いわゆる更新記録(靖間 誠PC日記兼用)

西暦1999年10月1日−10月31日分


西暦1999年10月1日

 とうとう10月だ。

 1型43号竣工。

 マザボ交換に伴う項目追加など。

 「今回のお言葉」は、只今好評発売中の「レイルマガジン増刊トワイライトゾ〜ンMANUAL 8」より。

 

西暦1999年10月2日

 結局、Thunderboltにオンボード実装されていたES1373によるサウンド機能とSound BLASTER Live!の両立を諦める。

 あれだけリソースがあるのに、何で同じアドレスを取り合うかなぁ?

 DOS互換の機能を殺しても起動に失敗するというのはどういう事なんだろうか??

 で、仕方なくWindows 98ではデバイスマネージャ上でES1373の機能を無効にし、NTの方ではレジストリをいじってES1373関係のキーを全部削除するという面倒な作業を強いられる事になった。

 難儀な話なのだが、NTの場合ES137x系についてはこれ以外にドライバを削除する手段が存在しない。

 一端インストールしてしまうと、例えカードを抜いてもドライバが項目に表示されてしまうという非常に難儀な仕様なのだ。

 まぁ、逆に言えばWindows 98とかと違ってドライバをインストールしない限りは絶対に認識されないので、PnPで手前勝手に不要なレガシーデバイスとかのドライバをぶち込まれてハングするよりはずっと安全なのだが(苦笑)。

 余談だが、今回ES137x(1370/1371/1373)で用いられるEnsoniq系の2/4/8MB MIDI音色データ(EAPCI?m.ecwファイル。2MBはGM、4/8MBはGS対応)と、Sound BLASTER Live!のソフトウェアシンセの用いる音色データのDefault.ecwファイルとが、全く同一のファイルフォーマット(というか、EAPCI2M.ecw=Default.ecw)である事が判明した。

 かくして、EAPCI8M.ecwファイル(Version 5)をDefault.ecwにリネームしてMIDIファイルを再生したら、Ensoniqの音色でLive!が鳴った(喜)。

 ・・・って事はこれで特にES1373が生きていなければならない理由は無くなった訳だ(笑)。

 ああ、どこかにDirect Sound対応でSPDIF入出力付き、しかもSound BLASTER16系との互換機能(あるいは競合するリソース類)が無いPCIサウンドカードって無いものかなぁ・・・(溜息)。

 とりあえずは手持ちのYMF-724カードでも試してみるか(爆)。

 

 MicrosoftからWindows 2000 beta3のCD-ROMが届く。

 Professional(旧Workstation)にServer、それにAdvanced Serverの3枚+αで枚数は6枚だった。

 とりあえず入れてみたらRIVA TNT2とSB Live!の2つが未サポートで、正直言ってかなり辛い(泣)。

 Canopusのサイトで確認したら、SPECTRA 5400系は一応NT4.0用ドライバで動作するが、当然DirectX7.0関係の機能は未実装なのでそっち方面の機能は使用不可、との事だった。

 一応、入れてみたら確かに動作はしている(苦笑)。

 このWindows 2000は、感覚的にはWindows NT 4.0をベースにWindows 98のニュアンスを取り入れた様なOSで、確かに操作性等の点では色々改善されていてそれはそれで非常に結構なのだが、肝心の正規版は果たして何時出るのだろうか(苦笑)?

 

 試しにYMF-724搭載サウンドカードをATに入れてみる。

 これはSPDIF出力コネクタ有りのカードなので、この出力をLive!のSPDIF入力につないでデジタルミキシングすると、ハードウェアXG音源の音がLive!のデジタルアウトから出て来る事になる(笑)。

 元来デジタルアウトの音だけは無闇に良いカードなので、こうして使うのは案外正解かも知れない。

 問題はWindows 98以外ではリソースがかなりややこしい状況になってしまう事なんだが・・・。

 

西暦1999年10月3日

 珍しく一日中部屋でごろごろしていた。

 最近そういう事が無かったから、たまにはこういう状況も悪くない。

 夜になって阪大院生をやっている岡大同期のT.G.君から電話。

 PC-98の先行き不安から、彼もそろそろAT互換機を組む事を検討し始めたらしい。

 確かに、このご時世にPC-9821Xv13/R16じゃ、幾ら強化してもたかが知れているのは事実だ。

 大体、ウチのSocket 7+“Triton HX”なPC-9821Xv13/W16でもそろそろ天井が見え始めてしまっているのに、それよりさらに古いSocket 5+“Wildcat”なマシンが性能的に頭打ちしない筈が無いだろう。

 それに何より、そういうマシンを強化するにはそれ相応の特殊な下駄だの何だのが必要で、そのコストも馬鹿にならない。

 何しろ、下手をするとパーツ類の調達費用で1台マシンが組めてしまうご時世だものなぁ・・・(溜息)。

 そういう意味では、98のパワーアップ遊びもそろそろ終焉の時が近づきつつある。

 まぁ、高価なRvII26とか使っている人はなまじSlot 1なだけに諦めきれないのだろうけど(苦笑)。

 

西暦1999年10月4日

 結局あれこれ考えた末にYMF-724はATから抜いて98に戻した。

 どうやら、現行のNT4では2つのPCI音源カードを両立させるのはかなり困難な様だ。

 また、Win2k(笑)でWDMドライバを2つ入れて動作させるのも、今の所難ありといった感じだ。

 それ以前にそもそもSB Live!の挙動が怪しい。

 致命的な問題は出ないが、どうも奥歯の間に何か物が挟まっている感じだ。

 まぁ、普通に使う分には全く問題にならない様な部分の話なんだが、ウチみたいな特殊環境(少なくとも、これを“標準的”と言ったらマズい事位は自覚がある)では少々引っかかる。

 あるいは、ここは一つ何か別のカードを手当すべきなのかも知れない。

 あのTurtle Beachの新作、Montego II Home StudioならSPDIF周りの仕様を含め、ほとんどの点でSB Live!を上回る(何より、デジタルI/Oのサンプリング周波数で44.1KHzが使えるのは大きい)仕様だから、PC用アナログ音声出力端子撲滅委員会(爆)の人である(笑)私にとっては最高のカードなのだけどなぁ・・・(爆死)。

 ・・・でもどう考えても\36800は出そうにないから駄目だな(苦笑)。

 それとも、誰かにLive!を売りつけて買うかな(謎笑)?

 とりあえず今回はNT上でのYMF-724の動作に伴うCPU負荷が思ったより大きい事が判明した事で良しとしておこう。

 ちょっとこれでは実用に供するには辛い。

 なまじ内蔵MIDI音源機能が優れているだけに惜しいが、致し方あるまい。

 この辺を考えると、AT向けより先にCPUパワーに余裕の無い98用としてYMF-744を積んだカードを買っておくべきかも知れない。

 

 サウンドカードも買う金無い筈なのに、新品のCD-Rドライブを知人経由で購入(爆)。

 正直システムのバックアップに疲れた。幾ら何でも全ファイルバックアップに8時間強ってのは辛すぎる。

 で、これを買った訳だ(苦笑)。

 ブツはPlextorのPX-R820Te。8倍速書き込み20倍速読み出しの外付けモデルだ。

 ちなみにCD-RW書き込みは出来ない(別に要らないけど)。

 肝心の使い勝手だが、何分CD-R初心者なので今一よーわからん。

 というか、売り文句の8倍速書き込みをやろうとするとNTがハングするので悩んでいる。

 まぁ、2倍速で書いたら完璧なのだけど・・・。

 何故に転けるかなぁ?

 

西暦1999年10月5日

 とりあえず、Direct CDでのパケットライトならば問題なく8倍速書き込みが出来る事が判った。

 基本的にデータファイルのバックアップに使うだけなら、これで充分だ。

 そればかりか、この状態だと3.5インチMOの書き込みよりも速い気がする。

 実に便利(笑)。

 

 そろそろ秋の新番組の時期だ。

 で、適当に見繕ってヴィデオ録画の予約を入れてみた(笑)。

 今日は「地球防衛企業ダイガード」なる巨大ロボットものと、「鋼鉄天使くるみ」とやら。

 ・・・いかんな、どうもどっかで見たよーなネタ/シチュエーションが多すぎる気がする(汗)。

 特に、ダイガードはどう見てもアレとかソレのいただきだよなぁ(苦笑)。

 まぁ、面白ければそれでOK、なのだけど。

 

西暦1999年10月6日

 今治のW.T.先輩から借りたNikonのCoolScan II(35mmフィルムスキャナ)が届く。

 CD-Rも入れた事だし、これで安心して貯め込んだ結構な量のネガやポジをスキャン出来る(喜)。

 ほんの15年前のネガでも確実に変化が進行しているのが判るだけに、さっさと手を打っておく必要がある。

 今のフォトレタッチソフトならば、褪色したネガでもかなりの所まで復元できるのは事実だが、それでもある一線以上に復元できるものではないのも確かだ。

 であれば、早急にスキャンしてしまう(無論、スキャナ側の性能向上との兼ね合いもあるので、その辺結構頃合いを見図るのが難しいのだが・・・)に越した事は無い。

 ああ、これでやっと下津井のページの改変作業が出来る(涙)。

 

 今日は「無限のリヴァイアス」。 

 ・・・何というか、私が頭が悪いのか、よーわからん話だった(汗)。

 とりあえず2回目見ないと全然話が分かりそうにない(爆)。

 

西暦1999年10月7日

 サークルの後輩の女の子が使っているFMV-DESKPOWER S13のHD交換で、既存データの転送作業を依頼される。

 げ、このマシンってよりによってBigfootが入っていたのか(核爆)。

 ご存じの方はご存じと思うが、これは5.25インチ径の、つまり世間一般で使われている3.5インチ径の物よりも遙かに大きなプラッタ(要するにハードディスクの中に入っている円盤の事ね)を使用する事で低価格化を実現した、とんでもない仕様のドライブだ。

