いわゆる更新記録(靖間 誠PC日記兼用)

西暦2000年1月1日−1月31日分


西暦2000年1月1日 

 あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願いいたします。

 

 Y2K問題も大過なく収束に向かった様でまずは目出度い。

 

 今日は両親と共に、

 奈良→JR関西線普通(103系電車)→王寺→JR和歌山線区間快速(221系電車)→高田→JR和歌山線普通(105系電車)→五条

 と電車を乗り継いで五条の北方にある大善寺なる寺院を参詣。

 

 ちなみに自動車を使わなかったのは途中神社参拝客で道路が渋滞するのを嫌った為だ。

 

 この寺院には室町時代に作られた清涼寺式の釈迦如来像(重文)があるという事で訪問したのだが、御住職の出迎えを受けて収蔵庫に安置されている件の像を拝観させて戴いた際に、御住職がいきなり読経を始められて大変に驚く。

 ほれぼれする様なバリトンで詠唱される般若心経は格別であった。

 後で聞けば元日に同寺を参詣する様な好き者は先代住職の時代以来少なくとも半世紀以上絶えて無かったのだそうで、当方としても正月に大和の古寺を訪問する様になって以来結構になるが、元日に拝観した際に読経をあげていただいたのは初めての事であって、双方共に初めて尽くしの元日となった。

 なお肝心の釈迦如来像は室町期の像という事で決して傑出した出来という訳ではなかったのだが、その絶妙なるプロポーション故に何と言うか非常にすがすがしい姿で、思わず心が洗われる様な気分だった。

 

 同寺を辞して五条駅に戻り、

 五条→JR和歌山線普通(105系電車)→吉野口→近鉄吉野線特急さくらライナー(26000系電車)→橿原神宮前→近鉄橿原線特急(18400系)→大和西大寺→近鉄奈良線準急(8800系)→近鉄奈良

 と電車を乗り継いで奈良まで戻った。

 

 久々に乗った近鉄特急だが、さくらライナーの秀逸ぶり(モケットがすり切れかかっていたのが気にはなったが)と懐かしの京都線特急車である18400系のサービスの落差のあまりの激しさに少々驚かされた。

 昔自動車ではなく電車で奈良を訪れていた頃に帰路の奈良→鶴橋で特急に乗車していた時(今にして思えば、18000,18200それに18400とその頃既に格下げされてしまっていた680系以外の歴代京都線特急車の全てが充当されていた訳だ)には18400もそれ程悪いとは思わなかったのだが、20年後に設計された車と比較されればいかにも分が悪い。

 何というか特急料金を取るのが間違っている様なアコモデーションだ。

 この時期の車についてはやはり早い内に新世代特急車(22000系だったか)へ交代する必要があろう。

 

 結局今日はこの一件だけしか回らなかった。

 

西暦2000年1月2日

 今日は西念寺なる融通念仏宗に属する寺院と、天理近郊の正暦寺並びに弘仁寺を訪問した。

 西念寺には室町期の十一面観音像があって、それはいかにも周囲の村里の素朴な信仰に支えられて来た御仏である事が伝わって来る様な、簡素だが親しみの持てる造形だった。

 それに対して正暦寺と弘仁寺はいずれも年号を寺名に戴く勅願寺であり、一時は大寺院の配下として栄華を極め、特に正暦寺は鎌倉期に興福寺の後ろ盾の下、奈良一円の酒造権を支配した(そして、ここで今の清酒は誕生した)大寺院であったという。

 それが相次ぐ兵火その他で堂屋の大半を喪い、強固に組まれた石垣にのみその面影を留める様は、何というか無惨だった.

 このあたりで言えば喪われし内山永久寺もそうだが、年号をその名に戴く由緒正しき勅願寺が揃って零落し廃れていったのは一体何が理由なのだろうか?

 まぁ、廃仏毀釈が最後の大打撃となったであろう事は容易に想像がつくが、それ以外にも何かロクでもない理由があるのではないかという気がしてならない。

 西の京の古刹がほぼ消滅を免れた事を思うと、大御輪寺を始めとする神宮寺を含め、いわゆる“山辺の道”沿線に所在したこの近辺の寺院の消滅/衰退は異様ですらあるのだ。

 

 その後、春日大社と東大寺二月堂を参詣。

 静まり返っていた天理近辺の諸寺とは対照的に、騒然とした空気に包まれた春日大社の境内が非常に印象的であった。

 

 ホテルへの帰路、寄り道をして中古CDを2枚購入。

 新居昭乃の“空の森”と“そらの庭”だ。

 

西暦2000年1月3日

 楽しい正月休みも今日で終わりだ。

 

 最後に奈良そごうの美術館で“椿”をテーマにした絵画展を鑑賞。

 大観の破格ぶり、神泉の深遠さ、それに華楊の優しさが印象に残った。

 なかなか良い感じだ。

 が、現代作家の作品を見ていっぺんに興ざめする。

 何じゃこりゃ(溜息)。

 

 日本画は福田平八郎や高山辰夫の世代で終わった、いや、終わってしまった。

 

 そんな感想を抱いた展覧会であった。

 

 往路を逆に辿って姫路まで戻り、ついでに新年の挨拶回りに付き合う。

 

 帰宅後、昨日買ったCDをDATに落とす作業を行う。

 ちなみに機器構成は

 P-2 / Esoteric (CD Transport) → Optical Cable → RMR-D3 / SONY (Digital I/O Unit) → (TCD-D7 / SONY (Portable DAT Recorder)

