いわゆる更新記録(靖間 誠PC日記兼用)
西暦1999年11月1日-11月30日分
西暦1999年11月1日
前期分の集中講義の単位が出た。
とりあえず、3月卒業に必要な規定単位数は充足された事を確認。
まずは目出度いが、去年までなら前期卒業出来る筈の条件は満たしている訳で、その辺はどうも釈然としない。
集中講義の単位取り扱いを巡る教授会と学生課の認識や手続きのいい加減さに振り回された約2か月であった(泣)。
後輩のM君から彼のマシンのATA-HD(FireBall EX 10GB)を託される。
何かトラブルが発生したらしく、起動不可になってしまったらしい(合掌)。
それを繋いで確認する間もなく、S-FAN OBのI氏が襲来。
最近何だか来訪者が多い(苦笑)。
あれこれCD-Rを焼く。
ついでに2人で「THE ビッグオー」の既放送分3話を観る。
・・・CD-Rは焼くのに時間がかかる事を痛感した。
西暦1999年11月2日
「内山置文」、「内山之記」を収録した書籍(「内山永久寺の歴史と美術 -調査報告書 内山永久寺置文」)を図書館で読む。
流石は大学図書館、こーいうものを探すには非常に便利だ。
が、内容の余りの厄介さに頭を抱える。
次から次に現れる新事実の数々。
・・・これじゃ、他の資料を当たらざるを得ないぞ(溜息)
次はまず、興福寺大乗院関係の資料からだなぁ。
久々に市販ゲームを店で買う(苦笑)。
ブツはTypesの「いちょうが舞う頃」。
聴いたこれの音楽が好みだったので購入(笑)。
というか、これはどう聴いてもHゲーのサントラじゃないぞ。
これの音楽担当の人はかなり出来ると見た(笑)。
西暦1999年11月3日
後輩のM.H.君から託されたHDの復旧+αを実施。
ううむ、幾らUltra DMA/33対応で世代が新しいとは言っても所詮はATAの5400r.p.m.ドライブだ、体感的にかなり遅い。
DNESを見たせいでHDの速度に関する感覚が狂って来ているのは確かなのだが、それにしても遅い。
遅い遅いと言っていても始まらないのでfdiskでパーティションを切りなおし、フォーマットしてから渡されていたWindows 98を再インストール。
OEM版のBootable CD-ROMはFDが要らないので非常に便利だ。
で、次にWindows 2000 Beta 3をインストール。
ここでトラブル発生。こちらもBootable CD-ROMなのでその様に取り扱っていたら起動に失敗した。
その時のメッセージによれば、マルチプロセッサが原因でエラーが出たらしい。
そういえばどこぞの雑誌で、MPSのマシンではWindows 2000 Beta 3のインストールに失敗する、という話が出ていたなぁ、等と思いながらリセットしてWindows 98を起動し、その上でインストールを開始したらこちらは問題なくインストールが完了した。
どうやらWindows 2000 Beta 3のブートFDには問題が残っている様だ。
西暦1999年11月4日
AT互換機2号の3.5インチFDドライブが壊れた。
先立ってより不調だったのだが、遂に壊れてしまった。
恐らくヘッド部の摩耗が原因ではないかと思うが、これは元来拾い物であって一体何時から使用されていたのかさえ明らかではなく、最早処置無しなので仕方なく新品を調達して代替した。
代替品はTOMCAT COMPUTER社のTC-FD35M-3B1。
要するに通常のAT互換機でいわゆる3モード(実際には640KB/720KB/1.2MB/1.44MBの各モードをフォローするので4モードと呼ぶべきか)動作を実現したドライブだ。
まぁ、実の所を言えばこれはミツミのD353M3に各種OS(DOS、Windows 3.1,9x、NT 4.0、それにOS/2 4.0)対応のドライバソフトを添付しただけの製品なのだが、これまで使った事が無く、ものは試しという事で購入してみた。
どれ程高価(税込¥6090)だろうが所詮はFDD、大した事は無いのだが(苦笑)。
西暦1999年11月5日
1型47号竣工。
主な改変部分はPC-98とSCSI関係。
「今回のお言葉」はフリ-ドリヒ大王の発言より。
書店で偶然後輩のLilitia嬢と遭遇。
アヤシイ同人誌を手渡される(爆)。
・・・お願いだから、そーいう激烈に怪しげな代物を公道上でうれしそーに取り出して見せたりせんでくれ(苦笑)。
投下資金の回収が月末近くまで望めない事が確定(謎泣)。
この季節だけに思いっ切りきついのだが、でもまぁ仕方ないか(涙)。
断れない相手だったし緊急を要したのは事実なんだが、下手に頼まれ物を引き受けるのも考えものという事だ(溜息)。
鉄道研究会の方の原稿を書く。
