユニット窓が、この車輌に限って両端2枚固定で中央の1枚のみ上下2段式という何処かで聞いた様な仕様に変更されていた。
もしかしたら併走するJR西日本223系2000/3000番台の窓枠構造に想を得たのかも知れないが、シートピッチに対する窓柱のピッチがずれている5000系でのこの種の改装は逆効果ではないか? という気になった。
これなら5030/5200系の4分割した中より二枚を繋いだ大型窓、という構成の方がずっとスマートだ。まぁ、アレに交換するのが高くつく事は判るのだけど。
飾磨の某模型店でS.F.3.D版"PKA"を購入。
その勢いで、家に帰って先日入手していた“フリーゲ”を組み始める(苦笑)。
いや、やはり横山デザインのパワードスーツの胴体はどれ見てもキュートだね(笑)。
胴体が一通り組み上がった段階で満足行くのでそこから先がなかなか進まない(苦笑)。
いきなりプレイステーション用ソフトを買う。
川上稔の「都市シリーズ」のゲーム化された奴(OSAKA)で、初めて店頭で売られているのに出会えた記念にゲット(笑)。
・・・それにしてもいいなぁ、この「強襲型扇風機」とか「追撃型クーラー」ってセンス(笑)。
西暦2000年5月4日
今日は休日。
久々に、存分に眠った。
西暦2000年5月5日
今日も休日。
明日が地獄である事は自明の事なので、今日もまた泥の様に惰眠を貪る。
お陰で予定していた当サイトのコンテンツ更新作業は滞ってしまった。
まぁ、そういう事もあるさ(苦笑)。
西暦2000年5月6日
今日は朝・昼・晩で3*3=9時間の講義。流石に堪えた。
連休に続く土曜故か朝のバスの乗客は少なく、普段30分はかかる道のりを20分で走破してしまった。
お陰で普段ならぎりぎり乗れない1本前の新快速に乗る事が出来た。
まぁ、この時間帯は8分ヘッドで新快速が運転されている訳だし、1本前の便と言ってもラッシュの制約で大阪駅停車時間が長くなっているので新大阪駅着の時間は大差無い訳なのだが(苦笑)。
但し、当然ながら運転時刻が全く異なるという事は、普段の便なら見る事の出来ない列車に出会えるという事でもあるので、色々楽しめた。
山陽電鉄線上を必死になって走って行く阪神電鉄8000系による阪神梅田行き直通特急に、阪急三宮駅東方の上り本線上で折り返しの為に待機する、乗り入れの山陽電鉄3100系(何時の間に4連になっていたのだろうか?良く見るとTcの3619とMの3101の間を結ぶのに用いられていた同社初の電気連結器付き密着連結器も撤去されて普通の棒連結器になってしまっていた)、それに遠路遙々名古屋から大阪までやって来たJR東海のキハ85系“ひだ”。
その他も結構違っていたので、時間にすれば僅か8分の差なのだが、何やら随分異なった線区に乗車した様な気分になった。
旅行先の鉄道に1回乗っただけでその鉄道の全てを見聞きした様な気分になってしまう、という事が時にして起こりうるが、これこの通り毎日の様に乗っている路線でさえ、たった1便違う列車に乗車するだけで全く別の印象を受けるのであるから、その慢心した気分がどれ程危険なものであるかは言うまでもないであろう。
西暦2000年5月7日
今日は一日家で悪だくみ(苦笑)。
交渉・説得のスキルをフル活用して、親から倉庫に保管中のFM/AMチューナー(ST-S222ESA / SONY)の自室持ち込み許可を取り付ける。
で、倉庫からAHA-2940UW(AHA-2940Uと交換)と共に持ち帰って、喜々として各種機器に接続してみるも、電波状況劣悪という事で殆どのチャンネルが聴けなかった(泣)。
原因はどうも家の前に建っている某工務店のビルに遮蔽されて電波が届きにくくなった為であるらしかった。
そこで部屋の中にあれこれアンテナを張り巡らせてみるが、どうもNHK-FMの受信状態が宜しくない(泣)。
本命はこのチャンネルだったのだが、さてどうしたものか。
西暦2000年5月8日
夜の講義。
久々に最小自乗法という言葉を聞く。
これでも一応(苦笑)、大学では統計のゼミに所属していたので、流石というか当然というか、事これに関する限り解らない話は無かった。
が、こいつは文系一筋な人にはかなり辛いのじゃないだろーか。いきなり公式だけとにかく覚えろってのもねぇ・・・。
西暦2000年5月9日
今日は岡山。
病院からの帰りに大学に回り、後輩のM君にAdaptecのAHA-2940UWを売りつける(爆)。
先立ってメモリを売り付けたばかりの相手に我ながら血も涙もないとは思ったが、とにかくこれで漸く一息付ける。
西暦2000年5月10日
発売が大幅に遅れていた佐藤大輔の「レッドサンブラッククロス パナマ侵攻1」と谷甲州の「覇者の戦塵1943 激闘東太平洋海戦3」をゲット。
前者はRSBC-MLで乱丁?と騒がれていたが、確かにこれは変だ。
でもこれは製本段階ではなくて編集段階でのミスだろう。何しろページノンブルは正しい順序で打たれているし、肝心の文章自体も1ページの乱入(前々巻の冒頭)を除けば正しく繋がっているのだから。
察するに編集段階で本来兵器解説を入れるページに別原稿が混入してしまったものなのであろう。
まぁ、この本に関してはそれ以外にも色々凄い誤植(濁点の打つべき位置が違う、というのが何カ所かであったし、てにをはの欠落した文節も多々あった)が見つかってはいるのだが(苦笑)。
取りあえず内容については「日本軍女子航空隊」の創案に座布団一枚(笑)。
まぁ、盲点といえば盲点だが、その考えの卓抜さは流石と言う他無い。
これあればこそ、佐藤大輔の作品は凡百のクソ仮想/架空戦記から一歩抜け出ていられるのだ。
西暦2000年5月11日
今日は朝と夜の中抜け講義。
明日が休みなのでアレだが、滅茶苦茶きついスケジュールだった。
