いわゆる更新記録(靖間 誠PC日記兼用)

西暦2000年2月1日-2月29日分


西暦2000年2月1日

 ドメイン名変更に伴う諸作業。

 新サーバ上に新規にファイルを転送した。

 なお、旧Telewayのサーバー上のファイルは基本的に削除したので、直接ブックマークを指定されていた方は注意されたい。

 まぁ、この文を今目にしておられるという事はその辺について何らかの回避手段をとられたという事であると思うが。

 一応、救済措置としてこの“交信記録”については移転の掲示を出す様にしておいた。

古本屋で小林源文の“東亜総統特務隊”と後藤寿庵の“そんなご無題な!!”をゲット。

 どちらも筋金入りの怪作だ(笑)。

 書店で“<骨牌使い>の鏡”なる五代ゆう久々の新作を購入。ハードカバー、2段組の大作だ。

 ついでに“PANZER FRONT公式ガイドブック”が出ていたのでこれも購入。金が無いというのにどうしよう(溜息)。

 

 夜に岡山駅東方の山陽線+津山線の踏切で通過列車を待っていたら、更新済みのEF65一般型に牽引されたEF210(エコパワー桃太郎だっけ? 残念ながら番号未確認)に出くわした。

 EF210は岡山に集中配備されていて、おまけにどう見ても未使用の状態でパンタを下ろしての回送、それも今時珍しいヨ8000(緩急車)や空荷のコキ(コンテナ車)を後ろに従えていた所から察するに、メーカー(東から列車はやって来たので川重製と考えられる)で新製された本年度増備車が甲種回送で送り込まれてきたのだろう。

 基本的にEF210はEF65の代替が目的の新型汎用機なので、これが回着後整備されて運用に本格投入されれば、その分EF65が押し出されて廃車されるなり余所の機関区の抱える、より老朽化した同型機と置き換えられるなりする事になるのだろう。

 

西暦2000年2月2日

 教習所で2度目の修了検定。

 よし、今度は実地・学科ともOKだ(喜)。

 財布が寒い・・・(涙)。

 

 昼食の時間に東岡山駅西方の踏切で列車待ちをしていたら、物凄い速度でEF200の牽く高速貨物列車(昔なら高速貨Aとか呼んでいた様な類の列車だ)が突っ走っていった。

 EF200というのは狭軌の単一車輌あたりの出力では恐らく世界最強、各国の標準軌用大型機と比べても引けを取らない最大出力1000*6=6000Kwの化け物機関車だ。

 バブル期に貨物需要が急激に伸びた事に応えて企画され、「1600t貨物を現行の1200t貨物牽引時並の速度で」あるいは「1200t貨物を100km/hで」という無理を可能にする事を前提に、それまでの最大出力機関車であるEF66の1.5倍に相当する大出力を与えられたこの機関車は山陽線上では結構よく見掛けるのだが、岡山市内周辺では貨物ターミナルが近い事や駅構内の信号が相当錯綜している為もあって徐行をしている事が多くて、それ故そこまで凄みのある機関車だという印象を受けた事がなかった。

 だが、今日の様に全速力で飛ばしている区間ではさすがに圧倒的な迫力で、EF66の全力走行と比べても威圧感が全然違う。

 この機関車は定数充足を理由に生産が打ち切られたのだが、それには実は裏があって、「これ以上走らせると過大電流で変電所がパンクする」というとんでもない現象が発生する危険があった為なのだそうだ。

 今日はその意味が良く理解出来た(笑)。

 ちなみに昨日のEF210は半ばこの対策としてのデチューン/廉価量産版なのだが、それでも定格出力が3000Kwオーバー(正確なスペックは忘れたが、確か3300Kw程度だった筈だ)で、抵抗制御の直流直巻電動機6基で3900Kwを叩き出すEF66に迫る(三相交流電動機を個別にVVVF制御しているEF210の場合、空転時の再粘着特性が格段に優れているので、実質的な性能はあまり差が無いであろう)性能を持っていて、通常の運用では充分過ぎる性能を発揮している。

 そう考えるとEF200の定格出力6000Kwというのはやはり破格の値なのだろう。

 

 先日の“エターナル3年”について後輩から指摘があった。

 曰く、「K手先輩は所謂“エターナル”ではない」と。

 訊けば彼は2年と3年で留年を繰り返しているとの事。

 ・・・まぁ、確かに“エターナル”じゃないかも知れんが、やっている事は変わらんぞ(苦笑)。

 

 後輩のI.A.君宅であれこれセットアップやソフトの操作法説明。ま、いわゆるアフターケアという奴だ。

 

西暦2000年2月3日

 大学で恐らく最後の試験。

 色々感慨はあるが、漸く終わった。

 

 教習所で初めての路上教習。

 いきなり夜間走行なのでかなり緊張する。

 山陽町方面を走った。

 

 夜半、薙澤君宅訪問。

 貸していた雑誌の受け取りと、彼からの依頼の件で打ち合わせ。

 あれやこれやと怪しいハードを見せて貰うが、その際、何故かMillenium G400 MAXを借りる(謎)。

 

西暦2000年2月4日

 昨日借りたグラフィックカードのテスト。

 むう、Millenium G400 MAXってこの程度の性能しか出ないのか?

 画質はそれなり以上だが、目に見えて分かる位描画が遅い。

 ちなみに、3D Mark 2000のトータルの結果で言えば現行のウチの環境下(Pentium III 600MHz + RAM:256MB)ではSPECTRA5400P.E.の場合だと3000少々なのだが、それに対してG400MAX(ドライバは最新で3D Mark 2000対策を施されている筈のRev.5.50.005)では2800少々で、これはCPUが450MHzのPentiumIIIだった時のSPECTRA5400P.E.の結果が2500少々だった事から類推すれば、これらの2種のカードの間にはCPUのクロック数にして約50MHz分に相当するパフォーマンスの差が存在する事を示している。

 公表されているチップそのもののポテンシャルを比較すればMillenium G400 MAXはSPECTRA5400P.E.に搭載されているRIVA TNT2 Ultraを上回る実力を秘めている筈なのだが、これは一体どうした事であろうか?