以前書いた井原鉄道の気動車についての記事の全面改定版なんだが、意外と裏を取ろうとすると資料が無かったりして結構厄介だ。
これもその内このサイトで改訂版を公開する事になるかも知れない。
西暦1999年11月6日
とあるPCパーツショップのサイトで強烈なサウンドカードを発見。
それはGuillemot社のMAXI STUDIO ISISで、PCIカード1枚+専用デジタルI/Oブラケットカード1枚+外部拡張入出力BOX(SPDIFのデジタルI/Oと20bitのDAC/ADCによるアナログI/Oを搭載する)という何やらごっつい仕様となっている。
まぁ、プロユースに耐えるまともな音質のカードを本気で作ろうとしたなら、アナログ回りを拡張BOXに追い出してノイズ遮蔽するというのは当然で、寧ろちゃっちいオンボードのステレオミニプラグ端子で金メッキ端子により高音質化を実現!とか言っている会社の方が間違っている(笑)のだが、こういう正攻法な設計はプロダクトレベルで考えるとどうしても高価とならざるを得ず、現実にこの製品には¥43800という一般的なPCIサウンドカードの相場からすれば信じ難い、かなり高額なプライスタグが付けられている。
もっとも、私には20bitのDAC/ADCを備え、しかも32/44.1/48KHzでSPDIF入出力の可能なこの外付け拡張BOXの仕様だけでも5万の価値がある様に見えてしまうのだが(苦笑)。
先ほど書いたパーツショップの通販コーナーを見ていると、この製品は「完売御礼 予約受付中」となっていたから、私と同じ見解の人間は存外多いのだろう(苦笑)。
現状ではWindows 9x系以外サポートしない(というか、W2Kのドライバ書きにR&Dチームは追われているのだそうだ)という点はかなりナニだが、普段使いのカード+これ、という構成では随分便利に使えるのでは無かろうか。
鉄道研究会の原稿を延々書き直す。
大した内容じゃないが推敲・校正を繰り返しておかないとどうも気になってしょうがない。
夜半、千葉県船橋市在住の悪友からTEL。
怪しげなMLに誘われる(苦笑)。
彼は今、地区限定で放映中の「エクセル・サーガ」とやらにハマっているらしい(笑)。
ま、その内どうせレンタルビデオが出回るだろうから、その時借りて観られれば良いか。
西暦1999年11月7日
リンクを3つばかり追加。久々にスゴいモノを拝見させて頂いた。
特にHMX.NETの方は、或いは既にご存じかも知れないが、PC-9800シリーズに興味のある方には御覧になられる事をお勧めする。
廃棄決定のAsを解体して流用可能そうな部品を抜き取る。
結局、使えそうなのは3モードの3.5インチFDD*2とMelcoのEUAシリーズのメモリ拡張機能付きCPUアクセラレータ(8MB DIMM付き。但し転用の関係で既にCPU無し)、それに61SIMMが3枚載ったMelcoのEAB-4000メモリボード位のものだった。
実を言えば電源BOXは生きているのだが、これが流用可能なのは初代A-mateと2代目A-mate限定の筈(少なくとも3.3V電源の必要なAnではコネクタが違うので流用出来ない)なので、正直転用先が思いつかないのだ。
まぁ、それを言えばCPUアクセラレータの方も今更初代A-mate持ちの知人なんて居ない筈なので、転用に困る状態ではあるのだが・・・。
西暦1999年11月8日
5日に出たMS社 vs 合衆国司法省裁判の連邦地裁による事実認定の全文(司法省のサイトに置いてある)をDLして読んでみたのだが、いや驚いた(苦笑)。
まさか判事があそこまでストレートにMS社の行為を罵倒し倒そうとは思わなかった。
まぁ実際、長年この業界を眺めて来た人間ならば(MS社によって余程の利益を受ける地位にでもない限りは)誰しもが思って来た事を文書にしたに過ぎない、と言う話もあるのだが(笑)。
その位シンプルで分かり易い(何しろ私程度の語学力の人間でもある程度読めるのだ)文面だった。
基本的には「MS社はいわゆる独占企業である」とする司法省側の主張に対するMS社側の反論を延々と順序立てて否定して、結論として司法省側の主張をほぼ事実と認定している(という事は、これでこの先の判決の内容もある程度予想がつく様になる)訳だが、正直言ってその量を見ているだけでも気分が悪くなる。
良くもまぁ、ここまでえげつない事を繰り返せたものだと思う。
Digital Research、Netscape、Apple、SUN、WordPerfect、Novel、それにIBM。
今回に関係ないのも含め、すぐに思いつくだけでもこれだけの企業がMS社の不当な妨害行為の餌食になって来た(そればかりか、DR社やWP社は会社そのものが消滅してしまった)訳だが、これ程の暴挙をこれまで誰も止めようとしなかったのは何故なのだろう?