西暦2000年5月12日
どうにか一日休み。
半日近く眠って過ごしたが、何やら余程妙な寝相であったらしく、身体の節々が痛い。
AT3号機に内蔵していた2台のCD-ROMドライブの内、使用頻度が極端に低かった6.7倍速の東芝XM-3701を取り外し。
別に外した所で転用先があるという訳でもないのだが、3号機内部のSCSIケーブル配線の単純化にはこれの撤去が一番良いという事で実施に踏み切った。
その結果2つの変換基板と1本のケーブルの取り外しに成功した。
いくらSCSIのケーブル有効長の最大値がATAとは比較にならない位長いと言っても、出来るのならば余程特殊な事情が無い限りは接続ケーブルの全長は短くするに越した事は無い訳で、過去の経験もそれを裏付けている。
Intel 820チップセット、というかそのファミリーチップであるMTH(820のウリであるRAMBUSインターフェイスをSDRAMインターフェイスに無理矢理変換する為のチップ)に問題が発見されて全品リコールされるらしい事が発表された。
このIntel 820というチップセットに関しては、製造上の問題による最初の予定での発表期日の大遅延に始まり、RIMMの信号線インピ−ダンス(厳密に28Ωだったか、確か)の不整合に起因するリファレンスデザインの暫定的というか泥縄的な改訂を迫られての発表直前でのドタキャン延期、それに伴うメモリメーカーのRIMMからの離反とRIMM価格の高値安定、そして止めに今回のMTHの不備発見、と最近のIntelの迷走ぶりを象徴するかの如き散々な混乱ぶりで、事ここに至ると最早呪われていると言う他はあるまい(苦笑)。
これまでもIntelには不幸の星の下に生まれついたプロダクツが幾つか(初代Pentium(P5)とか)あったが、この820を取り巻く一連の騒動は、それらの中でもとびきり酷い物の様に感じられる。
先代に当たるFW82443BX+FW82371EBによる所謂440BXが余りに秀逸な設計(PC/100 SDRAM対応で、ノース/サウス両ブリッジ間をPCIバスで結ぶアーキテクチャのチップセットとしては、これ以上の性能の製品を作るのは極めて困難なのでは無かろうか?)であったから、それ以上を作ろうとすれば何か余程の技術的ブレークスルーの実現が必要と言うのは道理で、その意味ではIntel社がメモリの帯域幅の問題に着目したのは正しいと思うが、インピーダン不整合というソケット接続をする電子デバイスにとっては業病とでも言うべき問題で、インピ−ダンス管理に極めて厳格かつデリケートなRAMBUSアーキテクチャを採用したのは果たして本当に正解だったのだろうか?
このあたりの推移を見ていると、かつての純正PC/AT全盛期にそれを打ち切って全くの新規格であるMicroChannelアーキテクチャを採用したPS/2に移行しようとして、かえって巨大なシェアと業界標準の座を喪ってしまったIBMと同じ失敗をIntelは犯しつつある様に見えてならないのだが・・・。
取りあえずは、この危惧が杞憂である事を祈っておこう。
西暦2000年5月13日
新大阪駅のキオスクで「田宮模型の仕事」(田宮俊作/文春文庫)を購入。
3年程前にハードカバーで出版されていた同題の作品の文庫化だが表紙カバーの感じが絶妙に「タミヤ」な感じなのがナイス(笑)。
同社製プラモデル製品数ある中で、よりによってMM(ミリタリーミニチュア)シリーズのフィギュアが表紙に出されている当たりを見て、流石だなぁ、と思った。
内容に関してはとにかく素晴らしいの一言に尽きる。
成る程、これだけモノが良く見えて熱意に溢れた人が率いていたからこそ、タミヤは世界のタミヤたり得たのだ、という事が良く解った。
西暦2000年5月14日
勿体なくなって(笑)、AT3号機からAHA-3940UWDを抜き取り、元のDC-390Fに戻す。
いずれはこれもAHA-2930U2かASC-29160にでも置き換えてしまいたいところであるが、如何せん先立つものが無い(苦笑)。
さて、これでAHA-3940UWDは予備に回った訳だが、実は机に引き出しに剥き出しで(当然下には導電性スポンジのシートを敷いたが)入れて、時々取り出しては眺めて楽しんでいる(爆)。
これはこういった手の込んだ高級カード(これの場合、元の定価は確か7万オーバー)でもないと全然楽しくも何ともないのだが、流石にこのクラスの充実感や気合いが溢れる複雑な構成のカードだと、見ていてなかなか飽きない。
何やら爺むさい気もしないでもないが、これはこれで結構な楽しみ方だと思う。
いずれPC-9821Xv13/W16を取り出して再び使える状況になった時にはそちらに挿して使用する予定だが、いやつくづくPC-9821Rv20とかRvII26とかを買わなくて良かった(苦笑)。
確かにあっちの方が基本スペックは上なのだけど、PCI SCSIコントローラがオンボード実装(それも私にとっては好ましくないAIC-7860によるUltra SCSIオンリー仕様だ)というのでは、こういった豪快スペックのSCSIカードはNEC純正のRAIDカード以外、それこそROM抜き取りでもしない限りは挿せないものなぁ(笑)。
いずれにせよ、Ultra 320規格がどうのという話をしている最新SCSI事情を考えると、これは最早自己満足以外何物でもないのではないか? という気もするが(苦笑)。
西暦2000年5月15日
Newmotion社製の“USB 2 ADB”(その名の通りUSB-ADB変換アダプタ)を購入。
これに手持ちのApple拡張キーボードを繋いで、AT2号機でUS101配列互換キーボードとして使いたくて購入したのだが、果たして正しく認識されるだろうか?
