いわゆる更新記録(靖間 誠PC日記兼用)
西暦2000年4月1日−4月30日分
今日で整理は切り上げ。
どうにか格好は付けたけど、後々物の出し入れに際して苦労しそうな気がする。
西暦2000年4月2日
AT3号機に入れてあったViking 4.5 SCAがお亡くなりになってしまった(合掌)。
異常が出たのでFDISK→FORMATを実施したのだがエラーが出て、やむなくSCSIカードのBIOSにあるローレベルフォーマット機能を使って物理フォーマットし直してみたのだが、クラスタ欠損が山程報告されたので結局諦めたのだ。
これは、あのMicropolisの4345のあまりの発熱に手を焼いて購入した私にとっては2つ目の7,200rpm級UW-SCSIドライブで、まず98に入れて使っていたドライブなんだが結局約3年の寿命であった。
AT3号機はこれしかHDが入っていなかったので、やむなく先日AT2号機に入れたDDRS-34560Wを転用(涙)。
現在の財政状況ではとても新規購入は出来ない(泣)。
この取り外し/交換作業のついでに、廃棄するVikingを分解して内部構造を母親に説明する。
まぁ、こういう機会でもなければHDの内部なんて見せられない訳で、良い機会だと思って見せたのだが、苦労の甲斐あって漸くHDの実体を理解してもらえた様だ。
西暦2000年4月3日
今日から学校で講義。事実上日曜以外は毎日出て行く事になる。
昼に梅田へ出て過去に行きつけだったビアホールのランチサービスで食事をとる。
この時グラスビアを飲んだのは秘密だ(笑)。
学校(西中島南方)と梅田の間は阪急京都線を使ったが、阪急はやはり良いと痛感する。
好きか? と問われたら間違いなく好きではない、と答えると思う(私はどちらかと言えば近鉄や京阪の方が好きだ)が、あの会社が良いか悪いか、という議論になると間違いなく良い、と答えるだろう。
良いものは好き嫌いに関わりなく良い。
ただ、その良さが嫌みになって鼻につくところがあり、それが「好きではない」理由の一つとなってはいるのだが(苦笑)。
実は、今日は昔行きつけだったレストランで昼食を摂るつもりでいたのだが、7年の歳月はその店を過去の歴史の彼方に追いやってしまっていた(号泣)。
もしかするとずっと前に何処かに移転したのかも知れないが、仮にそうであったとしても、恐らくその足跡を辿る事は叶わないだろう。
・・・良いレストランだったのだけどなぁ(溜息)。
傷心のまま、Loftに足を運び、上のレコード屋でTOM・CATの「FENCE」を購入。
過ぎ去った日々を想起する一時であった。
西暦2000年4月4日
今日も当然講義。
1ヶ月の遅れがあるのを取り戻す為にビデオ講義を圧縮高速モードで受講しているのでかなり辛い(苦笑)。
帰宅途中にMACROSS PlusのDVD第2巻が出ていたのに気付き、購入。
買ったは良いが、何時になったらちゃんと見る事が出来るやら(苦笑)。
学校のビデオブース備え付けのヘッドホンが余りに疲れるので、マイヘッドホン(笑)を持参しようという事になり、先だって整理した倉庫の中から再度発掘する。
K240DFというオーストリアはAKG社の古い製品で、随分長いこと放置していたのでくたびれていたけれど、機能チェックしたところ使えたのでこれで良しとした。
ま、とりあえず鳴りさえしてくれれば確実に学校のよりいいからOKなんだが(苦笑)。
西暦2000年4月5日
骨折の診察に岡山へ出向く。
ひかりRail Starは余程人気があるものらしく大混雑で、おまけに指定席も全席売り切れであった。
よって立って行ったのだが、お陰で怖い位の高速性を体感する事となった。
最高速度285km/hの700系でこれなのだから、300km/hの500系(台車は共通設計)の走りがいかばかりのものかは容易に推測出来よう。
この台車は川崎車輌→川崎重工伝統のOK(=岡村・川崎)台車の系譜に連なる軸梁式で、直進安定性と揺動特性が特徴的であるのだが、実際に乗車した感想としては相当に秀逸な設計の台車と見た。
岡山では駅前を走る岡山電軌が少し懐かしく感じられた。
西暦2000年4月6日
修理から帰ってきたPM-750Cでテスト印刷。
今までドットインパクトプリンタとレーザープリンタしか使った事がなかったので、インクジェット方式のプリンタは初体験なのだが、普通紙でも予想以上に綺麗に出るので驚く。
いや、単に修理前で狂っていた状態で印刷したのを見てこんな物かと思っていたのが悪かっただけだ、という話もあるが、やはりちゃんと色が出るというのは偉大だ(笑)。
その内フォトペーパーでも買ってきて試してみよう。
西暦2000年4月7日
今日もビデオ。
帰宅後、Windows 2000上でYMF-744のSPDIF出力が、実家にあるDAC(D-2 / ESOTERIC)に正しく入力されない事に気付く。
