いわゆる更新記録(靖間 誠PC日記兼用)

西暦1999年9月1日−9月30日分


西暦1999年9月1日

 とうとう9月だ。

 先輩の依頼で中古のPower Macintosh 7500/100を買ってくる。

 キーボード・マウス・電源ケーブルそれに説明書無しという実に男らしい状態(笑)で、HD 1GB&純正CD-ROMドライブ内蔵、メモリ32*4+8*2=144MBで7万(税抜)だった。

 メモリの実売価格から考えると、本体は実質4万以下だった事になる(笑)。

 で、これだけ無い無い尽くしなのに、何故かOSだけはSystem 7系の最終版であるMac OS 7.6.1のCD-ROMが付いていた。

 何故だ?

 

西暦1999年9月2日

 頼まれ物のV30(ナナオ純正の5BNC - D-SUB 15pinケーブル)を買って来る。

 ここでナナオ純正ケーブルが実は凄く高価だった事に気付く。

 何しろ実売レベルでサン○サプライとかの同等ケーブルの倍だものなぁ(爆)。

 まぁ、元が充分取れる位には、CRTに出る画が違うのだけど(苦笑)。無駄に銭を毟っている訳ではないという事か。

 遂にSPECTRA 5400 Premium Editionを導入。

 売ってくれた知人が漸く代品(#9のSR9だった)を入れたのでやって来たのだ。

 なお、SR9は#9の最新カードだが、相変わらずビートルズなので少し安心する(笑)。

 で、肝心のSPECTRA 5400 P.E.だが、いやぁ、速くて綺麗でもう最高(爆)。

 何より、オプションのVideo Port 600があるのでテレビが見られるのが強い(笑)。

 但し、Windows NTで要らん小細工をしていた為にドライバ更新が出来ず、悩む。

 さて、どうしたものか。

 

西暦1999年9月3日

 漸くPower Macintosh 7500を発送。

 余りの重さに泣きそうになる。

 Windows NTの再インストール。

 ドライバ入れ替えの為にOSを再インストールというのもアレなんだが、今回は自業自得なんで諦めて素直に作業。

 SCSIもチップセットも何もかも、ハードがかなりおとなしい物ばかりになってしまったので、すいすい作業が進む(苦笑)。

 特にAHA-2940UW+SCSI-HD / CD-ROMの構成なので、NTのCD-ROMがBootableとして認識され、起動用FD3枚の交換作業が要らないのは楽で良い(笑)。

 でも、やっぱり早い所Windows NT 5.0(笑)が欲しい。

 何しろ、我が家のATにWindows 98がインストールされている理由って、殆どゲームの為だけだものなぁ(苦笑)。

 

西暦1999年9月4日

 部屋の片付けが大体終わる。

 一番大変だったのは何と言っても数だけは無闇にあるPC関連機器の整理・再配置作業だったのだが、ついでにCRTケーブルその他にアルミホイルを巻いてゴースト低減を図る事が出来たので良しとしておこう(笑)。

 余談だが、この過程で面白い事が分かった。

 これまで普通の画質だと思っていたメルコの98用Banshee(WGP-FX16N)で、画面上のオブジェクトとデスクトップの合成に失敗して、変なちらつきが境界付近に走るという怪現象が発生している事が判明したのだ。

 考えてみれば3Dfx社はこのBansheeまで自前で2Dをちゃんと取り扱うグラフィックチップを作った事が無かった訳で、これは要するにその辺の経験不足に起因する問題では無かろうか。

 このチップが現行最新鋭機種だった頃には、同時期の製品であるRIVA TNTとベンチマークテストの結果だけで比較して、「同程度の性能でしかも安い」と誉める向きが多かったが、この辺の細部の詰めの甘さを見ていると、実はBansheeの2D描画性能ってのはあれこれ手抜きをして稼いでいただけなのではないか?という疑問が湧いてくる。

 それともこれはメルコのドライバが悪いのだろうか?カノープスならともかく、あの会社がチップメーカーの出すリファレンスドライバから大きく逸脱する様なドライバを付けるとも思えないが・・・。

 TNTが正常進化してTNT2になった様に、Bansheeも進化してVoodoo3になった訳であるが、正攻法で攻めたTNT2系が一気に飛躍したのに対して、Voodoo3が前作のBansheeから大して進化しなかった(無論高速にはなったが・・・)原因は案外この辺りにあるのではないかという気がする。

 なお、この現象は低解像度時には発生せず、高解像度時にのみ発生している様だ。

 

西暦1999年9月5日

 いい加減交信日記も長くなったので、過去の更新記録を月毎に分割。

 古いのを読み返すと、いい加減ひどい事ばかりしている気がするなぁ(苦笑)。

 マルチタスクOSの傑作、OS-9を出しているMicroware社が「大衆に混乱を引き起こしやすい」って理由でApple社のMac OS 9を商標権侵害で提訴したそうだ。

 以前Mac OS 8が出た頃に先輩と「じゃぁ、次はOS 9ですね(爆笑)」って言っていたのだが、約20年この名前を使っているMicroware社にしてみればたまった物ではないわなぁ(苦笑)。

 まぁ、80%世間から忘れ去られたOSなんだが、その筋の業界の人が混乱する可能性というのは確かにある。

 実際の所、「Mac OS 9とOS-9は互換性があるのか?」なんて質問がお馬鹿な法人ユーザーとかから寄せられたりしたのが原因なんじゃないだろーか。

 最近Apple社は例のポリバケツPC(笑)のデザインがらみで訴訟を連発していた訳だが、こいつは脇が甘かったって奴だわな(笑)。

 でも、冷静に考えると、最近特に目立ったトピックの無かったMicroware社に取っちゃぁ、これは絶好の宣伝/存在アッピールの機会なんだよぁ。

 とりあえずはMicroware社に座布団一枚(笑)。

 

西暦1999年9月6日

 1型38号竣工。

 漸く「オ・ン・ガ・ク」に「イマジネイション通信/原マスミ」を追加。

 次に買うべきマザーボードの物色。

 とりあえず、二度とASUSTekの製品は買わない(誰が買ってやるものか)として、現在デュアルSlot 1系を中心に物色中。

 NTを使っていて痛感するのだが、最高速度はあまり要らない(いや、勿論あったに越した事は無い訳だが)けども、そのピーク性能が多重タスク起動時にも維持される必要性は高い。

 分かり易く言えば、1つだけプログラムを動かした時に限って爆速、ってマシンよりも、そこそこの最高速度でも3つばかりプログラムを平行動作させても操作感が変わらない=重くならないマシンの方が私にとっては有り難い、という事だ。

 恐らく440BXものになる公算大だが、大穴で440GXという線も無い訳ではない(苦笑)。

 阪大で院生をやっている知人と長電話。

 最近、周囲で何故かナナオのCRT購入が流行っている(笑)のだが、これもその件での電話であった。

 ちなみに彼はウチにあるE57Tの直系の後継機であるE57TSを買う事にして、いざ店に行ったら物が在庫切れで発注という事になったのだそうだ。

 聞けば今、E57TSは無闇に売れて市場に物が無いらしい(苦笑)。

 まぁ、長いこと売れ筋だったE55Dもとうとう生産完了したし、他社を見回しても17インチのマトモそうな製品は尽くディスコンになっちゃっているから、半ば仕方無しに上位機であるE57TSに人気が集中してしまっているのだろうけれども、その性能と値段を秤にかけた場合、今のE57TSがエラくお買い得なのも確かだ。