もし仮に失敗でも、少なくともiMacや昨今のG4 Power Macでの動作は保証されているので、最悪将来への伏線(謎)という事で誤魔化すという手もあるのだが(爆)。
ちなみに、これは我が家初のUSB対応周辺機器だ。
USBインターフェイス自体は、我が家初のPC/AT互換機用マザーボードであるGA-586HX2以来私が購入あるいは借用し使用した合わせて11枚のPC/AT互換機用マザーボード全てに搭載されてきた(そればかりかBaby-ATフォームファクタのGA-586HX2・MS-5164・GA-586SGの3枚についてはオプションの専用ブラケットまで取り付けていた)のだが、何しろ私はWindows NTの人だったので(笑)USBは使いようが無くて長らく放置してきたのだ。
キーボードやマウスについてはOS側がサポートしていなくてもある程度は誤魔化せる(ソフトウェアとして見た場合には感心しない事なのであるが、最近はPS/2のキーボード/マウスインターフェイス互換としてBIOSレベルでかなりの所までエミュレートする様になっている)筈だが、何しろ只でさえトラブルの絶えないM$社のOSであれば、まさか常用するOSでまともに対応していないデバイスを使用する訳にも行かなかったのだ。
逆に言えば私が使う気になったという事は、それだけUSBインターフェイスについてのOSでの対応が一般化/普遍化したという事になる(笑)。
西暦2000年5月16日
今日は岡山。
病院に向かう前に、姫路駅にある某模型店でF.S.S.の1/144“レッドミラージュ”(WAVE社製インジェクションキット)を、余りの出来の良さに思わず衝動買い(爆)。
・・・いかんなぁ、財政状況滅茶苦茶厳しいのに(溜息)。
帰宅後、昨日買ったUSB 2 ADBにApple拡張キーボードを繋いで動作チェック。
・・・おお凄い、マザボのBIOS設定画面でもちゃんと101キーボードとして動作しているぞ、これ(驚)。
かつて知人の薙澤君が最初にPC/AT互換機を組んだ時、98配列のNX用USBキーボードを繋いだのだが、何故かBIOS画面では反応しなかったのを覚えていただけに、今回Apple拡張キーボード+USB 2 ADBが無事動作した事には、正直言って軽い驚きを覚えた。
ちなみに今チェックしているのはWindows 2000 Professionalであるが、アダプタもキーボードも共にHID(Human Interface Device)の標準デバイスとして認識されているので、恐らくWindows 98でも同様の動作を期待出来よう。
今回の成功で、混沌の直中にあったキーボードの整理/仕様統一問題は漸く一歩足を踏み出した事になるが、根本的な問題としてUSBをサポートするOS以外では原則的にこのキーボードが動作しない(筈)、という話もあるので、この辺についてはもう少し考える必要はあろう。
余談だが、Apple拡張キーボード(恐らくIIも同様だと思うが)にあってIBM 標準101キーボードに無い3つのキーの内、SPACEキーの両端にあるコマンドキー(で良かったんだっけ? 要するにリンゴマークのついたキー)は104/109キーボードのWindowsキーよろしくスタートメニューのON/OFFとして動作する事が判明した。
また、Apple拡張キーボード/IIの場合、テンキー側に「=」キーがあるのだが、これは反応しない。察するに、これに関する限りは101配列に無いキーは無視されているという事か。
無変換/前候補/カタカナ(代表例で示した)の3つのキーを押し込んだ関係でSPACEキーの短い109配列キーボードでは、キーの幅をいよいよ狭くする(いや、SPACE自体は106/109で変化していないのだけど)Windowsキーの挿入は悪夢以外の何物でも無い訳であるが、そういう鬱陶しいキーの無い(苦笑)101/104系でのWindowsキー等の挿入はそれ程邪魔に感じない。
だからこそ、Windowsキーが新設されたのであろうが、状況の異なる何の対策も講じずに日本語キーボードにそれを導入したのは、発表当時も疑念を抱いた事であるが、これはどうかと思う。
つまり、間違いの上に間違いを、言い換えれば屋上屋を重ねるが如き格好で実際の使い勝手と完全に乖離した配列が業界標準として一人歩きしているのではないか、と。
IBMのFEP/IMEの都合だけでデザインされた106キーの配列は、現状を考慮すれば様々な意味で駄目なのではないか? と思うのだ。
西暦2000年5月17日
今日は非常に多忙だった。
そう書くしか他に表現の仕様が無い、厳しい一日が過ぎた。
西暦2000年5月18日
ポン橋の祖父地図で中古のApple Extended Keyboard II(M3501)を1つゲット。
殆ど日焼けのない、かなり状態の良好なブツだった。
但し、何やら良く解らない黒い汚れが付着していて、見た目だけなら日焼けのひどかった他の同等品よりも余程汚かったのだが、こういう場合付着した汚れは大抵どうにか落とせるが、不可逆性の化学変化である日焼けは最早どうしようもないので、こういう場合は日焼けの少ない/ない方を選ぶのが正解だろう。