MS社の手口に比べたらスタンダード・オイル社のやった事など可愛いモノだし、AT&T社が分割されねばならなかったというのならばMS社も同様の措置を受ける義務があるという事になろう。
個人的な見解としては、MS社は然るべき部門別に分割し、再統合する事を禁止すべきであると思う。
1型48号竣工。
PC-9800シリーズ遍歴にPC-9801T model W5を追加。
持っていたのをすっかり綺麗に忘れ果てていた(苦笑)。
PersonalComputerについての2,3の事柄にMULTI16に捧ぐ弔歌を追加。
こればかりは流石に誰も作るまい(苦笑)。
今回のお言葉はドイツの建築家ブルーノ・タウトの「ニッポン」より。
西暦1999年11月9日
風邪引いてダウン。
気候の急変に追従し切れなかった(泣)。
なのに鉄研原稿(「井原鉄道IRT355の印象」。私が編集担当ではない方)の締め切りは容赦なく迫るし、編集担当の某氏からの催促メールも繰り返されて胃が痛む(泣)。
・・・結局夜11時までかかって死にそうな思いで完成し、送信。
出来は最悪かも知れない(涙)。
西暦1999年11月10日
以前ここで書いた「いちょうの舞う頃」を出したTypesの2作目「SEVEN」をゲット。
前作にも増してスゴい事になっている音楽に驚愕する。
事情通の知人によれば、ここの音楽担当の人はLeafの名作「雫」等で音楽を手掛けた折戸氏がいたユニゾンBBS系の出であるらしい(未確認)。
確かに言われてみれば匂いに共通する部分がある様にも思えるが・・・。
OBのW.T.氏の依頼で東鳩LD Vol.5(箱付)を代理でどうにかゲット。
ポスターやら何やらが付いていた。
ついでに「太陽の船 ソルビアンカ 2」DVD版をゲット。
パッケージのジュン(キャラね)が物凄く怖い(笑)。
S-FAN OBのI氏が襲来。
2人して今日録った「THE ビッグオー」最新話を観る。
何というか泣かせる人情噺で、思わず貰い泣き(苦笑)。
前回までとちょっとノリが違うなぁ、と思っていたら脚本が小中氏じゃなかった(笑)。
それはともかく、清川元夢演じる所の執事のノーマン氏が最高にイカす。何が素晴らしいといってあの気配り、優しさ、そして忠実さ。正に執事の鑑と言って良い。
というか何というか、俺に清川元夢を下さい((C)平野耕太)って感じだ(爆死)。
それにしても「ビッグオー」のゲストキャラ、毎回キャストが凄いなぁ。今回は古谷徹だった。
で、その後続けて「ソルビアンカ 2」を観る。
・・・何というか果てしなく救いの無い話で、思わず頭を抱える。
もっとも、山寺宏一が怪演するサンチョが笑わせてくれたのは、せめてもの救いだった。ただ、演出や使い方を間違っている様な気は凄くするのだけど(苦笑)。
相変わらずビジュアルセンスは凄いが、今回は派手な戦闘が無い分地味な印象。
物語の背景世界を語る事とダンテの「神曲」との符合に努力を傾け過ぎるあまり、物語全体としてのドライブ感を阻害してしまっているのはいかにも痛い。
そしてそれこそが、クライマックスでの惑星の太陽化(!!)という大イベントを不発に終わらせてしまうのだ。
ラスト付近のあの奇妙に枯れた味わいが捨て難いだけに、少し残念だった。
・・・それにしても、どうしてソルビアンカの敵男性キャラって旧版も今回も魅力が無いんでしょうかねぇ(溜息)。
その点だけはどうにも腑に落ちない。
ちなみに、岩男潤子演じる所の亡霊はナイスであった(笑)。
暫くしてから気を取り直して「あすか120%リターン」をVSモードでプレイ(笑)。
延々遊んだあげく、何が何でも本田飛鳥が弱過ぎる、という事で意見が一致した。
明日にでも修正パッチを漁ってみるとしよう。
西暦1999年11月11日
「あすか120%リターン」の修正ファイル(実は実行ファイル部分そのもの)を発売元のファミリーソフトのサイトでゲット。
インストールしたら難易度というかキャラの特性が全く別物になった(笑)。
何より本田飛鳥復活は嬉しい。持ちキャラって程じゃないがX680x0版以来使って来たキャラだけに、全然使えないってのは何が何でも困る(苦笑)。
X68000版で思い出したが、このシリーズの本来の開発元であり、X680x0ユーザーにはロボット対戦格闘/アクションゲームである「マッドストーカー」の開発元としても知られるフィルインカフェが倒産したらしい事をサイト検索中に知った。
何と言うか、X680x0のゲーム市場が枯れかかった92/93年頃に前述の良く出来た2作品を出してくれた同社には個人的に感謝してもし足りない部分があって、その倒産は残念と言う他無い。
同期のK.Y.君襲来。
というか食事に出掛けた所で出会って、そのままウチにやって来た(苦笑)。
渡す物をRで焼き、その間2人であれやこれやヴィデオを観る。
北九州のH.T.氏と電話。
彼も遂にInternet接続を開始するらしいが、上手く動かないらしい。
で、彼のマシン(AT互換機。Pentium II 400MHz+MS-6163+SDRAM 128MB+SPECTRA 3200)を組んだのは私なので相談を受けた訳だが、あれやこれやと指図してどうにか接続成功。
ちなみに原因は、組み上げる時に仮に挿していたネットワークカードのTCP/IPの設定が残ってしまっていた事でTCP/IPドライバが上手く接続出来なくなってしまっていた為らしく、一旦コントロールパネル→システム→ネットワークで表示されるプロトコルその他を一切合切消去して再起動し、再度新規に設定し直してから再起動したら問題なく認識される様になった。
まぁ、こんな事、いきなり全くの初心者に見切らせろ言う方が間違っているよなぁ(苦笑)。
私も以前これが原因でトラブルを出した事がなければ気付かなかったかも知れない。
西暦1999年11月12日
Intelimouseが壊れる。
というか、スクロール機能が物理的に摩耗しきって回転しにくくなってしまった。