 もっとも、同じナナオでも19インチのE67Tは感覚的にもう一つお安い、超バーゲンセール価格(定価ではE57TSを下回っているし、実売でも殆ど変わらない)が付いているのだが、少なくとも店頭で両機を見比べる限りでは、確かにE67Tは画面は大きいものの、画質的にはE57TSを超える物ではないと思う。

 何というか、同じフィルムを単純に引き延ばし機で大きくしただけ、という感じなのだ。

 実際、19インチになったからといって表示可能デスクトップサイズは変わらない(双方とも1280*1024で垂直85Hzってのが実用上限になる。これ以上が欲しいならば高価な21インチモデルを買う他無い)訳で、19を選ぶかそれとも17を選ぶかは純粋に置き場の問題だけなんだろう。

 そういう意味では、E57TSとE67Tの実売価格が同程度に設定されているのは正しい、という事だ。

 いやぁ、つくづくナナオも商売が上手い(笑)。

 

西暦1999年9月7日

 Power Macintosh 7500を送った先輩から電話。

 Macに挿すSCSIカードの相談であった。

 結局、ラトックシステムのU2W物(InitioのINIC-1060Pを積んだ製品で、ハードウェア的には私が使っていたIOI-A100U2Wの同等品)という事になった。

 この時話していて思ったのだが、Adaptec製品のあの高価さは一体何なのだろうか?

 何しろ、Mac用のAHA-2940UWの実売価格が、このラトックのU2Wカード(当然性能的にはこちらの方が上回る)の値段を1万円から上回っているのだ。

 ATのマザーボードにオンボード搭載されたAdaptec製SCSIチップに付けられた値段(SCSI有りと無しの差額から計算)の安さを考えると、あの会社は余程暴利を貪っている事になるのだが・・・。

 先輩は、結局これと400MHz駆動のG3アクセラレータ、生産完了が伝えられるIBMのDDRS-34560LVD(ハードディスク)とナナオのE67T(19インチCRT)、そして増設VRAM(本体内蔵ヴィデオチップ用)を買う事になったそうだから、あのMacを0から使える様にするまでにトータルで大体30万位かかる事になる。

 ううむ、やはりMacは銭がかかる。

 拾ったQuadra 800を使える様にする時にも思った事だが、Macintosh用の機器・ソフトウェア類の調達に要するコストはやはり高い。

 というか、Apple純正以外選択肢の無い物が余りにも多過ぎるのではあるまいか。

 大学の講義で繰り返し言い聞かせられてきた事だが、市場における独占の弊害は大きい。

 それは、業者と消費者の双方が高くついた分は最終的に消費者が負担させられる事を意味するからであり、実際Macではそうなっている様に見える。

 無論、独占には品質のコントロールが容易であるという側面もあり、しばしば粗製濫造品が市場に氾濫して良質な商品を駆逐してしまう傾向のあるAT互換機とかの関連市場を見ている分には、ひどく羨ましい事もあるのだが、それにしてももう少し何とかならない物なのだろうか?

 

西暦1999年9月8日

 何気にFSBを124MHzにしてみる

 通常、440BXを搭載したマザーボードの場合、AGPクロックはFSBの2/3固定なので大体FSB112MHz程度で頭打ちになる(これはG400も例外では無かった)のだが、SPECTRA 5400 P.E.にしてから試していなかった事に気づいてチェックする事にしたのだ。

 大体の場合、一見上手く動いている様に見えても3D Mark 99 MAXとかFinal Realityとかを走らせると、大容量テクスチャの転送が起こる段階で凍ってアウト、という事になる物なのだが、流石は0.25ミクロンプロセス品と言うべきか、5400PEでは両方とも全く問題なくパスしてしまった(汗)。

 IntelのCPU、特にある程度枯れた石は大体、製品として存在する最上位の石(この場合は600MHz)並は無理でも、ある程度の線まではCPUクロックを上げられる事が多いのだが、どうやらこの石(Pentium III 450MHz [SL3CC])もその例外ではなかった様だ。

 それにしても558MHz駆動は速い(笑)。

 メモリがPC125対応品で揃えてある(但し、NTでの動作が今一つヤバいのでCL=3設定に落としてあるが)せいもあるのかも知れないが、とにかく安定していてしかも速い。

 FSBを上げると同じCPUクロックとは思えない位速くなる、というのはK6-IIIの時(66*6=400→100*4=400MHz)にも経験した事だが、やはり効く。

 誰が何と言おうと、倍率は低ければ低い(だからといってCL=4とか5ってのは論外なんだが)に越した事は無いのだ。

 まぁ、何はともあれFinal Realityの結果表示のグラフが全部振り切れているのは、見ていて気持ちが良いわなぁ(苦笑)。

 因みに3D Mark 99 MAXとFinal Reality 1.01の結果は以下の通り。

 3D Mark 99 MAX:5678 3DMarks/8691 CPU 3DMarks

 Final Reality:2D image Processing 5.81/3D Performance 5.48/Bus Trancefer Rate 6.38/Overall 5.71

 とりあえず満足した(笑)ので元に戻す予定だが、果たしてどこまで誘惑に耐えられるやら・・・(苦笑)。

 ここでふと気付いたのだが、去年の今時分はPentium IIの112*4=448MHz駆動に燃えていた。一昨年の今頃はPentiumの66*1.5MHz=100MHz(苦笑)だった。

 来年の今頃、果たして何処までPCは辿り着いているのだろうか。

 こういう速度向上による量的な意味での性能拡充も悪くはないが、それだけというのもあまりに寂しい。やはり何らかの質的な変革が欲しい所だ。

 

西暦1999年9月12日

 とりあえず、

 祝、カウボーイビバップ映画化!!

 何はともあれまずは目出度い。

 1型39号竣工。

 何となくバナーらしき物を作ってみた。サイズはこんなもので良いのだろうか?

 「台車から見た下津井電鉄の車輛」を一部更新。

 これについてはミスの実地確認による修正が実質的に不可能(何しろ消滅してしまった鉄道だからなぁ・・・)なので、画像(早い所何とかしたいが金も暇も無い)以外は殆ど手の入れ様が無い(泣)。

 新事実が出て来る度に右往左往なのは今に始まった事では無いのだが、そもそも新事実が出て来ない状況ってのもねぇ・・・(溜息)。

 岡山電軌の方は、手を入れる所が結構ある(というか、毎日の様に実物を眺めていれば、嫌でもミスに気付くし新発見もある)ので現在作業中だが、図面その他のデータ(実は、岡山電軌さんから昔提供して貰っていた竣工図を知人にスキャンして貰っていたのを、綺麗さっぱり忘れていた)で容量を喰いそうなので、そろそろHPの容量増強を検討すべきかも知れない。

 色々あってインターネットに接続するマシンをATから98に切り替え。

 Pentium 133MHzが最早実用最低速度を下回ってしまいつつある事を痛感する。

 今の実用最下限はMMX 166MHzって所では無かろうか?