裏を見るとMaid in USAの恐らくは末期生産品で、意外と安かったので買ってみた。
無論、USB 2 ADBあればこその購入決定なのだが(笑)。
帰宅後、早速分解清掃開始。
キートップを全部外し、本体を無水アルコールを含ませたティッシュで徹底的に拭いて付着していた黒い汚れを綺麗に除去し、剥き出しになった基板上に積もっていた埃を同じくアルコールを含ませた綿棒で丁寧に拭い去る。
そして最後に外したキートップを一つずつ丹念に拭って再度組み付け、作業完了としたのだが、この過程で一つ興味深い事が判った。
同時期のApple Keyboard IIがメンブレンだったので騙されたのだが、実はApple Extended Keyboard IIは純メカニカル、それもどちらかと言えばPC-9801RA付属キーボードの系列に近い(ほぼ理想的な)ノンクリックメカニカルスイッチを採用していたのだ(驚)。
正直言ってこれには本当に驚いた。
分解前に、どうもこれはメンブレンにしては厭にクリック感が良いなぁ、とは感じていたのだけど、これは全くもって嬉しい誤算だった。
・・・という事は今後はこのタイプのキーボードに限定して探索・調達をしておけば、(USB 2 ADB、あるいはADB→PS/2変換アダプタの用意さえ怠らなければ)PC/AT互換機とMacintosh系マシンの為のキーボードについてはOKという事になろう。
実際、Apple Extended Keyboard(M0115J)と比べるとやや趣の異なるクリック感(どちらかと言えばIIの方が一般的か)だが、これはこれで非常に素晴らしいから、それが比較的調達が容易であるというのならば全くもって申し分ない。
何しろまだ無理をすれば新品の入手さえ可能なのだから。
清掃後、再組み立てと調整を実施し、試しにキーを打ってみる。
・・・おお、これはなかなか。
何しろ中古で各キーのコンディションがバラバラ、という有様なのだが、Apple純正キーボード各モデル共通のキーストロークの浅さ(ほんの少しなのだが)の存在を考慮に入れても、やはりこれは良い出来の部類に入る。
何より、PC-9801RA付属キーボードに近いタッチでしかもAT互換機で問題なく使えるレイアウトの、しかも既製品のキーボードカバーが入手可能なキーボード等という、殆ど奇跡か冗談の様な代物がまだあったとは思わなかった。
全くもって灯台もと暗しと言うところか(苦笑)。
このキーボード自体は、大学時代のサークルの先輩であるPzi氏が使っておられたので、これまで何度も実見していた筈なんだけどなぁ・・・(苦笑)。
取りあえずは、入手が間に合った事を素直に喜んでおこう。
西暦2000年5月19日
Apple Extended Keyboard IIを再分解。
気になっていた基板はALPS製(Made in Taiwan)であった。
つまり、ALPS社は少なくともiMac登場前までは純然たるメカニカルキーボードのOEM生産・供給を請け負っていたという事で、今でもその気になりさえすればこういうキーボードの生産は十分可能なのではないだろうか?
まぁ、昨今のキーボード事情を考えるとそれはかなり困難そうではあるのだが・・・。
西暦2000年5月20日
書店で鉄道ファンと鉄道ジャーナルの最新号を購入。
鉄道ファンは最近何やらひどく誌面構成が下手になった気がする。
というか、これは読みにくい(泣)。
初代荻原編集長(名鉄7000系“パノラマカー”のデザイナー)の時代から、鉄道ファンは簡潔且つ美しいレイアウトと見事な写真が織りなすある種の気品に満ちた誌面がウリだった訳だが、ここ何年かそのバランスが悪くなっている様な気がしている。
例えば、白黒でスタイリッシュに纏まっていた構成を下手にカラー化して下品にしてみたり、読者の側の読む都合を考慮しない非常に独り善がりな割付をしてみたり、といった有様で、これでは正直どんなに見事な写真が掲載されていても読む気が失せる。
そういう意味ではこの雑誌を買い続けるのもそろそろ潮時かなぁと思ってみたりする。
1979年12月号(表紙はキハ183系900番台、確か特集は新幹線開業15周年その1だったか。考えてみたら8歳の時だ)以来、毎月休み無く買い続けて来た雑誌だけに愛着はあるのだが・・・。
ジャーナルの方は関西の鉄道に関する特集。
先月の鉄道ファンの特集でも取り上げられていたけれど、JR西日本による新快速の終日最高速度130km/h化は余程インパクトがあった様だ。
最近毎日乗っている電車だけに、その辺はあまり実感は無い(まぁ、確かに物凄い速度で走っているのは感じるけど)のだけど、特別な料金を徴収する特急ならいざ知らず、普通列車(快速・新快速・特別快速は原則的には「停車駅を飛ばす普通列車」の扱いだ)が特急並かそれ以上の速度で(それも転換クロスシート+補助座席を備える豪華な車輌を用いて)バンバン走っている(何しろ15分ヘッドダイヤだ)のだから、関東圏の感覚では確かに衝撃的かも知れない(苦笑)。