これ自体は以前から少しずつ進行していた症状だったのだが、とうとう我慢出来なくなったのでやむなく買い換え。
前回のはPS/2オンリーのモデルだったが今回はPS/2とシリアル両用タイプになった。
先日Oh!Hの「売ります」コーナーで見付けて注文した#9のImagine128 Series II(VRAM 4MB版)が届く。
青いパッケージのIBM製RAMDAC(RGB526。ドットクロック220MHz)が印象的な、かつてのハイエンドグラフィックカードだ。
私がAT互換機を組み始めるより前、今から3年程の事だったと思うが、その頃#9のImagine 128シリーズはそのあまりの高価さ故に普通の大学生にはとても手の出ない、いわゆる高嶺の花という奴だった。
同時期にあのMilleniumが存在した為に世間的には必ずしも高い評価が得られていない様にも思うが、試しにマシンに挿して得られた外付けRAMDACのシャープで平明な画像出力は3年近くを経てなお魅力的で、思わず溜息をついてしまった。
無論、3DグラフィックスやDirect Drawなどに必要な機能が一般的な意味では問題では無かった=実装されていなかった時代の製品であるが故に今時のゲームをするには激しく辛いカードであるのだが、2DのGDI描画に限っては今のカードにも充分対抗し得る/実用に足りる性能が実現されており、2Dの描画性能がこの時点で既にある一つのピークを迎えていた事がよく判る。
そんな高級カード(確か7万位したのではなかったろうか?)が中古でとは言え僅かな金額で入手出来る様になった事に、この業界の変化の急激さを強く感じる。
後輩のS君(下宿の隣の部屋に住んでいる)が組んだばかりの新マシン(AT互換機)を持って来訪。
あれやこれやとセットアップ作業を行う。
ちなみにCPUはCeleron 433MHzで、マザボはVIAのAppolo PRO133だか何だかを積んだMicroATXフォームの物、でもってグラフィックはDiamond MMのStealth III S540(Savage4 PRO+)が挿さっていた。
ベンチマークを走らせてみたところ、これが案外速い。無論、現状のウチの2号機と比べたら遅いのは確か(というか、比べる方が間違っている)なのだが、組み上げるのにかかったコストを勘案するとかなりコストパフォーマンスが宜しいという事になる。
ただ、オンボードのサウンド機能があの宇宙的サウンドのCMI8330の直系の子孫に当たるPCI接続サウンドチップ(型番は失念した)で、何を聴いてもメタリックサウンドになってしまったのはちょっと辛かった(苦笑)。
西暦1999年11月13日
食事のついでに同期の薙沢君の所へ行ってImagine128 Series2の画質をチェック。19インチのCRT(GDM-F400)で見てもかなりシャープで綺麗だ。
但し、1600*1200でV-Syncを75Hz以上にするとボケる様なので、この辺はちょっと弱いかも知れない。
薙沢君にPermedia2Vを積んだ廉価版ビデオカードを見せられる。
いかにも台湾な感じ(苦笑)のレイアウト/仕上がりのカードだが、驚愕の高画質カードであった。
彼はどうもPermedia系列のカードがお好きな様で、今のメインマシンには珍しいPermedia3(純正品)が入っていたりするのだが、このPermedia2Vカードの画質は驚異的で、1600*1200でV-Syncを85KHzとかに設定しても文字がシャープに表示されるという、凄い事になっている。
凄いと言えば値段も凄くて、何と¥6000であったそうだ。
実際、一見した限りでは、ただの安物カードにしか見えないのだけどねぇ・・・。
1型49号竣工。
Imagine128 Series II入手に伴いグラフィックカード関連を追加変更。
その他も暫時追加変更している。
「今回のお言葉」は「正法眼蔵随聞記」より。
西暦1999年11月14日
今日は部屋の大整理。
早朝からあれこれ入れ替えて片付けていたのだが、8時頃にO.Y.君が襲来。
あれやこれやと怪しい会話をした後、“太陽の船ソルビアンカ 1”と“カウボーイビバップ”Session17〜21を観る。
無論その間私は隣の部屋で整理を続行していたが、ビバップはやはり何度観ても面白いので、作業がなかなか捗らない(苦笑)。
途中街に出て昼食に彼お勧めのラーメン屋でチャーシュー麺を食べたが、チャーシューの油がちとくどかった。
西暦1999年11月15日
私にとっては忘れ難いPC周辺機器メーカーの一つである緑電子が、PC周辺機器事業から11月末日を以て完全撤退する事を知る。
このメーカーは、MDC-925LやMDC-926Rsといった意欲的な設計の98用高速SCSIボードで知られ、モノ自体は悪くないのに何故か商品名に大磁主(フォーマッタ)だの何だのとやたらと駄洒落めいた命名をしたがる妙な会社だったのだが、AT互換機全盛の昨今、すっかり泣かず飛ばずの状態になってしまっていた。
これでまた一つPC-9800シリーズの全盛期を支えた周辺機器メーカーが退場する事になる。
西暦1999年11月16日
一日中延々と鉄研会誌“FIELD TAPPER”の編集に明け暮れる。
こうして原稿を書かせてみると、後輩達の頭の程度が良く判る。それにしても、何でこうまで日本語を書けないのかなぁ?(涙)。
成る程、最近小論文が入試でもてはやされる訳だ(苦笑)。
一つ余りにも程度が低い原稿があったので、泣く泣く没にする。
二人がかりでこの程度の推敲しか出来ないとはどういう事なんだろーか。
というか、社会性ゼロだな、こいつらの言語感覚って。
普段しゃべっている時もいい加減失礼(敬語そのものの存在を知らないのではないか、と思う事が時々ある程だ)な連中なのだが、それにしてもこれはひど過ぎる。
それとも彼らの辞書には敬語とか敬意、あるいは謙譲という言葉は載っていないのだろうか?