同じ条件でもDATデッキ(DTC-57ES / SONY)に入力した時にはちゃんと同期がとれてロックしていた筈の信号が、音声を出力した途端に同期が外れて鳴らなくなってしまうのだ。
2種類のケーブル(同軸/オプティカル)で試して駄目だった事から推測するに、D-2の入力精度の許容範囲がかなりシビアなのでは無かろうか? と思われる。
そういえば、P-2+D-2ペアの後で発表されたアキュフェーズのDP-90+DC-91ペアのDAC側、つまりDC-91にはSPDIF信号の同期精度を3段階に自動切換する回路が搭載されていたなぁ・・・。
西暦2000年4月8日
帰宅後、帰途に買っておいたEPSON純正のPhotoPaper2であれこれ印刷してみる。
・・・確かにこれは凄い。
まぁ、この機種の時点では目に見える位の粒状感が残っていた訳だが、これでこのクオリティが実現出来ているのだから、(機能的な意味で)現行最上位機種であるPM-800Cなら一体どんな画が出てくるのか、と少々怖くなる。
成る程年賀状シーズンになるとみんな買い換える訳だ(苦笑)。
問題は、これらのプリンタの性能をフルに生かせる程のソースを用意するのが極めて困難(笑)な事だろうか。
正直、つまらない家族自慢の写真程度ならばPM-750Cのクオリティで充分だと思う。
西暦2000年4月9日
今日もビデオ講義。いい加減目が疲れてきたぞ。
身体の方もいい加減疲れが累積してきていて、少々辛い。
だからという訳でもないが、帰途、CMI8738を搭載したSPDIF入出力付き超廉価サウンドカードを購入。
SPDIFの出力が(最大)24bit 44.1KHzであるというのが売りだが、これもD-2相手では分が悪かった様だ(苦笑)。
もっとも、SPDIFの問題についてはWindows側の構造的な問題も影響しているのではないのか、という疑念が生じている。
アプリケーションを起動しただけでSPDIFの同期が外れる(=何もしていない時には同期している)、という事は、アプリケーションが走る事がSPDIF信号のノイズ源となっている可能性があるという事で、この辺は何らかの対策なり手当なりの必要があるかも知れない。
ちなみにアナログのサウンドカードとしてみた場合には、これは最悪級の破滅的な出来だ(苦笑)。
まぁ、カードの値段が値段(約\2,000)だけにその辺については皆目期待してはいなかった訳だけど。
何しろあの宇宙サウンドで勇名をはせた(爆笑)、CMI8330のPCI版だものなぁ(苦笑)。
西暦2000年4月10日
今日もビデオ。
朝ラッシュに通学している訳だが、ここで少々不愉快な思いをする。
馬鹿野郎(いや、中年のババァなんだけどね)、混雑している車内で来るかどうかも判らない様な奴の為に厚かましい席取りなんかするんじゃねぇ!!
おまけに何だ、大声で騒ぐんじゃねぇ! TPOを弁えろ!!と叫びそうになった。
とりあえず中年女性というモノ(最早社会的な義務を果たす人とは認めがたい)に対する一般的な好意が尽く喪失させられる一件であった。
Vikingの死亡に伴うDDRS転用で不足しているAT2号機のHDD補充について検討してみる。
経済性や昨今の凄まじいまでのPlatter密度向上を考えると、多分Ultra/66のATA-HDDが正解だとは思うが、ATA-HDDをWindowsで使用した際に感じる反応の厭な遅延感を考えると、やはり高価であってもU2W/U160の高速SCSI-HDDが欲しい。
昨今の情勢下で行けばそれはとんでもなく贅沢な要求なのかも知れないが、これ迄がこれ迄だけに、今更引き返せない(笑)。
無論、大容量高速ATA-HDDをATA→UW-SCSI変換アダプタを介して使うという選択肢もあるが、これだとUltraWideSCSI止まりとなってしまう(U160対応のアダプタが出るなら喜んで(笑)買うけどね)訳で、折角U2Wのコントローラを搭載したマザーボードを使っているのにそれというのも我慢がならない(爆)。
まぁ、今のままで行けば恐らく不経済を承知で7,200/10,000rpm級のU2W/U160-SCSI HDDを買う事になるだろうとは思う。
SPDIF問題はやはりD-2の峻厳さに原因があった様だ。
というのは、必要が生じて引っ張り出してきた、ポータブルDATであるSONYのTCD-D3/7/8専用オプションであるリモコン/SPDIF入出力拡張ボックス(RM-D3)とSP-402Dを繋いでみたらあっさり信号がロックして、問題なくデジタル録音出来てしまったからだ。
やはり録音機は蛮用に耐え得る、という事か。
それにしても、D-2って厳しいというか、無茶苦茶手強いよなぁ(苦笑)。
それとも、サウンドカードのSPDIFってそんなにスカだという事なんだろうか?