 ちなみに、このドライブが何故大口径=プラッタの面積が大きいのに安く出来るかといえば、総容量が同一の場合、3.5インチドライブ比で3.5^2/5.25^2倍プラッタ表面の密度が下がってもOK(爆)だからだ。

 つまり、それだけ古いが枯れていて安くつく技術でプラッタが生産出来る(無論それだけ大きなプラッタを高精度を維持して生産する事自体は充分難しい工程なのだが)訳で、少なくともメーカー側にはコスト面と設備投資面で一応のメリットがある事になる。

 また、同一回転数で比較する場合、3.5インチ物と5.25インチ物のプラッタを重ねてはみ出した部分に記録されたデータの読み書きが確実に速くなる、というメリットもあるにはある(苦笑)訳で、その条件が満たされる限りはユーザーにも恩恵がある。

 但し、大口径プラッタという事で読み書き用ヘッドの移動用アームが長くなってしまうという宿命があり、それ故にヘッドシークタイムもかなり長くなってしまうという面があるから、この手のドライブでデフラグを怠ると著しいパフォーマンスの低下が発生する。

 にもかかわらず、このBigfootの場合は外周部の角速度一定故に発生する高速アクセスを利してか駆動用モーターの定格回転数を更に下げるという怒濤の大技が炸裂していて、只でさえナニな仕様な所に更にアレな性能しかでない仕掛けになってしまっていたりする(笑)。

 まぁ、大口径・大質量のプラッタを回す訳だから3.5インチ用と同じモーターでは性能的なバランスポイントが変わるのは理解出来るのだが、定格回転数3600r.p.m..じゃぁ外周部はともかく内周部に置かれたデータに関しては、今時の高速MOの読み出しに確実に負ける程度の性能でしかない、という事だ(爆死)。

 それにしてもアレだよなぁ、折角のTriton HX搭載で素性の良さげなマザーで何でこんなロクでもない仕様のドライブ積むかなぁ・・・。

 こんなんじゃ、どこをどう考えても性能バランス悪いと思うぞ(苦笑)。

 それとも歴代のクソみたいな仕様のDESKPOWERを買ったユーザーに配慮して、やむを得ずこうなったのかな(笑)?

 実際の所、Bigfootが激しく安いドライブであったのも確かではあるのだけど・・・。

 

 フィルムスキャナであれこれ取り込んでみる。

 思った以上に画質は良いが、Photo CDのレベルには届かない事が判った。

 とりあえずの使用感は、PCのメモリ、256MBじゃ全然足りねぇ(泣)、だ(苦笑)。

 大容量メモリの管理では遙かに有利な筈のNTでこれなのだから、95/98でこういう事をするときっと地獄なのだろうな、と思う。

 PhotoなMacの人が揃って384MB以上積む理由が、漸く納得出来た(笑)。

 ううむ、やはりメモリが安い内にせめてもう256MB分、メモリを買っておくべきであった(爆)。

 とりあえず今のマザーボードの場合256・512MBのDIMMが挿さる(512*4=2GBが最大容量。ちなみに440BXの場合は256*4=1GBが上限で、2GBというのは440GXの特権だ)から、その気になればかなり快適な環境を構築出来るのだが、如何せん256・512MBのDIMMは滅茶苦茶高額(4本で車が楽に1台買える)で、爆騰(暴騰では生ぬるい)した今のメモリ価格を見ているとそんな気分はあっという間に霧散してしまう。

 それともこれは仮想記憶のHD分散割り当て(1ドライブにしか仮想記憶ファイルが置けないWin95/98系と異なり、NTの場合はスワップファイルを複数のドライブに分散配置出来る)で解決すべきだろうか?

 

 遂にAT2号からサウンドカードを抜き取る。

 Sound BLASTER Live!は悪くはないがどうも細かい所で足腰が定まらない感じだし、YMF-724ものはデュアルCPU環境下ではスレッド分散で問題が出るのかMIDI再生がハングするし、と散々だったので、結局ThunderboltにオンボードのES1373で暫く誤魔化す事にした。

 そんな訳でAT2号機の内部はえらくすっきりしてしまった。何しろ、AGPのグラフィックカードとISAのジョイスティックポートカードだけしか挿していないのだ。

 正直言って、PCIスロットに一切カードを挿さない状態でマシンを使う日が来ようとは夢想だにしなかった(苦笑)。

 これでウチのマシンも晴れて世間並みという訳だ(笑)。

 もっとも、このお陰でデジタルI/Oが使えなくなったから、音的にはあまり宜しくない事になってしまった。せめてES1373がデフォルトで持っているデジタルアウトのピンがマザーボード上に出ていれば良かったのだが・・・。

 一応、その内何らかの対策はとろうかとは考えているが。

 

 ATのサウンドカードを抜いた関係で対戦用にSEGA SATURN用ジョイパッドが必要になり、買いに出掛ける。

 何という事だ、どこの店にもPSとDCの周辺機器はあってもSSの周辺機器は置いていないではないか!

 おまけにかろうじで中古があってもフライトスティックにツインスティックばかりだ(涙)。

 ・・・これはSS本体を買ってどうにかしろという事なんだろうか?

 まぁ、季節外れも良いところなのは自覚があるが、それにしてもこれはひどい。

 さて、どうしたものか。

 

西暦1999年10月8日

 昨晩届いた“鉄道史資料保存会会報 鉄道史料 第96号”を読む。

 おお、今回は何やら激しく分厚い。

 巻頭の奥田編集長のお言葉によれば100号で定期刊行打ち止め(25年間、ご苦労様でした)で以後は年2,3回のムックへ移行の由だそうだから、一つの節目へ向けて気合いが入っているのかも知れない。

 とりあえず全く無くなってしまう訳ではないが、年4回ポストに入っている大きなボール紙の封筒を開けるのがこの7年程の間私の生活の一部と化していた(その資金捻出は大変だったが、それやこれやで私の手元には85年度を除く83年度以降の鉄道史料が全て揃っている)だけに、それが後1年で終わるという事には一抹の寂しさを感じずにはいられない。

 実際問題としては、これだけ充実した内容の会報がこれまで年4回のペースを守って刊行され続けて来た事自体、全くもって驚異的な事ではある(大学のサークルで年に1回研究誌を編集して出すのが精一杯だった私には、その大変さが良く判る)。

 加えて言えば、この会報がフォローしている範囲というのは広範な鉄道趣味の中でも冥府魔道一直線(笑)って奴で、そもそも需要が極めて少ない(例えば、戦前に発生した地滑り事故とその対策、あるいは明治期の郵便客車の研究、なんてモノを好んで読む人間が一体世間にどれだけいる事だろうか?)訳だから、この25年の間には編集面のみならず、資金的な面でも色々大変な苦労があったのではないだろうか。

 そういう、表向きには出て来ない部分に思いを馳せつつ誌面を飾る珠玉の記事の数々に目を通す。

 何故か目頭が熱い。

 ああ、2000年度分の最終定期購読の予約を入れておかなくちゃならないなぁ・・・。

 

西暦1999年10月9日

 JR西日本の山陽新幹線でまたトンネル内壁剥離。

 報道を見る限り、かなり致命的な劣化現象が発生している様だ。

 やはり93年に開始された300系以降の新型車による高速運転が、粗悪極まる施工状態のコンクリートの劣化を進行させてしまっているのだろうか?

 阪神大震災に伴って東海道線六甲道駅周辺の高架橋(70年代中盤に施工)や山陽新幹線の高架橋(60年代末から70年代初頭にかけて施工)が倒壊し、昭和初期に竣工した三宮付近の高架橋が無傷のまま立っていた時にも思った事なのだが、やはり1970年代前半から中盤にかけて建設された施設については全面的な改修/取り壊しの上での新築工事が要求されるのではあるまいか。

 費用がかかるが、このまま中途半端でその場しのぎな工事を繰り返していれば、やがて致命的で取り返しの付かない事故を引き起こしてしまう危険がある。

  だが、だからといってこれはJR西日本という一企業にのみに責任を帰するべき問題ではない。少なくとも、この新幹線の建設に携わった大手ゼネコンを含む建設業界には(無論難工事を達成した功績もあるが)大きな罪がある。

 というか、この時期に国鉄内部で発生していた労務運動のお陰で監督が甘くなっていたのを良い事に、派手な手抜き工事をやらかした業者には応分の補修を無償で行う義務があるのではあるまいか?

 あれは「予測できなかった」の一言で済ませて良い様な種類の事故ではない。

 一連の事故に対する報道側の論調を見ているとJR西日本の対応を責める向きが多いが、こういう不良設備を(結果的にであれ)押しつけられた事に注意を払っている者がいないのは何故だろうか?