取りあえずは市場経済万歳と言っておこう(笑)。
このある意味驚異的なサービスの成立は、JRに並行して路線網を構築し、しかもサービス競争に情熱を燃やし続ける関西私鉄各社の努力があればこそ許されたものであり、ある意味中央集権的な路線網を構築したが故に、サービス競争に対する情熱を持たない関東私鉄(こう言っては何だが、関東に私鉄数あれど、本気でサービス向上に精力を注ぎ続けているのはJR横須賀線と併走するが故に手抜きの許されない京浜急行電鉄位のものだろう)に囲まれてとにかく大量定時輸送さえ出来れば許されてしまう(各私鉄を含め、それが出来ない時にどれだけの罵声が浴びせられるかを考えれば明らかだと思うが)JR東日本ではまず実現不能なものであろう。
新快速や京阪特急が当たり前の感覚になっている私などからすれば、湘南電車や常磐線などの長距離列車が殆どロングシート車で運行されているというのは正気の沙汰ではない。
逆に言えばそういうのを当たり前のものとして見ている東京の出版社の側からすれば、関西の現状というのは何か一種異様なものと受け止められているのかも知れないが(苦笑)。
西暦2000年5月21日
Apple Extended Keyboard(初代)とApple Extended Keyboard IIを並べて比較しつつ分解してみる。
興味深い事には、双方共基板上に制御用コントローラとしてIntelの80c49(小容量のROMとRAMを一体化したCPU。シリアル送受信機能も内蔵しているらしく、シャープのX1turbo/turboZやX680x0でもキーボード内蔵CPUとして愛用された)のセカンドソース品を実装しているのだが、初代はNECの80C49HC200で、IIの方は東芝80C49AP6-6771だった。
何と言うか、Appleの刻印の付いたNEC製Intel系CPU(80c48/49は8008を祖とする80系CPUの傍流に当たり、組込用コントローラに不要な機能を削除してCPUバスサイクルから何から整理されているので8080/8085とは直接的な互換性は無いが、紛れもないIntel系CPUである)というのは何処かおかしみが感じられる(笑)。
因みに初代の方は恐らく88〜89年製、IIでもケース内部の製造刻印から恐らくは95年後半の製品であると考えられる。
つまりIIでも5年、初代に至っては実に10年以上前のブツだという事で、キーボードというジャンルがこの10年まるで進歩していない(いや、寧ろ退行しさえしている)事を痛感させられた。
西暦2000年5月22日
ハーバーサーカスの祖父地図でRIOWORKS社のPDVIAなるApolloPro133A搭載Dual Slot 1マザーボードを見掛ける。
ああ、遂に出たか、という感慨はあるが、基板上にパターンはあるのにIntel82559(LAN)・SCSI(LSI Logic社製Ultra 160 SCSIコントローラ)、それにISAスロット1本の実装が省略されているのはちと寂しい。
せめて82559だけでも積んでいてくれていたなら多少でも食指が動くところなのだが・・・。
Apple Extended Keyboard II用のキーボードカバーを探して神戸とポン橋を彷徨う(苦笑)。
・・・何処へ行ってもiMac用のキーボードカバーならば各種取り揃えているのだが、旧製品のカバーは尽く在庫していなかった(泣)。
まぁ、確かに旧製品には違いないのだけど、キーボード本体は在庫しているのにカバーを置かないというのはどうかと思うぞ。>某ショップ
結局、散々探し回った末にポン橋のJ&Pで在庫しているサンワサプライ製を2枚ゲット。
実を言えばエレコムの分は何軒かで見掛けたのだが、昔(と言っても93年の話だが)、あそこのX680x0用キーボードカバー(そういう製品がかつてあった)を買った時にあっという間に劣化して以来、同社製のキーボードカバーがどうしても信用出来なくなっているので、98用を買って良好だったサンワサプライ製品を探していたのだ。
まぁ、もしかすると今のエレコム製は問題ないのかも知れないけど(苦笑)。
会社が地元にある(昔私がNECの店頭派遣のアルバイトをしていた頃に、DE○DE○の某店に開発担当らしき2人組が現れて、「試作品のプリンタ用カバーを店頭展示の対応プリンターに被せてチェックさせて下さい」と依頼された事があった。成る程、現行製品しか原則対応しない筈だ、とその時思った(苦笑))関係で岡山ではサンワサプライの製品はそれこそ各ショップに溢れかえっていたのだけど、こうしてあの街を離れてみると、それが如何に特殊な状況であったかが良く判る(笑)。
某Stand byでPC-9821Xv20/W30の中古品を見る。
お値段何と¥89800(税抜)。
確かにウチのXv13/W16を含めXv/W系は出来が良いけど、そんなに高く評価されるモノなのだろうか?