 余談になるが、ウチのLAN環境ではマシンに小説・コミックに登場したコンピュータの名前を適当に与えている。

 で、以前よりAT2号機には”MANIAC”、98には”LOGOS”という名を付けていた(元ネタが知りたい人は佐藤史生のワン・ゼロを読むよーに)のだが、これで原作通り(謎)という訳だ(笑)。

 ちなみに、Macintoshは”GAIA”、X68030(未接続だが何とかする予定)は”ADDITY”、そしてAT1号機は”TR4989DA”って事になっている。

 今気付いたけど、どれも暴走しそうな名前ばかりだなぁ(苦笑)。

 

西暦1999年9月13日

 幾原邦彦*永野護の「シェルブリット I」を読む。

 「ウテナ」は趣味が全く合わなかったので殆ど見なかったけれど、実は幾原という人はSFの人で海の人だったのだなぁと感嘆。

 ある意味、「星界の紋章」以上に考えられた非常に魅力的な設定の話なんだが、小説としてはどうかな、と思う。

 何というか、面白いけど小説の作法からは明らかに外れている部分があって、すごく読みにくい(苦笑)。

 これは明らかに映像が前提のシノプスみたいな物で、実際、映像となった時の山場とか見せ方を計算して書いているのが分かるから、そういう意味でつくづく映像作家の作品だと思う。

 まぁ、それでも今日日出回っている、もどきのジュブナイルよりは数万倍SF小説しているのだが(爆)。

 冬に出るという2巻目が早く読みたい(笑)。

 

西暦1999年9月14日

 Play Station 2がついに発表された。

 発売は来年3月4日だそうだから、このまま行けば最初の公約(春に発売)は守られる事になるが、微妙な時期ではある。

 同時にデザインも発表されていたが、何というかおもちゃっぽかったけれども斬新だった初代PSと違って、明らかにAV機器、あるいは昔一時期流行りそうになったNC(ネットワークコンピュータ)的で、PSとは商品として根本的に性格が違う事が良く分かる。

 個人的には縦置きが出来る様になった事は大歓迎だ(笑)。

 何しろPSの時はオーバーヒート対策で縦置きやら裏返し(笑)やら、あれこれ苦労させられただけに、その辺を織り込んだと思しきPS2のデザインには流石と唸らせられる。

 後一つ思った事は、これでDVDのソフト普及率は3月以降急上昇するのだろうな、という事だ。

 ここしばらく市場のLDからDVDへの移行が目立ち始めているのだが、PS2にDVD再生機能が搭載される事が決定された事で、その流れは間違いなく急加速される事になる。

 但し、低価格でDVDプレイヤーを出している各社にとってはこの発表は確実に打撃になるだろう。

 そういったメーカーの取りうる戦略としては、

  1.PS2以下の価格でのDVDプレイヤーを発売して大量に売りさばく

  2.付加価値(いわゆる多彩な再生機能、とか云う奴だ)をつけて高価格帯の高級機にシフトする

  3.自社で思い切ってPS2みたいなDVD搭載ゲーム機(あるいはホームコンピュータ的なハード)を出す

 という事になろうかと思うが、いずれにしても商売としてはかなり辛い事になるだろう。

 公表されているPS2のCPUスペックや価格を考えると、1は実売2万でそれもPS2の量産効果が出るまでが勝負時という、体力のある大手でも非常にリスクの高い勝負となるし、2は2で余程ウリに出来る自社の技術(DVD-Audioで突出した高音質が得られる、とかサラウンド周りの処理が綺麗に出来るとか)が無い限りは確実にじり貧になる。

 DVDというのがかなりコンピュータ技術に依存して成立したメディアである以上、破天荒と言って良いスペックのCPUやDSP(に相当する機能)を実装した(そればかりかIEEE1394端子まで持っている)PS2であれば、ファームウェア次第でかなりの高級機に迫る機能を実現できる筈だから、技術的に基礎体力の無い会社は確実に撤退せざるを得なくなる事だろう。

 また、最後の3は松下が選んだ(任天堂と組んだ)手だが、これはこれまでのソフトウェア的な蓄積の無い所からの出発となる分、リスクは極めて大きい。

 何しろライバルとなるPS2は、これまでのPSのソフトウェア資産が使える状態からの出発となるのだ。

 この手段を採れる、あるいは採った事は流石は大松下と思うが、こと自社ブランドのコンピュータの商売に関する限り、パートナー選びには一度も成功した事のない会社だけに、その辺は不安が残る。

 ダメ元で3DO(M2だっけ?)を育てようとしなかったツケが今回っているのだ。

 何にせよ、DVDの規格制定時に首を突っ込んだSONY以外の各社は、よもやこんな展開が先に待ち受けていようとは考えもしていなかった事だろう。

 まぁ過去の言動を見る限りでは、当のSONY自身、PSがこういう戦略的状況を導く事を明確に想定していなかった節も伺えるのだが。その辺、らしいと言えばらしい話ではある(苦笑)。

 

西暦1999年9月16日

 冗談抜きでAT2号機のマザーボードが440GX搭載品になりそうだ。

 ちなみに予定機種はTyanのS1837UANG“Thunderbolt”。

 4本のDIMMソケット(最大メモリ容量2GB)に2本のCPUスロット、AdaptecのAIC-7896によるUltra 2 Wide SCSI、i82559による100 Base TX(LAN)、EnsoniqのES1373サウンドチップ、そして6本のPCIスロットと、拡張性では考え得る限り最強に近い機能を備えた怪物だ。

 実際、CPUとメモリ以外で特に挿す必要があるのはグラフィックアダプタ位の物だろう。

 6本用意されたPCIスロットは何の為に付いているのだろうか(笑)?

 感覚的には、真正面からの殴り合いに耐える強靱な主力戦闘艦って所で、Slot 1系マザーボードの掉尾を飾るには最高のブツだ(爆笑)。

 これは要するにサーバー向けマザーボードそのもの(ATX電源コネクタが無停止を前提にして2つ付いている)で、サイズも殆どATX規格の許容する最大級だから、入れる事の可能な筐体もかなり限られる。

 それ故、仮に手元に来たとしてIW-Q500にちゃんと収まるのだろうか、という疑問はある(苦笑)。

 また、価格的にも極めて高価(本当は7万ほどする。但しその筋経由で、しかも一つ下のランクのモデルで発注かけたら生産完了か何かになってしまい、値段そのままでこれに切り替えになったらしいから実質5万程度で済む様だが)で、その購入が財政に与える影響も恐らく甚大であるに違いない(汗)。

 まぁ、例え上手く行くにしてもとりあえずはしばらく先の話なのだが・・・(苦笑)。

 