 ・・・要するに、つくづく土建屋の天下な訳だ、この国は。

 何より問題の早期解決を切に願う。

 

西暦1999年10月10日

 深夜に後輩のO.Y.君が襲来。

 2人で「逮捕しちゃうぞ THE MOVIE」のヴィデオを観る。

 作画監督である中島敦子入魂の作画でかなりクオリティが高いだけに、所々肝心な部分で止め画が入るのが滅茶苦茶悲しい。

 これじゃぁ、最初のOVA版4話の方が画的には出来が良いぞ(爆)。

 お話自体は完全に「パト2」の焼き直しでしかないのだが、何しろ元が良いだけに(笑)結構みられる話にはなっている。

 個人的には南雲しのぶさん(仮名)が出ているのと、勝鬨橋が稼働したのが大受けだった(笑)。

 でも、後には何も残らない昨今のハリウッドムービーの様な出来の作品ではある(苦笑)。

 

 ちなみに、もう一本「ブレイクエイジ」なるOVA作品を借りてきていたのだが、始まって5分で辛くなって観るのを止めてしまった(爆)。

 こりゃ、作画、演出共に今時のモノじゃないぞ(汗)。

 

 色々思案した末にYMF-744B-V搭載のサウンドカードを1枚買ってみる。

 ブツはMINTONなる会社(ブランド名か?)の出しているAUDIO CYCLONE SP402Dという製品で、安っぽいOPTICALのSPDIF入出力端子が搭載されている。

 ちなみにお値段の方は税込みで4704円。

 Windows NT対応のS-YXG50(Ver.2.0)が付いていたのでこれを選んでみたが、店頭には似た様な仕様・価格のYMF-744カードが幾つか出ていた。

 なお、SPDIF入出力は基板上にピンヘッダも付いているので、そこからRCAのコネクタに引き出せば同軸での使用も可能な仕様(というか、そちらで使っている)だ。

 とりあえず挿してドライバ類のインストールをしてみたが、YMF-724やSB Live!ではどうしても上手く行かなかったNTでのES1373(オンボード)との共存に成功した様なので、かなりOK(笑)かも知れない。

 音的にはYMF-724直系という事で724のDS-XGと同じ傾向の音が出ている(まぁ、Waveテーブルのファイルが共通なのだから当然か)が、724で試した時にはマルチプロセッサシステム(MPS)のNTで致命的な破綻(音が2 CPUで分散して演算されてバラバラに再生されてしまう)が起きていたのに対し、744では余程ドライバの実装やCPU負荷の改善が図られたのか、MPSでも問題なくMIDIシンセによるデータ再生に成功している(喜)。

 何にせよ、剛直なEnsoniq系のGM/GS音源であるES1373内蔵シンセと、何処か華やかなピアノが特徴的なYAMAHA系のXG音源であるYMF-744のDS-XGがNT上で両立出来たのは何よりだ。

 本音を言えば、Live!のエフェクト機能は良く出来ていてかなり遊べたので、あれも使えれば尚良かったのだが(苦笑)。

 ・・・やっぱりMontego II Home Studioが欲しいなぁ(爆)。

 

西暦1999年10月11日

 某所で知ったGigapixelなる“ポリゴンではない”3Dグラフィックチップの開発をしている会社のサイトに行ってみる。

 ぶははは、凄ぇ、アメリカンジョークって奴か?こいつは??ホンモノのアメコミだぁ〜!!!

 まだブツの出ていないアメリカのベンチャー企業って凄いよなぁ(爆笑)。何しろ、自己主張の為なら全く手加減無いものなぁ(苦笑)。

 でも、何より素晴らしいのは、このコミックが自社開発製品の本質を、あるいは自分達が何を目指しているのかを正しく伝える役割を果たしている事だ。

 この辺のマーケティングというか宣伝の手法の洗練という点ではやはりアメリカの企業には一日の長がある。

 また、開発しているチップ(GP-1)もスペック眺める限りじゃかなり凄そうだ。

 私はその方面には浅学なのでよく判らないが、ポリゴンではない斬新な手法でもって高速に3D描画を行う技術を開発している様だ。

 この会社はOverviewを読む限りではあのSGIのスピンアウト組が97年に興したらしい。

 ・・・まぁそうだよなぁ、何の技術的基礎も無い所からこういうアイディアは出て来ないよなぁ。

 それでも3年かかっている事が示す通り、3Dチップの開発というのは大変な作業だ。

 過去を思い起こせば旗揚げをしたは良いが結局撤退に追い込まれたメーカーも結構あった訳で、それは3Dグラフィックチップを外販している専業ベンダが実質的にあのnVIDIA 1社になってしまっている現状を考えれば明らかだ。

 何しろ、今でこそ有名になったがnVIDIA社だって、96年にnv1でデビューした時には上手く行かなくて随分苦労していたのだから。

 だから今という時期にこういう愉快なメーカーが出てくる事自体は非常に健全だし、製品が面白いとなれば最高だ(笑)。

 ・・・それにしても、ここの人達って余程ポリゴンが嫌いなのかなぁ(爆笑)?

 いや、全く面白いサイトだった。 

 

 YMF-744B-V搭載カードの試験の続き。

 やはり音質的に、特にアナログ部が弱い。

 何というか、デジタルアウト時でも音が多少薄い感じ。

 この辺はコストと応相談(苦笑)な部分だけに、5千円切る値段のカードじゃぁ、とても文句は言えないのだが。

 その点、何だかんだ言ってSB Live!は良く出来ている。

 それはいわゆるPC-PCIコネクタ(PCIでレガシーデバイスの互換性を維持する為の信号線規格。PCI対応サウンドカードで出遅れたCreativeが提案し、同業各社やマザーボードベンダー各社の賛同を得て普及したが、同社は先行していたEnsoniqを吸収合併してこれを不要とする技術を手にしたので、結局ヤマハのYMF-7xxシリーズが積極的に実装した程度に留まった)の為に用意されていたとおぼしきパターンの周辺を除き、Live!の基板上には空きパターンが皆目無くて、ノイズブロック用のケミコンがびっしり植わっている事でも明らかだが、ちゃんとしたケーブルを使えば使う程良い音が出る(但し、本式のオーディオ機器であるDATの内蔵DACを通して出力した音と比べればやはり劣る)事を考慮すると、回路設計段階でも相当きちんとしたノイズ対策を講じてあるのだろう。

 あのカードに問題があるとすればドライバがドライバではない(ドライバそのものはDSPとしてのEmu 10K1に対するインターフェィスモジュールでしかないのではないか?)為にアプリケーション部分を含めたその構造が複雑かつ巨大化し、不具合の特定が大変になっている事だろうか。

 だからかどうかは知らないが、YMF-7x4系のドライバが次々に更新される(更新されれば良いという訳ではないが、余計な新機能が追加されるでもなく、確実に問題が減っているので、これはこれで良いだろう)のに対してSB Live!のドライバ更新速度はかなり遅く、しかも配布すべきファイル数が莫大なものになる傾向がある。

 Windows 2000の場合もES137x系はβ3の段階で既にドライバが提供されているのにEmu 10K1系はまだだから、察するにEmu 10K1の機能をフルサポートしたドライバの移植性はかなり低いのではあるまいか?

 まぁ、W2k(笑)についてはCreativeの総力を挙げて移植している最中なのだろうけど(苦笑)。

 YMF-744に関しては、AOpenのAW-744Sでドライバの不具合のせいか実装されているSPDIFコネクタが使えないという問題があったので、正直言ってあまり良い印象を抱いていなかったのだが、今回のカードを見る限りはとりあえず実用に供するに足るだけの機能的安定性は確保されて来ている様だ。

 

西暦1999年10月12日

 漸くCD-Rの8倍速書き込みに成功。

 トラブルの原因は書き込みソフト(B's Recorder GOLD Ver.1.11)かCD-Rドライブのファームウェア(1.03)の何れかだった様だ。

 双方をメーカーのサイトで落としてきたプログラムを用いて最新バージョン(ソフト→1.50 ドライブ→1.06)に更新したら、問題なく8倍速書き込みが終了した。

 NTで派手に落ちて青画面を出していた事から考えるに、恐らくソフト側の問題が大きかったのではないかとは思うが。

 8倍速書き込みは確かに速い。

 読み出し側がどれだけついて来るのか不安だが、書くだけならこれがベストなのは言うまでもない。

 もっとも、DATに貯め込んである生録データとかを音楽用CDに焼く時には、1倍速以外考えられないのだけど(苦笑)。

 何はともあれ問題が一つ解決した。まずは目出度い(喜)。

 

 CD-Rの書き込み成功で浮かれていたら、今度はNT上でフィルムスキャナを起動したら青画面が出た(涙)。

 どうやら全デバイスが電源オンでないと、SCSIバスが不安定になってコケてしまうという事らしい(泣)。

 

 後輩のA.S.君がスピーカーを買うというので付き合う。

 最終的に買ったブツは、あのTANNOYのヒット作であるmercury m1。

 最後に行き着いた某硬OFFで、新古品扱いの実質新品がペアで2万(驚)で売られていたのをゲットした。

 で、苦労して(重量7kg)自転車で持ち帰って、私の部屋で試聴してみた。

 結論は「音造りの点でかなり良く出来ている(というか値段からは想像つかない位良い音だ)が、特性がややカマボコ気味なので本気で聴き込むには少し辛い」といったところか。

 無論、普通に使うには充分過ぎる程に高音質なスピーカーではあるのだが(苦笑)。

 まぁ、彼の場合これまでがこれまで(DESKP○WER付属(爆)のちゃちなスピーカーを使っていた)だから、皆目気にはならないだろうとは思う。

 さて、次はアンプなんだが、これは予算次第という事になる。

 個人的な見立てではmarantzのPM-19あたりが適当だと思ってはいるのだが・・・。 

 

西暦1999年10月13日

 後輩に頼まれてSCSIのHDとアダプタカードを買って来る。

 機種はHDがIBMのDNES-309170(UW)でアダプタがIwillのSIDE-2935UW。

 96年夏モデルのDESKP○WERに入れるには余りにも勿体ないのだが、今時これより低いランクのSCSIドライブが無いのではやむを得まい。

 常識的には安価なATAのHDを入れるのが正解である事は百も承知なのだが、CPUがPentium 133MHzでエンジンパワーのまるで足りない、そしてそもそもチップセット内蔵のATAインターフェイスが激しく時代遅れで処置無しのDESKP○WERでは、昨今の安価なUltra DMA 33/66ドライブだと下手をするとまともに動作しない危険性があるので怖くて入れられないのだ。

 無論、それ用のインターフェイスカードを入れてごまかすという手もあるにはあるのだが、そういったカードはどうかすると今回入れた2935UWよりも高くつくから、容量計算の互換性の問題(マザーボード側のBIOS次第では大容量ドライブの容量計算を間違える危険性が充分ある)や動作速度の問題(どうこう言ってもSCSIは速度が速いしCPU負荷も低いので、非力なマシンの場合結構有利に働く)を考え合わせると、やはりここは一つSCSIにしておくのが賢明だろう。

 で、SCSI(それもUltra Wide)という事に相成った訳だが、静粛さ、高速さ、それに動作時温度の低さ等の点で前モデルのDDRSと比べてさえ明らかに進歩しているDNESを見ていると、流石にちょっとやり過ぎかな?という気にはなった。

 実際、どう考えてもオーバースペックなパーツなんだよなぁ(苦笑)。 

 

西暦1999年10月14日

 録画してあった「課長王子」最終回を観る。

 色々あったが、イカした作品のまま終わったのが何より素晴らしい。

 まぁ、途中の暴走にも物凄いものがあった訳だけど、こういう暴走ならばOKだ。

 私の中ではパイオニアLDC+AICという組み合わせは、例の「天地」の粗製濫造とかのせいで無茶苦茶悪い印象しかなかったのだが、アフター“ビバップ”となるこの作品位からだんだん評価が良くなっていたりする(笑)。

 無論、細かく見ると駄目な所も多い訳だが、大筋や心意気、それにコンセプトの点で買えたり評価出来たりする作品が増えた事は嬉しくはある。

 ただし、駄目作品はやっぱり何処まで行っても駄目なのだけど(苦笑)。

 

 続けて昨日よりWOWOWノンスクランブルで放送開始の「THE ビッグオー」を観る。

 ぐおぉぉ、こいつは滅茶苦茶面白い!