現状から判断する限り、後者だという気がしてならないのだが・・・。
それでも、これらのカードの場合、SPDIFをサポートしたWindows 2000用ドライバが出てくるだけマシだ。
幾ら立派そうな事を言ってみても、Sound BLASTER Live!とかのWindows 2000用ドライバは当面SPDIFをサポートしそうにないのだから。
どれだけ高精度で高品質なSPDIFを搭載していてもソフトウェアがサポートしないのでは無いよりまだ悪いと思う。
期待していたオンキョーのSPDIF付きPCIサウンドカードがキャンセルされた現時点では、この問題を解決するにはやはり高価でもWindows2000をサポートするオーディオカードを買うしかないのかなぁ(爆死)。
西暦2000年4月11日
今日もビデオ講義。
そろそろクライマックスだ(笑)。
西暦2000年4月12日
今日は岡山へ。
やはり新幹線は楽しい乗り物ではない。
ハードウェア的に一つの完成に到達していたが故に、歴代新幹線中唯一「快適さ」に重点を置いたアコモデーションを備えていた100系の場合はそこまで露骨ではないのだが、機能性重視の方針が目立つ300系以降の新世代系列ではその傾向が強い様に思われる。
診察後、大阪へ向かったが、その帰途に新快速の車中から行き交う電車を眺めていて、ある事実に気付いた。
221系の中に、台車の横動を抑制するヨーダンパ取り付け準備工事が実施されている編成がある事に気付いたのだ。
まだダンパの本体は取り付けられていなかったが、モハ221-7を含む編成の各車でWDT-50系台車本体へのダンパ接合金具の組み付けと、車体側のダンパ支持架の取り付けが実施されていた。
探せば他の編成にも施工済み車があるのかも知れないが、これは一体どういう意図によるモノなのだろうか?
今更223系1000/2000/3000番台車が埋め尽くしている新快速運用に復帰する可能性は低いし、快速の最高速度の110km/h→120km/h引き上げであれば221系の基本性能で出来る(というか、新快速充当時には120km/hで走っていた)から、特に高速運転時の安定性向上を目的としたヨーダンパの追加は必要無い筈であるし・・・。
西暦2000年4月13日
AT3号機にWindows 2000 Professionalを導入。
途中までは快調にするするとインストールが進んだが、何故か再起動→Windows 2000起動中にリセットがかかる→再起動・・・という無限ループに陥り悩む。
で、あれこれ試したが埒があかず、怪しいと睨んだSCSIカードのDC-390Fを外し、予備だが定番のAHA-2940Uに挿し換えてみる。
結果は・・・無事成功、何事もなかったかの様にするするとインストール作業が進み、あっという間に完了してしまった(爆)。
OSの標準ドライバ(NTはともかく、Windows 2000の場合、Symbios / LSI Logic製SCSIコントローラは標準でサポートされている)でインストール時にまともに動かないTekramのSCSIカードはやはり厭だ。
元々NCR→Symbios→LSI Logic系SCSIコントローラにはろくな思い出がないのだが、これでその思いがいよいよ強くなってしまった。
確かにAdaptec製品は性能の割に高価(リテールのPCI SCSIカードの値段は論外じゃ)であるが、他が問題を出す様な状況下で正しく動作する事が多いのも確かだ。
同社製SCSIカードがオーバークロックに弱い事を指して「出来が悪い」と批判する向きがあるが、保証外の動作を要求しておいて動かなかったというのは断じて間違っている。
それは、Celeron 300AMHzを買ってきてFSB 100MHzで正常動作しないから不良品だと言ってショップに返品しようとした阿呆共の要求と何ら変わるところはない。
オーバークロックをするのは個人の自由というもので、私自身今更奨励しようとは思わないが、他人がするのを反対したり禁止したりする様な性質のものでもない。
だが、それゆえにこそそこで発生するリスクは全て実施者が背負うべきものであって、他人に転嫁してはならない筈だ。
その意味で、批判されるべきは定格の要求された通りの条件下で正しく動作しない製品ではないだろうか?