西暦1999年9月17日

 昨日古本屋で見つけて買ってきた”メカニックマガジン”を眺める。

 この雑誌は”モノ・マガジン”誌で知られるKKワールドフォトプレス社が出していたオカルト系の“トワイライトゾーン”誌と双璧をなすイカモノ雑誌(笑)で、建前上は「メカニックと科学を”ホビーライク”に感じる情報誌」という事になっていた筈なのだが、どう弁明しようともその実体は「怪しげなデバイスを怪しげに解説して楽しむ」という以上のモノではなかった(苦笑)。

 何しろソ連“謎の新兵器”ネタが多かったものなぁ(笑)。

 今ある雑誌で例えたら“ムー”のメカ版“モノ・マガジン”風味(爆死)といった所か。

 但し、その建前の看板を護るが如き、堅実かつはっとさせられる様な記事も結構含まれており、特に今は亡き佐貫亦男先生の「Man & Machine」が説いた、ドイツ人のモノづくりの神髄には毎回どれ程教えられたかわからない。

 もっとも、その一方でその感動を遙かに上回る(苦笑)程度に怪しさ大爆発だったのも確かで、当時の私の心を捕らえて放さなかった金子隆一&長谷川正治氏の「Future Mechanisim」、中でも特に83年10月号以降大体2回に一回のペースで誌上を突っ走っていた「屈折都市」シリーズをはじめとするパロディ物の尋常ではないギャグの数々は、今だからこそ理解出来る物を含めてどれもこれも滅茶苦茶楽しくて(何しろバウンティ・ハンター「定吉13号」に「絶対防衛剣 月の法善寺千六本返し!」だものなぁ・・・)、もし今これが単行本として出たら絶対買う!と宣言する位にはイカした逸品だった。

 ちなみにこのシリーズの影響力は並大抵ではなく、まっとうな文学少年(爆笑)だった中学生当時の私や私の同級生多数(困った事にこの雑誌は我が母校、姫路市立安室中学校の図書室に何故か毎月入っていたのだ)をかなりねじ曲がったSF者に仕立ててしまったりもした(笑)。

 楽しかったこの雑誌の休刊は確か1987年。

 だから、あと4年分チェックすればOKだな(謎)

 

西暦1999年9月18日

 1型40号竣工。

 「今回のお言葉」は故佐貫亦男先生の「Man & Machine」(メカニックマガジン連載)の一節より。

 鉄道関係、特に岡山電気軌道関係の事実確認に伴う修正と、リンク先の追加等。

 いやぁ、何だかんだ言っても、手近に現物があるというのは良いねぇ(笑)。

 何しろ、少し遠いけれども東山車庫までちょいと自転車を走らせれば、実車を調査出来るのだから。

 お陰で3000形の残存車輛の番号を確認する事が出来た。

 廃止後、特殊な例を除いて保存車の一般公開が実施されていない(風の噂では、廃止直後に部品の盗難事件が発生した為らしい)下津井電鉄ではこうはいかない(溜息)。

 ただ、残念な事にもう一つの目的であった7200形の主電動機の装架位置については、現車が運行中で車庫におらず(それとも南側の工場に入っているのだろうか?)、確認が出来なかった。

 まぁ、こっちの方は走っているのを見かけた時に岡山駅前で待ち構えていて、ホームで下を覗き込めばOKなんだが(苦笑)。

 

西暦1999年9月19日

 1型41号竣工。

 「今回のお言葉」は「大乗起信論」より。

 経文には良くある事だが、何だかよく判らない言葉だなぁ(苦笑)。

 ちなみに、意味は「概念を超えた絶対の世界が言葉で表現出来ない事を理解させるには、言葉によって言葉を否定するしかない」。

 PC-9800シリーズ関係と書評の更新。

 まだまだ思いの他暑い。日中のCPUの冷却に気を付けねば。

 

西暦1999年9月20日

 “別冊DOS/V magazine CUSTOM”誌の新装刊第2号を買って読む。

 いやぁ、いいなぁ「PCコマンド ボブ&キース」(笑)。

 キースの奥さん、もう最高(爆)。

 ところで1号の時の予告にあった「スーパー7大作戦」はどーなったのだろう。

 Socket 7系マザボを見かける事が少なくなりつつある昨今、ネタに困ったのだろうか?

 まぁ、この辺りのルーズさもイイ感じだったりはするのだけど(苦笑)。

 Super 7で思い出したが、同誌によればALiはあのAlladin Vの後継チップ(Alladin VI?)を出すつもりがあるそうだ。

 だが、GTL+を採用したマザボが全盛で、更にはEV6を採用したマザボが急速に出回りつつあるこのご時世に、本当にSocket 7系で元が取れるのだろうか?

 それにしても、よもやSocket 7でPC133メモリやAGP 4Xをサポートするチップセットが出て来るとは思わなかった(笑)。

 恐らく、K6-IIIの400MHzクラス以上の石でなければその辺のメリットは生かせない気がするが、CPUの展開を含め、その戦略はどうなっているのだろうか?

 

 暇を見付けてAIC-7896の資料を読んでみる。

 げ、このチップってAHA-2940U2W相当じゃなくてAHA-3950U2相当(但し、3950に積まれた7897と異なり、64bit PCIはサポートしていないので、その分ピーク性能は落ちる様だが)だったのか。

 でも、正直言って15*2=30(!!)もSCSIデバイス繋ぐ状況なんて想像も付かない。そういう場合は普通、専用のRAIDコントローラでハードウェアRAIDするよなぁ(苦笑)。

 あ、だからこーいうチップ積んだマザボはPCI-RAID Port IIを付けているのか。一つ勉強になった(笑)。

 何にせよ冷静に考えてみると、3940/3950系のカードってまず間違いなく8万以上する(2940U2Wが定価約7万だから、その上位に当たる3950U2だったら多分10万くらいの値段を付けているだろう)訳で、それを考えるとあのThunderboltの普通に買っても7万というのは、それだけでも充分馬鹿安だって事か。

 何しろ、SCSIだけじゃなくてLANに塩素のサウンド機能まで付いているものなぁ。単純に相当品の価格の積み上げで計算したら軽く10万を超えてしまう(苦笑)。

 一体何をどうしたらあんな値段で、それもメードインUSAで製品を出せるのだろう?