 “ビバップ”以降アニメ業界は何か吹っ切れた様に洒脱でイカした作品が出て来る様になったのだが、これはその流れに乗って出て来た作品中でも最高の出来かも知れない。

 クールで、シャープで、それでいて熱くて。

 絵柄的には何処か懐かしい、漫画映画的テイストに満ちている(無論それは確信犯的演出効果を狙っての物だろう)のだが、あるいはこれは大人の為の童話、ないしは記憶の原風景に捧ぐ鎮魂歌の様な物なのかも知れない。

 というか、ここまで強烈に2回目が早く観たいと思ったのはTV放映時のビバップ以来だ。

 何より、清川元夢の執事が無茶苦茶イカすし格好エエ!!

 コレだけで私は満足です(爆死)。

 サンライズロボット物(実はそうなのだ)の一つの伝統芸である「妙に余裕たっぷりで優雅な執事」も、あの「怪人」清川元夢の手に掛かるとこうなるのかぁ・・・。

 ああ、早く続きが観たい(爆)。

 

 漸くP3B-Fが修理から戻ってくる。

 「台湾の工場が壊れてとても修理出来ない状況なので代品と交換」との由であった。

 聞いた話ではASUSの工場は数少ない大がかりな被災工場の1つであるらしい。

 途中の対応には色々不満もあったが、とりあえずこの見切りの判断を買って今回は良しとしよう。

 ちなみに代品はPCBのリビジョンが1.03になっていた。

 

 WOWOWの新番組“今そこにいる僕”を観る。

 何やら大冒険ロマンの先触れ。

 緻密で複雑な計算と野放図で自由な放任の入り交じる、スピーディで切れの良い演出に大地監督の本気を見る思いだ。

 何処か懐かしい感覚は昨今の新作に共通するものだが、あるいはそういう世代が作り手になりつつあるという事か。

 これも今期の大当たりという事になりそうだ。

 

 ・・・恐らく、最終的には水曜日の“無限のリヴァイアス”と“THE ビッグオー”、それに今日のこれの計3作品を見続ける事になるだろう。

 何より、大当たり2つというのはかなり嬉しい(喜)。

 

西暦1999年10月15日

 A.S.君は結局marantzのPM-19を買った。

 ・・・のは良いのだが、休日やら何やらの関係で配達が来週木曜日になってしまった(合掌)。

 薄型のプリメインアンプなのだが、その外観からは想像が付かない位重い。

 要はちゃんと作ってある製品だという事だろう。

 

西暦1999年10月16日

 1型44号、ようやく竣工。

 AT互換機関係を追加・修正、などなど。

 今回のお言葉は別冊DOS/V magazine CUSTOM誌1999 Vol.1 No.2掲載の“PCコマンド ボブ&キース”より(笑)。

 

 久々にtelewayのサイトに行ったらドメイン名変更の告知が出ていた。

 遂に来年2月からはメールアドレスがS_YASUMA@mm.neweb.ne.jpに、サイトのアドレスがhttp://www2.neweb.ne.jp/wc/~S_YASUMAに変更される(来年7月末までは既存アドレスも使用可)のだそうだ。

 日本高速通信とKDDの合併の時点である程度予測出来た事だが、正直言って迷惑極まりない。

 ついでに、今後はサイト名、メールアドレス共に新規/変更分については“_”が使えなくなるのだそうだ。

 これも大迷惑だ。

 “_”の何が悪いというのだろうか?全く納得が行かない。

 基本的に、固有性という事に対して無神経な者を私は評価しない。

 それ故、サーバ側の都合等を理由に今後もしサイト名及びメールアドレス名の変更を強要される事があるとすれば、その時はさっさとプロバイダ業者を乗り換える事になるだろう。

 かなり無理な話かも知れないが、そもそもそれを何とかするのが業者というものではないか。

 少なくとも無茶は言っていないつもりだ。

 この件についてはneweb側にとりあえず苦情と警告のメールを出しておくつもりだが、早々に乗り換え対象の調査を始めておくべきかも知れない。

 

 ↑みたいな事を書いておいてこう言うのもナニだが、インターネット参入大体1周年(笑)のこの機会に、サイトのサーバ容量を一気に11MBに拡張する事にした。

 何とも中途半端な容量だが、これは料金計算上の都合を優先した為だ(苦笑)。

 これで画像表示に関する問題をある程度は解決出来よう。

 無論、完全な解決など望むべくもない事だが。

 

 後輩のLilitia嬢の部屋へマシンの調整作業に出向く。

 これはCPUがCeleron 300AMHz(450MHz駆動)でメモリはSDRAM 128MB、グラフィックアダプタはMillenium G200、でもってサウンドカードはSB PCI 128という、ある時期の定番(笑)的なパーツを組んだマシンで、幾ら何でもMMX Pentium 166MHz搭載機より遅い筈は無いのだが、そーいうマシンを持っている人間に思いっ切り「遅い」と断言されてしまったらしい。

 とりあえず起動し、立ち上げシーケンスの動作状況を確認する。

 ・・・確かに遅い。

 おまけになんだこれは?何故起動時にAドライブのFDDを読みに行く??

 ナニやら怪しげな常駐ソフトが色々入っていたので、一つずつ外してチェック。

 ・・・あれこれ調べた末に、“窓の手”(システム設定ツール)と“Esper Changer”(壁紙自動変更ツール)のバッティングが原因らしい事が判明。

 何故かPC-9800用Windowsで入れていた時の設定が生き残ってしまっていた様だ(爆)。

 とりあえず“Esper Changer”を外しておく。

 ついでに最適化作業とドライバ更新を行う。

 Windows 98の起動がらみでは色々手を入れると、随分速さに差が出るし、使い勝手もかなり変わる。

 まぁ、それが良いかどうかは難しい所なのだが。

 最後にマザーボード(GA-6BXE)のBIOSを更新(Ver.2.6→3.2)して作業は終了した。

 この間およそ4時間少々。それなりに早く作業が終了したのは何よりだった。

 

 余談だが、その後で試しにあちこちで「重い」という評価を聞いた“あすか120%リターン”を入れさせて貰った。

 DirectX7の動作チェックも兼ねていたのだが、確かにシーンの切り替わりが重い。

 ウチの環境ではサクサク動作していたので気付かなかったのだが、HDの速度が原因ではなさそう(報告を受けた一人のマシンは高速な7200r.p.m.のHDを搭載している)だし、CPU速度でもなさそう(単純に処理速度を比較する分には、オーバークロックのCeleron 300AMHzと定格のPentium III 450MHzには大差が無い)だし、今一つ原因がつかめない。

 ・・・それともこれはメモリ搭載量の差(「遅い」と報告のあった所は全て128MB)が効いているのか?

 一応推奨メモリ量32MB(笑)のソフトの筈なんだけどなぁ・・・(溜息)。

 まぁ、現段階では推奨メモリ256MBって大っぴらに言う訳には行かないのも分かる(苦笑)が、2Dの対戦格闘ゲームでこれじゃなぁ・・・。

 ああ、メモリ4MB+25MHzの030で高速に動作していた(爆)X680x0版(オリジナル)の時代が懐かしい(溜息)。 

 

西暦1999年10月17日

 昨日のLilitia嬢の所に続いて、今日は笠岡在住の後輩であるU.Y.嬢の所へシステムの再構築に向かう。

 以前書いたが、Bigfootを積んだFMV DESKPOWER S13の持ち主だ。

 同行者は後輩のI.A.君で、まずは会期が今日までの「小野竹喬 生誕110年・没後20年記念展」(笠岡市立竹喬美術館)を2人で観に行く。

 笠岡駅まで117系の快速サンライナーで行き、そこからは歩きとなったのだが、途中笠岡駅の井笠鉄道廃線跡についてあれこれ話し、同駅西の陸橋下に置かれているホジ9を見物(潮風に曝されるせいだろうが随分痛みが激しい。管理はどうなっているのだろうか?)したりしてから向かったので結構時間がかかった。

 

 竹喬美術館は中学生の時に初めて井笠鉄道記念館を訪問した際についでに観に行ったのが最初で、以後何度か訪れた事があるが非常にこぢんまりとした美術館で、いつも閑散とした印象があった。

 なのに今日はかなり込んでいて、あろう事か館外に人がたむろしていた。信じ難い事だ(笑)。

 気になって掲示を見ると、何でも明日以降新館建設の為に2月まで休館となるのだそうで、その関係で来館者が増えていたらしい(苦笑)。

 まぁ、常々幾ら何でも狭過ぎると思っていた美術館なので、この時期に新館建設を笠岡市が決断したのはまことに結構な事だ。

 肝心の展示の方は、京都国立が所蔵している「奥の細道句抄絵」10作をはじめとして、私にとって初見となる他美術館・個人所蔵になる優品が幾つか含まれており、なかなか面白かった。

 ただ、最晩年の代表作であるとされる「奥の細道」には、それ程の感銘は受けなかった。何故だろう? 