 という極端にアンバランスな組み合わせだが、持参したDATと父のCDプレイヤーで有り物を組み合わせるとどうしてもこうなってしまう。

 だが、流石に高級機だけあってP-2の出して来る信号は極めて鮮烈だ。

 自分の部屋のLD/CDコンパチプレイヤー(LVD-Z1 / KENWOOD)のOptical出力から送り出されるのとは全く異質の、剛直でしかも魁偉な力に満ちた音がそこにはある。

 こういうのを聴くとオーディオがやめられなくなる(苦笑)。

 

西暦2000年1月4日

 今日は昨年末に終わらなかった決算の手伝い。

 どうにもおかしいと思っていた事の原因が消費税にある事が判り、どうにか処理。

 消費税の計算は訳が分からない。というか、理屈は判っても納得し難い、という感じだ。

 帳尻は合わせたが、どうも不安が残る。

 

西暦2000年1月5日

 姫路から岡山へ戻る。

 漸く帰って来た。

 この日記の更新作業をこなす事にしたが、量が多くて結構大変だ(苦笑)。

 

西暦2000年1月6日

 疲労困憊時に錯乱し、勢いで“機動戦艦ナデシコ <特別編>”と坂本龍一の“未来派野郎”を買う。

 うむ、坂本龍一はやはりこの頃がイカす。

 

 AT2号機が128MBでは仕事にならないので、結局薙澤君から128MBのPC133 CL=3 SDRAM DIMMを購入して追加搭載。

 贅沢だという話もあるがNTをメインで使用する場合、これは最早必要最低限の設備投資だと思う。

 

西暦2000年1月7日

 最近カウントの増加率が僅かながら上昇している。

 やはりレトロPCのサイトにリンクされたのが大きいのだろうか?

 

 だからという訳ではないが、忙しくて年末に約束していながら出来ていなかったMolice君のサイト3つにリンク。

 

 肝心の当サイトの1型x号系の更新と、2型x号系の試作(試製2型1号)は途中で止まっている。

 特に2型の方は公開までにはフレームとそのレイアウトについて、もう少し突っ込んで検討してみる必要がありそうだ。

 道のりは長い。

 

 西暦2000年を無事乗り越えた記念(笑)としてX68030のHDを交換。

 2GBのDCAS-32160/IBMをフォーマットして繋いだ。

 一応NetBSDインストールの布石としてパーティションをそれ用に切っておいたが、CD-ROMドライブを繋ぐのが面倒なのでいつ入れる事になるやら(苦笑)。

 その後、FCPというライトバックキャッシュ内蔵のコピーツールを用いて旧ドライブから新ドライブへのファイルの転送を実施。

 これが結構時間がかかるのが辛い。

 最近7200・10000rpm級ドライブの速さに慣れてしまっているので、4500・5400rpm級ドライブ、それもSCSI-1転送がどんなに遅い物なのかを綺麗に忘れ果てていた。

 これをどうにか終えてから、GOVERHD.XというHuman68k上で1GB超のHDを使う際に実質的に必須のソフトを用いてHDのブートセクタ等に書かれたコードの1GB超パーティション対応のパッチ当てを実施。

 これで再起動すると無事動作した(喜)。

 ここで、SX-WINDOWの動作上のボトルネックの一つがHDであった事が確認出来た。

 何しろ起動速度が全然違う(笑)。

 恐らく、これでSCSIインターフェイスボードをMach-2pにでも交換すればまた状況は変わるのだろう。

 何故なら、私の見るところDCASはまだその全性能を発揮しているとは言い難いからだ。

 

 予算が調達出来ればMach-2pは欲しい。

 

西暦2000年1月8日

 某所で「廃棄」と書かれた箱の中からEPSONのPM-750Cを発見。

 非常に綺麗な状態で、流石にマニュアルやドライバCD-ROMは付いていなかったが付属品は大体揃っていたので即持ち帰る(笑)。

 部屋に戻って早速起動してみるが何やら動作がおかしい。

 ははぁ、どうやらこれが廃棄の原因だな、と思いながらケーシングを外して調整したら、あっさり正常動作する様になった(苦笑)。

 Mac用シリアルポートが付いていたのでとりあえずPower Macintosh 8500/132に繋いでいる。

 

 まぁ、この位の価格帯の機械で年末の忙しい時期に故障とかされたら、修理に出すよりいっそ新品を買った方が賢明なのは事実だけど、どうも腑に落ちない話ではある。

 何しろこれは出てから3年程度しか経っていない製品なのだ。

 

 PM-750Cを拾ってから暫くして、NECのPICTY 400を拾う。

 これも似た様な時期のインクジェットプリンタだ。

 2つとも昔NECの派遣でDE○DE○店頭にて販売促進のバイトをしていた時に自分が売っていた機種だけに、何というか感慨深い物がある。

 とりあえずPICTYの方は動作チェックをして動く様なら、実家に持って帰ってAT1号機改め3号機に繋ぐ予定だ。

 

 余談だが、PM-750Cは結局Power Macintosh 8500/132ではちゃんと動かなかった。

 ちなみにその原因は情けない事にメモリが足りなくて作業出来なかった為の様で、予算の都合でメモリをケチった事の報いであった(泣)。

 

 なお、PM-750Cのインクは切れていたので買う必要があったのだが、時間が夜8時を過ぎていてPCショップ等は閉まってしまっていたので買いに行けなかった。

 が、もしやと思ってローソン法界院駅前店に行ったら何故かカラーとブラックの両方のカートリッジが在庫していて買えてしまった(爆)。

 この店は230MB MOディスクまで常時在庫しているというとんでもない店なのだが、よもやEPSON系カラープリンタ用インクカートリッジまで揃っているとは思わなかった(苦笑)。

 もっとも、流石にCANON系カラープリンタ用インクカートリッジは無かったが。

 