・・・まぁ、Adaptec純正品の値段が法外な傾向があるのも事実だとは思うけど(苦笑)。
西暦2000年4月14日
今日で漸くビデオ講義完了。
疲れた、とにかく疲れた。
帰宅後、S1837UANGのBIOS更新を実施。いつの間にか新版がアップされていた(苦笑)。
西暦2000年4月15日
今日は久々に昼まで爆睡。
やはり無理をしていたという事か(苦笑)。
夜にニュースサイトを確認していたらCanopusがSPECTRAシリーズ各機種用にWindows NT/2000への適応に重点を置いた新BIOSとそれに対応したドライバ&ユーティリティを各OS向けに公開していた。
・・・私の場合、要するにWindows 98/NT4/2000の3つ分のドライバ&ユーティリティをインストールしてから新BIOSに書き換えろって事か(爆死)。
取りあえず各OS対応ドライバは一応落として入れたけど、ファイルサイズの大きなユーティリティはどうしよう?
西暦2000年4月16日
意を決してSPECTRAシリーズ用新BIOS対応ユーティリティのダウンロードを開始したが、何度も失敗する(泣)。
最終的にはRegetを用いて落としたけど、今のウチの環境はテレホーダイ対象外なので約1時間以上に渡ったこれらの失敗は滅茶苦茶痛い(泣)。
全てのドライバ&ユーティリティの更新後、ビデオBIOSを書き換え。
・・・成る程、確かに使い勝手が改善されている。
ついでに、BIOS書き換えがWindows NT/2000上から出来る様になっているのは非常に宜しい。
というか他のマザボとかSCSIカードとかのBIOSもこうして欲しいぞ。
西暦2000年4月17日
今日は昼前に家を出て、夜11時半に帰宅。
しかも明日は朝から講義なので理論上の最大睡眠時間が五時間しかとれない(号泣)。
昼に密かに(笑)、満開製作所製X680x0用ATX電源接続キットを購入。
ご存じの方もおられようが、満開製作所は4/1にX680x0関連事業からの撤退を表明しているので、今後を考えるとこいつを押さえておく必要があると判断した。
もう一つ、68用のPS/2規格準拠マウスアダプタを買っておくべきかとも思ったが、マウスについては一応予備を持っているので今回は見送った。
というか、金がなかっただけの話なのだが(苦笑)。
実はX68030用の8MB増設メモリモジュールの中古も発見していたのだが、こちらも予算不足という事で涙を飲んで(泣)、今回は断念した。
・・・金があれば速攻ゲットなんだけどなぁ・・・(溜息)。
西暦2000年4月18日
やはりヘロヘロになりつつ大阪へ。
約一時間ごとにコーヒーをがぶ飲みし、頭から水をかぶって目を覚ますというサイクルを繰り返す事七回、どうにか2コマの講義を耐え抜いた。
今後もこの調子が続く事を考えると気が重いが、致し方ない。
終了後、何処をどう歩いてどういう風に電車に乗ったか良く判らないままに自宅に帰宅。
あっという間に熟睡モードに突入した。
西暦2000年4月19日
今日は岡山。
まだ骨に亀裂が残っていると告げられ、最低全治2ヶ月、出来れば3ヶ月欲しいと宣告された(泣)。
治療するのは良いけど、残り2回の自動車教習(及び卒業検定)どーなるのだろうか?