Ra266あたりでもそんなにしないのだけどなぁ・・・
やはり素直なTritonHX搭載マザー、それもPCIバススロットが正味3本、Cバススロットも4本使える事が評価されているという事になろう。
・・・実際、標準デバイスがダメダメの末期98では拡張性(だけ)が正義だものなぁ(苦笑)。
まぁ、仕方ないという事か(苦笑)。
西暦2000年5月23日
昨晩から体調不良。
かなりの下痢。
ここへ来て3月後半以来の強行スケジュールの無理が祟りつつあるという事か。
にもかかわらず岡山へ(爆死)。
700系“ひかりレールスター”に乗車。
うむ、この列車はやはり指定取ってナンボだな(苦笑)。
自由席は悪くないけど、良くもない。
この列車の指定席車は、間違いなくJR西日本の車輌だ、というある種の理念あるいは一貫した哲学が漂う秀逸なアコモデーションなのだけど、自由席車の方はJR東海流の人間を高速輸送する機器としての内装デザインを引きずっているのでかなり辛い。
何というかもう一度どうしても乗りたいという感覚が全く起きない代物なのだ(爆死)。
無論、それでもあのクッションが堅く窮屈な115系金属バネ車による地獄の様な岡山−姫路間在来線各駅停車に比べれば天国の様なモノではあるのだけど(苦笑)。
2型5号、竣工。
約1ヶ月ぶりの更新と相成った。
恐らく、次回もこの位の周期となろう。
主な修正・追加点はキーボード関係に集中している(まぁ、最近これしか触っていないものなぁ)。
実は鉄道関係(例によって下津井電鉄の台車)に関して新しい考察を行ったので更新したいところなのだが、如何せんそれに割く時間が無い(泣)。
母親の為に「特打 1」とやらを買ってくる。
どうも何処かで聞いた事のある声だと思ったら、そうか、清川元夢と島津冴子だったのか(苦笑)。
西暦2000年5月24日
中公のC-NOVELS Fantasiaの新刊(高野史緒「ウィーン薔薇の騎士物語2」並びに赤城毅「有翼騎士団3」)、それに鬼頭莫宏の「なるたる 5」を購入。
・・・相変わらず高野史緒はコワレているよなぁ(苦笑)。
先日買っておいたキーボードカバーをApple Extended Keyboard IIに取り付け。
・・・何やらキータッチがPC-9801RA付属キーボードにサンワサプライのカバーを付けた時と酷似していないか? これ??
取りあえずは慣れたタッチなので大いに結構。
西暦2000年5月25日
本日は天王寺にある大阪市立美術館で開催中の「日蘭交流400周年記念特別展覧会 フェルメールとその時代」と、中之島の大阪市立東洋陶磁美術館で開催中の「特別展 中国法門寺地下宮殿の秘宝 唐皇帝からの贈り物」を両親と一緒に鑑賞。
フェルメールの方は、本当にフェルメールの5点以外全く見る物が無くて(笑)、その5点を(芋の子を洗うが如き人混みをかき分けつつ)じっくり鑑賞してからさっさと退散し、淀屋橋に向かった。
但し、件の5点出展されていたフェルメールの作品については見事という他は無い。
技術的には、他に多数展示されていた同時代の有象無象の作家達とそれ程変わりはないと見たのだけれども、あの突出した鋭敏且つ繊細な光の感覚は、それだけで彼が時代の一群から抜け出した超の字の付く一流画家であった事が伝わってくる正に凄みのある部分で、他の画家達が2次元的にしか光を捉えきれず、故にひどく平板な表現に留まっているのに対し、習作時代に描かれた、他の画家の作品を模写した1点はそうでもなかったが、今回出展されていた4点の彼の作品においては4次元的に、そう、時間の概念さえ内包したかの如き光の制御が成立していて、文字通り「空間」が感じられたのだ。
それは、一見しただけであからさまに感じ取れる程に露骨な差で、他の作品を見るのがかなり辛かった程であった。
まぁ、フェルメール5点だけでは展示が成立し難かったが故の他作家展示であると思うけど、何と言うか無惨だった。
個人的には前売り券1000円(本当は1200円の筈なのだけど、近所の毎日新聞販売店で前売り券を求めたら1000円で良いと言われた)/5=200でフェルメールの作品1点あたり200円と考えればひどく「お買い得」な展覧会だったと思う。
取りあえずあの人混みさえなければもっと良かったのだけどねぇ・・・(苦笑)。
「法門寺地下宮殿」の方はガラガラだった。
・・・ブランド志向というのか、著名(そうな)西洋絵画の展覧会なら見に行くけども、こういう「骨董」あるいは考古学的なカラーの強い展覧会となるとどんなに内容が優れていても途端に人が集まらないと言うのはどうかと思うぞ(溜息)。
今回に関しては、内容の濃さ、あるいは凄さ、という観点でこちらの方がずっと上だ、というのが私の個人的見解だ。
無論、絵画と工芸品を同列で比較する事の愚かしさは重々承知しているが、展覧会としてのある意味客観的な「格」というのはやはり存在する訳で、そういう次元で考えると、「〜法門寺〜」の方が(一般受けはしないだろうけど)クオリティが高いと思うのだ。
会場となった東洋陶磁美術館自体、今は無き安宅産業という中堅商社のオーナーが 会社の金までつぎ込んで精力的に収集した東洋陶磁の一大コレクションが中核になっていて、そのコレクションのあまりの素晴らしさ故に散逸を惜しんだ住友グループ(安宅産業が倒産した時に事後処理を引き受けた)が、大阪市に気前良く寄贈してしまった、というとんでもない経緯で成立した(80年代に新規開館した公立美術館としては異例な程に)超一級の美術館なのだが、そういう所だけに常設展の内容が尋常では無い位ハイレベル(何しろ国宝や国指定重要文化財が館蔵品としてゴロゴロしている(笑))で、ひどい場合には「先に特別展をご覧になってから館蔵品をご覧下さい」などという案内(さもないとせっかくの特別展が無惨な事になってしまう)を出す事さえあった。