 個人的には力量の充実し切った60年代の作品に見るべきものが多かった様に思う。

 もしかしたら、それ以外の時期の展示作が写実に流れ過ぎていたせいでそう見えただけかも知れないが。

 ・・・やはり同時期の画家で言えば竹喬より福田平八郎の方が格段に単純化していて、好きだなぁ(爆)。

 無論、竹喬のあの柔らかさも捨て難いのだが。

 

 竹喬美術館を後にして、一路東にあるU.Y.嬢宅へ向かう。

 秋祭りの太鼓の音が聞こえるのどかな風景の中、延々と道を行き、彼女の家に辿り着いたのは午後1時。

 途中経過を考えると、意外に早く着いた感じだ。

 

 早速問題のマシンの分解と増設RAM(EDO DRAM 16MB*2)とSCSIカード(SIDE-2935UW)、それに新HD(DNES-309170UW)の取り付けに取り掛かる。

 ・・・そうか、この時期のDESKPOWERってPCIが1本しか無かったのか。げ、L2Cはパターンしかないでやんの(驚)。

 こんな、カタログスペックはご大層だが実効速度は全くもってタコなマシンを売っていた富士通は大した会社だ。

 なるほど、こんな屑マシンなら低価格で出せるわなぁ。

 これに付き合わさせられて、安いが粗末なValue Starを出す羽目に陥ったNECの苦悩はいかばかりだったろうか?

 これは、いかに一般消費者が無知蒙昧でカタログスペックや宣伝に踊らされるか、という事の証明だ。 

 まぁ、他のモノならともかく、ことPCに関しては一般消費者に正しい選択を求める事が困難である事は重々承知しているのだが(苦笑)。

 でなければクロック周波数では劣るが、価格の安さや実効性能では上回るCPUを搭載したマシンの方が売れている筈ではないか。

 ・・・愚痴を言っていても仕事にならないので、作業を黙々と進める。

 再組立をし、電源を投入して起動する。

 おお、ちゃんとSCSIカードが認識された(爆)。

 FMVの場合ここでコケる事がまま有り得る様なので、まずは第1関門を突破した事になる。

 で、そのまま起動する。

 ・・・凄い。何だかよく判らないが、あっという間に起動してしまう。

 Pentium 133MHz+430HXでRAMがEDO DRAMの48MB、L2C無しという条件でこれだけの結果が出るとは正直思いもしなかった。

 後ろで作業を見ている2人を振り返ると何やら狐につままれた様な表情をしている。

 それから察するに、標準のBigfootでRAM 16MBの状態では余程遅いマシンだった様だ。

 訊けば、「ウィンドウの開閉にさえ待たされる」 というひどい有様だったそうだ。

 逆に言えば、新しく入れたDNES-309170UWが滅茶苦茶高速なHDだという事でもあるのだが。

 インストールされていたOSはプリインストールのWindows 95(OSR2)のままなので、つまる所標準ではとても使い物にはならない(爆死)マシンだった、という事にもなる。

 で、続いてシステム環境の再構築にとりかかる。

 IE 4.01 SP2を入れ、Direct X7を入れ、システム構築支援ソフトをあれこれ仕込んでチューンしてそれなりに高速に動作する環境を整える。

 ここまで一見上手く行った様なので安心していたら、唐突にエラい事態が発生した。

 インストール後にWindowsを再起動したら「Windows保護エラーです」の文字が出て停止してしまう様になったのだ。

 何という事だ。

 早速原因究明に取り掛かるが、何をどうしてもWindows保護エラーは直らない。

 どうやら元のHDからコピーした段階で既にファイルの内容が欠損していたらしく、それが原因でシステムが内部崩壊してしまったものらしい、と分かるまでにはかなりの時間を要した。

 仕方がないのでOSの新規インストールを行おうとしたのだが、流石は「国民機」FMV、今度はハードウェア設定に起因するインストーラのエラーが発生した。

 これを突き止めたのは良いのだが、拡張マニュアルが見つからないせいでなかなかBIOS設定モードに入れず、結局アミバモード(笑)でキーを片端から押したままで起動してみる、という乱暴な手を用いてやっとBIOS起動に成功した。

 ちなみにS13のBIOS設定はCtrl+Alt+Escだ(爆)。

 ここでつくづく富士通のマニュアルを呪う。

 「こんなときには」のページを見付けて対処法を探したら、「BIOSを設定して下さい。なお、BIOS設定の起動方法は拡張マニュアルに書かれています」という風な事が書かれていた(涙)。

 つまり、拡張マニュアルが出て来ない状況では全く無意味な事しか書かれていないのだ(怒)。

 一体何を考えたら、こういう役所の窓口たらい回しみたいな役に立たないマニュアルが書けるのだろうか?私には理解出来ない。

 それとも、そんなにBIOS設定法が知られたくないのだろうか??

 ともかく、這々の体でBIOS設定画面に辿り着き、設定を開始したのだが、あれこれいじっても問題は解決せず、随分悩まさせられた。

 結局、原因は標準でISAスロットに挿されていたモデムカードで、これがPnPどころかリソース固定のクソみたいな代物であってPnPチェック時に引っかかって転けていたらしい。

 インターネット接続をしている訳でも無いという事なので、容赦なくこのカードを抜いて再起動したら今度は何事もなかったかの様にするすると作業が進んで、最後まで問題なく辿り着いてしまった(爆)。

 ・・・ここまでの所要時間約13時間(爆死)。

 HDが爆速になったお陰でかなり楽をさせて貰ったが、インストール用CD-ROMドライブが標準の低速なモデル(MKE製)であった事が長時間化に拍車をかけてしまった。

 当然、こんな深夜に帰りの電車があろう筈もなく、今夜はU.Y.嬢宅で一泊と相成った(涙)。 

 

西暦1999年10月18日

 笠岡からI.A.君と共に朝帰り(爆)。

 U.Y.嬢の御父君に里庄の駅まで車で送っていただいて、そこから115系0/3000/3500番台混成の8連(0/3500番台混成の4連+3000番台4連)普通で帰ってきた。3000番台車に乗ったが、アコモデーションは昨日の117系と比べてもそれなりと思ったものの、高速運転時の特有のピッチング現象で、所詮はコイルバネ台車を履いた廉価版との思いを強くする。

 経験値はそれなりに上がった気がするが、暫くはFMVを見たくない気分だ。

 今日は講義が無いのでこれでも一応OK(I.A.君は2部の学生なので午前中は寝る事が出来る)だが、こういう無茶もそうそうは出来まい。

 結局、帰宅後夕方まで寝込んでしまった(汗)。

 

西暦1999年10月19日

 後輩のN君に、手元にあったCMI 8330搭載ISAサウンドカードとU.Y.嬢の所から発生したBigfootを渡す。

 彼はBigfoot 2のユーザーで、あれこれと怪しいパーツをかき集めてマシンを組んでいる(組まさせられている?)。

 今回のサウンドカードはそんな彼にぴったりの「宇宙的サウンド(命名:同期の薙沢君)」が出る素晴らしい音質(笑)のカードだ。

 ちなみにカード上にはSPDIF規格準拠のIN/OUTのピンヘッダが立っているが、ウチでの試験時には全く使えなかった(爆)。

 

 ・・・帰宅後、早速彼から電話があった。

 彼はいたくご満悦の声で、その素晴らしい異次元の音体験と、Bigfootの驚異的な遅さについて蕩々と語ってくれた(笑)。

 そりゃそうだろう。

 あの安物サウンドカードに期待する方が間違っている訳だし、そもそも定格回転数が4500r.p.m.になった二代目はともかく、3600r.p.m.でしかない初代Bigfootが高速な訳が無いじゃないか(苦笑)。

 

 預かっていたmercury m1を取りに後輩のA.S.君が襲来。

 ついでに2人で“あすか120%リターン”を対戦プレイ(笑)。

 キャラの強弱が大幅に変わっている事に戸惑う事しきり。何で68版最弱のキャラが最強になっちゃうかなぁ?

 

西暦1999年10月20日

 やっとDVD-ROMドライブが届く。

 で、久々にWindows 98を立ち上げてSPECTRA 5400PE付属のWin DVDをインストールし、先日買ってあった“太陽の船 ソルビアンカ 1”を観る。

 思ったよりもかなり綺麗だが、フォーカスが甘くなるのが気にかかる。

 聞く所によればDVDの縦横比およびその解像度はPCのそれと異なっているのだそうで、もしかするとそれの変換がフォーカスを甘くする原因なのかも知れない。

 ここはやはり専用プレイヤーか、もしくはハードウェアDVDデコーダーを用意するのが吉か。

 ま、それでも下手なビデオよりは余程綺麗だし、何より音が良いのが宜しい。

 ついでに言えば、ウィンドウを開いて観られるのは結構便利かも知れない(笑)。

 

西暦1999年10月21日

 1型45号、竣工。

 今回のお言葉は堀田善衞の大作“ゴヤ”(朝日文庫)より。

 サーバ側容量増大により、鉄道ページに京阪電鉄野江駅にてを追加。

 まだ文章は未整備だが、とりあえず写真から。

 借り物のフィルムスキャナに慣れていないのでまだまだだが、とりあえずこの程度は取り込める事が判った。

 

 昨日から繰り返し観ているDVDだが、どうもぎこちない動作をする事がある。

 で、ふと思いついてベースクロックを100→112MHzにしたら問題なく再生される様になった。

 ハードウェア構成によっても違うとは思うが、少なくともウチの環境ではWin DVDの再生にはPentium III 500MHz以上が必要という事になりそうだ。

 DVD、いや、MPEG2の圧縮展開がとんでもない計算速度を要するものである事を思い知らされた気分だ。

 

 かつてPC-9821As2を売った後輩から、これを再び買い戻す事が決定。

 要するに、知人がこれに搭載しているAMD-X5-133ADZ(Am5x86 P75)というCPUが欲しいというので買い戻す事になった訳だが、CPU以外にもGA(Power Window 964LB)にL2C(128KB*2)、そしてSCSIボード(MDC-926Rs)と、このマシンはA-mate持ちにとって垂涎のオプション機器が満載されていたので、恐らくバラして知人間で分散再利用する事となろう。

 まぁ、それでもPower Window 964LBだけは、今時の物ではないと分かっていても手元に残してしまいそうなのだが(苦笑)。 

 ・・・この分だと、いずれA-mateのPentium搭載マシンを1台位買ってしまう事があるかも知れないなぁ(爆)。

 

西暦1999年10月22日

 岡大鉄研会誌“FIELD TAPPER 1999/11”の編集作業を始める。

 編集実務からは引退したという事で去年は殆ど手を付けなかったのだが、後輩達に任せた去年度の分が正直言ってナニな出来だったので、今年は大学生活最後の年である程度時間的余裕が見込めるという事もあって作業を引き受けた。

 編集作業には文字の並びに対する美意識、ないしは読み易さに対する配慮が多少なりとも必要な訳だが、そういう方面の洞察が欠如している連中にそれを求めるのはやはり無理なのだろうか(嘆息)?