西暦2000年1月9日

 夕食を取りにいつもの定食屋に行ったら後輩のA.S.君がいた。

 で、話していて以前彼に売ったPC-9821As2のセットアップが上手く行かないとの報告と、どうしたらいいのかと相談を受ける。

 食後にとりあえず彼の部屋を訪問する。

 

 おお、部屋の床が見える(笑)。

 

 それはともかく、動作しない理由がなかなか分からなくて焦る。

 結局その原因は掴めた(これまで入れていたATAのHDを外して私が売った1GBのSCSI HDを繋いだ結果、BOOTセクタが無くなったか破損したのが原因であった様だ)のだが、その後のWindows 95のセットアップが上手く行かなくて悩む。

 ちなみにこのマシンの現在の構成は

 

 CPU:486DX2 66MHz RAM:5.6+8+8+4*3=33.6MB L2C:128*2=256KB

 GA:Power Window 964LB SCSI-IF:IF-2768 LAN:LGY-98

 HDD:Fireball 1080S + CFA+340S

 

 といったところで、特に癖の強いパーツはチョイスしていない(というか、私がさせなかった)筈なのだが、流石にWindows 3.1世代のマシンだけにあれやこれやと問題が多発する傾向がある様だ。

 このAs2は私が持っていた頃から幾度と無く謎の挙動を示した難物マシンなのだが、それにしても今回は妙な動作が目立った。

 一体何が原因なのだろう?

 

 実はかつてI先輩の持つAp2をセットアップをした時にも似た様な状況が発生した事があって、この時はWindows 98をインストールして解決した(つまりWindows 95では問題を解決出来なかった)記憶がある。

 その辺を考慮するとこのマシンもWindows 98を入れた方が良いのかも知れない。

 まぁ、そうなると32MBやそこらのメモリじゃ足りないし、DX2の66MHzなんてのでは遅くて話にならない訳だが。

 

 これのお陰で翌朝5時頃までA.S.君の部屋で粘る羽目に陥ってしまったが、結局問題は解決しなかった(溜息)。

 いずれ、機会を見つけてリターンマッチだ(苦笑)。

 

西暦2000年1月10日

 紀伊国屋書店で川上 稔の“閉鎖都市 巴里”下巻購入。

 OSAKAは多少ナニだったがこれは素直に面白い。 

 

 実家から電話。

 65マルク分の紙幣を用意する様に命ぜられる。

 何故に65マルク?

 

西暦2000年1月11日

 1型52号、仮竣工。

 変更点はいつもの通り細々した修正と、S1857-B Trinity 371の追加。

 “今回のお言葉”はあの世紀の大役者(笑)ヒトラー氏がA4なる新型花火(爆)の試射風景を撮った記録映画を観た際に発したもの。

 ナチ関係者の言葉が続いているが、彼らの発言には考えさせられるものが多いのは確かだ。

 

 後輩のA.S.君とレンタルヴィデオで借りてきた“デュアル”の最終巻を観る。

 ううむ、ご都合主義もここまで来ると最早立派だ(笑)。

 

西暦2000年1月12日

 1型52号、一応正式竣工。

 昨日からの変更点は、AT互換機のマザーボード関係で修正・追加変更を幾つか。

 本当は他にも追加/変更したい項目は結構あるのだが、結構忙しくてなかなか作業が進まない。

 

 中古でPLEXTORの32倍速CD-ROMドライブが出ていたので何となく買ってみる。

 というか、ウチの場合CD-RがPLEXTORなので揃えておくと何かと便利なのでこうしてみた。

 元々TEACの32倍速ドライブを使っていたので、速くなった感じは全く無い。

 それどころか挙動が変なので、かえって遅くなった様な感じさえする(爆死)。

 まぁ、作りはそれなりに良い感じなのだが。

 ちなみにファームウェアのリビジョンは1.01。

 で、確かファームウェアの更新の話があった筈だと思い出してメーカーのサイトを検索。

 すると、40倍速版はファームウェアアップデータがサイト上に置いてあったが、32倍速モデルについてはリビジョン1.00/1.01を対象に、メーカーに返送して更新するサービスの案内だけがあった。

 げ、確かにこの製品ってファームウェアがFlashメモリじゃないからメーカー送りにしなきゃならなかったんじゃないか(爆)。

 成る程、これが面倒で放り出した訳か(苦笑)。

 要するに、安い出物にはそれなりの理由がある、という事だ。

 

 まぁ、普通に使う分にはこれでOKだし、いざとなればCD-RやDVD-ROMドライブでも代用はきくから問題は無いのだが。

 

西暦2000年1月13日

 常用中のWindows NT Workstation 4.0にService Pack 6aを適用。

 56MBのDLはなかなか辛かった。

 今の所特に変わった事は無いが、問題が出ていない状態でのバグフィックス/パッチ当てというのは本来そういう物だろう。

 まぁ何にせよ、問題無しが一番だ。

 

 とある事情でAT2号機のキーボードをTERADRIVE 106キーボードに交換。

 ううむ、Deleteキーの位置の違いがこんなに影響が大きいとは考えなかったなぁ。

 手持ちのマシンでEsc/Ctrl/Delete(Del)/半角(Xfer・XF5)といった文字キー以外の特殊キーの配置がそれぞれ違う、というのは全くもって面倒な話だ(溜息)。

 だが、だからといって統一する訳にも行かない、と言うのが実は一番厄介な問題かも知れない。

 特に、X68030には106キーボードも98標準キーボードも余程無理をしなければつながらないものなぁ・・・(溜息)。

 