 

西暦1999年9月21日

 ソーテックのポリバケツもどきPCの販売が差し止められたそうだ。

 ま、そりゃそうだわな。

 ああいったデザインを恥ずかしげも無く出すAppleも凄い(笑)が、それを恥も外聞もなく安易に頂いてしまったばかりか、独自のデザインだとさえ言い張ってしまえるソーテックはもっと凄い(苦笑)。

 一体何処の誰があんな無様なモノをデザインしたか知らないが、少なくともアレはオリジナリティというものを尊重するプロデザイナーの仕事では無い。

 理念は無く、思慮が足りず、必然性に欠け、恥を知らず、ついでに他者の仕事に対する尊敬も無い。

 そういった商品を喜んで買う人間がこの世の中に多数存在するという事実については今少し考察が必要であると思うが、今回こういう決定が仮処分でも為された事には素直に喜ぶべきだろう。

 悪貨が良貨を駆逐する状況というのは決して健全ではない。

 いや、だからといってiMacが良貨だとは皆目思ってはいない(苦笑)のだが、あのe-oneとかいうゴミが世にのさばるのが良い事でないのは確かだ。

 実は先日アレを店頭で子細に観察する機会があったのだが、まぁ、ひどいデザイン(外観ではなく、機能的な工夫、あるいは造り込みという意味で)の製品だった。

 少なくとも、iMacにはその外見だけではなく、システム構成そのものに新しい構想があり、毀誉褒貶様々ではあるとはいうものの斬新な提案もあった。

 G3の採用然り、USBの全面採用然り、そしてFDレス設計然り。

 その新世代を象徴する文字通りのシンボルとして、同社はスケルトンという新しい器を用意した、と私は理解する。

 個人的には決して好きなデザインではないが、そこで為されたデザインワークの考察と展開そのものは充分敬意を表するに値するし、その性能も決して単に安いだけの製品のものでは無い。

 然るに、e-oneにはそういう革新性は全く無い。

 それどころか、「安けりゃそれでOK」とばかりに旧式化したデバイスを満載(CeleronでPC/66メモリだから、440LXチップを搭載する事は妥当かと思うが、それ以外は尽く2線級の屑パーツの固まりにしか見えない)してあるあのマシンは、真似した真似しない以前にマシンとしての出来そのものが最低(CPUが433MHzのCeleronである以外はどう見ても2年前の仕様だ)であり、およそあのメーカーの標榜する”誰からも愛されるコンピュータ”の理念を実践しているとは言えまい。

 それでももし、あのデザインが本当に独自の構想なり理念なりに基づいているというなら、その細部デザインは充分な検討の上に形作られた、それが内包する機能を体現し、或いは機能を暗示させユーザーの取り扱いの便を図るものとなっている筈だと思うが、現実に私が目にしたのは、有りモノのゴミパーツを無理矢理あの様な格好の筐体に収めたせいであちこちのデザインワークが破綻した、それは不細工な代物だった。

 なるほど、Apple社でなくとも怒り、悲しむ事だろう。そう思わせる程度には粗雑なまがい物だったのだ。

 歴史的に見ればApple製品の(結果的な物を含めた)模倣者というのは結構多く、あの天下の大NECでさえ、“マネキントッシュ”と呼ばれたMac風PC-9801ディスプレイ一体型モデルを出していたのだから、ソーテックにしてみれば「あいつらと我々と何処が違うというのだ?」という事になろうかとも思うが、少なくともPC-9801CVの場合、PC-9801シリーズとしての歴史や文脈を踏まえて、初代Macの持っていたある種の機能的必然性を学び取ったデザインワークを施した結果としてその形状が存在していた訳であり、Apple社がNECを訴えたという話もついぞ聞かなかった。

 実際、マネキントッシュと揶揄されはしたが、アレをMacと混同する人間は殆どいないだろう。その位強烈な98臭(笑)を放つマシンだったのだ。

 この事が示す通り、模倣するならするにしても、その本質を咀嚼し理解し、そのデザインワークを自分のものに換骨奪胎した上でやっていればあそこまでひどい事にならず、訴えられる事も無かった筈である。

 まぁ、それはオリジナルデザインという物を生み出すプロセスそのものなのだが(苦笑)。

 その意味で、咀嚼する間もなくそのままストレートに出して来た様にしか見えないという事自体が、アレのデザインの本質を示しているのでは無かろうか?

 長くなってしまったが、要するに私の見る限り、今回の東京地裁の判断は正しいという事だ(笑)。

 

西暦1999年9月22日

 昨日台湾であった大地震のニュースを見て、95年1月のあの日をふと思い出す。

 見慣れた街が、風景が、見る間に崩れ落ち燃え上がり、瞬く間に瓦礫と灰の混合物に取って代わられてしまったあの日の事を。

 あれから4年以上の月日が流れたが、新快速電車の大きな窓越しに見えるあの街は、未だ元に戻ってはいない。それは、夜景を見れば特に顕著だ。

 無論、何もかも元通りという訳には行かない事は百も承知なのだが、4年経ってもなお震災の爪痕が忽然と、時に悠然と貌を覗かせるあの街の事を思うと、今回の震災で喪われたモノを取り戻し、あるいは埋め合わせて行くのに台湾の人々は一体どれだけの時間を必要にするのだろうか?

 Internet上ではcom.twサイトが閲覧不可能になっている事が話題になっていたり、半導体業界の被った被害情報を基にした投資家達の行動が報じられたりしているが、何と現実感を欠いた情報の羅列である事か。

 つくづくInternetが「現実」から遊離した情報ネットワークである事を痛感する。それとも、震災という現象の持つあの恐ろしさというのは、実体験無しには理解出来ないものなのだろうか?

 何はともあれ今回の震災で亡くなられた方々の御冥福をお祈りする。

 

西暦1999年9月23日

 書店で今月号の鉄道誌を立ち読みする。

 そうか、そういや0系新幹線は今月の18日で東海道から撤収だったんだよなぁ。岡山にいると0系は未だに当たり前の電車なんで忘れていた(苦笑)。

 何しろ最近TVなんか見てないものなぁ(爆)。

 でも、それでも0系の終焉が近づいている事は肌で感じられる。

 私が浪人で姫路から大阪の予備校まで通っていた頃にお世話になった新幹線電車は0系がメインで、そもそも300系“のぞみ”が東海道にデビューした直後だった(爆)。

 当然、そんな状況下では0系N・NH編成による16連フル編成の“ひかり”も全く珍しくなかったし、6連のR編成には最後の35形ビュフェ車(新幹線開業期の名残とも言うべき「椅子付き」のビュフェ車。私が乗ったのは確か35-147だった)を組み込んだ編成さえ残っていて、夕方に新大阪駅20番ホームを出る博多行きの“こだま”とかでお世話になった。

 要するに広窓の21次以前のロット(大体博多開業以前に製造)の車がゴロゴロしていたのだが、それがここ2,3年で急速に減って来ているのだ。

 それは退役寸前の車を集めて走らせている感のあるR編成でさえ例外ではなく、最近見かけるR編成には22次車以降の車だけで、下手をしたらその殆どが0系最終モデルである2000番台の車だけで構成されたものが無闇に増えていて、遂には先頭に広窓車が付いた編成を全く見かけなくなってしまった。

 まぁ、0系に限らず新幹線電車の寿命は結構短命で、“ひかり”の様な長距離高速仕業についていた車など大体15年程度でおシャカになってしまう(実際、86年以来博多“ひかり”に長い事充当されてきた100系X編成は既に廃車が開始されている)そうだから、一番若いものでも75年製という事になる筈の広窓0系が生き残っている事自体、僥倖あるいは奇跡に近い事なのかも知れない。

 JR東海が0系淘汰に熱心だったのは、足が遅くダイヤが寝てしまう0系の充当が運行本数的にかなり逼迫している東海道新幹線にとってネックと化していたからだと思うが、それにしても20世紀中に全車退役してしまうとは思わなかった。