 これについては3つばかり仮説が立てられる。

 

 1つ目は、nVIDIA社及びCanopus社によるドライバの記述能力、特にPentium IIIのSSEに対する最適化が、そのチップの性能差を埋めて余りあるレベルに到達している為に差が生じた。

 2つ目は、RIVA TNT2系の石がCPUが高速になればなる程性能が向上し易いアーキテクチャであるのに対し、G400系はCPU性能に依存しにくい構造である。

 そして最後に3つ目は、3D Mark 2000がG400 MAXに不利な評価基準もしくはプログラム構造を採用している。

 

 恐らくこういったあたりに今回の結果の原因があるのではないかと思うが、いかんせん仮説2を証明する上で必要となるPentium III 450MHz駆動時のG400 MAXのデータを採っていないので、どれが正解かは証明は出来そうにない(苦笑)。

 

 今日も路上教習。

 今日は昼間というか朝方の山陽町方面から旭川沿いに南下するコースを走行。

 

 夜になってW.T.先輩と長電話。

 日記の更新はまだなのかとお叱りを受ける(苦笑)。

 そうは言っても結構まじめに更新している方だと思うのだが。

 その後、何故かF1の話で盛り上がる(苦笑)。

 

西暦2000年2月5日

 今日も教習所へ。

 自転車では間に合いそうになかったので東岡山まで115系電車に乗車。

 いつの間にか行き先表示がいわゆるサボ(行き先表示板)から方向幕用に準備されていた窓上部のスペースにマウントされたLED表示板による電光掲示に切り替えられ始めていて驚く。

 東岡山で下車し、側線を構内踏切で渡って仮設っぽい造りの北口から教習所へ向かう。

 今日の講義は救命救護の実習。

 事故の映像を何度も見せられるが、やはり自動車事故は厭だ。

 自分自身、2度ばかり痛い目にあっているだけに、あの悪夢にも似た感覚が甦ってくるのは良い気がしない。

 

 今日は例の踏切でEF210の次位に前パンタグラフを下ろしたEF66が付いたコンテナ貨物列車を目撃。

 EF210投入に伴う移動は想像以上に大規模なのだろうか?

 

西暦2000年2月6日

 某ニュースサイトでTYANの新製品、Thunder 2500の写真を見る。

 ぐはぁ、Dual Slot 1にDIMMソケット8本、64bit PCIスロット6本(それも内2本は66MHz対応で別の1本はISAと排他使用)、AGP Proコネクタが1基、そして例によってオンボードのU2W SCSI・Sound・LANで10万を切るのか(驚)。

 ・・・化け物だ。これは絶対化け物だ。

 特にDIMM8本ってのは凄すぎる。何しろこれの意味する所は512MBのDIMMを8本並べたら「IA-32系アーキテクチャに許された最大実メモリ」である所の4GBフル実装が遂に普通の(いや、このボードを使う段階で普通でないか(苦笑))AT互換機で実現出来てしまうという事なのだから。

 で、一体どんなチップセットでこれを実現しているのかと思ったら、何の事はない、RCC社のChampion IIIだった。

 このRCC社は確かCompaq等のサーバマシンを作っている大手の出資を受けて設立された会社で、主としてCompaqとNECのサーバ(要するにExpress 5800シリーズの一部など)に採用された実績が知られている。

 世間的には知名度の低い企業/製品なのだが、ここの製品はIntel純正がフォローし切れない分野をカバーする事が多く、なかなか侮れない。

 特に、PC-9800シリーズを愛好する人々にとっては目指すべき一つの頂点であるPC-9821RvII26やPC-9821RsII26が初代Championを採用し、当時のIntel純正チップセットでは困難だったインターリーブによるメモリアクセスの高速化やバスマスタPCIデバイスの接続数増加を実現していた事は記憶に新しい、というか未だにある種の憧憬の念と共に語られるべき事実であると思うが、逆にここの製品が一般市場にお出ましになる(笑)という事は、採用メーカー側にIntel製チップセットに対する不満が多々ある事を示している。

 TYANにしてみれば、昨年末から予告しているIntel 840チップセット搭載のThunder 2400がチップセットの供給遅れが原因で出荷出来ないでいる事には相当苛立っている筈で、それが2月頭のThunderboltの仕様変更版(S1837UANG-L)の再出荷の原因でもあろうが、この2500の発表もそれに対する一種の当てつけと受け止められよう。

 何しろ、「840には、いや450NXにもこれはフォロー出来まい」って嫌みを言う為だけに設定されたみたいな採算無視(個人的にはこれが10万の範囲に収まるというのが信じられない)の超絶的豪華主義のマザボなのだから(苦笑)。

 まぁ、それでも素晴らしく美しいレイアウトなのは流石だが。

 

 昼に起きて(笑)、頼まれた和文英訳の作業。

 というか語数制限があるのでその前段階としての文章組み替え→意味を変えない範囲での簡略化に手間取る。

 思った以上に大変だ。

 

 ・・・それから半日ばかり作業を続けてどうにか完成。無事依頼者のN.Y.君の所に持って行った。

 するとそこではメモリが12MBしか積まれていない(正しくはグラフィックボードの制約で積めない)PC-H98 model U105上でWindows 95が走っていた(爆)。

 NESA(H98固有の汎用32bitバス)対応の純正グラフィックボードが出なかったのはWindows用という事で馬鹿高いH98を売っていたNEC最大の怠慢(あれは企業としての責任問題だぞ)だと思うが、その一方でこれまで速いと思っていたB12系のバスマスタSCSIインターフェイスロジック(model U105には標準で内蔵されている)が実は低速だったというのは意外だった。

 というか、メモリの少ないWindowsって本当に使い物にならんのね(苦笑)。

 ちなみにこのマシンはCPUが486系では最速級のAMD-X5-133ADZが搭載されているので、CPUだけ見たら75MHz級のPentiumマシンと同等って程度の性能は出ている筈なのだけど、セカンドキャッシュ無しでウェイトが多くてレイテンシの高いNESAバス接続メモリにアクセスする構造なので全然速くない(笑)。

 このCPUはAs2の時に使っていたので、L2C有りでどの程度の性能を叩き出すかは良く知っているのだが、何やら別のCPUの様なパフォーマンスだ(苦笑)。

 グラフィックボードはあのCanopus社最強のCバス対応グラフィックボードであるPower Window 968(VRAM 2MB)が挿してあるのでウィンドウ描画自体はそれなりに許容できる速度で描かれているのだけど、いかんせんその計算に手間取っているのが見えてしまう(爆)のではお話にならない。

 実はこのH98、Windows NTでは3.1から3.51までは対応していたのだけど、現行の4.0ではサポートされていない。

 これは4.0が出た時には首を傾げた事なのだけど、最速級のH98でさえこの惨状を呈しているのを見ると、その判断も無理ない事かと思う。

 

西暦2000年2月7日

 どうも風邪を引いたみたいで調子が悪い。

 なのに無理をして教習所へ。

 ・・・いけませんね、こういう体調で車に乗るのは。

 

 終了後、大学へ向かう。

 というか、いつもの定食屋に行くのに、開店時間まで間があったのでサークルの連中が屯している学生会館に顔を出しただけの事なんだが。

 

 ここで後輩のA.S.君から私が転売したAs2でWindowsが上手く動かないとの相談を受ける。

 そこで、食後同席した後輩のI.A.君と一緒にA.S.君の部屋を襲撃。

 ・・・おお、相変わらずカオスが支配しておるな(笑)。

 

 件のAs2が上手く動作しない理由は「Windowsのアップグレード作業に失敗した」為で、どうもCD-ROMドライブの接続を手抜きする為に行ったLAN経由でのWindows 98ファイル群の転送に失敗していたらしい。