・・・だんだん編集するのが嫌になって来たぞ。
夜になって知人の美露氏と会う。
彼にAsの遺品(笑)であるメルコ製ハイパーメモリ(CPU無し/DIMMメモリ増設済み)を売却する為だったのだが、何かの弾みで72ピン60ns Fast Pageでパリ無しの32MB SIMMを二枚彼に売却した。
ついでに暫く長話。
V12、Xv13/R16、Xc13,そしてRaII23と数あるPC-9821シリーズ中でも最悪に近い四大ダメマシン(キャンビー系もひどいが、この四機種程際立ったひどさは無いだろう)を一つ余さず購入してしまった凄い会社の話を彼から聞かされる。
どれもパワーアップに相当苦労させられるマシンなのだが、特に苦労の多いRaII23は何故か三台もあるのだそうで、これのメモリ増設にはあのクソ高いECC-EDO DRAMのSIMMが要るので相当ひどい事になっているらしい。
そんなこんなで彼のサイトへのリンクを追加。
西暦1999年11月17日
ようやっとFIELD TAPPER 99/11号の編集とコピー原版印刷完了。
最終的な一太郎文書ファイルサイズは驚愕の45.1MB。
メモリ256MBのNTマシンでさえ、スワップが大量発生して使い物にならなくなる途方も無く重いファイルだ。
無論、これは張り付けられたGIF形式の8bit白黒画像データ数が多くてしかも高密度(元データの画面サイズが2048*1536)であった為で、編集できただけでももうけ物だった事になろうか。
ちなみに、これは1枚のA3用紙に表裏各2面で4ページ分を印刷する関係から4→1→2→3ないしは2→3→4→1で4ページ毎にページの順序を入れ替える必要があって、只でさえ編集処理時の動作の重いこの最終状態の原稿に手を入れる羽目になった。
これをどうにか印刷(意外と短時間で済んだ)して大学に赴き、後輩達に渡して作業完了。
当分は編集したくない気分だ。
西暦1999年11月18日
編集作業の名残で、正に台風一過といった状態の部屋の片付け。
ついでに先日来続けている、ここを引き払う為の準備作業を行う。
と言っても押入に入れてあった段ボール箱を開梱して中身をチェックし、再編成してから主に1箱の重さを考慮して詰め直しただけの事なのだが、数が結構あるので体力的には結構大変だった。
PC-9821に挿しているIF-SEGA/98が実はWindows 98非対応な事が判ってしまったので、やむなくWindows 95(OSR1)を再インストール。
95で正常に動いた物が98で動かないというのはI-O DATAが悪いのか、それともMS社が悪いのかは知らないが、どちらにせよ使う側には迷惑な話だ。
この作業過程で、実はWindows 98がWindows 95と比較して内部動作処理がかなり高速化されている事が判明。
恐らく仮想記憶/ディスクキャッシュ回りの仕様変更(ディスクキャッシュされているプログラムがロードされる時に内部でいちいちメモリ転送していたのを、MMUの機能であるアドレス変換で簡単に済ませる様になった。改善されたのは結構だが、MMUを使えば一発でOKなのは他のOSを見れば自明で、そもそも最初から何故そうなっていなかったのかが謎だ)が効いているのだと思うが、動作の感覚としてはCPUのランクが1ランク違う感じだ。
もっとも、他の部分、特にGUIにかかわる部分は98ではIEのデスクトップ拡張が標準実装されているので、95の方がメモリ/CPU双方に対する負荷が少ない分、快適なマシンがあるかも知れない。
まぁ、そうは言っても細々した部分を見るとWindows 98の方が改善されているのは確かで、いよいよIF-SEGA/98がWindows 98で動作しない事が迷惑に思えてくる。
これはドライバ更新で何とかして欲しい部分なのだが、最近のI-O DATA社はどうにもPC-9800シリーズに対して冷淡になってきているので、もしかしたらどうにもならないままに終わってしまうのかも知れない(涙)。
西暦1999年11月19日
今日は朝から倉敷の芸文館でバイト。