 ・・・まぁ、私がやった分がそんなに良い出来だったかと言うとそうでもないのは確かなのだが(苦笑)。

 もしかすると教育の仕方を間違えたのかも知れないなぁ・・・(溜息)。

 幸いと言うか、今年は「時刻表の提示に伴う割付制約」がある原稿が無いので、かなり楽をさせて貰えそうだ。

 逆に私の原稿はこのサイトで掲載している岡山電軌の記事を手直した物になるので、写真等の配置でかなり厄介な事になりそうなのだが(笑)。

 

 必要に駆られて内山永久寺の資料を漁る。

 これは明治初頭まで奈良県天理市にある石上神宮の近くにあった寺で、江戸時代には「西の日光」とまで呼ばれた大寺院だったらしい。

 明治初頭の大愚行である廃仏毀釈で「一夜ニシテ一屋ヲ余サズ」消滅してしまったとの事だが、今年の始めに石上神宮を訪れた時に見た摂社の拝殿(国宝)をはじめとする、かろうじで残された残り滓の様な遺品でさえ尋常ではない(エスプリを感じさせる様な)美の輝きを放っており、余程の古刹であった事が知れる。

 何でそんな寺の資料が要るかは秘密(笑)だが、こういう資料を漁るのは滅茶苦茶楽しい。 

 ああ、この寺は真言八祖の像を架けていたんだから、確か真言宗だったんだよなぁ・・・(謎)。 

 

 例によってDE○ DE○某店でナデシコ劇場版のLDを購入。

 恐らく、今後は新規シリーズをLDで買う事はないだろうから、もしかするとあの店で買う最後のLDかも知れない。

 高校生の時に最初に買ったLDはあの士郎正宗の“BLACK MAGIC M-66”だった。

 それから約10年の時が過ぎたが、その間に私の目の前を通り過ぎていったLD群の記憶は今も鮮烈だ。

 これから先、出会うであろうDVD群がそうなる事を切に願う。

 

 漸く録画していた“THE ビッグオー”第2話と“無限のリヴァイアス”第3話を、アンプとスピーカーを買ってウキウキ状態(笑)の後輩A.S.君の部屋で観る。

 リヴァイアスは・・・3話でも駄目か(苦笑)。だんだん状況が見えてくるのではなく、次第に謎が増えていくというのはなぁ(爆死)。

 ビッグオーはちょっとオチが弱い気もしたが、かなり笑えたので良し(笑)。

 

西暦1999年10月23日

 ナデシコ劇場版LDを開封して観る。

 うぉお、やっぱりエエわ(爆)。

 監督の奇妙に醒めた、それでいて何処かしら仄かに暖かい眼差しがイカす(笑)。

 でも何と言っても凄いのは堂々44P、LDジャケットサイズでルリルリが一杯(爆)の“劇ナデ読本”だな(苦笑)。

 流石にこればかりはDVDのパッケージに納まらない(笑)。

 VC版とDVD版はその辺どうなっているのだろう?

 

 内山永久寺の調査の続き。

 ・・・やはり内山置文には手を出さざるを得ないか・・・。

 とりあえずもう少し突っ込んで調べてみよう。

 

西暦1999年10月24日

 S-FANの1年生の後輩(下宿野郎)2人が部屋に襲来。

 ちなみに1人は私の下宿の隣の部屋の住人だ(爆)。2人とも敢えて特に名前は秘しておこう(笑)。なかなかに見所のある若者達だ(爆笑)。

 3人でナデシコ劇場版とソルビアンカ 1を観る。

 ううむ、やはりルリルリはええのう(爆死)。

 いかんな、最近すっかり脳がダメダメだ(苦笑)。もしかすると疲れているのかも知れない。

 

 疲れたままで、何故かS-FAN恒例の蒜山高原でのジンギスカン食い放題に参加(爆)。

 徹夜明けで本当に大ダメージを喰らった状態で車に乗ったので、身体に非常に堪える。

 とりあえず、腹一杯肉と野菜を食えたのでそれはそれで満足だが、ちょっと体調的にはやばいかも知れない。

 何はともあれ参加された皆様、お疲れ様でした。

 

 深夜に堺市在住のS-FANの先輩であるPzi氏と長電話。

 DVDの将来性や、ATX電源規格の仕様について等を熱く語り合う(苦笑)。

 ついでにナデシコ劇場版のLD調達を依頼される(笑)。

 何でも仕事が忙しくて買えなかったのだそうで、どうやら大阪の方ではあっという間に売り切ってしまったらしい。

 それこそDVD版さえ売り切れ店続出だったのだそうで、岡山と大阪の市場規模の差を思い知らされる。

 

西暦1999年10月25日

 昨日の余波で寝込む。

 まぁ、講義は無いので実害は余り無いのだが。

 

 夕方になって後輩のO.Y.君が襲来。

 昨日の蒜山強襲作戦(笑)で車を延々運転して疲れている筈なのに元気だ。

 ここいらが歳の差、という奴なのかも知れない。

 ここで怪しいディスクを沢山渡された(爆)ので、CD-Rを買いに出掛ける。

 で、三井化学製のCD-Rを40枚買って来る。

 1枚258円(税抜)なり(涙)。

 結構高い(泣)が、信頼性を優先するとこうならざるを得ない。

 CD-Rは所詮日光写真のお化けに過ぎないのだが、そうであるが故に耐光性に優れた色素を用いる必要がある訳で、その点光学的にかなり安定なフタロシアニン(本来はほぼ無色透明)を用いる三井化学のディスクは安心感がある。

 幾ら安いからと言っても、得体の知れない台湾メーカー製のアゾ色素採用CD-Rを使うというのはねぇ(苦笑)。

 

 ナデシコ劇場版LDの調達に成功。

 色々回ったが何処にも見当たらなくて、結局DE○ DE○の某店で入手した。

 ここのソフトコーナーの担当社員である某氏は今は亡き岡山店でもCD/LDソフト売場の担当で、かなり趣味に走った仕入れをする人だった。

 ま、言ってみればその筋の同士(笑)って奴で、彼は自分の趣味にあった(そしてその手の趣味のある人間なら買ってしまいそうな)作品については、本来の受注数よりかなり多めに発注する習慣がある人だったりする。

 よって、こーいうLD等が見当たらない時には、ここに行けば大抵山積み状態だったりする訳だ(笑)。

 欠点があるとすれば、下宿からかなり遠い所に店があって行き辛い事位の物だろうか。

 何はともあれ入手出来て良かった。

 

 “鉄道ファン”と“鉄道ジャーナル”の最新号をGet。

 ファン誌の方は“特急電車の20世紀”という続き物の特集。まずはあの151系(20系)「こだま」型特急電車から。

 この系列については、同誌創刊以来幾度と無く取り上げられて来た訳だが、今回は当時の設計スタッフから生の証言が得られた様で、結構面白かった。

 只、それらの証言が文中に引用されるに留まってしまったのは何とも残念で、いずれ何らかの形でインタビュー或いは座談会の全貌を公開して欲しい所だ。

 ジャーナル誌の方は“鉄道の20世紀を顧みる”という特集で、社会派鉄道雑誌たる同誌らしい、面目躍如の内容だった。

 日本で新幹線のコンクリート劣化問題がクローズアップされる昨今、脱線事故で痛手を受けた筈のICE(ドイツの新幹線)は着実に進歩していたらしい。

 最新バージョンとなるICE 3は、機関車による客車のプッシュ・プル構成を捨ててM-T-Mの3連1ユニット構成(ちなみにT車のブレーキには渦電流ブレーキを装架する。・・・どっかで聞いた様な構成だ(笑))による動力分散方式の電車に転換して最高速度330Km/hを目指すのだそうだ。

 そういえば「キタとミナミ 二つの関西私鉄」という記事がジャーナルにあった。

 まぁ、それはそれで面白い切り口なのだが、どうもこれを書いた人(“「民都」大阪対「帝都」東京−思想としての関西私鉄”を書いた人だと言えば判る人には判るだろう)の文章には他者を見下した様な所があって、幾分不快になる。

 何でも乱暴に二項対立で捉えれば良いという物でもないと思うのだが・・・。

 この辺については、或いはこの人の見解がある意味で私の関西私鉄に対する見解と対局に位置する事も影響しているのかも知れないので、断言は避けておく。

 

 “AT互換機のチップセット CPU&チップセットの歴史と変遷”なる単行本もGet。

 おお、私の知らないCPUとチップセットが一杯だ(笑)。

 それにしても、SGS-Thomson(仏)やUMC(台湾)が486互換CPUを出していたとは知らなかった。Texas InstrumentsやChips and Technologies社がIntel x86互換CPUを出していたのは知っていたのだが。

 EDO DRAMが440BX/GXでサポートされていないという話(そりゃまぁ、SDRAMしか考えていないのはマザボを見れば明白なんだが)もそうだが、非常に勉強になる。

 ・・・あれ?Thunderbolt(440GX搭載)のBIOSにEDO DRAMの設定、無かったっけ?