 そこで手を抜かずに低速(2倍速)のSCSI 1 CD-ROMドライブを繋いでDOSから認識できる様にして、そこから再度インストール。

 流石に2倍速だけあって物凄く時間がかかる(苦笑)。

 その間“ウルトラマンティガ”の後半のヴィデオを3人で観て時間を潰し、3話程見終えた頃にインストール完了。

 流石にCD-ROMからだとちゃんと終了した(笑)。

 で、再起動したのだが、流石というか驚くべき事にというか、Windows 95の時にインストールしたPower Window 964LBのドライバや設定がそのまま継承され、問題なく動作した(喜)。

 ・・・昨日ひどいのを見た後なせいか、凄く快適な感じがする(爆笑)。

 それは要するにCPUが例え486DX2の66MHzであってもメモリを34MB(WindowsモデルのAs2/Ap2ではメモリ搭載量に必ず端数が出る)積んでセカンドキャッシュもフル実装(256KB)してあれば充分実用的な速度でWindows 98は動作する(無論グラフィックボードにPower Window 964LBを挿しているのも大きいのだろうけど)という事だが、逆に言えば幾ら高速なCPUを積んでもメモリ周りの条件が貧弱(まぁ、H98のアレは論外なのだが)では決して充分なパフォーマンスを得られない、という事でもある。

 マシンのトータルバランスのチューニングがWindowsを使用する上で最終的に立ちはだかる問題であるというのは前々から感じていた事だが、この手の極限状態(笑)のマシンで比較すればそれはよく判るという事か(苦笑)。

 Windowsの動作確認後、DOS環境の再調整。

 Windowsの内蔵DOSを使用している場合、Windowsのアップグレードをすると必ず環境設定がワヤにされてしまうので、この作業は省略出来ない。

 当然これはPC-98 DOS対応のHゲーをプレイする環境を構築するのが目的の作業なんだが、中には86音源対応のPMDPPZEで動作する曲データ(そういう物が昔BBSで配布されたのだ)に差し替えた“EVE Burst Error”の様にコンベンショナルメモリとUMB空間を極限まで利用する関係で、Config.sysとAutoexec.batをぎりぎりまで調整して記述する必要のあるゲームもある(というかこれが毎回最大のネックになる)のでなかなか大変だ。

 恐らく98上がりでDOSに詳しい人の大半がこの手のゲーム等でのコンベンショナルメモリの確保作業(「620KB以上はデフォでしょ(笑)」とか言った経験、ありません?)に血道を上げた経験がおありかと思うが、これをしたかどうかは今Windows 95/98を使う/セットアップする上でもかなり大きな実力の差になっている気がする。

 

西暦2000年2月8日

 今日も自動車教習。

 通っている教習所は東岡山駅北にあるのだが、お陰で山陽新幹線がよく見える(苦笑)。

 今日は現在試運転中の「ひかりレールスター」こと700系JR西日本仕様(7000番台/E編成)8連が走るのを見た。

 雑誌等によればこれは700系ながらJR西日本向けという事で、台車があの500系と共通の川重系軸梁式台車(但し、主電動機が異なるので駆動系は非互換)になっているのだそうだが、恐ろしく高速なのに走行に伴って発生する軌道や高架橋の揺れがひどく少ない。

 無論、それは300系以降の各系列全てに共通する事なのだが、こうして新型が出てくるとあの300系でさえ未だ対策が不十分であった事がよく判る。

 まぁ、浪人時代通学の足として快適な100系に慣れ親しんだ(贅沢な話だが事実だ。特に岡山折り返しの100番台のG編成“ひかり”には良くお世話になった)私にとっては300系というのは問題外の乗り心地の車という印象があるのだが、それでも軌道破壊だけを取ってみれば100系より優れているのは事実であって、その辺を見ているとこの種の車の台車設計の難しさが伝わってくる。

 今回の700系の乗り心地は果たしてどうであろうか?

 

 そういえば書き忘れていたが、岡山電気軌道は新車を入れるつもりがある様だ。

 何年か前から出ている路線延長計画がいよいよ本格的に始動しつつあるのを受けてか先週の2日深夜から翌3日早朝にかけて、アルナ工機特製の低床路面電車用建築限界測定ゲージ付きフラットカーが同社と岡山電軌の双方のスタッフを乗せて全線を走った。

 その全長は13mで、そこから推測するに3車体連接車あたりを想定しているのであろうか? と考えられる。

 ちなみにこのフラットカーの台車は岡軌3000形からの廃車発生品である住友金属KS-40J台車で、思わぬ形での再利用となった。

 なお、肝心の測定結果だが、やはりというか新西大寺町の交差点の架線柱など何カ所かが引っかかったので、それらについては移設/形状変更等による問題解決の必要があるのだそうだ。

 

 えらく寒いなと思っていたら、夜になって雪が降った。

 明日の朝の路面凍結が怖い。

 

 遂に某オークションに手を出す(爆死)。

 というか、他に問題解決の手段がないのでやむなく手を出す事を決心した。

 とりあえずここ何日かは監視体制を維持する必要がある。

 入手に成功すればここで御報告出来よう。

 それにしても、つくづく玉石混淆だよなぁ(溜息)。

 

西暦2000年2月9日

 風邪で一日寝込む。

 

 夜になってどうにか寝床から這い出て、食事に出掛ける。

 そこで鉄道研究会の面々と遭遇。

 何故か1時間ばかり立ち話をする(爆)。

 うむ、元気で結構。

 

 食後、自室に戻るとW.T.先輩から電話。

 先輩も風邪をひかれた由で、その後Macについてあれやこれやと話す。

 

暦2000年2月10日

 今日も調子が悪いので、一日部屋でおとなしく過ごす。

 そうは言っても結構すべき事はあって、それらを片づけたら夕方になった。

 

 ここで日常使用しているAT2号機にWindows NTを新規インストール。

 最近どうもシステムの調子がおかしいので、思い切って既存フォルダと別名でインストールしてみた。

 この作業自体は大体上手く行ったのであるが、何故かサウンドカードのドライバ設定が上手く行かない。

 

 今、このマシンではオンボードのCreative/EnsoniqのES1373とPCIカードのYMF-744B-Vがサウンドデバイスとして使用可能な状態にあるのだが、この内YMF-744B-Vの方が誤動作をするのだ。

 具体的な症状としてはMDXWIN(X680x0用MDXフォーマットのFM音源データをWindows環境で再生する為のプレイヤー)やWinampでMP3データを再生しようとしたら何故かSPDIF出力の同期が外れて断続的にしか音が出力されなくなる、ともかく何をどうしようが正常に再生されなくてかなり悩んだ。

 これはもしかするとデバイスが故障しているのではないか? という事で旧環境のNTを起動してみたが、こちらでは正常動作している(謎)。

 で、そちらのDS-XGの設定をみたら同じバージョンのドライバなのに省電力モードの設定タグが追加されていた。

 

 ここでよくよく考えてみたら、こちらのWindows NTではハードウェア抽象化レイヤを定義するHAL.DLLを、Service Pack 5の中にあったHAL.DLL.MPS.SOFTEXというマルチプロセッサ版カーネルでソフトウェアシャットダウンを可能にする仕様のファイルに差し替えていた事を思い出した。