 何しろ東海持ちの0系には、たった3本しか建造されなかったN編成(博多開業後に建造された、16両全車が新造の1000番台(狭窓)で揃えられた“ひかり”編成。特に食堂車の36形とその相棒となる27形の場合、1000番台はこのN1〜3編成用の1001〜1003の3両ずつしか建造されず、これらが27/36形の最終ロットとなったから、希少価値が極めて高かった)をはじめとして車齢の若い車が多く、耐用年数という観点で話をすればまだまだ走れる車で一杯だったからだ。

 それを食堂車無しの100系(G編成)、300系、そして700系と新造車を集中投入して、たった12年間で全面淘汰(それどころか、乗り入れてくるJR西日本持ちの0系“ひかり”を淘汰させる為に、300系を0系淘汰に必要な数以上に建造して、あぶれた100系G編成をJR西日本に横流しするという無茶さえしている)してしまったのだから、東海道新幹線に賭けるJR東海の熱意の程が見えよう。

 残るJR西日本の0系についても、来年度以降西日本オリジナル仕様にモデファイされた700系(8+8で分割併合機構が付くらしい)で置き換えて行く事がほぼ確定しているそうだから、2002年の新幹線岡山開業30周年はともかく2005年の博多開業30周年の時には、下手をすると生きた0系が1本も残っていない、なんて事も有り得るかも知れない。

 個人的にはせめて1編成、できれば0系全盛期を象徴するNH(“ひかり”用で36形食堂車と37形ビュフェ車、それに15・16形グリーン車を組み込み)編成16連1本を動態保存して欲しい所なのだが・・・。

 

西暦1999年9月24日

 1型42号竣工。

 岡山電軌関係で事実確認が出来た部分について加筆訂正。

 昨日の夕方に岡山駅前−清輝橋運用に入っていた7200形(番号未確認)を観察して、KD-202台車の主電動機装架位置を確認した。

 やはりあの形式は特殊な仕様の機器が多い。いや、世間では一般的なんだが岡山電軌の標準からは外れる機器が多いと言うべきか(苦笑)。

 今でもこれなのだから、更新前の3500形の頃はもっと凄かった筈だ。さっさとこの形式を更新してしまおうと考えた岡山電軌の担当者の方の気分が良く分かる(苦笑)。

 折角買ってもあんなに複雑じゃぁ、おいそれと走らせられたモノではなかったのだろうなぁ、やっぱり(笑)。

 台風18号が接近しつつある。

 今日あたりRSBCのウン年ぶりの新刊が本屋の店頭に並ぶ筈(RSBC-MLで確認済み)だというのに、全く困った事だ。

 これでは外出出来ないではないか(爆)。

 

 と言っていたが夕方には天気は回復した。

 早速RSBCの久方ぶりの最新刊「死線の太平洋 1 レッドサンブラッククロス」と鉄道雑誌、それに何故か(笑)PSソフトの“STAR IXIOM”(ナムコ)を買ってくる。

 RSBCは7巻が出たのが確か96年の10月の話だから、実に正味3年ぶりの最新刊という事になる(涙)。

 まぁ、出版社や版型は変わった(徳間文庫から中央公論新社C-NOVELSへ)が、このまま出ない状態で放置されるよりは数千万倍(当社比)良い。

 予告によれば来月に続刊(死線の太平洋 2)が出るそう(本当か???)だから、何らかの事情で書いても出せなかった(実際ここ数年、佐藤大輔が出版社と喧嘩したと云う不穏当な噂がネット上で流れていた)ものが一気に堰を切って出て来ているという事だろうか。

 何はともあれ作品がちゃんと刊行されるのであれば、私には何の異存もない(笑)。

 内容はいつも通りの、そして期待以上のレッドサンブラッククロスだった(喜)。

 

 で、“STAR IXIOM”だ。

 いやぁ、凄いね、これは。

 正直言ってPSの3Dシューティングものに関しては、あの“RAYSTORM”と“GALAXIAN^3”を見た時にハードの性能限界を超えてしまったと思ったけど、今回のこれはそんな作品群さえ大幅に超越してしまっている(驚)。

 何しろGALAXIAN^3とは同じ敵(苦笑)が出て来るので、技術的な進歩という奴がひしひしと伝わってくるのだ。

 おまけに、コード書いている連中が次なるPS2を睨んでいて、PS版という事である意味でのデチューン(但しこれは、ハードの限界をちゃんと理解した上でリミッタをかけて破綻を防いでいるという事だ)をこの作品にかけているのが分かる造りだから、未来に期待が持てる(ナムコさん、お願いですからPS2出た暁には“GALAXIAN ^3 ATTACK OF THE ZOLGEAR”を是非出しちゃって下さい)し、無理が無く安心してプレイ出来る。

 まぁ、ジャンルがジャンルだけに大ヒットは望めないし、元になったのがあの大傑作“スターラスター”である事はどの様な意味でも否定出来ないから、システム的には決して新しくないのも事実だ。

 だから、雑誌の評価が決して高くなかったのは仕方がないが、少なくとも幼年期から青年期にかけてのある時期に、この重力井戸の底ではなく、遙か未来に属する世界の銀河に魂を委ねていた人々(笑)にとっては充分満足の行く出来である事は確かだ。

 何より、作り手達が自らのSF者としてのルーツを明示するかの様に、熱い思いの丈を叩き付けて(笑)この作品世界を構築し、隅々の些細な演出にまで神経を使っているのが素晴らしい。

 とりあえず太陽系連邦宇宙軍(U.G.S.F.)だの、“侵略機械知性体 UIMSΩ”だのといった固有名詞を聞いて血圧が急上昇する人なら即買いのアイテムだ(苦笑)。

 

西暦1999年9月25日

 倉敷市立美術館で開催中(9/10〜10/24)の「詩情のオブジェ 鈴木 治の陶芸」を観覧。

 こいつは素晴らしい。

 今まで色々陶芸家の展覧会を見てきたが、板谷波山にしろ、楠部彌一(だったっけ)にしろ、ここまで衝撃的、且つ清新な陶芸作品は見た事が無かった。

 何というか凄くアキュレイトな造形で、しかも信じ難い程に高度な技術を投じて創り出されている筈なのに、最新の抽象彫刻と見まごうばかりの鮮烈なラジカルさと、こぼれ出さんばかりの詩情の中に見え隠れする愛くるしさが同居したその造形センスは間違いなく超一流で、恐らく現在生きている日本の陶芸家中では確実にトップ3に入る、いや、彫刻や絵画などを含む芸術家全体を見回してみても、恐らくその卓越した才能は頂点の5本の指に入るのではないであろうか。

 実際、あの会場に並べられた「馬」をモチーフとした作品群が、制作年代が新しくなるにつれてどんどんアブストラクトされて行く − 最初の段階ですら充分に抽象的であったのに、だ − プロセスの凄さは感動的で、造形、或いは陶芸というものについて我々が抱いている見識が、どれ程固陋且つ狭隘なものであるかを如実に教えられた気がした。

 いや、全く良い物を見せて頂いた。眼福とは正にこの事であろう。

 只、不思議だったのは土曜の午後だというのに観客がまるでいなかった事で、本当に良い展覧会であるだけに何やら残念な気分になった。

 まぁ、自分の見る時には邪魔なので、誰もいて欲しくないのも確かだけど(苦笑)。

 そんな訳で、岡山近隣在住で陶芸あるいは現代彫刻に興味のある方には御覧になる事を特に強くお勧めしておく。

 

 昨日Direct X7が公開された。

 で、SDKをMS社のサイトからダウンロードしようとしたのだが、サイズを見て仰天した。何とトータルで約130MB(驚)。

 とりあえずダウンロードツールを用いて落とそうとしたのだが、昨夜は結局70MB分しか落とせなかった(泣)。

 やはりISDNとかに切り替えるべきなんだろうか?