 何というか、謎だ(笑)。

 

西暦1999年10月26日

 Intelがようやく新Pentium III、長らくCoppermineというコード名で知られてきたPentium IIIの後継CPUを発表した。

 この石は元々もっと早い時期に出荷される筈が、生産上の問題多発だか何だかで延期を繰り返し、その間にAMDがあのAthlon=K7を出してしまったので高クロック品が取れる様になるまで更に延期(爆)される、というかなりナニな状態に追い込まれていた。

 実際、これでもかなり無理をしている様で、これまでのIntelなら発表した日には必ずと言って良い程製品が店頭に並んでいた物なのだが、今回はプレスリリースが先行したに留まっている。

 つまり、出荷準備を万全に整えてからの発表ではなく、以前のAMDの様なスタイル、分かり易く言ってしまえば歩留まりが悪くて高クロック品が揃わない場合でも、とりあえずブツが多少でも出せる状態になったらとにかく急いで発表する、という態勢へ移行したという事で、これでようやくAMDと同じ土俵にのったという事か(苦笑)。

 一応、これでやっとAthlonの背中が見えてきた様な状態だが、0.18μプロセスを導入してようやく733MHzに到達したCoppermineと、0.25μでも恐らく800MHzにたどり着けるだけの地力を備えたK7ではアーキテクチャに起因する性能のヘッドルーム(既に工場レベルでは0.18μプロセスへ完全移行したAMDの現状を考えると、単純な回路パターンの縮小だけでも、3か月以内に1GHz突破の可能性は充分過ぎる程有り得る事だ)という点でかなり差があるのではないかという気がする。

 まぁ、その辺に関しては劣勢を物量で跳ね返せるだけの資金力のあるIntelの事だから、この後何がどうなってもおかしくはないのだが・・・。

 ただ、その筋のページを読んでいる限りでは、Coppermineについてその性能向上はともかく、歩留まり以外にも多々問題を抱えている様に見受けられる点が気に掛かる。

 

西暦1999年10月27日

 今日は一日中雨が降っていた。

 それ故、部屋に籠もってHPの更新作業と爆睡(笑)。

 ついでに先日買って来て積ん読状態だった本をあれこれ読破。

 

 “無限のリヴァイアス”第4話と“THE ビッグオー”第3話を初めてリアルタイムに観る(苦笑)。これまではずっとVTRで録っておいたのを観るだけだったのだ。

 ううむ、それにしてもドロシーはイカすなぁ(笑)。

 ・・・それはそうとして、誰か私に“リヴァイアス”を分かり易く解説して下さい(泣)。

 

西暦1999年10月28日

 1型46号、竣工。

 今回のお言葉は山海経より。

 AT互換機関連の項目をあれこれ追加訂正など。

 

 AT互換機といえば、Intelは自滅した(苦笑)820チップセットを放置したままで上位の840チップセットを発表していたが、これはどんなモノなのだろう?

 一応RIMM(RAMBUSメモリを積んだDIMMみたいな格好のメモリモジュール)2ソケット*2という構成が基本らしいが、Super Micro社のサイトに行ったらPC133のSDRAM 4ソケットを搭載したハイエンドワークステーション/サーバ用マザーボードが発表されていた。

 ウリである筈のRIMMを捨ててかかっているあたりなかなか笑える構成だが、つまるところマザーボードメーカー側の本音はそんなものなのだ(笑)。

 実際あちこちのサイトや雑誌を見ていると、RIMMはその取り扱いにおいてかなり難物の様で、それでSDRAMと同程度のパフォーマンスしか得られないのであれば、マザーボードメーカー側としても考えようというものだろう。

 

 ・・・かつて、Apple IIの大成功の原因である回路仕様の公開が裏目に出たと感じたApple社は、完全クローズドの新規格を採用したMacintoshを投入し、専門家の絶賛を浴びたものの市場では敗退を繰り返し、既得シェアの大半を喪った。

 その後でApple IIと同じくオープン・アーキテクチャ路線を採ったPC/ATによって米国のPC市場を制覇したIBMは、互換機ビジネスで挑んで来た模倣者達を閉め出すべくISA(AT)バスを捨て、ISAとは互換性の無い、独自特許で固められていて閉鎖的なMCA(マイクロ・チャネル・アーキテクチャ)を採用し、かえって市場を喪った。

 

 この2つの事例が示す通り、いかに優れていてもオープンでない(あるいは多額の特許使用料の支払いを要求する)規格をもって市場を支配しようとする事は、余程上手く立ち回らない限り、かえって自らの既得市場を喪うきっかけになる危険性がある。

 今のIntel社は恐らく全盛期のApple社やIBM社を上回る市場支配力を備えていると考えられるが、このままRIMM推進を続けたとして、果たして1年後に同じ地位にいられるだろうか?

 まぁ、その辺はMicrosoftについても言える事なのだが(苦笑)。

 

 PC-9821Xv13/W16のWindows 98が壊れている事に気付く。

 というか、WindowsをインストールしてあるAドライブのファイルが広範囲に破損している(泣)。

 最初はWindowsのブートセレクタで設定してあるDOS 7.1起動モードで「割り込み番号CDH」の異常な割り込みが起きた、とのメッセージが出ていたので、ハードに原因があるのかと考えて(その可能性が充分考えられる程度には色々いじってある)本体の完全分解調査までしていたのだが、何をどういじっても皆目直らず、ふと気付いてスキャンディスクをかけたらエラーが出るわ出るわ・・・(涙)。

 で、やむなく既存ファイルの完全抹消とWindows 98の再インストールと相成ったのだが、DOSフォルダに入れてあった常用ファイラー(HF)その他が破損していたので作業効率が落ちたのが、かなり痛い。

 最終的には随分な手間暇をかけた作業の末復旧に成功したが、Windows 98標準搭載のデフラグ(数少ない、Windows 98での改善部分の一つだ)による最適化後の実効速度にかなり差が出ているので、実は随分前からあのWindowsは破損状態のまま動作していたのではないか?という疑念が湧いている。

 

 レンタルビデオ屋に行ったら、新作コーナーにギリシャのテオ・アンゲロブロス監督の最新作「永遠と一日」が入っていた。

 これは、この夏に岡山市内のミニシアターで上映されていて、こういう映画に目のない親と一緒に観に行った、非常に枯れた、そして深く淡い味わいの作品なのだが、流石というかレンタル中になっていた。

 この行きつけのレンタルビデオ屋は、基本的にアニメマニア御用達で、あとは俗悪ハリウッドムービーとアダルトビデオが大半を占拠しているという、この手の店にありがちな構成なのだが、普通の店はなかなか置かない「切腹」(故小林正樹監督の「怪談」と並ぶ代表作)があったり、突然「ドイツ週間ニュース」(第二次大戦中にドイツ国内の映画館で流されていたニュース映画から戦争関連の情報だけを編集したビデオ)を入れてみたり、と何を考えているのか良く判らないが非常にナイスな部分があって侮れない店だ。

 ・・・それにしてもあんなに地味で国内知名度の低い筈の「永遠と一日」が一発で貸し出し中になるかなぁ?

 入れる店も店だが借りに来る客も客だという事か(苦笑)。

 

西暦1999年10月29日

 書き忘れていたが、1型46号では“「今回のお言葉」の履歴簿”を新設している。

 ↓にリンクを設置してあるが、過去ログ消失等(泣)でチェックが大変だった、という話もあったりする(苦笑)。

 

 アンプを変えてからおよそ1年が過ぎた。

 先代のPM-640VXiとかいうハーマン・カードン社製安物アンプは、バブル期の栄華を想起させる重量級コネクタを採用した、Audio Technica社製AT6210/0.5・1.0・1.5の重さに耐えかねてRCAコネクタが砕けてバラバラになる(爆)という凄い事になった末に使用開始後約7年でリタイアと相成ったのだが、流石は高級品というか、今のmarantz製PM-14改(PM-14SA同等プリアンプブロック交換工事実施済み)は各部の造りが非常に堅牢で、使用開始後1年を経てエイジングが進み、音のノリがいよいよ良くなって来ている。

 まぁ、定価でも4倍、買った値段でだと5倍になる先代との価格差を考慮すれば、それは当然ではないかという気にはなるのだが(苦笑)。

 問題は使用開始後8年を経てそろそろ疲れの色が見えてきたスピーカー(System 2 / TANNOY)をどうするか、という事なんだが・・・。

 ・・・どう考えても買い換えの予算は出ないなぁ(笑)。 うむ、少なくともあと2年はこのままで使用だ。

 実家のスピーカー(“チャーヴェニング” / TANNOY。一代限りに終わったHPD(初代)ユニット搭載のブックシェルフスピーカー)が1974年製で未だ健在(つまり今年で実に四半世紀(!!)を閲した事になる。但し、エッジは劣化して破れたので先日張り替えた)である事を思うと、いかにも消耗が激し過ぎる気がするのだが、スピーカーユニットの口径が全然違うのだからやむを得まい。

 実際、あっちとこっちとじゃ値段もサイズも全然違う訳なんだが(苦笑)。

 ・・・あっちはアンプ(L-550 / LUXMAN)も既に15年以上稼働し続けている(もっとも、2年程前に一度トラブルが出て、オーバーホールした)から、やはり高級品は長持ちするという事か。

 その伝でいったら実家で一番新しいオーディオ機器であるCDトランスポート&DAC(P-2&D-2 / Esoteric)のペアは少なくとも後30年は故障しない事になる筈なのだが、実は実家で一番故障が多いのはあの2台なんだよなぁ(苦笑)。