西暦2000年1月14日

 今日は自動車教習所で仮免検定・・・の筈だったのだが行けなくなってしまった(泣)。

 というか行こうとして自転車で走っていたら、使い古して坊主になっていた前輪タイヤが「バビューン」という凄い音と共に破裂して操舵不能になり、当然の帰結として転げ落ちるという悲惨な状態に陥ってしまったのだ(核爆)。

 いやぁ、まさかタイヤがバーストするなんて夢にも思わなかった(苦笑)。

 幸か不幸か飛ばしてはいなかったので打ち身程度で済んだが、何しろ人家も無い様な所を走っていたので自転車屋も見当たらず(早朝なのであっても開いていない可能性が高かった訳だが)、やむなくそのまま自転車を押して部屋まで戻った。

 帰途、自転車で走れば20分足らずの所が自転車を押して歩くと約2時間というのはある意味驚くべき事であった。

 

 ・・・そうか、俺って結構飛ばして走っていたのな(爆)。

 

 帰宅後、暇なのでいつもの様にAT2号機を起動し、仕掛品の作業をしようとしたら何故かマウスが動かない。

 ついでにキーボードも反応しない。

 

 ・・・エラい事になった(汗)。

 

 昨日キーボードが絶不調で、NTのデバイス設定をあれこれいじっていたのだが、どうもそれが悪かったらしい。

 状況を勘案するにi8042・PS/2ポートドライバがちゃんと起動していない様なのだ。

 で、あれこれ対策を講じてみるもものの見事に撃沈(泣)。

 諦めてNTを新規インストールする事にし、さっさと眠る。

 

 今日は全くもってどうしようもない程に厄日であった(合掌)。

 

西暦2000年1月15日

 昨日の続きでNT再インストール。

 

 全面的に入れ直しという事で、悲惨な位時間がかかるので暇つぶしにMA.Kの1/20 FIREBALL(日東科学教材)を組み始める。

 げ、何か知らないがパーツの合いが同金型のS.A.F.Sよりかなり悪くなっている(涙)。

 こういう金型って量産で使うと急激に痛むのかなぁ・・・(溜息)。

 それにしても、胴体を組んだだけで幸せになれる(笑)ってのは物凄いデザイン力の為せる技なんだろうなぁ、やはり。

 恐らく、Ju188の機首回りあたり(あるいはHe219か?)がデザイン上のルーツなのだと思うのだけど、このS.A.F.S系パワードスーツの胴体は妙に愛らしく、しかもなかなか飽きが来ない。

 もっとも、パワードスーツという物をある程度厳密に考証してみたらこれは“???”って感じの部分で一杯なのだけど、その存在感というか何というか、有無を言わさぬ程デザインの説得力が異常に強い(笑)ので、いつも押し切られ誤魔化されて『・・・まあいいか』となってしまう(苦笑)。

 実際問題として、これの中は一体どういう構造なのだろう(笑)?

 そんな疑問を抱きつつ、胴体を前後の分割線(詳しくはPlayOnLine誌で連載中の“MA.K”を参照の事)で切断してみる。

 成る程、断面はこうなっているのか。

 だとするとこれは間接視認という点も考え合わせると、パワードスーツというよりむしろAT(ボトムズのアレね)に近い構造だよなぁ。

 

 そんなこんなで、インストール終了。

 どうにかメールデータは移行に成功した。

 が、先日来DLしていたNTのSP6a関連ファイル群(合わせて120MB程度)をうっかりロストする(涙)。

 これだから再インストール・再構築は厭なんだよなぁ(溜息)。

 

 自転車が使えない関係で岡山電軌に久々に乗った。

 で、その時乗った車は7201だったのだが、降車の時に運転台を覗いたら清輝橋/東山寄りだけ元西鉄北九州線600形のDR BC-447(日立製作所製)に制御器が交換されていた。

 乗車時に見た岡山駅寄り運転台は元秋田市交通局200形由来のNKR-8のままだったので、単純に故障か検査周期の都合で乗せ換えた物と考えられる。

 こういう扱いが出来るという事は、DR BC-447は回路構成というか内部スイッチの構成の点でKR-8と互換性があるという事になる。

 まぁ、シリアル4ステップ+パラレル4ステップ、後は電制があるだけでフィールドタッパ無しって簡素な構成のダイレクトコントローラであれば互換性も何もあった物ではないのだが(苦笑)。

 

 夜になって今治のW.T.先輩と長電話。

 MA.Kの話で変に盛り上がる。

 Melusineのガレージキットを正月に岡山に来られた際に買われたそうで、自慢されて少々悔しい。

 ま、仮に今店頭にあっても買う金無い訳なんだけど(苦笑)。

 

西暦2000年1月16日

 参った。マジでTERADRIVE 106 Keyboard、駄目かも知れない(涙)。

 秒間16連射(爆)で“L”とか打たれてもなぁ(溜息)。

 幸い今の所IBM 5576-001があるので何とかなるが、Windows 2000ではこれはサポートされないみたい(そればかりか5576-002/003も)なので、その辺が出て来たらどうにか工夫をせねばなるまい。

 あるいは、そろそろ真剣にIBM Enhanced 101 Keyboardあたりの調達を検討すべきか。

 とりあえずテラドラキーボードの修理をやってはみるつもりだが。

 

 久々に“ドイツ週間ニュース”を観る。

 しかしアレだね、仮にも戦争のニュース映画でワーグナーの曲をBGMにするか?