診察終了後、大学に出向いて後輩のM君にPC133 CL=3で128MBのDIMMを売りつける。
本当は外したくないが、いかんせん銭が無い(泣)。
その後、鉄研の後輩と会う。
そうか、新歓の時期だけはこの時間も出てくるんだよなぁ。
今年は今の時点で二人新入生が来たそうで、まずは目出度い。
まぁ、私には今更どうでも良い事なんだが。
帰宅後、AT2号機のWindows 98が飛んでいた事が判明。
最近皆目Windows 98を使っていなかったので気付かなかった。
・・・考えてみたら、サウンドコントローラ3つにSCSIコントローラが実質3つ載せた状態のマシンなんだもんなぁ。
実際、何かの拍子に不具合が顕在化しても文句は言えない状況だよなぁ、これは(苦笑)。
そうだな、取りあえずはWindows 98の再インストールからだな(笑)。
西暦2000年4月20日
今日は夜だけの講義。
やはりきつい事には変わりはない。というか夜は昼の2割増位で負担がかかる感じだ。
西暦2000年4月21日
Windows 98の再インストール、どうにか完了。
でも全然使わないんだよなぁ、Win98って(苦笑)。
ゲームをバキバキプレイするタイプの人なら必須なんだろうけど、Windows NT/2000で事足りる、というかその信頼性が必要な使い方をする事が多い私の様な人間の場合、Windows 98は「世間との互換性」だけの為に残っている感が強い。
まぁ、ゲームを全くしないという訳でもないのだけど。
西暦2000年4月22日
AT3号機に入れた10Base-TのLANカードの遅さに困って、intel製のIntel PRO/100+なる名前の100Base-TX LANカードを購入。
チップはThunderboltにオンボード搭載されているi82559で、Wake On LAN対応という事でケーブルも付いてきた。
流石は天下のIntel製だけあって、Windows 2000では無条件でいつの間にかドライバインストールされていた(笑)。
その後、某祖父地図でALPS製のDOS/V-KBなるそのままな名前の(笑)、中古106キーボードを購入。
OADGのロゴが入っていたのでもしやと思って買ったのだが、果たして90年代前半(恐らく93,94年頃)製の良質な国産メカクリックキーボードであった。
ショップでTYANのThunder 2400(i840マザー)を見掛ける。
言ってみればウチのThunderboltの直接の後継に当たる製品の筈なのだが、全然物欲が湧かなかった(苦笑)。
金は無いし今買い換えるつもりも全然無いけど、やはりThunder 2500の仕様見た後じゃぁ、アレは見劣りするよなぁ(笑)。
西暦2000年4月23日
漸く更新再開。
という訳で2型4号竣工。
今日は久々の安息日であったが、これの作業で全然安息出来なかった(苦笑)。
今後は2週間〜1ヶ月ごとの更新が精一杯だと思う。
故障してメーカー送りになっていた父のCDトランスポート(P-2 / ESOTERIC)と手持ちのポータブルDATコーダー(TCD-D7 / SONY)をオプティカルケーブルで繋いでWindowsゲーム(Typesの「いちょうの舞うころ」等の音楽がCD-DAとしてトラック2以降に収録されているもの)のCD-ROMからダビングしてみる。
・・・おお、何か聴いた事無い音が聞こえて来るぞ(爆)。
父のP-2はシリアルNo.が20003という超の字の付く初期ロット品(まさか相棒のDAコンバータであるD-2とのペアで定価が\800,000もした(無論、父は現行製品最後の時期に値切り倒して買った)この機種が2万台(セット)も売れたとは考えがたい(苦笑)から、頭の"2"はP-2を示すと推測される)で製造から既に約10年が経過している筈なのだが、流石は一時代を画した傑作機と言うべきか、そこいらの中堅どころのCDプレイヤーでは考えられない様な凄い音が出て来た。
ごく自然に、それでいて力強く足下からせり上がってくる様な剛直な低域、まるで限界など無いかの様に何処までも澄み渡る高域、そして、圧倒的な密度感の押し寄せてくる中域。
これまでPC上で、そして自分のCD/LDプレイヤー(LVD-Z1 / KENWOOD)で何度も再生して聴いていた筈の曲なのに、何処をとっても新鮮に、そう、まるで今初めて聴く曲の様な感じなのだ。
・・・やはり高級機はええのう(爆死)。
ただ、今回曲をダビングしていて気付いたのだが、DATのキャパシティというか潜在能力は、もしかすると私が思っていた以上なのかも知れない。
何しろ、LVD-Z1とP-2という2台のCDトランスポートの“性能差”を如実に再現して見せているのだから。
それが判ったのは収穫であった。
因みに、同じ曲を一旦PC上でWAVファイルとして吸い出し、それをYMF-744で44.1KHz→48.0KHz変換して出力されたSPDIF信号を録音した物とも比べてみたのだが、これは周波数変換が余程響いているのかダメダメであった(合掌)。
これでいよいよ“サウンドカード”が買いにくくなった(苦笑)。
西暦2000年4月24日
古書店で山口泉の「旅する人々の国 上下」(筑摩書店 1994)を発見、即購入。
この本は南の島の巨大学園を舞台にした某ネットゲーム(笑)のゲームマスター氏がその世界観構築にあたって、他の多くの作品と共に下敷きにしたという曰く付きの大作で、知る人ぞ知るポリティカル・ファンタジーの大傑作なのだが、多からぬ数の初版が上梓されたきりで私自身長らく探して来た作品であった。
実はこの作品は以前、その存在(及び山口泉という作家そのもの)を教えてくれた知人のMolice君から探索を依頼された際に今回と同じ書店(その時は何故か小説ではなく「旅行」(つまり旅行案内とか)のコーナー(笑)に置かれていた)で見つけて買い、彼に渡すまでの暫くの間に読んで自分も欲しくなったが見つからなかった(岡山で上下2冊セットを見つけたと思って買ったら何と上巻2冊だったなんて事もあった)という曰く付きの一品で、まぁいずれ巡り会う事もあるだろう、という程度に考えていたのだが、よもや同じ書店で2度買い求める事になろうとは思わなかった(苦笑)。
これでこれ迄に公刊された山口泉作品の内、未入手は(私の知る限りでは)後1冊か2冊。焦らず、ゆっくり探すとしよう。
西暦2000年4月25日
モデルグラフィックス6月号を購入。
“横山宏、そして「マシーネンクリーガー」という物語2”という特集が目当てで買ったのだが、果たして期待以上の充実した内容であった。
それにしても、MGってどうしてあんなに綺麗な写真を出せるのかなぁ?