学校での情報教育関連の機器/ソフトウェアの展示や講演や会議(こっちがメインか)の準備のお手伝いその他って奴で、最近のこっち方面の機器の急激な進歩に驚く。
実際問題として、個人で買えない/買っても仕方ない機器ばかりだったのだが、それでも現時点での先端技術に類する物ばかりなだけに一見の価値があった。
只、一つ気になったのは、Mac系を除きどのシステムもWindowsが前提であった事で、昨今の情勢の変化を見ているとそっち方面に特化した情報教育で大丈夫なのだろうか? という疑問が湧く。
まぁ、現状ではそれで正解なのも分かるのだが・・・。
S-FAN OBのW.T.氏が大学祭見物に夜半に来訪。
同じくOBのPzi氏も襲来。
今晩はこの3人で雑魚寝状態と相成った。
西暦1999年11月20日
今日は3人で外出。
中古屋であれこれ漁っていたら、ジャンク扱いでウチでも使っているLP-9000(プリンタ)が¥35,000で出ていた。
よくよく見ると2段給紙ユニットや10Base-2/Tネットワーク拡張カードといったオプションが追加されていて、これだけでも定価で10万位して昔買えなかった物品なので悩む。
これはあからさまに法人ユースの引き取り品で、マニュアル類が一切無いので各部の動作チェックが出来なくてジャンク扱いになった様だ。
欲しいが財政問題や場所(LP-9000は滅茶苦茶馬鹿でかい上に、私自身既に持っているので、オプション以外不要なのだ)を考えるとかなり悩んでしまう。
こういう場合はとりあえず買ってから考えるのが正義であるというのは承知しているのだが・・・。
その後暫く別行動をし、“地球防衛軍”(岡山にはそういう名前のSFな喫茶店があるのだ)で再度合流。
夜になって別の先輩の所に泊まるPzi氏と別れてからW.T.氏を行きつけの古本屋何軒かに案内。
氏は手塚治虫の“ブラックジャック”と御厨さと美の“裂けた旅券”を探しておられたのでこれに付き合う。
で、何故か5年来の捜し物(日本の車輛スタイルブック/機芸出版社)を見付けてしまい、購入。
西暦1999年11月21日
今日は鉄道研究会の方のOB会に出席。
何故か軽便鉄道/トロッコネタでとあるOBの方と盛り上がってしまう。
西暦1999年11月22日
今日はPzi氏の仕事に付き合ってW.T.氏を含む3人で姫路までドライブ。
ジムニーの荷台に乗っていったのだが結構きつかった。
用事が済んで、昼食という事で飾磨にある行きつけの鰻屋に案内。久々の鰻重は旨かった。
殆どとんぼ返り状態で岡山に戻って、大学祭見物。
ゆっくりと大学祭を見物したのは、6年目にして実はこれが初めてだったりする。
何しろ、これまでは鉄道研究会の作業で全然見物する余裕が無かったのだ。
ちなみに鉄道研究会の展示は主にNゲージレイアウトと115系研究発表だったが、別件の写真展示の質の低さに唖然とする。
どうしてあんなにピントの合っていない写真を引き延ばしまでして出すかなぁ(溜息)。
それとも引き延ばすまで分からなかったのだろうか?
今年は編集関係以外極力ノータッチという事でいたのだが、ここまでひどい事になるとは思わなかった。
見物後、W.T.氏に車に乗せて行ってもらって、硬OFFでPower Macintosh 8500/132を中古で購入。
値段は¥59800(税抜)で、W.T.氏に送った7500の時と同様、OS(漢字Talk7.5)と電源ケーブル以外付属品一切無しの男らしい仕様であった。
まぁ、キーボードとマウスは純正品(Apple Keyboard II+Apple Desktop Bus Mouse II)を以前に拾ってあるので、問題はないのだが。
・・・ああ、遂に買ってしもうた(爆)。
この系統は実は昔から欲しかった(いや、本当は9600/200MPとかが欲しかったのだけどね)のだが、財政的な問題を考えるとなかなか買えなかったのだ。
まぁ、今も金が無い事には変わりは無い訳なのだが・・・。
最初はLP-9000を買うという事で金勘定を始めた筈だったのだが、何がどうなったのかいつの間にかこうなってしまった。
何故だ(布袋寅泰の声で)?