 思いつく限りでは、これ以外に新規インストールしたNTと相違する部分は(ソフトウェアのインストール/アンインストールで生じたレジストリの相違を除けば)無い筈なので、電源制御のタグが出ていない事も合わせてこれが怪しいという事になる。

 そこで新規インストールした方のNTを立ち上げ、試しにHAL.DLL.SOFTEXに差し替えてみたら大正解(喜)、無事ノントラブルでPCMが鳴る様になった。

 まぁ、今使っているThunderboltがかなり特殊な仕様のマザーボードなので生じたトラブルなのだと思うが、普通気付かない/解決策を思い付きようが無いトラブルではある。

 とりあえずこれでまた経験値がアップしたけど、あまり嬉しい事では無いなぁ(苦笑)。

 

 書店で「リングテイル 勝ち戦の君」(円山夢久/電撃文庫)なる新刊を購入。

 こういう物は大抵直感で買っているので当たり外れがあるのだが、流石にこれだけ長く続けると経験値の累積度が尋常じゃなくなっているので、正真正銘の「外れ」はなかなか出なくなっている。

 ・・・おお、これは真正のファンタジー小説だ(喜)。

 文章そのものの出来も含め、少しばかり不満点が残るけど、かなりまじめに話書いているよなぁ。

 なかなかエエ感じだ(笑)。

 

西暦2000年2月11日

 今日も自動車教習。

 どうも、調子が良くない。

 

 夕食時に、薙澤君と遭遇。またも和文英訳の依頼を受ける。

 

 帰宅後、留守番電話に大阪の某水門・橋梁メーカーに就職したPzi先輩のメッセージが入っている事を確認。

 折り返し電話すると、只今岡山に来ているが当てにしていたT先輩が24時からバイトなのでそちらに泊めてくれ、との由。

 了承して待つ事暫し、聞き慣れない発動機音と共にPzi先輩がやって来られた。

 外見は前に乗っておられたバイクと変わりの無い川崎製のオフローダー(機種は知らない。但し、形自体は新旧ともにほぼ同じ)だったが、聞けば排気量300ccのエンジンを積んだタイプ(前のは250cc)で圧縮比が上がっているとの事だった。

 久々にお会いした氏は相変わらずのご様子であった。

 で、買い出しに出てビールなどを購い、飲みながらあれこれ話す。特にMacintoshと関西私鉄の話を延々していた様な気がする。

 

 散々喋って眠くなったので、2人してどうにか眠れる状態を「作って」、就寝(苦笑)。

 

西暦2000年2月12日

 Pzi氏は私が朦朧としている中、昼に出立された。

 

 夕食に出かけた所で後輩のA.S.君に遭遇。

 食後、2人して紀伊国屋書店に出向いて大原まり子の「戦争を演じた神々たち(完全版)」(ハヤカワ文庫JA)とわかつきめぐみの新刊、「ローズ・ガーデン」(講談社KCDX)を購入。

 ううむ、やはりわかつきめぐみはええのう(爆)。

 

 その後、私の部屋で「ベターマン」のLD(後輩のK.Y.君からの借り物)を観る。

 ・・・何というか、この監督の作品はどれも何かが間違っている気がする。

 それが何故なのか上手く説明できないでいるのだが、ともかくこれは傑作ではないと思う。

 無論、サンライズ作品の常として「根本的に悪い」というゾーンには突入していないのだけど。

 

 そういえば書き忘れていたが、2/9に久々に純然たる少女漫画という奴を1冊買っている。

 タイトルは「目隠しの国」(筑波さくら/白泉社花とゆめコミックス)。

 偶然、表紙を見た時に電波を受信したのでなんとなく買ってみた(爆)。

 ・・・まぁ、気恥ずかしいと言えばこれ以上は無いと言う位気恥ずかしい、純愛のお話なんだが、意外とイケる(笑)。  

 

西暦2000年2月13日

 今日は特に妙な事も無く一日が終わった。

 たまにはこういう日がないと辛い。

 

 夜になって、薙澤君の依頼で古本屋に大量の書籍類を売却しに行く。

 目方と状態で大体の買い取り価格が予想出来る様になってしまった自分がちょっと悲しい(苦笑)。

 

西暦2000年2月14日

 めでたく某オークションでIBM 101キーボード(米国製メカクリックタイプ)を落札。

 まぁ、財政的にはあまりめでたい話ではない(苦笑)のだが、必要な物は買わねばなるまい。

 

 今日も自動車教習。

 自分の物覚えの悪さが悲しくなる(泣)。

 

 とうとう98のグラフィックカード(WGP-FX16N)の改造に手をつける。

 いい加減あの無惨なまでに茫洋とした画質(苦笑)に我慢ならなくなった。

 そんな訳でノイズ対策用コンデンサの追加とフィルタ回路の取り外しをやってみる。

 本当は好ましくない改造であるのは承知しているが、この際他に手段が無いので敢えて強行する事にした(爆)。

 ・・・少しましになった。

 というか、とりあえずくすんだ様な発色とゴーストの発生問題は改善された。

 基板のRGB信号線の引き回しを見ただけで根本的に駄目なのはわかっちゃいた(もの凄い場所に、しかも大したノイズ対策も無しに=相互に干渉する恐れのあるRGBの信号線をGNDラインできっちり分離しようともせずに引き回されている)のだけど、ここまでして漸くゴーストが出なくなるってのも何だかなぁ(嘆息)。

 

西暦2000年2月15日

 Apple Keyboardの日焼けが斑であまりに無惨なので、とりあえず塗装してみる。

 おお、ずいぶんイイ感じだ(笑)。

 

 今日も自動車教習。とにかく疲れた。

 

 夜になって隣室の後輩S君が襲来。

 ・・・生CD-Rを持って来なかったのは誤算だったね(笑)。

 そんな訳でその後彼とあれこれ話す。エミュレータとキーボードについて偉そうにあれこれ講釈を垂れた様な気がするが、眠かったので何を話したのか良く覚えていない(苦笑)。

 もしかしたら、呆けてエラい戯言を言っちまったかも知れん(爆)。

 

西暦2000年2月16日

 PC-9821Xv13/W16にWindows 2000 ServerのRC2をインストールしてみる。

 おお、Windows NT 4.0版のドライバでMillenium II(MacのBIOS書いた奴)がちゃんと動作している(喜)。

 って事は、ある程度制約がある事さえ辛抱すれば、PCI物のグラフィックカードならPC-98用Win2000で動く可能性があるという事か。

 大体、サウンドカードなんて特に何もしていないのにYMF-724が自動認識されてドライバインストールされているものなぁ。

 この辺は正直期待していなかっただけに、嬉しい誤算だ。

 もっとも、デジタルアウトが機能しない、って問題はBeta3どころかWin98のWDMドライバ以来一向に改善されていないのでアレなんだが(苦笑)。

 