そういう所であるが故に、なかなか美術館の格に見合った特別展が開催しにくい傾向があるのだけど、流石というか今回の特別展は観覧後に常設展を見ても全く見劣りがしない、極めて高水準の展覧会であった。
内容についてあれこれくだくだしく述べるのは野暮なのだが、いや、盗掘にあっていない完品の中国の地下遺跡(それも唐だから1200年程昔の代物)って凄いねぇ・・・(溜息)。
何しろ碑文の形で(寄進者名や器物の正確な名称が記載されている)詳細なリストが付いているのだから、研究も周辺・背景等も含め凄くはかどる訳で。
展覧会のタイトルでは「地下宮殿」という、ある意味事実に反する表現(本来は仏舎利を荘厳する為のものであって宮殿ではない)が用いられているけれども、それを用いる事を許したくなる位には見事な品物ばかりだった。個人的には本物の錫杖が思いもかけず拝めた事で満足だ(笑)。
それにしても、唐の「秘色青磁」って文献(「ひしき」という名で源氏物語にも出て来る)だけの存在で現存例は無いと思っていたけど、本当にあったものだったのか・・・。
つくづく中国は奥が深い(笑)。
西暦2000年5月26日
ALPS DOS/V-KB Model KB001を分解してみる。
すると意外な事にこいつの基板(当然の様にALPS社オリジナル設計品。コントロール基板とキースイッチ部を結ぶのにフィルム配線が採用されていたり、基板上の部品の半田付けが全て表面実装となっているあたりに新しさを感じる(苦笑))上に実装されたキーボードコントローラはIntel純正のS80C52-1、つまりApple Extended KeyboardやX1 turbo系で多用されていた80C49のファミリー上位に当たる(80C48/49/51/52は一まとめにしてMCS-48ファミリーと呼称される)16bit CPU + RAM + ROM + I/O コントローラを1チップ化した製品であった。
ここで気になってSEGAのTERADRIVE Keyboard 106(HTR-2106)も分解してみると、果たしてこちらにもIntel純正の8051AHが搭載されていた。
要求される機能等を考えると別に8bit CPU内蔵の80C48/49系でも構わない様な気がするのだが、何故かPC/AT互換機用キーボードのコントローラは80C51/52系で揃っている様だ。
機能的な話をすれば、PS/2コネクタで接続される所謂“レガシー”な仕様のキーボードは電源投入後の挿し抜きは御法度(初期化時に特別で複雑なプロトコルを用いてPC本体側コントローラと通信をしているらしい。実行中に抜いて挿し直すと認識されなくなる事がある)訳だが、下位のコントローラを積んだADB準拠のキーボードやX1 turboのキーボードが挿し抜きした位では特に問題が出なかった事を考えると、一体何をしているのやらと思う。
逆に言えば、MacintoshやX1系のキーボードコントローラはかなりエレガントな設計であったという事で、実際基板を見ても非常に簡潔且つ綺麗に纏まっている事が判る。
ここまで来ると毒喰らわば皿まで(爆)という事で、AT3号機に接続して使用中のメーカー不詳PS/2コネクタ付き109キーボードも分解。
こいつのコントローラはSTRONGMAN-ELEENなる表記の入ったE34201AEなる謎のチップだが、Intel 1980の著作権表記が入ってもいたので、年号から考えて恐らくこれもセカンドソースによる80C51/52系のコントローラであろう。
ちなみに基板裏側にはSMK-WIN95 DOS/V 109なる表記があり、貼られたQCチェックマークのシール上にもSMKの社名が印刷されていたので、これはSMK社から他のベンダに対してOEM供給された製品と判明した。
又、キートップを外して各キースイッチを観察してみると、上部にALPSの社名刻印があり、これも又ALPS社製メカニカルスイッチ搭載と判明した。
但し、流石は台湾製というのか、基板上の実装のいい加減さ、具体的にはコネクタ類やLEDの取り付けの不揃いぶりや、実装されているコンデンサの品質の悪さ(泣)が目に付いた。
折角上質なALPS社製メカニカルスイッチを搭載しているのに周辺部がコレでは非常に悲しい。
西暦2000年5月27日
車輌発達史シリーズ「南海電気鉄道」下巻とRSBC「パナマ侵攻 1」の改訂版を入手。
前者は暫く前に刊行されていた本であるが、予算と機会が無くて(涙)買わずにいたものだ。
後者はRSBC-MLでも報告されていた通りエラーのあったページを本来収まるべき図版と解説で差し替えられていた。
・・・それにしてもラピート(南海50000系特急電車)って格好が悪いね(苦笑)。
個々のパーツの品質は凄く良いのに全体を取りまとめるセンスが決定的に欠けている、というのは東急車輌がオリジナルとして設計・建造した各社向け優等車輌の多くに共通する悪癖(というか、あの会社は技術は飛び抜けて素晴らしいのに、デザインセンス最悪なのでものすごく損をしていると思うぞ)だが、中でもこの「ラピート」は最悪の部類ではないかと思う。
東急車輌製でデザイン的に素直に感心出来た特急車って南海の「サザン」用10000系特急電車位で、それにしても後年どんどん改悪されたしなぁ・・・(溜息)。
こと通勤車、それも切妻の機能性重視の経済車となると突如としてシンプルで機能美に溢れるデザインの車を造れる会社ではあるのだが、やはり得手不得手があるという事なのだろう。
帰宅途中に新大阪駅でキハ58系(オリジナルの急行色)6連に遭遇。
残念ながらグリーン車のキロ28が欠けていたが、かつて全盛期に乗車した急行「但馬」の事を思い出した。
方向幕を見ると“臨時”となっていたが、一体何の列車だったのだろうか?