で、一旦帰宅後開梱して確認したのだが、滅茶苦茶状態が良くて驚く。
もしかすると殆ど使用していなかったのかも知れない、という位には外部/内部共に汚れがなかった。
1996/04製の中古という事だが、約3年半の間一体どんな環境で使われていたのだろうか? と疑問に思う位新品な感じの内部だった。何しろうっすら埃が積もっている以外は皆目汚れていなかったのだ。
ちなみにメモリは16MBという触れ込みであったが、何度か32MBと認識された。これは一体どういう事だろうか。
謎が深まるばかりだ。
その後で再び大学に向かい、S-FANの連中の模擬店テントでの飲み会に参加。
ホワイトチョコをつまみに熱燗を飲んでいたら、辛党のPzi氏に気色悪がられた。
西暦1999年11月23日
今日も3人で外出。
というか、大阪に戻るPzi氏と一緒に駅近くのカレー専門店(C○C○壱番屋では無い。念の為)で朝食兼昼食を摂ってから彼を見送り、その後W.T.氏の買い物に付き合った。
ちなみに買い物はIBM DNES-309170(U2W)とWIN MOUNTER(MacでWindows側ファイルの読み書きを可能にする低価格ネットワーククライアントソフト)、それにCowboy BebopのLDで、特にWIN MOUNTERを扱っている店がなかなか無くて大変であった。
夜まで延々と買い物に付き合い、愛媛県は今治まで帰るW.T.氏を見送ってから、部屋に戻ってPower Macintosh 8500を分解整備。
特にDIMMの接点を厳重にチェックし清掃してから再組立すると、問題なく32MB認識される様になった(喜)。
で、その場の勢いでBe OSをインストール。
いやぁ、起動ロゴが実に格好良い(笑)。
それ以外はAT版と大差無い(強いて言えばAT版の方が2ボタンマウスな分便利か)のだが、これだけでもインストールした値打ちがあるかも知れない。
西暦1999年11月24日
今日はお休み。
と言うか半日以上寝ていた。流石に身体に堪えたという事か。
で、起きあがってまずは紀伊国屋書店岡山店へ。
出ていた“鉄道ファン”、“鉄道ジャーナル”、それに“鉄道ピクトリアル”誌の12月臨時増刊号(<特集>小田急電鉄)をまずGet。
次にPzi氏ご推奨の“Macintosh改造道”(ASCII MOOK)を手にし、最後に細々した新刊(“スカーレット・ウィザード 2”、“カンブリアン 1”等)を購入。
そこで後輩のA.S.君と遭遇。不幸な男だ(苦笑)。
彼と一緒に帰宅し、“ソルビアンカ 2”と今日の“THE ビッグオー”を観る。
いやぁ、やっぱりビッグオー面白すぎ(笑)。
というか何と言うか、R.ドロシ-嬢最高(爆)。
問題はLDにするかDVDにするかという事なんだよなぁ・・・。
西暦1999年11月25日
夜になって某レトロPC愛好家のML関係者が集うIRCチャネルで延々チャット。
・・・やはり80年代の国産/外国産独自規格PCの話題は凄く楽しいし、変なところで盛り上がる(笑)。
あるいはこれは、自分が中高生だった頃の楽しい思い出(得てしてこういう場合、悲しい思い出は無意識に忘却してしまうものだ)を追体験してしまう為なのだろうか?
それにしても、まさかPC-8001が特注とは言えこの3年程前まで新品で入手可能だった(爆)とは思いも寄らなかった(苦笑)。
まぁ、殆ど自社生産チップばかりで出来たマシンだった訳だし、ボードマイコンに毛が生えた様な仕様でもあった訳だが、それにしても凄い話だ。
こういう話を聞く度に、かつての国内No.1PCメーカーとしてのNECの矜持や責任感といったものを強く感じる。
同じ様に無数のマシンを世に送り出していた競合他社の場合、果たしてここまで手厚く責任を果たした会社があったろうか?
まぁそれはともかく、深夜どころか朝方になっても延々と人待ち状態(結局来なかった)でもう一人の人とチャットを続けたのだが、よもやWindows 1.0で開発をしていた人に出会えようとは思わなかった(苦笑)。
西暦1999年11月26日
何故か某所のゴミ捨て場でPower Macintosh 8500/120(但しHD無し)をゲット。
中古で8500/132を買った直後にこれだ(苦笑)。
重い筐体(と言ってもフレームがプラ製なので、AT互換機の同クラスサイズの筐体よりは軽い)を担いで自転車のサドルに載せ、えっちらおっちら自室まで押して持って帰る。
傍目にはさぞや奇異に見えた事であろう。
で、自室に戻って早速分解し、内部をチェック。
PCIスロットは何か挿してあったらしいが、3本ともカードが抜かれていて、メモリも8MBのNEC製DIMMモジュール(何故にNEC製?)が挿さっているだけ、おまけに純正なら必ず搭載されている筈のSCSI-HDも抜き取られていたが、幸いというか欲しかったVRAM(1MB*2)は残されていた。
とりあえず自分の8500/132から不足するパーツを一旦補充して動作を確認し、この8500/132を買った時に付き合って下さって凄く羨ましそうなと言うか恨めしそうな顔ををしておられた今治のW.T.先輩に電話連絡。
この人は前にも書いた通り7500/100のユーザーなのだが、7500の持病とでも言うべき電源問題に悩まされて同規格マザーボードでも電源容量に余裕があるので問題の出にくい8500系の筐体+電源を探しておられたのだ。
そんな訳で話を持ちかけたところ、殆ど即決で譲渡決定。
但し、ウチで不足するVRAMとDIMMは抜かせていただいたのだが(苦笑)。
夜になってまたも某IRCチャネルで懐パソ(いや、正しくは懐WSか)の話題で変に盛り上がる。