西暦2000年2月17日

 オークションで入手したIBM 101キーボードが届く。

 ・・・そうなんだよなぁ、昔の電動タイプライタとかのキーってこんな感じだったんだよなぁ(嘆息)。

 いかにもごつくて、がっちりとした重いタッチ。

 これが絶対かと問われたら答えに窮する所があるけど、これはやはり一つの正解だ。

 個人的には同じIBMでも5576-001のタッチが一番相性が良かった様に思うのだけれど、如何せんこいつはWindows 2000では使えない(泣)そうだから、嫌でも他のキーボードを当たる他はない。

 そりゃまぁ、Windows 2000で5576-001が使えるならそれに越した事は無いのだが、結局次のOSの時に似た騒動が起こるのは目に見えているので、ここらで何らかの策を講じる必要はあった訳だ。

 そういうある意味後ろ向きな理由で購入したが、このキーボードは“使え”る。

 それは確かだ。

 

 今日も自動車教習。

 何か知らないけど、どえらい山道を走らされた。

 そうか岡山にはこんな場所があったのか、って感動する位にはスバラしい道のりだった(苦笑)。

 

西暦2000年2月18日

 今日はWindows 2000の発売日。

 ・・・なのだが、何しろ金欠なので買わなかった(笑)。

 まぁ、月末までには買いそうだが。(苦笑)

 私がOSとしての素質を見込んで(笑)、Windows NT 3.51 Workstationを買ってから早4年が過ぎた。

 導入当初は、NTをメインで使っていると言うと何故か妙なモノを見た様な顔をされたりした物だった。

 ・・・まぁ、3.51については何しろGUIがアレだったので妙な顔をされても仕方の無い面がある(笑)のだけど、それでもWindows 95よりは余程堅牢でしかも安定していて、当てに出来る造りのOSだった。

 だからという訳ではないが、ここに来て漸くNTがMS社のメインストリームOSになった事にはやはり幾ばくかの感慨がある。

 

 金が無いと上で書いておいてアレなんだが、某オークションでまたもキーボードを落札(爆死)。

 今回のブツはApple社純正拡張キーボード(Apple Extended Keyboard)。

 つまり純正標準キーボード(Apple Keyboard:初代)の拡張キーボード版だ。

 という事は当然時期的に言ってもかなり高級なメカニカルキーボードな訳で、拡張配列だから標準キーボード(JIS配列の場合)みたいに妙な位置(スペースバーの右)に“¥”が来たりしない分、使い易い筈だ。

 ともあれ、これで今一つキータッチがしっくりこなかったApple Keyboard IIは完全に不要になる。

 こいつも昨今の粗悪キーボードに比べれば天国みたいなキータッチなのだけど、如何せん比較される相手が悪過ぎる(苦笑)。

 一応当分は戦略予備という事で残す予定だけれど、こいつを使う事は多分2度と無いだろう。

 

西暦2000年2月19日

 昨夜より、薙澤君から依頼を受けた仕事に没頭する。

 ・・・死にそうだ。

 結局昼までかかってどうにか完成。

 

 完成したブツを渡しに大学近くにある薙澤君の部屋に出向き、ついでに学生会館に足を運ぶ。

 今日は土曜なので後輩達がS-FANのサークル活動に勤しんでいる筈なのだ。

 1階の談話室に誰もいなかったので、とりあえずお茶でも飲む事にする。

 そして外の自販機コーナーに行って戻る際、2階の集会室でI.A.君の物とおぼしき見覚えのある特徴的な帽子が動いているのが目に留まる。

 ああ、あそこで活動していたのか(苦笑)。

 とりあえず階段を登って集会室に入ったのだが、何故か面々に気まずい顔をされる。

 何故だろう? と思って机の上を見ると、何枚かの色紙が散らばっていた。

 おお、卒業生へ贈呈する色紙を書いていたのか。

 ・・・って事は今年(こそ)はこれを貰う立場になる筈の私がいたらやりにくい訳か(苦笑)。

 そんな訳で集会室から早々と退散した。

 その後しばらく1階の談話室にいたが、半分朦朧状態だったので誰が来て何を話したのか今一つ記憶が確かではない。

 

 その後後輩達と別れて夕食を摂りにいつもの定食屋へ。

 何しろ丸一日ろくに食事をしていなかったので付き合いきれなかったのだ(苦笑)。

 で、いつもの巡回コース(笑)を辿って紀伊国屋書店へ。

 ここで賀東招二の“フルメタルパニック”の最新刊を購入。

 ・・・今回は蓬莱ネタが多いなぁ(苦笑)。

 

 しばらく消息不明だった後輩のLilitia嬢と紀伊国屋書店で偶然遭遇。

 無事生きていたようだ(苦笑)。

 で、以前に相談を受けていたUSB接続のフラットベッドスキャナについての買い物の下見に付き合う。

 ・・・最近のスキャナってめちゃくちゃ安くなっていたんだなぁ(嘆)。

 

西暦2000年2月20日

 昨日は朝方までレPなIRC(笑)で長いこと話した後で爆睡モードに突入した。

 お陰で危うく午前中指定で発送して貰ったApple Extended Keyboardを受け取り損ねるところであった(苦笑)。

 で、半分寝ぼけた状態で代引きの料金を支払ってこの荷物を受け取った訳だが、開封していっぺんに目が覚めた(笑)。

 おお、こいつは素晴らしい。

 期間だけは長いことパソコンを触ってきた私だが、正直言ってこれだけ良くできたキーボードにはなかなかお目にかかった事が無い。

 無論、一連のIBMメカニカルやNEC全盛期の98キーボードもタッチという点では同じかそれ以上に良く出来ていた訳だが、デザインの秀逸さ、という一点を評価する限りではこれ以上の出来ではなかったと思う。

 流石はあのフロッグ・デザインが手がけていた頃(Macintosh SEやMacintosh IIなどが現行製品だった時代)の製品だ。

 大柄なフルキーボードにありがちな散漫さが微塵も感じられず、隙が無く凛とした佇まいを演出するその造形は、随分長い時間見ていても飽きが来ない。

 インダストリアルデザインとは何か? という問題を考える時、特にPCにおけるその問題を考える時、フロッグデザインがこの業界に残した仕事の数々というのは決して無視出来ないとされている訳だが、このキーボード一つとってもそれは良く理解出来る。

 いや全く良い買い物であった。

 

西暦2000年2月21日

 今日は教習所で高速教習。

 山陽自動車道で瀬戸-和気間を往復した。

 

 終了後に大学というか学生会館へ向かったのだが、そこで今日の某地元紙を読んでいたら、昔の写真を紹介するコーナーで珍妙なキャプションに行き当たった。

 確か西大寺鉄道(1962年廃止)の観音(後の西大寺市)駅での開業時の風景という説明だったのだが、肝心の写真を見ると省制式の230形とおぼしきA8(600形)系統のタンク機がナハ12000かその前後の頃の様式の制式木造ボギー客車3両を従えて停車していた。

 ご存じの方はご存じの通り、西大寺鉄道は我が国最後の3フィート(914mm)軌間軽便鉄道であり、3フィート6インチ(1067mm)軌間の省制式機関車や客車は間違っても入線できない筈であるから、これは間違いと断言できる。

 全国紙でこういうミスがあるのはまぁ仕方ない事かも知れないけど、地元について知悉している事が本来ウリである筈の地元紙でこの有様というのはどうだろう?