姫路の某模型店でMa.KのRaccoonをゲット。
おお、本当に新パッケージになっている(笑)。
成る程、以前のMG誌でのインタビューで言っていた「キャラメルパッケージ」ってこういう事だったのね(苦笑)。
西暦2000年5月28日
今日は29回目の誕生日。
カウントダウン、開始(謎)。
意を決してApple Extended Keyboardのキースイッチを分解してみる。
苦労してケース部を壊さない様にこじ開けて中を覗いてみると、非常に薄く作られたマイクロスイッチとコイルバネ(キー反発用)、それに複雑な形状にカットと折り曲げ加工を施された板バネ(クリック感付加用)が基板面に対し垂直に並べて格納されていた。
ここであれこれ試してみて、各スイッチの板バネが経年劣化等で微妙に塑性変形してしまったのがクリック感の劣化の原因と判明した。
そこで板バネの矯正作業を開始。
105個の板バネを極力同じ特性が得られる様に調整せねばならないので大変だったが、どうにか全キーの調整を完了。
試し打ちに興じる(笑)。
取りあえずは様子が分からないのではっきりとしたクリック感が得られる様に調整してみたが、やや堅すぎる様にも思える。
これで調整方法自体は体得したし、このキーボード自体は予備なので急いで修正する必要はないが、近い内に暇を見つけて再分解・再調整を行う予定だ。
西暦2000年5月29日
ASCII DOS/V ISSUEの最新号を購入。
新連載として新型マザーボードの纏まった紹介記事が掲載されていたが、何故か(苦笑)TYAN製Dual Slot 1マザーボードが3枚紹介されていた。
Windows 2000の発売以降のPC/AT互換機市場のDualプロセッサ対応への急速なシフトのお陰で思わぬ注目を集めるTYANとSuper Microだが、高価ではあるが信頼性や品質の本当に高い製品が広く紹介されるのは誠に素晴らしい事だと思う。
この業界もあの不治痛の悪夢の様なダンピング同然(まぁ、中身は粗悪品の極みだったが)の価格での大廉売以降、「悪貨が良貨を駆逐する」パターン(必ずしも安い=品質が劣悪という訳ではないが、それでも利潤を追求して生産される工業製品である以上、かかった費用以上のものになろう筈は無く、良いモノを作るにはそれなりにコストをかける事が求められる)が横行してきたが、こういった米国系ハイエンドメーカーの再浮上でそういう風潮が少しでも変化してくれる事を切に願う。
恐らくこれから先、ネット端末として重装備なPCを組む必要が無くなる時がきっと到来するものと思う。
それは昨今の携帯電話でのiモードの爆発的な普及を見ても判る通り、或いはネット端末代わりに買われた例の多いiMacのヒットの指し示す通りで、htmlで記述されたページの閲覧とメールの送受信だけならば特にPCの汎用性は必要とされないからだ。
であるならば、そうなった時、今PC業界で主流をなしている低価格な事だけが売りのPC用マザーボードを生産販売しているメーカーはどの様な対応をとるのだろうか?
まあ、そうなったらそうなったで何処も上手く世渡りをしている様な気もしないでもないが(苦笑)。
西暦2000年5月30日
先日分解調整したApple Extended Keyboardを再分解・再調整。
先日同様に105個あるキートップを全て取り外し、手間をかけてはめ込み式のキースイッチ外装部を分解し、中に格納された板バネを取り出して形状を修正する。
うむ、やはり前回の調整は硬過ぎたな(苦笑)。
SPECTRA5400 Premium Editionの各OS(と言ってもWindows系限定だが)ドライバが更新されていたので、半泣き状態でDL。
回線の関係でエラく時間がかかった(泣)のだ。
とりあえずインストールしてみても、一体何処が前回からどう変わったのかさっぱり判らないのだが、Windows 2000用ドライバで遂にと言うか漸くと言うか、同OS上でのSPECTRA Video Port 600/600Aによるヴィデオキャプチャがサポートされたのは朗報であった。
ちなみに肝心の画質その他については、「Power Macintosh 8500/132標準搭載のビデオキャプチャ機能の方がずっと良い画が出る」というのが感想だ。
何と言うか、どうも細かい部分で齟齬がある、といった感じなのだ。
この辺に関しては93年のQuadra 840AV以来ずっとヴィデオキャプチャを開発して来たAppleに一日の長が有った、という事になろうか。
西暦2000年5月31日
帰宅後、先日購入した“奏(騒)楽都市 OSAKA”(PlayStation用ソフト)を初めてプレイ。
・・・参った。
冒頭に(多少怪しげな)大阪弁バキバキの先生が出て来るのだが、この叶綾(演ずるは久川綾(笑))先生、何というか俺的にストライク(爆)。
何より素晴らしい事にこの先生、ゲームの進行をサポートする案内役なのだ(爆)。
かなり大ダメージを喰らった(死)。
演技のハマり度も並大抵ではないが、キャラ的にも直球ストレートでグー(死語)。
・・・いかん、何を書いているのだ私は(汗)。
気を取り直して本編をスタート。
ぐはぁ、コレ俺的に大受け(爆笑)、も、もう駄目(笑死)。
「(ぐっと渋い声で)・・・岩井と書いてイワイと読む」
なんて江原正士(あの“カウボーイビバップ”最強のゲストキャラ(笑)、アンディ(自称ムサシ)を演じた人)に言われてもなぁ(笑)。
ああ、もっと早く探し出して買っておけば良かった(悔)。
1年程前に出て、殆ど売れなかった(つうか大して数を出荷しなかったらしい)ゲームなのだが、やはりこの個性の強いグラフィックが敬遠されたのかなぁ(溜息)。
個人的に見るとコレは凄く“アタリ”なんだけど。
少なくとも川上稔の「都市シリーズ」の読者なら一回はやれ、って感じではある。
それにしてもエエなぁ。
「気にせえへん気にせえへん、結構、有害なオヤジやから」って(笑)。
これから(可能な限り)毎日、ちょっとずつプレイ、って所だな。
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