創刊直後のあの不思議な「マシーネンクリーガー・ブレッヒマン(横山氏のSF3Dに続くオリジナル世界。タイトルを直訳すると“機械戦士ブリキ男”(苦笑))」に始まり、「ガル・フォース」、最早伝説と化した感さえある「ガンダム・センチネル」、そして今回の「MaK」、と回を重ねる毎にどんどん経験値がアップして、最早他誌の追従を許さない域に到達している様に思える。
無論、掲載されている作例(通常、HJ誌とかではこう呼んでいるけど、MGの場合は最早唯一無二の“作品”である事が殆どだ)のクオリティが超絶的な水準に到達していればこそ生きる技術なのだと思うが、それにしても凄い。
特に、今号で業界著名人へのインタビューと共に見開きで掲載された写真群は、ある意味不思議なまでに透徹な詩情を湛えた絵画の様にも見え、模型業界の最先鋭部が現代芸術のそれと何ら変わるところのない高みに到達している事を痛感させられる。
そこには、商売も、打算も、そして勿論妥協も存在しない。
そこには、過剰なまでに自己に誠実な、そうしてその事を、その過程を自らの楽しみとする事の出来る優れた表現者が存在するばかりなのだ。
この写真群に問題があるとすれば、自分が絶対にこの域に到達出来ないという事も同時に痛感させられる為、MaKのプラモを自分で組む事に躊躇を覚えずにはいられなくなる、という事位であろうか(苦笑)。
西暦2000年4月26日
今日は岡山。厭な雨だ。
岡山駅前で見た事のない新広告塗装に装われた馴染みの電車(岡山電軌)を眺め、変わり移ろい行く世界というものの有り様を痛感する。
一見変わらぬ様に思われるモノでさえ斯くの如く刻一刻と転変し、留まる所を知らない。
ならば、我々、あるいは私だけが変わらずにいられるという事があろう筈もないか(苦笑)。
西暦2000年4月27日
中古屋でAHA-3940UW(カードだけ)を発見。
これは今も愛用中のAHA-2940U/UWと同じAIC-7880PというSCSIコントローラを2つと、DEC 21050というPCI to PCIバスブリッジを1つ載せた、2 Channel Ultra Wide SCSIカードだ。
で、良く見るとカード上に貼られたAdaptec自身の製品管理シールを読むとAHA-3940UWDJと記されていた。
こう書けばピンと来る方もおられる事かと思うが、こいつは所謂“J”モデル、つまり日本市場向けにPC/AT互換機/PC-9821シリーズ両用BIOSを書き込んで出荷された製品であった。
ご存じの方もおられようが、AHA-2940/3940系はこれら2940U/UW・3940U/UWで98対応が打ち止めになってしまっているので、この3940UWこそはAdaptec製PC-9821シリーズ対応SCSIカードの最高峰という事になる。
こうなるともう無視出来ない(爆死)訳で、散々店頭で悩んだ末、結局「これひとつちょーでー」(これを1つ下さい)と言ってしまった(爆死)。
で、家に戻って3940UWを早速AT3号に取り付け。
本当はPC-9821Xv13/W16でテストしたい所であるが、何しろ倉庫でモスボール中(泣)なので、まずはPC/AT互換機でチェックと相成った。
一旦何もSCSIデバイスを繋がない状態で旧SCSIカードと新SCSIカードを2枚挿し状態で起動、次にそこでドライバをインストールしておいてからシャットダウンし、旧SCSIカードを抜いてSCSIデバイスを新SCSIカードに接続、再起動というのがSCSIブートNT環境での尋常なSCSIカード交換に関する作業手順なのだが、ついうっかりこの手順を飛ばしていきなりDC-390Fを抜いてAHA-3940UWと挿し換えてしまった(汗)。
例えば、initioのチップを積んだIOI-9100UWとかだと、この手順を踏まないとそもそもNTの起動自体に失敗してしまうのだが、そこは用が無くともドライバが組み込まれている事さえ多々あるAdaptec製品(笑)、果たしてWindows 2000は何事も無かったかの様に起動し、最後の最後に新規にAHA-3940U/UWを発見した旨ダイアログを出してドライバを自動でインストールしてしまった(爆)。