 開業祝賀の飾り付けが駅設備にあるので、どこか(個人的には、確実に岡山県下であるという前提で、車両から判断して伯備線開業時あたりではないかと推測する)の開業直後の貴重な写真である事は確かなのだけど・・・。

 

 ・・・という様な話を後輩達にしていたら、「先輩良くそんなことが判りますね」などと言われた。

 個人的にはこれは趣味の専門分野であって、一撃でアウトって類のミスなので気づいて当然かと思っていたのだけど、そうだよなぁ(苦笑)。普通は気付く訳無いか。

 ただ、そうであるが故に広く世間の人々が目にする新聞等でのこういったミスは許されないと思う。

 無論、人のする事であるからミスが生じるのは致し方ないが、せめて裏付け位は取っておくべきであろう。

 何しろ地元新聞社という事で、その記録室等に我々の拝んだ事の無い様な貴重な写真を山程抱えている筈なのだから。

 その意味で、同新聞(敢えて社名は書かない)が取材活動全般について充分な裏付けをとっている事を切に願う。

 正直言って、一事が万事、という有様であったならば目も当てられない。

 

 MACPOWER誌の今月号を書店で購入。

 Mac OS Xについての記事が目を引くが、非G3/G4について非対応である事を当然の様に語るApple社スタッフの発言を見て色々複雑な感想を抱く。

 というか、そこに潜むある種の傲慢さ、あるいは慢心の影がかつてApple社が犯した失策の数々を想起させて、非常に不安になる。

 そこで紹介されている新OSのGUI環境であるAquaそのものはまことに素晴らしいのであるが。

 プログラムを書く、という行為の側面から見た場合、G3以降とそれ以前ではコード体系にそれ程差がある訳では無い。

 当然ながらサポートすべきデバイスの増大がもたらす負荷の増大は問題となろうけれども、Microsoft社がWindows系OSでサポートを強いられている範囲の広大無辺さ(苦笑)を考えると、クローズドでしかも限定されたハードウェア仕様さえ充足すればそれでOKのMacintosh環境でそれを言い出すのは無能の誹りを免れまい。

 確かに出している製品の出来そのものはアレな所もあるが、オープンなハードウェア環境に対応する事を最大の強みにしてあれだけ大きくなったMicrosoft社は、それが自らにとって強力な武器であると同時に場合によっては自らを傷つける凶器となりうる事を恐らく自覚するが故に、そのオープンさ(あるいは野放しぶり)について能う限りフォローする努力を続けている様に見える。

 その点で語る限りは、同社はアーキテクトではなく実際のコーディングを行うプログラマの怠慢としか思えない様な形での安易な切り捨てを当然とするApple社よりは余程信頼がおける。

 確かに、古いmc680x0系MPUのサポートはいつかは切り捨てられるべきであった訳だし、NuBusのサポートについても然りだ。充分なパフォーマンスを得られない機器が切り捨てられる事、それ自体は致し方ない。

 だが、G3以前の一律な切り捨てはそれとは理由が違う。

 特に後半の8600/9600系上位機種については、G3下位機より余程高速なのだ。

 現実的な高速性あるいは利便性を求めて、当時併売されていたG3と8600/9600系の中からそれらの機種を選択した/せざるを得なかったユーザー達に対して、今回の決定についてApple社はどの様な説明を行うつもりなのだろうか?

 ハードウェアサポートコスト負担の増大を理由に行った互換機潰しを筆頭に、自分達が過去に一体何をなしてきたかについて、Apple社は考えるべきではあるまいか。

 iMacやiBook、それにG3/G4 Macが売れに売れたのは大いに結構だが、それを理由に既存ユーザーを完全に足蹴にするというのであれば、同社の先行きは危ういと思う。

 少なくとも、安いからiMacを買えって類の発言(但しこれは別の某所で報じられたインタビューでのスタッフの発言だが)だけはどう考えても客を舐めているとしか思えないのだが。

 

西暦2000年2月22日

 とりあえず一日中部屋の片付けに終始する。

 ついでに、部屋のPCの配置を変更。

 これでAppleVision 1710AVの業病である磁気干渉に弱いという問題が多少改善された。

 

 その後、AdaptecのサイトからPowerDomain2940UWのファームウェアを落として来て、Xv13に挿していたAHA-2940UWをPower Macintosh 8500/132に挿してこれを書き込んでみる。

 結果は大失敗(泣)。

 世間はそこまで甘くはなかった。

 まぁ、そういうモノなのだろう(苦笑)。

 

西暦2000年2月23日

 朝起きて、SFぶんがくファンクラブの方で提出要求のあった「卒業生の言葉」の原稿を作成。

 前々からこういう機会があったらいつかやろうと思っていた、「16進データ形式でのファイルをそのまま紙面に張り付け」というパターンをちょっと捻ってやってみた。

 要するに、平文(笑)のテキストファイルを一旦圧縮し、その.LZHファイルのバイナリデータを紙面に張り付けたのだ。

 多分非難囂々かそれとも礼儀正しく無視されるかのいずれかだとは思うが、個人的には宿願を果たしたので満足(笑)。

 無論それが自己満足に過ぎない事は重々承知しているが、あの原稿に示した私のデスクトップ画面のスクリーンショット(その中に開いているバイナリエディタのウィンドゥ内に肝心のファイルデータは表示されている)こそはこの6年に及ぶ私の大学生活の一つの象徴である訳で、卒業に当たって何かを示すとすればあれ以上は思い付かなかったというのは確かだ。

 

 午後になって学生会館に出向き、A3→B5の縮小コピーをかけてから担当者に手渡す。

 その後1年のM君と延々馬鹿話に打ち興じる。

 で、何故かCD-Rドライブの売却とSCSIカードの差額交換の話になる(謎)。

 どーしてそうなったのか今一記憶が定かではないが、とりあえずそういう方向で話がまとまりかけている。

 そんな訳でその内CD-Rドライブは12倍速でSPDIFのついたアレになるかも知れない。

 

 先だっての新聞写真について補足というか訂正を一つ。

 粒子の粗い件の写真をよくよく凝視してみると、客車の履いている台車が1両目は山陽鉄道由来の弓形イコライザ付きのショートホイルベース台車に酷似し、2両目はこれも山陽鉄道で見られた欧州系の軸バネ式3軸(もしくは2軸)ボギー台車に見えた。

 車体については私の不勉強故にはっきりしないがこれらの客車の足回りは明らかに山陽鉄道系の物であり、機関車のナンバープレートが作業局時代の切り抜き文字ではなく所謂「形式入り」の大きな鉄道院/鉄道省制式になっていてしかも真空ブレーキやバッファ&リンク式連結器を装備している事も併せて考えると、やはり宇野線か伯備線あたりの開業時の写真と見るのが妥当な様に思われる。