今時NeXTはともかくアポロとか言って通じる相手に出会えるというのは稀で、そういう意味でここでの出会いは何より貴重に感じる。
ここは同ML管理人を務める悪友の森瀬君に感謝しておこう。
西暦1999年11月27日
今日はアプライドのジャンク市。
ただ、昨晩延々チャットしていたお陰で寝過ごして、出掛けたのは昼過ぎになってからであった。
収穫は(Apple Keyboard II+Apple Desktop Bus Mouse II)*2、Apple Keyboard (初代)、IBM 5576-1 キーボード、それに型番不詳のIBM製キーボードで、ひたすらキーボード尽くしになってしまった(苦笑)。
ちなみに2組のMac用キーボードはW.T.氏から探索を依頼されていたもので、自分用ではない(笑)。
自分用に買ったApple Keyboardは外装は汚れていてどうしようもなかったのだが、あまりにキータッチが好み(いわゆるメカクリック系では久々に良い出来だった)なのでゲット。
但し惜しむらくは配列がASCIIじゃない(ここはやはり米国仕様のこれを探すべきか)事で、何か変な配列ではある。
とりあえず掃除してからケーシングの再塗装が正解か。
なお、残りの2つ、つまりIBMの2つのキーボードは今では事実上使い物にならない。
AT用(正しくはPS/2ないしはPS/55用)なのだが、キー配列の都合上どうも今時のOSではサポートされていないらしいのだ。
まぁ、それは覚悟していたし実際非常に安価だったのだが、特に5576-1はこれまでで最高だと思っていたTERADRIVE KEYBOARD 106と比較してもタッチが絶妙で、このままうち捨てるのは余りにも惜しい気がする。
・・・どこでも良いからこれの101/106仕様品出してくれないかなぁ(溜息)。
夜になって再度外出し、IRC上で森瀬君から確保の依頼があった硬OFFのFM-77AV40をゲット。
・・・ゲットしたのは良いのだが、何やらサイズの割に無闇に重い。
下手をすると、こないだのPower Macintosh 8500/120よりも遙かに重いかも知れない。その位無茶苦茶重い。
まぁ、この頃の8ビットデスクトップマシンは例外なくCRTの台代わりでもあった訳で、構造強度を稼ぐ関係で自ずと高剛性・重量級筐体になっていた節があるのだが、それにしてもこれは別格で、現役当時ライバルであったX1turboとかと比べても重いというのは意外であった。
西暦1999年11月28日
知人の薙澤氏からIwillのSIDE-2935UWをゲット。
今更何で一旦売却したカードを買い直したかと言えば、それはこのカードがINI-9100UWの完全な複製品である為にBIOSの書き換えでPCI Power Macintoshに転用可能な可能性が高かった為だ。
が、色々試すも見事轟沈。
何が悪いのだろうか・・・。
とりあえず同系のIOI-9100UWで書き換えに成功したW.T.先輩に質問のメールを出して寝る。
西暦1999年11月29日
朝にW.T.氏より電話(ありがとうございます)。色々質問してみて、どうやら糸口が見えてきた。
散々考えた末、チップベンダーであるInitio社のHPに置いてあったPC-9800/AT互換機両対応のBIOSを一旦AT互換機上で書き込んでからMacに挿しなおし、同じく同社HPにあったMac用INI-9100UW“Miles”のファームウェアアップデータを使ってMac用BIOSを書き込む、という工程を取る事で書き込みに成功した。
他のファームウェアアップデータでは機種判定で撥ねられたのだが、流石にリファレンスだけにそれはされなかった様だ。
あるいはそれだけこのSIDE-2935UWの仕様がInitioオリジナルのINI-9100UWに近い(実際、INI-9100UW互換のカードはかなり沢山出回っているが、カードのレイアウトそのものはこれが一番オリジナルに忠実だ)という事なのかも知れない。
ちなみに、ラトックのREX-PCI32系はMac用もPC-9800/AT互換機両用版も同じBIOSで自動判別する仕様らしいのだが、このInitio純正ファームウェアについてはそんな事はなく、この状態でAT互換機に挿しても全く認識されなかった。
いずれにせよ、当初の目的通りMacintoshでこの安価なPCI SCSIカードが使用可能になったので、私は満足だ(笑)。
1型50号竣工。主な変更点はグラフィックカード&SCSIカードその他。
要するに買ったり拾ったりしたモノが反映されている訳だ(苦笑)。
西暦1999年11月30日
某I先輩及び後輩のM君の協力の下で、捨てられていたApple Vision 1710AVというMacintosh専用の17インチスピーカー内蔵マルチスキャントリニトロンCRTと、同じくMacintosh純正品であるApple Personal Laser Writerなるレーザープリンタをゲットして自室に搬入。
流石は純正CRT、必要なケーブル類をMacに接続したら自動的に機種名が判別され、Mac OS上で画面調整(歪みや色補正など)とサウンド調整が可能になった(驚)。
この辺りは汎用部品に依存する今のWindowsマシンが幾ら足掻いてみても追いつけない部分であり、こういう部分の細やかな完成度を見る限りMac OSはWindowsを周回遅れにしていると思う。
かつて、Windows 95の発売時に某Mac専門誌はこれを指して“Mac OS'89”と評したそうだが、その真意が漸く理解出来た気分だ。
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