 そんな訳で、今夜も夜通しダウンロードだ(爆)。

 

 W.T.先輩と長電話。

 どうやら送ったPower Macintosh 7500はPCI SCSIがらみで色々大変な様だ。ご苦労様です(合掌)。

 話の中で、私のサイトの文章の漢字(別に文字コードがシフトJIS以外になっているという意味ではない)が読めないという指摘を受けて愕然とする。

 そんなに読みにくい漢字を使った覚えは皆目無いのだが・・・(汗)。

 今後は少し配慮をすべきなのかも知れないなぁ(溜息)。

 

西暦1999年9月26日

 レンタル屋で出ていたので新作OVAの「〜太陽の船〜 ソル・ビアンカ 1 〜紋章〜」を借りて来て観る。

 覚えている人は覚えていると思うけど、オリジナルは今は亡きNECアベニューから2巻まで発売されていた(完結編となったであろう3巻は遂に出なかった)OVAで、PCメーカーの系列会社らしく、元のバージョンではLDの特典としてチャプタデータ集入りフロッピーディスク(PC−9800シリーズ用DOSフォーマットで、1巻の時は5.25インチ、2巻は3.5インチだった)が付いて来る(爆)という、とんでもない代物だった。

 その時は意気込みやアイデア、それにビジュアルセンスは良かったのだが、如何せんストーリーが駄目駄目(苦笑)で結局売れなかったのだが、それでも何故かアメリカではえらくうけた(何故だ?)そうで、それが理由で今回新規に(それも日米合同プロジェクト)再制作される事になったらしい。

 ちなみに今回の制作はAIC、発売はパイオニアLDCだ。

 個人的にはまぁそれはそれで好きな作品だった(というか完結しなかった為に消化不良になっていた(苦笑))ので観た訳だが、流石に約10年のブランクは大きかったらしく、キャストはかなり変わっていたし、最新のデジタル処理技術がフルに投入されていて最初は違和感が気になったりもしたが、まぁこんなものだろう。

 個人的には、お気に入りだったキャラのキャストが変わっていたのはちと寂しい気がするが(苦笑)。

 少なくともストーリーについてはオリジナルより数千倍こっちの方が良い(笑)。

 何しろ元の話って1巻は前時代的な独裁者を倒す俗悪な話で、続く2巻も散々伏線を張った末に謎の新たな敵が現れて次回に続くで終わるってパターンだったから、誉めたくとも誉める所が無い訳で、それからすれば今回の話は相当頑張っているのが分かる。

 また、前回非常に印象的だった宇宙船のソル・ビアンカ号が登場するシーンや戦闘シーンはよせばいいのに(苦笑)更にパワーアップしていて、凄い事になっている(笑)。

 最近はどうもあの大傑作“Cowboy Bebop”が評価基準になってしまっているので、ことスペースオペラについては他の作品評価がかなり厳しくなってしまうのだが、とりあえず1巻を観る限りでは、悪名高きAIC/パイオニアLDCコンビの作品としては及第点以上の出来ではないだろーか。

 まぁ、最終的な評価は完結するまで怖くて出来ないのだが(爆)。

 とりあえず、このまま最後まで続く事を祈っておこう(笑)。

 

 98の速度が余りにも遅い事に悩んだあげく、K6-2 400MHzを買う事にして店に行く。

 本当はK6-III 400MHzがベスト(少なくとも性能を重視する限りは)なのだが、今の下駄を使う限りは白熱電球並の大電力を消費し倒すK6-IIIは怖くて入れられない。

 以前無理をして入れた時に、再現性ゼロの怪現象(爆)が続出して大変な目にあったからだ。

 そんな訳でK6-IIIを買う時はプロセスが0.18μにシュリンクされ、コア電圧も下がった新コア(まだ出ていない)になってからか、それともI-O DATAの下駄付き(税込みで大体\34000)かのどちらかにしようと思っている。

 話がずれた。元に戻そう。

 かくして行きつけのパソコンショップに行ったのだが、そこで色々考えながらぶらぶらしていたら特価品・中古品のコーナーで一つの箱に目が止まった。

 その箱にはこう書いてあった。

 「32MB*2 72ピンEDO DRAM simm ECC付き 中古品 \8800」

 このサイトの各ページ、特にPC関係のページを御覧の諸氏にはご承知の事かと思うが、いわゆるECC-EDO DRAMを積んだsimmは凄く高い。

 一般的に通常のメモリ以外にパリティ用に別のメモリを要するパリ有り/ECC付きメモリというのは大概高く付くものなのだが、中でも特にEDO DRAM搭載品でECC付きというのは対応機種がかなり限られている上に、メモリ規格の過渡期にさしかかってからの製品であった為、そもそも製品の出荷数がかなり限られ、おまけにその大半が信頼性を優先するサーバー機向けであったので一般市場向けではひどく高価にならざるを得なかった。

 そんな高価になる事間違い無しのメモリを、それも98の根幹をなすX/R-Mate全機種に採用してしまったNECの姿勢は、今にして思えば98の終焉を告げる一種の狼煙の様なモノだったのかも知れないが、付き合わされる我々にしてみればたまったモノではない。

 まぁ、そんな特殊なメモリを採用してくれたお陰で、simmソケットが4つしかないにも関わらず、最大メモリ搭載量が256MB(恐ろしい事には、64MBのsimmという飛び切り高価なメモリを要求される)となった訳だから、必ずしも悪い事ばかりという訳でも無かったのだが。

 そんなこんなでECC-EDO DRAMは新品中古を問わずこれまでかなり探すのが厄介(特に人気の高い32MBものは新品でさえ在庫している店は少ない筈だ)であったのだが、こうして中古でメモリが店頭に並びだしたという事は、漸くこの手のメモリを積んだマシン(Pentium 200MHz〜MMX Pentium 233MHzを搭載したTriton HXマザーのマシンあたりという事になろうか)も置き換えの時期を迎えたという事だろう。

 で、悩んだ訳だ(苦笑)。

 予算は限られているから、CPUもRAMもという贅沢は許されない。どちらか二者択一とせざるを得ないのだ。

 それ故、私は悩んだ。CPUか、それともメモリか。

 CPUならば確実にマシンの実効速度は向上する。今のPentium 133MHzというのは昨今の情勢を考えれば、Windows上でまともにアプリケーションを動かすのが悪い冗談に思える程度の速度でしかないから、K6-2 400MHzへの換装は必ずや効果があると期待出来る。