 実はこの推論に当たっては中国鉄道(現在のJR西日本津山線と吉備線)や片上鉄道の可能性も考えたのだが、中国鉄道は省形式230形の同系車(買収後225形となった)を保有していたもののその形式番号はごくシンプルに“5”などとしていたので機関車で条件外となるし、片上にしても山陽鉄道由来の雑形ボギー客車を保有していたもののこれは戦後の払い下げを受けてのものであって開業時は所謂マッチ箱客車だった(これは中国鉄道も同じ)そうなので、この2社は除外すべきだろうという結論に至った。

 気になる点が一つあるとすれば、それは客車の側面の等級帯(3等=赤・2等=青・1等=白)がいずれも白っぽく写っている事で、少々首を傾げている。

 以上の様に、たった一枚の写真でも調べて突き詰めてゆくと結構楽しめるものである訳で、こういう文献資料の蒐集と研究は止められない(苦笑)。

 

西暦2000年2月24日

 自動車教習の帰りにWindows 2000 Professionalのアカデミックパック版を購入。

 これはNT系では初めてのアカデミックパック版の購入となる。

 何故なら、最初にNT Workstation 3.51を買った時にはそもそもアカデミックパック版が存在しなかった(もしかしたら存在したのかも知れないが、見た事が無い)し、次のNT Workstation 4.0の時は3.51からのアップグレードの方が4.0のアカデミックパック版より安かった(苦笑)。

 そんな訳で私が最初に購入した学割版ソフトはJUSTSYSTEMの一太郎Office 8だったりする。

 それはともかく、DE○DE○の岡山コンピュータウン店とやらが近隣諸店中では最安値を付けていたのでそこで購入したが、Windows 2000とでかでかと書かれたMicrosoft社の紙袋に国内メーカー各社が共同で制作したドライバ集入りCDと共に渡された。

 この無碍に大きな紙袋(笑)はともかくおまけCDの方は、Internet接続環境に無い場合非常に有り難いサービスだと思う。

 というか、どう考えても標準の添付ドライバだけじゃ各分野を網羅し切れていない(苦笑)だろうから、ネット上からDL不可の環境ではこれが無いと二進も三進も行かない事が有り得る訳だ。

 

西暦2000年2月25日

 今日はWindows 2000をインストール。

 Canopus社のサイトで落として来た最新のSPECTRA 5400 Premium Edition用ドライバを入れ、どうにかしてマスターCDのフォルダの奥底近くに隠されていたMICRO COREのモデム定義ファイルをインストールしたが、例のドライバ集のメーカー名を見て有るモノと期待していたEPSON LP-9000用EPSON純正ドライバが収録されていない事に気付いて愕然とする。

 「何じゃそりゃぁ(怒)!」

 現時点ではLP-8200以降のプリンタウィンドゥ搭載可能機最優先という事らしいが、何か納得が行かない。

 一応MS社版のドライバはWindows 2000のCDに当然入っていたが、何しろあの会社の書くEPSON LP系プリンタ用ドライバはWindows 95時代から間に合わせ以上の出来であった例が無く(爆)、そればかりか印刷時に想像を絶する様な印刷ムラが生じるという、およそプロフェッショナルの仕事とは言い難いようなやっつけ仕事なので、早い所EPSON純正ドライバが供給されなければ何時までもNT4環境から2000環境へは本格移行出来なくなってしまう.

 とりあえずEPSON社には早急にLP-1500/1600及びLP-8000〜LP-9000系のまともなWindows 2000用ドライバを書いてくれる様に希望しておこう。

 

 夕方になって外出。

 予算が出たので新刊雑誌/書籍を買いに紀伊国屋書店へ。

 今日の収穫物は「鉄道ファン」及び「鉄道ジャーナル」、神林長平の傑作長編の文庫化である「言壺」、そして大暮維人の「天上天下 4」。

 ついでにアニメイトで半額セールをやっていた鶴田謙二の本年度版カレンダと今日発売の“The ビッグオー”DVD版第一巻を購入。

 本当はDVDではなくLD版が欲しい所だが、如何せん場所が無い(泣)。

 とりあえず今月末の大物はこれで大体確保完了した。

 願わくはこれ以上の余計な出費が抑制されます事を。

 

 買い物から戻ると、堺市在住のPzi先輩から電話。

 今岡山に来ているのでTGC先輩の所まで来いとの仰せ。

 承諾し、あれやこれや準備を整えてから同先輩宅を訪問。

 商大近隣の小高い山に聳える件のアパートに辿り着くまで、私はどえらい体力の消耗を強いられた。

 約2週間ぶりにお会いするPzi氏は例の如く健康そのものといった体でであった(苦笑)。

 TGC先輩にお会いするのは久々であったが、いつの間にかPCを購入しておられた。

 詳しい型番は失念したがK6-2の450MHz+SiS530/5595&ESS Solo-1搭載MicroATXマザーボード+64MB PC/100 SDRAM+13GB UltraATA HDD+CD-R/RWドライブ+17インチクロマクリア管搭載CRTという構成のNEC ValueStar U Seriesのマシンで、追加で8倍速(CD-ROMの場合40倍速)の日立GD-5000 DVD-ROMドライブが搭載されていた。

 キーボード&マウスが以前にも増して物凄い安造りになっていた事とメモリが決定的に不足している事を除けば概ね問題の無い(但しオンチップの貧弱なグラフィック機能という事で3Dゲームには不向きな)マシンで、K6系が整数演算で突出した性能を備えている事をまざまざと見せ付けてくれる様な仕上がりだった。

 只、惜しむらくはメモリが今時の感覚では時代錯誤も甚だしいとしか言い様の無い小容量に止まっている点で、マザーボード上にDIMMソケットが2本(内1本は標準の64MB DIMMが占有)しかない事を考えれば、当初より128MB搭載状態で出荷するというのが正解であろう。

 とりあえず一通り触ってから、今日は帰宅する事にした。

 

西暦2000年2月26日

 某サイトでYMF-744用Windows 2000ドライバの最新版が出ている事を知ってDL。

 早速インストールしてみる。

 とりあえずSPDIFとDS-XGによるMIDI音源機能は使用可能になったが、MIDI再生ソフト(Tmidi)を起動してMIDIデータ再生中にTmidiがバックグラウンドタスクになった場合、SPDIF出力が断続的に途切れるという問題が発生した。

 原因は不詳だが、現時点ではWindows 2000よりも枯れて安定した、しかも未だ手に入るWindows NT 4.0系を購入するのが正解かも知れない。

 

 昼前にTGC先輩宅を再度訪問。

 昨日説明し切れなかった諸々の事柄についてのフォローが主目的だ。

 あれやこれやと説明し、ソフトの使用法を示し、ついでに実演してもみる。

 そうこうしていると深夜近くになってしまった。

 気が付くとPzi氏は寝袋に潜り込んで就寝の体制に入っておられた(苦笑)。

 それに急き立てられた訳では無いが、ちょうど一区切り付いたので退散。TGC先輩の部屋を後にした。

 