 ま、可動部分の多いプレーヤー/デッキ類は故障しても仕方がないか。

 

西暦1999年10月30日

 AT互換機2号機の筐体で悩んでいる。

 ベイの数が決定的に足りない(爆)のだ。

 今使っているIW-Q500には5本の5インチベイと1本の3.5インチベイがフロント側にあって、他に3.5インチのシャドウベイが3つ分あるのだが、現段階で既にフロントの5インチベイは上から順に5.25インチFDD、DVD-ROM、CD-ROM、CD-R、それにDDS-1(DATを使うテープストリーマ)が占拠していて満杯で、残る3.5インチベイも当然3.5インチFDDが入っているから、最早外部と入出力する必要のあるデバイス(MOなど)はこれ以上内蔵したくても出来ない(泣)。

 加えて、2つ分のシャドウベイの位置が悪くて(というかS1837UANGが破格にでかいので、これまでなら問題にならなかった事が問題になっている)マザボのATX電源コネクタと干渉して使えない、という問題も発生していて、最早処置無しだ。

 実は、このケースを買った時には「これだけ拡張性が高いケースを買っておけば後は大丈夫だろう」などという甘い見通しを立てていたのだが、それは1年半の儚い夢に過ぎなかった(泣)。

 次はどうあっても大柄なサーバー用ケースを買うしかないのかなぁ・・・(溜息)。

 

 ここしばらく、98内部でファンか何かが変な音を立てていた。何かが接触しながら回転している様な、気味の悪い音。

 中を開けて見ても、怪しいと踏んでいたCPUクーラーも電源ファンも、どこも別に接触したり干渉したりしている様子はない。

 それ故に随分悩んでいたのだが、今回トラブル復旧の絡みで98に挿したボードやカードを抜き差ししていて唐突に原因が判明した。

 そう、実はグラフィックカードに実装されていた安物冷却ファンが壊れていたのが原因だったのだ(爆)。

 これはこのカードを入手した時に気になった事だったのだが、そういえば最近はその存在さえ忘却していた(苦笑)。

 単純といえばこれ程単純な話も無いが、安物冷却ファンはすぐに壊れる。その事実を思い知らされた気分だ。

 で、このカード本来のチープな冷却ファン(SUNON製)はさっさと外して、ずっと高価な山洋電気製薄型チップ用ファンを取り付けた。

 I-O DATAの同等カードの場合、当初からこのファンが標準で装着されていて高信頼性という事をウリにしていた訳だが、今回その理由が良く理解出来た(苦笑)。

 今後Canopus/I-O DATA両社以外のメーカー製の冷却ファン付きグラフィックカードを買う時には搭載ファンの仕様に気を付けるとしよう。

 あの2社が高い値段付けるのはやはり伊達じゃなかったという事か・・・(溜息)。

 

 後輩のM君がSPECTRA Video Port 600(SPECTRAシリーズ各機種用のヴィデオキャプチャユニット)を買った。

 ウチでもSPECTRA 3200時代から付けているオプションだが、どうもそれでPlay Stationの画面をCRT上に表示したいらしい。

 実は、彼の部屋にはPlay StationのAV拡張端子が直接繋がるタイプのTVがあって、彼はAV拡張−AV拡張の専用ケーブルでPSとTVを繋いでいる。

 従って、わざわざキャプチャなんてしなくても、そいつで充分過ぎる程綺麗に表示される筈なんだが・・・。

 何というか、謎だ(苦笑)。

 

西暦1999年10月31日

 「死線の太平洋 2 レッドサンブラッククロス」を買って来て読む。

 おお、本当に2か月連続刊行している・・・(爆)。

 

 後輩のK.Y.君がPC-9821Xt13/K12とPC-9821As2/U8Wを持って襲来。

 As2の環境をXt13に移行する為と、As2を私が譲り受けた(もっとも、その後すぐに一部部品を抜いて同じく後輩のA.S.君に転売したが(爆))為に2台とも持ってきてくれたのだ。

 が、話はそう簡単には進まなかった。

 まずAs2だが、リアパネルの電源ファン回りを見た瞬間に「これはアカン」 と思った。

 どこもかしこも埃の山と化してしまっていたのだ。

 ベランダに本体を持ち出し、エアダスターで埃を吹き飛ばす事30分以上。

 昔取った杵柄で各ブロック、基板を順番に外し、その隅々にまで充満した埃を徹底的に駆逐し尽くして再組立。

 頭は忘れていたが、手がネジ位置を覚えていた(苦笑)。

 

 事のついでに、今回のお目当てであるPower Window 964LB(グラフィック・アクセラレータボード)とMDC-926Rs(SCSIボード)、それにAMD-X5-133ADZ(CPU)を外して眺める。

 前にも書いた通りどちらもA-mateユーザーには垂涎の拡張ボード(そういえば書き忘れていたのだが、PC/AT互換機の拡張スロットに挿すのは「カード」であるが、PC-98シリーズの汎用スロット(Cバススロット)に挿すのは「ボード」となる)だが、何度見てもPower Window 964LBの端正なたたずまいには感嘆せずにはいられない。

 こんなにも居住まいが折り目正しく、それでいて凄みのあるボードというのは、知る限りこれと現用のマザボであるS1837UANGの2枚位の物で、あのSPECTRA 5400系列にさえここまでの高級感は感じられなかった。

 まぁ、発売当時の定価が\78,000(オプションの増設用2MB VRAMモジュールを合わせると\110,000(!!)になる)という当時としても超高級ボードであった訳だから、その位は当然という話も無い訳ではないのだが、それにしてもこれ程に品格の高いボードというのは他に例を見ない。

 Cバス(コネクタは専用ローカルバスだが)フォームの拡張ボードに許されるカード寸法の範囲内で、グラフィックコントローラ、DAC、それにVRAMといった部品類を美しさを感じさせる程整然と配置するというのは、実の所信号配線の制約を考慮すればひどく難しい作業であり、それこそ基板上のパターンの取り回し一つにまで神経を使って配置するというのは尋常ではない。

 その上であの美しく高速な表示が実現されていたのであるから、やはりこのボードは値段分以上の仕事をしていた、という事なのだろう。

 そういう意味で、このボードを持つA-Mateユーザー達が陳腐化しつつもA-Mateから離れられない理由が良く分かる。

 

 As2の作業が終わったので次はXt13のセットアップ。

 基本的には、スッピンのXt13/K12(但しATAのHD(よりにもよってCONNERのイカしたHDが入っていた)は以前の持ち主であるLilitia嬢の時代に壊れてしまっていて、既に外されている)にPCIのサウンドカード(ATC-6655)とLANカード(ALN-315)、それに下駄付きのMMX Pentium 233MHz(SL27S)を挿してAs2時代のSCSI-HDを繋ぐ、という事なのだが、ここでトラブルが多発した。

 何故か、DOSのSWITCHによる起動設定が「標準」ではHDから起動出来ないのだ。

 で、対策を講じて「SCSI固定ディスク」からの起動にするとSCSI HDからは起動する様になったが、今度はFDからの起動が出来なくなってしまった(泣)。

 おまけに、これまで起動出来ていた筈の既インストール済みのWindowsさえ起動出来ない(涙)。

 このXt13というマシンはX-Mateのハイエンドモデルであり、造り自体はA-mateにも匹敵する位しっかりした、非常に素晴らしいマシンなのだが色々厄と介な問題を抱えていて、前ユーザー時代にもWindows 98のセットアップが全然上手くゆかなくて地獄を見せられた経験がある。

 そんなマシンなので最初から警戒してかかっていたのだが、やはりトラップは発動した(苦笑)。

 

 そんな状況で煮詰まってしまったので、夕食を取りにK.Y.君と外出。

 まず、As2の転売先であるA.S.君の部屋へAs2を持って襲撃した。

 で、そこにある調子のおかしい初代AsからPower Window 928IILBやSCSI、LANボードなどを抜いてAs2に移設して設置完了。

 964LBと比べれば凄みに欠けるが、その先代に当たる928IILBもやはり端正で美しいレイアウトのボードだ。 

 この後、何故か3人で食事に行き、そのまま我が部屋に直行。

 3人でK.Y.君の持ち込んだ「ベターマン」のLDを鑑賞。

 但し、私はXt13のセットアップを続行しつつ横目でちらちら見る、という状態になったので話が良く分からない。

 とりあえずこのディスクは借りたので、後でゆっくり観てみよう。

 

 途中の経緯を語るのはかなり辛いので結論だけを記せば、Xt13の異常動作の原因はMMX Pentiumにあった。

 こいつを抜いてノーマルのPentiumに戻すだけで全てが完全に動作し、あれ程ごねたWindows 98も問題無く動作してしまったのだ(爆)。

 どうやらBIOSがMMX Pentium出現以前のものであった為に誤動作してしまっていたのが原因らしい。

 深夜だか早朝だかわからない時間に一通りの目処を立ててから作業を切り上げ。

 半分寝ぼけた様な状態でK.Y.君は帰路に就いた。

 

 その後で、A.S.君宅から持って来た異常の出ているPC-9821As/U2を分解整備。

 これは元々私の部屋で一週間天下だったマシンで、その後先のK.Y.君の部屋を経てA.S.君の部屋に居着いたという流浪のマシンでもある。

 だが、その間の3年という時間は長かった様だ。

 ケーブル類を繋ぎ、電源を入れると何故か黒い筈の画面がランダムに紫や青になる。

 ・・・どうやら、Video DAC回りか何処かに異常が発生しているらしい。

 修理に出す事を検討してみるが、恐らくその費用で中古のAs2が買えてしまいそう(苦笑)なので諦め、貴重なFD1138T系FDDやAs/As2で共用の可能な筈の電源BOX供出機という事にして、本体は廃棄するのが良かろうと判断して就寝。


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