この辺は先日のIntel PRO/100+の時もそうだったけど、何かにつけトップベンダの製品は優遇されているよなぁ、と思う。
そんな訳でこれまで使っていたDC-390Fは取り外した。もしかしたら二度と使わないかも知れない。つくづく出来の良くない製品だった。
ここ暫くの盆栽モードでのPCいじりの結果、気がつくとAT2号機と3号機はかなり仕様的に近くなりつつある。
まぁ、同じ人間が組む以上、似通った仕様になるのは致し方ない面があるが、結果的に今の組み合わせが一番安定動作を期待出来るという事でもある。
唯一問題があるとすれば、現在の組み合わせ(Intel 440BX/GX + Intel 82559(LAN) + Ensoniq ES137x(Sound) + Adaptec AIC-78xx(SCSI))はどうにも高くつく場合がある、という事だが、安いが不安定な部品を使って異常が発生した際の人的コストを考えれば必ずしも高くはないのでは無かろうかと最近は思う。
ちなみに3940UWには実質的に内部68ピンコネクタ*2しかないので、A ChにDDRS-34560W(HD)を68ピン高密度フラットケーブルで、B Chには68ピン-50ピン変換アダプタ+50ピンフラットケーブルでCD-ROMドライブ2台と富士通のM1606-S512(HD)を繋いで使っている。
無論これがひどく勿体ない使い方である事には自覚がある(苦笑)。
現段階では暫定的にこういう使い方をしているが、いずれ98に(動けば)このカードを転用する予定なので、この3号機にはU2W SCSI対応SCSIカードを調達して入れる事となろう。
世間にあってはPC-98対応を謳うSCSIカードがAdaptec以外のベンダから出ている事は承知しているのだが、私がそれを避けて敢えてAdaptec製品を調達しているのには理由がある。
それは、以前そういうカードを使って手痛いめに何度も遭わさせられたからだ(苦笑)。
例えばInitioのINIC-940/950系コントローラ搭載のカードだとウチではMOが正常動作しなかった(これはもしかするとある時期のオリンパスドライブ固有の問題かも知れない)し、I-○ DATA社のSYMBIOS物にはいきなりNTFSを破壊された事さえあった。
無論一事をもって全てを断じるべきではないだろうが、幾ら何でもディスク管理ブロックを破壊する様なドライバを付けて正式サポートを謳うというのはどうかと思う。
いや、別段I-○ DATA社には悪意はないのだが(笑)。
西暦2000年4月28日
新快速電車の車中で今日発売のPC雑誌を読む。
おお、やはりというかDOS/V magazine誌は4/1のX680x0用BIOS/ソフトウェアの無償公開を取り上げて(付録CDに収録)いるなぁ(微笑)。
何しろあそこにはOh!X関係者が多いから、ある意味順当といえば順当なのだが、昔のOh!X付録ディスクその他の内、著作権的に問題無しの分が同時に添付されていたのは流石だ。
WinPC誌はデュアルプロセッサ特集。
最近どこもデュアルばやりだが、対応マザボの紹介では(WinPC誌の常で内容に多少混乱が見られるものの)今回のこれが一番踏み込んでいる様な気がする。
というか、まさかTYANの最上位モデルであるThunder 2500で、それも256*8=2GBもメモリ積んでマシン組むとは思わなかった(爆)。
そのお陰で色々興味深い事実が分かった。
成る程、こいつはあのIntergraph社(バックサイドキャッシュ搭載CPUをPentiumPROより早い時期に創っていた事で知られる、その筋では有名なメーカー)へのOEM供給用に開発された製品だったのか。
そう言われれば、今時珍しいPhoenix社のBIOS(いや、AwardBIOSも今やPhoenix社の製品なのだけどね)を採用しているのも得心がゆくという物だ。
話は変わるが、基本的にCPUが倍売れるデュアルプロセッサの個人市場での流行は、Intelにとっては歓迎すべき事項であると思うのだが、であるならば何故Celeronでのデュアル動作を公式に認めて市場でのデュアル対応の促進を図ろうとしないのだろうか?