西暦2000年2月27日

 昨日の無理が祟って今日は半日以上爆睡(苦笑)。

 夕方になって薙澤君より電話。先日の仕事の報酬は#9のRevolution 3D AGP版で如何?との打診を受ける。

 色々思うところはあるが、まぁとりあえずはそれで良かろうという事で受諾し、その他の用もあったので夕食後彼の部屋を訪問する事にした。

 ここで、話がまとまりかけた頃に玄関のチャイムが鳴ったので電話を切った。

 

 一体何用かと思いながら玄関に向かい、扉を開けると国営放送の受信料徴収人が立っていて、受信料を支払えと要求した。

 これに対して、つまらない事で電話を中断された事に怒りを燃やしつつ私はこう答えた。

 「うちにはTVはありませんよ」

 そうなのだ。私の部屋にはいわゆるテレビ受像器という代物は存在しない。

 パソコンのCRTは3台存在するしVTRも2台有るが、テレビだけは無い。

 ついでに言えば、VTRもテレビせとうちとWOWOWのノンスクランブル放映のアニメ番組群、それから時々見る“NEWS 23”を除けばレンタルビデオ再生の為に有る様なモノで、それらさえろくに見ていないのが実状なのだ。

 基本的に私はいわゆるテレビっ子ではない。その世代の人間である事は事実だが、その風潮に背を向けて生きてきたのもまた確かなのだ(苦笑)。

 観ていれば支払うに吝かではないが、皆目観ていないのに一体何の受信料を支払う必要があるというのだろう?

 部屋があれば当然テレビを置いているものと決めてかかっているあたり、そしてこちらがTVを持っていないと告げたらあからさまに人を馬鹿にしたような表情を浮かべたあたり、件の集金人の態度のお陰で何やらひどく不愉快な気分になった。

 慇懃無礼というのは正にああいう態度を言うのであろう。

 

 不愉快で不毛なやりとりの後、外出。

 夕食後に約束通り薙澤君の部屋を訪問。

 所用を済ませた後で、Revolution 3Dとおまけの3com社製ISA版LANカード(10 Base 5/T両対応)を受け取る。

 それから、彼が買った新品(殆どデッドストック状態で某量販電器店にあったらしい)のRevolution 3D(PCI SGRAM 4MB版)を見せられる。

 Revolution 3Dはその発表当時、韓国の三星電子が開発してMilleniumへの供給で名をあげた同社オリジナルのWRAM(それも50nsの超高速動作タイプ)が搭載されているのがウリであった訳だが、今日この製品を見せられて初めてSGRAM版がある事を知った。

 この製品に搭載されていたのは10nsのSGRAMが4チップで、コストや歩留まりの点では明らかにWRAMを上回ると思うが、幾ら高速動作でもデュアルポートの本物のVRAMの一種であるWRAMの50ns品と比べたとしたらどうだったのだろう?

 ちなみに、譲受した方のAGP版Revolution 3Dは8MBのWRAMを積んだ初期のモデルで、先のPCI版と異なり増設WRAMモジュールの追加搭載が可能な様にメモリソケットが実装してあった。

 こういう製品を見るとついつい増設メモリモジュールが欲しくなる(苦笑)ものなのだが、#9社が実質的に消滅した今となってはその入手はかなり難しい事だろうと思う。

 なお、このカードは実家に置いてあるPC/AT互換機3号機に挿してあるImagine 128 Series II(同じく#9製で、Revolution 3Dの先代に当たる)と置き換える予定だ。

 

西暦2000年2月28日

 某オークションで落札したブツの代金を送金。

 

 Windows 2000を使い始めて4日経ったが、今の所特に致命的な問題は出ていない。

 強いて言えば、Acrobat Reader 4.0のインストーラがエラーを出した位で、殊にビジネスアプリについては気味が悪い位快調に動作している。

 まぁ、その本質がNT5と考えるならばそれも当然かと思うが、インストールが実質全自動で済んだ事も含めて、確かに改良されているのだな、と感じる。

 附言しておけばAcrobat ReaderもAdobeのサイトで確認したら4.05がアップされていて、問題が解決していた(笑)。

 ついでに言えば、Windows 2000非対応だったIntelliMouseのドライバ(IntelliPoint 3.0)もMS社のサイトを漁ってみたらWin2000対応になった3.01が置いてあったのでDLして使っている。

 とりあえず、移行の最低条件と考えていたWindows NT 4.0のSP5/6aと同等の使い勝手は確保出来そうだ。

 

 昨日譲り受けたRevolution 3Dを挿してみる。

 無論速度的にはアレだったが、画質は最高だった。

 Matroxの様な造った感じの画ではなく、かといってCanopusの様に淡い色使いでもない、Imagine 128 Series IIとも共通する#9独特の画。

 線がくっきりしているものの、だからといって繊細さは喪わない、絶妙な感覚だ。

 あるいはこれは、もしかするとRAMDACの個性による物なのかも知れないが。

 Direct 3Dの機能実装という意味では所詮ViRGE級でしかないが、このカードもやはり2D、特にGDIによる矩形描画は非常に高速で、32bitカラーの1280*1024でも充分実用に耐えるレベルであった。

 

西暦2000年2月29日

 起きてメールを確認したら、例のオークションで#9製Revolution 3D(WRAM 8MB PCI版)の落札に成功していた(喜)。

 で、すぐに出品者の方に連絡を取る。

 多分明後日位に入手出来るだろう。

 

 紀伊国屋書店で佐藤大輔初のハードカバーである「鏖殺のフッケバイン」と、紫堂恭子の未完の快作「ブルーインフェリア」の再刊第3巻(遂に未刊行部分が読める様になった)を購入。

 片や完璧なまでにプロフェッショナルな第二次大戦期のドイツ国防軍軍人(武装親衛隊隊員ではない)が主人公の戦争小説、片や癒しの要素の強い海洋冒険コミックという事で何やらエラく対照的なのだが、世界が疲弊しきっているあたり、実は意外と共通性が強い部分があったりする(苦笑)。

 

 帰宅後、「鏖殺のフッケバイン」を読む。

 ・・・流石は佐藤大輔、相変わらず凄惨な話を書くなぁ。

 でも“Panther”=「パンター」を「パンテル」、“Jagd Tiger”=「ヤクト・ティーガー」を「ヤークト・ティーゲル」と表記されるのは個人的にはちょっと辛い(苦笑)。

 この辺の発音/日本語表記問題は様々な異説がある訳で、必ずしもこれが正解と断言できる性格の物では無い事は重々承知しているつもりだが、「パンテル/ティーゲル」ってのが明らかに違う(どちらかと言えばこれはフランス語の発音に近い)事はドイツ語を少々なりとも勉強すれば理解出来ると思うのだが・・・。

 というか「ドイツ週間ニュース」のナレーション(当然ドイツ語)では明らかに「ティーガー」って言っていたぞ(苦笑)。

 まぁ、RSBC(=Red Sun Black Cross)をはじめとするこの方の作品全てで「パンテル/ティーゲル」という表記が取られているので、統一性があるといえば統一性があるのだが。


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