FMユーザーだった著名人の方々をご紹介します(順不同・敬称略)
FMユーザーとして最も知られていた著名人は、三遊亭円丈氏ではないでしょうか。なにしろ実際にゲームデザイナーとなってしまったのですから半端ではありません(FMのゲームではありませんでしたけど)。また、FM-7を使ったパソコン落語も行なっていたようで、私も富士通のパソコンフェアで見たことがあります。富士通提供のTV番組「コンピュートないと」(後に「なんでもコンピュート」)にもレギュラー出演されていました。
さらにその文才を活かして、いくつかのエッセイをパソコン雑誌に執筆していました。『Oh!FM』の「円丈の言いたい放題」は2回掲載されただけでしたが、『ポプコム』の連載は長期に渡りました。円丈氏が作ったギャグプログラムのリストを掲載する「円丈のジョーダンソフト」と、その後連載された辛口のゲームレヴュー「円丈のドラゴンスレイヤー」の2つです。特に後者のほうは、毎回爆笑モノの内容で、かなり楽しませてもらいました。
しかし結局円丈師匠は、FMのソフトが少なくなってきたのに伴ってPC-8801ユーザーに乗り換わってしまわれました・・・・。
三遊亭円丈師匠と並んで有名なFMユーザーでしょう。当初はPC-8001ユーザーだったらしいですが、友人からFM-77をもらって(借りて?)FMユーザーとなられました。あの難解作、「Time Zone」、「Might and Magic」をクリアーしたというのですから、相当なディープなユーザーといえましょう。アドヴェンチャーやロールプレイがお好きなようです。
また、『Oh!FM』の投稿コーナーに投書が掲載されたことがキッカケで、同誌に「谷山浩子の気絶すんぜん☆なのらー」というエッセイを執筆。これは、かなりの長期連載となりました。
★ご本人のサイトの2005年8月11日分のオープニングメッセージで、「Oh!FM-7」を紹介していただきました!
私の好きなゲームのうち、確実に五指に入る作品に「ダービースタリオン」がありますが、その作者である薗部博之氏はFM-7ユーザーでした。薗部氏は大学在籍中に、FM-7を購入。それから1年足らずで、シミュレーションゲーム「タンクバトル」を制作し、これが『ログイン』1983年8月号の「PROGRAM OF MONTH」に入賞。しばらく後にパッケージ販売されました。このゲームは当時打ち込んで遊びましたが、これが薗部氏の作品だったとは、最近まで気が付きませんでした。
『経験1年目にしてここまで作ってしまうのだから、これから先が楽しみですね。』とも書いてありますが、まさか後に長者番付に載るような“スタープログラマー”になるとは思いもよりませんでしたね。
薗部氏はその後アスキーに入社し、いくつかのFM用ゲームを制作しています。中でも注目されるべきは「ベストナインプロ野球」と「アムノーク」でしょう。前者は、ファミコンの「ベストプレーベースボール」、そしてWindows95版の「Best Playプロ野球」の前身となった作品で、後者はポリゴンを扱った高速アクションゲームです(詳細はそれぞれの項目を参照のこと)。「アムノーク」のほうは、やはり長い間薗部氏の作品だとは知らなかったのですが、「ダービースタリオン」に通じるところがある「ベストナインプロ野球」と比べると、ちょっと薗部氏の作風とは異なる気がします。なぜこのようなゲームを作ったのでしょうか?
追記:その後の調査で、『テクノポリス』に掲載された2つの投稿プログラムが薗部氏の作品かもしれないことがわかりました。1983年4月号の「NIGHT PATROL」と、同年7月号の「ブロックくずし」です。作者名は「SONO」としか記されていないのですが、「NIGHT PATROL」のタイトル画面にも表示されている「SONOCOM」の文字が、「タンクバトル」のプログラムリスト中にも確認できるのです。これは当時薗部氏が使っていたトレードマークのようなものだと思われますが(SONOBE COMPUTERの略?)、この3作が近い時期に発表されたことを考えると、可能性は高いと思われます。

タモリ氏といえば、FM-7のCM出演で少なからずその売上に貢献されたと思われますが、実際にFM-7を所有されていたようです。
富士通が出していた『スカイラブシャトル』という情報誌には、自宅の中を公開したことがないというタモリ氏が、FM-7と一緒に写っている写真が掲載されていました。
同誌によると「なんとか、ひまを見つけて、使わせてもらっています」ということですが、どのように活用されていたのでしょうか?
この作家のお二人もFM-7ユーザーでした。大原氏は「坂本龍一テスト」なるプログラムを組んでしまわれるほどで、かなり使いこなしておられたようです。
FMシリーズをメインで扱ったTV番組「コンピュートないと」、「なんでもコンピュート」の司会を務めておられましたが、FM-7もお持ちだったようです。アクションゲームがお好きらしいです。「アスキーソフトウェアコンテスト」の審査員でもありましたね。
「クーデルカ」(角川書店刊)などをお描きになった方です。FM-77L4をお使いだったそうです。しかも、以前はハドソンで「ボンバーマン'94」(PCエンジン)と「鬼神童子ZENKI FX」(PC-FX)の企画とディザインをされたということで、多方面でご活躍のようです。
★ご本人から掲示板に書き込みをいただきました。ありがとうございました。
真偽は不明ですが、北尾関(後の横綱・双羽黒)がFM-7を持っていたそうです。どこかでボヤ騒ぎになったとき、「あ、俺のFM-7が・・・」と言っていたらしいです。
※情報提供/ウットイマスターさん
お二人とも『テクノポリス』誌に執筆されていましたので、有名でしょう。FM以外にもいろいろな機種を使われていたようですが。

「魔物語 愛しのベティ」、「オークション・ハウス」などをお描きになった叶精作氏がFM77AV40EXユーザーでした。最初は興味本位で購入されたそうですが、作品の扉絵などの制作に使ったり、映像をディジタイズして資料として使ったりして活用していたということです。
■以下、『ログイン』の「パソコンおもしろ人間大募集!/有名人パソコン所有便覧」に掲載されていた情報です。真偽が怪しいものも含まれていると思います。
FM-7からPC-8801mkIIに乗り換えたらしい? 「信長の野望」と「AZTEC」のファン?
FM-77を持っていた?
多数の機種所持で有名ですが、FM-7も持っていた?
FM-8を持っていた?