 選曲センスがイカしているのは確かだけど、絶対何か間違っている(笑)。

 戦闘中ちゃんと盛り上がるべき所で曲も盛り上がる(特に列車砲の砲撃シーンとか、対地攻撃機の強襲シーンとか)あたり、確信犯なのは明白だ。

 

西暦2000年1月17日

 PC-98x1用のFM音源ドライバであったP.M.D.の曲データをWindowsマシン上で演奏する為の再生用DLLであるPMDWinをDLする。

 で、試しに梅本竜氏の“EVE Burst Error”PMDPPZ対応曲データを鳴らしてみる。

 おお、何かしらんがXv13に86音源を挿して演奏しているのよりも綺麗に聞こえるではないか(驚)。

 というか、こんな音が鳴っていたのか、この曲は(爆)。

 つくづく、最近のエミュレータ技術は凄いと思う。

 68のFM音源ドライバの1つであるMXDRVのデータを鳴らすMDXWinでArsys Softの“Knight Arms”と“Star Cruiser”(共にX68000版)の曲データを聴いた時にも思ったが、元の音源よりも今のサウンドカードのPCM音源出力の方が音質的には絶対有利(何しろ外付けDAC代わりにDATを繋いで聴いている)なので、エミュレータの性能というか再生品位が高ければ高い程元よりも確実に良い音で聴けるという事になる訳だ。

 

 ・・・とすれば、その内98のDOS版ゲームもWindows上のエミュレータで走らせた方が良いという状況になる可能性があるという事か?

 まぁ、現時点でも「86音源+ちびおと」の環境をエミュレートしている98エミュレータがある位なのだから、それは最早可能性ではなく、現実性の領域の話になって来ている訳なのだが。

 

 夕方に学生会館で後輩のO.Y.君と会う。

 で、“神威”なる怪しげなWin9x用同人シューティングゲームを貸される。

 

 古本屋で「鉄路50年」(京阪電鉄50年史)を発見。

 長い事探索し続けていた本の1冊だけに物凄く欲しいが、奥付付近に書き込まれた売価を見て目を剥く。

 このコンディションで¥18,000は辛すぎるよなぁ、何が何でも(溜息)。

 金も無いので、とりあえず保留という事にした。

 

西暦2000年1月18日

 深夜というか早朝にO.Y.君襲来。

 

 借りていた“神威”を返す。

 とりあえずプレイしてみた感想だが、Ray ForceとRay Storm、それに蒼穹紅蓮隊を足して濃厚なTAITO味(苦笑)で仕上げたみたいなゲームであった。

 何というか、技術とその情熱は素晴らしいが、上の3作、特に前2作にあった様なロックオンシステムの爽快感に欠けるのが辛い感じだ。

 

 ついでに2人で“THE ビッグオー”第9話以降を鑑賞。

 ううむ、やはり滅茶苦茶面白い。

 後1話で終わりだというのが何より残念だ。

 いずれ第2シリーズがあるものと信じているが、どうなるだろう?

 

西暦2000年1月19日

 “THE ビッグオー”最終話を観る。

 ぐぉおお、何じゃこりゃぁ!

 何というか妙に伏線張りまくり(苦笑)の幻想的な話だった。

 ついでに、思いっきり後ろ髪を引かれる様なラストシーンに愕然とする。

 まぁ、最後の最後にドロシーが美味しい所(笑)を持っていった話ではあるのだけど。

 ・・・こりゃ本当に第一部完だ。

 

 2型1号公開の準備としてサイト内のディレクトリ構成変更。

 相対アドレスで内部的なリンクを指定していたので、ディレクトリごと移動した分については殆ど変更しなくて済んだのは幸いであった。

 そんな訳で1型の方のコンテンツ内容は特に改訂していない。

 

西暦2000年1月20日

 2型1号の記述に追われる。

 この過程で実は1型に結構無駄なコードが含まれていた事が判明(泣)。

 どうもhtmlは(恐らくそれはどんな言語でもそうなのだが)編集の手順次第でかなり無駄なコードが出る様だ。

 負荷率は極力下げたいので、ひたすら削る。

 もしかしたらブラウザの種類によっては問題が出るかも知れない。

 その辺は当方ではチェック出来る範囲が限られるので辛い所ではある。

 普通に書いてからテキストエディタでソースを編集して無駄を削る、というのが今の時点での正解か。

 

 講義に出席。

 

 夜半、隣の部屋に住む後輩のS君が襲来。

 手持ちのMOのデータをCD-Rに焼いて欲しいとの事だった。

 続いて鉄道研究会OBのY氏が来訪。

 鉄道について、或いはサークルの未来について、あれやこれやと長話。

 

西暦2000年1月21日

 母から電話。

 「FDを入れっ放しで起動しようとしたら何か英語でメッセージが出て止まったが、この場合どうすれば良いのか?」

 との質問であった。

 ・・・いかにも初心者な質問だが、対処法というのはこういうトラブルを経験しなければなかなか憶えられるモノでもないので、ついでにあれやこれやと状況別の対処法を伝えておく。

 その幾つかは母にとっては想像外の処置だった様だ。

 まぁ、確かにATX電源スイッチの「電源ボタン押しっ放し約4秒で電源遮断」というのは、普通に使っている限りは思いつかない様な対処法ではあるよなぁ(苦笑)。

 

西暦2000年1月22日

 書店にて新刊書籍購入。

 ブツは待望の「地球連邦の興亡 4 さらば地球の旗よ」(佐藤 大輔 著/トクマノベルズ)、「陰陽寮 参 丹波死闘篇」(富樫 倫太郎 著/トクマノベルズ)それに「有翼騎士団 2 夜を紡ぐ銀の侯爵」(赤城 毅 著/C☆NOVELS FANTASIA)など。

 どれも続き物ばかりで、おまけに結構先の気になっていた話ばかりだったので、続きが出た事で安心半分、といったところか。

 残りの半分はこれからのお楽しみ、という事になろうか。

 とりあえず佐藤大輔の作品刊行ペースが上がっているのは何より喜ばしい。

 