 これに対してメモリの増設の場合、今挿してある16MB*2との置き換えとなるので実質的な増加は+32MBに留まり、CPUの最高速度が上昇する訳でもない(苦笑)から、同じ程度の費用を投じて得られる効果を考えるとかなり不利になる。

 だが、結局今回はメモリを買う事にした。

 理由は、「CPUはまだ安くなる/速くなる可能性があるが、メモリはこれ以上安くなる可能性がかなり低く、下手をすると入手が困難になる危険性がある」からだ。

 ECC-EDOの様にメインストリームを離れたメモリでは、一般的なメモリの様な量産効果による価格低下は最早起こり得ず、その商品寿命の終焉まで価格は緩やかに上下動するのが常だから、中古でこの位の価格で出た時は正に「買い時」なのだ。

 まぁ、日本橋とかに出ればもっと安値で見付ける事が出来るかも知れないが、岡山から大阪まで出向く費用や手間を考えるとそのメリットは薄いから、これで正解だろう(苦笑)。

 そんな訳で買ってきたメモリを挿して98を起動したが、予想通りアプリケーションの実行速度に対する影響は全くと言って良い程無く、只、2度目のアプリ起動とかの速度だけが高速化した。

 やはり次の機会にはCPUを調達せざるを得ない様だ(苦笑)。

 

西暦1999年9月27日

 いい加減MS社のOSに嫌気がさしてきたので、実験用という事でLinux/98(Plamo/98)をftpサイトから落としてみる。

 ドキュメントを読む限りは、何だかあれこれ面倒な問題がありそうだ。

 SCSIカードは要AHA-2940U/UWっぽい(というか、他の対応品は手元に無い)し、グラフィックカードも動くかどうか怪しい(苦笑)。

 一つ驚いたのは、幾ら圧縮されているにしても、全体でたったの18MBしかない事だ。

 正直、こんなにコンパクトだとは思わなかった。

 私は、UNIXと言ったらBSD4.3時代のNEWSとかを思い出す位、そっち方面では時代に遅れている人(苦笑)なので最近のUNIX互換OS事情には皆目不案内だったのだが、しばらく考えてこれはこれで当然である事に思い至った。

 そりゃそうだろう、幾らX-Windowを基盤とするGUI環境があるといっても、基本はテキストベースのOSなんだから。

 また、付いてくるものもGCCにMule等のEmacs系エディタ、それに細々とした(けれども非常に便利な)GPL規約に則ったフリーソフト群が主体であるのだから、移植の上でX680x0用に配布されて慣れ親しんだ同名のフリーソフト群と大差ない訳で、そう考えれば圧縮時18MBというそのサイズも十分納得が行く。

 正直言ってブートFDの作成手順さえ良く分からない、全くの初心者状態からのスタートとなるので少し怖いのだが、とりあえずは経営組織論で教えられた、「実行して、それから考えろ」という言葉に従うとしよう。

 

西暦1999年9月28日

 とうとうTYANのS1837UANG“Thunderbolt”が届いた。

 大きくて、綺麗で、速く、そして何より素晴らしい。

 詳しい事はPCのページで書くが、サーバ用の米国製高級マザーボードというのがこれ程までに違うモノだというのは衝撃的だった。

 まぁ、安定動作を期して同時に入手した450W ATX電源のファン回転時に発生する風切り音の大きさには閉口させられたものの、その性能は概ね満足の行くものであった。

 これは確かに高価なマザーボードであるが、少なくとも私の見る限り、その値段以上の価値がある事は確かだ。

 

西暦1999年9月29日

 デュアルCPUになったので、NTを再インストール。

 今回はSCSIコントローラが特殊な機種になったので、インストール用FDからブートして上書きインストールした。

 バックアップを忘れていたAdministrator用デスクトップ上のフォルダに置いていたファイル群を尽く消し去られ、加えてインストールしてあった各種アプリのインストール情報やIEのお気に入りまで消されて、大いに泣く(涙)。

 一体何の為の上書きインストールだ?Microsoftよ?

 つくづくチキンな会社だよなぁ、やっぱり。

 

 BeOSもRelease 4.0や4.5のままでは動かなかったのだが、幸いにしてAIC-7896をサポートするRelease 4.5.2に更新してあったので、こっちは全く問題なく動作した(喜)。

 というか、かなり凄い事になっている(笑)。

 何しろ、30フレーム/sで320*240フルカラーのAVI(圧縮CODECはIndio 5。音声無し)ファイルを3つばかり立ち上げても、問題なくするすると再生されているのだ(驚)。

 どうやら、メディアOSという宣伝文句は嘘ではないらしい(苦笑)。

 

 “Thunderbolt”にATX電源コネクタが2つ付いているのをこれ幸いとばかりに2電源化してみる(爆)。

 450W+300Wで合計750Wの大出力仕様(笑)になったのだが、滅茶苦茶うるさい(泣)。

 とりあえず300Wで充分かも知れない気はするなぁ。

 

西暦1999年9月30日

 DE○ DE○で“ナデシコ”劇場版のLDを予約する。

 LD版は初回限定のみしか出ない(!)という事だが、どうやらLDの退潮の兆しはすぐそこまで迫って来ている様だ。

 実際、主立ったLDプレイヤーが軒並み生産完了(オリジネイターであるパイオニアでさえ、あの至高の銘機HLD-X0が夏の前位に遂に生産完了になってしまったし、普及価格帯モデル2機種(5と7Gね)も先日で生産打ち切りとなってしまった。一応DVDコンパチ機もあるが、性能を考えると実質的には残るのはLD-S9とHLD-X9の2機種のみである)となってしまった訳だから、今後LDの市場が拡大する可能性は皆目無いのだが、それでも寂寥の念を禁じ得ない。

 まぁ、一般市場を考えたら確実に再生画質の平均値が上がる(LDの場合、5万クラスの機種と25万クラスの機種では天と地程も画質、音質それに操作性に差が出たが、DVDの場合普通の家庭用テレビで見る程度ならあまり差は出にくい傾向がある。無論、ご多分に漏れず高級機程良くなるのも確かだけど)訳だから、DVDの普及そのものも悪くはないのだが、CDがLPを駆逐した時と同じ様に、メーカー側の悪質な作為的差別化が行われているきらいがあるのが気に掛かる。

 馴染みの店員氏に聞いた話なんだが、DVDのマスターはD-1でLDのマスターはD-2、ってのは幾ら何でもやり過ぎだと思うぞ。

 だから、という訳でもないのだが新作の“ソルビアンカ”をDVDで買ってみた(爆)。

 というか、LD版を買おうとしてレジに持っていったら、件の店員氏に強力にDVD版をプッシュされて押し切られてしまっただけなんだが(爆死)。

 ちなみに“課長王子”+“ソルビアンカ”の販促ビデオが特典で付いて来た。

 まだ、DVDプレイヤーを持っていないので今の所見る事は出来ない(爆笑)が、その内何とかなるだろう(謎)。

 

 結局、AT2号機の電源を元に戻す。

 あれこれ試したが、450W+300W電源(爆)というのは、幾ら何でもやり過ぎだ。

 何よりうるさいのが堪らない。


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