ああいうソリューションは、市場の裾野が広がらない事にはどう考えてもコーディングの厄介なアプリやOSの側の対応が進まないと思うのだが。
少なくともマザーボードメーカーの側はデュアル動作を「旬」と捉えている訳だし、後一押しがあればこの市場でのIntelのシェア拡大は確実(AMDがK7系で低価格なデュアル対応チップセットを供給出来る様になるまでには当分かかる筈だ)であると思うのだが・・・。
それともそんなにCPUが売れてくれては困る、という程CPU生産ラインの歩留まりが悪化しているのだろうか?
西暦2000年4月29日
今日はどうという事もないままに一日が終わった。
強いて言えば、接続するHDが同等のUltra Wide SCSI物の場合、AHA-3940UWとThunderboltのAIC-7896では性能差が殆ど無い事が判明した、という位の物か。
まぁ、LVD動作によるUltra 2 Wide SCSI対応であるところにこそ、AIC-7896の価値はある訳だが(苦笑)。
西暦2000年4月30日
今日は珍しく休み。
予備のAHA-2940UをAT3号機に挿してAIC-7880P*3で使ってみる(笑)。
本当は2940UのBIOSをVer.1.34.3から出荷時のVer.1.23に戻す為だったのだが、この作業の過程で面白い事が判った。
PCIバススロットに挿す順序に関係なく、常にこの2枚のBIOSは2940U→3940UWの順序で起動するのだ。
何故そうなっているのかは知らないが、多分BIOSにそういう優先順位設定が予め施されているのだろう。
ついでに、暫く未使用で放置していたM1606-S512(富士通製1GB SCSI2 HDD)をAT3号に組み込む。
要するに緊急用のバックアップという事だが、以前感じた程には遅くないドライブであった。
昔遅く感じたのは、もしかするとSCSIコントローラが低速だった為かも知れない。
夜になって手元の余剰/不使用パーツ類を整理してみる。
出て来たのは、
Imagine 128 Series II VRAM 4MB / Number Nine (PCI Graphic Adapter)
Millenium II PCI 4MB / Matrox (PCI Graphic Adapter)
AHA-2940U / Adaptec (PCI Ultra SCSI Card)
DC-390F / Tekram (PCI Ultra Wide SCSI Card)
EtherLink III(3C509B-TP) / 3Com (ISA 10BASE-T/5 LAN Card)
AV511 / Audio Excel (PCI Sound Card)
MC68882RC40A / Motorola (FPU)
Pentium 90MHz (SX968)/ Intel (CPU)
Pentium 133MHz (SY022)/ Intel (CPU)
Pentium 200MHz (SY045) / Intel (CPU)
PK-686用下駄 / I-O DATA(いわゆるA20ライン問題解決機能搭載下駄)
GA-586HX2 / Giga-Byte (Socket 7 Baby-AT Mother Board
1MB DRAM 30pin SIMM / Unknown *10
4MB DRAM 30pin SIMM / Unknown
8MB ECC-EDO DRAM 72pin SIMM / Unknown *2
8MB EDO DRAM 72pin SIMM / Unknown *2
COAST準拠 256KB PBSRAM モジュール / NEC (PC-9821Xv13/W16に実装されていた2次キャッシュモジュール)
CDU-77E / SONY (4倍速ATAPI CD-ROMドライブ)
IW-G500 / Unknown (Baby-AT Mini Tower 250W Case)
5576-001 / IBM (124キーメカクリックキーボード)
101 KEYBOARD / IBM (101キーメカクリックキーボード)
といったところで、ダブりその他で使えない部品も結構多いが、HDDとFDD、それにマウスさえあればほぼ1台PC/AT互換機が組める分量が出て来た(苦笑)。
まぁ、BeOSとOS/2とNeXTSTEP(OPENSTEP)を動かす、とか言う場合にはこれにSoundBLASTER AWE32でもあれば便利かも知れないが、そういうマシン組む事あるかなぁ・・・(苦笑)。
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