 夜になってサークルの先輩であるI氏が襲来。

 あれこれと話す。特に“PANTZER FRONT”の話を結構した様な気がする(苦笑)。

 

 2型1号の記述・編集・校正作業を行う。

 ソースをご覧頂けばお判りかと思うが、これまでこのサイトの各ページはFrontPage Expressによって記述を行って来た。

 こいつはフレーム編集を基本的にサポートしていないので、それを行うにはそれなりのツールを用意するか、それともhtmlファイルをテキストエディタで記述/編集するかのいずれかを選択する必要があるのだが、今の段階ではコストをかけて専用ツールを購入する気にもなれないので、htmlの命令一覧を入手したせいもあってとりあえずテキストエディタで全面的に書き直す事にした。

 で、いつも使っているエディタで編集すべきファイルをロードしてソースファイルを表示してみて愕然とした。

 「な、何じゃこりゃ・・・」

 少し前にも書いた事だが、表示内容がまとも、というか私の意図通りだったので気にもかけていなかった為か、そこには私の予想もしていなかった様なコードが並んでいた。

 わざわざ行頭のブランク(” ”のダブルクオーテーション内にある空欄を表示する空白文字ね)に色替えを指定して、その後に続く本文で再度色とフォントサイズを指定し直す、等のどう考えても無駄以外何物でもないゴミの様なコードが犇めいていたのだ。

 まぁ、ある程度の冗長性が必要な事は認めるにしても、あれはどう考えても酷い、そう思わざるを得ないコードであって、それを整理するだけでもキロバイト単位でファイルサイズが削減出来そうであった。

 当然それを放置しておくというのはアレなので、現在一つずつ確認しながら最適化を実施しているのだが、作業途上の現時点でさえ30KB以上のファイル縮小が実現してしまっているのであるから、これが原因で生じているネットワーク上の負荷増大というのは結構馬鹿にならない気がする。

 実際、FrontPage Expressの生成するソースでは読み易さ優先という事か1行おきに改行を入れてある訳だが、これはつまり実際に表示する文章の改行1回毎に1バイトの無駄が生じているという事であって、例えば5000行の文が表示されるページであればそれだけで5KBものファイル容量が無駄に消費され、そのページが1回アクセスされる毎に5KBの無駄なパケットがネット上を飛び交っているという事なのである。

 FrontPage Expressのみでページ作成を行うサイトの数がどの位あるのかは知らないが、大まかに言っても(サイト数×各サイトのページに含まれる平均改行数×1日の各サイトの平均アクセスページ数)バイト以上の規模で毎日ネットワークのトラフィック負荷が増大している事になる訳で、そう考えればこれは決して無視出来ない深刻な問題なのではないだろうか?

 無論、それはプロバイダ業者その他が対策を考えるべき問題であるのかも知れないが、各個人が極力軽いページを作る配慮をするだけでその表示速度は向上し、ついでにネットワークの負荷も下がる訳だから、この種の最適化はもっと努力されるべきだろう。

 

西暦2000年1月23日

 昼に後輩のK.Y.君来訪。

 用件は「DVDプレーヤーを持っていないので、買って来た新作DVDソフトを見させて欲しい」との事であった。

 ところが、いざ見ようとしてPCを起動し、そういえばWinDVDアップグレードしていなかったよな、と思ってうっかり修正モジュールインストールしてしまったら、なんとDVDを見る事が出来なくなってしまった(爆)。

 症状としてはWinDVDがDVDドライブに挿入されたDVDを認識しなくなってしまう(そればかりかリージョンコード(国別識別番号)も認識しなくなる)というもので、それならば、とWinDVDをアンインストールして再インストールしても症状は全く改善されなかった(泣)。

 これでは埒があかないので、仕方なくWindows 98そのものを再インストールしたのだが、ここでWinDVDを入れても症状は改善されなかった。

 そこで散々考えた末にWinDVDのディスクに収録されているWinDVD以外のファイルを確認してみたら、インストール時のダイアログに表示されるDirect MediaとDirect X6の他にAdaptecのASPIマネージャらしきファイルがある事に気付いた。

 もしかしたらASPIマネージャの機能を利用しているという事なのか? と思いながら何気なくこのファイルをダブルクリックしてみたらエラーが出て止まってしまった。

 で、あるいはこれが原因の一つなのか? という事でAdaptecのサイトにあったのを以前落としていた最新版のASPIマネージャをインストールしたら、あっさりWinDVDは正常動作を始めてしまった(喜)。

 まぁ、これ以外にも色々いじっていたので断言は出来ないのだが、状況証拠を鑑みるに多分これが原因なのだろうと思う。

 

 ちなみに漸く画が表示される様になって観たのは、あの藤田一己(“青の騎士ベルゼルガ物語”(小説)、“凶兵器ヴァン・ヴィール”(小説)、“機動戦士Zガンダム”(TVアニメ)、“タイラント・ソード”(雑誌連載企画)、それに“フラッパーズ”(コミックス)等でとんがったメカデザイン(笑)を担当)が新作メカを担当する“ガオガイガー”のOVA第一巻だ。 

 感想は、「いやぁ、やっぱり藤田メカは格好良いねぇ(爆)」であった(苦笑)。

 

 “ガオガイガー”を観た後で、自宅に帰るK.Y.君の車に便乗させて貰って倉敷へ。

 何気に行きたかった某中古ハード屋に行くのだ。

 店内を見回してみての感想は、「ううむ、こんなものか」であった。

 何というか、Power Macintosh 9500/120とか結構気になる物件も幾つかあったけど、岡山の系列店よりは狭い分インパクトが弱い感じなのだ。

 帰路は岡山までJR山陽線に乗車。

 多数のドアからのすきま風が寒い103系電車であった。

 

西暦2000年1月24日

 今日は総社にある某中古屋へ。

 JR吉備線の普通で行ったのだが、行きの列車はワンマン運転仕様のキハ40重連(ロングシート車)であった。

 地図を手に東総社の駅からてくてく歩くこと暫し、たどり着いた店の面積は大した事がなかった。

 が、その中身は大したもので、中古オーディオ機器コーナーはちょっと衝撃的だった。

 何しろ“エクスクルーシブ”(パイオニア社の超高級オーディオ機器向けブランド名)のC-5(コントロールアンプ)にM-5(モノラルパワーアンプ)*2という、どえらく高級な製品が並んでいたりしたのだ。

 まぁ、幾ら中古品だと言っても何しろ元が凄まじく高価な機械であれば値段は自ずと高くなる訳であるが、それでも元値を考えれば馬鹿安な訳で、多分に刺激的だった。

 反対にここのPCジャンクコーナーはラインナップの幅という点では面白味に欠ける感じなのだが、とりあえずお目当てのブツは一つ見つけた。

 PC-9821Ae/U2 \2,000。

 幾ら最下位機種とはいえ、幾らジャンク扱いとはいえ、A-mateがこんな値段で売られる時代になったのかという感慨はある。

 外装が結構痛み、背面のコネクタ群が赤錆びているのが気になったが、拡張スロットにMPU-PC98II(Roland社のmidiインターフェイスボード)が挿さっていたのを見て購入決定(笑)。

 中古でMPU-PC98II単体を探しても¥2,000ではまず見つからない(というかそもそも中古市場であまり見掛けない)から、これはこれでOK。

 レジで金を払い、買った98を担いで来た道を延々歩く。

 ううむ、やはり初代A-mateは無茶苦茶重い。

 末期のAs3/Ap3あたりになると随分内部が整理されて軽くなっているのだが、PC-9801FAの直接の後継機であり筐体構造もかなりの部分を継承している初代A-mateはシールド等が万全な分、内部に異様な充実感がある(苦笑)。

 東総社で暫く待って岡山行きの列車に乗車。

 今度は急行“砂丘”仕様のキハ58と一般仕様のキハ28の2連。

 車内を見るとキハ28の方は標準の固定クロスシートだったが、58の方は以前“砂丘”でお世話になった0系新幹線廃車発生品によるリクライニングシート仕様だったので当然そちらに乗車(笑)。

 結構車内は痛んでいて汚れも目立ったが、暖房が効いていて暖かかったせいか乗車してすぐに寝てしまい、終着の岡山到着時に下車する女性に起こされる(謝)。

 岡山駅から再度98を担ぎ、部屋に戻る。

 

西暦2000年1月25日

 昨日買ったAeのチェックと修繕。

 電源を投入するとめでたくメモリカウントが開始され、一応無事に動作した(喜)。

 が、よくよく見ると外装は思っていたよりもかなり無惨だった。

 そこで以前後輩のA.S.君より貰ったが基板が死んでいたPC-9821As/U2を取り出し、ニコイチする事に決定(笑)。

 こういう場合、同系列モデルでパーツ共用というのが有り難い。

 かくして「外見は完全にAs、だけど中身は全くのAe」という羊頭狗肉なマシンが1台出来上がった(苦笑)。

 問題はメインメモリが1.6MBしかない事で、メモリボードを探し出して挿せば61simmは3枚手元にあるので最低でも8MB程度には出来るのだが、いかんせんそのメモリボード(PC-9801FA・BX/BA・PC-9821Ae/As/Apで共通)が見当たらない。

 よく考えてみたらAsが死んでいた時に怒って廃棄したのだった(泣)。

 まぁ、これはその内何とか出来るだろう。

 でも、Aeってベースクロック25MHzなんだよなぁ・・・(溜息)。

 

 その後学校に行き、サークルの面々と会う。

 その場でMPU-PC98IIとAe双方のお嫁入り決定(笑)。

 

 マザーボードを買い換える後輩のM君に付き合ってパソコンショップ巡り(地獄巡りとも言う(笑))。

 お目当てはTyanのS1854 Trinity 400。

 無事購入に成功。

 別れた後で某DE○DE○にて“MACROSS Plus”のDVDセットその1を購入。

 

西暦2000年1月26日

 今日は朝から自動車教習所で修検。

 しかし、ものの見事に落とされる(泣)。

 やはり10日以上のブランクは大きかった(涙)。

 

 傷心のままパソコンショップをうろついていて、勢いでPentium III 600MHzを1つ購入(爆)。

 これでDVDがコマ落ち無しで見られる様になるだろう。

 

西暦2000年1月27日

 夕食後、後輩のA.S.君とI.A.君と一緒に自室で”MACROSS Plus”のEpisode1・2を鑑賞。

 久々に見たのだが、何度見ても面白い作品だ。

 というか音楽の入れ方と引きのタイミングの絶妙さに思わず唸らされる。

 この作品は良く知られている様にあの“Cowboy Bebop”の渡辺信一郎監督の監督デビュー作品にして出世作だが、既にこの段階でここまで到達していた、というのはやはり並大抵ではない。 

 残り2話分が早く欲しい所だ。

 

 その後、A.S.君の持ち込んだ“THE QUEEN OF HEART'99”なる同人のWindows 9x用対戦格闘ゲームをプレイ。

 何というか、何処かで見た様な攻撃パターンだよなぁ(苦笑)。

 ああ、やはりアレとかソレとかか(笑)。

 ゲーム自身の出来は非常に宜しいが、何かが違う気がする。

 

西暦2000年1月28日

 書店にて新刊書籍購入。

 ブツは待望の「皇国の守護者 4 壙穴の城塞」(佐藤 大輔 著/C☆NOVELS FANTASIA)など。

 やはり佐藤大輔は凄い。実の所を言えばこの人の文章は決して上手くはないと思うのだが、読み手を自分の世界にぐいぐいと引きずり込んで行くその力感、量感そして剛毅さという点では傑出したものがある。

 何より素晴らしいのは、この人の描き出す物語がそのセンスの鋭さ故に最終的に良質なエンターティメントたり得ているという事実で、多くの凡百な仮想戦記作家達がその点で資質を欠くが故に凡百の銘を甘んじて受け入れざるを得ない事を思えば、その貴重さは際立って見える。

 まぁ、パロディでもないのに「ドイツの科学力は世界一」なんてサブタイトルを恥ずかしげも無く自作に付ける様な作家はまずもって一流にはなれないと思うが(苦笑)、そういったラインから明瞭に離れた場所に自分のポジションを確保出来ている佐藤大輔はやはり強い。

 肝心の内容の方だが、「やられた」とだけ言っておこう。

 

 夜になって後輩のM君の部屋を襲撃。

 先日彼が買ったS1854−S(TYAN)のBIOS設定等が目的だ。

 実は彼が買ったボードのBIOSはバージョンが0.81で、FSBその他の設定が自動のみであるなどかなりナニな仕様だった。

 そこで、TYANのサイトにあった最新のバージョン1.00のBIOSファイルをDLし、専用ツールを用いて書き込むとバージョンが(当然)1.00となった。

 ここでBIOSセットアップの内容を確認するとFSBの手動選択が可能となり、しかもRAMの動作クロックの項目もHost ClockのみならずHost Clock±33MHz駆動が追加されていた。

で、これはめでたいという事であれこれクロックを設定して試してみたのだが、ここで一つ妙な事態が発生した。

 何故かFSBを124MHzに設定すると、91MHzという他に例を見ない周波数での動作となってしまうのだ。

 恐らくTYAN側のチェックが甘かったのだと思うが、察するにあの会社はそれ位オーバークロックと無縁なのだろう。

 まぁ、これは次のBIOS更新時に解決されるだろう。

 

西暦2000年1月29日

 悪の行商人(笑)であるI先輩が「いちょうの舞う頃 2」なるWindows用18禁ゲームを売り込みにやって来る。

 「むう、只でさえ金の無い時に何という事を!」

 ・・・とは思ったが元々欲しいと思っていたモノなのでやむなく引き受ける(爆死)。

 このゲームを作ったTypesの前作に当たる「SEVEN」、それに前々作である「いちょうの舞う頃」の2作は共にとてもエロゲーのBGMとは思えない様な物凄い音楽がウリの一つだったのだが、果たしてこの最新作も音楽、特にエンディングテーマ(ヴォーカル付き!!)の出来が秀逸であった。

 ただ、何というかゲーム自体の出来は前2作に比べてテンションがかなり落ちている様な気がしないでもないのだが・・・。

 

西暦2000年1月30日

 2型1号漸く竣工。

 フレーム対応に手を取られたせいで大して中身的には進歩していないのだが、とりあえずトップページに記したURL変更(2000/02/01)までに公開出来た事で良しとしておこう。

 記述開始の時点では色々細かい仕掛けを用意していたのだが、結局当初の計画の60%程度しか構想が実現出来ていない。

 まぁ、所詮そんなモノだという話もあるが何か悔しい。今後順次拡充して行こう。

 現時点では、新作として「旧京阪電鉄新京阪線天神橋駅駅ビル」のページが待機中だ。

 一体どの位の方がこの読みにくいコンテンツ群に目を通して下さっているのかは知らないが、これらは、特に鉄道関係は個人的な覚え書き/思考の整理用メモという意味合いもあるので、今後もあれやこれやと手を入れる事にしている。

 もっとも、今後忙しくなりそうなので果たしてどの位実現出来るかは疑わしいのだが(苦笑)。

 

西暦2000年1月31日

 学生会館の談話室でサークルの面々と延々WWII期のドイツの戦闘機とかのテクノロジーについて話す。

 とりあえず、今日の一等賞は「ドイツの科学力は日本一ィィ!」と臆面もなく言ってのけた「エターナル3年生その3(爆死)」こと後輩のK手R太郎君だな(笑)。

 「お前はナニを考えとるのだ?」と説教をしそうになったが、よく考えてみると(考えるまでもなく、という話もあるが)ウチの後輩はこんなのばっかだという事に気付き、説得のコマンド発動を諦める(苦笑)。

 その代わり、というとアレだがちょうど良いのでここで晒し物だ(笑)。

 ちなみに「エターナル3年」というのは「後輩が入学してから順当に卒業するまでの4年間ずっと3年生をしていた」という驚愕の学生の事をいい、姉妹品ないしは類似例としては更に業の深い「エターナル2年生」というのもある。

 岡山大学の場合、進級の壁は学部によって異なる為、教養科目(外国語等)で進級条件に引っかかる文系の場合だと2年、研究室入りの要件で引っかかる理系だと3年での「エターナル化」が発生する可能性がある訳だが、単位が揃わなくて3年間4年生をやっている私も気を付けないと「エターナル4年生」化する危険性があるので、あまり偉そうな事は言えないなぁ(苦笑)。

 もっとも、一応現時点で卒業要件単位は揃っている筈なので、それ程心配する必要はないのだが。


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